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明細書 :アミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害の治療剤およびアルツハイマー病治療薬、ならびにこれらに関連する治療方法および病態解析方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第6319912号 (P6319912)
登録日 平成30年4月13日(2018.4.13)
発行日 平成30年5月9日(2018.5.9)
発明の名称または考案の名称 アミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害の治療剤およびアルツハイマー病治療薬、ならびにこれらに関連する治療方法および病態解析方法
国際特許分類 A61K  38/17        (2006.01)
A61K  38/08        (2006.01)
A61P  25/28        (2006.01)
A61P  25/00        (2006.01)
C12Q   1/02        (2006.01)
C07K  14/47        (2006.01)
C07K   7/06        (2006.01)
C07K   7/08        (2006.01)
FI A61K 38/17 ZNA
A61K 38/08
A61P 25/28
A61P 25/00 171
C12Q 1/02
C07K 14/47
C07K 7/06
C07K 7/08
請求項の数または発明の数 6
全頁数 16
出願番号 特願2015-512477 (P2015-512477)
出願日 平成26年4月15日(2014.4.15)
国際出願番号 PCT/JP2014/060665
国際公開番号 WO2014/171434
国際公開日 平成26年10月23日(2014.10.23)
優先権出願番号 2013088319
優先日 平成25年4月19日(2013.4.19)
優先権主張国 日本国(JP)
審査請求日 平成29年3月28日(2017.3.28)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504147243
【氏名又は名称】国立大学法人 岡山大学
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
発明者または考案者 【氏名】井上 剛
【氏名】鈴木 利治
【氏名】伴 沙緒里
個別代理人の代理人 【識別番号】110001070、【氏名又は名称】特許業務法人SSINPAT
審査官 【審査官】小森 潔
参考文献・文献 国際公開第2012/137502(WO,A1)
国際公開第2009/075084(WO,A1)
Journal of Biological Chemistry,2003年,Vol.278,No.49,p49448-49458
Journal of Neurochemistry,2009年,Vol.111,No.5,p1213-1224
Journal of Biological Chemistry,2009年,Vol.284,No.52,p36024-36033
脳21,2012年,Vol.15,No.4,p449-453
調査した分野 A61K 38/17
A61K 38/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
特許請求の範囲 【請求項1】
下記(I)、(III)または(V)のいずれかに該当するペプチドを有効成分として含有することを特徴とする、アミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害の治療剤。
(I)配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるペプチド。
VLSSQQFLHRGHQPPPEMAGHSLASSHRNSMIPSAAT
(配列番号1)
(III)配列番号2で表されるアミノ酸配列を含む、配列番号1で表されるアミノ酸配列の部分配列からなるペプチド。
HRGHQPPPEMA (配列番号2)
(V)配列番号2で表されるアミノ酸配列を含み、当該アミノ酸配列のN末端および/またはC末端に合計で1~50個のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列(ただし、配列番号1で表されるアミノ酸配列の全部または一部と一致する場合を除く。)からなるペプチド。
【請求項2】
請求項1に記載の治療剤を含有する、アルツハイマー病治療薬。
【請求項3】
請求項1に記載の治療剤を、アミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害を発症した哺乳類(ヒトを除く)またはそのモデル動物に投与するステップを含むことを特徴とする、アミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害の治療方法。
【請求項4】
請求項2に記載の治療薬を、アルツハイマー病に罹患した哺乳類(ヒトを除く)またはそのモデル動物に投与するステップを含むことを特徴とする、アルツハイマー病の治療方法。
【請求項5】
前記(I)、(III)または(V)のいずれかに該当するペプチドを、アミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害を発症した哺乳類(ヒトを除く)またはそのモデル動物に投与するステップ、あるいはそのモデル細胞としての培養神経細胞または神経細胞に発現している生体分子に添加するステップを含むことを特徴とする、アミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害の病態解析方法。
【請求項6】
前記(I)、(III)または(V)のいずれかに該当するペプチドを、アルツハイマー病に罹患した哺乳類(ヒトを除く)またはそのモデル動物に投与するステップ、あるいはそのモデル細胞としての培養神経細胞または神経細胞に発現している生体分子に添加するステップを含むことを特徴とする、アルツハイマー病の病態解析方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、アルツハイマー病の症状である、アミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害に対する治療効果を有するペプチドおよびその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
アルツハイマー病は、認知機能低下(記憶障害など)を主症状とする神経疾患である。特に高齢者で好発するにも関わらず、有効な治療薬が存在せず、高齢化社会を迎えている先進国では大きな問題となっている。アルツハイマー病患者の死後脳では老人斑が観察され、これは「アミロイドβ蛋白質」の凝集体であることが知られている。そして、このアミロイドβ蛋白質がアルツハイマー病の主原因であることは、数多くの研究により広く受け入れられている。
【0003】
アミロイドβ蛋白質は、その前駆体である「アミロイド前駆体蛋白質」から生成される。アミロイド前駆体蛋白質とは、神経細胞膜上に存在する膜蛋白質である。通常の脳では、その細胞外ドメインをαセクレターゼ、次に細胞膜内ドメインをγセクレターゼで切断されることにより、細胞外にp3と呼ばれるペプチドが産生・遊離される。これは「非アミロイド生成経路」として知られ、アミロイドβ蛋白質は生成されない(非特許文献1)。通常の脳でも、細胞外ドメインは数%ではあるがβセクレターゼによる切断を受け、細胞外にアミロイドβ蛋白質が分泌されている。しかし、アルツハイマー病になる脳では、このアミロイドβ蛋白質の産生量が増加するか、より凝集性の高いアミロイドβ蛋白質分子種が生成されるようになると考えられている。このアミロイドβ蛋白質の凝集する性質が、最終的にアルツハイマー病患者の老人斑(アミロイド凝集体)を形成し、脳内沈着として観察される。
【0004】
切りだされたアミロイドβ蛋白質は、次第に凝集し、最終的に老人斑(アミロイド凝集体)が形成されるが、その凝集過程の「オリゴマー体(アミロイドβ蛋白質が数個会合したもの)」に、強い神経毒性があることが分かっている。このアミロイドβ蛋白質オリゴマー体は、記憶・学習に必須の神経現象であるシナプス可塑性を阻害することが、in vitro, in vivo 両方で報告されている(非特許文献2,3)。また、このオリゴマー体をマウス脳内に投与すると、記憶・学習能力が失われることも報告されている(非特許文献4,5)。最近の研究により、このオリゴマー体に長期間暴露されると、神経細胞死などが起きることも報告されており(非特許文献6)、アルツハイマー病発症の原因物質として注目されている。
【0005】
このように、アルツハイマー病の原因としてアミロイドβ蛋白質が広く認識されているにも関わらず、現在臨床的に使われているアルツハイマー病治療薬は、このアミロイドβ蛋白質に作用するようデザインされていない。詳しく述べると、アルツハイマー病治療薬として使われているドネペジル(特許文献1)やメマンチン(特許文献2)は、それぞれアセチルコリンエステラーゼ阻害剤とNMDA受容体阻害剤として働き、アミロイドβ蛋白質と相互作用するわけではない。いわゆる対処療法薬であるため、アルツハイマー病に対する劇的な改善作用がないのが現状である。
【0006】
このような背景を受け、作用機序(アミロイド蛋白質)に基づいた新たなアルツハイマー治療薬の開発が進められている。1つは、アミロイド前駆体蛋白質からアミロイドβ蛋白質の産生を抑えようとする試みであり、セクレターゼ制御剤の開発である(非特許文献1)。その中で、γセクレターゼ阻害剤の開発が最も進んでおり、Semagacestat(特許文献3)や Begacestat(特許文献4)など、臨床開発が続々と進められてきた。もう一つの治療法として注目されているのは、脳内のアミロイドβ蛋白質を抗体に認識させ除去させる、抗体療法である。実際、Bapineuzumab(特許文献5)やsolanezumabなど、これまで臨床開発が進められてきた経緯がある。
【0007】
しかしながら、現在開発の中心となっているアミロイド蛋白質を作用機序とするアルツハイマー治療薬には問題点があることが分かっている。γセクレターゼ阻害剤に関しては、そもそもγセクレターゼの基質はアミロイド前駆体蛋白質だけでなく、約100近くあることが知られている(非特許文献7)。その中には、細胞分化に重要な Notch受容体も含まれており(非特許文献8)、副作用が懸念されている。実際、γセクレターゼ阻害剤として有力候補であった Semagacestat は、2010年に第三相臨床試験で開発が中止されている。また抗アミロイドβ抗体による抗体療法に関しては、血管炎や血管性脳浮腫などが起こる可能性があり、実際、抗体治療剤として有望であった Bapineuzumab も、2012年に開発を中止している。
【0008】
なお、γセクレターゼの基質の中には、切り取られた細胞外ドメインがアミロイドペプチドのように放出されるのも幾つか知られている(非特許文献9,10)。これらのペプチドはγセクレターゼ活性の指標となるので、切られた断片をアルツハイマー病のバイオマーカーにしようという発明は幾つかある(特許文献6,7)。また、Alcadein-βと呼ばれる生体内の膜蛋白質が、γセクレターゼにより切断され、さらにαセクレターゼによっても切断されることによって、37アミノ酸(VLSSQQFLHRGHQPPPEMAGHSLASSHRNSMIPSAAT)からなるペプチドが産生されることも知られている(非特許文献11)。
【0009】
しかし、このようなペプチドをアルツハイマー病の制御剤にするというアイデアは、現在の知見・技術水準では想定し難く、従って報告も皆無である。
【先行技術文献】
【0010】

【特許文献1】EP 0296560 A2
【特許文献2】US 3391142 A
【特許文献3】WO 2002/40451 A2
【特許文献4】US 2004/198778 A1
【特許文献5】WO 2009/017467 A1
【特許文献6】US 7666982 B2
【特許文献7】US 7807777 B2
【0011】

【非特許文献1】De Strooper et al, Nat Rev Neurol 6, 99-107, 2010
【非特許文献2】Lambert et al, Proc Natl Acad Sci USA 95, 6448-6453, 1998
【非特許文献3】Walsh et al, Nature 416, 535-539, 2002
【非特許文献4】Cleary et al, Nat Neurosci 8, 79-84, 2005
【非特許文献5】Balducci et al, Proc Natl Acad Sci USA 107, 2295-2300, 2010
【非特許文献6】Brouillette et al, J Neurosci 32, 7852-7861, 2012
【非特許文献7】Haapasalo and Kovacs, J Alzheimers Dis 25, 3-28, 2011
【非特許文献8】De Strooper et al, Nature 398, 518-522, 1999
【非特許文献9】Okochi et al, EMBO J 21, 5408-5416, 2002
【非特許文献10】Araki et al, J Biol Chem 279, 24343-24354, 2004
【非特許文献11】Hata et al, J Biol Chem 284, 36024-36033, 2009
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記のような状況の下、アミロイドβ蛋白質を作用機序とするが、従来の作用機序とは異なる抗アルツハイマー剤が切望されており、本発明はそのような抗アルツハイマー剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前述のように、γセクレターゼはアミロイド前駆体蛋白質以外の膜蛋白質をも切断することが知られている。本発明者らは、γセクレターゼにより切られたアミロイドβ蛋白質"以外"のペプチド断片そのものが、アルツハイマー病改善作用を示すのではないかという大胆な仮説をたてた。そして、そのようなペプチド断片のうち、前述したAlcadein-βがγセクレターゼおよびαセクレターゼによっても切断されることで生じる37アミノ酸(VLSSQQFLHRGHQPPPEMAGHSLASSHRNSMIPSAAT)からなるペプチド(p3-Alcβ37ペプチド)が、アミロイドβ蛋白質による認知障害を劇的に改善することを見出し、さらにp3-Alcβ37ペプチドに含まれるわずか11アミノ酸(HRGHQPPPEMA)からなるペプチド(p3-Alcβ[9-19]ペプチド)でも認知障害改善作用があることを見出し、本発明を完成させた。
【0014】
すなわち、本発明は一つの側面において、アミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害の治療剤およびアルツハイマー病治療薬を提供する。本発明は別の側面において、アミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害の治療方法およびアルツハイマー病の治療方法を提供する。本発明はさらなる側面において、アミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害の病態解析方法およびアルツハイマー病の病態解析方法を提供する。かかる本発明には下記の発明が包含される。
【0015】
[1] 下記(I)~(VI)のいずれかに該当するペプチドを有効成分として含有することを特徴とする、アミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害の治療剤。
【0016】
(I)配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるペプチド。
VLSSQQFLHRGHQPPPEMAGHSLASSHRNSMIPS
AAT (配列番号1)
(II)配列番号1で表されるアミノ酸配列に対して1~3個のアミノ酸が、欠失、付加、置換または側鎖の修飾のいずれか一種以上により改変されたアミノ酸配列からなるペプチド。
【0017】
(III)配列番号2で表されるアミノ酸配列を含む、配列番号1で表されるアミノ酸配列の部分配列からなるペプチド。
HRGHQPPPEMA (配列番号2)
(IV)配列番号2で表されるアミノ酸配列を含む、配列番号1で表されるアミノ酸配列の部分配列に対して、1~2個のアミノ酸が、欠失、付加、置換または側鎖の修飾のいずれか一種以上により改変されたアミノ酸配列からなるペプチド。
【0018】
(V)配列番号2で表されるアミノ酸配列を含み、当該アミノ酸配列のN末端および/またはC末端に合計で1~50個のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列(ただし、配列番号1で表されるアミノ酸配列の全部または一部と一致する場合を除く。)からなるペプチド。
【0019】
(VI)配列番号2で表されるアミノ酸配列に対して、1~2個のアミノ酸が、欠失、付加(N末端および/またはC末端に対する付加を除く。)、置換または側鎖の修飾のいずれか一種以上により改変されたアミノ酸配列を含み、当該改変されたアミノ酸配列のN末端および/またはC末端に合計で1~50個のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列からなるペプチド。
【0020】
[2] [1]に記載の治療剤を含有する、アルツハイマー病治療薬。
【0021】
[3] [1]に記載の治療剤を、アミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害を発症した哺乳類(ヒトを除く)またはそのモデル動物に投与するステップを含むことを特徴とする、アミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害の治療方法。
【0022】
[4] [2]に記載の治療薬を、アルツハイマー病に罹患した哺乳類(ヒトを除く)またはそのモデル動物に投与するステップを含むことを特徴とする、アルツハイマー病の治療方法。
【0023】
[5] 前記(I)~(VI)のいずれかに該当するペプチドを、アミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害を発症した哺乳類(ヒトを除く)またはそのモデル動物に投与するステップ、あるいはそのモデル細胞としての培養神経細胞または神経細胞に発現している生体分子に添加するステップを含むことを特徴とする、アミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害の病態解析方法。
【0024】
[6] 前記(I)~(VI)のいずれかに該当するペプチドを、アルツハイマー病に罹患した哺乳類(ヒトを除く)またはそのモデル動物に投与するステップ、あるいはそのモデル細胞としての培養神経細胞または神経細胞に発現している生体分子に添加するステップを含むことを特徴とする、アルツハイマー病の病態解析方法。
【0025】
なお、上述したような発明が、アミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害の治療剤またはアルツハイマー病治療薬の有効成分としての(これらの薬剤類の製造における)前記特定のペプチドの使用などとして表現される発明に転換することが可能であることは、当業者にとって自明である。
【発明の効果】
【0026】
アルツハイマー病は、現在有効な治療薬が存在せず、新しい治療薬が待ち望まれている状況である。背景技術において前述したように、アミロイドβ蛋白質に基づく新しい治療薬は臨床開発されているが、副作用などもあり未だ上市されていない。本発明により提供される抗アルツハイマー剤は、既存の抗アルツハイマー剤とは異なる新たな作用機序を持ち、γセクレターゼで切断されて生じる、生体内に実際に存在するペプチド(p3-Alcβ37)自体またはその部分ペプチド(p3-Alcβ[9-19])あるいはそれらに類するアミノ酸配列を有するペプチドを用いるため、副作用のない、高い安全性が期待される抗アルツハイマー剤となる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】アミロイドβ蛋白質オリゴマーにより誘発される記憶障害に対するp3-Alcβ37ペプチドの効果。グラフは、実施例において測定された、新規物体(Novel object)および既知物体(Familiar object)の探索時間を表す。A(ACSF):人工脳脊髄液のみ(コントロール)。B(Aβ oligomer):1 μMアミロイドβ蛋白質オリゴマー体を溶解した人工脳脊髄液。C(Aβ oligomer + p3-Alcβ37):1 μMアミロイドβ蛋白質オリゴマー体および10 μM p3-Alcβ37ペプチドを溶解した人工脳脊髄液。**:P < 0.01。
【図2】p3-Alcβ37ペプチドの投与による識別指標(Discrimination Index)の変化。グラフは、実施例の結果(図1)から次式により算出された識別指標を表す:識別指標=([新規物体の探索時間]-[既知物体の探索時間])/([新規物体の探索時間]+[既知物体の探索時間])。**:P < 0.01。
【図3】MK-801により誘発される記憶障害に対するp3-Alcβ37ペプチドの効果。グラフは、実施例において測定された、新規物体(Novel object)および既知物体(Familiar object)の探索時間を表す。A(MK-801 + ACSF):人工脳脊髄液(コントロール)を脳室投与、MK-801を腹腔内投与。B(MK-801 + p3-Alcβ37):10 μM p3-Alcβ37ペプチドを溶解した人工脳脊髄液を脳室投与、MK-801を腹腔内投与。
【図4】アミロイドβ蛋白質オリゴマーにより誘発される記憶障害に対する、p3-Alcβ37の部分ペプチドの効果。A:実験に用いた部分ペプチドp3-Alcβ[1-19]、p3-Alcβ[20-37]、p3-Alcβ[1-11]およびp3-Alcβ[9-19]のアミノ酸配列の対比。B(Aβ oligomer + p3-Alcβ[1-19]):1 μMアミロイドβ蛋白質オリゴマー体および10 μM p3-Alcβ[1-19]ペプチドを溶解した人工脳脊髄液。**:P < 0.01。C(Aβ oligomer + p3-Alcβ[20-37]):1 μMアミロイドβ蛋白質オリゴマー体および10 μM p3-Alcβ[20-37]ペプチドを溶解した人工脳脊髄液。D(Aβ oligomer + p3-Alcβ[1-11]):1 μMアミロイドβ蛋白質オリゴマー体および10 μM p3-Alcβ[1-11]ペプチドを溶解した人工脳脊髄液。E(Aβ oligomer + p3-Alcβ[9-19]):1 μMアミロイドβ蛋白質オリゴマー体および10 μM p3-Alcβ[9-19]ペプチドを溶解した人工脳脊髄液。**:P < 0.01。
【発明を実施するための形態】
【0028】
-治療剤-
本発明に係るアミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害の治療剤は、下記第1~第6実施形態を包含する。

【0029】
ここで、「アミロイドβ蛋白質」は、一般的にアルツハイマー病の進行と共に脳内に蓄積していくことが知られているポリペプチドであって、1本のポリペプチド鎖からなるモノマー型のものであっても、複数本(通常2~6本)のポリペプチド鎖からなるオリゴマー型ものであっても、当該オリゴマーが複数個集合してなる凝集体であってもよい。また、「アミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害」には、一般的にアルツハイマー病の症状として知られている、記憶障害、見当識障害、学習障害、注意障害、空間認知機能や問題解決能力の障害などが包含される。

【0030】
第1実施形態では、配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるペプチドを、本発明の治療剤の有効成分として用いる。
VLSSQQFLHRGHQPPPEMAGHSLASSHRNSMIPS
AAT (配列番号1)
第2実施形態では、配列番号1で表されるアミノ酸配列に対して1~3個のアミノ酸が、欠失、付加、置換または側鎖の修飾(非天然アミノ酸、翻訳後修飾アミノ酸などに相当)のいずれか一種以上により改変されたアミノ酸配列からなるペプチドを、本発明の治療剤の有効成分として用いる。欠失は、配列番号1で表されるアミノ酸配列のN末端および/またはC末端における欠失だけでなく、配列番号1で表されるアミノ酸配列の内部での欠失も包含する。付加は、配列番号1で表されるアミノ酸配列のN末端および/またはC末端への付加だけでなく、配列番号1で表されるアミノ酸配列の内部への付加、すなわち挿入も包含する。第2実施形態において、改変されるアミノ酸の数は通常1~3個であるが、好ましくは1または2個、より好ましくは1個である。欠失、付加、置換または側鎖の修飾のうち二種以上の組み合わせによってアミノ酸配列が改変されている場合、前記個数はそれらの合計の個数を表す。このような第2実施形態における欠失、付加(挿入)、置換または側鎖の修飾は、本発明の作用効果を阻害しない限り、配列番号1で表されるアミノ酸配列に含まれる配列番号2で表されるアミノ酸配列の部分(HRGHQPPPEMA)においてなされていてもよいし、配列番号2で表されるアミノ酸配列以外の部分においてなされていてもよい。

【0031】
第3実施形態では、配列番号1で表されるアミノ酸配列の部分配列からなるペプチド、特に配列番号2で表されるアミノ酸配列を含む部分配列からなるペプチドを、本発明の治療剤の有効成分として用いる。
HRGHQPPPEMA (配列番号2)
ここで、部分配列とは、配列番号1で表されるアミノ酸配列のうちの連続する一部のアミノ酸配列であり(つまり配列番号1で表されるアミノ酸配列の全部は「部分配列」の定義には包含されない)、配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるペプチドのN末端および/またはC末端側から少なくとも1個のアミノ酸を切除することにより作製することができる。このような部分配列からなるペプチドは、配列番号2で表されるアミノ酸配列のみからなるペプチドであってもよいし、配列番号2で表されるアミノ酸配列のN末端および/またはC末端に、配列番号1と同様のアミノ酸配列が付加されたアミノ酸配列からなるペプチドであってもよい。

【0032】
なお、第3実施形態で用いられるペプチドは、第2実施形態で用いられるペプチドと重複する(同義となる)可能性がある。たとえば、第2実施形態で用いられる、配列番号1で表されるアミノ酸配列(長さ37アミノ酸)のN末端および/またはC末端のアミノ酸が合計1~3個欠失したアミノ酸配列(長さ34~36アミノ酸)は、配列番号2で表されるアミノ酸配列(長さ11アミノ酸)のN末端および/またはC末端に合計23~25個のアミノ酸が付加したアミノ酸配列(長さ34~36アミノ酸)と重複する可能性がある。必要であれば、第3実施形態で用いられるペプチドは、そのような第2実施形態で用いられるペプチドを除くものとして定義することができる。このことは、続く第4実施形態で用いられるペプチドについても同様である。

【0033】
第4実施形態では、配列番号1で表されるアミノ酸配列の部分配列、特に配列番号2で表されるアミノ酸配列を含む部分配列(すなわち第3実施形態において定義される部分配列)に対して、1~2個のアミノ酸が、欠失、付加、置換または側鎖の修飾のいずれか一種以上により改変されたアミノ酸配列からなるペプチドを、本発明の治療剤の有効成分として用いる。欠失は、配列番号1で表されるアミノ酸配列の部分配列のN末端および/またはC末端における欠失だけでなく、配列番号1で表されるアミノ酸配列の内部での欠失も包含する。付加は、配列番号1で表されるアミノ酸配列の部分配列のN末端および/またはC末端への付加だけでなく、当該部分配列の内部への付加、すなわち挿入も包含する。第4実施形態において、改変されるアミノ酸の数は通常1~2個であるが、好ましくは1個である。欠失、付加、置換または側鎖の修飾のうち二種以上の組み合わせによってアミノ酸配列が改変されている場合、前記個数はそれらの合計の個数を表す。このような第4実施形態における欠失、付加(挿入)、置換または側鎖の修飾は、本発明の作用効果を阻害しない限り、配列番号2で表されるアミノ酸配列の部分(HRGHQPPPEMA)においてなされていてもよいし、配列番号2で表されるアミノ酸配列以外の部分においてなされていてもよい。

【0034】
第5実施形態では、配列番号2で表されるアミノ酸配列を含み、当該アミノ酸配列のN末端および/またはC末端に合計で1~50個のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列からなるペプチドを、本発明の治療剤の有効成分として用いる。第5実施形態において付加されるアミノ酸の数は通常1~50個であるが、好ましくは1~26個(付加後のペプチド全長が最大で、p3-Alcβ37と同じく37個になる程度)、より好ましくは1~8個(付加後のペプチド全長が最大で、p3-Alcβ[1-19]と同じく19個になる程度)である。

【0035】
なお、第5実施形態で用いられるペプチドは、第1~第4実施形態で用いられるペプチドと重複する(同義となる)可能性がある。たとえば、第1実施形態で用いられる、配列番号1で表されるアミノ酸配列(長さ37アミノ酸)は、配列番号2で表されるアミノ酸配列(長さ11アミノ酸:配列番号1の9~19番目のアミノ酸)の、N末端に9個のアミノ酸(配列番号1の1~8番目のアミノ酸)およびC末端に18個のアミノ酸(配列番号1の20~37番目のアミノ酸)が付加したアミノ酸配列ともいえる。必要であれば、第5実施形態で用いられるペプチドは、そのような第1~第4実施形態で用いられるペプチドを除くものとして定義することができる。このことは、続く第6実施形態で用いられるペプチドについても同様である。

【0036】
第6実施形態では、配列番号2で表されるアミノ酸配列に対して、1~2個のアミノ酸が、欠失、付加、置換または側鎖の修飾のいずれか一種以上により改変されたアミノ酸配列を含み、当該改変されたアミノ酸配列のN末端および/またはC末端に合計で1~50個のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列からなるペプチドを、本発明の治療剤の有効成分として用いる。欠失は、配列番号2で表されるアミノ酸配列のN末端および/またはC末端における欠失だけでなく、配列番号2で表されるアミノ酸配列の内部での欠失も包含する。付加は、配列番号2で表されるアミノ酸配列のN末端および/またはC末端への付加(この場合、第6実施形態の規定の前半に記載された「1~2個」のアミノ酸の付加に加えて、この規定の後半に記載された「1~50個」のアミノ酸の付加がさらになされてもよい。)だけでなく、当該部分配列の内部への付加、すなわち挿入も包含する。第6実施形態において、改変されたアミノ酸配列のN末端および/またはC末端にさらに付加されるアミノ酸の数は通常1~50個であるが、好ましくは1~26個(付加後のペプチド全長が最大で、p3-Alcβ37と同じく37個になる程度、ただし配列番号2で表されるアミノ酸配列に対して1~2個のアミノ酸が欠失または付加されている場合は、それによるアミノ酸の数の増減を考慮することができる。)、より好ましくは1~8個(付加後のペプチド全長が最大で、p3-Alcβ[1-19]と同じく19個になる程度、ただし配列番号2で表されるアミノ酸配列に対して1~2個のアミノ酸が欠失または付加されている場合は、それによるアミノ酸の数の増減を考慮することができる。)である。

【0037】
当業者であれば、第2~第6実施形態において定義されるアミノ酸配列からなるペプチドのうち、アミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害を治療する作用効果を奏するものを選択して本発明に用いることは、過度の試行錯誤を要することなく行うことができる。

【0038】
第1~第6実施形態で用いられるペプチドは公知の手法により作製することができ、その作製方法は特に限定されるものではない。たとえば、ペプチドの合成法として慣用されているFmoc-ペプチド固相合成法を用いてアミノ酸を順次結合させていくことにより、所望のアミノ酸配列からなるペプチドを作製することができる。

【0039】
上述したような本発明に係る治療剤ないしそれに含有される所定のペプチドは、次に述べるような本発明に係るアルツハイマー病治療薬の有効成分として使用することが好適である。しかしながら、本発明に係る治療剤ないしそれに含有される所定のペプチドの実施形態はそのような治療薬(医薬品)における使用に限られるものではなく、たとえば、アミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害に対する治療効果やその作用機序の詳細を検証するために、当該認知障害を発症したヒトもしくはヒト以外の哺乳類、またはそのモデル動物(たとえばマウス、ラット、モルモット、ウサギ、ヤギ、ネコ、イヌ、ブタ、サル)の生体に投与してインビボで作用するような実施形態、あるいはこれらの動物に由来する培養神経細胞から作製されたモデル細胞に添加してインビトロで作用するような実施形態における使用であってもよい。

【0040】
本発明に係る治療剤は、その有効成分としての所定のペプチドのみからなるものとして調製し、当該ペプチドを単独で、または適切な溶媒(たとえば人工脳脊髄液)に溶解させた状態で、投与または添加してもよいし、次に述べる治療薬に準じた剤型を調製した上で投与または添加してもよい。

【0041】
-治療薬-
本発明に係るアルツハイマー病治療薬は、上述したような本発明に係る治療剤を含有し、さらに任意で、本発明の治療剤(所定のペプチド)以外の有効成分、剤形に応じた製薬学的に許容される担体、その他一般的な医薬品に用いられている製薬学的添加物などを含有していてもよい。すなわち、本発明に係るアルツハイマー病治療薬は、そのような成分を含有する医薬組成物として調製することができる。

【0042】
治療薬の剤型は、たとえば、錠剤、カプセル剤、軟カプセル剤、顆粒剤、散剤、細粒剤、(ドライ)シロップ、溶液剤、懸濁剤などの経口投与用の剤型、ならびに皮下、筋肉内もしくは静脈内投与用の注射剤、点滴剤、坐剤、経鼻など非経口投与用の剤型の中から選択することが可能である。

【0043】
このような剤型の医薬組成物は、一般的な製造方法により製造することができる。たとえば、経口投与用の剤型であれば、賦形剤、崩壊剤、結合剤、滑沢剤、懸濁化剤、等張化剤、乳化剤、甘味料、香料、着色料などの添加剤と上記の有効成分とを常法により混合して成形することにより製造することができる。このうち賦形剤としては、セルロース誘導体(たとえば結晶セルロース、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース等)、ポリビニルピロリドン、デキストリン、デンプン、乳糖、マニトール、ソルビトール、植物油(たとえばトウモロコシ油、綿実油、ココナッツ油、アーモンド油、オリーブ油、落花生油等)、中鎖脂肪酸グルセリド油等の油状エステル、鉱物油、トリカプリリン、トリアセチン等のグリセリンエステル類、エタノール等のアルコール類、生理食塩水、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、動物油脂、ワセリンなどが挙げられる。

【0044】
一方、注射剤であれば、適切な希釈剤(生理食塩水、ブドウ糖注射液、乳糖注射液、マンニット注射液等)に上記の有効成分を溶解し、濾過滅菌等の滅菌処理を施してアンプル等の密封容器に充填することにより製造できる他、日本薬局方に基づいて凍結乾燥した形態の注射剤や塩化ナトリウムと混合した粉末注射剤として製造することもできる。また、添加剤としては、ポリエチレングリコール、界面活性剤等の補助剤、エタノール、リポソーム、シクロデキストリン等の担体を用いることもできる。

【0045】
医薬組成物中の有効成分の含有量は適切な範囲で調整すればよいが、医薬組成物の総重量に対して、通常0.05~99重量%、好ましくは0.1~70重量%、より好ましくは0.1~50重量%の量である。

【0046】
-治療方法-
上述したような治療剤は、アミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害を治療するために使用することができる。また、上述したような治療薬は、アルツハイマー病を治療するために使用することができる。

【0047】
すなわち、本発明に係るアミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害の治療方法は、アミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害を発症した哺乳類(ヒトまたはヒト以外の哺乳類)またはそのモデル動物(ヒト以外の哺乳類)に投与するステップを含む。また、本発明に係るアルツハイマー病の治療方法は、アルツハイマー病に罹患した哺乳類(ヒトを除く)またはそのモデル動物に投与するステップを含む。

【0048】
なお、本発明に係る治療剤の対象となるアミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害は、典型的にはアルツハイマー病に伴う症状を指すが、アルツハイマー病と確定診断されていない疾患に伴う症状や軽度認知障害(MCI)を含む前臨床段階対象者、またはモデル動物における症状であってもよい。アミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害のモデル動物は公知の手法を用いて作製することができる。たとえば、アミロイドβ蛋白質を過剰に発現するトランスジェニックマウスや、アミロイドβ蛋白質が溶解した人工脳脊髄液を投与したマウスをそのようなモデル動物として用いることができる。

【0049】
治療剤および治療薬についての「治療」には、治療的処置および予防的処置が包含される。その治療の効果としては、疾患の発症または再発の予防、症候の緩和、疾患の進行の抑制、症状の緩和または軽減、回復などが包含される。効果の程度は特に限定されるものではなく、アミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害またはアルツハイマー病に関する公知の手法により評価することができる。

【0050】
本発明に係る治療剤または治療薬の投与方法は、所望の効果が得られるものであれば特に限定されるものではない。通常、インビボでは、アミロイドβ蛋白質が集積する部位である脳室に有効成分としての所定のペプチドを送達できる投与方法が用いられる。また、インビトロでは、細胞培養液に所定のペプチドを添加して培養神経細胞等と接触させる添加方法が用いられる。

【0051】
さらに、例えばウイルスベクターを用いて脳神経細胞でp3-Alcβ37およびその一部のペプチド配列を発現させることが治療方法の選択肢として考えられる。このようなウイルスベクターとして、例えば血液脳関門を通過しうる組み換え体アデノ随伴ウイルス血清型9(AAV9)を用いる事ができる。血中に投与したAAV9ベクターを用いて中枢神経およびグリア細胞系で遺伝子を発現させる事は公知である。さらに、神経細胞特異的なp3-Alcβ37の発現が必要であれば、ウイルスベクターに、例えばsynapsin I 遺伝子のプロモーター領域を組み込んだAAV9を用いる事が可能である。p3-Alcβ37を細胞で発現させ、分泌させるためには、例えばAlcadein βのシグナルペプチド配列19アミノ酸に連結された、Alcadein βのε切断サイトで切断した前駆体ペプチド配列を発現させる。細胞で発現後、この前駆体ペプチドは、シグナルペプチダーゼによりシグナル配列が切断され、ガンマセクレターゼによる切断がεサイトからγサイトへ進み、37アミノ酸からなるp3-Alcβ37が分泌される (Piao et al, PLoS One 8, e62431, 2013)。もちろん、ペプチドを発現・分泌させる方法として、最初からγサイトで切断される37アミノ酸をコードした遺伝子をもちいる方法など、本方法以外の既知の方法を用いる事ができ、発現および分泌の効率を検討して、治療に有効な手法を用いる事ができる。血中にウイルスベクターを導入する方法を用いる事で、中枢神経系に非侵襲的にp3-Alcβ37を導入し治療効果を公知の方法で検定する事が可能となる。

【0052】
治療薬の投与量、すなわち投与1回あたりの有効成分量および投与回数(頻度)は、目的、投与対象の年齢、体重、疾患の重篤度、投与経路、薬物動態などを考慮しながら、適切な範囲で調節すればよい。

【0053】
-病態解析方法-
本発明における所定のペプチド、すなわち前述したような第1~第6実施形態において用いられるペプチドは、アミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害またはアルツハイマー病の病態解析方法において使用することもできる。すなわち、本発明に係るアミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害の病態解析方法は、本発明で用いられる所定のペプチドを、アミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害を発症した哺乳類(ヒトまたはヒト以外の哺乳類)またはそのモデル動物(ヒト以外の哺乳類)に投与するステップ、あるいはそのモデル細胞としての培養神経細胞または神経細胞に発現している生体分子に添加するステップを含む。また、本発明に係るアルツハイマー病の病態解析方法は、本発明で用いられる所定のペプチドを、アルツハイマー病に罹患した哺乳類(ヒトまたはヒト以外の哺乳類)またはそのモデル動物(ヒト以外の哺乳類)に投与するステップ、あるいはそのモデル細胞としての培養神経細胞または神経細胞に発現している生体分子に添加するステップを含む。

【0054】
神経細胞に発現している生体分子にとしては、たとえば細胞表面に発現している受容体のようなタンパク質や、細胞質内で発現しているシグナル伝達に関連するタンパク質などが考えられる。

【0055】
前記モデル細胞は、アミロイドβ蛋白質により誘発される認知障害またはアルツハイマー病により神経細胞(ニューロンなど)などに起きる変性などの病態を再現したものであり、公知の手法を用いて、ヒトまたはヒト以外に哺乳動物に由来する培養神経細胞から作製することができる。

【0056】
このような病態解析方法において、本発明で用いられる所定のペプチドを投与または添加することにより起きる反応を観察、評価することにより、当該ペプチドを使用した治療剤または治療薬の作用機序の詳細を検証することが可能となり、これらを用いた治療方法の効果を増強するための手段や、新たな治療剤または治療薬を開発することができるようになる。
【実施例】
【0057】
方法
アミロイドβ蛋白質オリゴマー体投与による記憶障害マウスモデルの作製、および新規物体認識試験 (novel object recognition test) による記憶獲得能力の評価は、過去の論文に従っておこなった (Balducci et al, Proc Natl Acad Sci USA 107, 2295-2300, 2010)。
【実施例】
【0058】
ICRマウス (6-7週令) に対し、ケタミン (100mg/kg) とキシラジン (40mg/kg) によって麻酔し、脳定位固定装置にセットした。頭皮を除去後、側脳室上の頭蓋骨に小さな穴を開け、ブレグマから側方向に ± 1.0 mm、後方向に 0.65 mm の位置にガイドカニューレ (23 gage) を両側性に埋め込んだ。ガイドカニューレは歯科用レジンで固定した。手術からの回復期間として4-5日経過後、テストケージ (39 cm x 22 cm) の環境に慣れさせるため、10分間自由行動させた (habituation)。これを3日間続けた。その次の日、頭部に埋め込んでいたガイドカニューレを介して、人工脳脊髄液(コントロール)、1 μMアミロイドβ蛋白質オリゴマー体を溶解した人工脳脊髄液、1 μMアミロイドβ蛋白質オリゴマー体と10 μM p3-Alcβ37ペプチドもしくはその部分ペプチドを混合した人工脳脊髄液のいずれかを、インジェクションカニューレ (30 gage, 脳表面から 1.7 mm) により、側脳室に両側性に投与した (3.5 μl/side)。
【実施例】
【0059】
投与から2時間後、順応させたテストケージの中に、同一の2つの物体(プラスチックキャップのついたガラスバイアル[物体A]:直径3 cm x 高さ 6.5 cm)を約20 cm 離してセットし、その中でマウスを10分間自由行動させ、物体Aを学習させた (training session)。次の日、学習から24時間経過後、昨日見せた物体Aを覚えているか試験した (test session)。詳しくは、同じテストケージの中に、昨日提示した物体A(すなわち、既知物体)と新しい物体(メタルキューブ[物体B]: 4 cm 四方)を前日と同じ位置にセットし、その中でマウスを10分間自由行動させた。正常マウスは元々、新しい物体に興味を示すので、既知物質(物体A)よりも新規物体(物体B)の方を探索している時間が長くなる。一方、記憶能力を障害されたマウスは、前日見せた物体(物体A)を覚えていないので、test session では物体Aも物体Bも同程度の探索時間を示す。両物体に対する探索行動はビデオカメラで記録し、それぞれの物体に対する探索時間を積算した。物体に対する頭部の接触や接近(sniffing含む)および前後肢の接触を、探索時間としてカウントした。各グループにおけるマウスの記憶獲得能力は、識別指標を用いて表わした。識別指標 [discrimination index] は、([新規物体の探索時間]-[既知物体の探索時間])/([新規物体の探索時間]+[既知物体の探索時間])と設定した。新規物体と既知物体の区別が出来ていないと識別指標は0となり、既知物体に比べて新規物体を探索する時間が長いと、識別指標はプラスとなる。マウスに新規物体を見せると、時間経過と共に興味を示さなくなる(新規物体に対する探索行動を示さなくなる)ので、テストケージに入れてから5分間の行動から探索時間および識別指標を算出した。
【実施例】
【0060】
NMDA受容体阻害剤であるMK-801投与による記憶障害マウスモデルに関しても、新規物体認識試験 (novel object recognition test) による記憶獲得能力の評価を行った。実験手法は、以下2点を除き、上述と同じ方法で行った。(1) 脳室には、人工脳脊髄液(コントロール)もしくは10 μM p3-Alcβ37ペプチドを溶解した人工脳脊髄液のいずれかを投与した。(2) 脳室投与から1時間半後(すなわち、テストケージに入れる30分前)に、(+)-MK-801 maleate (2 mg/kg) を腹腔内投与し、NMDA受容体依存性の記憶障害を誘発した。
【実施例】
【0061】
使用した試薬に関して、人工脳脊髄液の組成はNaCl 137 mM, KCl 3 mM, MgCl2 1 mM, CaCl2 1.2 mM, glucose 2.5 mM, sodium phosphate buffer 2 mM (pH 7.4) である。アミロイドβ蛋白質オリゴマー体の作成は、過去の文献に従って作製した (Balducci et al, Proc Natl Acad Sci USA 107, 2295-2300, 2010)。アミロイドβ蛋白質のストック溶液 (300 μM) は、0.02% のトリフルオロ酢酸水溶液に溶解され、-25℃で保存し、1か月以内に使用した。アミロイドβ蛋白質オリゴマー体の作成は、以下の要領で用事調製した。アミロイドβ蛋白質ストック溶液を融解後、NaOH:NH3=1:3 溶液でアルカリ化し (pH > 10.5)、50 mM phosphate-buffered saline (pH 7.4)で、アミロイドβ蛋白質を 100 μM に薄めた後、22℃で18時間インキュベートした。この溶液を人工脳脊髄液で1 μM に薄め、アミロイドβ蛋白質オリゴマー体として脳室投与した。オリゴマー体とp3-Alcβ37ペプチドもしくはその部分ペプチドの混合液に関しては、上述の手順に沿って行って作製するが、インキュベートされた 100 μM アミロイドβ蛋白質オリゴマー体を 1 μM に薄める際、p3-Alcβ37ペプチドもしくはその部分ペプチドも添加し最終濃度を10 μMとした。
【実施例】
【0062】
使用したペプチドの配列は、以下の通りである。
amyloid-β42:DAEFRHDSGYEVHHQKLVFFAEDVGSNKGAIIGLMVGGVVIA
p3-Alcβ37: VLSSQQFLHRGHQPPPEMAGHSLASSHRNSMIPSAAT
p3-Alcβ[1-19]: VLSSQQFLHRGHQPPPEMA
p3-Alcβ[20-37]: GHSLASSHRNSMIPSAAT
p3-Alcβ[1-11]: VLSSQQFLHRG
p3-Alcβ[9-19]: HRGHQPPPEMA
加えて、使用したペプチドはそれぞれ以下から入手した: amyloid-β42 (Keck Biotechnology Resource Laboratory, Yale University), p3-Alcβ37 (Keck Biotechnology Resource Laboratory, Yale University), p3-Alcβ[1-19] (Genemed Synthesis, and Peptide Institute), p3-Alcβ[20-37] (Genemed Synthesis, and Peptide Institute), p3-Alcβ[1-11] (Peptide Institute), p3-Alcβ[9-19] (Peptide Institute)。
【実施例】
【0063】
結果
人工脳脊髄液を投与したマウスでは、既知物体Aの探索時間より、新規物体Bの探索時間が有意に長かった (図1A, n = 11 mice, P < 0.01, paired t-test)。すなわち、正常に記憶が獲得されていた。一方で、アミロイドβ蛋白質オリゴマー体を投与したマウスでは、既知物体Aと新規物体Bの探索時間がほぼ同じであった (図1B,n = 20 mice, P > 0.05, paired t-test)。すなわち、記憶獲得が完全に障害されているのが分かった。さらに我々は、アミロイドβ蛋白質オリゴマー体に加えてp3-Alcβ37ペプチドを混合投与したマウスでは、記憶能力が顕著に回復していることを見出した (図1C,n = 14 mice, P < 0.01, paired t-test)。図2では、識別指標を用いて各グループの記憶獲得能力を表わしている。人工脳脊髄液投与群と比較してオリゴマー体投与群では、識別指標の有意な低下が観察された (図2,P < 0.01, Tukey test)。オリゴマー体投与群と比較してオリゴマー体/p3-Alcβ37混合液投与群では、識別指標の有意な上昇が観察された (図2,P < 0.01, Tukey test)。さらに、人工脳脊髄液投与群とオリゴマー体/p3-Alcβ37投与群では、識別指標の有意な差は見られなかった (図2,P > 0.05, Tukey test)。これらの結果は、アミロイドβ蛋白質オリゴマー体により誘発される記憶障害は、p3-Alcβ37ペプチドの脳内投与により劇的に改善されることを示している。
【実施例】
【0064】
次に、この p3-Alcβ37 による記憶障害の回復作用が、アミロイドβ蛋白質による記憶障害に特有なのか、それとも他の記憶障害も回復できるのか検討した。記憶・学習にNMDA受容体が必須なのはよく知られており、NMDA受容体の遺伝子ノックアウト (Rampon et al, Nat Neurosci 3, 238-244, 2000)、およびNMDA受容体阻害剤である MK-801投与 (de Lima et al, Behav Brain Res 156, 139-143, 2005) によって新規物体認識試験も障害されることが報告されている。そこで本研究でも、人工脳脊髄液を脳室投与した状態でMK-801を腹腔内投与したところ、既知物体Aと新規物体Bの探索時間がほぼ同じになることが分かった(図3A,n = 8 mice, P > 0.05, paired t-test)。すなわち、記憶獲得が障害されていた。そこで次に、p3-Alcβ37ペプチドを脳室投与した状態でMK-801を腹腔内投与した。しかしながら、既知物体Aと新規物体Bの探索時間に顕著な差は観察されず(図3B,n = 9 mice, P > 0.05, paired t-test)、記憶障害の改善効果を示さないことがわかった。すなわち、p3-Alcβ37ペプチドは、アミロイドβ蛋白質オリゴマー体による記憶障害は改善するが、NMDA受容体阻害による記憶障害は改善できないことが示された。これは、この p3-Alcβ37ペプチドが、アミロイドβ蛋白質に対して比較的選択的に作用し、記憶障害を改善することを示している。
【実施例】
【0065】
最後に、p3-Alcβ37の部分ペプチドでも、アミロイドβ蛋白質オリゴマー体による記憶障害を回復できるか検討した。アミロイドβ蛋白質オリゴマー体に加え、p3-Alcβ37の1-19番目の部分ペプチド(p3-Alcβ37[1-19], 図4A)を混合投与したマウスでは、記憶能力が顕著に改善した(図4B,n = 15 mice, P < 0.01, paired t-test)。一方、オリゴマー体とp3-Alcβ37の20-37番目の部分ペプチド(p3-Alcβ37[20-37], 図4A)を混合投与したマウスでは、記憶能力は改善しなかった(図4C,n = 16 mice, P > 0.05, paired t-test)。そこで次に、p3-Alcβ37[1-19]ペプチドをさらに断片化し、1-11 番目の部分ペプチド(p3-Alcβ37[1-11], 図4A)と 9-19番目の部分ペプチド(p3-Alcβ37[9-19], 図4A)に関して検討した。その結果、オリゴマー体/p3-Alcβ37[1-11] では記憶能力は障害されたままだが(図4D,n = 14 mice, P > 0.05, paired t-test)、オリゴマー体/p3-Alcβ37[9-19] では記憶能力が顕著に改善することを見出した(図4E,n = 16 mice, P < 0.01, paired t-test)。これらの結果は、p3-Alcβ37の部分ペプチドである p3-Alcβ37[9-19](11アミノ酸)でも、アミロイドβ蛋白質オリゴマー体による記憶障害が回復できることを示している。
【配列表フリ-テキスト】
【0066】
配列番号1:p3-Alcβ37
配列番号2:p3-Alcβ[9-19] / a part of p3-Alc beta 37 (position 9-19)
配列番号3:p3-Alcβ[1-11] / a part of p3-Alc beta 37 (position 1-11)
配列番号4:p3-Alcβ[1-19] / a part of p3-Alc beta 37 (position 1-19)
配列番号5:p3-Alcβ[20-37] / a part of p3-Alc beta 37 (position 20-37)
配列番号6:amyloid-β42
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3