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明細書 :人工多能性幹細胞を腸管上皮細胞へ分化誘導する方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第6296399号 (P6296399)
登録日 平成30年3月2日(2018.3.2)
発行日 平成30年3月20日(2018.3.20)
発明の名称または考案の名称 人工多能性幹細胞を腸管上皮細胞へ分化誘導する方法
国際特許分類 C12N   5/10        (2006.01)
C12Q   1/02        (2006.01)
A61K  35/38        (2015.01)
A61P   1/00        (2006.01)
A61L  27/38        (2006.01)
FI C12N 5/10
C12Q 1/02
A61K 35/38
A61P 1/00
A61L 27/38 300
請求項の数または発明の数 14
全頁数 24
出願番号 特願2015-502917 (P2015-502917)
出願日 平成26年2月24日(2014.2.24)
国際出願番号 PCT/JP2014/054379
国際公開番号 WO2014/132933
国際公開日 平成26年9月4日(2014.9.4)
優先権出願番号 2013036434
優先日 平成25年2月26日(2013.2.26)
優先権主張国 日本国(JP)
審査請求日 平成29年2月17日(2017.2.17)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】506218664
【氏名又は名称】公立大学法人名古屋市立大学
発明者または考案者 【氏名】岩尾 岳洋
【氏名】松永 民秀
個別代理人の代理人 【識別番号】100114362、【弁理士】、【氏名又は名称】萩野 幹治
審査官 【審査官】飯室 里美
参考文献・文献 国際公開第2011/139628(WO,A1)
国際公開第2011/056971(WO,A2)
国際公開第2011/140441(WO,A2)
松永民秀 他,ヒトiPS細胞から肝・腸管上皮細胞への分化および誘導評価,いわゆる「健康食品」と医療品との併用に関わる安全性評価に関する研究 平成22年度 総括・分担研究報告書,2011年,p.25-29
UEDA T. et al.,Generation of functional gut-like organ from mouse induced pluripotent stem cells,Biochem Biophys Res Commun,,2010年,Vol.391, No.1,,p.38-42
SPENCE J.R. et al.,Directed differentiation of human pluripotent stem cells into intestinal tissue in vitro,Nature,2011年,Vol.470, No.7332,p.105-109
岩尾岳洋 他,薬物動態研究におけるヒト多能性幹細胞の活用,薬剤学,2012年,Vol.72, No.2,p.88-94
瀬崎拓人,クローン病関連因子Dlg5によるTGF-βシグナル経路と上皮間葉転換の調節,京都大学学術情報リポジトリ KURENAI[online],京都大学,2012年,URL,http://hdl.handle.net/2433/165040
調査した分野 C12N 5/10
C12Q 1/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
特許請求の範囲 【請求項1】
以下の工程(1)~(3)を含む、人工多能性幹細胞を腸管上皮細胞へ分化誘導する方法:
(1)人工多能性幹細胞を内胚葉様細胞へと分化させる工程;
(2)工程(1)で得られた内胚葉様細胞を腸管幹細胞様細胞へと分化させる工程;
(3)工程(2)で得られた腸管幹細胞様細胞を腸管上皮細胞様細胞へと分化させる工程であって、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下での培養を含む工程。
【請求項3】
工程(3)の前記培養の期間が7日間~30日間である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
MEK1阻害剤がPD98059であり、DNAメチル化阻害剤が5-アザ-2’-デオキシシチジンであり、TGFβ受容体阻害剤がA-83-01である、請求項1又は3に記載の方法。
【請求項5】
工程(1)における分化誘導因子としてアクチビンAを用いる、請求項1、3、4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
工程(2)における分化誘導因子としてFGF2を用いる、請求項1、3~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
工程(3)が、以下の工程(3-1)及び(3-2)からなる、請求項1、3~6のいずれか一項に記載の方法:
(3-1)工程(2)で得られた腸管幹細胞様細胞をGSK阻害剤及び/又はBMP阻害剤とEGFの存在下で培養する工程;
(3-2)工程(3-1)に続いて、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤及びTGFβ受容体阻害剤からなる群より選択される一以上の化合物とEGFの存在下で培養する工程。
【請求項8】
工程(3-1)の培養期間は3日間~14日間であり、工程(3-2)の培養期間は3日間~21日間である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
GSK阻害剤がGSK3iXVであり、BMP阻害剤がドルソモルフィンである、請求項7又は8に記載の方法。
【請求項10】
人工多能性幹細胞がヒト人工多能性幹細胞である、請求項1、3~9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
請求項1、3~10のいずれか一項に記載の方法で得られた腸管上皮細胞様細胞。
【請求項12】
請求項11に記載の腸管上皮細胞様細胞を用いた、被検物質の体内動態を評価する方法。
【請求項13】
以下の工程(i)~(iii)を含む、請求項12に記載の方法:
(i)請求項11に記載の腸管上皮細胞様細胞で構成された細胞層を用意する工程;
(ii)前記細胞層に被検物質を接触させる工程;
(iii)前記細胞層を透過した被検物質を定量し、被検物質の吸収性ないし膜透過性を評価する工程。
【請求項14】
以下の工程(I)及び(II)を含む、請求項12に記載の方法:
(I)請求項11に記載の腸管上皮細胞様細胞に被検物質を接触させる工程;
(II)被検物質の代謝又は吸収を測定・評価する工程。
【請求項15】
請求項11に記載の腸管上皮細胞様細胞を含む、細胞製剤。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem:iPS)を腸管上皮細胞へ分化誘導する方法及びその用途に関する。本出願は、2013年2月26日に出願された日本国特許出願第2013-36434号に基づく優先権を主張するものであり、当該特許出願の全内容は参照により援用される。
【背景技術】
【0002】
小腸には多くの薬物代謝酵素や薬物トランスポーターが存在することから、肝臓と同様、薬物の初回通過効果に関わる臓器として非常に重要である。そのため、医薬品開発早期の段階から小腸における医薬品の膜透過性や代謝を評価することが、薬物動態特性に優れた医薬品の開発に必要である。現在、小腸のモデル系としてはヒト結腸癌由来のCaco-2細胞が多用されている。しかし、Caco-2細胞における薬物トランスポーターの発現パターンはヒト小腸とは異なる。また、Caco-2細胞には薬物代謝酵素の発現及び酵素誘導はほとんど認められないことから、正確に小腸での薬物動態を評価することは難しい。したがって、小腸における薬物代謝及び膜透過性を総合的に評価するためには初代小腸上皮細胞の利用が望ましいが、初代小腸上皮細胞の入手は困難である。
【0003】
ところで、ヒト人工多能性幹(induced pluripotent stem:iPS)細胞は2007年に山中らによって樹立された。このヒトiPS細胞は、1998年にThomsonらによって樹立されたヒト胚性幹(embryonic stem:ES)細胞と同様な、多分化能とほぼ無限の増殖能をもつ細胞である。ヒトiPS細胞はヒトES細胞に比べ倫理的な問題が少なく、医薬品開発のための安定した細胞供給源として期待される。
【0004】
尚、薬剤の吸収試験などに利用される腸管上皮細胞を提供するために、腸管由来の細胞から腸管の幹/前駆細胞を選択的に取得する方法が報告されている(特許文献1)。また、ALK5阻害因子を用いた多能性細胞の作製ないし維持方法が提案されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【0005】

【特許文献1】特開2008-206510号公報
【特許文献2】特表2012-511935号公報
【0006】

【非特許文献1】Ueda T et al., Biochem Biophys Res Commun. 2010 Jan 1;391(1):38-42.
【非特許文献2】McCracken KW et al., Nat Protoc. 2011 Nov 10;6(12):1920-8
【非特許文献3】Spence JR, Nature. 2011 Feb 3;470(7332):105-109.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
現在、iPS細胞から腸管への分化に関する報告はほとんどない。本願発明者らが知る限り、マウスiPS細胞から胚様体を形成し腸管様の組織を作製したという報告(非特許文献1)と、ヒトiPS細胞から三次元培養により腸管様の組織を作製したという報告(非特許文献2、3)があるにすぎない。また、これらの報告での分化誘導法は煩雑であり、しかも分化効率が十分でなく、薬物動態学的な解析は詳細に行われていない。さらに、当該分化誘導法は極めて高価な増殖因子やサイトカイン類を大量に用いて分化を誘導しており、実用化に適さない。
【0008】
実用化を目指せば、安価で取り扱いの容易な低分子化合物を分化誘導因子として用いることが望まれる。本発明は、このような要望に応えるべく、iPS細胞を腸管上皮細胞へ効率的に分化誘導するための新規な方法及びその用途を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題に鑑み本発明者らは、ヒトES細胞と同様の多分化能とほぼ無限の増殖能を有し、創薬研究への利用も期待されているヒトiPS細胞から腸管上皮細胞様細胞の作製を試みることにした。その際、分化誘導因子としての低分子化合物の可能性に注目し、薬物動態試験の評価系に利用可能な細胞をより簡便な方法で作製することを目指した。詳細な検討の結果、内胚葉様細胞を経て得られた腸管幹細胞様細胞を腸管上皮細胞様細胞へと分化誘導する際の誘導因子として、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤及びTGFβ受容体阻害剤が有効であることが明らかとなった。また、腸管幹細胞様細胞を腸管上皮細胞様細胞へと分化誘導する際の初期段階においてGSK阻害剤、BMP阻害剤の存在下で培養すると分化誘導効率が上昇した。更には、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤及びTGFβ受容体阻害剤を併用すると、腸管上皮への分化誘導が一層促進された。一方、内胚葉様細胞を腸管幹細胞様細胞へと分化誘導する際の誘導因子としてFGF2が特に好ましいことが判明した。
【0010】
作製に成功した腸管上皮細胞様細胞は、腸管上皮特異的な各種マーカー分子を発現しており、ペプチドの輸送機能も備えていた。また、ビタミンD受容体を介した薬物代謝酵素(CYP3A4)の発現誘導も認められた。このように、腸管上皮細胞に極めて類似した特性を示す細胞の取得に成功したことが確認された。
【0011】
検討を進めた結果、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤及びTGFβ受容体阻害剤の誘導因子としての有効性、及び本法の有用性が更に裏づけられた。
【0012】
以下に示す本願発明は、主として、本発明者らによる上記成果及び考察に基づく。
[1]以下の工程(1)~(3)を含む、人工多能性幹細胞を腸管上皮細胞へ分化誘導する方法:
(1)人工多能性幹細胞を内胚葉様細胞へと分化させる工程;
(2)工程(1)で得られた内胚葉様細胞を腸管幹細胞様細胞へと分化させる工程;
(3)工程(2)で得られた腸管幹細胞様細胞を腸管上皮細胞様細胞へと分化させる工程であって、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤及びTGFβ受容体阻害剤からなる群より選択される一以上の化合物とEGFの存在下での培養を含む工程。
[2]工程(3)の前記培養を、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下で行う、[1]に記載の方法。
[3]工程(3)の前記培養の期間が7日間~30日間である、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]MEK1阻害剤がPD98059であり、DNAメチル化阻害剤が5-アザ-2’-デオキシシチジンであり、TGFβ受容体阻害剤がA-83-01である、[1]~[3]のいずれか一項に記載の方法。
[5]工程(1)における分化誘導因子としてアクチビンAを用いる、[1]~[4]のいずれか一項に記載の方法。
[6]工程(2)における分化誘導因子としてFGF2を用いる、[1]~[5]のいずれか一項に記載の方法。
[7]工程(3)が、以下の工程(3-1)及び(3-2)からなる、[1]~[6]のいずれか一項に記載の方法:
(3-1)工程(2)で得られた腸管幹細胞様細胞をGSK阻害剤及び/又はBMP阻害剤とEGFの存在下で培養する工程;
(3-2)工程(3-1)に続いて、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤及びTGFβ受容体阻害剤からなる群より選択される一以上の化合物とEGFの存在下で培養する工程。
[8]工程(3-1)の培養期間は3日間~14日間であり、工程(3-2)の培養期間は3日間~21日間である、[7]に記載の方法。
[9]GSK阻害剤がGSK3iXVであり、BMP阻害剤がドルソモルフィンである、[7]又は[8]に記載の方法。
[10]人工多能性幹細胞がヒト人工多能性幹細胞である、[1]~[9]のいずれか一項に記載の方法。
[11][1]~[10]のいずれか一項に記載の方法で得られた腸管上皮細胞様細胞。
[12][11]に記載の腸管上皮細胞様細胞を用いた、被検物質の体内動態を評価する方法。
[13]以下の工程(i)~(iii)を含む、[12]に記載の方法:
(i)[11]に記載の腸管上皮細胞様細胞で構成された細胞層を用意する工程;
(ii)前記細胞層に被検物質を接触させる工程;
(iii)前記細胞層を透過した被検物質を定量し、被検物質の吸収性ないし膜透過性を評価する工程。
[14]以下の工程(I)及び(II)を含む、[12]に記載の方法:
(I)[11]に記載の腸管上皮細胞様細胞に被検物質を接触させる工程;
(II)被検物質の代謝又は吸収を測定・評価する工程。
[15][11]に記載の腸管上皮細胞様細胞を含む、細胞製剤。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】ヒトiPS細胞から腸管幹細胞への分化に対するFGF2、FGF4及びWnt3aの効果。各データは平均値±S.D.(n = 3)で表した。FGF2とFGF4の添加量は250 ng/mL、Wnt3aの添加量は50 ng/mL。
【図2】ヒトiPS細胞から腸管上皮細胞への分化に対する血清濃度の効果。各データは平均値±S.D.(n = 3)で表した。N.D.:検出できず。
【図3】分化させた腸管上皮細胞様細胞におけるCDX2、DPP4、SLC46A1/PCFTの発現。各データは平均値±S.D.(n = 3)で表した。
【図4】ヒトiPS細胞から腸管上皮細胞への分化スケジュール及び分化過程における細胞の形態学的変化。
【図5】分化させた腸管上皮細胞様細胞におけるスクラーゼ-イソマルターゼの免疫蛍光染色。(A)スクラーゼ-イソマルターゼの免疫蛍光染色(赤)。(B)DAPIによる核染色(青)。(C)(A)と(B)を合成した画像。スケールバーは50μm。
【図6】分化させた腸管上皮細胞様細胞におけるβ-Ala-Lys-AMCAの取り込み。(A)β-Ala-Lys-AMCAの細胞内取り込み(青)。(B)スクラーゼ-イソマルターゼの免疫蛍光染色(赤)。(C)(A)と(B)を合成した画像。スケールバーは50μm。
【図7】腸管上皮細胞への分化に対するGSK3及びBMP阻害剤の効果。各データは平均値±S.D.(n = 3)で表した。GSK3iはGSK3iXV、BMPiはドルソモルフィンである。
【図8】腸管上皮細胞への分化に対するPD98059及び5-アザ-2’-デオキシシチジンの効果。各データは平均値±S.D.(n = 3)で表した。N.D.:検出できず。5-aza-2’-dCは 5-アザ-2’-デオキシシチジンである。
【図9】腸管上皮細胞への分化に対するA-83-01の効果。各データは平均値±S.D.(n = 3)で表した。
【図10】A-83-01を用いて分化させた腸管上皮細胞様細胞におけるCYP3A4発現に対する1α,25-ジヒドロキシビタミンD3の誘導効果。各データは平均値±S.D.(n = 3)で表した。VD3は1α,25-ジヒドロキシビタミンD3である。
【図11】腸管上皮細胞への分化に対する低分子化合物併用の効果。各データは平均値±S.D.(n = 3)で表した。GSK3iはGSK3iXV、BMPiはドルソモルフィン、5-aza-2’-dCは5-アザ-2’-デオキシシチジン、VD3は1α,25-ジヒドロキシビタミンD3、RIFはリファンピシンである。
【図12】腸管上皮細胞への分化に対する各化合物の効果。腸特異的ホメオボックス(ISX)(上)及びビリン1(下)をマーカー遺伝子とした。各データは平均値±S.D.(n = 3)で表した。長期間添加の場合には、化合物を分化開始後8日目~26日目まで(18日間)添加した。GSK3iはGSK3iXV、BMPiはドルソモルフィン、5-aza-2’-dCは5-アザ-2’-デオキシシチジンである。
【図13】腸管上皮細胞への分化に対する各化合物の効果。スクラーゼ-イソマルターゼ(上)及びSLC15A1/PEPT1(下)をマーカー遺伝子とした。各データは平均値±S.D.(n = 3)で表した。長期間添加の場合には、化合物を分化開始後8日目~26日目まで(18日間)添加した。GSK3iはGSK3iXV、BMPiはドルソモルフィン、5-aza-2’-dCは5-アザ-2’-デオキシシチジンである。
【図14】腸管上皮細胞への分化に対する各化合物の効果。ABCB1/MDR1(上)及びABCG2/BCRP(下)をマーカー遺伝子とした。各データは平均値±S.D.(n = 3)で表した。長期間添加の場合には、化合物を分化開始後8日目~26日目まで(18日間)添加した。GSK3iはGSK3iXV、BMPiはドルソモルフィン、5-aza-2’-dCは5-アザ-2’-デオキシシチジンである。
【図15】低分子化合物を用いて分化させた腸管上皮細胞様細胞におけるスクラーゼ-イソマルターゼの免疫蛍光染色。5-aza-2’-dCは 5-アザ-2’-デオキシシチジンである。スケールバーは500μm。
【図16】腸管上皮細胞への分化に対する各化合物の効果。CYP1A1/2(上)及びCYP2C9(下)をマーカー遺伝子とした。各データは平均値±S.D.(n = 3)で表した。長期間添加の場合には、化合物を分化開始後8日目~26日目まで(18日間)添加した。GSK3iはGSK3iXV、BMPiはドルソモルフィン、5-aza-2’-dCは5-アザ-2’-デオキシシチジンである。
【図17】腸管上皮細胞への分化に対する各化合物の効果。CYP2C19(上)及びCYP2D6(下)をマーカー遺伝子とした。各データは平均値±S.D.(n = 3)で表した。長期間添加の場合には、化合物を分化開始後8日目~26日目まで(18日間)添加した。GSK3iはGSK3iXV、BMPiはドルソモルフィン、5-aza-2’-dCは5-アザ-2’-デオキシシチジンである。
【図18】腸管上皮細胞への分化に対する各化合物の効果。ウリジン2リン酸-グルクロン酸転移酵素(上)及び硫酸転移酵素(下)をマーカー遺伝子とした。各データは平均値±S.D.(n = 3)で表した。長期間添加の場合には、化合物を分化開始後8日目~26日目まで(18日間)添加した。GSK3iはGSK3iXV、BMPiはドルソモルフィン、5-aza-2’-dCは5-アザ-2’-デオキシシチジンである。
【図19】各条件で分化させた腸管上皮細胞様細胞におけるCYP3A4発現に対する1α,25-ジヒドロキシビタミンD3の誘導効果。各データは平均値±S.D.(n = 3)で表した。GSK3iはGSK3iXV、BMPiはドルソモルフィン、5-aza-2’-dCは5-アザ-2’-デオキシシチジン、VD3は1α,25-ジヒドロキシビタミンD3である。
【図20】低分子化合物を用いて分化させた腸管上皮細胞様細胞におけるβ-Ala-Lys-AMCAの取り込み。コントロール(取り込みの際の温度条件を37℃にした場合)(左)、阻害剤(イブプロフェン)を添加した場合(中央)、取り込みの際の温度条件を4℃にした場合(右)の間で、β-Ala-Lys-AMCAの細胞内取り込み(青)を比較した。スケールバーは500μm。
【図21】各種化合物による分化誘導。腸管上皮細胞への分化に対するTGF-β阻害剤及びMEK阻害剤の効果を様々な化合物を使用して検証した。平均値±S.D.(n = 3)で表した。
【図22】各種化合物による分化誘導。腸管上皮細胞への分化に対するDNAメチル化阻害剤の効果を様々な化合物を使用して検証した。平均値±S.D.(n = 3)で表した。5-aza-2’-dCは5-アザ-2’-デオキシシチジン、5-azaCは5-アザシシチジンである。
【図23】より効果的な化合物の組合せで分化させた腸管上皮細胞様細胞におけるLGR5及びスクラーゼ-イソマルターゼの発現。各データは平均値±S.D.(n = 3)で表した。5-aza-2’-dCは5-アザ-2’-デオキシシチジンである。
【図24】より効果的な化合物の組合せで分化させた腸管上皮細胞様細胞におけるSLC15A1/PEPT1の発現(上)と、CYP3A4発現に対する1α,25-ジヒドロキシビタミンD3の誘導効果。各データは平均値±S.D.(n = 3)で表した。5-aza-2’-dCは5-アザ-2’-デオキシシチジンであり、VD3は1α,25-ジヒドロキシビタミンD3である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は人工多能性幹細胞(iPS細胞)を腸管上皮細胞系譜へ分化誘導する方法(以下、「本発明の分化誘導方法」とも呼ぶ。)に関する。本発明によれば、生体の腸管組織を構成する腸管上皮細胞と類似の特性を示す細胞、即ち腸管上皮細胞様細胞が得られる。

【0015】
「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」とは、初期化因子の導入などにより体細胞をリプログラミングすることによって作製される、多能性(多分化能)と増殖能を有する細胞である。人工多能性幹細胞はES細胞に近い性質を示す。iPS細胞の作製に使用する体細胞は特に限定されず、分化した体細胞でもよいし、未分化の幹細胞でもよい。また、その由来も特に限定されないが、好ましくは哺乳動物(例えば、ヒトやチンパンジーなどの霊長類、マウスやラットなどのげっ歯類)の体細胞、特に好ましくはヒトの体細胞を用いる。iPS細胞は、これまでに報告された各種方法によって作製することができる。また、今後開発されるiPS細胞作製法を適用することも当然に想定される。

【0016】
iPS細胞作製法の最も基本的な手法は、転写因子であるOct3/4、Sox2、Klf4及びc-Mycの4因子を、ウイルスを利用して細胞へ導入する方法である(Takahashi K, Yamanaka S: Cell 126 (4), 663-676, 2006; Takahashi, K, et al: Cell 131 (5), 861-72, 2007)。ヒトiPS細胞についてはOct4、Sox2、Lin28及びNonogの4因子の導入による樹立の報告がある(Yu J, et al: Science 318(5858), 1917-1920, 2007)。c-Mycを除く3因子(Nakagawa M, et al: Nat. Biotechnol. 26 (1), 101-106, 2008)、Oct3/4及びKlf4の2因子(Kim J B, et al: Nature 454 (7204), 646-650, 2008)、或いはOct3/4のみ(Kim J B, et al: Cell 136 (3), 411-419, 2009)の導入によるiPS細胞の樹立も報告されている。また、遺伝子の発現産物であるタンパク質を細胞に導入する手法(Zhou H, Wu S, Joo JY, et al: Cell Stem Cell 4, 381-384, 2009; Kim D, Kim CH, Moon JI, et al: Cell Stem Cell 4, 472-476, 2009)も報告されている。一方、ヒストンメチル基転移酵素G9aに対する阻害剤BIX-01294やヒストン脱アセチル化酵素阻害剤バルプロ酸(VPA)或いはBayK8644等を使用することによって作製効率の向上や導入する因子の低減などが可能であるとの報告もある(Huangfu D, et al: Nat. Biotechnol. 26 (7), 795-797, 2008; Huangfu D, et al: Nat. Biotechnol. 26 (11), 1269-1275, 2008; Silva J, et al: PLoS. Biol. 6 (10), e 253, 2008)。遺伝子導入法についても検討が進められ、レトロウイルスの他、レンチウイルス(Yu J, et al: Science 318(5858), 1917-1920, 2007)、アデノウイルス(Stadtfeld M, et al: Science 322 (5903), 945-949, 2008)、プラスミド(Okita K, et al: Science 322 (5903), 949-953, 2008)、トランスポゾンベクター(Woltjen K, Michael IP, Mohseni P, et al: Nature 458, 766-770, 2009; Kaji K, Norrby K, Pac a A, et al: Nature 458, 771-775, 2009; Yusa K, Rad R, Takeda J, et al: Nat Methods 6, 363-369, 2009)、或いはエピソーマルベクター(Yu J, Hu K, Smuga-Otto K, Tian S, et al: Science 324, 797-801, 2009)を遺伝子導入に利用した技術が開発されている。

【0017】
iPS細胞への形質転換、即ち初期化(リプログラミング)が生じた細胞はFbxo15、Nanog、Oct/4、Fgf-4、Esg-1及びCript等の多能性幹細胞マーカー(未分化マーカー)の発現などを指標として選択することができる。選択された細胞をiPS細胞として回収する。

【0018】
iPS細胞は、例えば、国立大学法人京都大学又は独立行政法人理化学研究所バイオリソースセンターから提供を受けることもできる。

【0019】
本明細書において「分化誘導する」とは、特定の細胞系譜に沿って分化するように働きかけることをいう。本発明ではiPS細胞を腸管上皮細胞へと分化誘導する。本発明の分化誘導方法は大別して3段階の誘導工程、即ち、iPS細胞を内胚葉様細胞へと分化させる工程(工程(1))と、得られた内胚葉様細胞を腸管幹細胞様細胞へと分化させる工程(工程(2))と、得られた腸管幹細胞様細胞を腸管上皮細胞様細胞へと分化させる工程(工程(3))を含む。以下、各工程の詳細を説明する。

【0020】
<工程(1) 内胚葉様細胞への分化>
この工程ではiPS細胞を培養し、内胚葉様細胞へと分化させる。換言すれば、内胚葉様細胞への分化を誘導する条件下でiPS細胞を培養する。iPS細胞が内胚葉様細胞に分化する限り、培養条件は特に限定されない。例えば、常法に従い、アクチビンAを添加した培地で培養する。この場合、培地中のアクチビンAの濃度を例えば10 ng/ml~200 ng/ml、好ましくは20 ng/ml~150 ng/mlとする。細胞の増殖率や維持等の観点から、培地に血清又は血清代替物(Knockout serum replacement(KSR)など)を添加することが好ましい。血清はウシ胎仔血清に限られるものではなく、ヒト血清や羊血清等を用いることもできる。血清又は血清代替物の添加量は例えば0.1%(v/v)~10%(v/v)である。

【0021】
Wnt/β-カテニンシグナル経路の阻害剤(例えば、ヘキサクロロフェン、クエルセチン、WntリガンドであるWnt3a)を培地に添加し、内胚葉様細胞への分化の促進を図ってもよい。

【0022】
好ましい一態様では、工程(1)として2段階の培養を行う。1段階目の培養では比較的低濃度の血清(例えば、0.1%(v/v)~1%(v/v))を添加した培地で行い、続く2段階目の培養では一段階目の培養よりも血清濃度を高めた培地(血清濃度を例えば1%(v/v)~10%(v/v)))で行う。このように2段階の培養を採用することは、1段階目の培養により未分化細胞の増殖を抑制し、続く2段階目により分化した細胞を増殖させる点で好ましい。

【0023】
工程(1)の期間(培養期間)は例えば1日間~10日間、好ましくは2日間~7日間である。工程(1)として2段階の培養を採用する場合には1段階目の培養期間を例えば1日間~7日間、好ましくは2日間~5日間とし、2段階目の培養期間を例えば1日間~6日間、好ましくは1日間~4日間とする。

【0024】
<工程(2) 腸管幹細胞様細胞への分化>
この工程では、工程(1)で得られた内胚葉様細胞を培養し、腸管幹細胞様細胞へと分化させる。換言すれば、腸管幹細胞様細胞への分化を誘導する条件下で内胚葉細胞を培養する。内胚葉様細胞が腸管幹細胞様細胞へ分化する限り、培養条件は特に限定されない。好ましくは、後述の実施例に示した実験結果を踏まえ、FGF2(線維芽細胞増殖因子2)の存在下で培養を行う。好ましくはヒトFGF2(例えばヒト組換えFGF2)を用いる。

【0025】
典型的には、工程(1)を経て得られた細胞集団又はその一部を、選別することなく工程(2)に供する。一方で、工程(1)を経て得られた細胞集団の中から内胚葉様細胞を選別した上で工程(2)を実施することにしてもよい。内胚葉様細胞の選別は例えば、細胞表面マーカーを指標にしてフローサイトメーター(セルソーター)で行えばよい。

【0026】
「FGF2の存在下」とは、FGF2が培地中に添加された条件と同義である。従って、FGF2の存在下での培養を行うためには、FGF2が添加された培地を用いればよい。FGF2の添加濃度の例を示すと100ng/mL~500ng/mLである。

【0027】
工程(2)の期間(培養期間)は例えば2日間~10日間、好ましくは3日間~7日間である。当該培養期間が短すぎると、期待される効果(分化効率の上昇、腸管幹細胞としての機能の獲得の促進)が十分に得られない。他方、当該培養期間が長すぎると、分化効率の低下を引き起こす。

【0028】
腸管幹細胞様細胞へ分化したことは、例えば、腸管幹細胞マーカーの発現を指標にして判定ないし評価することができる。腸管幹細胞マーカーの例を挙げると、ロイシンリッチリピートを含むGタンパク質共役受容体5(LGR5)、エフリンB2受容体(EphB2)である。

【0029】
<工程(3) 腸管上皮細胞様細胞への分化>
この工程では、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤及びTGFβ受容体阻害剤からなる群より選択される一以上の化合物(以下、「第1誘導因子」とも呼ぶ)とEGF(以下、「第2誘導因子」とも呼ぶ)の存在下で培養を行い、工程(2)で得られた腸管幹細胞様細胞を腸管上皮細胞様細胞へと分化させる。典型的には、工程(2)を経て得られた細胞集団又はその一部を、選別することなく工程(3)に供する。一方で、工程(2)を経て得られた細胞集団の中から腸管幹細胞様細胞を選別した上で工程(3)を実施することにしてもよい。腸管幹細胞様細胞の選別は例えば、細胞表面マーカーを指標にしてフローサイトメーター(セルソーター)で行えばよい。

【0030】
MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤及びTGFβ受容体阻害剤からなる群より選択される一以上の化合物(第1誘導因子)とEGF(第2誘導因子)の存在下とは、第1誘導因子と第2誘導因子が培地中に添加された条件と同義である。従って、第1誘導因子と第2誘導因子の存在下での培養を行うためには、第1誘導因子と第2誘導因子が添加された培地を用いればよい。

【0031】
MEK1阻害剤として、PD98059、PD184352、PD184161、PD0325901、U0126、MEK inhibitor I、MEK inhibitor II、MEK1/2 inhibitor II、SL327を挙げることができる。同様に、DNAメチル化阻害剤として5-アザ-2’-デオキシシチジン、5-アザシチジン、RG108、ゼブラリンを挙げることができる。TGFβ受容体阻害剤については、後述の実施例に使用したA-83-01がTGF-β受容体ALK4、ALK5、ALK7に阻害活性を示すことを考慮すれば、好ましくは、TGF-β受容体ALK4、ALK5、ALK7の一以上に対して阻害活性を示すものを用いるとよい。例えば、A-83-01、SB431542、SB-505124、SB525334、D4476、ALK5 inhibitor、LY2157299、LY364947、GW788388、RepSoxが当該条件を満たす。

【0032】
MEK1阻害剤の添加濃度の例(PD98059の場合)を示すと4μM~100μM、好ましくは10~40μMである。同様にメチル化阻害剤の添加濃度の例(5-アザ-2’-デオキシシチジンの場合)を示すと、1μM~25μM、好ましくは2.5μM~10μMであり、TGFβ受容体阻害剤の添加濃度の例(A-83-01の場合)を示すと0.1μM~2.5μM、好ましくは0.2μM~1μMである。

【0033】
好ましい一態様では、第1誘導因子として、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤の中の二以上を併用する。異なる二以上の第1誘導因子を併用することにより、相加的又は相乗的効果が得られ、腸管上皮への分化を促進できる。最も好ましくは、全て(即ち3種類)の第1誘導因子を併用する。後述の実施例に示す通り、3種類の第1誘導因子(実施例では、MEK1阻害剤としてPD98059、DNAメチル化阻害剤として5-アザ-2’-デオキシシチジン、TGFβ受容体阻害剤としてA-83-01をそれぞれ使用)を併用すると、分化が一層促進されることが確認された。

【0034】
工程(3)の期間(培養期間)は例えば7日間~30日間、好ましくは10日間~20日間である。当該培養期間が短すぎると、期待される効果(分化効率の上昇、腸管上皮細胞としての機能の獲得の促進)が十分に得られない。他方、当該培養期間が長すぎると、分化効率の低下を引き起こす。

【0035】
腸管上皮細胞様細胞へ分化したことは、例えば、腸管上皮細胞マーカーの発現やペプチドの取り込み、或いはビタミンD受容体を介した薬物代謝酵素の発現誘導を指標にして判定ないし評価することができる。腸管上皮細胞マーカーの例を挙げると、ATP結合カセットトランスポーターB1/多剤耐性タンパク1(ABCB1/MDR1)、尾側型ホメオボックス転写因子2(CDX2)、シトクロムP450 3A4(CYP3A4)、ジペプチジルペプチダーゼ4(DPP4)、SLC(solute carrier)ファミリーメンバー15A1/ペプチドトランスポーター1(SLC15A1/PEPT1)、SLC(solute carrier)ファミリーメンバー46A1/プロトン共役葉酸トランスポーター(SLC46A1/PCFT)、スクラーゼ-イソマルターゼである。この中でも、腸管上皮に特異性の高いスクラーゼ-イソマルターゼ、小腸での主要な薬物代謝酵素であるCYP3A4、及び小腸でのペプチドの吸収に関与するSLC15A1/PEPT1は特に有効なマーカーである。

【0036】
目的の細胞(腸管上皮細胞様細胞)のみからなる細胞集団又は目的の細胞が高比率(高純度)で含まれた細胞集団を得ようと思えば、目的の細胞に特徴的な細胞表面マーカーを指標にして培養後の細胞集団を選別・分取すればよい。

【0037】
好ましい一態様では工程(3)として2段階の培養、即ち、工程(2)で得られた腸管幹細胞様細胞をGSK阻害剤及び/又はBMP阻害剤とEGFの存在下で培養する工程(3-1)とそれに続いて、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤及びTGFβ受容体阻害剤からなる群より選択される一以上の化合物(第1誘導因子)とEGF(第2誘導因子)の存在下で培養する工程(3-2)を行う。従って、この態様では、第1誘導因子と第2誘導因子を用いた培養の前に、GSK阻害剤及び/又はBMP阻害剤の存在下での培養を行うことになる。GSK阻害剤及び/又はBMP阻害剤の存在下での培養の主たる目的は、腸管幹細胞の増殖を促進することである。

【0038】
工程(3)として工程(3-1)と工程(3-2)を行う場合、工程(3-1)の培養期間は例えば3日間~14日間、好ましくは4日間~10日間であり、工程(3-2)の培養期間は例えば3日間~21日間、好ましくは5日間~15日間である。

【0039】
本発明を構成する各工程(工程(1)、(2)、(3)、(3-1)、(3-2))において、途中で継代培養を行ってもよい。例えばコンフルエント又はサブコンフルエントになった際に細胞の一部を採取して別の培養容器に移し、培養を継続する。分化を促進するために細胞密度を低く設定することが好ましい。例えば1×104個/cm2~1×106個/cm2程度の細胞密度で細胞を播種するとよい。

【0040】
培地交換や継代培養などに伴う、細胞の回収の際には、細胞死を抑制するためにY-27632等のROCK阻害剤(Rho-associated coiled-coil forming kinase/Rho結合キナーゼ)で予め細胞を処理しておくとよい。

【0041】
本発明を構成する各工程(工程(1)、(2)、(3)、(3-1)、(3-2))における、その他の培養条件(培養温度など)は、動物細胞の培養において一般に採用されている条件とすればよい。即ち、例えば37℃、5%CO2の環境下で培養すればよい。また、基本培地として、イスコフ改変ダルベッコ培地(IMDM)(GIBCO社等)、ハムF12培地(HamF12)(SIGMA社、Gibco社等)、ダルベッコ変法イーグル培地(D-MEM)(ナカライテスク株式会社、シグマ社、Gibco社等)、グラスゴー基本培地(Gibco社等)、RPMI1640培地等を用いることができる。二種以上の基本培地を併用することにしてもよい。工程(2)、(3)、(3-1)、(3-2)においては、上皮細胞の培養に適した基本培地(例えばD-MEMとハムF12培地の混合培地、D-MEM)を用いることが好ましい。培地に添加可能な成分の例としてウシ血清アルブミン(BSA)、抗生物質、2-メルカプトエタノール、PVA、非必須アミノ酸(NEAA)、インスリン、トランスフェリン、セレニウムを挙げることができる。典型的には培養皿などを用いて二次元的に細胞を培養する。本発明の方法によれば、二次元培養によってiPS細胞から腸管上皮細胞様細胞を得ることが可能となる。但し、ゲル状の培養基材あるいは3次元培養プレートなどを用いた3次元培養を実施することにしてもよい。

【0042】
本発明の第2の局面は本発明の分化誘導方法で調製した腸管上皮細胞様細胞の用途に関する。第1の用途として各種アッセイが提供される。本発明の腸管上皮細胞様細胞は小腸のモデル系に利用可能であり、小腸での薬物動態(吸収、代謝など)の評価に有用である。換言すれば、本発明の腸管上皮細胞様細胞は、化合物の体内動態の評価にその利用が図られる。

【0043】
具体的には、本発明の腸管上皮細胞様細胞を用いて被検物質の吸収性ないし膜透過性を試験することができる。即ち、本発明は、腸管上皮細胞様細胞の用途の一つとして、被検物質の吸収性ないし膜透過性を評価する方法(第1の態様)を提供する。当該方法では、(i)本発明の分化誘導方法で得られた腸管上皮細胞様細胞で構成された細胞層を用意する工程と、(ii)前記細胞層に被検物質を接触させる工程と、(iii)前記細胞層を透過した被検物質を定量し、被検物質の吸収性ないし膜透過性を評価する工程を行う。尚、被検物質の吸収性については、後述の方法(第2の態様)でも評価することができる。

【0044】
工程(i)では、典型的には、半透過性膜(多孔性膜)の上で腸管上皮細胞様細胞を培養し、細胞層を形成させる。具体的には、例えば、カルチャーインサートを備えた培養容器(例えば、コーニング社が提供するトランスウェル(登録商標))を使用し、カルチャーインサート内に細胞を播種して培養することにより、腸管上皮細胞様細胞で構成された細胞層を得る。

【0045】
工程(ii)での「接触」は、典型的には、培地に被検物質を添加することによって行われる。被検物質の添加のタイミングは特に限定されない。従って、被検物質を含まない培地で培養を開始した後、ある時点で被検物質を添加することにしても、予め被検物質を含む培地で培養を開始することにしてもよい。

【0046】
被検物質には様々な分子サイズの有機化合物又は無機化合物を用いることができる。有機化合物の例として核酸、ペプチド、タンパク質、脂質(単純脂質、複合脂質(ホスホグリセリド、スフィンゴ脂質、グリコシルグリセリド、セレブロシド等)、プロスタグランジン、イソプレノイド、テルペン、ステロイド、ポリフェノール、カテキン、ビタミン(B1、B2、B3、B5、B6、B7、B9、B12、C、A、D、E等)を例示できる。医薬や栄養食品等の既存成分或いは候補成分も好ましい被検物質の一つである。植物抽出液、細胞抽出液、培養上清などを被検物質として用いてもよい。2種類以上の被検物質を同時に添加することにより、被検物質間の相互作用、相乗作用などを調べることにしてもよい。被検物質は天然物由来であっても、或いは合成によるものであってもよい。後者の場合には例えばコンビナトリアル合成の手法を利用して効率的なアッセイ系を構築することができる。

【0047】
被検物質を接触させる期間は任意に設定可能である。接触期間は例えば10分間~3日間、好ましくは1時間~1日間である。接触を複数回に分けて行うことにしてもよい。

【0048】
工程(iii)では、細胞層を透過した被検物質を定量する。例えば、トランスウェル(登録商標)のようなカルチャーインサートを備えた培養容器を使用した場合には、カルチャーインサートから漏出した被検物質、即ち、細胞層を介して下部容器内に移動した被検物質を、被検物質に応じて、質量分析、液体クロマトグラフィー、免疫学的手法(例えば蛍光免疫測定法(FIA法)、酵素免疫測定法(EIA法))等の測定方法で定量する。定量結果(細胞層を透過した被検物質の量)と被検物質の使用量(典型的には培地への添加量)に基づき、被検物質の吸収性ないし膜透過性を判定・評価する。

【0049】
本発明は別の態様(第2の態様)として、被検物質の代謝又は吸収を評価する方法も提供する。当該方法では、(I)本発明の分化誘導方法で得られた腸管上皮細胞様細胞に被検物質を接触させる工程と、(II)被検物質の代謝又は吸収を測定・評価する工程を行う。

【0050】
工程(I)、即ち腸管上皮細胞様細胞と被検物質の接触は、上記工程(ii)と同様に実施することができる。

【0051】
工程(I)の後、被検物質の代謝又は吸収を測定・評価する(工程(II))。工程(I)の直後、即ち、被検物質の接触の後、実質的な時間間隔を置かずに代謝又は吸収を測定・評価しても、或いは、一定の時間(例えば10分~5時間)を経過した後に代謝又は吸収を測定・評価することにしてもよい。代謝の測定は、例えば、代謝産物の検出によって行うことができる。この場合には、通常、工程(I)後の培養液をサンプルとして、予想される代謝産物を定性的又は定量的に測定する。測定方法は代謝産物に応じて適切なものを選択すればよいが、例えば、質量分析、液体クロマトグラフィー、免疫学的手法(例えば蛍光免疫測定法(FIA法)、酵素免疫測定法(EIA法))等を採用可能である。

【0052】
典型的には、被検物質の代謝産物が検出されたとき、「被検物質が代謝された」と判定ないし評価する。また、代謝産物の量に応じて被検物質の代謝量を評価することができる。代謝産物の検出結果と、被検物質の使用量(典型的には培地への添加量)に基づき、被検物質の代謝効率を算出することにしてもよい。

【0053】
腸管上皮細胞様細胞における薬物代謝酵素(シトクロム(特にCYP3A4)、UGT(特にUGT1A8、UGT1A10)、SULT1A3など)の発現を指標として被検物質の代謝を測定することも可能である。薬物代謝酵素の発現はmRNAレベル又はタンパク質レベルで評価することができる。例えば、薬物代謝酵素のmRNAレベルに上昇を認めたとき、「被検物質が代謝された」と判定することができる。同様に、薬物代謝酵素の活性に上昇を認めたとき、「被検物質が代謝された」と判定することができる。代謝産物を指標として判定する場合と同様に、薬物代謝酵素の発現量に基づいて定量的な判定・評価を行うことにしてもよい。

【0054】
被検物質の吸収を評価するためには、例えば、培養液中の被検物質の残存量を測定する。通常、工程(I)後の培養液をサンプルとして被検物質を定量する。測定方法は被検物質に応じて適切なものを選択すればよい。例えば、質量分析、液体クロマトグラフィー、免疫学的手法(例えば蛍光免疫測定法(FIA法)、酵素免疫測定法(EIA法))等を採用可能である。典型的には、培養液中の被検物質の含有量の低下を認めたとき、「被検物質が吸収された」と判定・評価する。また、低下の程度に応じて被検物質の吸収量ないし吸収効率を判定・評価することができる。尚、細胞内に取り込まれた被検物質の量を測定することによっても、吸収の評価は可能である。

【0055】
尚、代謝の測定・評価と吸収の測定・評価を同時に又は並行して行うことにしてもよい。

【0056】
本発明の分化誘導方法で調製した腸管上皮細胞様細胞の第2の用途として腸管上皮細胞様細胞を含有する細胞製剤が提供される。本発明の細胞製剤は各種腸疾患の治療に適用可能である。特に、障害された(機能不全を含む)腸管上皮組織の再生・再建用の材料としての利用が想定される。即ち、再生医療への貢献を期待できる。本発明の細胞製剤は、例えば、本発明の方法によって得られた腸管上皮細胞様細胞を生理食塩水や緩衝液(例えばリン酸系緩衝液)等に懸濁することによって調製することができる。治療上有効量の細胞を投与できるように、一回投与分の量として例えば1×105個~1×1010個の細胞を含有させるとよい。細胞の含有量は、使用目的、対象疾患、適用対象(レシピエント)の性別、年齢、体重、患部の状態、細胞の状態などを考慮して適宜調整することができる。

【0057】
細胞の保護を目的としてジメチルスルホキシド(DMSO)や血清アルブミン等を、細菌の混入を阻止することを目的として抗生物質等を、細胞の活性化、増殖又は分化誘導などを目的として各種の成分(ビタミン類、サイトカイン、成長因子、ステロイド等)を本発明の細胞製剤に含有させてもよい。さらに、製剤上許容される他の成分(例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水など)を本発明の細胞製剤に含有させてもよい。
【実施例】
【0058】
<腸管上皮細胞を分化誘導する条件の検討1>
薬物動態試験に有用な小腸のモデル系の構築を目指し、ヒトiPS細胞から腸管上皮細胞を分化誘導する条件を検討した。以下の検討では、分化誘導因子としての低分子化合物の可能性に注目し、薬物動態試験の評価系に利用可能な細胞をより簡便な方法で作製することを目的とした。
【実施例】
【0059】
1.方法
(1)細胞
ヒトiPS細胞(iPS-51:Windy)は、ヒト胎児肺線維芽細胞MRC-5にoctamer binding protein 3/4(OCT3/4)、sex determining region Y-box 2(SOX2)、kruppel-like factor 4(KLF4)、v-myc myelocytomatosis viral oncogene homolog(avian)(c-MYC)を、パントロピックレトロウイルスベクターを用いて導入後、ヒトES細胞様コロニーをクローン化したものであり、国立成育医療研究センター梅澤明弘博士よりご供与いただいた。フィーダー細胞はマウス胎仔線維芽細胞(MEF)を使用した。
【実施例】
【0060】
(2)培地
MEFの培養には10%ウシ胎仔血清(FBS)、2 mmol/L L-グルタミン(L-Glu)、1%非必須アミノ酸(NEAA)、100 ユニット/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシンを含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)を用いた。MEFの剥離液には0.05%トリプシン-エチレンジアミン四酢酸(EDTA)を、MEFの保存液にはセルバンカー1を用いた。ヒトiPS細胞の維持培養には20%ノックアウト血清代替物(KSR)、0.8% NEAA、2 mmol/L L-Glu、0.1 mmol/L 2-メルカプトエタノール(2-MeE)、5 ng/mL線維芽細胞増殖因子(FGF)2を含むDMEM Ham’s F-12(DMEM/F12)を用いた。ヒトiPS細胞の剥離液には1 mg/mLコラゲナーゼIV、0.25%トリプシン、20% KSR、1 mmol/L塩化カルシウムを含むダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を用いた。ヒトiPS細胞の保存液には霊長類ES/iPS細胞用凍結保存液を用いた。
【実施例】
【0061】
(3)ヒトiPS細胞の培養
ヒトiPS細胞はマイトマイシンC処理を施したMEF(6×105 cells/100 mmディッシュ)上に播種し、5% CO2/95% air条件下CO2インキュベーター中37℃にて培養した。ヒトiPS細胞の継代は、3~5日培養後、1:2~1:3のスプリット比で行った。ヒトiPS細胞は解凍48時間後に培地を交換し、それ以降は毎日交換した。
【実施例】
【0062】
(4)ヒトiPS細胞の腸管上皮細胞への分化
ヒトiPS細胞の腸管上皮細胞への分化は、ヒトiPS細胞が培養ディッシュに対し、未分化コロニーの占める割合が約70%になった状態で開始した。0.5% FBS、100 ng/mLアクチビンA、100ユニット/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシンを含むロズウェルパーク記念研究所(RPMI)+グルタマックス培地で2日間、2% FBS、100 ng/mLアクチビンA、100ユニット/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシンを含むRPMI+グルタマックス培地で1日間培養することで内胚葉に分化させた。その後、2% FBS、1%グルタマックス、250 ng/mL FGF2を含むDMEM/F12で4日間培養することで腸管幹細胞へ分化させた。この処理後、Y-27632(Rho結合キナーゼ阻害剤)を10 μmol/Lとなるように添加し、5% CO2/95% air条件下CO2インキュベーター中37℃にて60分間処理した細胞をアクターゼにて剥離し、あらかじめヒトiPS細胞用培地にて30倍に希釈した、成長因子を除去したマトリゲルにてコートした細胞培養用24ウェルプレートに播種した。その後、2% FBS、2 mmol/L L-Glu、1% NEAA、2% B27 supplement、1% N2 supplement、100ユニット/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシン、20 ng/mL上皮細胞増殖因子(EGF)、10 μmol/L Y-27632を含むDMEM/F12で1日間、2% FBS、2 mmol/L L-Glu、1% NEAA、2% B27 supplement、1% N2 supplement、100ユニット/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシン、20 ng/mL上皮細胞増殖因子(EGF)を含むDMEM/F12で18日間培養することで腸管上皮細胞へ分化させた。薬物代謝酵素の誘導剤処理は、2% FBS、2 mmol/L L-Glu、1% NEAA、2% B27 supplement、1% N2 supplement、100ユニット/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシン、20 ng/mL 上皮細胞増殖因子(EGF)を含むDMEM/F12に1α,25-ジヒドロキシビタミンD3(VD3)を10 nmol/Lもしくはリファンピシンを40 μmol/Lとなるよう添加し、回収前48時間培養することで行った。
【実施例】
【0063】
分化誘導に対する低分子化合物の効果を評価するため、以下の(a)~(c)の条件での培養も行った。
(a)GSK3iXV(125 nM)、ドルソモルフィン(1μM)を分化開始後8日目から6日間培養液に添加した(その他の培養条件は上記の通り)。
(b)PD98059(20μM)、5-アザ-2’-デオキシシチジン(5μM)、A-83-01(0.5μM)を分化開始後8日目から18日間培養液に添加した(その他の培養条件は上記の通り)。
(c)GSK3iXV(125 nM)、ドルソモルフィン(1μM)を分化開始後8日目から6日間培養液に添加し、PD98059(20μM)、5-アザ-2’-デオキシシチジン(5μM)、A-83-01(0.5μM)を分化開始後14日目から12日間添加した(その他の培養条件は上記の通り)。
【実施例】
【0064】
(5)総リボ核酸(RNA)抽出
総RNAはヒトiPS細胞の分化誘導終了後、RNeasy(登録商標) Mini Kit(Qiagen)の添付マニュアルに従い抽出した。
【実施例】
【0065】
(6)逆転写反応
相補的DNA(cDNA)の合成は、PrimeScript(登録商標) RT reagent Kit (Perfect Real Time)(タカラバイオ株式会社)を使用した。操作は添付マニュアルに従った。
【実施例】
【0066】
(7)リアルタイム逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(Real-Time RT-PCR)
SYBR(登録商標) Premix Ex Taq II(Perfect Real Time)(タカラバイオ株式会社)を用い、cDNAを鋳型にしてReal-Time RT-PCRを行った。操作は添付マニュアルに従った。内在性コントロールとしてグリセルアルデヒド3リン酸脱水素酵素(GAPDH)を用い、測定結果を補正した。
【実施例】
【0067】
(8)スクラーゼ-イソマルターゼ免疫蛍光染色
免疫染色に用いる細胞はカバーガラス上で培養した。培養後、細胞は4%パラホルムアルデヒドを用いて室温にて30分間固定処理し、0.1%Triton Xを用いて室温にて5分間膜透過処理を行い、2%スキムミルクを用いて室温にて20分間ブロッキング処理を行った。その後、一次抗体はウサギ抗ヒトスクラーゼ-イソマルターゼ抗体(Sigma;1:200)を用いて室温にて60分間、二次抗体はAlexa Fluor(登録商標)568ヤギ抗ウサギIgG抗体(Invitrogen;1:500)を用いて遮光下室温にて60分間反応させた。核染色は1μg/mL 4’,6-ジアミジノ-2-フェニルインドール(DAPI)を遮光下室温にて5分間処理することで行った。
【実施例】
【0068】
(9)β-Ala-Lys-AMCAの取り込み実験
取り込み実験に用いる細胞はカバーガラス上で培養した。培養後、25μM β-Ala-Lys-AMCAを含むDMEM/F12で5% CO2/95% air条件下CO2インキュベーター中37℃にて4時間インキュベーションした。インキュベーション後、氷冷したPBSで細胞を洗浄することにより取り込みを停止させた。その後、ただちに4%パラホルムアルデヒドを用いて室温にて30分間固定処理した。これ以降、免疫染色を行う場合は0.1% Triton Xを用いて室温にて5分間膜透過処理を行い、2%スキムミルクを用いて室温にて20分間ブロッキング処理を行った。さらに、一次抗体はウサギ抗ヒトスクラーゼ-イソマルターゼ抗体(Sigma;1:200)を用いて室温にて60分間、二次抗体はAlexa Fluor(登録商標)568ヤギ抗ウサギIgG抗体(Invitrogen;1:500)を用いて遮光下室温にて60分間反応させた。
【実施例】
【0069】
本検討で使用したマーカー遺伝子の特徴を以下に示す。
ABCB1/MDR1(ATP結合カセットトランスポーターB1/多剤耐性タンパク1):P糖タンパク質であり、排出トランスポーターとして機能する。
CDX2(尾側型ホメオボックス転写因子2):腸管への分化に関わる転写因子である。
CYP3A4(シトクロムP450 3A4):小腸において主要な薬物代謝酵素である。
DPP4(ジペプチジルペプチダーゼ4):セリンプロテアーゼであり、腸管上皮にも多く発現している。
LGR5(ロイシンリッチリピートを含むGタンパク質共役型受容体):腸管幹細胞のマーカーである。
SLC15A1/PEPT1(SLC(solute carrier)ファミリーメンバー15A1/ペプチドトランスポーター1):小腸の頂側膜側に発現している。
SLC46A1/PCFT(SLC(solute carrier)ファミリーメンバー46A1/プロトン共役葉酸トランスポーター):小腸に発現している。
Sucrase-isomaltase(スクラーゼ-イソマルターゼ):腸管上皮に存在する二糖分解酵素であり、腸管上皮特異的マーカーである。
【実施例】
【0070】
2.結果
(1)腸管上皮細胞への分化条件の検討
ヒトiPS細胞を腸管上皮細胞へ分化誘導するにあたって、各種条件(分化誘導因子など)を検討した。まず、FGF2、FGF4、Wnt3aの腸管幹細胞への分化に対する効果を検討したところ、FGF4処理群に比べてFGF2処理群で腸管幹細胞のマーカーであるLGRの発現が高かった。また、その発現はWnt3a処理によって変化しなかった(図1)。
【実施例】
【0071】
次に腸管上皮細胞への分化に対する血清濃度の検討を行った。その結果、培地中のFBS濃度を2%とすることで腸管上皮特異的なマーカーであるスクラーゼ-イソマルターゼや、腸管上皮に発現しているペプチドトランスポーターであるSLC15A1/PEPT1、腸管の主要な代謝酵素であるCYP3A4の発現の上昇が認められた(図2)。
【実施例】
【0072】
また、腸管上皮細胞へ分化させた細胞(即ち腸管上皮細胞様細胞)では、腸管への分化に関わる転写因子であるCDX2や腸管上皮に豊富に存在するDPP4、SLC46A1について、ヒト小腸とほぼ同等またはそれ以上の発現が認められた(図3)。分化が進んだ細胞ではドーム状の構造も認められた(図4)。さらに、スクラーゼ-イソマルターゼのタンパク発現を免疫蛍光染色により確認したところ、十分な発現が認められた(図5)。このように、FGF2による処理と2%のFBS濃度を採用した二次元培養によって、ヒトiPS細胞を腸管上皮細胞へと分化誘導することに成功した。
【実施例】
【0073】
(2)分化させた腸管上皮細胞様細胞におけるβ-Ala-Lys-AMCAの取り込み
腸管上皮にはペプチドトランスポーターが発現しており、これが腸管からのペプチドの吸収に関与している。ヒトiPS細胞の分化によって得られた腸管上皮細胞様細胞はペプチドトランスポーターであるSLC15A1/PEPT1を発現していたことから、その機能についても確認することにした。その結果、腸管上皮細胞様細胞ではペプチドトランスポーターの基質であるβ-Ala-Lys-AMCAの取り込みが認められた(図6(A))。さらに、β-Ala-Lys-AMCAの取り込みが認められた細胞では腸管上皮細胞特異的なマーカーであるスクラーゼ-イソマルターゼの発現も認められた(図6(B)(C))。このように、ペプチドの輸送機能を有する腸管上皮細胞様細胞へとヒトiPS細胞を分化誘導できたことが示された。
【実施例】
【0074】
(3)腸管上皮細胞への分化に対する低分子化合物の効果
腸管幹細胞の増殖にはWntシグナルの活性化やBMPシグナルの抑制が関与することが知られている。そこで、GSKを阻害することでWntシグナルを活性化させるGSK3iXVとBMP阻害剤あるドルソモルフィンを用い、腸管幹細胞への分化に対するGSK阻害剤とBMP阻害剤の効果を検討した。その結果、これら2つの低分子化合物で分化開始後8日目から14日目まで処理することによって、腸管幹細胞のマーカーであるLGR5やEphB2の発現が上昇した(図7)。このことから、腸管の分化に関わるシグナルを制御することで効率よく腸管幹細胞へ分化できることが示唆された。
【実施例】
【0075】
次に、腸管幹細胞から腸管上皮細胞への分化に関して、低分子化合物を用いた検討を行った。MEK経路が活性化されると腸管上皮細胞への分化が阻害されることや、CYPの発現にはDNAのメチル化が関わっていることが報告されている(Lemleux E, et al: Am. J. Physiol. Gastrointest. Liver Phsiol. 301 (4), G719-G730, 2011; Habano W, et al: BMC Cancer 11, 81, 2011)。そこで、腸管幹細胞から腸管上皮細胞へと分化誘導する際、MEK1阻害剤であるPD98059とDNAメチル化阻害剤である5-アザ-2’-デオキシシチジンで処理したところ、スクラーゼ-イソマルターゼ、LGR5、SLC15A1/PEPT1、CYP3A4の発現レベルの上昇が認められた(図8)。
【実施例】
【0076】
また、TGF-β受容体ALK4、ALK5、ALK7の阻害剤であるA-83-01で処理すると、スクラーゼ-イソマルターゼ、SLC15A1/PEPT1、ABCB1/MDR1の発現レベルの飛躍的な上昇が認められた(図9)。一方でLGR5の発現レベルは低下した(図9)。また、CYP3A4に関しては、A-83-01で処理することで発現レベルの上昇が認められた(図10)。さらに、ビタミンDレセプターのリガンドである1α,25-ジヒドロキシビタミンD3で48時間処理するとCYP3A4の発現が約30倍上昇し、酵素誘導も認められた(図10)。A-83-01はTGF-βが誘導する上皮間葉転換の阻害作用を有する。上記の結果は、この阻害作用が腸管上皮細胞への分化に効果的であることを示唆する。
【実施例】
【0077】
以上の通り、GSK3iXVとドルソモルフィンに腸管幹細胞への分化誘導促進効果が認められた。一方、PD98059、5-アザ-2’-デオキシシチジン及びA-83-01には腸管上皮細胞への分化誘導促進効果が認められた。そこで、iPS細胞を腸管上皮細胞へとより効率的に分化誘導する条件を見出すべく、これら化合物の併用効果を検討した。その結果、GSK3iXV及びドルソモルフィンで処理した後、PD98059、5-アザ-2’-デオキシシチジン及びA-83-01で処理した場合にスクラーゼ-イソマルターゼの強い発現を認めた(図11上)。また、これら化合物の併用によってCYP3A4の発現が約20倍増大し、1α,25-ジヒドロキシビタミンD3で処理することで更に10倍程度の発現誘導を認めた(図11下)。一方、リファンピシンでは発現誘導が認められなかった。この結果は、腸管上皮細胞に特徴的な機能を腸管上皮細胞様細胞が備えていることを示す。
【実施例】
【0078】
以上の結果より、これらの低分子化合物はヒトiPS細胞から腸管上皮細胞への分化に有用であることと、併用することで一層効果的に分化を促進できることが明らかとなった。尚、PD98059、5-アザ-2’-デオキシシチジン及びA-83-01を併用した場合、それぞれ単独で使用した場合に比較してスクラーゼ-イソマルターゼ及びCYP3A4の発現レベルが高いことから(図11)、GSK3iXVとドルソモルフィンの使用の有無に関わらず、これら3種類の低分子化合物を組み合わせることが有効であるといえる。
【実施例】
【0079】
3.まとめ
以上の通り、ヒトiPS細胞から機能的腸管上皮細胞様細胞(ペプチドの輸送機能や薬物代謝酵素の誘導能を有する)を簡便な方法で作製することに成功するとともに、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGF-β受容体阻害剤、GSK阻害剤及びBMP阻害剤(特に、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤及びTGF-β受容体阻害剤の併用、或いはMEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGF-β受容体阻害剤、GSK阻害剤及びBMP阻害剤の併用)が、ヒトiPS細胞を腸管上皮細胞へと分化誘導するための誘導因子として有用であることが明らかとなった。低分子化合物を用いた簡便で安価な分化誘導方法の確立は、大きな成果であると考えられる。
【実施例】
【0080】
<腸管上皮細胞を分化誘導する条件の検討2>
MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤及びTGFβ受容体阻害剤の誘導因子として有効性に関し、更なる検討を加えた。具体的には、これらの化合物の添加時期及び組合せについて詳細な検討を行うとともに、同様の作用を有する化合物群を用い、化合物の作用と誘導効果の関係を調べた。
【実施例】
【0081】
1.方法
実験方法及び実験条件は、以下の(A)~(C)の点を除き、上記<腸管上皮細胞を分化誘導する条件の検討1>に記載したものに準じた。
(A)ヒトiPS細胞を腸管上皮細胞へ分化させる際の培養条件(<腸管上皮細胞を分化誘導する条件の検討1>の1.(4)が対応する)として、次の(d)~(i)を設定し、比較検討した。
(d)GSK3iXV(125 nM)、ドルソモルフィン(1μM)を分化開始後8日目から6日間、その後PD98059(20μM)、5-アザ-2’-デオキシシチジン(5μM)、及びA-83-01(0.5μM)若しくはSB431542(10μM)を分化開始後14日目から12日間培養液に添加した。
(e)PD98059(20μM)、5-アザ-2’-デオキシシチジン(5μM)、及びA-83-01(0.5μM)若しくはSB431542(10μM)を分化開始後14日目から12日間培養液に添加した。
(f)PD98059(20μM)、5-アザ-2’-デオキシシチジン(5μM)、及びA-83-01(0.5μM)若しくはSB431542(10μM)を分化開始後8日目から18日間培養液に添加した。
(g)PD98059の代わりに、同様の作用を示す化合物としてMEK阻害剤II(10μM)、PD0325901(0.1μM)、PD184161(1μM)、PD184352(0.1μM)、SL327(1μM)又はU0126(10μM)を使用した。その他の条件は(f)と同一とした。
(h)5-アザ-2’-デオキシシチジン(5μM)の代わりに、同様の作用を示す化合物として5-アザシチジン(10μM)、RG108(10μM)又はゼブラリン(10μM)を使用した。その他の条件は(f)と同一とした。
(i)A-83-01(0.5μM)の代わりに、同様の作用を示す化合物としてD4476(10μM)、GW788388(10μM)、LY364947(5μM)、RepSox(10μM)又はSB431542(10μM)を使用した。その他の条件は(f)と同一とした。
【実施例】
【0082】
(B)腸管上皮細胞への分化誘導の指標として、上掲のものに加え、以下のマーカー遺伝子も使用した。
腸特異的ホメオボックス(ISX):腸管上皮に発現している転写因子である。
ビリン1:小腸上皮細胞の微絨毛の構成成分であり、吸収上皮細胞の刷子縁に発現している。
ABCG2/BCRP:ATP結合カセットトランスポーターG2/乳がん耐性タンパク、排出トランスポーターである。
CYP1A1/2、CYP2C9、CYP2C19、CYP2D6:これらは薬物の代謝(第一相反応)に関わる酵素である。
ウリジン2リン酸-グルクロン酸転移酵素:グルクロン酸抱合反応を行う薬物代謝酵素である。
硫酸転移酵素:硫酸抱合反応を行う薬物代謝酵素である。
【実施例】
【0083】
(C)β-Ala-Lys-AMCAの取り込み実験は以下の通り実施した。まず、取り込み実験に用いる細胞はカバーガラス上で培養した。培養後、25μM β-Ala-Lys-AMCAを含むDMEM/F12で5% CO2/95% air条件下CO2インキュベーター中37℃もしくは4℃にて4時間インキュベーションした。阻害実験ではイブプロフェンを10 mMの濃度になるよう取り込み溶液中に添加した。インキュベーション後、氷冷したPBSで細胞を洗浄することにより取り込みを停止させた。その後、ただちに4%パラホルムアルデヒドを用いて室温にて30分間固定処理した。これ以降、免疫染色を行う場合は、0.1% Triton Xを用いて室温にて5分間膜透過処理を行い、2%スキムミルクを用いて室温にて20分間ブロッキング処理を行った。さらに、一次抗体はウサギ抗ヒトスクラーゼ-イソマルターゼ抗体(Sigma;1:200)を用いて室温にて60分間、二次抗体はAlexa Fluor(登録商標)568ヤギ抗マウスIgG抗体(Invitrogen;1:500)を用いて遮光下室温にて60分間反応させた。
【実施例】
【0084】
2.結果
ヒトiPS細胞から腸管上皮細胞への分化の際に、GSK3i XV、ドルソモルフィン、PD98059、5-アザ2’-デオキシシチジン、A-83-01もしくはSB431542を用いることで、腸管のマーカー遺伝子である腸特異的ホメオボックス(ISX)、ビリン1、スクラーゼ-イソマルターゼ及び腸管に発現する薬物トランスポーターであるSLC15A1、ABCB1/MDR1、ABCG2/BCRPの発現が増加した(図12~14)。腸管特異的なマーカーであるスクラーゼ-イソマルターゼに関しては、PD98059、5-アザ2’-デオキシシチジン、A-83-01を用いて分化させることで、遺伝子発現の増加だけでなく免疫蛍光染色陽性細胞の割合も増加した(図15)。
【実施例】
【0085】
また、低分子化合物を用いて分化させた腸管上皮細胞様細胞は薬物代謝酵素活性(シトクロムP450(CYP)、ウリジン2リン酸-グルクロン酸転移酵素及び硫酸転移酵素活性)が認められ、腸管上皮細胞としての機能を有することも示された(図16~18)。
【実施例】
【0086】
腸管において主要な代謝酵素であるCYP3A4については、これら低分子化合物を用いることで遺伝子発現が顕著に増加した(図19)。腸管のCYP3A4はビタミンD受容体を介して誘導されることが知られている。そこで、分化させた腸管上皮細胞様細胞を1α,25-ジヒドロキシビタミンD3で処理すると、コントロールと比較してCYP3A4の発現が強く誘導された。また、遺伝子発現だけでなく代謝活性も低分子化合物を用いて分化させることでその上昇が認められた。低分子化合物を用いて分化させた腸管上皮細胞様細胞では1α,25-ジヒドロキシビタミンD3による活性の誘導も認められたことから、薬物代謝に関して腸管に特徴的な機能を有することか示唆された。更に、分化させた腸管上皮様細胞においてジペプチドの取り込みも認められた。この取り込みはペプチドトランスポーター(SLC15A1/PEPT1)の阻害剤であるイブプロフェンの添加及び取り込み温度を4℃にすることによって抑制された(図20)。このことから、ペプチドトランスポーターを介した輸送機能を有することが示唆された。
【実施例】
【0087】
以上の分化誘導効果が用いた各低分子化合物固有のものなのか、或いはこれらの低分子化合物がもつ作用によるものかを調べるために、PD98059、5-アザ2’-デオキシシチジン、A-83-01と同様の作用を有する化合物群(TGF-β阻害剤、MEK阻害剤、DNAメチル化阻害剤)の効果について検討を行った。その結果、程度に違いはあるもののTGF-β阻害剤、MEK阻害剤及びDNAメチル化阻害剤を用いることで腸管上皮細胞への分化が促進する傾向が認められた(図21、22)。また、これらの化合物の中でより効果的であると考えられたGW788388、MEK阻害剤II及びゼブラリンを組み合わることで、スクラーゼ-イソマルターゼやCYP3A4遺伝子発現の上昇、1α,25-ジヒドロキシビタミンD3によるCYP3A4の発現誘導など、PD98059、5-アザ2’-デオキシシチジン及びA-83-01を用いて分化を行ったときと同様の効果がみとめられた(図23、24)。
【実施例】
【0088】
以上の結果から、GSK3β阻害剤、BMP阻害剤、TGF-β阻害剤、MEK阻害剤及びDNAメチル化阻害剤がヒトiPS細胞から腸管上皮細胞への分化を促進させることが裏づけられた。得られた細胞は腸管上皮細胞に特徴的な薬物動態学的機能を有する細胞であることが確認された。
【実施例】
【0089】
3.まとめ
以上の通り、ペプチドの輸送機能や薬物代謝酵素活性及び誘導能を有する腸管上皮細胞様細胞を簡便な方法にてヒトiPS細胞から作製することに成功した。また、誘導因子に要求される条件の詳細が明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本願発明によれば、iPS細胞から機能的腸管上皮細胞様細胞を簡便且つ効率的に調製できる。腸管上皮細胞様細胞は小腸のモデル系として有用であり、吸収・代謝・膜透過性の評価等に利用できる。また、各種腸疾患治療用の細胞製剤の有効成分として、或いは再生医療の材料としての利用も期待される。
【0091】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6
【図8】
7
【図9】
8
【図10】
9
【図11】
10
【図12】
11
【図13】
12
【図14】
13
【図15】
14
【図16】
15
【図17】
16
【図18】
17
【図19】
18
【図20】
19
【図21】
20
【図22】
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【図23】
22
【図24】
23