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明細書 :結晶性高分子の劣化測定方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 公開特許公報(A)
公開番号 特開2018-100943 (P2018-100943A)
公開日 平成30年6月28日(2018.6.28)
発明の名称または考案の名称 結晶性高分子の劣化測定方法
国際特許分類 G01N  21/65        (2006.01)
FI G01N 21/65
請求項の数または発明の数 9
出願形態 OL
全頁数 17
出願番号 特願2016-248326 (P2016-248326)
出願日 平成28年12月21日(2016.12.21)
発明者または考案者 【氏名】新田 晃平
【氏名】比江嶋 祐介
【氏名】五十嵐 敏郎
【氏名】木田 拓充
【氏名】竹田 健人
出願人 【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
個別代理人の代理人 【識別番号】100106909、【弁理士】、【氏名又は名称】棚井 澄雄
【識別番号】100188558、【弁理士】、【氏名又は名称】飯田 雅人
【識別番号】100161207、【弁理士】、【氏名又は名称】西澤 和純
【識別番号】100139686、【弁理士】、【氏名又は名称】鈴木 史朗
【識別番号】100192773、【弁理士】、【氏名又は名称】土屋 亮
審査請求 未請求
テーマコード 2G043
Fターム 2G043AA03
2G043BA14
2G043CA05
2G043DA09
2G043EA03
2G043FA03
2G043FA06
2G043FA07
2G043JA04
2G043KA02
2G043KA05
2G043KA09
2G043LA03
2G043NA01
要約 【課題】結晶性高分子の劣化を初期段階から検出できる結晶性高分子の劣化測定方法を提供することを目的とする。
【解決手段】この結晶性高分子の劣化測定方法は、結晶性高分子のラマンスペクトルを測定する工程と、測定したラマンスペクトルと標準試料のラマンスペクトルとを比較し、前記結晶性高分子のラメラ構造における非晶相の一部が結晶化しようとする前駆現象に起因した所定のピークのピークシフトを測定する工程と、を有する。
【選択図】図1
特許請求の範囲 【請求項1】
結晶性高分子のラマンスペクトルを測定する工程と、
測定したラマンスペクトルと標準試料のラマンスペクトルとを比較し、前記結晶性高分子のラメラ構造における非晶相の一部が結晶化しようとする前駆現象に起因した所定のピークのピークシフトを測定する工程と、を有する結晶性高分子の劣化測定方法。
【請求項2】
前記測定したラマンスペクトルにおける結晶性分子鎖由来のピークの規格化ピークに対する相対強度変化を測定する工程をさらに有する請求項1に記載の結晶性高分子の劣化測定方法。
【請求項3】
前記測定したラマンスペクトルにおける非晶分子鎖由来のピークの規格化ピークに対する相対強度変化を測定する工程をさらに有する請求項1又は2のいずれかに記載の結晶性高分子の劣化測定方法。
【請求項4】
前記測定したラマンスペクトルにおける非晶相内の結晶性分子鎖由来のピークの規格化ピークに対する相対強度変化を測定する工程をさらに有する請求項1~3のいずれか一項に記載の結晶性高分子の劣化測定方法。
【請求項5】
前記結晶性高分子におけるラメラ構造の結晶度が、前記標準試料におけるラメラ構造の結晶度に対して略一定の状態で、前記所定のピークのピークシフトの測定及び前記相対強度変化の測定の少なくとも一方を行う、請求項1~4のいずれか一項に記載の結晶性高分子の劣化測定方法。
【請求項6】
前記結晶性高分子がポリエチレンであり、
前記前駆現象をC-C伸縮振動及びCHはさみ振動により特定する、請求項1~5のいずれか一項に記載の結晶性高分子の劣化測定方法。
【請求項7】
前記結晶性高分子がポリエチレンであり、
前記結晶性分子鎖がトランス鎖である、請求項1~6のいずれか一項に記載の結晶性高分子の劣化測定方法。
【請求項8】
前記結晶性高分子がポリプロピレンであり、
前記前駆現象をC-C伸縮振動、C-CH伸縮振動及びCH横ゆれ振動により特定する、請求項1~5のいずれか一項に記載の結晶性高分子の劣化測定方法。
【請求項9】
前記結晶性高分子がポリプロピレンであり、
前記結晶性分子鎖がらせん鎖である、請求項1~5のいずれか一項に記載の結晶性高分子の劣化測定方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、結晶性高分子の劣化測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子材料は金属材料や無機材料と並ぶ3大材料の一つであり、広範囲な分野で使用され、生活の質向上に役立っている。高分子材料の中で、ポリオレフィンと総称される結晶性高分子は、ポリエチレンが使用量の第一位を占め、ポリプロピレンが第二位を占めており、産業上極めて重要な材料である。
【0003】
一方で、高分子材料は、紫外線、熱及び酸素等の影響により経年劣化しやすく、材料強度の大幅低下や外観の悪化が生じやすい。結晶性高分子の劣化では、結晶性高分子の結晶構造と非晶鎖の混在及び階層構造が、劣化の開始や劣化の進行に大きな役割を果たすと考えられている。しかしながら、これらを詳細に報告した例はなく、これらを定量的に評価する方法も知られていない。
【0004】
結晶性高分子の劣化の指標としては、クラックの有無、黄色度(YI)、グロス値等がある。しかしながら、これらの分子構造や巨視的な材料物性に関する個別の指標では、劣化現象の全体像を捉えられず、劣化状態を診断もしくは予測することは難しい。またこれらの分析方法は非破壊で行うことが難しく、劣化が進行した後でないと劣化を判断できない。
【0005】
そこで、特許文献1には、非破壊の分析法としてラマンスペクトルを用いることが記載されている。また特許文献2には、ラマンスペクトルにより結晶性高分子のラメラ構造の結晶度を判定できることが記載されている。
【先行技術文献】
【0006】

【特許文献1】特開平6-273334号公報
【特許文献2】特開2006-84261号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1及び2に記載の方法では、劣化の初期状態を充分捉えることができない。
【0008】
例えば、特許文献1は、2846.45cm-1に現れるピークの規格化ピーク(2881.16cm-1)に対するラマンピーク比を用いて劣化の程度を診断している。しかしながら、2846.45cm-1近傍は、様々なバンドが混在する領域であり、特定のバンド由来のピークを分離することが難しい。そのため、劣化状態を適切に判定することができない。
【0009】
また特許文献2では結晶性高分子の結晶分率(結晶度)の変化をラマンスペクトルの変化として捉えている。そのため、結晶性高分子内の結晶分率が変化しないようなごく初期段階では、劣化の兆候を捉えることができない。
【0010】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、結晶性高分子の劣化を初期段階から検出できる結晶性高分子の劣化測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、所定のピークのピークシフトを捉えることにより、結晶性高分子の結晶度が変化する前のごく初期段階でも劣化の兆候をとらえることができることを見出した。また所定のピークのピークシフトだけでなく、規格化ピークに対する所定のピークの相対強度の変化からも劣化のごく初期段階における劣化の兆候をとらえることができることを見出した。
すなわち、本発明は、上記課題を解決するため、以下の手段を提供する。
【0012】
(1)第1の態様にかかる結晶性高分子の劣化測定方法は、結晶性高分子のラマンスペクトルを測定する工程と、測定したラマンスペクトルと標準試料のラマンスペクトルとを比較し、前記結晶性高分子のラメラ構造における非晶相の一部が結晶化しようとする前駆現象に起因した所定のピークのピークシフトを測定する工程と、を有する。
【0013】
(2)上記態様にかかる結晶性高分子の劣化測定方法は、前記測定したラマンスペクトルにおける結晶性分子鎖由来のピークの規格化ピークに対する相対強度変化を測定する工程をさらに有してもよい。
【0014】
(3)上記態様にかかる結晶性高分子の劣化測定方法は、前記測定したラマンスペクトルにおける非晶分子鎖由来のピークの規格化ピークに対する相対強度変化を測定する工程をさらに有してもよい。
【0015】
(4)上記態様にかかる結晶性高分子の劣化測定方法は、前記測定したラマンスペクトルにおける非晶相内の結晶性分子鎖由来のピークの規格化ピークに対する相対強度変化を測定する工程をさらに有してもよい。
【0016】
(5)上記態様にかかる結晶性高分子の劣化測定方法において、前記結晶性高分子におけるラメラ構造の結晶度が、前記標準試料におけるラメラ構造の結晶度に対して略一定の状態で、前記所定のピークのピークシフトの測定及び前記相対強度変化の測定の少なくとも一方を行ってもよい。
【0017】
(6)上記態様にかかる結晶性高分子の劣化測定方法において、前記結晶性高分子がポリエチレンであり、前記前駆現象をC-C伸縮振動及びCHはさみ振動により特定してもよい。
【0018】
(7)上記態様にかかる結晶性高分子の劣化測定方法において、前記結晶性高分子がポリエチレンであり、前記結晶性分子鎖がトランス鎖であってもよい。
【0019】
(8)上記態様にかかる結晶性高分子の劣化測定方法において、前記結晶性高分子がポリプロピレンであり、前記前駆現象をC-C伸縮振動、C-CH伸縮振動及びCH横ゆれ振動により特定してもよい。
【0020】
(9)上記態様にかかる結晶性高分子の劣化測定方法において、前記結晶性高分子がポリプロピレンであり、前記結晶性分子鎖がらせん鎖であってもよい。
【発明の効果】
【0021】
上記態様にかかる結晶性高分子の劣化測定方法によれば、結晶性高分子の劣化を初期段階から検出できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】結晶性高分子の劣化の進行状態を模式的に示した図である。
【図2】結晶性高分子のラメラ構造を模式的に示した図である。
【図3】ラメラ構造を斜視的に模式した図である。
【図4】実施例1のポリエチレンを所定環境下に曝露した際の曝露時間毎のラマンスペクトルである。
【図5】実施例1のポリエチレンの曝露時間の経過に伴うC-C伸縮振動に起因したピークのピークシフトの変化量を示した図である。
【図6】実施例1のポリエチレンの曝露時間の経過に伴うCHはさみ振動に起因したピークのピークシフトの変化量を示した図である。
【図7】実施例1において曝露時間の経過に伴うピーク強度の規格化ピークに対する相対変化量を示した図である。
【図8】実施例1において曝露時間の経過に伴うピーク強度の規格化ピークに対する相対変化量を示した図である。
【図9】実施例1の小角X線散乱の結果を示す図である。
【図10】広角X線回折から求めた結晶格子面の面積と、ラマンスペクトルのピークシフトから求めた結晶格子面の面積との相関を調べた結果である。
【図11】X線構造解析による結晶度の変化とラマンスペクトルから求めた結晶度の変化との相関を調べた結果である。
【図12】実施例2のポリプロピレンを所定環境下に曝露した際の曝露時間毎のラマンスペクトルである。
【図13】実施例2のポリプロピレンの結晶度の時間変化を示した図である。
【図14】実施例2のらせん鎖由来の結晶ピークのピークシフトを測定した結果である。
【図15】実施例2のらせん鎖由来の結晶ピークの規格化ピークに対する相対強度変化を測定した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本実施形態について、図を適宜参照しながら詳細に説明する。以下の説明で用いる図面は、本発明の特徴をわかりやすくするために便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などは実際とは異なっていることがある。以下の説明において例示される材料、寸法等は一例であって、本発明はそれらに限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することが可能である。

【0024】
(結晶性高分子の劣化)
本実施形態にかかる劣化測定方法は、結晶性高分子の劣化測定方法である。そこで、まず結晶性高分子の劣化について説明する。

【0025】
ここで、結晶性高分子とは、結晶構造と非晶鎖が混在し、また、結晶構造がラメラ晶、ラメラクラスター、球晶の順で階層構造を持っている高分子のことを言う。一般にはポリオレフィン(例えば、ポリエチレンやポリプロピレンが含まれる)と呼ばれる高分子が相当する。

【0026】
図1は、結晶性高分子の劣化の進行状態を模式的に示した図である。結晶性高分子は、見るサイズによって見え方が異なる。例えば、図1の左下から順に、モノマー由来の繰り返し単位、分子鎖、ラメラ構造、ラメラクラスター、球晶、樹脂シートの順で見え方が変化する。モノマー由来の繰り返し単位は最もミクロな視点で結晶性高分子を捉えたものであり、樹脂シートは最もマクロな視点で結晶性高分子を捉えたものである。

【0027】
結晶性高分子の劣化は、図1に示すようにミクロなサイズからマクロなサイズに向かって順に進行していくと考えられる。結晶性高分子の劣化の判断手法としては、顕微鏡等を用いたマイクロクラックの確認や、黄色度(YI値)及びグロス値等の物性値特性の測定がある。しかしながら、顕微鏡や物性値では、球晶以上の高次構造まで劣化が進行しないと、劣化を捉えることができない。結晶性高分子の劣化の初期状態を捉えるためには、ラメラ構造以下で劣化を捉える必要がある。

【0028】
(結晶性高分子の劣化の測定方法)
本実施形態にかかる結晶性高分子の劣化測定方法では、ラマン分光を用いて結晶性高分子の劣化の初期状態を判定する。ラマン分光法は、物質に対して入射した入射光と異なる波長をもつ光(ラマン散乱光)の性質を調べることにより、物質の分子構造や結晶構造を特定する方法である。そのため、結晶性高分子のラメラ構造以下のミクロなサイズの劣化を捉えることができる。

【0029】
図2は、結晶性高分子のラメラ構造を模式的に示した図である。ラメラ構造には、結晶相1と非晶相2が存在する。結晶相1では、高分子鎖が折りたたまれており、結晶相1は結晶性分子鎖1aにより形成されている。結晶性分子鎖1aは、結晶性高分子がポリエチレンの場合はトランス鎖であり、結晶性高分子がポリプロピレンの場合はらせん鎖である。

【0030】
非晶相2は、結晶相1となれなかった無定形のアモルファス状態の分子鎖(非晶分子鎖2b)により形成される。非晶相2は全てが非晶分子鎖2bによって構成されている場合に限られず、一部非晶相2の中に結晶性分子鎖2aが混在する場合もある。

【0031】
ラマンスペクトルでは、これらの結晶状態の違いを特定できる。例えば、結晶性高分子全体中に含まれる結晶性分子鎖1a、2aの存在は、ラマンスペクトルにおける結晶性分子鎖由来のピーク(以下、「結晶性分子鎖ピーク」という。)から特定できる。結晶性分子鎖1a,2a以外の非晶分子鎖2bの存在も、ラマンスペクトルにおける非晶分子鎖由来のピーク(以下、「非晶分子鎖ピーク」という。)から特定できる。

【0032】
また結晶性分子鎖ピークは、結晶相1内に存在する結晶性分子鎖1aに由来するものと、非晶相2内に存在する結晶性分子鎖2aに由来するものに分離できる。結晶相1は、結晶性分子鎖1aからなるため、結晶性分子鎖1aに由来するピークは結晶相1に由来するピーク(以下、「結晶相ピーク」という)と言い換えることができる。一方で、結晶性分子鎖ピークから結晶相ピークを除いた非晶相2内の結晶性分子鎖2a由来のピーク(以下、「非晶相結晶化ピーク」という)も、ラマンスペクトルから特定できる。

【0033】
またラマンスペクトルは、ラメラ構造内の分子環境の変化も、分子振動の変動として捉えることができる。ここで、「分子環境」とは、ラメラ構造内の分子鎖が曝される環境を意味する。

【0034】
例えば、結晶性分子鎖1a、2a又は非晶分子鎖2bに応力(圧縮力又は引張力)が加わると、分子環境が変化し、分子鎖の振動状態が変化する。この振動状態の変化は、結晶性分子鎖ピーク及び非晶分子鎖ピークの変化(ピークシフト及び強度変化)として確認される。ここで、ピークシフトは所定のピークの位置が変化することを意味する。

【0035】
また結晶性分子鎖1a、2a又は非晶分子鎖2bに加わる応力(圧縮力又は引張力)は、結晶相1及び非晶相2の構造にも影響を与える。例えば、非晶相2が圧縮されると、非晶相2内に存在する高分子鎖の自由度が変化し、分子鎖の振動状態が変化する。この振動状態の変化は、結晶相ピーク、非晶相結晶化ピーク及び非晶分子鎖ピークのピークシフトとして確認される。

【0036】
本実施形態にかかる結晶性高分子の劣化測定方法は、これらの結晶状態の変化及び分子鎖の振動状態の変動をラマンスペクトルから特定し、結晶性高分子の劣化を判断する。

【0037】
本実施形態にかかる結晶性高分子の劣化測定方法は、結晶性高分子のラマンスペクトルを測定する工程と、所定のピークのピークシフトを測定する工程と、を有する。

【0038】
まず、結晶性高分子のラマンスペクトルを測定する。ラマンスペクトルは、公知のラマン分光法により得られる。励起光源として単色のレーザーを用い、散乱される光を分光器に通し、ラマンスペクトルを検出する。

【0039】
次いで、得られたラマンスペクトルと標準試料のラマンスペクトルとを比較し、所定のピークのピークシフトを測定する。ここで標準試料は、一定の曝露環境下に曝す前の試料であり、劣化していない試料として扱うことができる試料である。

【0040】
ピークシフトを測定する所定のピークは、結晶性高分子のラメラ構造における非晶相の一部が結晶化しようとする前駆現象に起因して、位置が変化するピークである。より厳密には、非晶相の一部が結晶化しようとする前駆現象が引き起こす分子環境の変動に起因したピークシフトを測定する。以下、具体的に説明する。

【0041】
結晶性高分子は劣化に伴い脆化する。これは結晶性高分子の結晶性が高まることで、結晶性高分子が剛直化することに起因する。図2で示すラメラ構造で示すと、結晶相1の比率が非晶相2に対して高くなる(結晶度が高まる)ためと考えられている。

【0042】
これに対し、本実施形態にかかる結晶性高分子の劣化測定方法で測定しているピークシフトは、この前段階で起きる分子環境の変動である。すなわち、測定対象の結晶性高分子の結晶度が、標準試料の結晶度から変化していない状態でも、結晶性高分子の劣化をピークシフトにより特定できる。

【0043】
結晶性高分子の結晶度が変化し始める前の劣化のごく初期段階では、非晶相2の一部が結晶化しようとする前駆現象が起きていると考えられる。すなわち、非晶相2を構成する非晶分子鎖2bの一部が、配列して結晶性分子鎖2aに変換する前駆現象が起きると考えられる。

【0044】
この前駆現象は、結晶性分子鎖2aが形成された部分の結晶構造を歪ませ、この近傍に存在する高分子鎖が曝される分子環境を変動させる。一般に、物質の結晶性が高まると構成分子が最密化するため、物質は圧縮される。すなわち、非晶相2は圧縮され、非晶分子鎖2bには圧縮力が作用する。一方で、結晶相1は、非晶相2が圧縮されることにより引張され、結晶相1内の結晶分子鎖1aには引張力が作用する。

【0045】
上述のように、非晶分子鎖2bに加わる圧縮力及び結晶分子鎖1aに加わる引張力は、ラマンスペクトルで検出できる。分子鎖に作用する圧縮力及び引張力は、分子鎖の振動状態を変動させる。

【0046】
例えば、結晶性高分子がポリエチレンからなる場合は、非晶分子鎖2bのC-C伸縮振動のピークシフトにより非晶分子鎖2bの圧縮力を確認でき、トランス鎖のC-C伸縮振動のピークシフトにより結晶分子鎖1aの引張力を確認できる。

【0047】
また例えば、結晶性高分子がポリプロピレンからなる場合は、非晶分子鎖2bのC-C伸縮振動又はC-CH伸縮振動のピークシフトにより非晶分子鎖2bの圧縮力を確認でき、らせん鎖のC-C伸縮振動又はC-CH伸縮振動のピークシフトにより結晶分子鎖1aの引張力を確認できる。

【0048】
一方で、結晶性高分子のラメラ構造における非晶相2の一部が結晶化しようとする前駆現象に伴う分子環境の変動は、別の面からも測定できる。図3は、ラメラ構造を斜視的に模式した図である。図3に示すように、結晶相1の結晶性分子鎖1aが折りたたまれて積層する方向がc軸方向であり、それに交差する軸がa軸とb軸である。

【0049】
上述のように、非晶相2の非晶分子鎖2bの一部が結晶化すると、非晶相2がa軸及びb軸方向に圧縮され、c軸に対して垂直な断面Sの面積が狭くなる。断面Sの面積が狭くなると、結晶相1及び非晶相2を構成する高分子の運動の自由度が抑制される。この自由度の抑制は、ラマンスペクトルで検出できる。

【0050】
例えば、結晶性高分子がポリエチレンからなる場合は、CHはさみ振動の振動状態が変化する。この変化は、CHはさみ振動の振動モード由来のピークの変化として確認される。また例えば、結晶性高分子がポリプロピレンからなる場合は、CH横ゆれ振動の振動状態が変化する。この変化は、CH横ゆれ振動の振動モード由来のピークの変化として確認される。

【0051】
ここまで、結晶性高分子の結晶度が変化し始める前の劣化のごく初期段階の変化をラマンスペクトルのピークシフトから確認できることについて説明した。この劣化のごく初期段階の変化は、ピークシフトの変化だけでなく、ピーク強度の変化としても捉えることができる。

【0052】
ラマンスペクトルにおいて表れるピークは、結晶性高分子の劣化前後で変化するピークと変化しないピークがある。変化しないピークを規格化ピークと言う。規格化ピークは、測定したラマンスペクトルと標準試料のラマンスペクトルとの間で大きく変化しない。いずれのピークを規格化ピークとするかは、高分子ごとに異なっており、例えば文献調査などの事前検討により確認する。例えば、ポリエチレンの場合は、1313cm-1に確認される非晶分子鎖由来のピークと、1298cm-1に確認される結晶鎖由来のピークの重なり合ったものが規格化ピークとなる。

【0053】
上述のように結晶性高分子の劣化のごく初期段階では、非晶相2の一部が結晶化し結晶性分子鎖2aに変換される前駆現象が起きていると考えられる。これは、換言すると、結晶性高分子内の結晶分子鎖1a、2aの割合が高まり、相対的に非晶分子鎖2bの割合が低くなることを意味する。

【0054】
この結晶性分子鎖1a、2a及び非晶分子鎖2bの割合の変化は、結晶性分子鎖ピーク、非晶分子鎖ピーク又は非晶相結晶化ピークの規格化ピークに対する相対的な強度変化として確認できる。結晶性分子鎖1aと結晶性分子鎖2aの存在の合計を示す結晶性分子鎖ピーク及び非晶相2内の結晶性分子鎖2aの存在を示す非晶相結晶化ピークのピーク強度は増加する。これに対し、非晶分子鎖2bの存在を示す非晶分子鎖ピークのピーク強度は減少する。

【0055】
すなわち、これらのピークの規格化ピークに対するピーク強度の変化を捉えることで、劣化のごく初期段階を捉えることができる。本実施形態にかかる結晶性高分子の劣化測定方法においては、測定したラマンスペクトルにおける結晶性分子鎖ピーク、非晶分子鎖ピーク及び非晶相結晶化ピークの少なくとも1つのピークの規格化ピークに対する相対強度変化を測定する工程をさらに有することが好ましい。

【0056】
なお、このラマンスペクトルのピークの強度差として測定しているのは、あくまで結晶分子鎖1a、2aと非晶分子鎖2bの割合であり、結晶相1と非晶相2の割合である結晶度とは異なる。結晶度はラメラ構造の構成比率をマクロな観点から捉えているのに対し、結晶分子鎖1a、2aと非晶分子鎖2bの割合は非晶相2内における結晶化とをミクロな観点で捉えている。

【0057】
すなわち、本実施形態にかかる結晶性高分子の劣化測定方法は、ラメラ構造の結晶度が、標準試料におけるラメラ構造の結晶度に対して略一定の状態でも、結晶性高分子の劣化を捉えることができる。ここで、「略一定」とは、完全に結晶度が同一であることを意味せず、結晶度が一定であるとみなせる程度の変動幅に収まっていることを意味する。より具体的には、標準試料の結晶度に対して±5%程度の数値の変動は略一定の範囲内と言える。結晶度は、ラマン分光法及び広角X線回折の結果から求めることができる。

【0058】
上述のように、本実施形態にかかる結晶性高分子の劣化測定方法によれば、従来特定することができなかった劣化のごく初期段階を捉えることができる。すなわち、ポリエチレンやポリプロピレン等の汎用樹脂を含む結晶性高分子の劣化機構を明らかにすることができる。劣化機構の特定は、結晶性高分子の劣化抑制に必要な材料設計指針を与え、新たな耐光性樹脂の開発の途を開く。またラマンスペクトルは試験片を製品から切り出すことなしに測定が可能であり、簡便かつ容易な非破壊劣化測定方法として用いることができる。

【0059】
以上、本発明の好ましい実施の形態について詳述したが、本発明は特定の実施の形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲内に記載された本発明の要旨の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。
【実施例】
【0060】
(実施例1)
実施例1では、結晶性高分子であるポリエチレンの劣化特性を調べた。ポリエチレンは、株式会社プライムポリマー社の低密度ポリエチレン(エボリュー0434RP)を用いた。密度ρは0.92g/cmであり、190℃で測定したメルトインデックス(MI)は4g/10cmである。
【実施例】
【0061】
準備した低密度ポリエチレンを以下の曝露条件に曝露し、劣化の加速試験を行った。
<曝露条件>
ブラックパネル温度:89℃
放射照度:60W/m
照射光:グラスフィルターを用い320nmを最短波長
試験機:キセノンウェザーメータSX2-75(スガ試験機株式会社製)
試験環境:雨なし
【実施例】
【0062】
そして、当該環境下に曝された曝露時間毎のラマンスペクトルを測定した。ラマンスペクトルは、以下のような条件で測定した。測定したラマンスペクトルのデータを図4に示す。
<ラマンスペクトル測定条件>
励起光:638nm、200mW、半導体レーザー(LASOS社製)
分光器:SpectraPro2300i(Princeton Instruments社製)
検出器(CCDカメラ):PIXIS100(Princeton Instruments社製)
測定条件:露光時間2秒、積算回数20回
【実施例】
【0063】
図4に示すラマンスペクトルでは、複数のピークが確認された。各ピークの起因となる振動モード及び分子鎖を以下の表1に示す。ここで、C-C逆対称伸縮及びC-C対称伸縮は、C-C伸縮振動を振動の仕方により区分したものである。
【実施例】
【0064】
【表1】
JP2018100943A_000003t.gif
【実施例】
【0065】
図4に示すラマンスペクトルにおいて、1300cm-1近傍のピークは、曝露時間により変化がなく規格化ピークである。実施例1では、1313cm-1に確認される非晶相由来のピーク(以下、「非晶相ピーク」という)と、1298cm-1に確認される結晶相ピークの重なり合ったものを規格化ピークとした。
【実施例】
【0066】
この規格化ピークを基準にした際に、1063cm-1と1130cm-1の結晶性分子鎖ピークは、曝露時間の経過とともにシャープになった。これに対し、曝露時間が短い時点では、1000cm-1と1200cm-1の間にバックグラウンドとして確認できるブロードな非晶相ピークは、時間の経過とともに消失した。
【実施例】
【0067】
また1418cm-1にみられる結晶相ピークは、曝露時間の経過とともにシャープになった。また振動モードとしてCHはさみ振動を含む1418cm-1、1440cm-1及び1460cm-1のピークはそれぞれ曝露時間の経過とともにシフトした。これらのピークの変化について詳しく分析した。
【実施例】
【0068】
図5及び図6は、曝露時間の経過に伴うピークのピークシフトの変化量を示した図である。図5はC-C伸縮振動に起因したピークのピークシフトの変化量を示し、図6はCHはさみ振動に起因したピークのピークシフトの変化量を示す。
【実施例】
【0069】
図5では曝露時間の経過(劣化の進行)と共に、1080cm-1に示す非晶分子鎖ピークは高波数側にシフトし、1063cm-1及び1130cm-1に示す結晶性分子鎖ピークは僅かではあるが低波数側にシフトした。
【実施例】
【0070】
このピークシフトは、結晶性高分子の劣化に伴い結晶性高分子を構成する分子鎖にかかる応力を検知している。分子鎖の長さ方向に応力(圧縮力又は引張力)が加わると、分子鎖の振動状態が変動し、C-C伸縮振動の振動数が変動する。
【実施例】
【0071】
分子鎖に圧縮力が加わると、分子鎖の振動状態が変動し、C-C伸縮振動の振動数が高くなり、振動数に比例する波数も大きくなる。これと反対に、分子鎖に引張力が加わると、C-C伸縮振動の振動数が低くなり、振動数に比例する波数が小さくなる。
【実施例】
【0072】
非晶分子鎖ピーク(1080cm-1)が高波数側にシフトしていることから、非晶分子鎖に圧縮力が加わっている。一方で、結晶性分子鎖ピーク(1063cm-1及び1130cm-1)は低波数側にシフトしていることから結晶性分子鎖には引張力が加わっている。
【実施例】
【0073】
この挙動は、非晶相の一部が結晶化する際に非晶分子鎖及び結晶分子鎖に加わる応力と一致している。すなわち、これらのピークシフトは、劣化の初期段階を捉えている。
【実施例】
【0074】
図6では曝露時間の経過(劣化の進行)と共に、1440cm-1に示す非晶相結晶化ピーク及び1460cm-1に示す非晶分子鎖ピークは高波数側にシフトし、1418cm-1に示す結晶相ピークは低波数側にシフトした。
【実施例】
【0075】
このピークシフトは、結晶性高分子の結晶相及び非晶相の劣化に伴う構造劣化を検知している。CHはさみ振動は、結晶性高分子内における所定の分子運動の自由度を示す。
【実施例】
【0076】
非晶相を構成する分子由来のピーク(1440cm-1及び1460cm-1)は高波数側にシフトし、結晶相を構成する分子由来のピーク(1418cm-1)は、低波数側にシフトしている。つまり、CHはさみ振動の運動の自由度は、非晶相内では低下し、結晶相内では高まっている。
【実施例】
【0077】
この挙動は、非晶相がa軸及びb軸方向に圧縮され、結晶性高分子のc軸に対して垂直な断面の面積が狭くなる挙動と一致する。すなわち、これらのピークシフトも、劣化の初期段階を捉えていると言える。
【実施例】
【0078】
図7及び図8は、曝露時間の経過に伴うピーク強度の規格化ピークに対する相対変化量を示した図である。相対強度は、所定のピークにおける積分強度を規格化ピークにおける積分強度で規格化して求めた。
【実施例】
【0079】
図7に示すように、曝露時間の経過(劣化の進行)と共に、1080cm-1に示す非晶分子鎖ピークの相対強度は小さくなり、1063cm-1及び1130cm-1に示す結晶性分子鎖ピークの相対強度は大きくなっている。
【実施例】
【0080】
このピーク強度の変化は、非晶相を構成する非晶分子鎖の一部が結晶分子鎖に変換される劣化の初期の挙動を捉えている。非晶分子鎖の一部が結晶分子鎖に変換されると、非晶相と結晶相を合せた全体に含まれるトランス鎖の割合は増加し、結晶性分子鎖ピーク(1063cm-1及び1130cm-1)の相対強度が大きくなる。これに対し、非晶鎖の割合は相対的に減少するため、非晶分子鎖ピーク(1080cm-1)の相対強度は小さくなる。
【実施例】
【0081】
また図8でも同様の挙動が示されている。曝露時間の経過(劣化の進行)と共に、1440cm-1に示す非晶相結晶化ピークの相対強度は大きくなり、1460cm-1に示す非晶分子鎖ピークの相対強度は小さくなっている。すなわち、非晶相内で非晶分子鎖のトランス鎖への変換が生じていると言える。
【実施例】
【0082】
このように、劣化前後におけるラマンスペクトルのピークシフト及びピークの相対強度変化を捉えることで、結晶性高分子の劣化を初期の段階で捉えることができる。
【実施例】
【0083】
(参考検討)
ここで参考検討として、実施例1の試料のX線構造解析を行った。図9は、実施例1の小角X線散乱の結果を示す図である。図9において、dは非晶相2の厚み(図2参照)、dは結晶相1の厚み(図2参照)、Lは、結晶相1と非晶相2の繰り返しを1つのセットとした長周期の厚みを示す。
【実施例】
【0084】
図9に示すように、小角X線散乱では600時間経過後に非晶相の厚み及び長周期の厚みに変化が生じた。すなわち、曝露時間が600時間を超えた段階で、非晶相と結晶相の割合である結晶度が変化していることが分かる。これに対し、図5~図8に示す結果は、600時間に至る前段階でピークシフト及び相対強度の変化が確認されており、劣化のごく初期を捉えていると言える。
【実施例】
【0085】
また小角X線散乱の他に、広角X線回折も測定した。図10は、広角X線回折から求めた結晶格子面の面積と、ラマンスペクトルのピークシフトから求めた結晶格子面の面積(図2の面積S)との相関を調べた結果である。
【実施例】
【0086】
図10に示すように、ラマンスペクトルから求めた結晶格子面の面積と、広角X線回折から求めた結晶格子面の面積は、正の相関があった。すなわち、ラマンスペクトルの1418cm-1のピークシフトは、結晶性高分子のc軸に対して垂直な結晶格子面の面積Sを捉えていることが確認された。
【実施例】
【0087】
また図11に示すように、X線構造解析による結晶度の変化とラマンスペクトルから求めた結晶度の変化との相関も確認した。図11に示すように、この関係も相関を有し、ラマンスペクトルは、X線構造解析と同様に、結晶性高分子の構造を正確にとらえていると言える。
【実施例】
【0088】
(実施例2)
実施例2では、結晶性高分子であるポリプロピレンの劣化特性を調べた。ポリプロピレンは、イソタクチックポリプロピレンを用いた。重量平均分子量(Mw)は5.6×10、密度は0.904g/cmである。
【実施例】
【0089】
準備したイソタクチックポリプロピレンを以下の曝露条件に曝露し、劣化の加速試験を行った。
<曝露条件>
ブラックパネル温度:90℃
放射照度:550W/m
試験機:キセノン促進曝露装置 サンテストCPS+(アトラス社)
曝露時間:24時間、48時間
【実施例】
【0090】
そして、当該環境下に曝された曝露時間毎のラマンスペクトルを測定した。ラマンスペクトルは、実施例1と同様の条件で測定した。測定したラマンスペクトルのデータを図12に示す。
【実施例】
【0091】
図12に示すラマンスペクトルでは、複数のピークが確認された。各ピークの起因となる振動モード及び分子鎖を以下の表2に示す。
【実施例】
【0092】
【表2】
JP2018100943A_000004t.gif
【実施例】
【0093】
まず、イソタクチックポリプロピレンにおける非晶相と結晶相の割合である結晶度を求めた。結晶度は、808cm-1の積分強度を、808cm-1と830cm-1と840cm-1の合計積分強度で割って求めた。図13は、その結果を示す。図13に示すように、結晶度は、24時間を超えた時点で大きく増大し始めた。
【実施例】
【0094】
一方で、ラマンスペクトルのピークシフトも測定した。図14は、実施例2のらせん鎖由来の結晶ピークのピークシフトを測定した結果である。図14に示すように、結晶度が変化する24時間に至る以前の段階で、ピークシフトが確認された。
【実施例】
【0095】
また規格化ピークに対する所定のピークの相対強度変化も測定した。図15は、実施例2のらせん鎖由来の結晶ピークの規格化ピークに対する相対強度変化を測定した結果である。図15では、973cm-1のピークを規格化ピークとして用いた。図15に示すように、結晶度が変化する24時間に至る以前の段階で、ピークの相対強度変化が確認された。
【実施例】
【0096】
実施例2に示すように、ポリプロプレンにおいてもポリエチレンと同様に、結晶度が変化する前の段階である劣化のごく初期を捉えることができた。
【符号の説明】
【0097】
1…結晶相、1a,2a…結晶分子鎖、2…非晶相、2b…非晶分子鎖
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6
【図8】
7
【図9】
8
【図10】
9
【図11】
10
【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
14