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明細書 :血液神経関門インヴィトロモデルおよびその作製方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第6684413号 (P6684413)
公開番号 特開2017-189148 (P2017-189148A)
登録日 令和2年4月1日(2020.4.1)
発行日 令和2年4月22日(2020.4.22)
公開日 平成29年10月19日(2017.10.19)
発明の名称または考案の名称 血液神経関門インヴィトロモデルおよびその作製方法
国際特許分類 C12N   5/071       (2010.01)
C12N   5/10        (2006.01)
C12M   1/34        (2006.01)
FI C12N 5/071
C12N 5/10
C12M 1/34 A
請求項の数または発明の数 5
全頁数 11
出願番号 特願2016-081996 (P2016-081996)
出願日 平成28年4月15日(2016.4.15)
審査請求日 平成31年4月12日(2019.4.12)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】304020177
【氏名又は名称】国立大学法人山口大学
発明者または考案者 【氏名】竹下 幸男
【氏名】神田 隆
個別代理人の代理人 【識別番号】100137512、【弁理士】、【氏名又は名称】奥原 康司
【識別番号】100178571、【弁理士】、【氏名又は名称】関本 澄人
審査官 【審査官】金田 康平
参考文献・文献 特開2016-039806(JP,A)
国際公開第2014/148321(WO,A1)
J. Cell. Physiol.,2010年,226(1),255-266
調査した分野 C12N 5/00-5/28
C12M 1/00-3/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPI(STN)
特許請求の範囲 【請求項1】
下記(a)~(e)の工程を含む、血液神経関門インヴィトロモデルの作製方法。
(a)条件不死化末梢神経ペリサイトを多孔性メンブレン上にシート状になるまで培養する工程;
(b)条件不死化末梢神経微小血管内皮細胞を培養容器中でシート状になるまで培養する工程、
(c)工程(b)で作製した条件不死化末梢神経微小血管内皮細胞のシートを剥がす工程、
(d)工程(c)で作製した条件不死化末梢神経微小血管内皮細胞のシートを、工程(a)で培養した条件不死化末梢神経ペリサイトのシートに層状に接触させる工程、および
(e)工程(d)で作製した、条件不死化末梢神経微小血管内皮細胞のシートおよび条件不死化末梢神経ペリサイトのシートの2層を含む細胞培養物を共培養する工程
【請求項2】
前記条件不死化末梢神経微小血管内皮細胞および条件不死化末梢神経ペリサイトが、各々、初代培養末梢神経微小血管内皮細胞および初代培養末梢神経ペリサイトに温度感受性SV40 large T抗原の遺伝子を導入して作製したものであることを特徴とする、請求項1に記載の血液神経関門インヴィトロモデルの作製方法。
【請求項3】
前記工程(b)において、条件不死化末梢神経微小血管内皮細胞を温度応答性培養容器で培養することを特徴とする請求項1または2に記載の血液神経関門インヴィトロモデルの作製方法。
【請求項4】
下から多孔性メンブレン、条件不死化末梢神経ペリサイトのシートおよび条件不死化末梢神経微小血管内皮細胞のシートの順に積層されていることを特徴とする、血液神経関門インヴィトロモデル。
【請求項5】
前記条件不死化末梢神経微小血管内皮細胞および条件不死化末梢神経ペリサイトが、各々、初代培養末梢神経微小血管内皮細胞および初代培養末梢神経ペリサイトに温度感受性SV40 large T抗原の遺伝子を導入して作製したものであることを特徴とする、請求項4に記載の血液神経関門インヴィトロモデル。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、血液神経関門(BNB;blood-nerve barrier、以下「BNB」と記載する場合もある)のインヴィトロモデルおよびその作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
多くの臓器の微小循環系では血管内皮細胞は有窓となっているため血液成分から組織への必要物質の移行と老廃物の回収を円滑に行うことができる。一方で、脳や末梢神経においては、隣接する血管内皮細胞同士がタイト結合を形成し、バリア(関門)を形作ることにより、中枢・末梢神経系内への輸送が厳しく制限されている。こうしたバリアシステムは脳では血液脳関門(blood-brain barrier; BBB)、末梢神経では血液神経関門(BNB)と呼ばれ、神経組織の内部環境を維持する上で重要な機構である。
【0003】
BNBは血管内皮細胞、ペリサイトの2種類の細胞から構成され(図1)、かつてはBBBと比較して不完全な構造物として考えられていたが、現在では末梢神経系を全身循環系から隔絶する、BBBとほぼ同程度の機能を持つ強固なバリアシステムとして認識されている。BNBは外部から末梢神経内の有害物質の流入を制限し、末梢神経の内部環境維持に重要な役割を果たす。その一方、BNBは末梢神経への薬物伝達を困難にするため、他臓器では効果的な治療薬であっても末梢神経系には十分な効果を来さないことが多い。また、ギランバレー症候群、糖尿病性ニューロパチーなどの多くの末梢神経疾患においてBNBの破綻が病態に関与していることが示されており、BNBの生理的、病理的機能解明が急務な状況となっている。
【0004】
BBBではこの10年でセルカルチャーインサート(cell culture insert)を用いた様々なインヴィトロモデルが作製され、飛躍的な情報蓄積がなされてきたが、その一方、BNBではヒト由来BNB構成細胞株が樹立されてこなかった背景もあり、BNBに関する知見は極めて乏しく,BNBを構成する細胞の特性やBBBとの本質的な違いなどに関する情報は皆無であった。
【0005】
発明者らは世界に先駆けてヒト由来温度条件不死化BNB構成血管内皮細胞株、ヒト由来温度条件不死化BNB構成ペリサイト株の樹立に成功し、糖尿病や慢性炎症性脱髄性多発神経根炎などの末梢神経疾患でのBNB破綻のメカニズムを明らかにしてきた(非特許文献1、2)
【0006】
現在、BNB構成細胞血管内皮細胞株およびペリサイト株の不死化培養細胞株を用いて、様々なBNBのインヴィトロ共培養モデルの構築が進められているが、現行のモデルには、大きな技術的な問題点がある。通常の分散培養でセルカルチャーインサート上に血管内皮細胞とペリサイトを層状に培養しようとすると、二者の細胞株で増殖速度が異なり、さらに無制限に細胞分裂を繰り返すため、各細胞株が単層構造を形成しない。この為、結果的に血管内皮細胞が十分なバリアを形成できず、BNBモデルを構築することが困難であった。
【0007】
従ってBNBモデルを作成する一般的な手法として、小孔をもつセルカルチャーインサートの上面に血管内皮細胞、下面にペリサイトを培養する便宜的な手法がとられてきた。しかしながら該手法では、1.ペリサイトがインサート膜で血管内皮細胞と隔離されているため、ペリサイトからの直接接触による血管内皮細胞への栄養因子の伝達が遮断され、本来のBNBの解剖学的構造、生理機能を再現できない、2.それぞれの培養細胞株が不死化され無制限に増殖するため単層構造は形成するものの細胞密度が過密状態となり、最もバリア機能を保持する適切な細胞集密状態を1日程度しか維持することができない、という二つの重大な問題点があった。
【先行技術文献】
【0008】

【非特許文献1】Shimizu F et al., J. Cell Physiol 226, 255-266 2010
【非特許文献2】Shimizu F et al., Diabetologia 54, 1517-1526 2011
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記事情に鑑み、本発明は、BNBの解剖学的構造を再現したインヴィトロモデルの構築を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者らは、発明者らによって樹立したヒト由来温度条件不死化BNB構成血管内皮細胞株およびヒト由来温度条件不死化BNB構成ペリサイト株に注目し、これらの細胞株を用いて、BNBのインヴィトロ共培養モデルに関し鋭意研究を行った。ヒト由来温度条件不死化したBNB構成血管内皮細胞株(PnMECs)およびヒト由来温度条件不死化BNB構成ペリサイト株は、33℃培養下では不死化細胞として増殖し、37℃培養下では増殖せずに血管内皮細胞、ペリサイトへと分化する特徴を有する。まず33℃でセルカルチャーインサートの表面にヒト由来温度条件不死化BNB構成ペリサイトを培養し、次に、ヒト由来温度条件不死化BNB構成血管内皮細胞も十分に培養させた後、該血管内皮細胞を、BNB機能を保ったままシート状に遊離させ、吸水性支持膜を用いて、セルカルチャーインサート表面上のペリサイト層の上面に転写させた。さらに37℃で両者を共培養することで、より細胞増殖を抑え、血管内皮細胞とペリサイトに分化成熟させた。これによりセルカルチャーインサート上に、血管内皮細胞層、ペリサイト層が直接に接し、本来のBNBの解剖学的構造、生理機能を再現する二層構造を保ったインヴィトロBNBモデルの構築に成功した。
【0011】
したがって、本発明は以下の(1)~(5)である。
(1)下記(a)~(e)の工程を含む、血液神経関門インヴィトロモデルの作製方法。
(a)条件不死化末梢神経ペリサイトを多孔性メンブレン上にシート状になるまで培養する工程;
(b)条件不死化末梢神経微小血管内皮細胞を培養容器中でシート状になるまで培養する工程、
(c)工程(b)で作製した条件不死化末梢神経微小血管内皮細胞のシートを剥がす工程、
(d)工程(c)で作製した条件不死化末梢神経微小血管内皮細胞のシートを、工程(a)で培養した条件不死化末梢神経ペリサイトのシートに層状に接触させる工程、および
(e)工程(d)で作製した、条件不死化末梢神経微小血管内皮細胞のシートおよび条件不死化末梢神経ペリサイトのシートの2層を含む細胞培養物を共培養する工程
(2)前記条件不死化末梢神経微小血管内皮細胞および条件不死化末梢神経ペリサイトが、各々、初代培養末梢神経微小血管内皮細胞および初代培養末梢神経ペリサイトに温度感受性SV40 large T抗原の遺伝子を導入して作製したものであることを特徴とする、上記(1)に記載の血液神経関門インヴィトロモデルの作製方法。
(3)前記工程(b)において、条件不死化末梢神経微小血管内皮細胞を温度応答性培養容器で培養することを特徴とする上記(1)または(2)に記載の血液神経関門インヴィトロモデルの作製方法。
(4)下から多孔性メンブレン、条件不死化末梢神経ペリサイトのシートおよび条件不死化末梢神経微小血管内皮細胞のシートの順に積層されていることを特徴とする、血液神経関門インヴィトロモデル。
(5)前記条件不死化末梢神経微小血管内皮細胞および条件不死化末梢神経ペリサイトが、各々、初代培養末梢神経微小血管内皮細胞および初代培養末梢神経ペリサイトに温度感受性SV40 large T抗原の遺伝子を導入して作製したものであることを特徴とする、上記(4)に記載の血液神経関門インヴィトロモデル。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、末梢神経由来の血管内皮細胞およびペリサイトの2種類の細胞層(各細胞層は単一種類の細胞で形成されている)が、直接的な相互作用が可能な状態で層構造を形成している血液神経関門のインヴィトロモデルの作製が可能となる。
【0013】
本発明によれば、従来の血液神経関門のインヴィトロモデルと比較して、適切な細胞集密状態を維持することで、物質透過性が低く、そのバリア機能が長期間持続する、新規の血液神経関門のインヴィトロモデルの構築が可能となる。
【0014】
本発明にかかる血液神経関門インヴィトロモデルは、既知のモデルと比較して、生体内におけるBNBの解剖学的構造をより正確に再現していることから、本発明のモデルを使用することで、BNBの物質の透過性等について、インヴィボの動態に近い評価を行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】血液神経関門の模式図である。
【図2】ヒト由来温度感受性不死化BNB構成血管内皮細胞シートをペリサイトの細胞シートに層状に接触させる手順を示した図である。
【図3】オーバーコンフルエントに培養したBNB構成血管内皮細胞シートの顕微鏡像、支持膜による細胞シートの回収およびその転写の様子を示す。
【図4】本発明にかかる血液神経関門インヴィトロモデルの共焦点顕微鏡像。左側はBNBモデルの縦断面、右側上図はBNBモデルの血管内皮細胞層(上層)の横断面、右側下図はBNBモデルのペリサイト層(下層)の横断面を示す。
【図5】本発明にかかる血液神経関門インヴィトロモデルのバリア機能の評価。本発明にかかるモデル(血管内皮細胞およびペリサイトシートの直接接触モデル)、従来の非直接接触モデル(両細胞シートがメンブレンを挟んで積層)および血管内皮細胞単培養モデルでの比較を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の第1の実施形態は、下記(a)~(e)の工程を含む、血液神経関門インヴィトロモデルの作製方法である。
(a)条件不死化末梢神経ペリサイトを多孔性メンブレン上にシート状になるまで培養する工程;
(b)条件不死化末梢神経微小血管内皮細胞を培養容器中でシート状になるまで培養する工程、
(c)工程(b)で作製した条件不死化末梢神経微小血管内皮細胞のシートを剥がす工程、
(d)工程(c)で作製した条件不死化末梢神経微小血管内皮細胞のシートを、工程(a)で培養した条件不死化末梢神経ペリサイトのシートに層状に接触させる工程、および
(e)工程(d)で作製した、条件不死化末梢神経微小血管内皮細胞のシートおよび条件不死化末梢神経ペリサイトのシートの2層を含む細胞培養物を共培養する工程

【0017】
本発明の第1の実施形態において、「条件不死化」とは、末梢神経ペリサイト(末梢神経由来のペリサイト)および末梢神経微小血管内皮細胞(末梢神経微小血管由来の血管内皮細胞)の各初代培養細胞に対し、突然変異処理あるいは外来性の遺伝子などを導入することにより、ある条件下で培養を行うと細胞増殖(不死化)が誘導され、他の条件下で培養を行うと細胞増殖が止まり成熟細胞への分化が促進される細胞の形質のことである。より具体的には、ある温度条件では、細胞増殖が誘導されて細胞が不死化され、他の温度条件では増殖が止まり、分化が促進されるような、温度条件不死化末梢神経ペリサイトおよび温度条件不死化末梢神経微小血管内皮細胞などが、本発明の実施形態において好適に使用できる「条件不死化」細胞の例である。
温度条件不死化細胞としては、限定はしないが、初代培養細胞(初代培養末梢神経ペリサイト、初代培養末梢神経微小血管内皮細胞)に温度感受性SV 40 large T抗原の遺伝子を導入したものを例示することができる。温度感受性SV 40 large T抗原は、約33℃で培養する細胞内において、強力ながん抑制遺伝子であるp53、Rb蛋白と結合し、これらの機能を阻害する。その結果、持続的な細胞増殖を誘導する。温度条件不死化末梢神経ペリサイトおよび温度条件不死化末梢神経微小血管内皮細胞の作製方法は、Shimizu ら、Journal of Cell physiology 226:255-266 2011に詳細に記載されているので参照のこと。
温度感受性SV 40 large T抗原を用いて作製した条件不死化細胞をシート状になるまで培養する工程(例えば、上記工程(a)、(b))において、培養温度は32℃~34℃、好ましくは33℃としてもよい。また、血管内皮細胞シートおよびペリサイトシートを共培養するときの培養温度は、35℃~38℃、好ましくは37℃としてもよい。
なお、各初代培養細胞の調製については、当業者であれば周知の方法により実施することができる。

【0018】
生体内におけるBNBをインヴィトロで再現する場合、血管内皮細胞層およびペリサイト層の2層からなる構造を構築する必要がある。しかし、血管内皮細胞、ペリサイトの2種類の培養細胞株を用いて、通常の分散培養法でBNBのマルチ培養モデルを作製しようとすると、2つの細胞株で増殖速度が異なるため、各細胞株が単一種類の細胞層構造を形成せず、2つの細胞が2層構造をとる解剖学的構造を再現することができなかった。
そこで、発明者らは、ペリサイトを多孔性メンブレン上にシート状になるまで培養し、また、血管内皮細胞は別途培養容器等においてシート状になるまで培養して、ペリサイトのシート(細胞層)に血管内皮細胞のシート(細胞層)を層状に接触させて、2種類の細胞層を共培養したところ、本発明にかかるBNBモデルを構築することに成功した。
各細胞の培養は、いわゆる「細胞シート(細胞同士がシート状に結合した細胞の培養物のことで、単層であっても複数層であってもよいが、好ましくは単層である)」が形成されるまで行えばよく、細胞密度がオーバーコンフルエント(コンフルエントな状態よりも細胞密度がやや高い状態)、例えば、1.0 × 106細胞cm-2~2.0 × 106細胞cm-2、好ましくは、1.5 × 106細胞cm-2程度になるまで培養するとよい(図3左図)。

【0019】
本発明の第1の実施形態の工程(a)において、条件不死化末梢神経ペリサイトを多孔性メンブレン上に培養し、該細胞からなるシート状の細胞層(細胞シート)を形成させる。
ここで多孔性メンブレンは、培養容器の底面に直接接触しないように、培養液中に浸漬した状態で使用可能なものが好ましい。このような多孔性メンブレンおよび培養容器は、市販品を入手することも可能である(例えば、Corning International社、Thermo Scientific社、Greiner Bio-One International社などが提供する細胞培養インサート(細胞培養インサートの底面が多孔性メンブレンからなる)と培養容器)。
本発明の実施形態で用いる多孔性メンブレンは、多数の孔を有している。本発明にかかる血液神経関門インヴィトロモデルは、末梢神経系に作用する物質あるいは末梢神経系に有害な影響を及ぼす物質のBNB透過性などの評価を行うために使用することができる。そのため、当該多孔性メンブレンは、種々の物質等が透過可能な程度のポアサイズの孔、例えば、直径0.4μm~8μm程度の孔を有している必要がある。孔のサイズは、本発明のBNBモデルを用いて血液神経関門の透過性等を評価する物質の大きさに依存して適宜選択することができる。

【0020】
本発明の第1の実施形態の工程(b)は、条件不死化末梢神経微小血管内皮細胞を培養容器中でシート状になるまで培養する工程である。
条件不死化末梢神経微小血管内皮細胞の細胞シートを作製するために培養する培養容器は、通常使用される培養容器であればよく、細胞がその表面上で細胞シートを形成し得るものであればいかなるものであってもよく、少なくとも、細胞が接着し得るような平坦な部分を具備し、典型的には、細胞培養皿、細胞培養ボトル(または、フラスコ)であり、市販される培養用ディッシュなどが使用可能であり、材質も特に限定されない。培養容器の材料としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレートなどが挙げられる。
また、培養容器は、その培養表面が温度変化等によってその物性が変化する材料(温度応答性材料)で作製されているか、あるいは、該温度応答性材料によって培養容器の培養表面が層状に被覆されている温度応答性培養容器であってもよい。このような温度応答性培養容器は、通常の培養温度下(例えば、20℃以上)では、培養表面が疎水性で細胞を安定に接着させることができ、温度を低下(例えば、20℃より低い温度)させることにより、培養表面が親水性となり特別な処理(例えば、トリプシン処理など)を行うことなく、細胞外マトリクスを保持したまま、シートの状態で細胞を容易に回収することができる。このような温度応答性培養容器は、市販されているものを取得して使用することができる。

【0021】
培養容器の培養表面上には、細胞接着性成分および/または細胞接着阻害性成分が存在していてもよい。細胞接着性成分としては、細胞培養技術において、培養表面に細胞を接着させるために通常使用される成分であればいかなるものでもよく、例えば、コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、カドヘリン、ゼラチン、フィブリノゲン、フィブリン、ポリLリジン、ヒアルロン酸、多血小板血漿、ポリビニルアルコールなどが挙げられる。細胞接着阻害性成分も、細胞培養技術において、培養表面への細胞の接着を阻害させるために通常使用される成分であればいかなるものでもよく、例えば、アルブミンやグロブリンなどが挙げられる。これらの成分で細胞培養容器の培養表面上を被覆する場合、各成分によって、培養表面を被覆するために使用する溶液の濃度が異なるため、予備的な実験等、当業者であれば容易に検討できる方法によって、各成分の被覆のために適当な溶液濃度を決定することができる。

【0022】
本発明の第1の実施形態の工程(c)において、条件不死化末梢神経微小血管内皮細胞の細胞シートを培養容器から剥離する際、シート状の構造が破損されないような方法で行うのが好ましく、例えば、シート状細胞培養物を直接ピンセットなどによって摘み、培養表面から剥離させる、あるいは、ピペッティングにより細胞を培養表面との間を剥離する等、物理的な手法を用いてもよい。
より好ましくは、前述の温度応答性培養容器を使用して、条件不死化末梢神経微小血管内皮細胞の細胞シートを形成させたのち、該温度応答性培養容器から細胞の剥離が容易になる温度、例えば、20℃以下にして、該細胞シートが培養容器から剥離しやすい状態にし、剥がすことができる。
剥離しやすくなった細胞シートはピンセットなどで剥がすことも可能であるが、例えば、細胞シート上面に、吸水性支持膜(例えば、PVDF膜、ニトロセルロース膜のような、細胞に親和性を有する材質からなる基材)を被せて、細胞を膜に移し取ることによって細胞を剥離、回収することもできる。吸水性支持膜を使用する場合には、末梢神経微小血管内皮細胞の細胞シート上に吸水性支持膜を重ねて、20℃~25℃で数分間(1~10分間程度)静置して細胞シートを吸水性支持膜に接着させたのち、ゆっくりと支持膜を持ち上げることにより、細胞シートを支持膜へ接着させた状態で、培養容器から剥がすことができる(図3中央図)。吸水性支持膜は市販されているため、市販品を購入し、添付の説明書に従って、細胞シートを支持膜へ移し取ることができる。

【0023】
本発明の第1の実施形態の工程(d)は、工程(c)で作製した末梢神経微小血管内皮細胞の細胞シートを工程(a)で培養した末梢神経ペリサイトの細胞シートと層状に接触させる工程である。層状に接触させるとは、末梢神経ペリサイトの細胞シートと末梢神経微小血管内皮細胞の細胞シート同士が重なり合うように接触させることをいう。例えば、工程(c)で吸水性支持膜を用いて末梢神経微小血管内皮細胞のシートを剥がし取った場合には、該細胞シートの面を末梢神経ペリサイトの細胞シートの面と接触させ、しばらく静置したのち(例えば、20℃~25℃程度で1~5分間程度)、細胞シートから吸水性支持膜をゆっくりと剥がすことで、工程(d)を実施することができる(図3右図)。

【0024】
本発明の第1の実施形態の工程(e)は、本発明の第1の実施形態の工程(d)で作製した、条件不死化末梢神経微小血管内皮細胞のシートおよび条件不死化末梢神経ペリサイトのシートからなる2つの細胞層を含む細胞の培養物を共培養する工程である。
この工程において、細胞培養物は、例えば、図2右図に示すように、下から多孔性メンブレン、末梢神経ペリサイトのシートおよび末梢神経微小血管内皮細胞のシートの順に積層された層構造を形成している。本実施形態において、条件不死化細胞として、温度感受性SV 40 large T抗原を導入した細胞を用いる場合には、細胞の2層構造を形成した後、細胞の増殖を止めて分化を促すために、培養温度を35℃~38℃、好ましくは37℃程度としてもよい。

【0025】
本発明の第2の実施形態は、 下から多孔性メンブレン、条件不死化末梢神経ペリサイトのシートおよび条件不死化末梢神経微小血管内皮細胞のシートの順に(図2右図を参照)積層されていることを特徴とする、血液神経関門インヴィトロモデルである。
本実施形態に係る血液神経関門インヴィトロモデルは、血液神経関門の薬物透過性などを評価する目的で使用することができる。例えば、多孔性メンブレンの上部の培養液に評価したい薬物を添加し、多孔性メンブレンの下部の培養液に当該薬物がどの程度検出されるかを調べることによって、該薬物の血液神経関門の透過性を評価することができる。

【0026】
以下に実施例を示し、さらに詳細に説明を行うが、本実施例は、あくまでも本発明の実施形態の1例に過ぎず、本発明の範囲は当該実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0027】
1.実験方法
1-1.ヒト由来温度感受性不死化末梢神経ペリサイトシートの作製
コラーゲンコートされたTranswell細胞培養インサート(3μm孔:Corning International社製)の表面にヒト由来温度感受性末梢神経内膜微小血管由来血管周細胞(ヒト由来温度感受性末梢神経ペリサイト)を10%FBSを含有するDMEM培地で33℃、5%CO条件下でオーバーコンフルエント(150×10/cm)となるまで)培養し、ヒト由来温度感受性不死化末梢神経ペリサイト細胞シートを作製した。後の共焦点顕微鏡による観察のため、ヒト由来温度感受性末梢神経ペリサイトはあらかじめcell tracker blueTMでリビング染色したものを用いた。
上記ヒト由来温度感受性不死化末梢神経ペリサイトは、文献(Shimizu et al., Journal of Cell physiology 226:255-266 2011)に記載の方法に従って作製した。簡潔に述べると、ヒトのBNBから単離培養した末梢神経ペリサイトの初代培養株に、温度感受性SV-40 large T抗原(tsA58)を含有するレトロウイルスベクターを導入して作製した。温度感受性SV-40 large T抗原は33℃の培養条件で細胞内に発現され細胞を不死化させる一方で、37℃の培養条件では温度感受性SV-40 large T抗原は代謝消失し、細胞の不死化が誘導されず成熟細胞に分化する特徴をもつ。従って、ヒト由来温度感受性不死化BNB構成末梢神経ペリサイト株では33℃培養下では不死化細胞として増殖し、37℃培養下では増殖せずにペリサイトへと分化する。
【実施例】
【0028】
1-2.ヒト由来温度感受性不死化PnMECs細胞シートの作製
温度応答性培養皿であるUpCell(登録商標:セルシード社製)をコラーゲンコートし、ヒト由来温度感受性不死化-末梢神経内膜内微小血管内皮細胞(ヒト由来温度感受性不死化PnMECs)を播種し、20%FBSを含有するEGM-2 Bulletkit培地(Lonza社製)で33℃、5%CO条件下でオーバーコンフルエント(150×10/cm)となるまで)培養し、ヒト由来温度感受性不死化PnMECs細胞シートを作製した。作製したヒト由来温度感受性不死化PnMECs細胞シートの写真を図3左図に示す。後の共焦点顕微鏡による観察のため、ヒト由来温度感受性不死化PnMECsはあらかじめcell tracker greenTMでリビング染色したものを用いた。
ヒト由来温度感受性不死化PnMECsは、文献(Shimizu et al., Journal of Cell physiology 226:255-266 2011)に記載の方法に従って作製した。簡潔に述べると、ヒトのBNBから単離培養した末梢神経内膜内微小血管内皮細胞(PnMECs)の初代培養株に、上記温度感受性SV-40 large T抗原(tsA58)を含有するベクターを導入して作製した。作製したヒト由来温度感受性不死化PnMECsでは33℃培養下では不死化細胞として増殖し、37℃培養下では増殖せずに血管内皮細胞へと分化する。
なお、UpCellは温度応答性ポリマーでコートされており、20℃以下では疎水性から親水性に変化する特性を持ち、このポリマーをコートしたUpCellで細胞を培養し、温度を20℃に下げるとポリマーが親水性に変化することで培養皿から細胞が遊離し、細胞の構造と機能を保ったままシート状の培養細胞を回収できる特性を有する。
【実施例】
【0029】
1-3.ヒト由来温度感受性不死化PnMECs細胞シートの転写
ヒト由来温度感受性不死化PnMECs細胞シートを作製した温度応答性培養皿を20℃に冷却し、作製したヒト由来温度感受性不死化PnMECs細胞シート上にCellShifter(セルシード社製)を重ねて20~25℃で5分静置し、CellShifterとヒト由来温度感受性不死化PnMECs細胞シートを接着させた。次に、CellShifterをピンセットでゆっくりと持ち上げることでヒト由来温度感受性不死化PnMECs細胞シートを回収した(図3中央図)。図3右図に示すように回収したヒト由来温度感受性不死化PnMECs細胞シートを、上述で作製したヒト由来温度感受性不死化末梢神経ペリサイト細胞シート上に接着するように転写した。転写後20℃で1分静置後、250μlの20%FBSを含有するDMEM培地をCellShifter上に滴下し、CellShifterをピンセットでつまんでヒト由来温度感受性不死化PnMECs細胞シートからはがした。はがしたCellShifterには、ヒト由来温度感受性不死化PnMECs細胞は残っていなかった。こうして得られた、ヒト由来温度感受性不死化PnMECs細胞シートとヒト由来温度感受性不死化末梢神経ペリサイト細胞シートの2層構造からなるBNBモデルを37℃で共培養し、細胞増殖を抑えると共に血管内皮細胞とペリサイトに分化成熟させた。なお、後述するBNBモデルの共焦点顕微鏡による観察、及びバリア機能の評価においては、作製したインヴィトロBNBモデルを37℃、5%CO条件下で5日間共培養後のものを用いた。
【実施例】
【0030】
2.結果
2-1.BNBモデルの共焦点顕微鏡による観察
作製したインヴィトロBNBモデルを共焦点顕微鏡(Leica SP5 laser scanning confocal microscope (Leica Wetzlar))で3D構築像を作成した。結果を図4に示す。図4右側上図の BNBモデルの血管内皮細胞層(上層)の横断面および右側下図の BNBモデルのペリサイト層(下層)の横断面にて示されるように、作製したインヴィトロBNBモデルは2層構造をとっていることが確認された。また、本発明により作製したインヴィトロBNBモデルが細胞培養インサート上にPnMECs層、ペリサイト層の2層構造を保ち、ペリサイトがPnMECsに直接作用するというBNBの解剖学的特性を持ったインヴィトロBNBモデルであることが明らかとなった。
【実施例】
【0031】
2-2.バリア機能の評価
作製したインヴィトロBNBモデルと従来の方法として用いられていたインヴィトロBNBモデル(細胞培養インサートの上面にヒト由来温度感受性不死化PnMECs細胞シート、下面に末梢神経ペリサイト細胞シートを培養させたモデル)を用いて、血液脳関門の透過性評価として一般的に用いられている方法、すなわち、FITCを付加させた10K-デキストランをインサートの上面に投与し、60分後にウェル内へ透過したデキストランの吸光度測定(OD459)を行い、細胞透過性を比較した。
従来のインヴィトロBNBモデルの作製は、上記Shimizu らの文献に記載の方法に準じて行った。簡潔に述べると、コラーゲンコートされたTranswell細胞培養インサート(3μm孔:Corning International社製)の上面にヒト由来温度感受性不死化PnMECs、ヒト由来温度感受性不死化末梢神経ペリサイトを上記インサートの下面に播種し、(EGM-2 Bulletkit (Lonza)培地で培養することで作製した。結果を図5に示す。
図5に示すように、本発明のインヴィトロBNBモデルが従来型のインヴィトロBNBモデルよりも有意に細胞透過性が低下していることが明らかとなった。したがって、本発明のインヴィトロBNBモデルが従来のモデルよりもバリア機能が高いことが明らかとなった。また、上記作製したBNBモデルは、作製工程における33℃から37℃への温度変化や、共培養5日経過によってもバリア機能を維持していることから、様々な条件下でのバリア機能評価を行うことができることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明は、末梢神経血管内皮細胞および末梢神経ペリサイトの2種類の細胞層が、直接的な相互作用が可能な状態で層構造を形成しており、そのバリア機能が長期間持続する、新規の血液神経関門のインヴィトロモデルを提供する。従って、本発明は、末梢神経疾患の病態解明および治療などの医療分野においての利用が期待される。
図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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