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明細書 :細胞機能体及びその製造方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 公開特許公報(A)
公開番号 特開2019-001902 (P2019-001902A)
公開日 平成31年1月10日(2019.1.10)
発明の名称または考案の名称 細胞機能体及びその製造方法
国際特許分類 C08J   3/02        (2006.01)
C08F 220/56        (2006.01)
C08J   3/26        (2006.01)
FI C08J 3/02 CEYZ
C08F 220/56
C08J 3/26
請求項の数または発明の数 12
出願形態 OL
全頁数 12
出願番号 特願2017-117591 (P2017-117591)
出願日 平成29年6月15日(2017.6.15)
発明者または考案者 【氏名】鈴木 大介
【氏名】乾 滉平
【氏名】松井 秀介
【氏名】湊 遥香
出願人 【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
審査請求 未請求
テーマコード 4F070
4J100
Fターム 4F070AA36
4F070AA38
4F070CA02
4F070CB04
4F070CB12
4F070GA08
4F070GB05
4F070GB09
4F070GC01
4J100AM17P
4J100AM21S
4J100AM24Q
4J100AQ11R
4J100BA29S
4J100BD04R
4J100CA03
4J100CA05
4J100CA06
4J100EA06
4J100EA07
4J100EA09
4J100FA03
4J100FA19
4J100JA15
4J100JA53
要約 【課題】 生体細胞と同様な同期現象を発現する機能を備え、生体細胞の機能等の解析に利用することができる細胞機能体及びその製造方法を提供する。
【解決手段】 本発明に係る細胞機能体は、液滴の表面を膜状に包囲する配置に、BZ(Belousov-Zhabotinsky)反応の機能を備える多数個のゲル微粒子が配列されてなることを特徴とする。前記ゲル微粒子としては、酸化還元反応にともなって体積変化する振動ゲル微粒子を使用することができる。振動ゲル微粒子は、ゲルを構成するポリマーにBZ機能を奏する金属錯体を導入して得られる。
【選択図】 図1
特許請求の範囲 【請求項1】
液滴の表面を膜状に包囲する配置に、BZ(Belousov-Zhabotinsky)反応の機能を備える多数個のゲル微粒子が配列されてなることを特徴とする細胞機能体。
【請求項2】
前記ゲル微粒子が、酸化還元反応にともなって体積変化する振動ゲル微粒子であることを特徴とする請求項1記載の細胞機能体。
【請求項3】
前記振動ゲル微粒子が、ゲルを構成するポリマーにBZ機能を奏する金属錯体が導入されたものであることを特徴とする請求項2記載の細胞機能体。
【請求項4】
前記金属錯体が、ルテニウム錯体、セリウム錯体、マンガン錯体、鉄-フェナントロリン錯体のいずれか一つであることを特徴とする請求項3記載の細胞機能体。
【請求項5】
前記振動ゲル微粒子が、化学架橋されていることを特徴とする請求項1~4のいずれか一項記載の細胞機能体。
【請求項6】
前記液滴が、BZ反応基質を内包することを特徴とする請求項1~5のいずれか一項記載の細胞機能体。
【請求項7】
前記BZ反応基質として、硝酸(HNO3)及び臭素酸ナトリウム(NaBrO3)を含むことを特徴とする請求項6記載の細胞機能体。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項記載の細胞機能体が油中に分散してなる細胞機能体のエマルション。
【請求項9】
液滴の表面を膜状に包囲する配置に、BZ反応の機能を備える多数個のゲル微粒子が配列されてなる細胞機能体の製造方法であって、
前記ゲル微粒子としてBZ反応の機能を備える振動ゲル微粒子を作製する工程と、
前記ゲル微粒子の分散液と油とを攪拌する工程と、
を備えることを特徴とする細胞機能体の製造方法。
【請求項10】
前記振動ゲル微粒子を作製する工程において、
ゲルを構成するポリマーとBZ反応の機能を奏する金属錯体とを用いて水系沈殿重合法により振動ゲル微粒子を作製することを特徴とする請求項9記載の細胞機能体の製造方法。
【請求項11】
前記振動ゲル微粒子を作製する工程において、
前記振動ゲル微粒子間を化学架橋する架橋剤を導入することを特徴とする請求項9または10記載の細胞機能体の製造方法。
【請求項12】
前記振動ゲル微粒子を作製する工程において、
ゲル微粒子にBZ反応基質を導入することを特徴とする請求項9~11のいずれか一項記載の細胞機能体の製造方法。


発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は細胞と同様な機能を備える細胞機能体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体では心臓の拍動やバイオリズムといった周期的な現象がみられる。これらの周期的な現象には、生体を構成する細胞集団の振動現象が関わっていると考えられている。細胞集団における「周期」と「同期」の秩序形成は、細胞間コミュニケーションに由来する。細胞には、クオラムセンシングと呼ばれる情報伝達機構がある。クオラムセンシングとは、細胞が集団行動を起こす際に必要な細胞密度を感知し、ある特定の遺伝子発現を調節する現象のことである(非特許文献1)。細胞は周囲の細胞密度を感知するためにオートインデューサーというシグナル伝達物質を細胞体外に放出しており、このオートインデューサーを感知して細胞数がある一定値を超えたことを認識すると、一斉に集団行動を開始する。生物のこのような機能は自然発生的に生まれ、化学反応の幾重にも及ぶ絡み合いから複雑に構築されている。
【0003】
生物分野の研究では、細胞のような複雑系において、予測の裏付けを法則に則して理解することには限界がある。このため、細胞の機能を単純化したモデルを用いて細胞に関わる現象を解析する方法が考えられる。これまで、細胞に関わる現象に共通する普遍性を抽出するために、数学的観点から、シミュレーションによる論理的予測が行われている(非特許文献2)。しかしながら、物理化学的観点からの研究はあまり発展しておらず、その予測に則った細胞同期現象の人工物による再現は未だ達成されていない。
【0004】
なお、細胞の自律的な動作に類似した作用をなす粒子として、Belousov-Zhabotinsky(BZ)反応(非特許文献3)の周期的な酸化還元変化に同期して体積を変化させる振動ゲル微粒子が報告されている(非特許文献4、5)。この振動ゲル微粒子はpoly(N-isopropyl acrylamide) (pNIPAm)ゲル微粒子内にBZ反応の金属触媒であるルテニウムトリスビピリジン錯体(Ru(bpy)3)を共有結合したものである。ルテニウム錯体のかわりに鉄-ビピリジン錯体(Fe(bpy)3 )をBZ反応触媒として使用する自励振動ゲルについての報告もある(特許文献1)。
【先行技術文献】
【0005】

【特許文献1】特開2014-210260号公報
【0006】

【非特許文献1】M. B. Miller, B. L. Bassler, Annu. Rev. Microbiol. 2001, 55, 165-99.
【非特許文献2】J. Garcia-Ojalvo, M. Elowitz, S. Strogatz, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 2004, 101, 10955-10960.
【非特許文献3】A. N. Zaikin, A. M. Zhabotinsky, Nature 1970, 225, 535.
【非特許文献4】D. Suzuki, T. Sakai, R. Yoshida, Angew. Chem. Int. Ed. 2008, 47, 917-920.
【非特許文献5】D. Suzuki, R. Yoshida, J. Phys. Chem. B 2008, 112, 12618-12624.
【非特許文献6】R. H. Pelton, Chibante, Colloids Surf. 1986, 20, 247.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したように、生体の細胞は細胞同期現象といった特徴的な作用を有する。このような現象を解析する方法として、人工細胞といった人工物を用いることができれば、細胞同期現象等の生体細胞の機能を解析する上できわめて有効であり、医療分野等への活用も可能であると考えられる。
本発明は、細胞と同様な同期現象の機能を備え、生体細胞の機能の解析に利用することができる細胞機能体及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る細胞機能体は、液滴の表面を膜状に包囲する配置に、BZ(Belousov-
Zhabotinsky)反応の機能を備える多数個のゲル微粒子が配列されてなることを特徴とする。
前記ゲル微粒子としては、酸化還元反応にともなって体積変化する振動ゲル微粒子を使用することができ、振動ゲル微粒子としては、ゲルを構成するポリマーにBZ機能を奏する金属錯体が導入されたものが好適に使用できる。
また、振動ゲル微粒子を構成する金属錯体としては、ルテニウム錯体、セリウム錯体、マンガン錯体、鉄-フェナントロリン錯体のいずれか一つを用いることができる。
また、前記振動ゲル微粒子が、化学架橋されていることは、細胞機能体の構造を安定化させる点で好ましい。
また、前記液滴が、BZ反応基質を内包することにより、振動挙動を容易に観察することができる。前記BZ反応基質としては、硝酸(HNO3)及び臭素酸ナトリウム(NaBrO3)を含むものが好適に使用できる。
また、上記細胞機能体が油中に分散してなる細胞機能体のエマルションは、細胞機能体の作用を容易に観察、解析することが出来る点で有用である。
【0009】
また、本発明に係る細胞機能体の製造方法は、液滴の表面を膜状に包囲する配置に、BZ反応の機能を備える多数個のゲル微粒子が配列されてなる細胞機能体が油中に分散したエマルションの製造方法であって、前記ゲル微粒子としてBZ反応の機能を備える振動ゲル微粒子を作製する工程と、前記ゲル微粒子の分散液と油とを攪拌する工程と、を備えることを特徴とする。
また、前記振動ゲル微粒子を作製する工程において、ゲルを構成するポリマーとBZ反応の機能を奏する金属錯体とを用いて水系沈殿重合法により振動ゲル微粒子を作製する方法によれば、振動ゲル微粒子を容易に作製することができる。
また、前記振動ゲル微粒子を作製する工程において、前記振動ゲル微粒子間を化学架橋する架橋剤を導入することにより、安定な細胞機能体を確実に製造することができる。
また、前記振動ゲル微粒子を作製する工程において、ゲル微粒子にBZ反応基質を導入することにより、容易にBZ反応が開始する細胞機能体を製造することができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る細胞機能体は、生体細胞が示す振動挙動といった細胞に類似する機能を再現することができるものとして提供することができ、細胞の機能を物理化学的に解析する機能体として有効に利用することができる。また、本発明に係る細胞機能体の製造方法によれば、細胞機能体を容易にかつ確実に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】細胞機能体のモデル図である。
【図2】サンプル管内にゲル微粒子分散液を収納した状態(a)、油を加えた状態(b)、攪拌してエマルションを作製した状態(c)におけるンプル菅の外観写真である。
【図3】エマルションの蛍光顕微鏡像である。
【図4】グルタルアルデヒドを架橋剤として作製した細胞機能体の顕微鏡像(a)、ポリビニルピロリドンを架橋剤として作製した細胞機能体の顕微鏡像である。
【図5】サンプル(No.1)の細胞機能体の周期的な発光現象を示す蛍光顕微鏡像である。
【図6】サンプル(No.1)の発光強度を連続的に測定した結果を示すグラフである。
【図7】サンプル(No.2)が変形する様子を示す顕微鏡像である。
【図8】細胞機能体の体積変化と発光強度を連続して測定した結果を示すグラフである。
【図9】細胞機能体の振動挙動が伝播する様子を示す顕微鏡像である。
【図10】油中で分散している細胞機能体の顕微鏡槽(a)、細胞機能体の外側の液体を排除した状態の細胞機能体の顕微鏡像(b)である。
【図11】単体の細胞機能体の振動挙動を示す顕微鏡像である。
【図12】単体の細胞機能体の振動挙動を観測した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(振動ゲル微粒子の作製方法)
本発明に係る細胞機能体は、ゲル微粒子の分散液と油とを攪拌する方法を利用して作製することができる。
生体細胞と同様な同期現象を奏する細胞機能体を作製する実験として、酸化還元変化に同期して体積を変化させる振動ゲル微粒子を利用して細胞機能体を作製した。振動ゲル微粒子は、poly(N-isopropyl acrylamide) (pNIPAm)ゲル微粒子に金属錯体としてルテニウムトリスビピリジン錯体(Ru(bpy)3)を共有結合した公知のゲル微粒子である。

【0013】
振動ゲル微粒子は水系沈殿重合法(非特許文献6)を利用して下記の方法により合成した。
4つ口フラスコにNIPAm、BIS、Ru(bpy)3、APMA、NaCl、イオン交換水をそれぞれ入れ、あらかじめ72 °Cに設定しておいたオイルバスにフラスコをセットし、250 rpmで撹拌し、溶存酸素を取り除くため30分間N2バブリングを行った。
N2バブリングを行った後、バブリングからフローに切り替え、開始剤のV-50をイオン交換水で溶かしたものをフラスコに注入した。
4時間後にサンプル管に移し替えて回収し、氷水で急冷し重合を停止した。

【0014】
振動ゲル微粒子の精製は、ゲル微粒子の分散液を遠沈管に移し替え、415000 G、20.0 ℃でゲル微粒子が沈降するまで2回、遠心分離を行い、上澄み液をサンプル管に回収し、イオン交換水を加えて再分散を行った。
回収した上澄み液から、紫外可視分光光度計(UV-vis)の透過率測定を行い、Ru(bpy)3の導入率を算出した。
粒子分散液を透析膜に流し入れ、透析を行った。水替えは1日1回行い、伝導度を測定した。伝導度の値がほぼ変化しなくなったときに透析を終了した。
粒子濃度は乾燥重量法によって求めた。合成した振動ゲル微粒子を動的光散乱装置(DLS)により、粒子形成の確認と粒子径を評価した。

【0015】
実験で使用した試薬を以下に示す。
NIPAm:N-Isopropylacrylamide (WAKO, 特級, 98.0 %)
BIS:N,N’-Methyrenbis-(acrylamide) (WAKO, 特級, 97.0 %)
Ru(bpy)3:(4-vinyl-4’-methyl-2,2’-bipyridine)bis(2,2’-bipyridine)
ruthenium(II)bis(hexafluorophosphate)
APMA:N-(3-Aminopropyl)methacrylamide hydrochloride
NaCl:Sodium Chloride (WAKO, 特級, 99.5 %)
V-50:2,2’-Azobis(2-methylpropinamidine)Dihydrochloride ( WAKO, 一級, 95.0 %)

【0016】
表1に上記方法によって作成した振動ゲル微粒子の作成例を示す。
【表1】
JP2019001902A_000003t.gif
code1の振動ゲル微粒子のサンプルは、試薬としてAMPAを加えたものである。AMPAを加えた理由は、細胞機能体を作製する際に、グルタルアルデヒドを用いてゲル微粒子間を化学架橋するためである。code2の振動ゲル微粒子はAMPAを加えていない例である。この場合も、細胞機能体を作製する際に、たとえばポリビニルピロリドンのUV照射による化学架橋を利用してゲル微粒子間を架橋することができる。もちろん、ゲル微粒子(振動ゲル微粒子)を作製する工程は、細胞機能体を形成する後工程での化学架橋を前提とするものではなく、化学架橋を想定してあらかじめ処理することもできるし、化学架橋を想定せずに処理することもできる。
表1でDhは振動ゲル微粒子の径サイズである。code1の振動ゲル微粒子の大きさは450nm程度、code2の振動ゲル微粒子の大きさは170nm程度である。

【0017】
なお、上記工程では、水系沈殿重合法を利用して振動ゲル微粒子を作製したが、振動ゲル微粒子を作製する方法が水系沈殿重合法に限定されるものではない。また、BZ反応を奏する振動ゲル微粒子とするために、ゲル微粒子に金属錯体としてRu(bpy)3を導入したが、BZ機能を奏する金属錯体として、ルテニウム錯体の他に、セリウム錯体、マンガン錯体、鉄-フェナントロリン錯体等が知られている。ルテニウム錯体以外のこれらの金属錯体をゲル微粒子に導入して振動ゲル微粒子とすることももちろん可能である。また、ゲル微粒子は、重合法に見合った特性を有するモノマーであれば、NIPAm、BIS以外のアクリルアミド誘導体モノマーでも作製可能である。

【0018】
(細胞機能体の作製方法)
細胞機能体は、ゲル微粒子の分散液と油とを攪拌する方法を利用して作製することができる。ゲル微粒子の分散液と油とを攪拌すると、ゲル微粒子が界面活性剤のように作用して水油界面にゲル微粒子が吸着し、油中に分散した水滴を安定化させるW/Oピッカリングエマルションが構築される。ピッカリングエマルションに含まれるそれぞれの粒子体は、水滴の表面にゲル微粒子が配列し、多数個のゲル微粒子によって膜状に水滴全体が包囲された形態となる。本明細書ではこの粒子体を「細胞機能体」と称する。

【0019】
細胞機能体と称する理由は、水滴を包囲するゲル微粒子を細胞膜とみなすと、ゲル微粒子で水滴を包囲した形態が最も単純化した細胞の形態に類似する構成となること、細胞機能体が細胞同期現象といった生体細胞に特徴的な作用をなすことが実験的に確かめられたことにある。
図1に、本発明に係る細胞機能体の構成を示す。細胞機能体は水滴を多数個のゲル微粒子で包囲した形態となるものである。図1では説明上、細胞機能体の内部を中空構造とし、ゲル微粒子を球形のシェル構造として表現している。

【0020】
実験で実際に作製した細胞機能体は、それぞれのゲル微粒子を前述した振動ゲル微粒子として形成したものである。振動ゲル微粒子はポリマー(NIPAm)と架橋剤(BIS)を内包してゲル化され、BZ反応をなす金属錯体としてルテニウム錯体を導入したものである。BZ反応の機能を備える振動ゲル微粒子は、前述したように、ルテニウム錯体を導入したものに限られるものではない。

【0021】
図2はゲル微粒子の分散液と油とを攪拌して細胞機能体(エマルション)を作製した実験例を示す。
図2(a)は、サンプル管内の水層にゲル微粒子分散液、架橋剤、BZ反応基質(HNO3, NaBrO3)を添加した状態、図2(b)はさらに油として1-オクタノールを加えた状態を示す。図2(c)は、ゲル微粒子の分散液と油とをマグネチックスターラーで攪拌した状態である。攪拌操作により、W/Oピッカリングエマルションが得られた。なお、この実験ではゲル微粒子間を架橋する目的と、BZ反応を開始させるBZ反応基質をゲル微粒子に内包させるため、架橋剤とBZ反応基質を水層に加えてW/Oピッカリングエマルションを作製したが、架橋剤、BZ反応基質を使わずにW/Oピッカリングエマルション(細胞機能体)を作製することももちろん可能である。

【0022】
図3は得られたピッカリングエマルションを、蛍光顕微鏡で観測した顕微鏡像である。図中で球形に見える部位がそれぞれ細胞機能体、黒く見える部位が油である。振動ゲル微粒子で包囲された水滴が油中で分散している。細胞機能体の水滴の表面を被覆する振動ゲル微粒子が薄い膜状に見えている。
図3から、細胞機能体のサイズは1~100μm程度である。このサイズは生体細胞のサイズに相当する。

【0023】
細胞機能体は水と油の界面に多数個のゲル微粒子が配列されて構成されるものであり、水滴の表面に単にゲル微粒子を配列させただけでは細胞機能体の構造が不安定になる可能性がある。細胞機能体の構造を安定化させる方法として、水滴を包囲するゲル微粒子を相互に化学的に架橋する方法が考えられる。
実験では、ゲル微粒子間を化学架橋する方法として、低分子であるグルタルアルデヒドを用いる方法と、高分子であるポリビニルピロリドンを用いる方法を利用した。

【0024】
図4(a)は、グルタルアルデヒドを架橋剤として得られた細胞機能体(サンプル:No.1)の顕微鏡像、図4(b)、(c)は、ポリビニルピロリドンを架橋剤として得られた細胞機能体(サンプル:No.2、No.3)の顕微鏡像である。

【0025】
図4(a)に示すサンプル(No.1)は、前述した方法によって作製した振動ゲル微粒子の水分散液 70μL、50 wt%グルタルアルデヒド水溶液 1130 μL、1-オクタノール 2100 μLをサンプル管に入れ、マグネチックスターラーを用いて1700 rpmで30 秒間撹拌を行ってピッカリングエマルションを作製した後、室温で1週間静置したものである。静置操作により、振動ゲル微粒子のアミノ基とグルタルアルデヒドのアルデヒド基がイミン結合され、ゲル微粒子間が化学架橋された細胞機能体が得られる。
図4(a)で、球体状に見えている一つ一つが、細胞機能体である。細胞機能体が相互に隣接して分散している様子が分かる。

【0026】
図4(b)に示すサンプル(No.2)と、図4(c)に示すサンプル(No.3)は、ポリビニルピロリドンを用いてゲル微粒子を架橋して細胞機能体を作製したものである。
前述した振動ゲル微粒子の水分散液1200 μLとポリビニルピロリドンをサンプル管に入れ、マグネチックスターラーを用いて500 rpmで24時間撹拌を行い、ゲル微粒子表面にポリビニルピロリドンを水素結合で吸着させ、次いで、1-オクタノール 2100 μLを加え、マグネチックスターラーを用いて1700 rpmで30 秒間撹拌を行い、ピッカリングエマルションを作製し、UV照射を30分間行うことで、ポリビニルピロリドン間を化学結合させ、ゲル微粒子間を架橋した細胞機能体を得た。
図4(b)はポリビニルピロリドンの濃度を0.5wt%としたもの、図4(c)はポリビニルピロリドンの濃度を0.01 wt%としたものである。
なお、サンプル(No.1)、(No.2)、(No.3)ともに、ピッカリングエマルションを作製する際に、BZ反応基質(硝酸、臭素酸ナトリウム)を内包させて作製した。

【0027】
図4(b)では、大円の内部に小円形状のものが複数個包囲された形態が見える。大円の部位が細胞機能体の細胞壁に相当するゲル微粒子が膜状に水滴を包囲している部位に相当し、内部に見えている小円は、細胞機能体の内部に取り込まれた油滴(泡)である。
図4(c)では、球状の細胞機能体が見えている。この例では、細胞機能体の内部に図4(b)で見られた小円状のものは見えていない。

【0028】
<振動挙動の観察:発光強度の変化>
上述した方法によって作製した細胞機能体の振動挙動について観察した。細胞機能体の振動挙動の観察は、ガラス基板上に細胞機能体を含む液滴を垂らし、マロン酸を添加してBZ反応を開始させる方法で行った。
BZ反応は3種のBZ反応基質(硝酸、臭素酸ナトリウム、マロン酸)を混合させると開始する。本実験では、3種のBZ反応基質のうち、硝酸(HNO3)と臭素酸ナトリウム(NaBrO3)とを細胞機能体にあらかじめ内包しておき、振動挙動を観察する際にマロン酸(MA)を加えてBZ反応を開始させて観測した。BZ反基質濃度は、最終的に、300 mM硝酸、150 mM臭素酸ナトリウム、100 mMマロン酸となるように設定した。
振動挙動の観察には光学・蛍光顕微鏡を使用し、顕微鏡備え付けのデジタルCCDカメラにより振動挙動の映像を記録し、画像解析ソフトを使用して振動挙動の時空間解析を行った。

【0029】
図5、6に、サンプル(No.1)の細胞機能体について周期的な発光現象に基づいて振動挙動を観測した結果を示す。
図5は蛍光顕微鏡を用いて、ガラス基板上に滴下した細胞機能体の挙動を観察した結果を示す顕微鏡像である。図5(a)、(b)、(c)は、それぞれBZ反応を開始させてから5.5秒後、7.6秒後、9.6秒後の蛍光顕微鏡像である。図5(a)、(b)、(c)で球形に見えているものが、細胞機能体である。図5(a)は細胞機能体の発光強度が強くなった状態、図5(b)は発光が弱くなった状態、図5(c)は発光強度が再び強くなった状態である。

【0030】
図6はBZ反応を開始させてからの発光強度を連続的に測定した結果をグラフに示したものである。サンプルからの発光強度が約5秒ごとに強くなったり、弱くなったりしている。この発光強度が周期的に変化する作用は、発光バクテリアが周期的に発光する作用に類似する現象である。この発光現象で特徴的な点は、細胞機能体が全体として同期して発光している点である。すなわち、それぞれの細胞機能体が同期して発光することで、細胞機能体の全体の発光強度が周期的に変化している。この発光現象は細胞機能体の振動現象を再現したものと考えられる。

【0031】
<振動挙動の観察:体積変化と発光強度の変化>
サンプル(No.1)の細胞機能体について振動挙動を観測した方法と同様に、サンプル(No.2)の細胞機能体について振動挙動を観察した。サンプル(No.2)についての振動挙動の観察もサンプル(No.1)と同様に、ガラス基板上に細胞機能体を含む液滴を垂らし、マロン酸を添加してBZ反応を開始させる方法で行った。

【0032】
図7はサンプル(No.2)についてBZ反応を開始させた直後(0秒後)、1.5秒後、3.1秒後の顕微鏡像である。図7(A)は低倍率での顕微鏡像で、視野に複数の細胞機能体が見えているもの、図7(B)は高倍率の顕微鏡像で、特定の一つの細胞機能体の挙動を見たものである。図7(B)で、0秒後のものa)は細胞機能体が膨らんだ状態、1.5秒後b)は細胞機能体が収縮した状態、3.1秒後c)は再び膨らんだ状態になったことを示す。

【0033】
図8は、細胞機能体の体積変化(変形量)と、細胞機能体からの発光強度を連続して測定した結果を示すグラフである。左側の縦軸が体積変化、右側の縦軸が発光強度を示す。ともに時間軸(横軸)は共通である。
細胞機能体の体積変化について見ると、約20秒間隔で周期的に体積が小さくなり、体積の膨張と収縮が周期的に生じる現象が見られる。また、細胞機能体の発光強度を見ると、発光強度も約20秒間隔で周期的に強弱しており、かつ、細胞機能体の体積が小さくなる(収縮する)タイミングと同期して発光強度が強くなっていることが分かる。

【0034】
前述した振動ゲル微粒子では、BZ反応にともなってゲル微粒子が周期的に変形する(膨張・収縮)ことが知られている。図8に示した実験結果は、細胞機能体を構成している振動ゲル微粒子の変形(膨潤・収縮)と同期して細胞機能体が全体として膨潤・収縮する作用をなしていることを示す。
生体細胞は集団として同期して振動挙動をなすことが知られている。本実施形態の細胞機能体によれば、このような生体細胞の集団が振動挙動をなす作用を再現することが可能であると考えられる。

【0035】
<振動挙動の観察:微視的領域における観察>
図9は、前述したサンプル(No.2)と同一条件で作製した細胞機能体を含む分散液について振動挙動を観察した結果を示す。前述した観察例では、分散液中に分散している細胞機能体が同期して振動現象を示していた。図9に示す観察例は、顕微鏡の視野内で細胞機能体の振動(膨潤/収縮)作用が伝播する様子を示すものと考えられるものである。
図9(a)は顕微鏡の視野内の左側の領域で細胞機能体が膨潤/収縮する作用が生じはじめた状態、図9(b)は視野内の左側から右側の領域で細胞機能体が膨潤/収縮する作用が生じた状態、図9(c)はさらに右側の領域で細胞機能体が膨潤/収縮する作用が生じた状態を示す。これらの図9(a)、(b)、(c)に示した顕微鏡像は、顕微鏡の視野内で細胞機能体が膨潤/収縮する挙動が、時間経過とともに左側から右側に伝播する様子を示していると考えられる。

【0036】
BZ反応による振動挙動は、人が空間パターンとして視覚的に認識できる巨視的な現象である。もちろん顕微鏡を用いて振動挙動を観察することは可能であるが、細胞等の振動挙動は顕微鏡を使用することなく認識することができる。
上記の実験結果は、この振動挙動が微視的視点(一つ一つの細胞機能体を識別することができる視点)では伝播する作用であること、すなわち振動挙動は微視的な視点では同期作用ではなく伝搬する作用であることを示すものと考えられる。
この結果は、巨視的な現象として人が認識することができる細胞の振動挙動が、微視的な視点では振動挙動が伝播することによって生じていることを示したものであり、細胞機能体を創製してはじめて見出されたものである。この実験は、細胞機能体を細胞機能の解析、研究に利用する一例を示すものということができる。

【0037】
<細胞機能体単体の挙動の観察>
ゲル微粒子は水溶媒で膨潤する特性を有することから、BZ反応基質は細胞機能体間を拡散することができると考えられる。細胞機能体の挙動を観察した前述した実験では、細胞機能体の内部だけではなく、細胞機能体の外部へもBZ反応基質が移動したことが推定される。
そこで、細胞機能体の外側に液体(油)が存在しない状態、すなわち細胞機能体が液体
油)中で分散した状態から、細胞機能体の外側から液体を排除した単体の細胞機能体を調製し、細胞機能体単独の機能について観察した。水と1-オクタノールの共溶媒であるエタノールを細胞機能体を含むエマルションに加えることで、エマルションの全体を水・1-オクタノール・エタノールの均一に溶けた混合液とした。1-オクタノールは不揮発性で蒸発し難いが、この操作により液滴観察の際、細胞機能体の外側の液体を乾燥により排除することができ、その状態で単体の細胞機能体を観察した。

【0038】
単体の細胞機能体の挙動の観察も、前述した振動挙動を観察したときと同様に、細胞機能体を含む液滴をガラス基板上に垂らし、液滴の上からマロン酸を添加してBZ反応を開始させる方法で行った。
図10(a)は単体の細胞機能体の振動挙動を確認開始した当初の状態であり、図10(b)は細胞機能体を乾燥させたときの状態(挙動)である。図10(b)は、細胞機能体の外側から液体を排除して単体の細胞機能体の単体としたことにより、細胞機能体が複数個に分裂したことを示す。分裂後の細胞機能体の振動は約40分間続いた。

【0039】
図11(a)はBZ反応を開始させた直後(0秒後)の顕微鏡像、図11(b)は0.93秒後、図11(c)は3.33秒後の状態である。0秒後は細胞機能体が膨潤した状態、0.93秒後は収縮した状態、3.33秒後は再び膨潤した状態である。
図12はBZ反応が開始した後の細胞機能体の大きさを観測した結果をグラフに示したものである。このグラフの解析結果から、細胞機能体の振動挙動の周期は約2秒であることが分かった。
細胞は内部に生化学反応を起こす器官を有している。外界と隔ててBZ反応基質を内包した細胞機能体を創製して振動挙動を観察したこの実験結果は、細胞に特徴的な作用を模倣できたものと考えられる。

【0040】
表2は、上記各実験例で作製した細胞機能体と実際の生体細胞との特性、サイズ等を対比して示したものである。
【表2】
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表2から、上述した実験で作製した細胞機能体は、実際の生体細胞と比較して、反応回路、構造、サイズ、発光特性、動作等のそれぞれについて、密接な類似点を備えることが分かる。また、本発明に係る細胞機能体は、細胞機能体を構成するゲル微粒子の設計を工夫することにより、実際の細胞と同等の柔らかさに調整したり、細胞に類似した機能を備えるものとしたりすることが可能であり、細胞機能を再現するいわゆる人工細胞として利用する途を開くことが可能であると考えられる。


図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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