明細書 :γ-アミノ酪酸富化麹及び高塩分食品の製造方法
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
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公報種別 | 特許公報(B2) |
特許番号 | 特許第4657568号 (P4657568) |
公開番号 | 特開2004-147560 (P2004-147560A) |
登録日 | 平成23年1月7日(2011.1.7) |
発行日 | 平成23年3月23日(2011.3.23) |
公開日 | 平成16年5月27日(2004.5.27) |
発明の名称または考案の名称 | γ-アミノ酪酸富化麹及び高塩分食品の製造方法 |
国際特許分類 | C12N 1/14 (2006.01) A23L 1/305 (2006.01) |
FI | C12N 1/14 101 A23L 1/305 |
請求項の数または発明の数 | 6 |
全頁数 | 7 |
出願番号 | 特願2002-316315 (P2002-316315) |
出願日 | 平成14年10月30日(2002.10.30) |
審査請求日 | 平成17年10月25日(2005.10.25) |
特許権者または実用新案権者 | 【識別番号】591100563 【氏名又は名称】栃木県 【識別番号】593169212 【氏名又は名称】株式会社カザミ |
発明者または考案者 | 【氏名】菊地 恭二 【氏名】小池 静司 【氏名】桐原 広成 【氏名】風見 大司 【氏名】小倉 長雄 【氏名】土屋 俊子 【氏名】橋爪 智美 |
個別代理人の代理人 | 【識別番号】100092901、【弁理士】、【氏名又は名称】岩橋 祐司 |
審査官 | 【審査官】水落 登希子 |
参考文献・文献 | 特開平10-165191(JP,A) 特開2001-054390(JP,A) 特開2000-279108(JP,A) 特開平11-103825(JP,A) 鹿児島県工業技術センター研究報告,2001年,第14号,p.31-34 |
調査した分野 | C12N 1/00-7/08 A23L 1/305 JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamII) BIOSIS/MEDLINE/WPIDS(STN) |
特許請求の範囲 | 【請求項1】 下記(A)~(B)工程を含むγ-アミノ酪酸富化麹の製造方法。 (A) 麹原料に、0.1~5.0質量%グルタミン酸を含む溶液を浸漬させ、加熱する工程。 (B) (A)工程後、麹菌を添加し、製麹する工程。 【請求項2】 請求項1に記載の製造方法において、グルタミン酸を含む溶液にピリドキサールリン酸を添加することを特徴とするγ-アミノ酪酸富化麹の製造方法。 【請求項3】 請求項1又は2に記載の製造方法において、グルタミン酸を含む溶液が、グルタミン酸ナトリウム水溶液であることを特徴とするγ-アミノ酪酸富化麹の製造方法。 【請求項4】 請求項2~3のいずれかに記載の製造方法において、ピリドキサールリン酸の濃度が、グルタミン酸を含む溶液中の0.01~0.5質量%であることを特徴とするγ-アミノ酪酸富化麹の製造方法。 【請求項5】 請求項1~4に記載の製造方法において、麹原料が、米、麦、大豆から選択される1種又は2種以上であることを特徴とするγ-アミノ酪酸富化麹の製造方法。 【請求項6】 下記(A)~(C)工程を含むγ-アミノ酪酸富化高塩分濃度食品の製造方法。 (A) 麹原料に、0.1~5.0質量%グルタミン酸を含む溶液を浸漬させ、加熱する工程。 (B) (A)工程後、麹菌を添加し、製麹する工程。 (C) (B)工程後、塩分濃度5質量%以上とし、醸造する工程。 |
発明の詳細な説明 | 【0001】 【発明の属する技術分野】 本発明はγ-アミノ酪酸富化麹及び高塩分濃度食品の製造方法、特にγ-アミノ酪酸の含有量と作業工程の改良に関する。 【0002】 【従来の技術】 γ-アミノ酪酸(GABA;γ-Amino butyric Acid)は、非タンパク性アミノ酸であり、グルタミン酸脱炭酸酵素の作用により、グルタミン酸が脱炭酸されることにより生成される。GABAは、哺乳類の中枢神経系における主要な抑制伝達物質であるだけでなく、血圧降下作用、精神安定作用、腎機能活性化作用、肝機能改善作用、肥満防止作用、アルコール代謝促進作用、脳卒中後遺症の改善作用、消臭効果等、多くの生理作用が認められている物質である。 【0003】 従来食品の中にはGABAを含む食材の存在も知られており、その例は次の如くである。 ▲1▼ 精米した米粒を蒸した後、その表面に紅麹胞子を付着させ、約30℃で発芽させ、7日間程度培養させることにより、米内に存在する多少のグルタミン酸を利用し、菌体内にGABAが蓄積される。 ▲2▼ 茶葉を室温で密閉した容器に封入し、窒素ガスを送り込むと、窒素ガスの刺激を受けて、茶葉内に存したグルタミン酸がGABAに変換される。 ▲3▼ 胚芽米から胚芽を分離し、その胚芽を水に約20~40℃で2~12時間浸漬すると、発芽の予備段階として、米内のグルタミン酸がGABAに変換される。 【0004】 しかし、▲1▼~▲3▼の例は、生体の代謝反応の関連で起こる反応であるから、該生体が要求する一定量以上にはGABAが生成されない性格を有するため、GABA富化食品と言うには、その含有量が少ないものであった。 【0005】 一方、味噌及び醤油等は麹菌を利用し、以下のようにして製造される。 味噌は、水浸・蒸煮した米、麦、又は大豆に麹菌を加え、麹を作り、蒸煮した大豆に該麹と食塩を混ぜ、醸造し製造される。 醤油は、水浸・蒸煮した脱脂大豆と焙炒・割砕した小麦に麹菌を加え醤油麹を作り、これに食塩水を加え醸造し、圧搾して製造される。 【0006】 上記製造においては、醸造過程で米、麦、又は大豆中のグルタミン酸が、麹菌に存在するグルタミン酸デカルボキシラーゼ(GAD)により、GABAに変換される可能性が考えられる。しかし醸造過程では、微生物汚染を防ぐために、上述のように多量の食塩を加えるため、GADの働きが強く阻害され、食塩添加後はGABAへの変換反応は殆ど起こらないのが現実である。 【0007】 そこで、麹菌を利用してGABAを生成する技術としては、麹菌を培養してできた麹にグルタミン酸を含む溶液を添加することにより、グルタミン酸をGABAに変換させるという技術(特開平10-165191号)、及び大豆等のグルタミン酸を多く含有する食品素材に麹を作用させ、食品素材中のグルタミン酸をGABAに変換させるという技術(特許第3166077号)が開発されている。 【0008】 【発明が解決しようとする課題】 しかしながら、両者とも製麹後、グルタミン酸又はグルタミン酸を多く含有する食品素材を添加し、GABAを富化させる方法であり、二段階の工程が必要なため、作業が煩雑になるという欠点があった。 本発明は、このような従来技術の課題に鑑みなされたものであり、その目的は、γ-アミノ酪酸の含有量が多く、作業が簡単なγ-アミノ酪酸富化麹及び高塩分濃度食品の製造方法を提供することにある。 【0009】 【課題を解決するための手段】 本発明者等は、前記目的を達成するために鋭意研究を行った結果、麹原料を浸漬させる水を、グルタミン酸を含む溶液に変えることにより、製麹と同時に多量のGABAが生成できることを見出し、本発明を完成するに至った。 【0010】 すなわち本発明にかかる第一の主題は、下記(A)~(B)工程を含むγ-アミノ酪酸富化麹の製造方法である。 (A) 麹原料に、グルタミン酸を含む溶液を浸漬させ、加熱する工程。 (B) (A)工程後、麹菌を添加し、製麹する工程。 【0011】 前記製造方法において、グルタミン酸を含む溶液にピリドキサールリン酸を添加することが好適である。 前記製造方法において、グルタミン酸を含む溶液がグルタミン酸ナトリウム水溶液であることが好適である。 【0012】 前記製造方法において、グルタミン酸の濃度が、グルタミン酸を含む溶液中の0.1~5.0質量%であることが好適である。 前記製造方法において、ピリドキサールリン酸の濃度が、グルタミン酸を含む溶液中の0.01~0.5質量%であることが好適である。 前記製造方法において、麹原料が、米、麦、大豆から選択される1種又は2種以上であることが好適である。 【0013】 本発明にかかる第二の主題は、下記(A)~(C)工程を含むγ-アミノ酪酸富化高塩分濃度食品の製造方法である。 (A) 麹原料に、グルタミン酸を含む溶液を浸漬させ、加熱する工程。 (B) (A)工程後、麹菌を添加し、製麹する工程。 (C) (B)工程後、塩分濃度5質量%以上とし、醸造する工程。 【0014】 【発明の実施の形態】 以下、本発明の実施の形態について説明する。 本発明にかかるGABA富化麹の製造方法は以下の通りである。 (A)工程 麹原料に、グルタミン酸を含む溶液を浸漬させ、加熱する。 【0015】 本発明において麹原料は、米(精白米、胚芽米、玄米等を含む)、糠、胚芽、ふすま、麦(大麦、小麦を含む)、大豆等のいずれであってもよい。本発明では特に米、麦、及び大豆を使用することが好ましい。 【0016】 上記原料に浸漬させるグルタミン酸を含む溶液とは、特に限定されないが、好ましくはグルタミン酸ナトリウム水溶液である。このようにグルタミン酸は塩の形態であってもよい。さらにグルタミン酸を含む溶液は、昆布エキス、酵母エキス、タンパク質加水分解物溶液等であってもよい。 【0017】 グルタミン酸を含む溶液を浸漬させることにより、次の(B)工程で添加する麹菌に存在するGADがグルタミン酸を脱炭酸し、GABAを生成することができる。 また、通常通り水に浸漬させた場合であっても、加熱前にグルタミン酸を含む溶液に短時間浸漬させる、あるいはグルタミン酸を含む溶液を噴霧することでも、同様の効果が期待できる。 【0018】 グルタミン酸を含む溶液中のグルタミン酸の含有量は0.1~5.0質量%であることが好ましい。0.1質量%未満であると、本発明の効果が十分発揮されないことがある。また、5.0質量%を超えて含有させても、それ以上の効果は望めない。 【0019】 浸漬時間は原料によって異なるが、米の場合30分~8時間程度が好ましい。 浸漬後加熱する。加熱方法は特に制限されないが、一般的には蒸煮される。蒸煮の場合、浸漬後水切りすることが好ましい。蒸煮時間は従来どおりであり特に制限されないが、1~2時間程度が好ましい。 【0020】 さらに、グルタミン酸を含む溶液にピリドキサールリン酸を添加することが好ましい。ピリドキサールリン酸はGADの補酵素であるため、次の(B)工程で添加する麹菌に存在するGADの働きを促進し、より多くのGABAを生成することができる。 【0021】 グルタミン酸を含む溶液中のピリドキサールリン酸の含有量は0.01~0.5質量%であることが好ましい。0.01質量%未満であると、補酵素の働きが十分発揮されないことがある。また、0.5質量%を超えて含有させても、それ以上の効果は望めない。 【0022】 また、ピリドキサールリン酸の代替として、ビタミンB6を多く含む米糠エキスを用いても、同様の効果が期待できる。なお、ビタミンB6とはピリドキサール、ピリドキシン、ピリドキサミンの3種類の化合物を含むものである。 【0023】 (B)工程 (A)工程後、麹菌を添加し、製麹する。 本発明で麹菌とは、Aspergillus(アスペルギルス)属、Penicillium(ペニシリウム)属、Mucor(ムコール)属、Rhizopus(リゾープス)属、Monascus(モナスカス)属、Absidia(アプシディア)属に属する微生物で、グルタミン酸デカルボキシラーゼ(GAD)を持ち、食して害のない菌をいう。 【0024】 該麹菌は、接種する相手によって、米麹、麦麹、大豆麹等となる。該麹菌の持つ、グルタミン酸をGABAに変換する機能は、麹菌に存在するGADによるものであり、該GADは基質特異的に脱炭酸を含む下記反応を起こす。 COOH-CH2-CH2-CH(NH2)-COOH(グルタミン酸) → COOH-CH2-CH2-NH2(GABA) + CO2 【0025】 上記加熱処理した麹原料を35℃程度まで冷まし、麹菌を添加し、均一に混ぜ製麹する。製麹中は、時々攪拌を行うなどして、基質としてのグルタミン酸と、酵素としてのGAD及び/又は補酵素としてのピリドキサールリン酸とが互いに移動自在で、接触機会を増し、酵素反応が活発に行われる状態を維持することが好ましい。また、麹菌は好気性菌であるから、圧搾空気を吹き込むなどして、常に新鮮な空気を補給する通風管理をすることが好ましい。 【0026】 製麹温度は、従来と同様であり特に制限されないが、温度20~40℃、特に25~35℃が好適である。20℃未満では麹菌の繁殖能力が低下することがあり、40℃を超えると麹菌が死滅することがある。 製麹時間は、従来と同様であり特に制限されないが、3時間~3日であることが好ましい。 【0027】 本発明の製造方法では、製麹中にGABAを富化することができるため、作業が簡単であり、製造に掛かる時間も通常の製麹と変わりがない。 さらに本発明のGABA富化麹は、乾燥粉末化、又は液体化することにより、各種食品に用いることのできるGABA強化用の食添剤とすることができる。また、顆粒状にしたり、他の素材と組み合わせて飲料化することにより、GABAを手軽に摂取できる健康増進食品とすることができる。このような処理を行っても、生成したGABA量は減少しない。 【0028】 【実施例】 次に、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明の技術範囲はこれら実施例により限定されるものではない。なお、配合量はすべて質量%である。 グルタミン酸ナトリウム濃度とGABA生成量との関係 初めに、グルタミン酸ナトリウム濃度とGABA生成量との関係を調べた。なお、グルタミン酸ナトリウム濃度は浸漬用水溶液中の濃度(質量%)、GABA生成量は麹100g中の生成量(mg)である。 【0029】 製麹 (A) 精白米1kgを下記表1の濃度のグルタミン酸ナトリウム水溶液、又は水1Lに一晩浸漬後、水切りして1時間蒸煮する。 (B) 35℃まで冷まし、種麹(ヒグチモヤシBF1号TM)0.3gを均一に散布し、もみ込む。これを温度35℃、湿度90%以上の条件で製麹する。途中手入れし、48時間で出麹とする。これを20℃まで冷ました。 【0030】 【表1】 試験例 1 2 3 4 5 6 グルタミン酸ナトリウムの濃度(質量%) 0 0.1 0.5 1.0 2.0 5.0 GABA生成量(mg) 161 226 391 496 533 518 【0031】 試験例1では精白米に含まれるグルタミン酸のみしか利用できず、GABA生成量が十分でない。しかし、グルタミン酸ナトリウムを添加することにより、濃度依存的にGABA生成量が増加することが確認された。特にグルタミン酸ナトリウム濃度2.0質量%においては、グルタミン酸ナトリウム無添加のものに比べて、3.3倍ものGABAが生成した。また濃度5.0質量%においての生成量は、濃度2.0質量%においての生成量に比べて増加していないことから、これ以上グルタミン酸ナトリウム濃度を高くしても、効果は上がらないことがわかった。 以上より、麹原料にグルタミン酸を含む溶液を浸漬させることにより、GABA生成量が増加し、グルタミン酸の好ましい濃度は0.1~5.0質量%であることが確認された。 【0032】 ピリドキサールリン酸濃度とGABA生成量との関係 次に、GADの補酵素であるピリドキサールリン酸濃度とGABA生成量との関係を調べた。なお、ピリドキサールリン酸濃度は米浸漬用水溶液中の濃度(質量%)、GABA生成量は麹100g中の生成量(mg)である。 ピリドキサールリン酸を1.0質量%グルタミン酸ナトリウム水溶液中、下記表2の濃度で添加し、上記(A)、(B)に準じて製麹した。 【0033】 【表2】 試験例 7 8 9 10 11 12 ピリドキサールリン酸の濃度(質量%) 0 0.01 0.05 0.1 0.2 0.5 GABA生成量(mg) 496 551 843 868 883 893 【0034】 表2より、ピリドキサールリン酸を添加することにより、濃度依存的にGABAの生成量が増加することが確認された。特にピリドキサールリン酸濃度0.5質量%においては、ピリドキサールリン酸無添加のものに比べて、1.8倍ものGABAが生成した。また濃度0.5質量%までは生成量の増加が確認されたものの、これ以上濃度を高くしても、効果は大きく上がらないことがわかった。 以上より、ピリドキサールリン酸を添加することにより、GADの働きが促進され、さらにGABA生成量が増加し、ピリドキサールリン酸の好ましい添加量は0.01~0.5質量%であることが確認された。 【0035】 実施例1 味噌 水煮した大豆1kgに、試験例1又は4の麹500gと、種水130mL、食塩220gをよく混合し、常温で1ヶ月醗酵させ、2種類の味噌を醸造した。 試験例1の米麹を使用した味噌▲1▼は、100g当たりのGABA含有量が48mgであったのに対し、試験例4の米麹を使用した味噌▲4▼は、100g当たりのGABA含有量が152mgであった。 【0036】 論文によると、米紅麹由来のGABAを1日10mg、又はパン酵母由来のGABAを1日20mg長期摂取すると、血圧安定効果があるとの報告がある。味噌汁一杯当たりに使用する味噌量は約10gであることを考慮すると、味噌▲1▼を使用した場合、味噌汁一杯当たり4.8mgしかGABAを摂取できないのに対し、味噌▲4▼を使用した場合、味噌汁一杯当たり15mg摂取することができる。 つまり、味噌▲4▼であれば、一日に味噌汁を1杯飲むだけで、血圧安定効果が得られる。 【0037】 このように麹の段階でGABAを生成できれば、様々な用途に適用することができる。また、生成されたGABAは高塩分濃度条件等で使用しても、減少しない。 【0038】 【発明の効果】 以上説明したように、本発明によれば、麹原料を浸漬させる水を、グルタミン酸を含む溶液に変えることにより、γ-アミノ酪酸の含有量が多く、作業が簡単なγ-アミノ酪酸富化麹及び高塩分濃度食品の製造方法を得ることができる。 |