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熱量計および熱量計の設計方法
> 明細書
明細書 :熱量計および熱量計の設計方法
発行国
日本国特許庁(JP)
公報種別
特許公報(B2)
特許番号
特許第6131406号 (P6131406)
登録日
平成29年4月28日(2017.4.28)
発行日
平成29年5月31日(2017.5.31)
発明の名称または考案の名称
熱量計および熱量計の設計方法
国際特許分類
H01L 35/32 (2006.01)
G01N 25/20 (2006.01)
FI
H01L 35/32 A
G01N 25/20 C
G01N 25/20 J
請求項の数または発明の数
11
全頁数
28
出願番号
特願2014-529544 (P2014-529544)
出願日
平成25年8月7日(2013.8.7)
国際出願番号
PCT/JP2013/071437
国際公開番号
WO2014/024945
国際公開日
平成26年2月13日(2014.2.13)
優先権出願番号
2012174754
優先日
平成24年8月7日(2012.8.7)
優先権主張国
日本国(JP)
審査請求日
平成28年6月14日(2016.6.14)
特許権者または実用新案権者
【識別番号】504255685
【氏名又は名称】国立大学法人京都工芸繊維大学
発明者または考案者
【氏名】八尾 晴彦
個別代理人の代理人
【識別番号】100137486、【弁理士】、【氏名又は名称】大西 雅直
審査官
【審査官】安田 雅彦
参考文献・文献
特開2004-020509(JP,A)
特開昭64-010135(JP,A)
特開2006-308335(JP,A)
特開平10-125963(JP,A)
特開平08-097472(JP,A)
特開平05-223764(JP,A)
特開2012-038980(JP,A)
調査した分野
H01L 35/00-34
G01N 25/18-32
G01K 17/00-20
特許請求の範囲
【請求項1】
温度制御された熱浴に熱電モジュールを介して熱の出入りが行われるように試料を設け、前記熱電モジュールの所定位置で該試料に吸発熱時に流れる熱流に応じた電圧を取り出す熱量計であって、
前記熱電モジュールを、一対のP型熱電素子とN型熱電素子を基板間で交互にπ型となるように構成した熱電素子をn対接続して構成し、前記試料の熱の出入りによって熱電モジュールに生じる、当該熱電モジュールの電気抵抗に基づく雑音を含んだ熱起電力を取り出し、導線で接続された超低雑音増幅器で増幅するように構成して、
前記熱電モジュールを構成する前記熱電素子のL/A比(L:長さ、A:断面積)および当該熱電素子の対数nを、当該L/A比が6mm
-1
以上、対数nが4以上の範囲でかつ、L/A比と対数nに依存する熱電モジュールを構成する基板間の熱コンダクタンスK
M
と、熱浴と熱電モジュールの相関に依存する伝導、対流、熱放射による熱コンダクタンスK
A
とがK
M
≧K
A
となるように設定したことを特徴とする熱量計。
【請求項2】
温度制御された熱浴に熱電モジュールを介して熱の出入りが行われるように試料を設け、前記熱電モジュールの所定位置で該試料に吸発熱時に流れる熱流に応じた電圧を取り出す熱量計であって、
前記熱電モジュールを、一対のP型熱電素子とN型熱電素子を基板間で交互にπ型となるように構成した熱電素子をn対接続して構成し、前記試料の熱の出入りによって熱電モジュールに生じる、当該熱電モジュールの電気抵抗に基づく雑音を含んだ熱起電力を取り出し、導線で接続された超低雑音増幅器で増幅するように構成して、
前記熱電モジュールを構成する前記熱電素子のL/A比(L:長さ、A:断面積)および当該熱電素子の対数nを、当該L/A比が6mm-1以上、対数nが4以上の範囲でかつ、L/A比と対数nに依存する熱電モジュール1個の電気抵抗R
M
、熱電モジュールの数x、前記超低雑音増幅器の等価雑音抵抗R
A
、導線の抵抗R
W
との間に、
xR
M
≧R
A
-R
W
の関係が成立するように、L/A比および対数nを設定したことを特徴とする熱量計。
【請求項3】
熱流分解能が、所定の対数nの下でL/A比を変化させていったときの飽和値の50倍~10倍以内となるように、当該L/A比と対数nを選択していることを特徴とする請求項1又は2の何れかに記載の熱量計。
【請求項4】
熱流分解能(雑音/熱量計感度)を10nW以下となるようにL/A比と対数nを選択していることを特徴とする請求項1又は2の何れかに記載の熱量計。
【請求項5】
熱流分解能(雑音/熱量計感度)を5nW以下となるようにL/A比と対数nを選択していることを特徴とする請求項1又は2の何れかに記載の熱量計。
【請求項6】
熱流分解能(雑音/熱量計感度)を1nW以下となるようにL/A比と対数nを選択していることを特徴とする請求項1又は2の何れかに記載の熱量計。
【請求項7】
温度制御された熱浴に熱電モジュールを介して試料を設け、熱電モジュールの所定位置で該試料の温度を検知する熱量計を構成するにあたり、
当該熱電モジュールが占有する周囲雰囲気または熱電モジュールを構成する熱電素子間に充填された材料などの補強材を介した熱伝導、周辺雰囲気の対流、周辺雰囲気を通じた熱放射の少なくとも何れかによる熱コンダクタンス、当該熱電モジュールの基板間の熱コンダクタンス、雑音のパラメータとなる熱電モジュールの電気抵抗の各値を含み、かつ当該熱電モジュールを構成する熱電素子のL/A比(L:長さ、A:断面積)および対数nを変数として熱流分解能(=雑音/熱量計感度)の関数を定義し、この関数に基づいてL/A比と対数nを選択することを特徴とする熱量計の設計方法。
【請求項8】
温度制御された熱浴に熱電モジュールを介して試料を設け、該熱電モジュールの所定位置で該試料の温度を検知する熱量計を構成するにあたり、
x:熱電モジュールの数
A
P
:P型熱電素子の断面積
L
P
:P型熱電素子の長さ
A
N
:N型熱電素子の断面積
L
N
:N型熱電素子の長さ
ρ
P
:P型熱電素子の電気抵抗率
ρ
N
:N型熱電素子の電気抵抗率
n:熱電モジュールを構成する熱電素子の対数
R
M
:熱電モジュール1個の電気抵抗
T
M
:熱電モジュールの絶対温度
R
W
:熱電モジュールから増幅器までの導線の抵抗
T
W
:導線の絶対温度
R
A
:増幅器の等価雑音抵抗
T
A
:標準雑音温度
k:ボルツマン定数
Δf:測定する周波数帯域幅
κ
P
:P型熱電素子の熱伝導率
κ
N
:N型熱電素子の熱伝導率
S(V/K):熱電材料のゼーベック係数
K
M
(W/K):(n対の熱電素子で構成された)熱電モジュールの基板間の熱コンダクタンス
K
A
(W/K):伝導、対流、熱放射による熱コンダクタンス
とした場合に、
に基づいて、L/A比と対数nを選択することを特徴とする請求項7に記載の熱量計の設計方法。
【請求項9】
熱流分解能(雑音/熱量計感度)を10nW以下となるようにL/A比と対数nを選択する請求項7又は8の何れかに記載の熱量計の設計方法。
【請求項10】
熱流分解能(雑音/熱量計感度)を5nW以下となるようにL/A比と対数nを選択する請求項7又は8の何れかに記載の熱量計の設計方法。
【請求項11】
熱流分解能(雑音/熱量計感度)を1nW以下となるようにL/A比と対数nを選択する請求項7又は8の何れかに記載の熱量計の設計方法。
発明の詳細な説明
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料の熱量を測定する際の熱流分解能を飛躍的に高めることに資する熱量計および熱量計の設計方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
物質の状態変化には熱の出入りが必ず伴うので、熱量計による熱分析は、融解、結晶化などの相転移やガラス転移、熱硬化の他、純度、相溶性などのあらゆる現象を対象とすることが可能であり、高分子、液晶などの有機材料、金属、ガラス、セラミックなどの無機材料、医薬品、食品、香粧品などの分析法として広く普及している。熱分析に用いられる代表的な熱量計は示差走査熱量計(differential scanning calorimeter,DSC)である。
【0003】
示差走査熱量計(DSC)は、温度を走査しながら、試料と基準物質の熱の出入りの差を測定し、試料の状態変化による吸発熱を測定する装置である。DSCには熱流束型と入力補償型の2種類がある。熱流束DSCは、温度を走査しながら、試料および基準物質の温度差を時間(または温度)に対して記録する方法である。入力補償(熱補償)DSCは、温度を走査しながら、試料と基準物質の温度差を打ち消すように試料と基準物質に熱流を供給し、この供給熱流の差を記録する方法である。
【0004】
図16は、現在広く利用されている熱流束DSCの装置構成を示している。この手法は温度制御された熱浴103を持ち、その中の対称位置に試料Xと基準物質Yを設置する。熱浴103と試料Xおよび熱浴103と基準物質Yの間に熱抵抗体104を設け、熱抵抗体104の定まった場所で温度差を検知する。試料Xおよび基準物質Yへの熱の出入りは熱抵抗体104を介して行われる。熱浴103の温度はコンピュータ110から指令を受けた温度制御部111がヒーター駆動部112を制御することによって管理される。熱浴103-試料X間、及び熱浴103-基準物質Y間に流れる熱流の差は検知している温度差に比例する。この温度差を温度‐電圧変換素子(熱電対、サーモパイルなど)を用いた温度検出体105で検知して熱起電力差(DSC信号)として出力し、増幅器106を経て温度記録部107や温度差記録部108に入力する。DSC信号は、例えば熱容量が既知のサファイアなどの標準物質を試料Xとして較正し、1Wの熱流差に対して何Vの熱起電力差が発生するかという装置定数(V/W)を求めて、熱流(W)に換算する。この装置定数は熱量計感度(calorimetric sensitivity)とも呼ばれるので、本明細書では熱量計感度と呼ぶことにする。こうして熱流に換算したDSC信号を時間で積分することで、試料を出入りする熱量(J)が求まる。
【0005】
熱抵抗体104と温度検出体105は一体として、熱流束センサーまたは熱流センサーと呼ばれている。熱流束は単位時間、単位面積当たりに流れる熱量(W/m
2
=J/s・m
2
)であり、熱流は単位時間当たりに流れる熱量(W=J/s)であるので、2つは異なった物理量である。実際に測定されるのは熱流なので、本明細書では熱流センサーと呼ぶことにする。
【0006】
以上が示差走査熱量計の一般的な構成及び原理であるが、このような示差走査熱量計の分野において、熱流センサーとして熱電対ではなくて半導体熱電素子や熱電モジュール(ペルチェ素子、サーモモジュールとも呼ばれる)を使うことによって高感度にしたものとして特許文献1、2に示す公知技術などが知られている。また、熱電素子として特許文献3に示す公知技術などがある。
【先行技術文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭50-66282号公報
【特許文献2】特開2004-20509号公報
【特許文献3】JP WO2006/043514号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年になって、蛋白質の熱力学的安定性などのバイオ領域での研究、高分子、医薬品などの種々の研究分野および産業分野で、従来の熱量計よりも更に高分解能、例えば10nW(ナノワット)オーダー以下の微小熱流が測定できる熱量計に対する要望がますます強くなりつつある。
【0009】
このような実情に鑑みると、特許文献1のものは、試料容器と基準物質容器に、それぞれN型半導体熱電素子の一端を固着し、これらの半導体熱電素子の他端を金属板に固着して、二つの半導体熱電素子の熱起電力の差を測定し、二つの試料容器の温度差を検出するように構成することで、160μV/Kという熱起電力を得ているものの、このものは示差走査熱量計の原理的な構成を開示したに過ぎず、10nWオーダー以下の微小熱流の測定を追求したものとは言い難い。
【0010】
また、特許文献2のものは、熱流の分解能を高めるための第1の対策として温度制御を多段にして加熱・冷却制御方法を改善し、第2の対策として熱流束センサーとサーモモジュールとの間の熱的距離を最適化し、第3の対策として熱流束センサーに半導体熱電素子を用いるとともに第1の半導体熱電素子と第2の半導体熱電素子の熱起電力の差を検出するようにし、これら3つの対策を通じて、±5つまり10nWオーダーの熱量まで測定できる熱量計を提案している。しかしながら、半導体熱電素子自体を最適化するといった発想は全くなく、10nWワット以下の分解能を有する熱量計を実現するまでには至っていない。
【0011】
一方、特許文献3のものは、異なるゼーベック係数を有する第1導電部材と第2導電部材の一端から他端への熱伝導をより少なくするため、夫々の長さ方向の中間部分の断面積をその両端部分の断面積より小さくすることにより中間部分の熱伝導度を両端部分の熱伝導度より小さく設定し、或いは、断面積を小さく設定する代わりに、前記導電部材の中間部分を複数に分割して断面の形状を変えるか、中間部分の材質を両端部分の材質より熱伝導度の小さいアモルファスシリコンなどを用いて形成することで、ペルチェ・ゼーベック素子の加熱側とその反対側の温度差が長時間所定の温度差を維持できるような高機能型ペルチェ/ゼーベック素子とその製造方法を提供している。このゼーベック素子を熱量計に用いることが考えられるが、中間部分の熱抵抗を大きくすると電気抵抗も大きくなるので、中間部分を形成していない熱電素子より小さな電流しか流せず、中間部分を形成していない最大電流値の小さい熱電素子を用いるのと変わらない。また、中間部分を形成してあると機械的に弱くなり、構造が複雑になるため製造し難い。微小な熱流の測定のために熱電素子の形状や構造を最適化することに着眼しているとも言い難い。
【0012】
現状の示差走査熱量計を総括すると、構成要素や形状が一般化されており、そのような一般化された仕様では、精々100nWまでの熱流分解能の測定が限界である。その原因として、熱流センサーの熱量計感度が低いことが考えられる。
【0013】
このような低分解能の熱量計を用いて例えば蛋白質などの微小な熱異常を捉えようとした場合、温度走査の速度を速くしてDSC信号を大きくすることも考えられなくもない。しかしながら、走査速度を速くすると温度分解能が低下して、温度や熱異常の形が変わってしまうため、結果的に精度の高い解析が行えない。
【0014】
熱流センサーとして熱電モジュールを用いた示差走査熱量計においても、信号電圧は熱電対やサーモパイルを用いた装置よりも大きな値が得られるが、現存する熱量計は熱電冷却用に設計された市販の小型熱電モジュールを形状や大きさなどを含めてそのまま用いているだけであって、熱流測定のために最適化するという発想は全くなく、熱流分解能は10~50nW程度以上留まっているため、精密な解析を行える程度に性能が十分に追求されているわけではない。
【0015】
そこで本発明は、熱電モジュールの熱流センサーとしての性能を極限まで追求するため、熱電モジュール自体の最適化を図ることを試みる。検討を重ねた結果、熱量計感度は熱電素子の対数nに比例して高くなると一般的には思われがちであるが、熱電モジュールの熱コンダクタンスK
M
が気体などの熱電素子以外による熱コンダクタンスK
A
より十分大きいときは熱量計感度は変わらないこと、熱量計感度を高くするために熱電素子の長さLと面積Aの比L/Aを大きくして、熱コンダクタンスK
M
が熱コンダクタンスK
A
より小さくなると熱量計感度は飽和すること、L/A比を大きくし過ぎると熱流分解能は低下すること、熱コンダクタンスK
A
は対流などにより変動するので、熱コンダクタンスK
M
は熱コンダクタンスK
A
より大きい方がよいなどを新たに知見するに至った。
【0016】
以上を踏まえて本発明は、熱量計の分解能をより一層高めるために、熱量計に適した熱電モジュールの条件を検討し、示差走査熱量計を始めとして10nW以下の熱流の分解能を持つ熱量計およびその実現に資する熱量計の設計方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、かかる目的を達成するために、次のような手段を講じたものである。
【0018】
すなわち、第1の発明に係る熱量計は、温度制御された熱浴に熱電モジュールを介して熱の出入りが行われるように試料を設け、前記熱電モジュールの所定位置で該試料に吸発熱時に流れる熱流に応じた電圧を取り出す熱量計であって、前記熱電モジュールを、一対のP型熱電素子とN型熱電素子を基板間で交互にπ型となるように構成した熱電素子をn対接続して構成し、前記試料の熱の出入りによって熱電モジュールに生じる、当該熱電モジュールの電気抵抗に基づく雑音を含んだ熱起電力を取り出し、導線で接続された超低雑音増幅器で増幅するように構成して、前記熱電モジュールを構成する前記熱電素子のL/A比(L:長さ、A:断面積)および当該熱電素子の対数nを、当該L/A比が6mm
-1
以上、対数nが4以上の範囲でかつ、L/A比と対数nに依存する熱電モジュールを構成する基板間の熱コンダクタンスK
M
と、熱浴と熱電モジュールの相関に依存する伝導、対流、熱放射による熱コンダクタンスK
A
とがK
M
≧K
A
となるように設定したことを特徴とする。
【0019】
このような構成を通じて、L/A比および対数nを設定することにより、熱電モジュールの熱量計感度と雑音で表わされる熱流分解能を従来に比べて飛躍的に向上させることができる。
【0020】
また、第2の発明に係る熱量計は、温度制御された熱浴に熱電モジュールを介して熱の出入りが行われるように試料を設け、前記熱電モジュールの所定位置で該試料に吸発熱時に流れる熱流に応じた電圧を取り出す熱量計であって、前記熱電モジュールを、一対のP型熱電素子とN型熱電素子を基板間で交互にπ型となるように構成した熱電素子をn対接続して構成し、前記試料の熱の出入りによって熱電モジュールに生じる、当該熱電モジュールの電気抵抗に基づく雑音を含んだ熱起電力を取り出し、導線で接続された超低雑音増幅器で増幅するように構成して、前記熱電モジュールを構成する前記熱電素子のL/A比(L:長さ、A:断面積)および当該熱電素子の対数nを、当該L/A比が6mm
-1
以上、対数nが4以上の範囲でかつ、L/A比と対数nに依存する熱電モジュール1個の電気抵抗R
M
、熱電モジュールの数x、前記超低雑音増幅器の等価雑音抵抗R
A
、導線の抵抗R
W
との間に、xR
M
≧R
A
-R
W
の関係が成立するように、L/A比および対数nを設定したことを特徴とする。
【0021】
このような構成によってL/A比および対数nを設定することによっても、熱電モジュールの熱量計感度と雑音で表わされる熱流分解能を従来に比べて飛躍的に向上させることができる。
【0022】
或いは、熱流分解能を劣化させずに熱電モジュールの強度などを考慮した適切な設計を行うためには、熱流分解能が、所定の対数nの下でL/A比を変化させていったときの飽和値の50倍~10倍以内となるように、当該L/A比と対数nを選択していることが好ましい。
【0023】
以上において、少なくとも熱流分解能(雑音/熱量計感度)を10nW以下となるようにL/A比と対数nを選択していることが好ましい。
【0024】
或いは、熱流分解能(雑音/熱量計感度)を5nW以下となるようにL/A比と対数nを選択していることがより好ましい。
【0025】
或いは、熱流分解能(雑音/熱量計感度)を1nW以下となるようにL/A比と対数nを選択していることがさらに好ましい。
【0026】
一方、本発明に係る熱量計の設計方法は、温度制御された熱浴に熱電モジュールを介して試料を設け、熱電モジュールの所定位置で該試料の温度を検知する熱量計を構成するにあたり、図1に示すように、当該熱電モジュールが占有する周囲雰囲気または熱電モジュールを構成する熱電素子間に充填された材料などの補強材を介した熱伝導、周辺雰囲気の対流、周辺雰囲気を通じた熱放射の少なくとも何れかによる熱コンダクタンスK
A
、当該熱電モジュールの基板間の熱コンダクタンスK
A
、雑音のパラメータとなる熱電モジュールの電気抵抗の各値を含み、かつ当該熱電モジュールを構成する熱電素子のL/A比(L:長さ、A:断面積)および対数nを変数として熱流分解能の関数F(L/A、n)(=雑音/熱量計感度)を定義し、この関数に基づいて、熱流分解能が10nW以下の所要の値となるようにL/A比と対数nを選択することを特徴とする。
【0027】
このような方法によれば、熱量計の熱流分解能を限界まで小さくする上で無視できなくなる熱コンダクタンスK
A
や熱雑音の影響を加味して、半導体素子のL/A比(L:長さ、A:断面積)および対数nと、熱流分解能を適切に関連づけることができるので、装置構成や形状が変化した場合にも、所定の熱流分解能が得られるようなL/A比および対数nを簡単、適切に選択することが可能となる。
【0028】
具体的な実施の態様としては、温度制御された熱浴に熱電モジュールを介して試料を設け、該熱電モジュールの所定位置で該試料の温度を検知する熱量計を構成するにあたり、
x:熱電モジュールの数
A
P
:P型熱電素子の断面積
L
P
:P型熱電素子の長さ
A
N
:N型熱電素子の断面積
L
N
:N型熱電素子の長さ
ρ
P
:P型半導体の電気抵抗率
ρ
N
:N型半導体の電気抵抗率
n:熱電モジュールを構成する熱電素子の対数
R
M
:熱電モジュール1個の電気抵抗
T
M
:熱電モジュールの絶対温度
R
W
:熱電モジュールから増幅器までの導線の抵抗
T
W
:導線の絶対温度
R
A
:増幅器の等価雑音抵抗
T
A
:標準雑音温度
k:ボルツマン定数
Δf:測定する周波数帯域幅
κ
P
:P型半導体の熱伝導率
κ
N
:N型半導体の熱伝導率
S(V/K):熱電材料のゼーベック係数
K
M
(W/K):n対の熱電素子を介した熱伝導による、熱電モジュールの基板間の熱コンダクタンス
K
A
(W/K):気体などの熱伝導と対流および熱放射による熱コンダクタンス
とした場合に、
に基づいて、L/A比と対数nを選択することを特徴とする方法が挙げられる。
【0029】
このような方法を好適に実施するためには、熱電モジュールの熱電素子のL/A比(L:長さ、A:断面積)および対数nを変数として熱流分解能を算出する関数を備え、この関数にL/A比および対数nの値が与えられ、計算を実行することによって熱流分解能を算出するように構成された設計用プログラムを用いることが有効である。
【0030】
上記のような熱流分解能に関する関数を適用してL/A比と対数nを選択すれば、熱流分解能(雑音/熱量計感度)を10nW以下となるようにL/A比と対数nを選択することが容易となり、従来に比して熱流分解能を飛躍的に高めた熱量計を簡単、適切に構成することができる。
【0031】
或いは、熱流分解能(雑音/熱量計感度)を5nW以下となるようにL/A比と対数nを選択することも可能となり、従来に比して熱流分解能を飛躍的に高めた熱量計を簡単、適切に構成することができる。
【0032】
さらには、熱流分解能(雑音/熱量計感度)を1nW以下となるようにL/A比と対数nを選択することも可能となり、従来に比して熱流分解能を飛躍的に高めた熱量計を簡単、適切に構成することができる。
【0033】
なお、上記に述べたことは、必ずしも熱量計を構成する熱電モジュール全体に適用することに限られずに、熱電モジュールの一部に適応することもできる。この場合は熱流分解能を小さくする効果は減少するが、機械強度を高める、製造が容易になるなどの他の効果をもたらすことができる。
【発明の効果】
【0034】
本発明は、以上説明した方法、構成であるから、熱量計を超高感度にしようとした際に無視できなくなる気体などの熱伝導、対流、熱放射による熱コンダクタンスや熱電モジュールの熱雑音を適切に取り扱って、熱電素子に複雑な構造を採用せずとも、従来に比して熱量計の熱流分解能を10nW以下、好ましくは5nW、更に好ましくは1nW以下にまで飛躍的に高めることが可能となる。そして、このような高性能の熱量計を実現することによって、温度の走査速度を遅くしても熱電モジュールから十分な熱起電力を得ることができ、蛋白質の熱変性などの微小な熱異常を精度良く測定することができ、生体試料や皮膚角層、液晶を始めとして、様々な測定対象に適用して有用なものとなる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の方法を概念的に示す図。
【図2】本発明の一実施形態に係る示差走査熱量計を示す図。
【図3】同熱量計を構成する熱電モジュールを示す図。
【図4】同熱電モジュールの模式的な構成図。
【図5】同熱電モジュールを構成する熱電素子に関する説明図。
【図6】同熱電モジュールの熱コンダクタンスに関する説明図。
【図7】同熱電モジュールの使用の態様を示す図。
【図8】同熱電モジュールに関し、熱量計感度のL/A比と対数nに対する依存性を示すグラフ。
【図9】同熱電モジュールに関し、雑音(V)のL/A比と対数nに対する依存性を示すグラフ。
【図10】同熱電モジュールに関し、熱流分解能(W)のL/A比と対数nに対する依存性を示すグラフ。
【図11】試作した熱電モジュールを使った超高感度DSCの温度一定下での雑音の値を示した表。
【図12】試作した熱電モジュールを使った超高感度DSCの温度一定下での熱流分解能の値を示した表。
【図13】本発明を用いた示差走査熱量計によるベースラインを例示するグラフ。
【図14】本発明を用いた示差走査熱量計による雑音を例示するグラフ。
【図15】本発明を用いた示差走査熱量計による測定例を示すグラフ。
【図16】一般的な熱流束示差走査熱量計(熱流束DSC)の装置構成を示す全体構成図。
【図17】熱電材料にPb-Teを用いた時の熱流分解能(W)のL/A比と対数nに対する依存性を示すグラフ。
【図18】熱電材料にSi-Geを用いた時の熱流分解能(W)のL/A比と対数nに対する依存性を示すグラフ。
【図19】熱電材料にBi
2
Te
3
系を用い、熱浴温度が175Kの時の熱流分解能(W)のL/A比と対数nに対する依存性を示すグラフ。
【図20】熱電材料にBi
2
Te
3
系を用い、熱浴温度が338Kの時の熱流分解能(W)のL/A比と対数nに対する依存性を示すグラフ。
【図21】熱電材料にBi
2
Te
3
系を用い、熱浴温度が520Kの時の熱流分解能(W)のL/A比と対数nに対する依存性を示すグラフ。
【図22】Sを小さくしたときの熱流分解能(W)のL/A比と対数nに対する依存性を示すグラフ。
【図23】Sを大きくしたときの熱流分解能(W)のL/A比と対数nに対する依存性を示すグラフ。
【図24】κ
P
=κ
N
として、κ
P
、κ
N
を小さくしたときの熱流分解能(W)のL/A比と対数nに対する依存性を示すグラフ。
【図25】κ
P
=κ
N
として、κ
P
、κ
N
を大きくしたときの熱流分解能(W)のL/A比と対数nに対する依存性を示すグラフ。
【図26】ρ
P
=ρ
N
として、ρ
P
、ρ
N
を小さくしたときの熱流分解能(W)のL/A比と対数nに対する依存性を示すグラフ。
【図27】ρ
P
=ρ
N
として、ρ
P
、ρ
N
を大きくしたときの熱流分解能(W)のL/A比と対数nに対する依存性を示すグラフ。
【図28】R
A
を小さくしたときの熱流分解能(W)のL/A比と対数nに対する依存性を示すグラフ。
【図29】R
A
を大きくしたときの熱流分解能(W)のL/A比と対数nに対する依存性を示すグラフ。
【図30】Δfを小さくしたときの熱流分解能(W)のL/A比と対数nに対する依存性を示すグラフ。
【図31】Δfを大きくしたときの熱流分解能(W)のL/A比と対数nに対する依存性を示すグラフ。
【図32】R
W
を小さくしたときの熱流分解能(W)のL/A比と対数nに対する依存性を示すグラフ。
【図33】R
W
を大きくしたときの熱流分解能(W)のL/A比と対数nに対する依存性を示すグラフ。
【図34】K
A
を小さくしたときの熱流分解能(W)のL/A比と対数nに対する依存性を示すグラフ。
【図35】K
A
を大きくしたときの熱流分解能(W)のL/A比と対数nに対する依存性を示すグラフ。
【図36】T
M
を低くしたときの熱流分解能(W)のL/A比と対数nに対する依存性を示すグラフ。
【図37】T
M
を高くしたときの熱流分解能(W)のL/A比と対数nに対する依存性を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、本発明の一実施形態を、図面を参照して説明する。
【0037】
図2は、試料Xと基準物質Yとの温度差を検出する示差走査熱量計に本発明を適用したもので、気密容器Cの内部空間S
1
に、温度調節用熱電モジュール(ペルチェ素子)5を介してアルミニウム製の外側シェル4が配置されている。ここで試料Xも基準物質Yも本発明に言う「試料」に該当するものである。外側シェル4の底部には温度調節用の白金抵抗温度計10が埋設され、これがプログラム温度調節器11で読み取られて、プログラム温度調節器11がバイポーラ電源12を通じて外側シェル4の底部が所望の温度になるように温度調整用熱電モジュール5に供給する電流をフィードバック制御している。外側シェル4の内部空間S
1
には更にアルミニウム製の内側シェル3が底部を外側シェル4の底部に熱抵抗体34を介して配置されている。気密容器Cは上下に開閉可能な半割り構造とされ、シェル3、4は内部空間S
2
、S
3
を上下に開閉可能な蓋構造とされていて、何れも蓋着時に内部空間S
1
、S
2
、S
3
を閉止するものである。そして、内側シェル3の内部空間S
3
に、熱浴としての役割をなす銅製のブロック21と、銅製の蓋22からなる試料ホルダー2が、底部を内側シェル3の底部に熱抵抗体23を介して配置されている。上記のような構造は、外側の温度の揺らぎを試料X、Yに極力影響を及ぼさないように減衰させるための熱的高周波遮断フィルターとして働き、素材としてはアルミニウム以外の他の素材を用いてもよい。ブロック21は熱浴としての役割を果たすものであれば他の素材を用いることができる。
【0038】
この試料ホルダー2を構成するブロック21は、上方に開口する状態で2つの試料収容空間S
4
、S
4
を有し、蓋22を着脱することによって当該試料収容空間S
4
、S
4
を開閉可能としている。ブロック21の内部には白金抵抗温度計8が埋設されており、これがデジタル抵抗計9によって読み取られる。
【0039】
そして、試料収容空間S
4
、S
4
内に熱電モジュール1、1´を配置し、一方の熱電モジュール1の検出端に測定対象である試料Xを、他方の熱電モジュール1´の検出端に基準物質(基準試料)Yをそれぞれ配置して、これらの熱起電力差を取り出し、チョッパ型増幅器(超低雑音増幅器)6で増幅して、デジタル電圧計7で熱起電力差として表示または記録するようにしている。チョッパ型増幅器は、直流信号を一定の周波数で断続して交流信号に変換し、交流増幅した後、位相弁別整流して直流に戻す超低雑音の直流増幅器であり、1nW以下の熱流分解能を実現するために、電圧計の分解能を1nV以下に高めるものである。
【0040】
このような構成において、本実施形態は、従来の熱量計に比してその感度を飛躍的に高めるために、熱電モジュール1(1´)を最適化することを試みる。一般に、熱電冷却用に設計されている市販の小型熱電モジュールは、既述したように熱量測定には最適化されておらず、熱量測定に最適化された熱電モジュールを用いた熱量計はいまだ開発されていないばかりか、熱量測定用に最適化するという着眼さえ見当たらない。
【0041】
そこで、熱量計に適した熱電モジュールの条件を理論的に検討し、実際に試作してその効果を高めることとした。
【0042】
熱流センサーとして用いる熱電モジュール1(1´)は、図3に示すように、導電性部材である上下の金属板14、15の間に熱電モジュールを構成する1対の熱電素子であるP型熱電素子(P型半導体)16とN型熱電素子(N型半導体)17を交互にπ型となるように接続したものである。そして、金属板14、15および熱電素子16、17は電気絶縁性の基板18、19によって挟み込まれている。
【0043】
この熱電モジュール1(1´)を熱量計の熱流センサーとして用いる場合、熱流分解能を小さくするためには熱量計感度を高くする必要がある。ただし、以下の考察のように、熱量計感度を極限まで高くしようとすると熱雑音の影響が無視できなくなるため、これら双方の観点から、熱電モジュールを最適化しなければならない。
【0044】
半導体16、17には、ゼーベック係数が大きいBi-Te系半導体を採用し、図2に示す熱浴21と試料Xの間、および、熱浴21と基準物質Yの間に熱流センサーとして配置する。
【0045】
次に、熱流分解能の導出過程について説明する。
【0046】
熱電モジュール1(1´)を熱量計の熱流センサーとして用いる場合、図4に示すように、熱流Q(W)を加えたときに発生する電圧ΔV(V)の比である熱量計感度(V/W)は次のように導かれる。熱電材料のゼーベック係数をS(V/K)とし、熱電素子16、17の対数をnとすると、熱電モジュール1(1´)の両面に温度差ΔT(K)が生じたときに発生する電圧ΔV(V)はnSΔT(V)となる。熱電モジュール1(1´)の基板18、19間の熱コンダクタンスをK(W/K)とすると、試料が熱流Q(W)を吸発熱したときに生じる温度差ΔT(K)はQ/K(K)となる。よって、熱量計感度は、
で表される。ここで、図5に示すようにP型熱電素子の断面積をA
P
、長さをL
P
、N型熱電素子の断面積をA
N
、長さをL
N
とする。ここでは熱電素子を四角柱としているが、他の角柱、円柱、楕円柱などでもよい。P型半導体の熱伝導率をκ
P
、N型半導体の熱伝導率をκ
N
とすると、1対の熱電素子(単素子対)13による熱電モジュールの基板18、19間の熱コンダクタンスK
0
(W/K)は、
となる。したがって、図4に示すn個の単素子対13
1
、13
2
、…、13
n
による熱電モジュール1(1´)の基板18、19間の熱コンダクタンスK
M
(W/K)は、半田などによる接合部の熱抵抗は無視できるとすると、
で表される。従来の熱電モジュールでは、上記熱コンダクタンスK
M
が、周囲気体または熱電素子間に充填された材料などの補強材を介した熱伝導、対流、熱放射などによる熱コンダクタンスK
A
に較べて非常に大きかったので、熱コンダクタンスK
A
は無視できたが、感度を極限まで高くするためにK
M
を小さくすると、K
A
の値を無視できなくなり、考慮しなければならなくなる。
【0047】
図6において、熱電モジュール1(1´)を構成する熱電素子13の両面18、19間の熱コンダクタンスと熱電素子16、17による熱コンダクタンスとを含む熱コンダクタンスK
M
の経路を実線で、気体などによる熱浴と熱電モジュールの相関に基づく熱コンダクタンスK
A
の経路を点線で示す。熱電素子16、17は脆いので、熱電素子16、17間に樹脂を充填するなどして補強する場合は、その樹脂などの補強材の熱コンダクタンスはK
A
に含めるとする。
【0048】
そこで、Kは、
と表される。よって、熱量計感度は(1)式に(4)式を代入して
で表される。ところが、熱電モジュールの性能を極限まで追求するために、nWオーダーの微小な熱流の測定を試みると、熱雑音が無視できなくなることがわかった。つまり、熱電モジュール1(1´)の熱雑音を含めて最適化することが重要であることがわかった。熱雑音は、抵抗の大きさをR、抵抗の絶対温度をT、ボルツマン定数をk、測定する周波数帯域幅をΔfとすると、
で表される。そこで、図5に示すようにP型半導体の電気抵抗率をρ
P
、N型半導体の電気抵抗率をρ
N
とすると、n対の熱電素子16,17から成る熱電モジュール1(1´)の電気抵抗R
M
は、
と表される。ここで、半田などによる接合部の電気抵抗は熱電素子16、17の電気抵抗に比べ無視できるものとしている。熱電モジュール1(1´)の絶対温度をT
M
、熱電モジュール1(1´)から増幅器6までの導線60(図2参照)の抵抗をR
W
、導線60の絶対温度をT
W
、増幅器6の等価雑音抵抗をR
A
、標準雑音温度をT
A
とすると、2個の熱電モジュール1、1´を用いる図7(a)の形式の場合、これらによる雑音(V)は、
となる。また、1個の熱電モジュール1を用いる図7(b)の形式の場合は、
と表される。よって、熱流分解能F(測定できる最小の熱流)は、
と表される。
【0049】
(10)式は熱電モジュールが2個の場合、(11)式は熱電モジュールが1個の場合であり、熱電モジュール数を
x とすると、
熱流分解能(W)=F(L/A、n)
と表すことができる。ここで、熱流分解能が小さいほど性能は良い。
【0050】
この結果から、L/A比を大きくすると、K
0
がK
A
/nより大きいうちは熱流分解能は小さくなるが、K
0
がK
A
/nより小さくなると、熱流分解能は大きくなる。また、対数nを大きくすると熱流分解能は大きくなるが、K
A
の影響を小さくできる。
【0051】
本実施形態は、熱電モジュール1を構成する熱電素子のL/A比(L:長さ、A:断面積)および対数nを変数として熱流分解能を算出する関数{上記(10)式、(11)式、あるいは(13式))を実行するためのプログラムを設計用プログラムとしてコンピュータのメモリに書き込み、必要な定数に現実的な値を与えた上で、L/A比および対数nの値をインターフェースを通じて適宜入力、若しくはプログラム中でL/A比および対数nの値を繰り返し入力することによって、CPUに熱流分解能を算出させている。上記プログラムが記録媒体を介してコンピュータに供給される場合には、記録媒体に記録されたプログラムも本発明に該当する。記録媒体としては、例えば、フレキシブルディスク、ハードディスク、ソリッドステートディスク、光ディスク、光磁気ディスク、CD-ROM、CD-R、ブルーレイディスク、磁気テープ、不揮発性のメモリカード、ROMを用いることができる。また、コンピュータが読み出したプログラムのプログラムコードの指示に基づき、コンピュータ上にて稼動しているOSなどが実際の処理の一部または全部を行い、その処理によって本発明の機能が実現される場合にも本発明に含まれる。
【0052】
この実施形態では、各パラメータに以下の値を用いて実際の計算をしている。
ゼーベック係数S=0.40mVK
-1
熱伝導率κ
p
=κ
N
=1.35Wm
-1
K
-1
電気抵抗率ρ
P
=ρ
N
=10.2μΩm
増幅器の等価雑音抵抗R
A
=20Ω
導線の抵抗R
w
=0.15Ω
熱コンダクタンスK
A
=5×10
-4
WK
-1
温度T=273K
【0053】
また、以下は熱電素子およびモジュールの具体的な一実施態様である。
熱電素子のサイズ(L/A≒50):L=1.3mm、A=(0.16mm)
2
モジュールサイズ(n=32):3mm×3mm×2mm
【0054】
ただし、10nW以下になるパラメータの範囲は上記よりも広く、下記は少なくともその範囲に含まれるものである。
ゼーベック係数S=0.01~1mVK
-1
熱伝導率κ
p
=κ
N
=1~400Wm
-1
K
-1
電気抵抗率ρ
P
=ρ
N
=1×10
-8
~4×10
-2
Ωm
増幅器の等価雑音抵抗R
A
=1×10
-2
~4×10
6
Ω
増幅器の周波数帯域幅Δf=1×10
-2
~4×10
3
Hz
導線の抵抗R
w
=1×10
-2
~4×10
6
Ω
熱コンダクタンスK
A
=1×10
-8
~0.7WK
-1
温度T=30~1300K
【0055】
また、モジュール最適サイズについては、応答速度の点からはモジュールは小さいほど良いが、試料を載せ難くなるので、縦横は3~6mm程度が適当である。上の基板は薄いほど良い。
【0056】
高さについては強度面以外に特に最適サイズはないが、上下の基板の間隔が狭いと、周囲雰囲気による熱コンダクタンスK
A
が大きくなって熱量計感度が小さくなるので、1mm以上ある方が望ましい。
【0057】
図8は、Bi-Te系熱電素子16、17の材料の熱伝導率κ、抵抗率ρ、気体などによる熱伝導K
A
、導線の抵抗R
w
、増幅器の等価雑音抵抗R
A
などに現実的な値を入れて熱量計感度(V/W)を計算したときの熱量計感度のL/A比と対数nに対する依存性をグラフにしたものである。
【0058】
また、図9は、同様にして雑音(V)のL/A比と対数nに対する依存性をグラフにしたものである。
【0059】
これらのグラフ及び式(5)、(8)、(9)などからわかるように、L/A比を大きくすると熱量計感度(V/W)は大きくなるが、雑音(V)が大きくなる。対数nについては、nを大きくすると熱量計感度(V/W)は大きくなるが、雑音(V)が大きくなる。対数nが小さ過ぎると、熱コンダクタンスK
M
が熱コンダクタンスK
A
より小さくなり、熱コンダクタンスK
A
が支配的となって、熱量計感度(V/W)は頭打ちになることがわかった。
【0060】
また、対数nかL/A比を小さくすると雑音は小さくなるが、図7(a)の構成では2R
M
がR
A
-R
W
より小さくなると、また図7(b)の構成ではR
M
がR
A
-R
W
より小さくなると、ほとんど改善されないこともわかった。したがって、図7(a)の構成では2R
M
≧R
A
-R
W
、また図7(b)の構成ではR
M
≧R
A
-R
W
、あるいはx個の熱電モジュールを用いるときにはxR
M
≧R
A
-R
W
は好適な条件の一つとなり得る。この熱電モジュールの電気抵抗R
M
については、図7(a)の場合は2R
M
≒R
A
-R
W、
図7(b)の場合はR
M
≒R
A
-R
W
、x個の場合はxR
M
≒R
A
-R
W
を適切な一例として挙げることができる。
【0061】
以上により、この熱電モジュール1、1´は、温度制御された熱浴である試料ホルダー2に熱電モジュール1、1´を介して熱の出入りが行われるように試料X、Yを設け、熱電モジュール1、1´の所定位置で試料1、1´に吸発熱時に流れる熱流に応じた電圧を取り出すことを目的として、その熱電モジュール1、1´を、一対のP型熱電素子16とN型熱電素子17を基板18、19間で交互にπ型となるようにn対接続したことにより、熱電モジュール1、1´が占有する周囲雰囲気または熱電モジュール1、1´を構成する熱電素子16,17間に充填された材料などの補強材を介した熱伝導、周辺雰囲気の対流、周辺雰囲気を通じた熱放射の少なくとも何れかによる熱コンダクタンスK
A
と熱電モジュール1、1´の基板18、19間の熱コンダクタンスK
M
とに応じた熱電モジュール1、1´の熱量計感度と、熱電モジュール1、1´の電気抵抗に基づく雑音とが、熱電モジュール1、1´を構成する熱電素子16、17のL/A比(L:長さ、A:断面積)および熱電素子の対数nに依存する構造となっているものである。そして、ちょうど良いL/A比、対数nの値が存在すること、そして本実施形態によればこれを簡単、適切に選択できることが判明した。
【0062】
図10は、式(10)に基づき、熱流分解能(W)のL/A比と対数nに対する依存性をグラフにしたもので、熱電材料の熱伝導率κ、抵抗率ρ、気体などによる熱コンダクタンスK
A
、導線の抵抗R
W
、増幅器の等価雑音抵抗などを与えれば、熱量計に最適な熱電モジュール型熱流センサーの対数n、L/A比を求めることができる。
【0063】
これら図8、図9及び図10の描画機能は、上記設計プログラムの機能の一部に備わっており、コンピュータはプログラムの実行によって、これらの図をディスプレイやモニタ画面上に表示し、或いは要求に応じてプリントデータやイメージデータとしてプリンタや各種ストレージに出力することができる。
【0064】
図示例に基づけば、例えば対数n=(8、32)の下でL/A比を変化させていったときの熱流分解能の飽和値はそれぞれ(0.22nW、0.18nW)程度であり、ほぼ飽和すればL/A比の選択は任意となるので、L/A比を自由に選択することができる。図10(a)の例で言えば100mm
-1
以上であれば熱流分解能の値はほぼ飽和状態であるため、L/A比の選択は自由となる。飽和領域から外れても、例えば図10(b)において飽和値の50倍程度であれば、熱流分解能は10nW程度であり、10倍程度以内であれば、熱流分解能は2nW程度と良好であり、しかもL/A比は10mm
-1
以上であれば選択は自由となるので、より設計自由度が向上したものになる。飽和値の5倍程度以内であれば、熱流分解能は1nW程度と更に良好になる。例えば、機械的な強度の観点からL/A比を100mm
-1
以下に抑える必要があるときにも、L/A比は10mm
-1
を下限として選択の範囲は十分に広い。
【0065】
ただ、図10(b)よりn=1~2で熱流分解能が悪くなり、図10(a)(b)よりL/A比=6mm
-1
未満では熱流分解能が悪くなることを考えれば、L/A比を6mm
-1
以上、対数nを4以上に設定することが好ましい。
【0066】
さらに言えば、図8よりn=1024以上では熱量計感度が飽和し、図9よりn=1024以上では雑音が増加、図10(b)よりn=1024で熱流分解能が悪くなる。また、L/A比=1000mm
-1
を超えると機械的強度が弱くなる。故にL/A比を6~1000以下および対数nを4~512以下に設定することが好ましいと言える。
【0067】
但し、対数nを512までとすると、熱電モジュールの熱伝導K
M
が空気等の熱伝導K
A
よりも大きい方が良い(K
M
≧K
A
)という条件からは、対数の上限を制限するとK
M
を大きく出来なくなるので、L/Aが大きいときにK
M
≧K
A
を満たさなくなる可能性がある。
【0068】
例えば、試作機ではL/Aが50、対数64のときに、K
M
≒K
A
となることを実験的に確かめたため、L/Aが100の場合は対数128のときに、L/Aが200の場合は対数256のときに、それぞれK
M
≒K
A
になると推測される。ただ、材料によってはK
M
≧K
A
を満たさない場合もでてくることから、K
M
≧K
A
を満たす範囲で対数nを512より大きくすることを排除するものではない。
【0069】
なお、図11は試作した熱電モジュールを使った超高感度DSCの温度一定下での雑音の値を示したものであり、図12は試作した熱電モジュールを使った超高感度DSCの温度一定下での熱流分解能の値を示したものである。図8~図10において符号30、31で示す位置は図11、図12における試作条件と同様の条件を与えた際の計算値を示している。図11に示したデータでは、何れも5nWオーダー以下まで熱流分解能が高められていることが確認でき、さらに図12に示したデータでは、何れも1nWオーダー以下まで熱流分解能が高められていることが確認できている。特に、この熱電モジュールの試作の場合、対数=32、L/A比=50mm
-1
を採用したときに熱流分解能を0.24nWと最良にできることも確認された。この値は、従来の一般的な熱量計の分解能の1/4000にもなり、従来の最も精度の高いものと比べても1/40と超高性能のレベルが達成されている。また、少なくとも-30℃~170℃の範囲は適正な動作温度であることも実験にて確認できている。勿論、L/A比=50mm
-1
以上、対数nを32以上としたものもこれに準ずる性能を期待できる。特に対数64は上記に準ずる効果が得られ、さらに上述した図10(b)の考察を踏まえれば、L/A比を50~1000mm
-1
とし、対数nを32~256以下とする設定も効果的な範囲となり得る。
【0070】
但し、熱流計では電子モジュールに試料を載置しなければならないことを考えると、L/A比をもう少し大きい500mm
-1
以下あるいは200mm
-1
以下に留めておくことも望ましい。
【0071】
対数nも、所要の熱流分解能が得られる範囲で選択の幅があることも確認でき、L/A比との兼ね合いでコストや強度などの観点から最適な対数nを選択することもできるようになる。
【0072】
なお、図10からすれば、もう少し対数を増やし(例えば、n=64、128)、L/A比を100mm
-1
以上にすれば、熱流分解能を更に高め得る可能性がある事も読み取ることができる。
【0073】
このように分解能が飛躍的に高められた要因は、温度制御された熱浴21に、熱電素子16,17を電気的に配線する金属板14、15ならびに前記熱電素子16、17および金属板14、15を挟み込む基板18、19を有する熱電モジュール1(1´)を介して試料X、Yを設け、熱電モジュール1(1´)の所定位置で該試料X、Yの温度を検知する熱量計を構成するにあたり、当該熱電モジュール1(1´)が占有する周囲雰囲気または熱電モジュール1(1´)を構成する熱電素子16、17間に充填された材料などの補強材を介した熱伝導、周辺雰囲気の対流、周辺雰囲気を通じた熱放射による熱コンダクタンスK
A
と熱電モジュール1(1´)の熱コンダクタンス(基板18、19間の熱コンダクタンス)K
M
とを考慮し、且つ熱雑音を考慮して、当該モジュール1(1´)の熱電対13を構成する熱電素子16、17のL/A比(L:長さ、A:断面積)および対数nを変数とする熱流分解能(=雑音/熱量計感度)の関数F(L/A、n)を定義し、この関数Fに基づいて、L/A比と対数nを選択するようにしたことにある。
【0074】
なお、図13に本発明を用いた示差走査熱量計によるベースラインを例示する。同図は試料と基準試料がない状態で、熱流のベースラインを走査速度0.1K/minで測定したものである。
【0075】
また、図14は本発明を用いた示差走査熱量計による雑音の例である。試料と基準試料がない状態で、熱流のベースラインを走査速度0.1K/minで測定した図13に対して、そのベースラインを2次曲線でフィットし、その2次曲線との残差を示すものである。
【0076】
さらに、図15は本発明を用いた示差走査熱量計による測定例を示す。直鎖炭化水素n-テトラコサン(C
24
H
50
)の結晶相から回転相の相転移と回転相から液体相への相転移における熱流を測定した。測定は13μgという極微量な試料を用いて行った。感度を示すために、回転相から液体相への相転移の直ぐ上の温度における熱流曲線を拡大して示した。雑音の大きさは1nW以下であることがわかる。
【0077】
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明は熱流束DSCだけではなく入力補償DSC、等温熱量計などにも適用することが可能であり、また、試料と基準物質との温度差を検知する示差走査熱量計を構成する場合に限らず、測定対象である試料の温度を単体で検知する場合などにも有効に適用することができる。
【0078】
また、試料が大きい場合は熱電モジュールを複数個に分割することができる。その場合は、対数nは分割した複数個の熱電モジュールの対数の和とすればよい。
【0079】
さらに、熱電モジュールが占有する周辺雰囲気を減圧する減圧手段200(図2参照)を熱量計に備えると、気体の熱伝導や対流による熱コンダクタンスK
A
の影響を低減し、熱流分解能をより有効に高めることができる。
【0080】
なお、上記に述べたことは、必ずしも熱量計を構成する熱電モジュール全体に適用することに限られずに、機械強度を高める、製造が容易になるなどの他の効果をもたらすために、熱流分解能を向上するという効果は減少するが、熱電モジュールの一部に適応することもできる。
【0081】
その他、熱電モジュール以外の熱電素子を用いてサーモパイルを構成するなど、各部の具体的な構成などは上述した実施形態のみに限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形が可能である。
【0082】
なお、上記の実施形態において、熱電材料にはテルライド系であるBi-Te系半導体(Bi
2
Te
3
系)を採用したが、熱電材料はこれに限られるものではない。例えば、Pb-Te系、Si-Ge系等がある。
【0083】
温度300K付近における、これらの熱電材料を用いた時の熱流分解能のL/A比と対数nに対する依存性を示すグラフを図17~図18に示す。これらのグラフから、熱流分解能は各材料で異なってはいるものの、感度の良いL/A比と対数nの値の範囲はほぼ同じであり、それぞれの材料にちょうど良いL/A比、対数nの値が存在すること、これを簡単、適切に選択でき、熱量計に最適な対数n、L/A比を求められることがわかる。
【0084】
さらに、データは挙げていないが、熱電材料としては他にも、AgSbTe
2
、AgSbTe
2
-GeTe等のテルライド系、CrSi
2
、MnSi、Mg
2
Si
0.7
Sn
0.3
等のシリサイド系、CoSi等のスックテルダイト系、(Ti
0.3
Zr
0.7
)NiSnなどのハーフホイスラー金属系、CaB
6
、SrB
6
等のホウ素化合物系、Na
x
CoO
2
等の層状コバルト酸化物系、Sr
3
Ti
2
O
7
等の酸化チタン系、亜鉛アンチモン系、クラスター固体、酸化亜鉛系、自然超格子系、アモルファス、人工超格子系等、また、金属としてクロメル、アルメル、コンスタンタン等が考えられる。
【0085】
また、熱流分解能は温度T
M
に依存して変化する。例えば、熱電材料にBi
2
Te
3
系を用いた場合の、温度T
M
=175K、338K、520Kの時の熱流分解能のL/A比と対数nに対する依存性を示すグラフを図19~図21に示す。この場合は、T
M
=520Kの時の感度が悪くなっている。
【0086】
なお、上記パラメータの妥当な範囲を探索するために、Bi
2
Te
3
系を用いた試作機のパラメータを標準として、つまり
ゼーベック係数S=0.40mVK
-1
熱伝導率κ
p
=κ
N
=1.35Wm
-1
K
-1
電気抵抗率ρ
P
=ρ
N
=10.2μΩm
増幅器の等価雑音抵抗R
A
=20Ω
導線の抵抗R
w
=0.15Ω
熱コンダクタンスK
A
=5×10
-4
WK
-1
温度T=273K
等の値を用いて、10nW以下になる領域を図22~図37に示している。その場合、便宜的に複数のパラメータを同時に変えることはやめて、標準の条件から1個だけ変えて探索している。
【産業上の利用可能性】
【0087】
以上に詳述した本発明によれば、熱量計を超高感度にしようとした際に無視できなくなる気体などの熱伝導、対流、熱放射による熱コンダクタンスや熱電モジュールの熱雑音を適切に取り扱って、熱電素子に複雑な構造を採用せずとも、従来に比して熱量計の熱流分解能を10nW以下、好ましくは5nW、更に好ましくは1nW以下にまで飛躍的に高めることが可能となる。そして、このような高性能の熱量計を実現することによって、温度の走査速度を遅くしても熱電モジュールから十分な熱起電力を得ることができ、蛋白質の熱変性などの微小な熱異常を精度良く測定することができ、生体試料や皮膚角層、液晶を始めとして、様々な測定対象に適用して有用なものとなる。
【符号の説明】
【0088】
21…熱浴
1、1´…熱電モジュール
n…熱電モジュールを構成する熱電素子の対数
K…熱電モジュールの基板18、19間の熱コンダクタンス
K
A
…熱伝導、対流、熱放射による熱コンダクタンス
図面
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図29】
【図30】
【図31】
【図32】
【図33】
【図34】
【図35】
【図36】
【図37】