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明細書 :強磁性細線素子

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4834836号 (P4834836)
公開番号 特開2008-117893 (P2008-117893A)
登録日 平成23年10月7日(2011.10.7)
発行日 平成23年12月14日(2011.12.14)
公開日 平成20年5月22日(2008.5.22)
発明の名称または考案の名称 強磁性細線素子
国際特許分類 H01L  29/82        (2006.01)
H01L  43/08        (2006.01)
H01L  27/105       (2006.01)
H01L  21/8246      (2006.01)
H03B  15/00        (2006.01)
FI H01L 29/82 Z
H01L 43/08 Z
H01L 27/10 447
H03B 15/00
請求項の数または発明の数 18
全頁数 12
出願番号 特願2006-298840 (P2006-298840)
出願日 平成18年11月2日(2006.11.2)
審査請求日 平成21年10月30日(2009.10.30)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
【識別番号】504133110
【氏名又は名称】国立大学法人電気通信大学
発明者または考案者 【氏名】小野 輝男
【氏名】仲谷 栄伸
個別代理人の代理人 【識別番号】100095670、【弁理士】、【氏名又は名称】小林 良平
審査官 【審査官】佐久 聖子
参考文献・文献 特開2008-66479(JP,A)
国際公開第2006/046591(WO,A1)
Eiji Saitoh1, Hideki Miyajima, Takehiro Yamaoka & Gen Tatara,Current-induced resonance and mass determination of a single magnetic domain wall,Letter to Nature,英国,Nature,2004年12月11日,432,PP 203-206
J.-E. Wegrowe*, T. Wade, X. Hoffer, L. Gravier, J.-M. Bonard, & J.-Ph. Ansermet,Magnetoresistance of nanocontacts with constrained magnetic domain walls,Physical Review. B. Condensed Matter and Materials Physics,米国,American Physical Society,2003年 3月20日,Vol. 67,104418
Yamaguchi, Akinobu; Yano, Kuniaki; Tanigawa, Hironobu; Kasai, Shinya; Ono, Teruo,Reduction of Threshold Current Density for Current-Driven Domain Wall Motion using Shape Control,Japan Jouranl of Applied Physics Part 1,日本,The Japan Society of Applied Physics,2006年 5月 9日,Vol. 45, No. 5A,PP. 3850-3853
調査した分野 H01L 21/82、27/10-27/115、27/22、27/28 29/82、43/00-43/14、51/05、
H03B 11/00-27/00、29/00
JSTPlus/JST7580(JDreamII)
Web of Science
特許請求の範囲 【請求項1】
強磁性細線に含まれる磁壁の磁気モーメントの向きを利用する素子であって、
a)磁壁中心部での磁気モーメントが細線の長軸方向に対して直角方向を向いた磁壁を内部に有する強磁性細線と、
b)前記強磁性細線の長軸方向に直流電流を供給する電流供給手段と、
c)前記電流供給手段によって電流が供給された際に前記磁壁が前記強磁性細線内を移動しないように該磁壁を固定する磁壁固定手段と、
d)前記磁壁内の磁気モーメントの向きを読み出す磁化読出手段と、
を備えることを特徴とする強磁性細線素子。
【請求項2】
前記磁壁固定手段が、前記強磁性細線の軸方向の両端部に設けられ、それぞれ磁気モーメントの向きが該強磁性細線の軸方向と平行であって且つ互いの磁気モーメントが反対の方向を向いている強磁性体である請求項1に記載の強磁性細線素子。
【請求項3】
前記磁壁固定手段が、磁壁を挟む両側の磁気モーメントが互いに異なる方向を向くように、該強磁性細線の軸方向に沿って磁壁の両側に設けられた反強磁性体である請求項1に記載の強磁性細線素子。
【請求項4】
前記磁化読出手段が、前記強磁性細線の磁壁が存在する領域を含んで構成されたTMR素子である請求項1~3のいずれかに記載の強磁性細線素子。
【請求項5】
強磁性細線に含まれる磁壁の磁気モーメントを利用するマイクロ波発振器であって、
磁壁中心部での磁気モーメントが細線の長軸方向に対して直角方向を向いた磁壁を内部に有する強磁性細線と、
前記強磁性細線の長軸方向に直流電流を供給する電流供給手段と、
前記電流供給手段によって電流が供給された際に前記磁壁が前記強磁性細線内を移動しないように該磁壁を固定する磁壁固定手段と、
前記磁壁における磁気モーメントの回転を検出する回転検出手段と、
を備えることを特徴とするマイクロ波発振器。
【請求項6】
前記強磁性細線は、断面の縦横比が1:1.1以内であって、且つ該断面の幅が20nm以下であることを特徴とする請求項5に記載のマイクロ波発振器。
【請求項7】
前記磁壁固定手段が、前記強磁性細線の軸方向の両端部に設けられ、それぞれ磁気モーメントの向きが該強磁性細線の軸方向と平行であって且つ互いの磁気モーメントが反対の方向を向いている強磁性体である請求項5又は6に記載のマイクロ波発振器。
【請求項8】
前記磁壁固定手段が、磁壁を挟む両側の磁気モーメントが互いに異なる方向を向くように、該強磁性細線の軸方向に沿って磁壁の両側に設けられた反強磁性体である請求項5又は6に記載のマイクロ波発振器。
【請求項9】
前記回転検出手段が、前記強磁性細線の磁壁が存在する領域を含んで構成されたTMR素子である請求項5~8のいずれかに記載のマイクロ波発振器。
【請求項10】
前記強磁性細線の材料がパーマロイである請求項5~9のいずれかに記載のマイクロ波発振器。
【請求項11】
磁壁中心部での磁気モーメントが細線の長軸方向に対して直角方向を向く磁壁を内部に有する強磁性細線の長軸方向に、前記磁壁が前記強磁性細線内で移動しないように該磁壁を固定しつつ直流電流を供給することにより、前記磁壁における磁気モーメントを長軸の軸中心に回転させ、該磁気モーメントの回転によるマイクロ波を取り出すマイクロ波生成方法。
【請求項12】
強磁性細線に含まれる磁壁の磁気モーメントを利用する磁気メモリであって、
磁化中心部での磁気モーメントの向きが前記断面幅方向の二方向のうちのいずれかで安定となる磁壁を内部に有する強磁性細線と、
前記強磁性細線内の長軸方向に直流パルス電流を供給することにより前記磁気モーメントの向きを反転させるパルス電流供給手段と、
前記パルス電流供給手段によって直流パルス電流が供給された際に前記磁壁が前記強磁性細線内を移動しないように該磁壁を固定する磁壁固定手段と、
前記磁壁における磁気モーメントの向きを検出する磁化方向検出手段と、
を備えることを特徴とする磁気メモリ。
【請求項13】
前記強磁性細線は、断面の縦横比が1:1.1~1:1.2であることを特徴とする請求項12に記載の磁気メモリ。
【請求項14】
前記磁壁固定手段が、前記強磁性細線の軸方向の両端部に設けられ、それぞれ磁気モーメントの向きが該強磁性細線の軸方向と平行であって且つ互いの磁気モーメントが異なる方向を向いている強磁性体である請求項12又は13に記載の磁気メモリ。
【請求項15】
前記磁壁固定手段が、磁壁を挟む両側の磁気モーメントが互いに異なる方向を向くように、該強磁性細線の軸方向に沿って磁壁の両側に設けられた反強磁性体である請求項12又は13に記載の磁気メモリ。
【請求項16】
前記回転検出手段が、前記強磁性細線の磁壁が存在する領域を含んで構成されたTMR素子である請求項12~15のいずれかに記載の磁気メモリ。
【請求項17】
前記強磁性細線の材料がパーマロイである請求項12~16のいずれかに記載の磁気メモリ。
【請求項18】
磁化中心部での磁気モーメントの向きが前記断面幅方向の二方向のうちのいずれかで安定となる磁壁を内部に有する強磁性細線と、
直流パルス電流が供給された際に前記磁壁が前記強磁性細線内を移動しないように該磁壁を固定する磁壁固定手段と、を含んで成り、前記磁気モーメントの向きによって二値情報の表現が可能な磁気メモリに対して、
前記強磁性細線の長軸方向に直流パルス電流を供給することによって前記磁気モーメントの向きを反転させることによる、磁気メモリの情報書込方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、強磁性細線に含まれる磁壁内の磁気モーメント(磁化)を利用した素子に関する。
【背景技術】
【0002】
断面径が数nm~数十nm程度のサイズの強磁性細線中の内部には、磁壁と呼ばれる磁化構造が現れることが以前より知られている。また、磁壁を有する強磁性細線に対して磁界や電流を加えることにより、磁壁が細線内を移動することが知られている。特に非特許文献1にて開示されているような、電流供給によって磁壁の位置を制御する技術は、磁界の印加によるそれと比較して素子の構成を至極簡略化することができるというメリットを有している。
【0003】
強磁性細線に電流を供給することで磁壁を移動させるとき、電流密度が増加するにつれて磁壁の移動速度は比例して増加するが、電流密度がある大きさ以上になると、突然に磁壁の移動速度が低下する。図9は電流密度と磁壁の移動速度との関係を幾つかの断面形状に関して示したグラフであり、移動速度が急激に低下する様子が示されている。図9によると、強磁性細線の断面形状が長方形から正方形に近づくにつれて、移動速度が急激に低下する閾値が減少してゆき、断面形状が正方形のときには閾値が存在しなくなることがわかる。
【0004】
磁壁の移動速度が急激に低下した後、また断面形状が正方形の場合には常に、磁壁が細線の軸方向に移動するとともに、磁壁の中心部では磁気モーメントが回転し始めることもわかっている。このとき、強磁性細線内を移動している磁壁において磁気モーメントがどのように回転するかを図10に示す。図10では、複数並べられた小矢印の向きが磁気モーメントの向きを表しており、大矢印によって示される時間順に、磁壁内の磁気モーメントが変化する様子が描かれている。図10からわかるように、磁気モーメントは強磁性細線の長軸を回転中心として、断面の面内で回転する。
【0005】

【非特許文献1】山口明啓, 他6名, "スピントランスファー効果による磁壁の電流駆動", 日本応用磁気学会誌, Vol.28, No.3, 2004, pp.343-346
【非特許文献2】Kiselev, S.I. et al. Microwave oscillations of a nanomagnet driven by a spin-polarized current. Nature 425, 380-383(2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上に述べた通り、磁壁内部の磁気モーメントが回転しているときには磁壁は細線内を移動する。そのため、この回転を利用した素子を作製しようとしたときに、強磁性細線において磁気モーメントの向きを読み出すことが困難であるという問題があった。
【0007】
本発明はこのような経緯のもとで成されたものであり、その目的とするところは、磁気モーメントの向きを容易に読み出し、それを有効に利用することが可能な素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために成された本発明に係る強磁性細線素子は、強磁性細線に含まれる磁壁の磁気モーメントの向きを利用する素子であって、
a)磁壁中心部での磁気モーメントが細線の長軸方向に対して直角方向を向いた磁壁を内部に有する強磁性細線と、
b)前記強磁性細線の長軸方向に直流電流を供給する電流供給手段と、
c)前記電流供給手段によって電流が供給された際に前記磁壁が前記強磁性細線内を移動しないように該磁壁を固定する磁壁固定手段と、
d)前記磁壁内の磁気モーメントの向きを読み出す磁化読出手段と、
を備えることを特徴とする。
【0009】
本発明において、上記の磁壁固定手段は、前記強磁性細線の軸方向の両端部に設けられ、それぞれ磁気モーメントの向きが該強磁性細線の軸方向と平行であって且つ互いの磁気モーメントが反対の方向を向いている強磁性体とすることができる。
【0010】
また、上記の磁壁固定手段は、磁壁を挟む両側の磁気モーメントが互いに異なる方向を向くように、該強磁性細線の軸方向に沿って磁壁の両側に設けられた反強磁性体とすることもできる。
【0011】
そして、本発明の強磁性細線素子における磁化読出手段は、前記強磁性細線の磁壁が存在する領域を含んで構成されたTMR素子とするのが好適である。
【0012】
本願発明者らは、上記強磁性細線素子について詳細に研究した結果、その一応用形態として、マイクロ波発振器を直ちに得ることができることに想到した。
【0013】
各種の半導体素子を含んで成る現行のマイクロ波発振器は、サイズが大きい、高温や宇宙線に対する強度が不足している、価格が高い、といった課題を抱えているため、研究や開発が活発になされている。最近ではこのような課題を解決しうる技術として、ナノ磁石を用いた発振器が非特許文献2において提案されている。
【0014】
しかし、非特許文献2に開示されている発振器は発振周波数が素子のサイズや形状で決定され、それを変化させるためには大きな外部磁界が必要であるため、発振周波数の制御が容易ではない。また、装置構成自体が複雑になってしまい、小型化に限界があるという問題もある。更に、非特許文献2で提案されている発振器は二端子素子であるため、各種制御が行い難いといった、これに付随した問題があった。
【0015】
本発明に係る強磁性細線素子に基づいて得られるマイクロ波発振器によれば、現状のマイクロ波発信器が抱える上記のような問題を解決することができる。
【0016】
本発明に係るマイクロ波発振器は、強磁性細線に含まれる磁壁の磁気モーメントを利用するマイクロ波発振器であって、
磁壁中心部での磁気モーメントが細線の長軸方向に対して直角方向を向いた磁壁を内部に有する強磁性細線と、
前記強磁性細線の長軸方向に直流電流を供給する電流供給手段と、
前記電流供給手段によって電流が供給された際に前記磁壁が前記強磁性細線内を移動しないように該磁壁を固定する磁壁固定手段と、
前記磁壁における磁気モーメントの回転を検出する回転検出手段と、
を備えることを特徴とする。
【0017】
上記強磁性細線は、断面の縦横比が1:1.1以内であって、且つ該断面の幅が20nm以下とするのが好適である。
【0018】
そして、本発明のマイクロ波発振器における回転検出手段は、前記強磁性細線の磁壁が存在する領域を含んで構成されたTMR素子とするのが好適である。
【0019】
また本発明は、磁壁中心部での磁気モーメントが細線の長軸方向に対して直角方向を向く磁壁を内部に有する強磁性細線の長軸方向に、前記磁壁が前記強磁性細線内で移動しないように該磁壁を固定しつつ直流電流を供給することにより、前記磁壁における磁気モーメントを長軸の軸中心に回転させ、該磁気モーメントの回転によるマイクロ波を取り出すマイクロ波生成方法を提供する。
【0020】
なお、本発明に係るマイクロ波発振器による発振周波数は、マイクロ波の周波数領域に限定されるものではない。
【0021】
さらに本願発明者らは、上記強磁性細線素子における細線の形状と磁気モーメントとの関係を詳細に研究した結果、他の応用形態として、磁壁における磁気モーメントの向きを利用した磁気メモリが得られることに想到した。
【0022】
このようにして成された磁気メモリは、磁化中心部での磁気モーメントの向きが前記断面幅方向の二方向のうちのいずれかで安定となる磁壁を内部に有する強磁性細線と、
前記強磁性細線内の長軸方向に直流パルス電流を供給することにより前記磁気モーメントの向きを反転させるパルス電流供給手段と、
前記パルス電流供給手段によって直流パルス電流が供給された際に前記磁壁が前記強磁性細線内を移動しないように該磁壁を固定する磁壁固定手段と、
前記磁壁における磁気モーメントの向きを検出する磁化方向検出手段と、
を備えることを特徴としている。
【発明の効果】
【0023】
本発明に係る強磁性細線素子は、電流が供給された際に磁壁が細線内を移動しないように磁壁を固定する磁壁固定手段を備える。これにより、磁壁における磁気モーメントの向きを容易に読み出すことが可能な、超小型であってしかも非常に簡便な構成の素子を得ることができる。
【0024】
磁壁固定手段は、強磁性体を細線の両端に付加したり、反強磁性体を設けるといった簡略な構成のものを利用することが可能であるため、素子サイズの小型化を図ることが可能である。
【0025】
磁気モーメントの向きを読み出すためには、形態が簡便であって、既に多くの技術やノウハウが蓄積されているTMR素子の構成を好適に利用することができるため、コスト的にもサイズ的にも有利である。
【0026】
本発明に係る強磁性細線素子は三端子構造とすることができるため、出力の制御が容易であるというメリットもある。則ち、強磁性細線に供給する電流を調整することによって出力される周波数を制御することができ、磁化読出手段であるTMR素子の電圧を調整することによって出力の制御を行うことができる。
【0027】
また、本発明に係るマイクロ波発振器によれば、以下に挙げるような、従来技術が達成し得なかった顕著な効果が得られる。
・外部磁場が必要なく、細線への電流の供給のみで駆動可能。
・超小型である。また、駆動電力も非常に少なくて済む。
・発振周波数帯が広く、また有用な周波数帯域を含んでいる。
・発振周波数は、供給する電流の電流密度によって容易に制御可能である。
・製造コストが低廉である。
【0028】
本発明に係る磁気メモリによれば、上述した強磁性細線素子の有する特長に基づく、例えば以下に挙げるような顕著な効果が得られる。
・細線へのパルス電流の供給のみで情報書込が可能。外部磁場も不要。
・超小型である。駆動電力も非常に少ない。
・製造コストが低廉である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、本発明に係る強磁性細線素子に関し、その好適な実施形態であるマイクロ波発振器、及び磁気メモリを例に挙げ、その構成の詳細を図面を参照しつつ説明する。なお、本明細書の説明において用いるグラフ等は全てシミュレーション計算により取得されたものである。いずれの場合もパーマロイの材料定数(飽和磁化:800emu/cm3、交換スティフネス定数:1×10-6erg/cm)を用いた。
【0030】
[マイクロ波発振器]
図1は本発明に係るマイクロ波発振器の一実施形態を示す概略構成図である。図1に示されているように、このマイクロ波発振器は、強磁性細線、電流供給手段、磁壁固定手段、及び回転検出手段から構成されている。
【0031】
(強磁性細線)
本発明において強磁性細線の材料は、導電性を有する強磁性体であれば、単体や合金を問わずいかなるものでも使用することができる。好適な材料の一例としてパーマロイがある。また、鉄、コバルトや、これらとボロンとの合金なども好適に使用することができる。
【0032】
強磁性細線はその内部に磁壁を有しており、その磁壁における磁気モーメントは強磁性細線の長軸方向に対して(渦を巻くのではなく)直角方向を向いている必要がある。
【0033】
本発明における強磁性細線の断面形状は、上記の条件を満たしており、直流電流の供給によって磁壁における磁気モーメントが回転する限り特に限定されるものではない。
ただし、強磁性細線に直流電流を供給したときに、なるべく小さい電流で磁気モーメントを回転させるためには、磁気モーメントが回転し始める閾値が低い方が好ましい。そのためには、強磁性細線の断面の縦横比は1:1.1以内とするのがよく、その形状は矩形(正方形)や楕円(円)が好適である。断面がこのような形状の場合、磁壁内の磁気モーメントが細線断面のどの方向を向いても磁壁の構造は大きく変化しないので、磁気モーメントの回転による磁壁エネルギの変化は小さい、もしくは変化しない(円の場合)。従って、磁壁内の磁気モーメントは自由に回転できるからである。
さらに、磁気モーメントの回転速度を上げるためには強磁性細線の断面の幅が小さい方が望ましく、20nm以下程度が好適である(図3参照)。
【0034】
なお、強磁性細線の軸方向の長さは、内部に磁壁が存在でき、且つ磁壁固定手段(後述)により磁壁の移動を固定することができる限り、特に限定されるものではない。
【0035】
図3は、細線断面形状を正方形とした場合の、磁壁を固定した状態での磁気モーメントの回転速度と細線の幅との関係を表すグラフ(シミュレーション結果)である。これによると、細線の幅をなるべく小さくすることにより、高い周波数の発振が可能となることがわかる。また、細線の幅が(A/2πMs2)1/2で表される交換長程度以下の場合には、回転速度が最大の状態で一定となることがわかる(ここでMsは飽和磁化を表し、Aは交換スティフネス定数を表す。)。
【0036】
図4に、細線の断面形状を4×4nmの正方形としたとき、細線に供給する電流の電流密度と磁気モーメントの回転速度との関係を表すグラフを示す。この場合は磁壁の固定を行っていない。図4のグラフより、磁気モーメントの回転速度は電流密度の大きさに比例することがわかる。従って、本発明のマイクロ波発振器は、発振周波数の制御を供給する電流の電流密度によって制御することが可能である。
【0037】
(電流供給手段)
本発明において、磁気モーメントを回転させる手段は、先に述べた通り、強磁性細線の軸方向に沿った直流電流の供給である。磁気モーメントの回転速度つまり発振周波数を制御するためには、供給する電流の電流密度を調節できる機能を有していることが好ましい。
【0038】
(磁壁固定手段)
磁壁固定手段について説明する。磁壁固定手段は、強磁性細線に電流が供給されたときに、その内部で磁壁が移動することを防止するための機構である。
本発明において磁壁固定手段は上記の目的を達成出来る限りどのようなものでもよいが、一例として、図1に示すように強磁性細線の軸方向の両端部のそれぞれに、強磁性細線よりも断面積が大きく且つ体積が大きい強磁性体を設けるという手法を好適に用いることができる。このとき、両端部に設ける強磁性体の磁気モーメントの向きは強磁性細線の長軸方向と平行であって、且つ、これらの強磁性体における磁気モーメントの向きは互いに反対方向となるようにする。
【0039】
図5に、図1の構造において、供給する電流の電流密度と、強磁性細線の軸方向の中央部(磁壁が存在する位置)における磁気モーメントの回転速度の変化との関係を表すグラフを示す。強磁性細線の軸方向の長さを32nmとし、断面形状は正方形であって一辺が4nmとした。両端部に設けた強磁性体は断面が8×8nmであり、長さが断面の一辺の数倍である立方体とした。図5より、まず、電流の供給後も磁気モーメントの回転が検出されたことから、この構造によって磁壁を強磁性細線内に固定できることが確認された。また、電流を所定の限界を超えて過剰に供給すると、磁壁が強磁性細線から出て行ってしまうことが示された(一旦磁壁が強磁性細線から出て行ってしまうと最早マイクロ波発振素子として使用できなくなる。)。
【0040】
磁壁固定手段の他の構成形態として図2に示すものも考えられる。これは、強磁性細線の磁壁の両側に反強磁性体を該強磁性細線の軸方向に沿って、磁壁を挟む両側の磁気モーメントが互いに異なる方向を向くように設けたものである。この構成では、強磁性体-反強磁性体の直接交換結合により、反強磁性体が接している箇所の磁気モーメントが一方向に揃う。これによって、強磁性細線内の磁気モーメントを固定することが可能である。
【0041】
また磁壁固定手段は、強磁性細線に電流が供給されたときに、その内部で磁壁が移動しないようにする役割を果たしさえすればよいから、強磁性細線において電流が供給されたときに磁壁が移動する方向の側のみに、上述したような強磁性細線よりも体積が大きな強磁性体を設けたり、反強磁性体を設けたりするだけでもよい。ただし、このような磁壁固定手段によって揃えられる磁気モーメントの向きは、磁壁が移動する向きに対して反対を向いている必要がある。
【0042】
なお、上述したような種々の磁壁固定手段を用いることにより磁壁の位置は強磁性細線内で移動せず固定することができるが、これによって磁壁内部の磁気モーメントの回転が妨げられることはない。また、磁壁固定手段によって磁壁の移動を防止することにより、図6(細線に供給する電流密度と磁気モーメントの回転速度との関係を示すグラフ)に示すように、磁壁内の磁気モーメントの回転速度が磁壁を固定していない場合のそれと比較すると増加するという効果が得られる。
【0043】
(回転検出手段)
本発明において、磁気モーメントの回転を検出するための回転検出手段は特に限定されるものではないが、簡便な構造で回転を検出できるという観点からすると、TMR素子の構造を利用することが望ましい。TMR素子の基本的な構造は、強磁性金属層でもってトンネル障壁層を挟み込むという積層構造である。本発明の回転検出手段では、強磁性細線において磁壁が存在する領域を一つの強磁性金属層とみなし、その上にトンネル障壁層を設け、さらにその上に強磁性金属から成り、磁気モーメントの向きを強磁性細線の軸方向に対して直交方向に固定した磁化固定層を設けた構成とすることによりTMR素子を構成し、容易に磁壁中の磁気モーメントの回転を検出することが可能となる。なお、3層以上の構成としてももちろん構わない。
【0044】
上記にて説明した実施形態によれば、本発明に係るマイクロ波発振器は三端子構造(図1、図2参照)とすることができるため、出力の制御が容易である。則ち、強磁性細線に供給する電流を調整することによって出力される周波数を制御することができ、回転検出手段であるTMR素子の電圧を調整することによって出力の制御を行うことができる。
【0045】
[磁気メモリ]
以下、本発明に係る強磁性細線素子の他の好適な実施形態である磁気メモリについて説明する。
【0046】
本願発明者らは、細線の断面形状を断面幅が断面高さより長い形状とすることにより、磁化中心部での磁気モーメントの向きが、前記断面幅方向の正方向及び逆方向の二方向のうちのいずれかで安定となることを見いだした。つまり、強磁性細線がこのような構造を有する場合には、磁壁内の磁気モーメントの向きは2つの方向のみを取り得る。本願発明者らは、この特徴を利用することにより、非常に簡便な構成で磁気メモリを得られることに想到した。
【0047】
本発明に係る磁気メモリの一実施形態の概略構成図を図7に示す。この磁気メモリの構成は、先に述べたマイクロ波発振器の構成とほぼ同一である。ただし、上述したように、強磁性細線の断面形状は断面の縦横比が1:1.1~1:1.2とするのがよい。この場合も、断面形状は矩形や楕円を問わず、いかなるものでも構わない。また、応答性を上げるために、断面の幅は20nm以下とするのが望ましい。これにより、図7の下段に示すように、磁壁内で磁気モーメントが安定に存在する向きは、二種類のうちのいずれかとなる。片方の磁気モーメントの向きを0とし、他方の方向を1とすることにより、二値情報を読み取ることが可能である。この情報の読み取りは、マイクロ波発振器における構成と同様に、TMR素子の構成を利用するのが好ましい。
なお、図7の例では、磁壁固定手段として反強磁性体が用いられているが、これに限定する必要はもちろんなく、磁壁が磁性細線内で動かないように固定できる限り、上述したマイクロ波発振器に適用可能な構成を含め、いかなる機構を用いても構わない。
【0048】
(情報の書込み)
情報を書き込むとき、すなわち磁気モーメントの向きを反転させる場合には、パルス電流供給手段により、強磁性細線の長軸方向に直流パルス電流を供給するのがよい。図8に、素子の断面形状が幅4.5nm、高さ4nmである強磁性細線に対し、電流密度が7.5×1011A/m2、パルス長が0.1nmの直流パルス電流を供給した場合の磁壁内の磁気モーメントの向きを計算した結果を示す。図8のグラフでは、縦軸の正負が磁気モーメントの向きを表している。これによると、パルス電流を供給した後、0.5nm程度で磁気モーメントの向きが反転し、その後多少の振動がみられるが、磁壁内で磁気モーメントの向きが反転したことが示されている。
【0049】
以上、本発明に係る強磁性細線素子について、マイクロ波発振器及び磁気メモリを具体例として挙げて説明を行ったが、上記は例に過ぎないことは明らかであり、本発明の精神内で適宜に改良や変更を行ったとしても構わないことは当然である。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明に係るマイクロ波発振器の一実施形態を示す概略構成図。
【図2】本発明に係るマイクロ波発振器の他の実施形態を示す概略構成図。
【図3】磁壁を固定した状態での磁壁における磁気モーメントの回転速度と細線の幅との関係を示すグラフ。
【図4】細線に供給する電流密度と磁壁における磁気モーメントの回転速度との関係を示すグラフ。
【図5】図1の構造を有する細線に供給する電流密度と磁壁における磁気モーメントの回転速度との関係を示すグラフ。
【図6】磁壁が固定されている場合および固定されていない場合における、細線に供給する電流密度と磁壁における磁気モーメントの回転速度との関係を示すグラフ。
【図7】本発明に係る磁気メモリの一実施形態の概略構成図。
【図8】強磁性細線の長軸方向に直流パルス電流を供給した場合の磁壁における磁気モーメントの向きの変化を示すグラフ。
【図9】強磁性細線に供給する電流の電流密度と磁壁の移動速度との関係を示すグラフ。
【図10】磁壁における磁気モーメントの回転の様子を表す図。
図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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