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明細書 :前立腺がん検査用尿中バイオマーカー

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第6312141号 (P6312141)
登録日 平成30年3月30日(2018.3.30)
発行日 平成30年4月18日(2018.4.18)
発明の名称または考案の名称 前立腺がん検査用尿中バイオマーカー
国際特許分類 G01N  33/68        (2006.01)
G01N  27/62        (2006.01)
FI G01N 33/68
G01N 27/62 V
G01N 27/62 X
請求項の数または発明の数 21
全頁数 16
出願番号 特願2014-508014 (P2014-508014)
出願日 平成25年3月28日(2013.3.28)
国際出願番号 PCT/JP2013/059208
国際公開番号 WO2013/146997
国際公開日 平成25年10月3日(2013.10.3)
優先権出願番号 2012078963
優先日 平成24年3月30日(2012.3.30)
優先権主張国 日本国(JP)
審査請求日 平成28年2月9日(2016.2.9)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
発明者または考案者 【氏名】中山 憲司
【氏名】清水 一治
【氏名】内海 潤
【氏名】井上 貴博
【氏名】小川 修
個別代理人の代理人 【識別番号】110001656、【氏名又は名称】特許業務法人谷川国際特許事務所
審査官 【審査官】赤坂 祐樹
参考文献・文献 特開平11-178580(JP,A)
特開2008-202978(JP,A)
特表2002-519701(JP,A)
特表2004-509934(JP,A)
Michel S,Involvement of the C-terminal end of the prostrate-specific antigen in a conformational epitope: characterization by proteolytic degradation of monoclonal antibody-bound antigen and mass spectrometry,J Mol Recognit,2001年,14(6),406-413
調査した分野 G01N 33/48-33/98
G01N 27/62
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
特許請求の範囲 【請求項1】
下記のペプチドからなる前立腺疾患検査用尿中バイオマーカー。
(a) 配列番号1に示すアミノ酸配列からなるペプチド
【請求項2】
下記のペプチドからなる前立腺がん検査用尿中バイオマーカー。
(a) 配列番号1に示すアミノ酸配列からなるペプチド
【請求項3】
下記(b)~(d)から選択される少なくとも1種のペプチドからなる前立腺疾患検査用尿中バイオマーカーと組み合わせて用いられる、請求項1記載の尿中バイオマーカー。
(b) 配列番号2に示すアミノ酸配列からなるペプチド
(c) 配列番号3に示すアミノ酸配列からなるペプチド
(d) 配列番号4に示すアミノ酸配列からなるペプチド
【請求項4】
下記(b)~(d)から選択される少なくとも1種のペプチドからなる前立腺がん検査用尿中バイオマーカーと組み合わせて用いられる、請求項2記載の尿中バイオマーカー。
(b) 配列番号2に示すアミノ酸配列からなるペプチド
(c) 配列番号3に示すアミノ酸配列からなるペプチド
(d) 配列番号4に示すアミノ酸配列からなるペプチド
【請求項5】
前記全てのペプチドは、前立腺がん患者において高値で検出されるペプチドである請求項1ないし4のいずれか1項に記載の尿中バイオマーカー。
【請求項6】
前記全てのペプチドは、前立腺がん患者において、既知の非前立腺がん患者集団における尿中ペプチド量の平均値の2倍以上の値を示すペプチドである請求項5記載の尿中バイオマーカー。
【請求項7】
下記のペプチドからなる前立腺疾患検査用尿中バイオマーカー。
(1) 質量分析によるm/zが2332±4であるペプチド
【請求項8】
下記のペプチドからなる前立腺がん検査用尿中バイオマーカー。
(1) 質量分析によるm/zが2332±4であるペプチド
【請求項9】
下記(2)~(4)から選択される少なくとも1種のペプチドからなる前立腺疾患検査用尿中バイオマーカーと組み合わせて用いられる、請求項7記載の尿中バイオマーカー。
(2) 質量分析によるm/zが1243±3であるペプチド
(3) 質量分析によるm/zが1314±3であるペプチド
(4) 質量分析によるm/zが2444±4であるペプチド
【請求項10】
下記(2)~(4)から選択される少なくとも1種のペプチドからなる前立腺がん検査用尿中バイオマーカーと組み合わせて用いられる、請求項8記載の尿中バイオマーカー。
(2) 質量分析によるm/zが1243±3であるペプチド
(3) 質量分析によるm/zが1314±3であるペプチド
(4) 質量分析によるm/zが2444±4であるペプチド
【請求項11】
前記全てのペプチドは、前立腺がん患者において高値で検出されるペプチドである請求項7ないし10のいずれか1項に記載の尿中バイオマーカー。
【請求項12】
前記全てのペプチドは、前立腺がん患者において、既知の非前立腺がん患者集団における尿中ペプチド量の平均値の2倍以上の値を示すペプチドである請求項11記載の尿中バイオマーカー。
【請求項13】
被検者から採取された尿検体を分析し、請求項1ないし12のいずれか1項に記載の尿中バイオマーカーの存否又は存在量を調べることを含む、前立腺疾患の検査のための方法。
【請求項14】
被検者から採取された尿検体を分析し、請求項1ないし12のいずれか1項に記載の尿中バイオマーカーの存否又は存在量を調べることを含む、前立腺がんの検査のための方法。
【請求項15】
尿検体の分析が、質量分析法、クロマトグラフィー法、電気泳動法、イムノアッセイ法、マイクロアレイ法又はこれらのうちのいずれかの組み合わせにより行なわれる請求項13又は14記載の方法。
【請求項16】
尿検体を前処理した後に分析が行なわれる請求項13ないし15のいずれか1項に記載の方法。
【請求項17】
尿検体をイオン交換処理した後に質量分析法による分析が行なわれる請求項15記載の方法。
【請求項18】
前記尿検体が、被検者に対し前立腺マッサージを実施した後に採取された尿検体である請求項13ないし17のいずれか1項に記載の方法。
【請求項19】
前記被検者が前立腺がんの疑いのある被検者であり、前記尿中バイオマーカーを指標として前立腺がんと前立腺肥大症との判別を補助する、請求項13ないし18のいずれか1項に記載の方法。
【請求項20】
前記被検者が前立腺がん治療中又は治療後の患者であり、前記尿中バイオマーカーを指標として前立腺がんの治療効果のモニタリングを補助する、請求項13ないし18のいずれか1項に記載の方法。
【請求項21】
前記被検者が前立腺がん治療後の患者であり、前記尿中バイオマーカーを指標として前立腺がんの再発のモニタリングを補助する、請求項13ないし18のいずれか1項に記載の方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な前立腺がん検査用尿中バイオマーカーに関する。
【背景技術】
【0002】
前立腺がんは欧米諸国では罹患率の高い悪性疾患であり、我が国でも近年その罹患率の増加は著しい(非特許文献1)。前立腺がん死亡数は2009年には我が国において10,036人と1万人を超え、これも増加傾向にある(非特許文献2)。したがって、前立腺がんの診断技術の向上と新たな治療法の開発は社会的にもその要望が高い。
【0003】
1979年にWangらによって精漿から分離された前立腺特異抗原 (PSA: prostate-specific antigen) は237個のアミノ酸からなる分子量34kDaの糖タンパク質であり、ヒトカリクレイン3と同一物質である(非特許文献3)。血清中のPSA測定は、現在では前立腺がんの診断や再発の判定のみならず、予後の予測や治療効果判定にも広く用いられている。血清PSAは、前立腺がん検出感度はよいが、前立腺特異抗原であって前立腺がん特異抗原でないので、前立腺肥大症、前立腺炎などの良性疾患や直腸診、射精行為でもPSAが上昇することがあるため、そのがん検出特異度は低い。従って、基準値である4ng/mLを精密検査の血清PSA値カットオフとすると、偽陽性率が高く、結果として、患者の身体的負担が大きい不必要な前立腺生検が施行されることになる。実際、血清PSA値が4~10ng/mLのいわゆるグレイゾーンにおいては前立腺がんの陽性率は25~30%であり、この範囲の値では約70%で不要な生検が行われているとされている(非特許文献4)。従って、非がん患者の不必要な生検を回避し、血清PSAに比べ前立腺がん患者をより効率よく検出する新たなバイオマーカーが切に望まれている。
【0004】
さらに、患者から得る臨床試料の採取法にも改善が求められている。血液は一般的な臨床試料であるが、疾患の経時的なモニタリングの際には採血が頻回になると採血量の制限がかかることがある。より負担の少なく採取できる臨床試料が利用できれば、より好ましい。毎日排泄される尿は非侵襲的に採取可能であり、尿中マーカーは倫理的にも理想的な検査材料である。さらには、前立腺の腺管は尿道に開口しているので、随時尿と前立腺マッサージ後尿を比較することで前立腺から直に分泌されている様々な物質を検出することが可能である。実際、尿を検体とした診断方法として、(1)尿中RNA、(2)尿中DNA、(3)尿中タンパク質、(4)尿中代謝物などがある。このうち、Non-coding RNAである前立腺がん遺伝子3(PCA3)は、前立腺がんで発現が高く、正常の前立腺ではその発現が低いことが報告され(非特許文献5)、このPCA3を尿中で検出する前立腺がん診断法の報告が近年散見される(非特許文献6)が、臨床現場の検査法としては血清PSAを凌駕する方法までには至っておらず、またその他の尿中成分を用いた診断方法も研究段階にある。従って、新たに疾患関連性のある尿中ペプチドやタンパク質断片による前立腺疾患検査法が確立されれば、その臨床的意義は非常に高い。
【0005】
尿中には、分子量10kDa以下のペプチドやタンパク質断片が多種存在し、その排泄量は健常人でも通常数十mg/dayに達する(非特許文献7)。尿は、非侵襲的なサンプリングが可能であり、プロテアーゼの活性も低く、血液・腎臓・膀胱・卵巣・前立腺などに由来する物質を含んでいることから、分子量10kDa以上のタンパク質を標的にした疾患関連マーカー探索に関するプロテオミクス研究が多面的に実施されている(非特許文献8、9)。
【0006】
網羅的なペプチドやタンパク質解析の手法として一般的な方法は、二次元電気泳動法や液体クロマトグラフィーであるが、一般に分子量1万以上の分子分画に適しており、低分子量タンパク質やペプチドの特異的検出には適していない。また、Surface Enhanced Laser Desorption/Ionization (SELDI) と飛行時間型質量分析装置(Time-of-flight/Mass spectromery: TOF/MS)を組み合わせたプロテインチップテクノロジーが開発され、新規腫瘍マーカーの検出のなどに活用されたが(非特許文献10)、SELDI-TOF/MSで検出された疾患関連マーカーピークは、構造決定(アミノ酸配列決定)が出来ないことから、検証的な臨床検査には不向きである。
【0007】
前立腺がんに関しては、Theodorescuらが尿検体のキャピラリー電気泳動(capillary electrophoresis: CE)-TOF/MS解析を行い、12種のペプチドピークを検出・同定し、前立腺がん関連マーカー候補として報告しているが(非特許文献11)、まだ実用化には至っていない。また、Okamotoらは、前立腺マッサージ後尿を検体として、シナピン酸をマトリックスとしてm/z2,500~150,000の質量範囲でのSELDI-TOF/MS解析を行い、前立腺肥大症と有意に異なる72種のピークを検出している(非特許文献12)が、検出された多くのピークは同定されなかったため、臨床応用されていない。
【0008】
産業応用を目指した特許文献1~8には、20~30残基程度以下の短いPSA断片が開示されているが、これらはいずれもPSAの配列を解析し、エピトープなど特定の生物学的効果を誘導する領域から成るペプチドであり、天然物ではなく人工物である。実際の尿中にこうした短いPSA断片が存在し、それが前立腺がん検査用マーカーとして利用可能であるという開示情報は一切なく、また臨床検査用に実用化されているものはない。
【先行技術文献】
【0009】

【特許文献1】特許第3782100号公報
【特許文献2】特許第4035845号公報
【特許文献3】特表2011-500718号公報
【特許文献4】特表2000-506520号公報
【特許文献5】米国特許第6,946,133号公報
【特許文献6】米国特許第5,807,978号公報
【特許文献7】米国特許第6,326,471号公報
【特許文献8】特許第4364643号公報
【0010】

【非特許文献1】American Cancer Society. (2010) Cancer facts and Figures 2010, Atlanta: American Cancer Society.
【非特許文献2】がん情報サービス,国立がん研究センターがん対策情報センター,URL: http://ganjoho.jp/professional/index.html
【非特許文献3】Wang MC, et al. (1979) Purification of a human prostate specific antigen. Invest Urol. 17:159-63.
【非特許文献4】Chou R, et al. (2011) Prostate cancer screening--the evidence, the recommendations, and the clinical implications. JAMA. 306:2721-2722.
【非特許文献5】de Kok JB, et al. (2002) DD3 (PCA3), a very sensitive and specific marker to detect prostate tumors. Cancer Res. 62:2695-2698.
【非特許文献6】Lee GL, et al. (2011) Prostate cancer: diagnostic performance of the PCA3 urine test. Nat Rev Urol. 8:123-124.
【非特許文献7】Norden AG, et al. (2004) Quantitative amino acid and proteomic analysis: very low excretion of polypeptides >750 Da in normal urine. Kidney Int. 66:1994-2003.
【非特許文献8】Adachi J, et al. (2006) The human urinary proteome contains more than 1500 proteins, including a large proportion of membrane proteins. Genome Biol. 7:R80.
【非特許文献9】Afkarian M, et al. (2010) Optimizing a proteomics platform for urine biomarker discovery. Mol Cell Proteomics. 9:2195-2204.
【非特許文献10】De Bock M, et al. (2010) Challenges for biomarker discovery in body fluids using SELDI-TOF-MS. J Biomed Biotechnol, 2010:906082.
【非特許文献11】Theodorescu D, et al. (2008) Discovery and validation of urinary biomarkers for prostate cancer. Proteomics Clin Appl. 2:556-570.
【非特許文献12】Okamoto A, et al. (2009) Protein profiling of post-prostatic massage urine specimens by surface-enhanced laser desorption/ionization time-of-flight mass spectrometry to discriminate between prostate cancer and benign lesions. Oncol Rep. 21:73-79.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記のとおり、特異性が高く簡便に前立腺がんを検出し得るバイオマーカーはまだ確立されておらず、医療現場では有用なバイオマーカーの開発が重要な課題となっている。本発明は、非侵襲で且つ従来よりも精度の高い前立腺がん検査を可能にする新規な手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願発明者らは、前立腺がん患者及び前立腺がんに罹患していない非がん被検者の尿検体を鋭意分析した結果、前立腺がんにおいて有意に高値又は低値を示すペプチドを新たに同定することに成功し、これらの尿中ペプチドを指標とすれば、前立腺がんの検出や前立腺がんと前立腺肥大症との識別、前立腺がん治療の治療効果のモニタリング、術後再発のモニタリングなどを包含する様々な前立腺がん関連検査が可能になることを見出し、本願発明を完成した。
【0013】
すなわち、本発明は、下記のペプチドからなる前立腺疾患検査用尿中バイオマーカーを提供する。
(a) 配列番号1に示すアミノ酸配列からなるペプチ
【0014】
また、本発明は、下記のペプチドからなる前立腺がん検査用尿中バイオマーカーを提供する。
(a) 配列番号1に示すアミノ酸配列からなるペプチ
【0015】
また、本発明は、下記のペプチドからなる前立腺疾患検査用尿中バイオマーカーを提供する。
(1) 質量分析によるm/zが2332±4であるペプチ
【0016】
また、本発明は、下記のペプチドからなる前立腺がん検査用尿中バイオマーカーを提供する。
(1) 質量分析によるm/zが2332±4であるペプチ
【0017】
さらに、本発明は、被検者から採取された尿検体を分析し、上記本発明の尿中バイオマーカーの存否又は存在量を調べることを含む、前立腺疾患の検査のための方法を提供する。さらに、本発明は、被検者から採取された尿検体を分析し、上記本発明の尿中バイオマーカーの存否又は存在量を調べることを含む、前立腺がんの検査のための方法を提供する。

【発明の効果】
【0018】
本発明により、様々な局面での前立腺がん検査に使用可能な尿中ペプチドマーカーが新たに提供された。尿は非侵襲的に採取可能であり、尿中マーカーは倫理的にも実用的にも理想的なマーカーである。従来のPSA検査では前立腺肥大症との区別が困難であるが、本発明によれば、前立腺がんと前立腺肥大症を区別して検出することも可能であり、検査方法としての精度にも優れている。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】健常者、前立腺肥大症患者および前立腺がん患者の尿検体(前立腺マッサージ後尿)の質量分析結果のデータの代表例2例を示す。
【図2】m/z2332をprecursorイオンとしてアミノ酸配列を同定した結果を示す図である。
【図3】m/z1243をprecursorイオンとしてアミノ酸配列を同定した結果を示す図である。
【図4】m/z1314をprecursorイオンとしてアミノ酸配列を同定した結果を示す図である。
【図5】m/z2444をprecursorイオンとしてアミノ酸配列を同定した結果を示す図である。
【図6】非がん患者17例(健常者9例、前立腺肥大症患者8例)、前立腺がん患者14例について、尿中のm/z2332ペプチド量及び血清中PSA量を比較した結果を示す図である。(a)は血清中PSA量を非がん患者群及び前立腺がん患者群間で比較した結果、(b)は血清中PSA量を健常者群、前立腺肥大症患者群及び前立腺がん患者群間で比較した結果、(c)は尿中m/z2332ペプチド量(相対値)を非がん患者群及び前立腺がん患者群間で比較した結果、(d)は尿中m/z2332ペプチド量(相対値)を健常者群、前立腺肥大症患者群及び前立腺がん患者群間で比較した結果である。(a)及び(b)の図中の灰色で示した領域(4.0ng/mL以上)は、血清中PSA量によるがん検査において異常ありと判断される領域である。
【図7】従来のPSA検査(横軸)とm/z2332のPSA断片1による検査法(縦軸)の結果を比較したグラフである。図中の灰色で示した領域(4.0ng/mL以上)は、血清中PSA量によるがん検査において異常ありと判断される領域である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明において、「非前立腺がん患者」とは、前立腺がんに罹患していない者であり、健常者及び前立腺肥大症患者の両者が包含される。「非前立腺肥大症患者」とは、前立腺肥大症に罹患していない者であり、健常者及び前立腺がん患者の両者が包含される。「健常者」とは、前立腺がんも前立腺肥大症もいずれも罹患していない者である。男性では加齢に伴って前立腺が肥大する場合があり、排尿遅延や頻尿などの症状があっても日常生活に不便を感じていなければ治療は不要である。疾患の重大性からみると、致死性疾患であるがんと非致死性の非がん状態の鑑別は非常に重要である。

【0021】
本願発明者らが前立腺がん検査のためのバイオマーカーとして使用できることを新たに見出した尿中ペプチドは、下記表1に示すペプチドである。

【0022】
【表1】
JP0006312141B2_000002t.gif

【0023】
(1)~(4)のペプチド(PSA断片1~3、及びβ2ミクログロブリン断片1)は、前立腺がん患者の尿において高値で検出される。ここでいう「高値」とは、既知の非前立腺がん患者の集団(健常者集団でも健常者+前立腺肥大症患者集団でもよい)について尿中ペプチド量を分析して得られた検出値の平均値よりも高いことをいい、特に限定されないが、例えば該平均値の2倍以上の値であり得る。健常者や前立腺肥大症患者では、(1)~(4)のペプチドは、検出されないか又は低値である。これら(1)~(4)のペプチドについては、被検者由来の尿検体において高値で検出された場合に、該被検者は前立腺がんを罹患している可能性が高いと判定することができる。(1)~(4)のペプチドは、前立腺がんマーカー(前立腺がん特異的尿中バイオマーカー)と呼ぶことができる。従来技術では、尿検体を試料として(1)~(4)のペプチドを前立腺疾患の検査マーカーとして利用する報告は見当たらない。

【0024】
表1の中でも、(1)~(4)のペプチド、特には(1)~(3)のペプチド(PSA断片)、とりわけ(1)のペプチドが、前立腺がん検査用尿中バイオマーカーとして好ましいペプチドである。これらのペプチドは、前立腺がん特異的マーカーとして好ましく使用できる。従来法のPSA検査では、前立腺がんと前立腺肥大症の区別は困難であり、前立腺肥大症においても高値を示すが、本発明のマーカーペプチド、とりわけ(1)のペプチドによれば、前立腺肥大症と区別して前立腺がん患者を検出することができる。さらに(4)のペプチド(β2ミクログロブリン断片1)を加えることによって、前立腺がんの検出の精度は高くなる。前立腺がん検査には、検査の目的に応じて適宜ペプチドを選択して用いればよく、表1に記載したペプチド群から選択される少なくとも1種、例えば2種以上を組み合わせて用いて検査を実施できる。

【0025】
本発明のバイオマーカーは、様々な局面における前立腺がん検査に用いることができる。例えば、健康診断等における前立腺がんのスクリーニングのほか、前立腺がんと前立腺肥大症との判別(前立腺肥大症の検出)、前立腺がん治療中又は治療後の治療効果のモニタリング、前立腺がん治療後の再発の検出、患者の予後の判定等に本発明のバイオマーカーを利用することができる。本発明において、「前立腺がん検査」という語には、これらの各種の検査が包含される。また、本発明において、「前立腺疾患」との語は前立腺がん及び/又は前立腺肥大症を意味する。「前立腺疾患検査」とは、上記定義による「前立腺がん検査」と同義であり、前立腺肥大症の検出も本発明の範囲に包含される。

【0026】
従来のPSA検査を含む一般の健康診断や人間ドックにおいて、PSA高値及び前立腺の肥大症状などから前立腺がんの疑いがもたれた被検者については、精密検査によって前立腺肥大症か前立腺がんかどうかを判別することになる。こうした前立腺がんの疑いのある患者についてはとりわけ、前立腺肥大症と区別して前立腺がん患者を検出可能なペプチドマーカー(例えば上記(1)のペプチド)を好ましく用いることができる。

【0027】
本発明のバイオマーカーを用いた前立腺がん検査では、被検者から採取した尿検体を分析する。尿検体は、通常の排尿時の検体でもよいが、前立腺マッサージ後に採取することがより好ましい。前立腺マッサージは常法通りでよく、例えば、直腸内に示指を挿入し、前立腺の左右および中央を底部から尖部にかけておのおの3回程度マッサージすればよい。

【0028】
尿検体の分析手法は特に限定されず、公知のいかなる手法を用いてもよい。ペプチドマーカーを検出するための検体の分析方法としては、例えば質量分析法、クロマトグラフィー法(液体クロマトグラフィー[LC]、ガスクロマトグラフィー[GC]等)、電気泳動法(キャピラリー電気泳動等)、免疫抗体を用いたイムノアッセイ法、検出手法として抗体やアプタマーの利用、結合担体としてマイクロプレート、マイクロアレイ、メンブランストリップ、ビーズ、検出原理として発光法、蛍光法、表面プラズモン共鳴法など、すでに確立された技術が挙げられ、本発明でもこれらの手法を適宜組み合わせて用いることができる。なお、本発明において、「検出」には定性的検出(ペプチドの存否の検出)及び定量的検出(ペプチドの存在量の測定)の両者が包含され、定量的検出には半定量的検出も含まれる。その検出値は、質量分析法では検出イオンのシグナル強度で示されるが、電気泳動、液体クロマトグラフィー、ELISAなどのイムノアッセイ法等であれば、ペプチドの含有量で示すことができる。本発明では、がん患者と非がん患者との鑑別ができれば、ペプチドマーカーの表記単位は特に問うものではない。

【0029】
尿検体は、使用する分析手法に応じて、分析前に適宜前処理してよい。前処理により、尿中ペプチドマーカーの分析をより安定的に実施することができる。前処理方法自体は常法であり、例えば、細胞成分の除去、分子篩膜での濃縮、ペプチド吸着担体での濃縮、イオン交換処理による分画等を挙げることができる。このような前処理を1種又は2種以上組み合わせて実施することができる。例えば、本発明のペプチドマーカーは分子量1万以下であるが、分子量1万以下の領域、特に分子量1000~5000の領域を分子篩膜(例えば平膜、ホローファイバー膜)により分画採取して濃縮分離する前処理や、上記の分子量範囲をカバーする多孔性レジンにイオン交換基を導入して吸着分離する前処理などが、本発明の検査方法における尿検体の前処理法として有用であり得る。

【0030】
質量分析法としては、例えば、レーザーイオン化飛行時間型質量分析法 (Laser-Desorption/Ionization Mass Spectrometry:LDI-TOF/MS)、及びエレクトロスプレーイオン化質量分析法(Electro-Spray Ionization Mass Spectrometry:ESI-MS)を挙げることができる。いずれも分析装置が市販されており、当業者であれば容易に実施することができる。

【0031】
TOF/MS法では、TOF/MS装置によって得られるスペクトルのパターン分析によって、目的とするマーカーペプチドを検出することができる。上記表1に示した特定のm/z値のピークが存在するかどうかによって、尿検体中にペプチドが存在するかどうかという定性的検出ができるほか、スペクトルのm/zピークの高値・低値によって定量的検出も可能である。なお、m/z値には使用する機器等によって若干の誤差があるため、表1中にはその誤差も含めて示してある。LDI-TOF/MSの具体例としては、マトリックス支援レーザーイオン化 (Matrix-Assisted Laser Desorption/Ionization) 飛行時間型質量分析法 (MALDI-TOF/MS法)、表面増強レーザー脱離イオン化 (Surface Enhanced Laser Desorption/Ionization) 飛行時間型質量分析法 (SELDI-TOF/MS法)などを例示できる。

【0032】
MALDI-TOF/MS法は、MALDIとTOF/MSを組み合わせたプロテオーム解析法である。下記実施例には本解析法を用いた具体例が記載されている。尿検体に適当な前処理(不純物の除去、タンパク質の変性・濃縮・脱塩処理、精製等)を施して分析用試料とし、これにα-シアノ-4-ヒドロキシ桂皮酸(CHCA)及びジヒドロキシ安息香酸(DHB)等のマトリックス溶液を加えてMALDI-TOF/MSシステムにアプライすればよい。

【0033】
SELDI-TOF/MS法は、SELDIとTOF/MSを組み合わせたプロテインチップ技術である。尿検体に適当な前処理を施して分析用試料とし、プロテインチップに分析用試料をアプライしてマーカーペプチドをチップ上に吸着させ、SELDI-TOF/MS質量分析装置に装填すればよい。疎水性基やイオン交換基、金属イオン固定基等の官能基を固定化したチップのほか、目的とするマーカーペプチドに対する特異的結合分子(例えば抗体、抗体断片、アプタマー等)を固定化したチップを常法により作製して用いることもできる。

【0034】
ESI-MS法の場合は、高速液体クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー等の分離手段と質量分析計を直結させて用いることが好ましい。本発明のマーカーペプチドは比較的低分子量なので、ESI-MSを用いてマーカーペプチドの検出を行う場合には、低分子量のペプチドの分離に適した条件で分離手段を使用することが望ましい。

【0035】
マーカーペプチドの検出を免疫抗体を用いたイムノアッセイ法により実施する場合、周知のいずれのイムノアッセイ法でも適用可能である。イムノアッセイ法を反応形式に基づいて分類すると、サンドイッチ法、競合法、凝集法、ウエスタンブロット法等があり、また、標識に基づいて分類すると、ラジオイムノアッセイ、蛍光イムノアッセイ、酵素イムノアッセイ(EIA)、ビオチンイムノアッセイ等があるが、これらのいずれもが「イムノアッセイ」に包含され、本発明のペプチドマーカーの検出に用いることができる。特に限定されないが、具体例を挙げると、ELISA、免疫比濁法(TIA法)、ラテックス免疫凝集法(LATEX法)、電気化学発光免疫測定法(ECLIA法)、イムノクロマトグラフィー等の手法を用いることができる。またさらには、ガラスやポリマーアレイに抗体を固定化して目的タンパク質を検出するマイクロアレイ法(プロテインチップ法)やメンブランストリップ法、イムノビーズ法などを用いることもできる。さらに、複数バイオマーカーを同時測定する、マルチプレックスアッセイも利用可である。たとえば、96ウェルプレートの各ウェル内に複数の異なる抗体をスポット状に固相化し、基本原理はELISA法であるが検出にECLを用いて、同一ウェル内で生じる発光を別々に検出する方法や、複数抗体が個別に結合した蛍光色素ビーズを用いてELISA法とフロ-サイト技術を組み合わせたビーズアレイ方法などが挙げられる。

【0036】
抗体及びその抗原結合性断片の作製方法も周知である。抗体はポリクローナル抗体でもモノクローナル抗体でもよいが、再現性等の観点からはモノクローナル抗体が好ましい。抗体の作製は、周知のハイブリドーマ法により行うことができる。具体的には、例えば、化学合成又は遺伝子工学的手法により調製したペプチドを免疫原として、適宜アジュバントと共に動物(ヒトを除く)を免疫し、該動物体内で抗体を誘起する。該動物から脾細胞やリンパ球のような抗体産生細胞を回収し、これをミエローマ細胞等の不死化細胞と融合させることにより、ハイブリドーマを作製することができる。スクリーニング抗原として検出目的のペプチドを使用して、該ハイブリドーマから、目的のマーカーペプチドと結合するハイブリドーマを選択し、これを増殖させて培養上清から抗マーカーペプチド抗体を得ることができる。適宜、マーカーペプチドのもとの全長タンパク質又はマーカーペプチドよりも長いタンパク質断片等との結合性を確認し、マーカーペプチドへの特異性が高い抗体を選択してよい。

【0037】
「抗原結合性断片」とは、例えば免疫グロブリンのFab断片やF(ab')2断片のような、当該抗体の対応抗原に対する結合性(抗原抗体反応性)を維持している抗体断片を意味する。このような抗原結合性断片もイムノアッセイに利用可能であることは周知であり、もとの抗体と同様に有用である。Fab断片やF(ab')2断片は、周知の通り、モノクローナル抗体をパパインやペプシンのようなタンパク分解酵素で処理することにより得ることができる。なお、抗原結合性断片は、Fab断片やF(ab')2断片に限定されるものではなく、対応抗原との結合性を維持しているいかなる断片であってもよく、遺伝子工学的手法により調製されたものであってもよい。また、例えば、遺伝子工学的手法により、一本鎖可変領域 (scFv: single chain fragment of variable region) を大腸菌内で発現させた抗体を用いることもできる。scFvの作製方法も周知であり、上記の通りに作製したハイブリドーマのmRNAを抽出し、一本鎖cDNAを調製し、免疫グロブリンH鎖及びL鎖に特異的なプライマーを用いてPCRを行なって免疫グロブリンH鎖遺伝子及びL鎖遺伝子を増幅し、これらをリンカーで連結し、適切な制限酵素部位を付与してプラスミドベクターに導入し、それで大腸菌を形質転換し、大腸菌からscFvを回収することによりscFvを作製することができる。このようなscFvも「抗原結合性断片」に包含される。

【0038】
さらには、本発明のペプチドを検出するために、当該ペプチドと結合性を有するアプタマーを利用することもできる。アプタマーの製造には、当該ペプチドの配列情報から結合し得るDNA若しくはRNA又はそれらの誘導体を合成して用いる。当該ペプチドの測定には、アプタマーの結合を発光法や蛍光法、表面プラズモン共鳴法により検出する。さらにまた、アプタマーを用いる方法以外にも、電気泳動法、LC法、GC法などが挙げられる。いずれの方法もそれ自体周知の常法であり、本発明のマーカーペプチドの検出にそのまま利用することができる。

【0039】
本発明のマーカーペプチドを用いたがん検査の実施に際しては、各マーカーの値について予め基準値を定めておいてもよい。基準値は、マーカーペプチドの性質に応じて、健常基準値、非健常基準値、がん基準値、非がん基準値、肥大症基準値、非肥大症基準値等を定めることができる。

【0040】
例えば、m/z2332±4のPSA断片1(配列番号1)は、前立腺がん患者の尿中で高値に検出され、非前立腺がん患者では低値のペプチドなので、このマーカーペプチドについては、この値未満であれば前立腺がんではない可能性が高いと判定できる「非がん基準値」、及び、この値を超えると前立腺がんの可能性が高いと判定できる「がん基準値」を設定することができる。ここでいう「がん基準値」は、例えば、前立腺がんを罹患していないことが確実な既知の非前立腺がん患者集団における尿中ペプチド量の平均値の2倍の値であり得る。

【0041】
複数(できる限り多くが望ましい)の健常者集団、確定診断のついた前立腺がん患者集団、及び確定診断のついた前立腺肥大症患者集団について、予め尿中ペプチド量を測定しておき、その平均値及び標準偏差を求めて各種の基準値を設定することができる。こうした基準値は、ペプチドの検出に採用する分析方法ごとに決定され得る。また、従来のPSA検査では年齢を分けて基準値を設けることも提唱されているが(例えば、JAMA (1993), 270(7), p.860-864、J Urol (1995), 153(4), p.1160-1163、Urol Clin N Am 30 (2003), p.677-686等)、本発明においても、各基準値を年代別に設定して差し支えない。すなわち、被検者の年齢に応じて基準値を使い分けてもよい。例えば、若年基準値(60歳未満)及び高年基準値(60歳以上)のように設定してもよいし、あるいは5歳ないし10歳きざみで、40代以下基準値、50代基準値、60代基準値、70代以上基準値等のように定めることができる。
【実施例】
【0042】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0043】
イオン交換樹脂を用いた尿中の前立腺がん診断マーカーの同定
インフォームド・コンセントを取得した男性から、尿(主に前立腺マッサージ後尿)を採取し、9M尿素溶液を用いて変性させた後、弱陽イオン交換樹脂 (Carboxy methyl [CM-] Sepharose Fast Flow [GE Healthcare, Freiburg, Germany])を用いて濃縮・脱塩を行い、溶出されたサンプルのマス・プロファイルから、前立腺がんに特異的なピークを検出し、その同定を行った。
【実施例】
【0044】
[方法]
インフォームド・コンセントを取得した男性から尿を採取し、50mL遠心管に100μm Nylon cell strainer (BD Falcon, REF352360)を載せ、採尿した尿をcell strainerに通して回収した。回収した尿は、20℃で10分間、2,000 x g で遠心分離を行った(採尿から遠心分離までを30分以内に完了することが望ましい)。遠心分離後、その上清を、再度、100μm Nylon cell strainerを通して収集し、尿検体とした。解析用サンプルは1.5mLのマイクロチューブに、それぞれ1.0mLずつ分取して、分析まで-80℃で保存した。
【実施例】
【0045】
尿検体の採取は、主として前立腺マッサージ後に行った。前立腺マッサージによる尿検体の採取法は以下の通りである。直腸内に示指を挿入し、前立腺の左右および中央を底部から尖部にかけておのおの3回マッサージした後、尿を採取した。
【実施例】
【0046】
解析に使用する尿検体を20℃、1,000 x gで遠心しながら溶解させた。溶解した尿検体1.0mLに対して400μLの変性用緩衝液(9 M尿素, 2% CHAPS, 50mM Tris, pH 9.0)を加え、良く撹拌した後、4℃でロータリーミキサー(NRC-20D, 日伸理化)を用いて30分間、ペプチド及びタンパク質を変性させた。
【実施例】
【0047】
1.4mLの変性溶液を3.6mLのbinding and washing buffer(100mM 酢酸アンモニウム緩衝液, pH4.0, 0.05% Triton-X100)に加え、撹拌後、33%スラリーの活性化済CM-Sepharoseを60μL添加した。この混合溶液を、ロータリーミキサーを用いて室温で30分間撹拌した。
【実施例】
【0048】
5mLの混合溶液は、20℃で10分間、1,000 x g で遠心分離を行い、上清を廃棄した。CM-Sepharoseの沈査を1.5mLマイクロチューブに移し、上記のbinding and washing bufferで3回、超純水で3回洗浄した。洗浄の際には、20℃で3分間、2,000 x g で遠心分離を行い、樹脂を巻き上げないように上清のみをピペッターで廃棄した。最後に、トリフルオロ酢酸溶液(TFA, 和光純薬工業、日本国大阪)を用いて、ペプチド・タンパク質を溶出させた。溶出した上清は20℃で5分間、15,000 x g で遠心分離し、クリーンナップした上清を質量分析解析用試料とした。
【実施例】
【0049】
MALDI-TOF/MSn分析では、マトリックスとしてα-cyano-4-hydroxycinnamic acid(CHCA: 5mg/tube, LaserBio Labs, 仏国Sophia Antipolis)とdihydroxybenzoic acid(DHB, 5mg/tube, LaserBio Labs, 仏国Sophia Antipolis)を用いて解析を実施した。それぞれのマトリックスは、50% acetonitrile (ACN, 和光純薬工業、日本国大阪) in water / 0.1% TFA溶液500μLで溶解し、質量分析解析用試料と等量プレミックスし、MALDI-TOF/MS用SUS製サンプルプレートに0.5μLをアプライし、風乾後、再度0.5μLをアプライし、分析用サンプルとした。
【実施例】
【0050】
[結果]
1. MALDI-TOF/MSnを用いた尿中ペプチド・タンパク質断片のマス・プロファイル
図1に、健常者、前立腺肥大症患者および前立腺がん患者の尿検体(前立腺マッサージ後尿)の質量分析結果のデータの代表例を示す。横軸に質量(m/z値)、縦軸にその質量で検出器に到達した分析物の量を反映するピークで示した。図1から明らかなように、前立腺がんと前立腺肥大症の患者尿検体を比較すると、前立腺がんでは、m/z2332が有意に増加していた。健常者では、前立腺がんで顕著に認められるm/z2332ピークは殆ど検出されなかった。
【実施例】
【0051】
2. MALDI-TOF/MSnを用いた尿中ペプチド・タンパク質断片の各ピークの同定
島津製作所製のMALDI-TOF/MSnを用いて尿中ペプチド・タンパク質断片の同定を行った。解析はMS1でprecursorイオンを選択し、MS2解析により得られたMS2イオンデータをMascot(商標) MS2 Ion Search (Matrix Science, Inc., 米国マサチューセッツ州Boston) 検索を実施し、同定を行った。
【実施例】
【0052】
(1) m/z2332の同定
m/z2332をprecursorイオンとしてアミノ酸配列を同定した結果を図2に示す。Mascot(商標) MS2 Ion Searchの結果、m/z2332は分子量2331DaのPSAのC端部断片であることが明らかとなった。さらに、Mascot(商標) MS2 Ion Searchで推定されたPSAのC端部のアミノ酸配列(YTKVVHYRKWIKDTIVANP、配列番号1)を合成(Medical & Biological Laboratories Co. Ltd [MBL], 日本国名古屋)してvalidation試験を行った。推定されたアミノ酸配列を有する合成ペプチドのMS2マス・プロファイルは、前立腺がん患者尿で検出されたm/z2332のMS2マス・プロファイルと一致した。本解析の結果、前立腺がん患者尿中のm/z2332はPSAのC端部のアミノ酸構造と同一であることが立証された。また、分子量2331DaのPSAのC端部断片の由来に関して、前立腺がん患者の前立腺マッサージ後尿と随時尿の比較を行ったところ、前立腺マッサージ後尿で顕著なm/z2332ピークを検出した。このピークは、前立腺肥大症患者の前立腺マッサージ後尿でも検出されるが、そのピークは有意に低値である。以上の結果から、m/z2332ピークは、前立腺がん患者の前立腺マッサージによって前立腺より顕著に分泌促進されたPSAのC端部断片であることが明らかとなった。
【実施例】
【0053】
(2) m/z1243の同定
m/z1243をprecursorイオンとして同定した結果を図3に示す。Mascot(商標) MS2 Ion Searchの結果、m/z1243は分子量1242DaのPSAの断片(LRLSEPAELTD、配列番号2)であることが明らかとなった。
【実施例】
【0054】
(3) m/z1314の同定
m/z1314をprecursorイオンとして同定した結果を図4に示す。Mascot(商標) MS2 Ion Searchの結果、m/z1314 は分子量1313DaのPSAの断片(LRLSEPAELTDA、配列番号3)であることが明らかとなった。
【実施例】
【0055】
(4) m/z2444の同定
m/z2444をprecursorイオンとして同定した結果を図5に示す。Mascot(商標) MS2 Ion Searchの結果、m/z2444は分子量2443Daのβ2ミクログロブリン(β2M)の断片(LLKNGERIEKVEHSDLSFSKD、配列番号4)であることが明らかとなった。
【実施例】
【0056】
3. MALDI-TOF/MSnを用いた尿中ペプチド・タンパク質断片のマス・プロファイルから算出された各ピークの相対定量
健常者尿1例、前立腺肥大症患者尿4例、前立腺がん患者尿10例について、MALDI-TOF/MSnを用いた尿中ペプチド・タンパク質断片のマス・プロファイルから各ピークの相対定量値を算出した。すなわち、m/z 1200~5000の範囲の全イオン電流値(Total Ion Current: TIC)でノーマライズし、各ピーク占める電流値の割合[%]で表示した。結果を表2に示す。「がん」は前立腺がん患者群、「非がん」は健常者と前立腺肥大症の患者群を示す。
【実施例】
【0057】
【表2】
JP0006312141B2_000003t.gif
【実施例】
【0058】
4. PSA C末端ペプチド(m/z 2332)による前立腺がん患者の検出
PSAのC末端領域からなるm/z 2332のPSA断片1について、症例数を増やしてより詳細な統計学的解析を行った。表3に示した各症例について、上記と同様に、前立腺マッサージ後尿を採取してMALDI-TOF/MSnを行い、PSA断片1のマス・プロファイルから各ピークの相対定量値を算出した。群間の比較はマンホイットニーU検定により行った。比較例として、各症例について、血清中PSA量を測定する従来法のPSA検査も行った。
【実施例】
【0059】
【表3】
JP0006312141B2_000004t.gif
【実施例】
【0060】
結果を図6に示す。従来のPSA検査では、非前立腺がん群と前立腺がん群との間に有意差が認められたが(p<0.005、図6a)、健常者群、前立腺肥大症群及び前立腺がん群の3群に分けて解析すると、前立腺肥大症群と前立腺がん群との間に有意差が認められず、前立腺肥大症と前立腺がんの区別ができなかった(図6b)。一方、m/z 2332のPSA断片1(配列番号1)の尿中存在量によれば、非前立腺がん群と前立腺がん群とを区別できる(p<0.001、図6c)のみならず、前立腺肥大症群と前立腺がん群との区別も可能であった(p<0.005、図6d)。【0061】
図7は、従来のPSA検査(横軸)とm/z 2332のPSA断片1による検査法(縦軸)の結果を比較したグラフである。従来のPSA検査では血清PSA値4~10ng/mLがグレイゾーンであり、半数以上の前立腺肥大症例(BPH)もグレイゾーンとなってしまった。これに対し、PSA断片1の尿中存在量を指標とする検査法は、前立腺がんの検出感度が優れており、とりわけ血清PSA値グレイゾーンにおいて高い検出感度を発揮できることが確認された。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6