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明細書 :多能性幹細胞培養用培地

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第6502323号 (P6502323)
登録日 平成31年3月29日(2019.3.29)
発行日 平成31年4月17日(2019.4.17)
発明の名称または考案の名称 多能性幹細胞培養用培地
国際特許分類 C12N   5/0735      (2010.01)
C12N   5/10        (2006.01)
FI C12N 5/0735
C12N 5/10
請求項の数または発明の数 12
全頁数 18
出願番号 特願2016-510419 (P2016-510419)
出願日 平成27年3月25日(2015.3.25)
国際出願番号 PCT/JP2015/059104
国際公開番号 WO2015/147047
国際公開日 平成27年10月1日(2015.10.1)
優先権出願番号 2014064174
優先日 平成26年3月26日(2014.3.26)
優先権主張国 日本国(JP)
審査請求日 平成30年3月9日(2018.3.9)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
発明者または考案者 【氏名】長谷川 光一
【氏名】安田 晋也
【氏名】シャーサバラニ ホセイン
【氏名】吉田 則子
個別代理人の代理人 【識別番号】110000796、【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
審査官 【審査官】小金井 悟
参考文献・文献 国際公開第2011/019953(WO,A1)
国際公開第2007/016485(WO,A2)
国際公開第2010/035136(WO,A2)
国際公開第2007/113505(WO,A2)
Stem Cells Transl. Med.,2012年 1月,Vol.1, No.1,p.18-28
Nat. Med.,2004年 1月,Vol.10, No.1,p.55-63
調査した分野 JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS/WPIDS(STN)
特許請求の範囲 【請求項1】
(A)1-AzaKenpaullone、及び
(B)DYRK1A及び/又はDYRK1Bの阻害剤
を含有する多能性幹細胞培養用培地。
【請求項2】
血清を含まない、請求項1に記載の培地。
【請求項3】
分化抑制タンパク質を含まない、請求項1又は2に記載の培地。
【請求項4】
含有されるタンパク質成分がインスリン及びトランスフェリンのみである、請求項1~3のいずれかに記載の培地。
【請求項7】
(B)成分がID-8、Harmine、及びIndirubin類似体からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1~4のいずれかに記載の培地。
【請求項8】
(B)成分がID-8である、請求項1~4及び7のいずれかに記載の培地。
【請求項9】
更に、(C)NFAT阻害剤を含有する、請求項1~4及び7~8のいずれかに記載の培地。
【請求項10】
(C)成分がTacrolimusである、請求項9に記載の培地。
【請求項11】
フィーダー細胞非存在下での培養用である、請求項1~4及び7~10のいずれかに記載の培地。
【請求項12】
多能性幹細胞が霊長類由来細胞である、請求項1~4及び7~11のいずれかに記載の培地。
【請求項13】
請求項1~4及び7~12のいずれかに記載の培地を用いる、多能性幹細胞の培養方法。
【請求項14】
(A)1-AzaKenpaullone、及び
(B)DYRK1A及び/又はDYRK1Bの阻害剤
を含有する、多能性幹細胞の分化抑制剤。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、血清や分化抑制タンパク質を含まなくとも多能性幹細胞の未分化状態を維持できる、多能性幹細胞培養用培地に関する。
【背景技術】
【0002】
iPS細胞やES細胞等の多能性幹細胞は、その多分化能と増殖能から、細胞移植治療、創薬等への利用や、疾患の研究ツールとしての利用が期待されている。通常、多能性幹細胞は、血清や、その細胞に適切な因子の存在下であれば、ほぼ無限に未分化状態を維持したまま自己複製可能である。例えば、ヒト多能性幹細胞に適切な因子としては、bFGFやTGFβ等の分化抑制タンパク質が報告されている。しかし、これら分化抑制タンパク質は、一般に非常に高価であり、また未分化状態を維持するために必要とされる量も非常に多いので、多能性幹細胞の利用はコスト面から大きく妨げられている。
【0003】
また、細胞移植へ応用する場合は、均一な性質を持つ多能性幹細胞が必要になるので、ロットごとに性質の異なる可能性が高いタンパク質は、培地成分としてできるだけ使用しないことが望ましい。
【0004】
このような状況下で、近年、タンパク質としてbFGF、TGFβ、インスリン、及びトランスフェリンの4種のみを含む培地(E8培地)や(非特許文献1及び2、並びに特許文献1)、タンパク質としてWnt、インスリン、及びトランスフェリンの3種のみを含む培地が報告されている(非特許文献3及び特許文献2)。
【0005】
しかしながら、上記2つの培地は、依然として一般的に非常に高価なbFGF、TGFβ、Wnt等を含んでいるので、より低価格で調製可能な培地が求められている。また、後者の培地を用いた場合は、細胞の増殖が比較的遅いので、一定数の細胞を得るためにより多くの培地が必要になる。
【先行技術文献】
【0006】

【特許文献1】国際公開第2012/019122号
【特許文献2】国際公開第2011/019953号
【0007】

【非特許文献1】Chemically defined conditions for human iPSC derivation and culture. Chen G, Gulbranson DR, Hou Z, Bolin JM, Ruotti V, Probasco MD, Smuga-Otto K, Howden SE, Diol NR, Propson NE, Wagner R, Lee GO, Antosiewicz-Bourget J, Teng JM, Thomson JA, Nature Methods. 2011 May;8(5):424-9.
【非特許文献2】Passaging and colony expansion of human pluripotent stem cells by enzyme-free dissociation in chemically defined culture conditions. Beers J, Gulbranson DR, George N, Siniscalchi LI, Jones J, Thomson JA, Chen G, Nature Protocol. 2012 Nov;7(11):2029-40.
【非特許文献3】Wnt signaling orchestration with a small molecule DYRK inhibitor provides long-term xeno-free human pluripotent cell expansion. Hasegawa K, Yasuda SY, Teo JL, Nguyen C, McMillan M, Hsieh CL, Suemori H, Nakatsuji N, Yamamoto M, Miyabayashi T, Lutzko C, Pera MF, Kahn M, Stem Cells Translational Medicine. 2012 Jan;1(1):18-28.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、タンパク質成分がより少なく、且つ多能性幹細胞の未分化状態を維持することができる培地を提供することを目的とする。また、より安価に調製できる培地を提供することも目的とする。さらには、多能性幹細胞をより効率的に増殖させることができる培地を提供することをも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は鋭意研究した結果、培地成分としてGSK3β阻害剤とDYRK阻害剤とを組み合わせて用いることにより、上記課題を解決できることを見出した。また、NFAT阻害剤をさらに組み合わせて用いることにより、多能性幹細胞をより効率的に増殖させることができることも見出した。これらの知見に基づいてさらに研究した結果、本発明が完成した。
【0010】
即ち、本発明は、下記の態様を包含する。
項1. (A)GSK3β阻害剤、及び(B)DYRK阻害剤を含有する多能性幹細胞培養用培地。
項2. 血清を含まない、項1に記載の培地。
項3. 分化抑制タンパク質を含まない、項1又は2に記載の培地。
項4. 含有されるタンパク質成分がインスリン及びトランスフェリンのみである、項1~3のいずれかに記載の培地。
項5. (A)成分が1-AzaKenpaullone、Kenpaullone、及びCHIR99021からなる群より選択される少なくとも1種である、項1~4のいずれかに記載の培地。
項6. (A)成分が1-AzaKenpaulloneである、項1~5のいずれかに記載の培地。
項7. (B)成分がID-8、Harmine、及びIndirubin類似体からなる群より選択される少なくとも1種である、項1~6のいずれかに記載の培地。
項8. (B)成分がID-8である、項1~7のいずれかに記載の培地。
項9. 更に、(C)NFAT阻害剤を含有する、項1~8のいずれかに記載の培地。
項10. (C)成分がTacrolimusである、項9に記載の培地。
項11. フィーダー細胞非存在下での培養用である、項1~10のいずれかに記載の培地。
項12. 多能性幹細胞が霊長類由来細胞である、項1~11のいずれかに記載の培地。
項13. 項1~12のいずれかに記載の培地を用いる、多能性幹細胞の培養方法。
項14. (A)GSK3β阻害剤、及び(B)DYRK阻害剤を含有する、多能性幹細胞の分化抑制剤。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、血清や分化抑制タンパク質を用いなくとも、多能性幹細胞の未分化状態を長期間に渡って維持できる培地を提供することができる。よって、本培地は、血清や分化抑制タンパク質を必須成分として含有する既存の培地に比べて、極めて安価に調製することができる。
【0012】
また、タンパク質は通常ロットごとに性質の異なる可能性が高いところ、本発明によれば、これらのタンパク質成分をより減らすことができ、このためロット間の性能のばらつきがより少ない培地を提供することができる。よって、均一な性質の多能性幹細胞が必要である細胞移植等への利用に適している。
【0013】
本培地は、既存の培地と同程度、或いはそれ以上の効率で、多能性幹細胞を増殖させることができる。よって、一定数の多能性幹細胞を、より低コストで調製することが可能となる。
【0014】
本培地は、フィーダー細胞非存在下であっても、フィーダー細胞存在下と同程度に未分化状態を維持すること、及び細胞を増殖させることができる。また、接着培養のみならず、浮遊培養にも用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施例1で観察された細胞像を示す。
【図2】実施例1で観察された細胞像を示す。
【図3】(A)実施例2で観察された細胞像を示す。(B)実施例2で測定された細胞の倍化数を示す。
【図4】(A)実施例3の培地1を用いた場合に観察された細胞像を示す。(B)実施例3の培地2を用いた場合に観察された細胞像を示す。
【図5】(A)実施例4の免疫染色の結果を示す。(B)実施例4のフローサイトメトリーの結果を示す。(C)実施例4の核型解析の結果を示す。
【図6】(A)実施例5で測定された各継代の平均分割比を示す。(B)実施例5のフローサイトメトリーの結果を示す。(C)実施例6の定量的PCRの結果を示す。
【図7】(A)実施例6のコーティング成分の検討実験で観察された細胞像を示す。(B)実施例6の細胞剥離液の検討実験で観察された細胞像を示す。
【図8】(A)実施例7で観察された細胞像を示す。(B)実施例7で測定された細胞の倍化数を示す。(C)実施例7の定量的PCRの結果を示す。
【図9】(A)実施例8のiPS細胞作製スキームを示す。(B)実施例8で観察されたALP染色像を示す。(C)実施例8で測定されたiPS作製効率を示す。(D)実施例8で作製したiPS細胞の細胞像を示す。(E)実施例8の免疫染色の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(A)GSK3β阻害剤(以下、「(A)成分」と表記することもある。)、及び(B)DYRK阻害剤(以下、「(B)成分」と略記することもある。)を含有する多能性幹細胞培養用培地(以下、「本発明の培地」と略記することもある。)、及びこれを用いた多能性幹細胞の培養方法(以下、「本発明の培養方法」と略記することもある)について説明する。

【0017】
(A)成分及び(B)成分
GSK3β阻害剤は、GSK3β(グリコーゲン合成酵素キナーゼ3β)を阻害する作用を有する化合物、又はGSK3βを阻害する目的で用いられることが公知の化合物であれば特に限定されない。ここで、「阻害」は、GSK3βの酵素としての機能を阻害することのみならず、細胞内のGSK3βの発現量を減少させることも包含するが、好ましくはGSK3βの酵素としての機能を阻害することを意味する。GSK3β阻害剤として、具体的には、例えば1-AzaKenpaullone、Kenpaullone、CHIR99021、BIO、CID 5706819、9-Cyanopaullone、ML320、AR A014418、SB216763、SB415286、A 1070722、Lithium chloride、Staurosporine、GSK-3β Inhibitor VI、GSK-3β Inhibitor X、GSK-3β Inhibitor XV、Aloisine A、MeBIO、Alsterpaullone、5-Iodo-Indirubin-3'-monoxime、10Z-Hymenialdisine、TWS 119 ditrifluoroacetate、Indirubin-5-sulfonic acid sodium salt、Ro-31-8220、Manzamine A、IM-12、CESI、3F8、TC-G 24、TCS 2002、L803等を挙げることができる。

【0018】
これらの中でも、より安定に未分化状態を維持できるという観点又はより効率的に細胞を増殖させることができるという観点から、GSK3βの酵素としての機能の阻害剤であって、GSK3βに対するIC50が例えば100 nM以下、好ましくは50 nM以下、より好ましくは30 nM以下、さらに好ましくは25 nM以下、よりさらに好ましくは5~25 nMであるGSK3β阻害剤が挙げられる。また、同様の観点から、GSK3βの酵素としての機能の阻害剤であって、例えばGSK3β以外の酵素(GSK3α等)に対するIC50が5 nM以上、好ましくは10 nM以上、より好ましくは25 nM以上、さらに好ましくは50 nM以上、よりさらに好ましくは100 nM以上、よりさらに好ましくは1μM以上の、GSK3β特異的阻害剤が挙げられる。なお、各酵素に対するIC50は、公知の情報であり、例えばGSK3β阻害剤の市販品のホームページ(http://www.selleckchem.com/GSK-3.html、http://www.scbt.com/chemicals-table-gsk-3_beta_inhibitors.html等)上で公開されている。具体的には、例えば1-AzaKenpaullone、Kenpaullone、CHIR99021、BIO等、好ましくは1-AzaKenpaullone、Kenpaullone、CHIR99021等、より好ましくは1-AzaKenpaullone、Kenpaullone 等、さらに好ましくは1-AzaKenpaullone等を挙げることができる。これらは、市販されているものを用いてもよいし、公知の情報に従って合成したものを用いてもよい。

【0019】
(A)成分は1種単独でもよいし、2種又は3種以上の組み合わせであってもよい。

【0020】
DYRK阻害剤は、DYRK(dual-specificity tyrosine-phosphorylation-regulated kinase)を阻害する作用を有する化合物、又はDYRKを阻害する目的で用いられることが公知の化合物であれば特に限定されない。ここで、「阻害」は、DYRKの酵素としての機能を阻害することのみならず、細胞内のDYRKの発現量を減少させることも包含するが、好ましくはDYRKの酵素としての機能を阻害することを意味する。DYRKには、複数種の酵素、例えばヒトではDYRK1A、DYRK1B、DYRK2、DYRK3、及びDYRK4という類似のキナーゼドメインを持つ5つの酵素が包含される。DYRK阻害剤としては、これらの中でも好ましくはDYRK1A及び/又はDYRK1Bの阻害剤、より好ましくはDYRK1A及び/又はDYRK1Bの特異的阻害剤を挙げることができる。DYRK阻害剤として、具体的には、ID-8、Harmine、Indirubin類似体、TG003、INDY、L41、PROINDY、SB 216763、Chronogen quinolinus、Leucettine、Cyclacell limited pyrimidines、Quinazoline、Compound 35、7BIO、6BI0、Indirubin、Az191、ML315、ML320-Compound 35、36d、SEL141等を挙げることができる。これらの中でも、より安定に未分化状態を維持できるという観点又はより効率的に細胞を増殖させることができるという観点から、好ましくはID-8、Harmine、Indirubine類似体、INDY等、より好ましくはID-8、Harmine等、さらに好ましくはID-8等を挙げることができる。なお、Indirubin類似体としては、例えばAmerican Chemical Society, Lett, 2014, 4, 22-26 の6i (716)、又は6e (713)で示される化合物が好ましく挙げられ、6i (716)で示される化合物がより好ましく挙げられる。これらは、市販されているものを用いてもよいし、公知の情報に従って合成したものを用いてもよい。

【0021】
(B)成分は1種単独でもよいし、2種又は3種以上の組み合わせであってもよい。

【0022】
本発明によれば、血清や分化抑制タンパク質を用いなくとも、(A)成分と(B)成分とを組み合わせて用いることにより、多能性幹細胞の未分化状態を長期間に渡った維持することができる。このことは、(A)成分と(B)成分との組み合わせが、分化抑制作用を発揮することを示している。よって、(A)成分と(B)成分の組み合わせは、多能性幹細胞の分化抑制剤として用いることができる。

【0023】
多能性幹細胞培養用培地
本発明の培地は、(A)成分と(B)成分とを組み合わせて含有する。

【0024】
(A)成分の培地中の濃度は、(A)成分の種類によっても異なるが、例えば10~3000 nM、好ましくは50~2000 nM、より好ましくは200~1500 nM、さらに好ましくは350~1000 nM、よりさらに好ましくは450~850 nMであることができる。より具体的には、例えば1-AzaKenpaullone、Kenpaullone、又はCHIR99021の培地中の濃度として、以下の範囲が例示される。
1-AzaKenpaullone:例えば10~3000 nM、好ましくは100~2500 nM、より好ましくは250~2000 nM、さらに好ましくは400~1500 nM、よりさらに好ましくは500~1000 nM;
Kenpaullone:例えば10~3000 nM、好ましくは50~2000 nM、より好ましくは100~1500 nM、さらに好ましくは200~1000 nM、よりさらに好ましくは250~750 nM;
CHIR99021:例えば10~3000 nM、好ましくは50~2000 nM、より好ましくは100~1500 nM、さらに好ましくは200~1000 nM、よりさらに好ましくは250~750 nM。

【0025】
(B)成分の培地中の濃度は、(B)成分の種類によっても異なるが、例えば10~4000 nM、好ましくは200~3000 nMであることができる。より具体的には、例えばID-8、Harmine、Indirubin類似体の培地中の濃度として、以下の範囲が例示される。
ID-8:例えば10~3000 nM、好ましくは50~2000 nM、より好ましくは100~1500 nM、さらに好ましくは200~1000 nM、よりさらに好ましくは250~750 nM;
Harmine:例えば300~6000 nM、好ましくは600~5000 nM、より好ましくは1000~3000 nM、さらに好ましくは1500~2500 nM;
Indirubin類似体:例えば10~3000 nM、好ましくは50~2000 nM、より好ましくは100~1500 nM、さらに好ましくは200~1000 nM、よりさらに好ましくは250~750 nM。

【0026】
本発明の培地は、通常、基本培地と(A)成分及び(B)成分とを混合することにより調製される。

【0027】
基本培地は、多能性幹細胞の培養に用いられる基本培地として使用可能なものであれば特に限定されず、通常、マグネシウム、カルシウム、カリウム、亜鉛、鉄等の標準無機塩、緩衝剤、グルコース、ビタミン、必須アミノ酸等を含有する。具体的には、Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium(DMEM)、Minimal essential Medium(MEM)、Basal Medium Eagle(BME)、RPMI1640、F-10、F-12、αMinimal essential Medium(αMEM)、Glasgow’s Minimal essential Medium(GMEM)、Iscove’s Modified Dulbecco’s Medium(IMDM)等が挙げられる。これらの中でも、好ましくはDMEM/F12挙げることができる。

【0028】
また、基本培地には、必要に応じて、HEPES等の緩衝剤、非必須アミノ酸、抗酸化剤等を加えてもよい。非必須アミノ酸としては、例えばL-グルタミン、L-アラニン、L-アスパラギン、L-アスパラギン酸、L-グルタミン酸、グリシン、L-プロリン、L-セリン等、好ましくはL-グルタミン等が挙げられる。抗酸化剤としては、例えばアスコルビン酸、2-メルカプトエタノール、ジチオトレイトール等、好ましくはアスコルビン酸等が挙げられる。これらの成分の濃度は、多能性幹細胞の培養において採用される公知の濃度を採用することができる。

【0029】
多能性幹細胞をより効率的に増殖させることができるという観点から、本発明の培地は更に(C)NFAT阻害剤(以下、「(C)成分」と略記することもある。)を含有することが好ましい。

【0030】
NFAT阻害剤は、NFAT(Nuclear factor of activated T-cells)若しくはカルシニューリンを阻害する作用を有する化合物、又はNFAT若しくはカルシニューリンを阻害する目的で用いられることが公知の化合物であれば特に限定されない。ここで、「阻害」は、NFAT又はカルシニューリンの酵素としての機能を阻害することのみならず、細胞内のNFAT又はカルシニューリンの発現量を減少させることも包含するが、好ましくはNFAT又はカルシニューリンの酵素としての機能を阻害することを意味する。NFAT阻害剤として、具体的には、Tacrolimus (FK506)、Cyclosporin A、AM404、UR-1505、CN585、Sirolimus (Rapamycin)、Endothall、FMPP、Tyrphostins、VIVIT 480402、INCA (1, 2, 6)、Lie120、Roc-1、NCI3、Thiopental、ST1959(DL111-IT)、Quercetin、Tropisetron、Trifluoperazine、PD144795、Norcantharidin、Ascomycin(FKBP12)等を挙げることができる。これらの中でも、より安定に未分化状態を維持できるという観点又はより効率的に細胞を増殖させることができるという観点から、好ましくはTacrolimus等を挙げることができる。これらは、市販されているものを用いてもよいし、公知の情報に従って合成したものを用いてもよい。

【0031】
(C)成分は1種単独でもよいし、2種又は3種以上の組み合わせであってもよい。

【0032】
(C)成分の培地中の濃度は、(C)成分の種類によっても異なるが、例えば10~3000 pM、好ましくは50~2000 pM、より好ましくは100~1500 pM、さらに好ましくは200~1000 pM、よりさらに好ましくは250~750 pMであることができる。

【0033】
本発明の培地は、必要に応じて、分化抑制タンパク質、血清、又は血清代替成分を含んでいてもよい。

【0034】
分化抑制タンパク質は、多能性幹細胞の未分化状態を維持する作用を有する因子、又は多能性幹細胞の未分化状態を維持する目的で用いられることが公知の因子である限り特に限定されない。例えば、bFGF、TGFβスーパーファミリー(アクチビン、Nodal等)、LIF、Wnt等が挙げられる。分化抑制タンパク質の濃度は、多能性幹細胞の培養において採用される公知の濃度を採用することができる。分化抑制タンパク質は1種単独でもよいし、2種又は3種以上の組み合わせであってもよい。

【0035】
なお、一般的に、これらの分化抑制タンパク質は、非常に高価であるし、化合物に比べてロット間の性能のばらつきが大きい。一方、本発明の培地は、(A)成分と(B)成分とを組み合わせて含有しているが故に、これらの分化抑制タンパク質を用いなくとも、効率的に多能性幹細胞の未分化状態を維持することができる。したがって、培地調製コストをより低減できるという観点、又は培地のロット間の性能のばらつきをより低減できるという観点から、好ましくは、本発明の培地は分化抑制タンパク質を含まない、或いは分化抑制タンパク質を添加せずに培養に用いられる。

【0036】
血清は、多能性幹細胞の培養に用いることができる限り特に限定されない。例えば、ウシ胎児血清(FBS)等が挙げられる。血清の濃度は、多能性幹細胞の培養において採用される公知の濃度を採用することができる。血清は1種単独でもよいし、2種又は3種以上の組み合わせであってもよい。

【0037】
なお、一般的に、血清は高価であるし、ロット間の性能のばらつきが大きい。一方、本発明の培地は、血清を用いなくとも、効率的に多能性幹細胞の未分化状態を維持し、さらに細胞を増殖させることができる。したがって、培地調製コストをより低減できるという観点、又は培地のロット間の性能のばらつきをより低減できるという観点から、好ましくは、本発明の培地は血清を含まない、或いは血清を添加せずに培養に用いられる。

【0038】
血清代替成分は、これを無血清培地に添加することにより、多能性幹細胞の増殖を支持し得る成分を意味する。具体的には、アルブミン(例えば、ウシ血清アルブミン)またはアルブミン代替添加物(例えば、ウシ下垂体抽出物、コメ加水分解物、ウシ胎児アルブミン、卵アルブミン、ヒト血清アルブミン、ウシ胚抽出物、AlbuMAX I(登録商標))、トランスフェリン、インスリン等が挙げられる。血清代替成分の濃度は、多能性幹細胞の培養において採用される公知の濃度を採用することができる。血清代替成分は1種単独でもよいし、2種又は3種以上の組み合わせであってもよい。

【0039】
なお、一般的に、タンパク質成分はロット間の性能のばらつきが大きい。よって、血清代替成分としてタンパク質を用いる場合は、できる限りその種類が少ない方が好ましい。この点について、本発明の培地は、血清代替成分(或いはタンパク質成分)がインスリン及びトランスフェリンのみであっても、効率的に多能性幹細胞の未分化状態を維持し、さらに細胞を増殖させることができる。したがって、培地のロット間の性能のバラつきをより低減できるという観点から、本発明の培地に含有される(或いは培養時に添加される)血清代替成分(或いはタンパク質成分)は、好ましくはインスリン及びトランスフェリンのみである。

【0040】
本発明の培地は、上記の他にも、多能性幹細胞用の培地に添加可能な公知の成分を含んでいてもよい。これらの中でも、より細胞を効率的に増殖させることができるという観点から、セレン、エタノールアミン等、好ましくはセレン等が挙げられる。これら成分の濃度は、多能性幹細胞の培養において採用される公知の濃度を採用することができる。

【0041】
本発明の培地は、それぞれ溶液形態または乾燥形態で調製されうる。溶液形態の場合、濃縮組成物(例えば1×~1000×)として提供されてもよく、使用に際して、適宜に希釈されてもよい。溶液形態または乾燥形態の組成物または培地を希釈または溶解するのに用いられる液体の種類は、水、緩衝水溶液、生理食塩水溶液等があり、必要に応じて容易に選択され得る。

【0042】
本発明の培地が溶液形態の場合のpHは、通常、重炭酸塩等のpH調整剤により、7.0~8.2、好ましくは7.1~7.8、より好ましくは7.2~7.5に調整され、浸透圧は、塩化ナトリウム等の塩類で310~340mOsmに調整される。

【0043】
本発明の培地は、好ましくは滅菌され、コンタミネーションを防止されたものである。滅菌方法としては、紫外線照射、加熱滅菌、放射線照射、濾過等がある。

【0044】
本発明の培地は、そのまま、或いは必要に応じて上記成分を添加して、多能性幹細胞の培養(例えば、多能性幹細胞の維持、多能性幹細胞の継代、誘導多能性幹細胞(iPS細胞)の作製等)に用いられるものである。

【0045】
培養対象である多能性幹細胞は、三胚葉(内胚葉、中胚葉、及び外胚葉)のいずれにも分化できる能力を有する幹細胞であれば特に限定されない。由来生物も特に限定されず、例えばヒト、サル、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、モルモット、ウシ、ブタ、イヌ、ウマ、ネコ、ヤギ、ヒツジ等の哺乳動物、鳥類、爬虫類などの多様な動物に由来するものが用いられ得る。これらの中でも好ましくは哺乳動物由来のもの、より好ましくは霊長類由来のもの、さらに好ましくはヒト、サル等由来のもの、よりさらに好ましくはヒト由来のものが用いられる。多能性幹細胞の具体例としては、iPS細胞、ES細胞、EG細胞、EC細胞等が挙げられる。多能性幹細胞は、各種市販又は分譲されているものを用いてもよいし、公知の方法に従って作成したものを用いてもよい。

【0046】
本発明の培地を用いて多能性幹細胞を培養する場合は、定法に従って培養することができる。代表的な継代操作および培養条件を挙げれば、以下のとおりである。まず成育した多能性幹細胞のコロニーをPBSで1~2回リンスし、その後、十分量の細胞剥離液を、細胞層を覆うように添加して数分間放置する。PBSまたは血清を含む基本培地を添加し、ピペッティングにより細胞塊を分離する。この細胞懸濁液から、通常遠心分離により細胞を沈殿させる。上清を除去後、沈殿した細胞を培地に再懸濁し、この一部をフィーダー細胞が敷き詰められたディッシュ又はコーティングディッシュに播種し、37℃、5%CO2下で培養する。

【0047】
本発明の培地を誘導多能性幹細胞の作製に用いる場合、従来の多能性幹細胞培養用培地を用いる場合に比べて、遥かに効率的に誘導多能性幹細胞のコロニーを得ることができる。なお、「誘導多能性幹細胞の作製に用いる」とは、体細胞にリプログラミング因子を導入した後、該細胞の培養培地として用いることを意味する。

【0048】
細胞剥離液としては、例えばEDTAを含む溶液、酵素としてディスパーゼを含む溶液等を用いることができる。より多能性幹細胞の生存率が高いという観点から、好ましくはEDTAを含む溶液が挙げられる。また、より継代を簡便にできるという観点から、好ましくは酵素としてディスパーゼを含む溶液が挙げられる。細胞剥離液中のEDTAやディスパーゼの濃度は、細胞培養において採用される公知の濃度に従って定めることができる。

【0049】
コーディングディッシュのコーティング成分としては、例えばビトロネクチン、ラミニン等を挙げることができる。これらの中でも、好ましくはビトロネクチンを挙げることができる。

【0050】
本発明の培地は、接着培養であっても、浮遊培養であっても、多能性幹細胞の未分化状態を維持できるという点で優れている。また、接着培養の場合、フィーダー細胞非存在下であっても、フィーダー細胞存在下と同程度に安定的に未分化状態を維持できる。よって、より簡便に培養できるという観点から、フィーダー細胞非存在下での培養が好ましい。
【実施例】
【0051】
以下に、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0052】
実施例1:GSK3β阻害剤、及びDYRK阻害剤を含む培地を用いた、多能性幹細胞の継代培養
<基本培地の調製>
粉末DMEM/F-12培地(Sigama-Aldrich社製D0547)を水で2倍希釈した溶液 25 mL、6%炭酸水素ナトリウム溶液 1.4 mL、1M HEPES溶液 0.75 mL、0.23M アスコルビン酸溶液 0.045 mL、ITS(Insulin-Transferrin-Selenium: 1 mg/ml-0.55 mg/ml-0.7 μg/ml)溶液(Life Technologies社製ITS-G 41400-045) 0.9 mL、水 16.905 mLを混合し、45 mLの基本培地(340mOsm, pH 7.2-7.5)を得た。
【実施例】
【0053】
<培地の調製>
基本培地に、GSK3β阻害剤(1-AzaKenpaullone(Sigma-Aldrich社製A3734)、Kenpaullone(Bio Vision社製1094-1)、CHIR99021(Axon Medchem社製1386)、又はBIO(Sigam-Aldrich社製B1686))、及びDYRK阻害剤(ID-8(Sigma-Aldrich社製I1786)、Harmine(Cayman Chemical社製10010324)、Indirubin類似体716 (6i)(American Chemical Society, Lett, 2014, 4, 22-26)、INDY(Merck Millipore社製405273)、L41(AdipoGen社製 MR-C0023)、又はTG003(R&D Systems社製4336))を、単独或いは組み合わせて添加し、培地を得た。培地中の最終濃度は、1-AzaKenpaulloneが750 nMであり、Kenpaulloneが500 nMであり、CHIR99021が500 nMであり、Bioが1μMであり、ID-8が500 nMであり、Harmineが2μMであり、Indirubin類似体716が500 nMであり、INDYが1μMであり、L41が500 nMであり、TG003が500 nMであった。得られた培地(以下、単に「培地」と表記することもある)を、本実施例、及び以下の実施例で用いた。
【実施例】
【0054】
<多能性幹細胞の継代培養>
ヒトES細胞株KhES-1(理研バイオリソースセンター提供)を上記培地で継代培養した。具体的には次のように行った。なお、以下の培養は、培養ディッシュ1 cm2当たり1μgのVitronectin-N(Life Technologies社製A14700)で一晩コーティング処理を行ったディッシュ(Vitronectin-Nコートディッシュ)上で、フィーダー細胞非存在下で行った。
【実施例】
【0055】
一般的なヒトES細胞用培地(20% knockout Serum Replacement (Life Technology社製10828-028)、4ng/ml FGF2 (Peprotech社製100-18B)/DMEM/F-12培地(Life Technology社製11330-032))を用いて定法に従って培養されたES細胞のコロニーを、PBSで1回リンスした。Dispace溶液(10mg/ml Dispase (Life Technologies社製17105041)/DMEM/F-12)を、細胞を覆うように添加し、5分間放置した。上記一般的ヒトES細胞用培地を添加し、ピペッティングにより細胞塊を分離した。得られた細胞懸濁液を遠心分離(500cfg、1分間)して、細胞を沈殿させた。上清を除去後、沈殿した細胞を上記培地に再懸濁し、この約1/3をVitronectin-Nコートディッシュ上に播種し、上記培地中、37℃、5%CO2下で培養した。この継代操作を「P1」とした。1もしくは2日毎に培地を交換し、3又は4日毎に上記と同様に継代(P2、P3、P4、・・・)した。
【実施例】
【0056】
<結果>
図1にDYRK阻害剤(ID-8)を含む培地を用いて継代培養した場合の細胞像(最上段)、及びGSK3β阻害剤(1-AzaKenpaullone、Kenpaullone、CHIR99021、又はBio)及びDYRK阻害剤(ID-8)を含む培地を用いて継代培養した場合の細胞像(上から2段目から最下段)を、図2にGSK3β阻害剤(1-AzaKenpaullone)を含む培地を用いて継代培養した場合の細胞像(最上段)、及びGSK3β阻害剤(1-AzaKenpaullone)及びDYRK阻害剤(ID-8、Harmine、Indirubin類似体716、INDY、L41、又はTG003)を含む培地を用いて継代培養した場合の細胞像(上から2段目から最下段)を示す。各図中、P1は、P1の継代から3日後の細胞像を示す。P2、P3等も同様である。
【実施例】
【0057】
図1~2より、GSK3β阻害剤と、DYRK阻害剤とを組み合わせて用いることにより、ES細胞を未分化な状態のまま維持できることが示された。また、GSK3β阻害剤の中では、Kenpaulloneと1-AzaKenpaullone(特に1-AzaKenpaullone)が最も安定してES細胞を維持できた。DYRK阻害剤の中では、ID-8が最も安定してES細胞を維持できた。
【実施例】
【0058】
実施例2:多能性幹細胞の継代培養におけるNFAT阻害剤の役割
GSK3β阻害剤(1-AzaKenpaullone又はKenpaullone)及びDYRK阻害剤(ID-8)に加えて、更にNFAT阻害剤(Tacrolimus(FK-506)(Cayman Chemical社製1007965))を加えた培地を実施例1と同様に調製し、これを用いて、実施例1と同様に継代培養及び細胞の観察を行った。また、これとは別に、この培地を用いて実施例1と同様にP1継代を行った後、継代せずに6日間培養した後の細胞数を定法に従って計測し、この計測細胞数に基づいて6日間の間に細胞が何倍に増加したのかを算出した。
【実施例】
【0059】
<結果>
細胞像を図3Aに、細胞の倍化数(Fold increase)を図3Bに示す。
【実施例】
【0060】
図3Aより、GSK3β阻害剤(AzaKenpaullone)及びDYRK阻害剤(ID-8)に加えて、更にNFAT阻害剤(Tacrolimus)を加えても、ES細胞を未分化な状態のまま維持できることが示された。また、図3Bより、GSK3β阻害剤(AzaKenpaullone)及びDYRK阻害剤(ID-8)に加えて、更にNFAT阻害剤(Tacrolimus)を加えると、細胞増殖が顕著に促進されることも示された。また、1-AzaKenpaulloneはKenpaulloneに比べて、細胞増殖をより促進できることも示された。
【実施例】
【0061】
実施例3:ES細胞の長期間培養
ヒトES細胞株KhES-1、ヒトES細胞株H9(WiCell社提供W09)、ヒトiPS細胞株253G1(理研バイオリソースセンター提供HPS0002)、ヒトiPS細胞株201B7(理研バイオリソースセンター提供HPS0063)、及びヒトES細胞株H1(WiCell提供W01)を、GSK3β阻害剤(1-AzaKenpaullone)及びDYRK阻害剤(ID-8)を含む培地(培地1)、並びにGSK3β阻害剤(1-AzaKenpaullone)及びDYRK阻害剤(ID-8)に加えて、更にNFAT阻害剤(Tacrolimus)を含む培地(培地2)を実施例1と同様に調製し、これらを用いて、実施例1と同様に継代培養及び細胞の観察を行った。
【実施例】
【0062】
<結果>
培地1を用いた場合の細胞像を図4Aに、培地2を用いた場合の細胞像を図4Bに示す。
【実施例】
【0063】
図4A及びBより、培地1及び2のいずれを用いても、種々の多能性幹細胞を、長期間(P17~P60)に亘って未分化な状態のまま維持できることが示された。
【実施例】
【0064】
なお、男性由来のES細胞及びiPS細胞と女性由来のES細胞及びiPS細胞とは、エピジェネティックな状態及び遺伝子発現パターンが異なることが知られている(Cell Reports (2014) 8: 923-932、Cell Stem Cell (2012) 11(1): 75-90、Annu. Rev. Genomics Hum. Genet. (2013) 14:85-110等)。これに起因してか、一般的には、男性由来のES細胞及びiPS細胞は女性由来のES細胞及びiPS細胞に比べて未分化能の維持が難しいと考えられている。本実施例で用いた細胞株の内、ヒトES細胞株H1は男性由来であるが、培地1及び2は、このような男性由来の細胞であっても、他の女性由来の細胞(ヒトES細胞株KhES-1、ヒトES細胞株H9、ヒトiPS細胞株253G1、及びヒトiPS細胞株201B7)と同様に、長期間に亘って未分化状態を維持できた。
【実施例】
【0065】
実施例4:長期間培養後の未分化状態の確認
実施例3の長期間培養後の細胞における、未分化マーカーの発現を調べた。具体的には次のように行った。
【実施例】
【0066】
<免疫染色>
GSK3β阻害剤(1-AzaKenpaullone)、DYRK阻害剤(ID-8)、及びNFAT阻害剤(Tacrolimus)を含む培地(実施例3)を用いて、P50継代まで維持したヒトES細胞株KhES-1(実施例3)、P20継代まで維持したヒトiPS細胞株201B7(実施例3)、P30継代まで維持したヒトES細胞株H9(実施例3)、及びP20継代まで維持したヒトiPS細胞株253G1(実施例3)における、未分化マーカー(OCT4、SOX2、NANOG、アルカリフェスファターゼ(ALP)、SSEA-3、SSEA-4、TRA1-81、TRA1-60)の発現を、定法に従った免疫染色によって検出した(使用した1次抗体は、OCT4 (Santa Cruz Biotechnology社製Sc-5279、200倍希釈)、SOX2(Santa Cruz Biotechnology社製Sc-17320、100倍希釈)、NANOG(Cell Signaling Technology社製4903、100倍希釈)、SSEA-3(Santa Cruz Biotechnology社製Sc-21703、50倍希釈)、SSEA-4(Santa Cruz Biotechnology社製Sc-59368、50倍希釈)、TRA-1-81(Santa Cruz Biotechnology社製Sc-21705、50倍希釈)、TRA-1-60(Santa Cruz Biotechnology社製Sc-21706、50倍希釈)、アルカリフェスファターゼ(ALP)(VECTOR Blue Alkaline Phosphatase Substrate Kit, VECTOR Laboratories社製SK-5300)、二次抗体は、各一次抗体に対応したLife Technologies社製AlexaFluor 488もしくは594抗体、400倍希釈)。
【実施例】
【0067】
<フローサイトメトリー>
GSK3β阻害剤(1-AzaKenpaullone)、DYRK阻害剤(ID-8)、及びNFAT阻害剤(Tacrolimus)を含む培地(実施例3)を用いて、P26継代まで維持したヒトES細胞株KhES-1(実施例3)、及びP17継代まで維持したヒトES細胞株H9(実施例3)における、未分化マーカー(OCT4、SSEA-4)の発現を、定法に従ってフローサイトメトリー(Becton Dickinson社製BD FACS CANT II)によって検出した(使用一次抗体は、OCT4 (Santa Cruz Biotechnology社製Sc-5279、100倍希釈)、SSEA-4(Santa Cruz Biotechnology社製Sc-59368、100倍希釈) 二次抗体は、各一次抗体に対応したLife Technologies社製AlexaFluor 488抗体、1000倍希釈)。
【実施例】
【0068】
<核型解析>
GSK3β阻害剤(1-AzaKenpaullone)、DYRK阻害剤(ID-8)、及びNFAT阻害剤(Tacrolimus)を含む培地(実施例3)を用いて、P49継代まで維持したヒトES細胞株KhES-1(実施例3)、P33継代まで維持したヒトES細胞株H9(実施例3)、及びP25継代まで維持したヒトiPS細胞株253G1(実施例3)における核型を、定法に従ったGバンド法によって解析した。
【実施例】
【0069】
<結果>
免疫染色の結果を図5Aに、フローサイトメトリーの結果を図5Bに、核型解析の結果を図5Cに示す。なお、図5Bの二次元プロットおける左側のピークは1次抗体を用いないネガティブコントロールのピークを示し、右側のピークは1次抗体を用いた場合のピークを示す。
【実施例】
【0070】
図5A~Bより、長期間の培養後であっても未分化マーカーが発現していることが確認された。また、図5Cより、長期間の培養後であっても核型に変化はないことが確認された。これらのことから、GSK3β阻害剤及びDYRK阻害剤を組み合わせて含有する培地であれば、極めて安定的に未分化状態を維持できることが示された。
【実施例】
【0071】
実施例5:既存培地との比較
GSK3β阻害剤(1-AzaKenpaullone)、DYRK阻害剤(ID-8)、及びNFAT阻害剤(Tacrolimus)を含む培地(実施例3)と、既存の培地とで、多能性幹細胞の増殖速度、及び未分化マーカーの発現量を比較した。具体的には次のように行った。
【実施例】
【0072】
<既存培地の準備>
既存の多能性幹細胞培養用培地として、mTeSR1培地(Stem Cell Technology社製05850)、E8培地(Stem Cell Technology社製05940)、並びにWnt3A及びID-8含有培地を準備した。Wnt3A及びID-8含有培地は、実施例1で作成した基本培地に、Wnt3A(Peprotech社製315-20)を終濃度10 ng/mLになるように添加し、さらにID-8を終濃度500 nMになるように添加して作成した。
【実施例】
【0073】
<増殖速度の測定>
各培地を用いて、実施例1と同様にヒトES細胞株KhES-1の継代培養を行った。各継代(3日毎)時に、各ウェルの底面(3.80 cm2)の約20%を細胞が占めるように細胞を播種し、この時の分割比を記録した。継代はP5継代まで行い、P1~5継代の平均分割比を算出した。
【実施例】
【0074】
<フローサイトメトリーによる未分化マーカーの検出>
各培地を用いて、実施例1と同様にヒトES細胞株KhES-1の継代培養を行った。P30継代まで維持した細胞における、未分化マーカー(OCT4、SSEA-4)の発現を、実施例4と同様にフローサイトメトリーによって検出した。
【実施例】
【0075】
<定量的PCRによる未分化マーカーの検出>
各培地を用いて、実施例1と同様にヒトES細胞株KhES-1の継代培養を行った。P5継代まで維持した細胞における、未分化マーカー(OCT4、SSEA-4)の発現を、定法に従って定量的PCRによって検出した。これとは別に、コントロール細胞として、フィーダー細胞上で同様に培養した細胞についても、未分化マーカーを検出した。
【実施例】
【0076】
<結果>
増殖速度の測定結果を図6Aに、フローサイトメトリーによる未分化マーカーの検出結果を図6Bに、定量的PCRによる未分化マーカーの検出結果を図6Cに示す。
【実施例】
【0077】
図6Aより、GSK3β阻害剤(1-AzaKenpaullone)、DYRK阻害剤(ID-8)、及びNFAT阻害剤(Tacrolimus)を含む培地は、既存の培地と同程度、又はそれ以上の速さで増殖することが示された。また、図6B及びCより、GSK3β阻害剤(1-AzaKenpaullone)、DYRK阻害剤(ID-8)、及びNFAT阻害剤(Tacrolimus)を含む培地は、既存の培地と同程度に、さらにフィーダー細胞上で培養した場合と同程度に、安定的に未分化な状態を維持できることが示された。
【実施例】
【0078】
実施例6:継代培養の条件検討
<ディッシュのコーティング成分の検討実験>
Vitronectin-Nコートディッシュ上、培養ディッシュ1 cm2当たり5μgのSynthemax(Corning社製Synthemax(登録商標)II-SC Substrate A14700)で一晩コーティング処理を行ったディッシュ(Synthemaxコートディッシュ)上、又は培養ディッシュ1 cm2当たり1μgのLaminin511 E8(Nippi社製iMatrix-511 892001)で一晩コーティング処理を行ったディッシュ(Laminin511 E8コートディッシュ)上で、実施例1と同様にヒトES細胞株KhES-1又はヒトES細胞株H9の継代培養を行った。
【実施例】
【0079】
<細胞剥離液の検討実験>
継代時に用いる細胞剥離液としてEDTA溶液(0.5 mM EDTA/PBS)又はDispase溶液(10 mg/mL Dispase/基本培地)を用いて、実施例1と同様にヒトES細胞株KhES-1又はヒトES細胞株H9の継代培養を行った。
【実施例】
【0080】
<結果>
コーティング成分の検討実験後の細胞像を図7Aに、細胞剥離液の検討実験後の細胞像を図7Bに示す。
【実施例】
【0081】
図7Aより、コーティング成分として、SynthemaxやLaminin511 E8を用いても、ES細胞を未分化な状態で維持できることが示された。中でも、Vitronectin-Nが最も安定的にES細胞を維持できた。
【実施例】
【0082】
図7Bより、細胞剥離液として、EDTA溶液及びDispase溶液のいずれでも、ES細胞を未分化な状態で維持できることが示された。なお、EDTA溶液を用いた場合はES細胞の生存率は高いが若干継代操作が難しかった一方で、Dispase溶液を用いた場合は継代操作は簡単だが細胞の生存率が低い傾向にあった。
【実施例】
【0083】
実施例7:浮遊培養への応用
GSK3β阻害剤(1-AzaKenpaullone)、DYRK阻害剤(ID-8)、及びNFAT阻害剤(Tacrolimus)を含む培地(実施例3)、mTeSR1培地、又はE8培地を用いて、ヒトES細胞株KhES-1を定法に従って浮遊培養した。P3継代後の細胞像を図8Aに示す。
【実施例】
【0084】
図8Aより、GSK3β阻害剤(1-AzaKenpaullone)、DYRK阻害剤(ID-8)、及びNFAT阻害剤(Tacrolimus)を含む培地は、既存の培地と同様に、浮遊培養によってもES細胞を未分化な状態で維持できることが示された。
【実施例】
【0085】
また、P1継代を行った後、継代せずに5日間培養した後の細胞数を定法に従って計測しこの計測細胞数に基づいて5日間の間に細胞が何倍に増加したのかを算出した。この結果を図8Bに示す。
【実施例】
【0086】
図8Bより、GSK3β阻害剤(1-AzaKenpaullone)、DYRK阻害剤(ID-8)、及びNFAT阻害剤(Tacrolimus)を含む培地で浮遊培養した場合の増殖速度は、既存の培地を用いた場合の増殖速度と同程度であることが示された。
【実施例】
【0087】
さらに、P7継代まで維持した細胞における、未分化マーカー(OCT4、SOX2、NANOG)の発現を、定法に従って定量的PCRによって検出した。図8Cに、各未分化マーカーの発現量を、mTeSR1培地を用いた場合の発現量に対する相対値で示した。
【実施例】
【0088】
図8Cより、GSK3β阻害剤(1-AzaKenpaullone)、DYRK阻害剤(ID-8)、及びNFAT阻害剤(Tacrolimus)を含む培地で浮遊培養した場合の未分化マーカーの発現の程度は、既存の培地を用いた場合の発現の程度と同程度であることが示された。
【実施例】
【0089】
実施例8:iPS細胞の作製
GSK3β阻害剤(1-AzaKenpaullone)、DYRK阻害剤(ID-8)、及びNFAT阻害剤(Tacrolimus)を含む培地(実施例3)、又はE8培地を用いてiPS細胞を作製し、作製効率、コロニーの形態、未分化マーカーの発現について解析した。具体的には次のように行った。
【実施例】
【0090】
<iPS細胞の作製>
iPS作製に関する文献(Nature Methods (2011) 8: 424-429、Nature Protocol (2012) 7: 2029-2040)に記載の方法に基づいて、ヒト胎仔線維芽細胞 (ScienCell社HDF-f、2300)からiPS細胞を作製した。そのスキームを図9Aに示す。Day 0において、リプログラミング因子(OCT4、SOX2、KLF4、c-MYC、LIN28、及びSV40LargeT)発現エピソーマルベクター(pEB-C5又はpEB-Tg(Cell Research (2011) 21:518-529))を、定法に従ってヒト胎仔線維芽細胞にトランスフェクションした。その後、Day 6-9まで、E8培地に酪酸ナトリウム(培地中の終濃度:100μM)及びヒドロコルチゾン(培地中の終濃度:100 nM)が添加された培地、又はGSK3β阻害剤(1-AzaKenpaullone)、DYRK阻害剤(ID-8)、及びNFAT阻害剤(Tacrolimus)を含む培地(実施例3)に酪酸ナトリウム(培地中の終濃度:100μM)及びヒドロコルチゾン(培地中の終濃度:100 nM)が添加された培地中で培養した。Day 6-9からは、ヒドロコルチゾンを除き、且つE8培地についてはTGFβを除いた培地を用いてDay 20-25まで培養した。培養ウェル上の細胞を、定法に従ってアルカリフェスファターゼ(ALP)染色し、ALP陽性コロニーの数を計測した。該計測数を、リプログラミング因子発現ベクターをトランスフェクションした細胞数で除した値を、iPS細胞作製効率とした。
【実施例】
【0091】
<コロニーの形態の観察、及び未分化マーカー発現の確認>
iPS細胞作製後、コロニーをピックアップして、E8培地、又はGSK3β阻害剤(1-AzaKenpaullone)、DYRK阻害剤(ID-8)、及びNFAT阻害剤(Tacrolimus)を含む培地(実施例3)を用いて、定法に従って60日間培養した。培養後、細胞像を観察した。また、未分化マーカー(OCT4、SOX2、NANOG、ALP、SSEA-3、SSEA-4、TRA1-81、TRA1-60)の発現を、免疫染色で実施例4と同様の方法で検出した。
【実施例】
【0092】
<結果>
ALP染色像を図9Bに、iPS細胞作製効率を図9Cに、コロニーの形態の観察結果を図9Dに、免疫染色の結果を図9Eに示す。図9C中、#1及び#2は、それぞれ別々のウェルの結果を示す。
【実施例】
【0093】
図9B及びCより、本発明の培地を用いることにより、既存の培地よりも遥かに(約40倍)効率的にiPS細胞を作製できることが示された。また、図9D及びEより、本発明の培地により作製されたiPS細胞は、形態も正常であり、且つ未分化マーカーも発現していることが確認された。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6
【図8】
7
【図9】
8