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明細書 :液滴の運動制御方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 公開特許公報(A)
公開番号 特開2019-158471 (P2019-158471A)
公開日 令和元年9月19日(2019.9.19)
発明の名称または考案の名称 液滴の運動制御方法
国際特許分類 G01N  13/00        (2006.01)
FI G01N 13/00
請求項の数または発明の数 5
出願形態 OL
全頁数 13
出願番号 特願2018-043354 (P2018-043354)
出願日 平成30年3月9日(2018.3.9)
発明者または考案者 【氏名】佐藤 絵里子
【氏名】脇本 辰郎
【氏名】吉岡 真弥
【氏名】加藤 健司
出願人 【識別番号】506122327
【氏名又は名称】公立大学法人大阪市立大学
個別代理人の代理人 【識別番号】100124039、【弁理士】、【氏名又は名称】立花 顕治
【識別番号】100179213、【弁理士】、【氏名又は名称】山下 未知子
審査請求 未請求
要約 【課題】新たなアプローチにより、微小な系での液滴の運動を制御する方法を提供する。
【解決手段】液滴の運動制御方法が提供される。液滴の運動制御方法は、配向性を有する多数のマイクロリンクルが形成された表面を有する部材を用意することと、前記表面上で、前記液滴を前記配向性に応じて定まる一定の進行方向に移動させることとを含む。前記表面上で前記液滴に作用させる駆動力は、重力のみとすることができる。前記駆動力は、前記表面を水平面に対して傾けることにより生じさせることができる。
【選択図】図1
特許請求の範囲 【請求項1】
液滴の運動制御方法であって、
配向性を有する多数のマイクロリンクルが形成された表面を有する部材を用意することと、
前記表面上で、前記液滴を前記配向性に応じて定まる一定の進行方向に移動させることと
を含む、
液滴の運動制御方法。
【請求項2】
前記部材を用意することは、前記表面が水平面に対して傾くように前記部材を配置することを含み、
前記液滴を移動させることは、前記表面上で、前記液滴に重力による駆動力を作用させ、前記進行方向に移動させることを含む、
請求項1に記載の液滴の運動制御方法。
【請求項3】
前記駆動力は、重力のみである、
請求項2に記載の液滴の運動制御方法。
【請求項4】
前記部材を用意することは、前記表面上で、前記液滴に駆動力が作用する方向に対して前記配向性が示す方向が為す角度が、0°より大きく90°未満となるように前記部材を配置することを含む、
請求項1から3のいずれかに記載の液滴の運動制御方法。
【請求項5】
液滴の運動制御装置であって、
配向性を有する多数のマイクロリンクルが形成された表面を有する部材
を備え、
前記液滴は、前記表面上で、前記配向性に応じて定まる一定の進行方向に移動させられる、
液滴の運動制御装置。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、微小な系で液滴の運動を制御する方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、化学や医療等の様々な分野において、微量の液体の運動制御技術の需要が高まっている。例えば、ラボオンチップやマイクロリアクター等と呼ばれるマイクロ流体デバイスにおいては、微量の試薬を用いて反応や混合が行われる。微小な系での微量の液体の操作には、様々な利点がある。例えば、温度制御が容易であること、液体の単位体積あたりの表面積が大きくなるため、界面での反応効率が良好となること、系の小型化や試料の省量化が図られ、省スペース化、省資源化及び省エネルギー化、ひいてはコスト削減が実現されること等が挙げられる。
【0003】
微小な系で液滴を操作するとき、液滴の固体面上でのぬれ性や表面張力といった界面現象の影響が重要である。最近では、温度差、電場、光化学反応等を利用して、固体面上で局所的にぬれ性や表面張力を変化させ、液滴の運動制御を行う手法が数多く提案されている。例えば、非特許文献1は、固体面に電極を配置し、固体面のぬれ性を電気的に変化させて固体面上で液滴を駆動する手法を開示している。特許文献1も、ぬれ性を変化させて液滴を駆動する技術に関し、ここでは、固体面上で液滴の端部にレーザーを照射し、液滴を同端部の方向へ移動させる。
【先行技術文献】
【0004】

【非特許文献1】Dahuber, A.A. and Troian, S.M.、 Principles of Microfluidic Actuation by Modulation of Surface Stresses, Annual Review of Fluid Mechanics, Vol.37(2005), 425-455
【0005】

【特許文献1】特開2012-32258号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来の様々な液滴の運動制御技術は、未だ課題を抱える。例えば、非特許文献1では、固体面に予め電極パターンの加工が必要となり、電極パターンに応じた運動しか得られない不自由さがある。一方、特許文献1では、固体面の加工が不要であり、外部から自由に運動制御を行うことができるものの、レーザーの照射器を用意しなければならない。また、液滴に所望の運動をさせるためには、同照射器の位置制御が必要になり得る。よって、これまでに様々な液滴の運動制御方法が提案されてきているものの、この分野は発展の段階にあり、さらなる技術革新が望まれる。
【0007】
本発明は、新たなアプローチにより、微小な系での液滴の運動を制御する方法及び装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
第1観点に係る液滴の運動制御方法は、配向性を有する多数のマイクロリンクルが形成された表面を有する部材を用意することと、前記表面上で、前記液滴を前記配向性に応じて定まる一定の進行方向に移動させることとを含む。
【0009】
第2観点に係る液滴の運動制御方法は、第1観点に係る液滴の運動制御方法であって、前記部材を用意することは、前記表面が水平面に対して傾くように前記部材を配置することを含む。前記液滴を移動させることは、前記表面上で、前記液滴に重力による駆動力を作用させ、前記進行方向に移動させることを含む。
【0010】
第3観点に係る液滴の運動制御方法は、第2観点に係る液滴の運動制御方法であって、前記駆動力は、重力のみである。
【0011】
第4観点に係る液滴の運動制御方法は、第1観点から第3観点のいずれかに係る液滴の運動制御方法であって、前記部材を用意することは、前記表面上で、前記液滴に駆動力が作用する方向に対して前記配向性が示す方向が為す角度が、0°より大きく90°未満となるように前記部材を配置することを含む。
【0012】
第5観点に係る液滴の運動制御装置は、配向性を有する多数のマイクロリンクルが形成された表面を有する部材を備える。前記液滴は、前記表面上で、前記配向性に応じて定まる一定の進行方向に移動させられる。
【発明の効果】
【0013】
本発明の以上の観点によれば、液滴を移動させる固体面として、配向性を有する多数のマイクロリンクルが形成された表面が使用される。本発明者らの研究によると、このような面は、固体面上での液滴の運動に影響を与えるぬれ性や接触角等の要因に照らして異方性を有し、液滴は、このような面上をマイクロリンクルの配向性に応じて定まる一定の進行方向に移動させられる。よって、マイクロリンクルの配向性によって液滴の進行方向を制御するという新たなアプローチにより、微小な系での液滴の運動を制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の一実施形態に係る液滴の運動制御装置の構成を示す図。
【図2】マイクロリンクルを形成する過程を説明する模式図。
【図3】延伸ひずみが10%の場合の形状解析レーザー顕微鏡による試料板の測定結果を示す図。
【図4】延伸ひずみが14%の場合の形状解析レーザー顕微鏡による試料板の測定結果を示す図。
【図5】延伸ひずみが10%及び14%の場合のマイクロリンクルの高さ分布曲線に対するFFTの結果を示す図。
【図6】液滴の前進接触角及び後退接触角を説明する図。
【図7】液滴の転落実験に使用した実験装置の構成を示す図。
【図8】延伸ひずみが10%及び14%の場合の臨界角度の測定値及び理論値を示すグラフ。
【図9】マイクロリンクルの角度αを説明する図。
【図10】延伸ひずみが10%及び14%の場合の転落時の液滴の軌跡の測定値を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面を参照しつつ、本発明の一実施形態に係る運動制御方法及び装置について説明する。

【0016】
<1.液滴の運動制御装置の構成>
図1に、本実施形態に係る液滴の運動制御装置1の全体構成を示す。運動制御装置1は、多数のマイクロリンクルMLが形成された表面3を有する部材2を備える。表面3は平坦に構成されており、部材2は平板状である。多数のマイクロリンクルMLは、一定の配向性を有するように形成されており、本実施形態では、直線状の配向性を有する。マイクロリンクルMLとは、微細なしわのことであり、典型的にはマイクロメートルオーダーの波長を有する凹凸構造である。マイクロリンクルMLは、表面3に形成された溝であり、その配向性に対応する一定の配向方向D1に沿って延びている。

【0017】
運動制御装置1は、表面3上で液滴を一定の進行方向に移動させることができる。その原理は後述するが、液滴の進行方向は、マイクロリンクルMLの配向性に応じて定まる。本実施形態では、表面3上を移動させるために液滴に与えられる駆動力は、重力のみである。よって、駆動力を発生させるための特別な装置が不要となり、装置1はシンプルに構成される。

【0018】
液滴に重力による駆動力を作用させるために、部材2は、図1に示すように、表面3が水平面に対して傾斜角φ(0°<φ)だけ傾くように配置される。また、図1に示すように、鉛直方向を表面3上に投影した方向(以下、重力方向ということがある)D2に対して、マイクロリンクルMLの配向方向D1が為す角度をαとする。このとき、部材2は、0°<α<90°となるように配置される。重力方向D2は、表面3上で液滴に重力が作用する方向である。

【0019】
<2.原理>
次に、運動制御装置1による液滴の運動制御の原理を説明する。以下では、本発明者らが行った実験について言及しつつ、説明を行う。この実験では、マイクロリンクルMLによる液滴の接触角θに関する異方性について調べた。その結果、この異方性により、重力等の駆動力によって固体面上を移動する液滴の運動方向を制御可能であることが確認された。

【0020】
<2-1.マイクロリンクルの形成>
実験を行うに際し、マイクロリンクルMLを形成した。図2は、マイクロリンクルMLを形成する過程を説明する模式図である。まず、母材として1.0mm(厚み)×23.8mm(長さ)×80mm(幅)にカットしたポリ塩化ビニル(PVC)の試料を用意した。以上の母材を90℃の恒温槽内に設置し、図2(a)のように万能材料試験機により引張応力により延伸ひずみを与えた後、万能材料試験機に固定したまま常温に冷却した。延伸ひずみは、10%及び14%の2種類与えた。なお、PVCは、80℃でガラス転移温度に達し、ゴム状態に移行する。以上の母材は加熱すると反り返って湾曲したので、図2(b)に示すように、これを1.0×22×22mmの試験片にカットし、カットされた2枚の試験片を張り合わせたものを試料板とした。試験片どうしの張り合わせは、試験片のうちの1枚の表面に硬質塩化ビニル管用接着剤を塗布することにより行った。

【0021】
次に、以上の試料板の表面に薄膜を形成した(図2(c)参照)。より具体的には、試料板をスピンコーター(ミカサ社製のMS-B100)に設置し、マイクロピペットを用いて試料板の中心にポリマー溶液を200μl滴下した。ポリマー溶液は、1.2wt%の濃度のポリ-N-ビニルカルバゾル(PVK)を溶かしたジクロロエタン溶液とした。その後、直ちに250rpmで10秒間、さらに2500rpmで90秒間スピンコーターを回転させて、試料板の表面に、約100nmの膜厚のPVKのスピンコート薄膜を作成した。

【0022】
その後、PVKの薄膜が表面に形成された試料板を90℃に再加熱し、3時間放置した(図2(d)参照)。薄膜を構成するPVKは、ガラス転移温度が190℃であり、母材を構成するPVCのそれよりも高く、再加熱の温度よりも高い。そのため、再加熱により、試料板の母材部分はガラス転移温度に達するが、薄膜部分はガラス転移温度に達さない。よって、母材部分のみがゴム状態となり、延伸ひずみが解放されて縮み、これに伴って、薄膜部分が座屈した。これにより、母材表面のPVKの薄膜部分にたわみ(しわ)が発生し、マイクロリンクルMLが形成された(図2(e)参照)。

【0023】
マイクロリンクルMLの作成後、その形状を確認した。形状の確認は、形状解析レーザー顕微鏡(キーエンス社製のVK-X1000)を用いて、以上の試料板におけるマイクロリンクルMLが形成された表面(以下、リンクル表面という)の三次元高さ分布を調べる方法により行った。三次元高さ分布は、試料板のリンクル表面の縦約284μm及び横約213μmの範囲(768×1024ピクセル)で測定した。

【0024】
図3(a)及び図4(a)は、それぞれ試料板S1及びS2を形状解析レーザー顕微鏡で測定したときのリンクル表面の平面画像である。なお、試料板S1、S2とは、それぞれ10%、14%の延伸ひずみを母材に与えて形成したマイクロリンクルML付きの試料板である。図3(a)及び図4(a)中に示されるx軸は、延伸ひずみを与えたときの引張方向であり、マイクロリンクルMLの溝が延びる方向である。y軸は、リンクル表面においてx軸に直交する方向であり、マイクロリンクルMLの溝が配列される方向である。よって、y軸に平行なリンクル表面の断面形状は、マイクロリンクルMLの凹凸構造により波形となる。図3(b)及び図4(b)は、それぞれ試料板S1及びS2のリンクル表面の三次元高さ分布を示す図であり、図3(c)及び図4(c)は、それぞれ図3(a)及び図4(a)中のy方向の線分S-S’に沿った断面でのリンクル表面の高さ分布曲線である。

【0025】
図5(a)及び(b)は、それぞれ図3(c)及び図4(c)の高さ分布曲線の波形に対する高速フーリエ解析(FFT)の結果である。同図の横軸は波長を、縦軸は振幅を示す。このFFTの結果、試料板S1及びS2のy方向の高さ分布曲線の波長(ピーク波長)λは、表1のとおりとなった。また、試料板S1及びS2の各々に対し、以上の三次元高さ分布の測定結果に基づいてリンクル表面の表面粗さRa及び最大高さRzを測定した結果を、同様に表1に示す。表1の結果からは、延伸ひずみが大きいほど、リンクル表面上の薄膜の変化量が大きくなるため、表面粗さRa及び最大高さRzが大きくなることが分かる。
【表1】
JP2019158471A_000003t.gif

【0026】
<2-2.接触角の異方性>
次に、試料板S1及びS2のリンクル表面上での液滴の接触角θを測定し、その異方性を調べた。傾斜した固体面上で液滴が転落の臨界状態にあるとき、前端(下端)では液体が固体面をぬらす方向として前進接触角θAが観測され、後端(上端)では乾かす方向として後退接触角θRが観測される。図6は、液滴の前進接触角θA及び後退接触角θRを説明する図である。固体面上の液滴は、その周囲の全ての点において、前進接触角θAと後退接触角θRとの間の任意の角度で固体面と接する。θAとθRは、液滴が固体面において形成できる最大角度と最小角度であるため、液滴が転落を始めるときに前後端で観測される限界の角度であるということもできる。

【0027】
接触角θの測定方法は様々であるが、ここでは、水平に設置した試料板S1及びS2のリンクル表面上に滴下された液滴の形状を撮影し、その画像から接触角θを測定した。前進接触角θAの測定時には、マイクロシリンジで試料液体を押し出し、壁面(リンクル表面)上で固気液3相の接触線Cが広がるように液滴を設置しつつ、撮影を行った。試料液体としては、蒸留水を使用した。一方、後退接触角θRの測定時には、壁面(リンクル表面)上の液滴からマイクロシリンジにより液体を吸い取り、接触線Cを後退させつつ、撮影を行った。このとき、動的ぬれの効果が現れないよう、液滴の周囲の接触線Cの移動速度が1.0mm/min以下となるように、ゆっくりと液滴を膨張及び収縮させた。

【0028】
次に、以上のようにして撮影された画像上で、輝度値の勾配が最大となる点列を液滴表面の気液界面とし、気液界面の形状を求めた。接触線Cの近傍の気液界面の形状を多項式近似し、接触線Cの位置での勾配から接触角θを測定した。前進接触角θAは、マイクロリンクルMLの溝に平行な方向(配向方向D1)と、これに垂直な方向との2つの方向について測定した。以下、それぞれを前進接触角θAp、前進接触角θAoという。同様に、後退接触角θRも、マイクロリンクルMLの溝に平行な方向(配向方向D1)と、これに垂直な方向との2つの方向について測定した。以下、それぞれを後退接触角θRp、後退接触角θRoという。接触角θAo、θAp、θRo及びθRpの測定は、試料板S1及びS2の各々に対して行い、同じ実験条件下で6回測定し、その平均値を測定値とした。この測定の結果を表2に示す。
【表2】
JP2019158471A_000004t.gif

【0029】
また、比較のために、試料板S1及びS2と同様にスピンコート薄膜を形成したが、マイクロリンクルMLが形成されていない試料板S0に対して、試料板S1及びS2と同様の方法で前進接触角θA及び後退接触角θRを測定した。以下、それぞれを前進接触角θAc及び後退接触角θRcという。この測定の結果を表3に示す。
【表3】
JP2019158471A_000005t.gif

【0030】
なお、以上の実験前に、試料板S0~S2のリンクル表面は全て蒸留水で共洗いした。表2及び表3の結果からは、マイクロリンクルMLの形成により、しわに垂直な方向へのぬれ性が悪くなり、前進接触角θAoがスピンコートのみの前進接触角θAcより大きくなっていることが分かる。また、試料板S0~S2の表面にはマイクロリンクルMLの他に、加工に伴う傷が認められため、液滴の後退接触角θRの測定時に液滴の端部が傷に引っかかり、後退接触角θRが減少する現象が観察された。そのため、後退接触角θRの標準偏差が前進接触角θAのそれよりも大きくなったと考えられる。表2からは、本実験で形成したマイクロリンクルMLにおいて、前進接触角θAには約6°の異方性が観測され(試料板S1の場合、5.9°であり、試料板S2の場合、6.1°である)、後退接触角θRには約2°の異方性が観測された(試料板S1の場合、4.0°であり、試料板S2の場合、1.9°である)。

【0031】
<2-3.転落の臨界角度>
次に、試料板S1及びS2のリンクル表面上で液滴が転落するときの、リンクル表面の水平面に対する傾斜角φ(以下、臨界角度という)を測定した。図7に、この転落実験に用いた実験装置の構成を示す。同装置を用いた実験方法は、以下のとおりとした。

【0032】
まず、水平に設置した試料板のリンクル表面上に、マイクロシリンジで液滴を滴下した。その後、ウォームギアを回転させて試料板を徐々に急峻に傾けていった。傾斜角φを増加させてゆくと、最初のうちは液滴の前端が徐々に下方に伸びる一方で、後端は静止状態を保つが、液滴が転落する臨界状態では、前端及び後端が共に移動する。この臨界状態でのリンクル表面の傾斜角φが、臨界角度である。臨界状態の判別は、液滴の前端及び後端の様子をデジタルカメラで撮影し、その画像を観察することにより行った。より具体的には、ウォームギアにより傾斜角φを0.5°ずつ増加させながら、各傾斜角で30秒以上放置し、液滴の前端及び後端の移動の有無を確認した。臨界状態の判別を正確にするため、転落が認められた状況下ではさらに観察時間を延ばし、液滴が止まることなく、全体が下方に移動していることを確認した。

【0033】
臨界角度は、マイクロリンクルMLの配向方向D1が重力方向D2と平行になる向きに試料板を固定した場合と、これと直交する向きに試料板を固定した場合との2つの場合について測定した。以下、それぞれの場合の臨界角度を、φp、φoという。臨界角度φp及びφoの測定は、25μlから50μlまで5μl刻みで液滴の体積を増加させながら行い、各体積について6回測定し、その平均値を測定値とした。この測定は、試料板S2に対してのみ行った。この測定の結果を図8(b)に示す。同図中の横軸は液滴の体積を、縦軸は臨界角度φp又はφoを示している。

【0034】
一方、臨界角度φp及びφoの理論値については、試料板S1及びS2に対して算出した。図8(a)及び(b)中の曲線は、それぞれ試料板S1及びS2に対応する臨界角度φp及びφoの理論値を示している。理論値は、以下のとおり算出した。まず、図6に戻ると、転落の臨界状態において、傾斜した固体面上の液滴には、重力と表面張力による力とが作用する。図6において、接触線C上の任意の点Aに作用する表面張力σの固体面内成分は、点Aにおける接触角θを用いて、σcosθで表される。さらに、これの転落方向成分は、σcosθ・cosτで表される。τは、図6に示すように、固体面内での接触線Cに対する法線と転落方向との為す角度である。この表面張力を接触線Cに亘って積分すると、転落方向の重力と表面張力による力との釣り合いから、次式が導かれる。ここで、右辺のρ、g及びVは,それぞれ液体の密度、重力加速度、及び液滴の体積である。
【数1】
JP2019158471A_000006t.gif

【0035】
液滴が転落を開始するとき、接触線C上には、液滴の幅が最大となる位置より前方で前進接触角θA,後方で後退接触角θRが現れる。ds cosτは線素dsの水平方向の斜影であるため、cosθ・cosτ dsを最大幅より前方と後方に分けて積分すると、固体面上における液滴の最大の付着幅をbとして、それぞれがbcosθA、-bcosθRと計算される。したがって、接触線Cの形状に関わらず、数1の式は次のように書き直すことができる。
【数2】
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【0036】
本実験では、リンクル表面上に設置した液滴の幅bを測定により求め、表2の結果とともに数2の式に代入することにより、臨界角度φp及びφoの理論値を算出した。図8(b)からは、臨界角度φp及びφoの測定値と理論値とがよく一致していることが分かる。液滴がマイクロリンクルMLに垂直に転落するときの臨界角度φoは、マイクロリンクルMLに平行に転落するときの臨界角度φpよりも大きく、10°程度の異方性が確認された。

【0037】
<2-4.液滴の進行方向の制御>
図8の結果は、マイクロリンクルMLの溝に垂直な向きは、溝に平行な向きよりも、ぬれ性が悪いことを示している。本実施形態に係る液滴の運動制御の原理は、このようなぬれ性の異方性に基づいて、重力によって転落する液滴の進行方向を変化させることにある。すなわち、リンクル表面上での液滴の進行方向は、マイクロリンクルMLの配向性に応じて、重力方向D2に対して曲げられる。

【0038】
液滴の進行方向がマイクロリンクルMLの配向性に応じて曲がることを確認するために、再び図7の実験装置を用いて実験を行った。本実験では、臨界角度の測定時とは異なり、試料板S1及びS2の各々に対し、マイクロリンクルMLの配向方向D1が重力方向D2に対し角度α=30°、45°及び60°を為すように試料板を固定した(図9参照)。このような各角度αで試料板を設置した後、試料板の上端にマイクロシリンジで30μlの液滴を滴下した。その後、ウォームギアを回転させて試料板を徐々に傾けてゆき、リンクル表面上で液滴が停止しないよう、試料板の傾斜角φを、α=90°における臨界角度φo(理論値)より約1°大きな角度に設定した。この状態で、液滴の転落の挙動を動画撮影により観察した。そして、画像から読み取られる各時刻の液滴の上下端及び左右端の座標から液滴の中心座標を求め、液滴の運動の軌跡を求めた。液滴の軌跡の測定は、αごとに3回行い、その平均値を測定値とした。

【0039】
試料板S1及びS2に対し測定された液滴の軌跡を、それぞれ図10(a)及び(b)に示す。ここでの縦軸yは、重力方向D2の座標を示し、横軸xは、水平方向の座標を示す。図10(a)に示すとおり、試料板S1では、全てのαの条件において、液滴が重力方向D2から一定の方向に傾いて転落する挙動が観察された。また、図10(b)に示すとおり、試料板S2でも、全てのαの条件において、液滴が重力方向D2から一定の方向に傾いて転落する挙動が観察された。ただし、既に述べた通り、表面粗さRa及び最大高さRzは、試料板S2の方が試料板S1よりも大きい。そのため、試料板S2上での方が、より顕著にマイクロリンクルMLの接触角θの異方性(すなわち、ぬれ性の異方性)の影響を受けて、液滴が連続的に水平方向にずれながら転落し、その進行方向が曲がった。本実験では、図10のとおり、マイクロリンクルの接触角θの異方性により、液滴の転落方向を重力方向D2から最大12°程度傾けて連続的に転落させることができた。また、試料板S1及びS2に対する結果を比較すると、試料板に与える延伸ひずみを大きくすれば、液滴の転落方向を重力方向D2から傾ける効果が大きくなると予想される。

【0040】
<3.液滴の運動制御方法>
以上の原理に基づく、液滴の運動制御方法について説明する。まず、運動制御装置1を用意する。そして、表面3(リンクル表面)が水平面に対して所定の傾斜角φで傾くように、部材2を配置する。また、このとき、表面3上において、マイクロリンクルMLの配向方向D1が重力方向D2に対して所定の角度αを為すように、部材2を配置する。なお、このときの傾斜角φと、マイクロリンクルMLの角度αとは、表面3上での所望の液滴の進行方向に合わせて、予め実験又は理論により設定されている。そして、この状態で、表面3上の所定の位置に所定の液滴を滴下する。これにより、液滴は、重力により配向方向D1及び傾斜角φに応じて定まる一定の進行方向に移動させられる。この方法によれば、マイクロリンクルMLにより表面3上での液滴の進行方向を所望のとおりに制御することができる。

【0041】
<4.用途>
以上の原理に基づく運動制御装置は、微小の系において液体の進行方向の制御が必要となる様々な場面において利用することができ、例えば、ラボオンチップやマイクロリアクター等と呼ばれるマイクロ流体デバイスに適用することができる。

【0042】
<5.変形例>
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない限りにおいて、種々の変更が可能である。例えば、以下の変更が可能である。

【0043】
<5-1>
上記実施形態では、マイクロリンクルMLは、直線状の配向性を有するストライプパターンであったが、マイクロリンクルMLの配向パターンはこれに限られない。配向パターンを様々に変化させることにより、液滴の進行方向を様々に変化させ、より複雑な液滴の移動経路を形成することができる。

【0044】
<5-2>
上記実施形態では、液滴には、重力のみが駆動力として与えられた。しかしながら、重力に代えて又は加えて、温度差、電場、磁場、光化学反応等の作用により液滴に駆動力を与えてもよい。
【符号の説明】
【0045】
1 運動制御装置
2 部材
3 表面(リンクル表面)
ML マイクロリンクル
D1 重力方向(鉛直方向をリンクル表面に投影した方向)
D2 マイクロリンクルの配向方向
φ リンクル表面の傾斜角
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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