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明細書 :フォトニック結晶素子およびそれを備えた分光システム、被検出物質の検出キットおよび検出システム、ならびに、フォトニック結晶素子の製造方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 公開特許公報(A)
公開番号 特開2019-211326 (P2019-211326A)
公開日 令和元年12月12日(2019.12.12)
発明の名称または考案の名称 フォトニック結晶素子およびそれを備えた分光システム、被検出物質の検出キットおよび検出システム、ならびに、フォトニック結晶素子の製造方法
国際特許分類 G01J   3/36        (2006.01)
G01N  21/27        (2006.01)
B82Y  20/00        (2011.01)
B82Y  40/00        (2011.01)
FI G01J 3/36
G01N 21/27 A
B82Y 20/00
B82Y 40/00
請求項の数または発明の数 10
出願形態 OL
全頁数 24
出願番号 特願2018-107401 (P2018-107401)
出願日 平成30年6月5日(2018.6.5)
発明者または考案者 【氏名】遠藤 達郎
【氏名】前野 権一
出願人 【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
個別代理人の代理人 【識別番号】110001195、【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
審査請求 未請求
テーマコード 2G020
2G059
Fターム 2G020AA04
2G020BA02
2G020BA03
2G020BA05
2G020CA02
2G020CC27
2G020CC63
2G020CD06
2G059AA01
2G059BB08
2G059BB12
2G059CC16
2G059EE01
2G059EE12
要約 【課題】可視光の分光が可能なフォトニック結晶素子を安価に提供する。
【解決手段】分光素子11は、基板110と、純金属からなり、基板110上に配置された金属薄膜111と、可視光を通す樹脂からなり、金属薄膜111上に配置されたポリマー層112とを備える。ポリマー層112には、各々の直径が可視光の波長よりも小さい複数の空孔Pが周期的に形成されている。ポリマー層112は、周期的に形成される複数の空孔Pのうちの一部が点状に欠陥した点状欠陥領域R2を有する。
【選択図】図14
特許請求の範囲 【請求項1】
基板と、
純金属からなり、前記基板上に配置された金属薄膜と、
可視光を通す樹脂からなり、前記金属薄膜上に配置された樹脂層とを備え、
前記樹脂層には、各々の直径が前記可視光の波長よりも小さい複数の空孔が周期的に形成されており、
前記樹脂層は、周期的に形成される前記複数の空孔のうちの一部が点状に欠陥した点状欠陥を有する、フォトニック結晶素子。
【請求項2】
前記樹脂層の可視領域における屈折率は、1.4以上かつ1.75以下である、請求項1に記載のフォトニック結晶素子。
【請求項3】
前記複数の空孔のうちの隣接する空孔間の距離である格子定数に対する前記直径の比は、0.2以上かつ1.0以下である、請求項1または2に記載のフォトニック結晶素子。
【請求項4】
前記複数の空孔の各々は、前記樹脂層から前記金属薄膜に向かって前記直径が大きくなる逆テーパー形状を有する、請求項1~3のいずれか1項に記載のフォトニック結晶素子。
【請求項5】
各々が請求項1~4のいずれか1項に記載のフォトニック結晶素子である複数の分光素子と、
前記可視光を発する光源と、
前記光源からの前記可視光が照射される試料を保持するように構成された保持部と、
前記試料に照射されて前記複数の分光素子により分光された光を検出する光検出器とを備え、
前記複数の分光素子の間では、前記複数の空孔のうちの隣接する空孔間の距離と、前記直径と、前記樹脂層の厚さとのうちの少なくとも1つが互いに異なる、分光システム。
【請求項6】
試料に含まれる可能性がある被検出物質を可視領域の検出光を用いて検出するための検出キットであって、
請求項1~4のいずれか1項に記載のフォトニック結晶素子を備え、
前記点状欠陥の周囲に前記複数の空孔が形成された領域のうちの少なくとも一部は、前記被検出物質を特異的に付着可能なホスト物質により修飾されている、被検出物質の検出キット。
【請求項7】
前記検出光を発する光源と、
請求項6に記載の検出キットを保持するように構成された保持部と、
前記検出光による前記検出キットのスペクトル変化に基づいて前記被検出物質を検出する検出装置とを備える、被検出物質の検出システム。
【請求項8】
フォトニック結晶素子の製造方法であって、
基板上に金属薄膜を形成するステップと、
可視光を通す樹脂に鋳型を転写することにより、各々の直径が前記可視光の波長よりも小さい複数の空孔が周期的に形成された空孔形成領域と、前記複数の空孔のうちの一部に点状欠陥が形成された点状欠陥領域とを含む樹脂層を形成するステップとを含み、
前記複数の空孔の各々は、前記樹脂層から前記金属薄膜に向かって前記直径が大きくなる逆テーパー形状を有し、
前記フォトニック結晶素子の製造方法は、
前記樹脂層と仮設基板とを接着するステップと、
前記樹脂層から前記鋳型を除去するステップと、
前記金属薄膜と前記樹脂層とを接着するステップと、
前記樹脂層から前記仮設基板を除去するステップとをさらに含む、フォトニック結晶素子の製造方法。
【請求項9】
フォトニック結晶素子の製造方法であって、
基板上に金属薄膜を形成するステップと、
可視光を通す樹脂に鋳型を転写することにより、各々の直径が前記可視光の波長よりも小さい複数の空孔が周期的に形成された空孔形成領域と、前記複数の空孔のうちの一部に点状欠陥が形成された点状欠陥領域とを含む樹脂層を形成するステップとを含み、
前記複数の空孔の各々は、円柱形状、および、前記樹脂層から前記金属薄膜に向かって前記直径が小さくなるテーパー形状のうちのいずれかの形状を有し、
前記フォトニック結晶素子の製造方法は、
前記金属薄膜と前記樹脂層とを接着するステップと、
前記樹脂層から前記鋳型を除去するステップとをさらに含む、フォトニック結晶素子の製造方法。
【請求項10】
前記樹脂は、光硬化性樹脂であり、
前記樹脂層を形成するステップは、前記光硬化性樹脂を硬化させるための光を照射するステップを含む、請求項8または9に記載のフォトニック結晶素子の製造方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本開示は、フォトニック結晶を含む光学素子およびそれを備えた分光システム、被検出物質の検出キットおよび検出システム、ならびに、フォトニック結晶を含む光学素子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フォトニック結晶は、周期的な屈折率分布を有する光学材料であり、屈折率が異なる材料を多次元的に周期配列させることによって作製される。フォトニック結晶は従来の光学材料では得られない光学特性を発現するため、フォトニック結晶を含む光学素子は次世代素子として注目されている(たとえば特許文献1または非特許文献1参照)。以下では、フォトニック結晶を含む光学素子を「フォトニック結晶素子」とも称する。
【先行技術文献】
【0003】

【特許文献1】特開2017-207496号公報
【特許文献2】特開2014-202574号公報
【特許文献3】国際公開第2010/044274号
【0004】

【非特許文献1】Y. Takahashi, T. Asano, D. Yamashita, S. Noda, "Ultra-compact 32-channel drop filter with 100 GHz spacing" Optics Express Vol.22, Issue 4, pp.4692-4698
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
典型的な分光システムは、光源と、試料を保持する保持部(試料室またはステージ)と、分光器と、光検出器とを備える。従来の分光器には、回折格子またはプリズム等の分散素子が設けられている。一方、近年ではフォトニック結晶素子を分光に適用することが提案されている。
【0006】
これまでに提案された分光用のフォトニック結晶素子は、リソグラフィーまたは電子ビーム描画およびエッチングの技術を用いて、シリコンまたは化合物半導体などの半導体材料を加工することにより作製される。しかし、シリコンは赤外光を通す(透過、伝播)させるものの、可視光は通さない。よって、シリコンを用いると可視光を分光することはできない。一方の化合物半導体は一般に高価である。分光用の光学素子においては、可視光を分光可能であり、かつ安価であることに対する要望が常に存在する。
【0007】
また、分光用のフォトニック結晶素子を用いて試料のスペクトル変化を検出することによって、試料に含まれ得る被検出物質を検出することも考えられる。このような被検出物質の検出においても、被検出物質の光学特性に応じて可視光を使用することが求められる場合がある。さらに、被検出物質の検出キットも安価に作製可能であることが望ましい。
【0008】
本開示は上記課題を解決するためになされたものであって、その目的は、可視光の分光が可能なフォトニック光学素子を提供することである。また、本開示の他の目的は、上記フォトニック光学素子を安価に製造可能な技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)本開示のある局面に従うフォトニック結晶素子は、基板と、純金属からなり、基板上に配置された金属薄膜と、可視光を通す樹脂からなり、金属薄膜上に配置された樹脂層とを備える。樹脂層には、各々の直径が可視光の波長よりも小さい複数の空孔が周期的に形成されている。樹脂層は、周期的に形成される複数の空孔のうちの一部が点状に欠陥した点状欠陥を有する。
【0010】
(2)好ましくは、樹脂層の可視領域における屈折率は、1.4以上かつ1.75以下である。
【0011】
(3)好ましくは、複数の空孔のうちの隣接する空孔間の距離である格子定数に対する直径の比は、0.2以上かつ1.0以下である。
【0012】
(4)好ましくは、複数の空孔の各々は、樹脂層から金属薄膜に向かって直径が大きくなる逆テーパー形状を有する。
【0013】
(5)本開示の他の局面に従う分光システムは、各々が上記フォトニック結晶素子である複数の分光素子と、可視光を発する光源と、光源からの可視光が照射される試料を保持するように構成された保持部と、試料に照射されて複数の分光素子により分光された光を検出する光検出器とを備える。複数の分光素子の間では、複数の空孔のうちの隣接する空孔間の距離と、直径と、樹脂層の厚さとのうちの少なくとも1つが互いに異なる。
【0014】
(6)本開示のさらに他の局面に従う被検出物質の検出キットは、試料に含まれる可能性がある被検出物質を可視領域の検出光を用いて検出するためのキットである。検出キットは、上記フォトニック結晶素子を備える。点状欠陥の周囲に複数の空孔が形成された領域のうちの少なくとも一部は、被検出物質を特異的に付着可能なホスト物質により修飾されている。
【0015】
(7)本開示のさらに他の局面に従う被検出物質の検出システムは、検出光を発する光源と、請求項6に記載の検出キットを保持するように構成された保持部と、検出光による検出キットのスペクトル変化に基づいて被検出物質を検出する検出装置とを備える。
【0016】
(8)本開示のさらに他の局面に従うフォトニック結晶素子の製造方法は、第1~第6のステップを含む。第1のステップは、基板上に金属薄膜を形成するステップである。第2のステップは、可視光を通す樹脂に鋳型を転写することにより、各々の直径が可視光の波長よりも小さい複数の空孔が周期的に形成された空孔形成領域と、複数の空孔のうちの一部に点状欠陥が形成された点状欠陥領域とを含む樹脂層を形成するステップである。複数の空孔の各々は、樹脂層から金属薄膜に向かって直径が大きくなる逆テーパー形状を有する。第3のステップは、樹脂層と仮設基板とを接着するステップである。第4のステップは、樹脂層から鋳型を除去するステップである。第5のステップは、金属薄膜と樹脂層とを接着するステップである。第6のステップは、樹脂層から仮設基板を除去するステップである。
【0017】
(9)本開示のさらに他の局面に従うフォトニック結晶素子の製造方法は、第1~第4のステップを含む。第1のステップは、基板上に金属薄膜を形成するステップである。第2のステップは、可視光を通す樹脂に鋳型を転写することにより、各々の直径が可視光の波長よりも小さい複数の空孔が周期的に形成された空孔形成領域と、複数の空孔のうちの一部に点状欠陥が形成された点状欠陥領域とを含む樹脂層を形成するステップである。複数の空孔の各々は、円柱形状、および、樹脂層から金属薄膜に向かって直径が小さくなるテーパー形状のうちのいずれかの形状を有する。第3のステップは、金属薄膜と樹脂層とを接着するステップである。第4のステップは、樹脂層から鋳型を除去するステップである。
【0018】
(10)好ましくは、樹脂は、光硬化性樹脂である。樹脂層を形成するステップ(第2のステップ)は、光硬化性樹脂を硬化させるための光を照射するステップを含む。
【発明の効果】
【0019】
本開示によれば、可視光の分光が可能なフォトニック結晶素子を安価に提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】実施の形態1に係る分光システムの全体構成を概略的に示す図である。
【図2】分光器の構成を示す図である。
【図3】分光素子の上面図である。
【図4】図3のIV-IV’線に沿う分光素子の断面図である。
【図5】分光素子の走査型電子顕微鏡像である。
【図6】分光素子の拡大走査型電子顕微鏡像である。
【図7】分光素子による分光メカニズムを説明するための図である。
【図8】分光素子による光閉じ込めのメカニズムを説明するための図である。
【図9】分光素子のスペクトルのシミュレーション結果の一例を示す図である。
【図10】分光素子のスペクトルの測定結果の一例を示す図である。
【図11】分光素子のパラメータ設計手法を説明するための図である。
【図12】格子定数が300nmに固定された場合の分光素子のパラメータ設計手法を説明するための図である。
【図13】実施の形態1における、円柱構造を有する分光素子の製造方法を説明するためのフローチャートである。
【図14】円柱構造を有する分光素子の製造方法の概略工程図である。
【図15】鋳型を準備するステップを詳細に説明するための概略工程図である。
【図16】テーパー構造を有する分光素子の製造方法の概略工程図である。
【図17】分光素子による光閉じ込めのメカニズムを説明するための図である。
【図18】テーパー構造を有する分光素子によるスペクトルと、逆テーパー構造を有する分光素子によるスペクトルとを比較するための図である。
【図19】分光素子の構造の違いによるQ値への影響を示す図である。
【図20】実施の形態2における分光素子の製造方法を説明するためのフローチャートである。
【図21】逆テーパー構造を有する分光素子の製造方法の概略工程図である。
【図22】逆テーパー構造を有する分光素子の断面画像である。
【図23】シリコーンゴム基板の除去後の分光素子の画像である。
【図24】完成した分光素子の上面画像である。
【図25】実施の形態1,2の変形例に係る分光素子の上面図である。
【図26】実施の形態3に係る検出システムの全体構成を概略的に示す図である。
【図27】実施の形態3に係るバイオセンサの構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本開示の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中同一または相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。

【0022】
本開示およびその実施の形態において、「空孔」とは、直径がナノメートルオーダーの微細孔を意味する。空孔の深さは、ナノメートルオーダーであってもよいし、より深くてもよい。空孔の形状は、円柱を含むがこれに限定されず、円錐台(テーパ-形状)であってもよい。なお、空孔は貫通孔であることが好ましい。空孔の両端のうちの一方または両方が固体(たとえば金属)に達している場合にも空孔を貫通孔と見なすことができる。また、空孔の断面形状は、できるだけ真円に近い方が望ましいが、楕円であってもよい。

【0023】
「ナノメートルオーダー」とは、1nmから1,000nm(=1μm)までの範囲を意味する。ナノメートルオーダーは、典型的には数nm~数百nmの範囲を示し、好ましくは20nm~200nmの範囲を示し、より好ましくは50nm~150nmの範囲を示し得る。

【0024】
本開示およびその実施の形態において、「可視光」または「可視領域」の光とは、360nm~830nmの波長領域の光を意味する。「赤外光」または「赤外領域」の光とは、830nm~2,500nmの波長領域の光を意味する。「紫外光」または「紫外領域」の光とは、10nm~360nmの波長領域の光を意味する。

【0025】
本開示およびその実施の形態において、「可視光を通す」材料、または、「可視光に対して透明」な材料とは、材料の厚さが所定値(1mm)である場合に、可視光(可視領域の単色光であってもよい)の透過率が50%以上の材料を意味し、好ましくは70%以上である材料を意味する。

【0026】
本開示およびその実施の形態において、「試料」とは、被検出物質を含む物質または被検出物質を含む可能性がある物質を意味する。試料は、たとえば動物(たとえばヒト、ウシ、ウマ、ブタ、ヤギ、ニワトリ、ラット、マウスなど)からの生体試料であり得る。生体試料は、たとえば、血液、組織、細胞、分泌液、体液等を含み得る。なお、試料は、それらの希釈物を含んでもよい。

【0027】
本開示において、「被検出物質」とは、検出キットを用いて検出される物質を意味する。被検出物質の例としては、細胞、微生物(細菌、真菌等)、生体高分子(タンパク質、核酸、脂質、多糖類等)、抗原(アレルゲン等)およびウイルスなどが挙げられる。ただし、被検出物質は、生体由来の物質に限定されず、金属ナノ粒子、半導体ナノ粒子、有機ナノ粒子、樹脂ビーズなどであってもよい。「金属ナノ粒子」とは、ナノメートルオーダーのサイズを有する金属粒子である。「半導体ナノ粒子」とは、ナノメートルオーダーのサイズを有する半導体粒子である。「有機ナノ粒子」とは、ナノメートルオーダーのサイズを有する有機化合物からなる粒子である。「樹脂ビーズ」とは、ナノメートルオーダーのサイズを有する樹脂からなる粒子である。また、被検出物質は、上記ナノ粒子の集合体または集積構造体を含んでもよい。

【0028】
本開示において、「ホスト物質」との用語は、被検出物質を特異的に付着させることが可能な物質を意味する。被検出物質を特異的に付着させることが可能なホスト物質と被検出物質との組み合わせとしては、たとえば、抗原と抗体、糖鎖とタンパク質、脂質とタンパク質、低分子化合物(リガンド)とタンパク質、タンパク質とタンパク質、一本鎖DNAと一本鎖DNAなどが挙げられる。これらの特異的親和性を有する両者のうちのいずれか一方が被検出物質である場合に、他方をホスト物質として用いることができる。すなわち、たとえば抗原が被検出物質である場合には、抗体をホスト物質として用いることができる。逆に抗体が被検出物質である場合には、抗原をホスト物質として用いることができる。また、DNAのハイブリダイゼーションにおいては、被検出物質がターゲットDNAであり、ホスト物質がプローブDNAである。なお、抗原は、アレルゲン、微生物(細菌、真菌など)、ウイルスなどを含み得る。また、抗体の種類を変えることによって、検出可能なアレルゲンあるいはウイルスの種類を変えることもできる。したがって、本開示により検出可能なアレルゲンまたはウイルスの種類は特に限定されるものではない。また、被検出物質が重金属である場合には、重金属イオンを捕集可能な物質をホスト物質として利用することができる。

【0029】
実施の形態1,2では、本開示に係るフォトニック結晶素子を含んで構成される分光システムの構成について説明する。以下に説明する例では、本開示に係る分光システムにより得られるスペクトルとして、横軸に光の波長を示し、縦軸に光の強度を示す。しかし、スペクトルの種類はこれに限定されず、横軸に光のエネルギーに比例した物理量(波数、周波数、電子ボルトなど)を示すものであってもよく、縦軸に光強度から導かれる物理量(偏光度など)を示すものであってもよい。

【0030】
[実施の形態1]
<分光システムの全体構成>
図1は、実施の形態1に係る分光システムの全体構成を概略的に示す図である。以下の説明では、X方向およびY方向は水平方向を表す。X方向とY方向とは互いに直交する。Z方向は鉛直方向を表す。重力の向きはZ方向下方である。また、Z方向上方を「上方」と略し、Z方向下方を「下方」と略す場合がある。

【0031】
図1を参照して、分光システム1は、光源2と、試料室3と、分光器10と、光検出器4と、制御装置5とを備える。試料室3には、分光対象とする試料を保持するセルCLが載置されている。

【0032】
光源2は、制御装置5からの指令に応じて、試料を照射するための可視光である照射光L1を発する。1つの実施例として、ハロゲンランプなどの白色光源を光源2として用いることができる。

【0033】
試料室3は、たとえばXYZ軸ステージと、調整機構(いずれも図示せず)とを含んで構成されている。調整機構は、たとえばサーボモータまたは焦準ハンドルなどの駆動機構であり、制御装置5からの指令に応じて、照射光L1の照射位置とXYZ軸ステージとの相対的な位置関係を調整する。なお、試料室3は、本開示に係る「保持部」に相当する。

【0034】
セルCL内の試料に照射光L1が照射されると、照射光L1のうちの一部が試料を透過する。この透過光L2が分光器10に入射され、分光器10内に設けられた分光素子11~14(図2参照)により分光される。分光器10の詳細な構成については後述する。

【0035】
光検出器4は、可視領域の光を検出可能な光電変換素子がアレイ状に配列された検出器であり、たとえばCCD(Charge Coupled Device)イメージセンサまたはCMOS(Complementary Metal-Oxide-Semiconductor)イメージセンサを含んで構成されている。光検出器4は、制御装置5からの指令に応じて、分光器10からの出射光L3を検出し、その検出結果を制御装置5に出力する。

【0036】
制御装置5は、CPU(Central Processing Unit)と、メモリと、入出力ポート(いずれも図示せず)とを含んで構成されるマイクロコンピュータである。制御装置5は、分光システム1内の各機器(光源2、調整機構および光検出器4)を制御する。また、制御装置5は、光検出器4による検出結果に基づいて試料の散乱スペクトルを作成する。

【0037】
なお、分光システム1の光学系は、光源2からの照射光L1をセルCLに照射することが可能であり、かつ、試料の透過光L2を分光器10に入射することが可能であり、かつ、分光器10により分光された出射光L3を光検出器4に取り込むことが可能であれば、図1に示した構成に限定されない。たとえば、分光システム1の光学系は、ミラー、ダイクロイックミラー、プリズム、光ファイバ等の光学部品(図示せず)をさらに含んで構成されていてもよい。また、図1には試料の散乱スペクトルを測定する例が示されているが、試料の他の光応答スペクトル(吸収スペクトル、反射スペクトル、消衰スペクトルなど)を分光システム1により測定してもよい。

【0038】
図2は、分光器10の構成を示す図である。図2を参照して、分光器10は、互いに近接して同一平面(XY平面)上に配列された分光素子11~14を含む。分光素子11~14の各々は、2次元フォトニック結晶素子であり、互いに異なる特定の波長の光を選択的に増強するように構成されている(詳細は後述)。

【0039】
図面が煩雑になるのを防ぐため、図2には4つの分光素子のみが示されているが、分光素子の数は複数であればこれに限定されず、5以上であってもよい。分光素子数は、各素子により増強される波長幅、および、測定しようとするスペクトルの波長領域の広さなどに応じて適宜定められ、実際には、より多く(たとえば数十個~数百個)の分光素子が分光器10内に設けられる。ただし、分光素子数は2または3であってもよい。

【0040】
なお、分光器10は、分光素子11~14と外部との間で光の授受を行なうための光学部品をさらに含んでもよい。具体的には、分光素子11~14の端面近傍または上方に光導波路(光ファイバーなど)を設けてもよいし、ミラーまたはレンズ(コリメータ)などの光学素子を設けてもよい。

【0041】
分光素子11~14の構成は、空孔Pの形状が異なるものの、基本的に同等であるため、以下では分光素子11の構成について代表的に説明する。

【0042】
<分光素子の構成>
図3は、分光素子11の上面図である。図4は、図3のIV-IV’線に沿う分光素子11の断面図である。図3および図4を参照して、分光素子11は、基板110と、金属薄膜111と、ポリマー層112とを備える。

【0043】
基板110は、分光素子11の機械的強度を確保するために設けられ、たとえばシリコン基板である。あるいは、ガラス基板またはPET(polyethylene terephthalate)フィルムなどを基板110として採用してもよい。基板110の形状は特に限定されないが、本実施の形態では、上面視した場合に長方形となる平面形状(直方体形状)である。

【0044】
金属薄膜111は、純金属からなり、基板110上に配置された薄膜である。金属薄膜111の材料としては、具体的に、金、銀、銅、アルミニウム、チタンおよびクロムのうちのいずれか1つを好適に用いることができる。金属薄膜111の厚みは、特に限定されないが、数十nm~数百nm(本実施の形態では200nm)であることが好ましい。

【0045】
金属薄膜111の屈折率は、ポリマー層112の屈折率よりも十分に小さいことが望ましい。また、金属薄膜111の可視領域における反射率は、50%以上であることが望ましい。

【0046】
ポリマー層(樹脂層)112は、可視光を通すポリマーからなり、金属薄膜111上に配置された薄膜である。ポリマー層112の屈折率は、可視領域において分光素子11の周囲の媒質(この例では空気)の屈折率よりも大きく、かつ、金属薄膜111の屈折率よりも大きい。なお、以下に記載する屈折率の数値も、いずれも可視領域のものである。

【0047】
本実施の形態では、エポキシ樹脂ベースの光硬化性樹脂(日本化薬株式会社製、型番:SU-8 2000.5)がポリマー層112の材料として用いられる。この光硬化性樹脂の屈折率は、1.5~1.6である。

【0048】
ただし、ポリマー層112の材料は、可視光を通す(好ましくは可視光に対して透明)であれば、エポキシ樹脂に限定されるものではない。たとえば、ポリオレフィン系樹脂(ポリエチレン、ポリプロピレンなど)、ポロスチレン、ポリ塩化ビニル、アクリル樹脂、ポリアミド系樹脂(ナイロンなど)、または、ポリエステルをポリマー層112の材料(本開示に係る「樹脂」)として用いてもよい。これらの樹脂の屈折率は、1.4~1.75である。

【0049】
ポリマー層112には、周期的(より詳細には六方最密構造状)に配列された複数の空孔Pが形成されている。空孔Pの開口部の半径を「半径r」と記載し、隣接する空孔P間の距離を「格子定数a」と記載する。また、ポリマー層112の厚さを「膜厚th」と記載する。

【0050】
本実施の形態においては、複数の空孔Pのうちの一部には空孔Pが形成されておらず、その位置はポリマーにより充填(埋設)されている。これにより、複数の空孔Pの配列に一部に欠陥Qが形成されている。詳細には、ポリマー層112は、空孔形成領域R1と、点状欠陥領域R2と、線状欠陥領域R3とを含む。

【0051】
空孔形成領域R1とは、複数の空孔Pが周期的に配列された領域である。点状欠陥領域R2とは、点状(図3および図4に示す例では1つ)の欠陥Qを含む領域である。線状欠陥領域R3とは、線状に配列された複数の欠陥Qを含む領域であり、この例では、ポリマー層112を上面視した場合の長方形の向かい合う辺の間を直線状につなぐ領域である。なお、点状欠陥領域R2は、線状欠陥領域R3に対して電磁気的に相互作用を及ぼし合い得る範囲内に近接して配置される。

【0052】
図5は、分光素子11の走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)像である。図6は、分光素子11の拡大SEM像である。図5および図6に示す例では、空孔Pの半径rが60nm~130nmの範囲内の値であり、格子定数aが300nmであり、ポリマー層112の膜厚thが350nmであった。

【0053】
図4に示した断面図では、複数の空孔Pの各々は、その直径が一定である「円柱形状」を有する。以下では、各空孔Pが円柱形状である分光素子を「円柱構造」を有する分光素子11Aと記載する。これに対し、図6の右側に示された断面画像において、複数の空孔Pの各々は、ポリマー層112から金属薄膜111に向かって(すなわち図中下側に向かって)直径が小さくなる「テーパー形状」を有する。以下では、各空孔Pがテーパー形状である分光素子を「テーパー構造」を有する分光素子11Bと記載する。なお、両者を特に区別しない場合には包括的に分光素子11と記載する。

【0054】
<分光メカニズム>
以上のように構成された分光素子11による分光メカニズムについて、図7および図8を用いて簡単に説明する。

【0055】
図7は、分光素子11による分光メカニズムを説明するための図である。図1、図2および図7を参照して、分光素子11のポリマー層112では、2次元フォトニック結晶の周期的な屈折率分布により光のエネルギーに対してバンド構造が形成される。そのため、ポリマー層112は、光の伝播が不可能となるエネルギー領域(フォトニックバンドギャップ)を有する。ポリマー層112の主面に平行な方向(図7ではXY平面方向)への光の伝播は、フォトニックバンドギャップにより禁じられている。一方、周期構造が設けられていない、ポリマー層112の主面に垂直な方向(図7ではZ方向であり、以下、「面直方向」とも記載する)については、以下に説明するメカニズムにより光がポリマー層112内に閉じ込められる。

【0056】
図8は、分光素子11による光閉じ込めのメカニズムを説明するための図である。図8(A)には円柱構造を有する分光素子11Aが示され、図8(B)にはテーパー構造を有する分光素子11Bが示されている。図8(A)および図8(B)(ならびに後述する図17)では、図中左側に分光素子11のXZ断面図を示し、右側に面直方向に沿う分光素子11の屈折率nを示す。

【0057】
図8(A)を参照して、ポリマー層112の上面TSよりも上方の屈折率は、分光素子11の周囲に媒質として存在する空気の屈折率であり、約1.0である。ポリマー層112の屈折率(たとえば1.4~1.75)は、空気の屈折率よりも大きい。そのため、ポリマー層112内の光は、ポリマー層112の上面TSと空気との界面において全反射を起こし、上面TSから外部に取り出されることなくポリマー層112内に留まることになる。

【0058】
分光素子11の下面USよりも下方には金属薄膜111が配置されている。前述のように金属薄膜111は純金属からなるため、ポリマー層112内の光は、ポリマー層112の下面USと金属薄膜111との界面においても鏡面反射を起こす。このように、ポリマー層112が低屈折率である媒質(この例では空気)と、純金属からなる金属薄膜111とにより面直方向に挟まれているため、両界面での反射によりポリマー層112の内部に光を閉じ込めることができる。

【0059】
なお、図8(B)にように分光素子11がテーパー構造を有する場合、面直方向に沿ってポリマー層112の上面TSから下面USに向かうに従ってポリマー層112の断面積(あるいは、XY平面方向の全面積に対してポリマー層112が占める面積の割合)が増加する。これに伴い、上面TSから下面USに向かうに従ってポリマー層112の屈折率も大きくなる。このように、分光素子11がテーパー構造を有する場合には、面直方向に沿うポリマー層112の屈折率分布が異なるものの、光閉じ込めメカニズムは分光素子11が円柱構造を有する場合と基本的に同等である。

【0060】
再び図7を参照して、ポリマー層112に適切な欠陥Qを形成すると、エネルギー準位(欠陥準位)がフォトニックバンドギャップ中に形成される。そうすると、フォトニックバンドギャップ中のエネルギーに対応する波長領域のうち、欠陥準位のエネルギーに対応する波長の光のみが欠陥Qの位置に存在可能になる。

【0061】
複数の欠陥Qが線状に配列された線状欠陥領域R3は、導波路として機能する。そのため、図7に示すように線状欠陥領域R3の一方端に透過光L2を入射すると、その入射光を複数の欠陥Qの配列方向(図7ではX方向)に沿って伝播させることができる。なお、線状欠陥領域R3の幅は、導波路として求められる特性に応じて種々に変更することが可能である。典型的な線状欠陥領域R3は図3および図7に示すように1列の欠陥Qを形成しないことによって得られるが、隣接する複数列の欠陥Qが形成されてもよい。

【0062】
一方、1つの欠陥Qが設けられた点状欠陥領域R2は、光共振器(の一部)として機能する。この光共振器は、「フォトニック結晶ナノ共振器」(PCN:Photonic Crystal Nanocavity)とも呼ばれる(図5に白線破線で示す)。点状欠陥領域R2において共振する光の波長(共振波長λ)は、欠陥Qの形状および屈折率に依存する。そのため、空孔Pの半径rおよび格子定数aならびにポリマー層112の膜厚thを適宜設定することで、共振波長λを選択することができる。すなわち、所望の波長を選択的に増強させることが可能になる。したがって、周囲の空孔Pの形状が互いに異なる複数の点状欠陥領域R2を設けることにより、様々な波長の光を増強させることができる。

【0063】
図2に示した分光器10の構成例において、分光素子11~14の空孔形成領域R1および点状欠陥領域R2は、互いに異なる波長の光を共振させるように設計されている。そのため、波長領域が広い透過光L2(この例では白色光)を線状欠陥領域R3内に導入すれば、分光素子11~14毎に異なる波長の光が増強される。そして、各分光素子11~14において増強された波長の光は、点状欠陥領域R2からQ値が相対的に小さい面直方向へと出射される(出射光L3)。このようにして、分光素子11~14により透過光L2が分光される。

【0064】
従来の分光素子には、シリコンまたは化合物半導体などの半導体材料が用いられる。シリコンは、赤外光は低損失で伝搬させ得るものの、可視光を伝搬させることはできない。よって、シリコンを用いた素子では可視光を分光することはできない。これに対し、分光素子11では可視光を通すポリマー層112が用いられているため、分光素子11~14により可視光を分光することができる。また、ポリマー層112の材料(樹脂)は、特に化合物半導体と比較した場合に遥かに安価である。したがって、実施の形態1によれば、可視光の分光が可能な分光素子11~14を安価に実現することができる。

【0065】
<スペクトルの測定/シミュレーション>
次に、分光素子11によるスペクトルのシミュレーション結果および測定結果を説明する。これらの結果は、試料室3に試料が設置されていない条件下において、分光素子11の分光性能を評価するためのものである。

【0066】
図9は、分光素子11のスペクトルのシミュレーション結果の一例を示す図である。このシミュレーションでは、時間領域差分法(FDTD:Finite-Difference Time-Domain method)を用いた。図9および図10において、横軸は分光素子11からの出射光の波長を表し、縦軸は出射光の強度を表す。

【0067】
図9には、空孔Pの半径rを60nmから130nmまでの範囲内で10nmずつ増加させた場合のスペクトル変化が示されている。これにより、スペクトルの孔径依存性が理解される。図9より、半径rが大きくなるに従ってピーク波長が短波長側にシフト(ブルーシフト)することが分かる。

【0068】
図10は、分光素子11のスペクトルの測定結果の一例を示す図である。図10(A)には半径r=90nmである場合の測定結果が示されており、図10(B)には半径r=100nmである場合の測定結果が示されている。

【0069】
図10(A)および図10(B)に示されるように、半径r=90nmである場合にはスペクトルのピーク波長が約600nmであったのに対し、半径r=100nmである場合にはピーク波長が約560nmであった。図9に示したシミュレーション結果と図10に示す測定結果とを比較すると、両者がよく一致することが分かる。これにより、半径rに応じて特定の波長の光を選択的に増強可能であることが実証された。

【0070】
<分光素子の設計>
図9および図10に示した例では空孔Pの半径rを調整したが、格子定数aの調整によっても共振波長λを変化させることができる。よって、これらのパラメータ(半径rおよび格子定数a)が適切な値になるように欠陥Qの形状を設計することで、共振波長λが可視領域内に含まれるようになり、可視光を分光することが可能になる。

【0071】
図11は、分光素子11のパラメータ設計手法を説明するための図である。図11において、横軸は、格子定数aに対する空孔Pの半径rの比(=r/a)を表す。縦軸は、格子定数aと共振波長λとの比(=a/λ)を表す。

【0072】
共振波長λが可視領域内になるようにするためには、図中に斜線が付された領域内に各パラメータを設定すればよい。具体的には、格子定数aに対する半径rの比(r/a)を0.1以上かつ0.5以下とすればよいことが図11から読み取れる。理解をより容易にするため、一例として、格子定数aを300nmに固定した場合について説明する。

【0073】
図12は、格子定数aが300nmに固定された場合の分光素子11のパラメータ設計手法を説明するための図である。図12には、空孔Pの半径r(横軸)と共振波長λ(縦軸)との間の関係が示されている。図12によれば、格子定数a=300nmの場合には、半径rを20nm~150nmの範囲内とすることにより、共振波長λが可視領域内(この例では530nm~810nmの範囲内)となることが分かる。

【0074】
なお、図11および図12には示されていないが、ポリマー層112の膜厚thによっても共振波長λを調整することができる。膜厚thが共振波長λに与える影響は、半径rおよび格子定数aが共振波長λに与える影響と比べて小さい。したがって、半径rおよび格子定数aの設定後に共振波長λの微調整のために膜厚thを用いることができる。

【0075】
<フォトニック結晶素子の製造フロー>
多くの場合、シリコンまたは化合物半導体などの半導体材料の加工には、リソグラフィーまたは電子ビーム描画などの精密加工技術が用いられる。これらの技術には高価な露光装置が必要とされる。そのため、半導体材料からなる分光素子を大量生産するためには、その生産量に応じた台数の露光装置を準備しなければならず、製造コストが増大する可能性がある。以下では、製造コストを低減するため、インプリント(転写)技術を用いた分光素子11の製造方法について説明する。

【0076】
なお、円柱構造を有する分光素子11Aと、テーパー構造を有する分光素子11Bとは、同等の製造方法によって製造可能であるため、以下では分光素子11Aの製造方法を代表的に説明する。

【0077】
図13は、実施の形態1における、円柱構造を有する分光素子11Aの製造方法を説明するためのフローチャートである。図14は、円柱構造を有する分光素子11Aの製造方法の概略工程図である。

【0078】
図13および図14(A)を参照して、ステップ(以下、ステップを「S」と略す)11において、基板110上に金属薄膜111が形成される。より詳細には、まず、基板110が洗浄される。たとえば、アセトンで満たしたビーカー(図示せず)の中に基板110を沈め、超音波洗浄機(図示せず)を用いて超音波を所定時間照射することで基板110を洗浄することができる。この洗浄後に、たとえばイオンスパッタリング法により基板110上に金属薄膜111が形成される。金属薄膜111の膜厚は、たとえば数十nm~数百nmである。なお、金属薄膜111の形成手法は、イオンスパッタリング法に限られず、他の物理気相成長法(PVD:Physical Vapor Deposition)、化学気相成長法(CVD:Chemical Vapor Deposition)、無電解メッキ法などを用いてもよい。

【0079】
続くS121~S126では、インプリント技術に使用するための鋳型70が準備される(図14(B)参照)。

【0080】
図15は、鋳型70を準備するステップを詳細に説明するための概略工程図である。図13および図15を参照して、S121において、電子ビーム描画またはドライエッチングによりシリコンを加工することにより、シリコン鋳型71が作製される(図15(A)参照)。なお、シリコン鋳型71の作製には電子ビーム描画が使用され得るが、シリコン鋳型71を用いて多数の分光素子11を作製可能である(多数回の使用が可能である)ため、分光素子11の製造コストの増加は最小限に抑えられる。

【0081】
続くS122において、シリコン鋳型71に光硬化性樹脂が充填され、光照射が行なわれる。これにより、樹脂鋳型72が作製される(図15(B)参照)。樹脂鋳型72に採用可能な光硬化性樹脂としては、たとえば、紫外光で硬化する接着剤であるノーランド社製NOA81が挙げられる。その後、たとえばPETからなるプラスチック基板73が樹脂鋳型72に接着される(S123、図15(C)参照)。ただし、S123の処理は省略可能である。

【0082】
次に、シリコン鋳型71が除去され(S124、図15(D)参照)、樹脂鋳型72に水溶性樹脂が塗布される(S125、図15(E)参照)。水溶性樹脂としては、たとえばポリビニルアルコール(PVA:poly(vinyl alcohol))を好適に用いることができる。水溶性樹脂が乾燥するまで所定時間待ち、乾燥した水溶性樹脂を樹脂鋳型72から剥離することで鋳型70が作製される(S125、図15(F)参照)。

【0083】
図13および図14に戻り、S13において、ポリマーを鋳型70に充填することによりポリマー層112が形成される(図14(C)参照)。より具体的には、エポキシ系の光硬化性樹脂であるポリマー(SU-8)が充填された状態の鋳型70に所定強度の紫外光を規定時間だけ照射し、ポリマーに光硬化を起こさせる。

【0084】
S14において、鋳型70のうち光硬化したポリマーが充填された面(ポリマー層112が形成された面)と、S11にて形成された金属薄膜111とが接着される(図14(D)参照)。ポリマー層112と金属薄膜111との接着には、樹脂—金属接合に使用可能な一般的な接着剤(たとえばエポキシ系の接着剤)が用いられる。

【0085】
S15において、鋳型70が除去される(図14(E)参照)。詳細には、鋳型70は水溶性樹脂からなるため、水中に浸漬することにより鋳型70を溶解することができる。これにより、分光素子11Aが完成し、一連の処理が終了する。

【0086】
図16は、テーパー構造を有する分光素子11Bの製造方法の概略工程図である。この概略工程図は、鋳型70に代えて、テーパー形状形成用の鋳型80が使用されている点において、円柱構造を有する分光素子11Aを製造するための概略工程図(図14参照)と異なる。鋳型80は、鋳型70と同様に作製することができる。また、図16に示される各工程は、鋳型80を使用する点以外は図12に示した概略工程図の対応する工程と同等である。よって、詳細な説明は繰り返さない。

【0087】
以上のように、実施の形態1に係る分光素子11~14は、2次元フォトニック結晶構造が作製されたポリマー層112を備える。このポリマー層112が可視光を通すため、可視光を分光することができる。また、ポリマー層112の材料(樹脂)は化合物半導体と比べて安価であるため、部材コストを低減することができる。さらに、インプリント技術を使用することで、リソグラフィーまたは電子ビーム描画を使用する従来技術と比べ、製造コストも低減することができる。このように、実施の形態1によれば、可視光の分光が可能なフォトニック結晶素子である分光素子11~14および、それを備えた分光システム1を安価に提供することができる。

【0088】
[実施の形態2]
実施の形態1では、円柱構造を有する分光素子11Aおよびテーパー構造を有する分光素子11Bについて説明した。一般に、分光器の波長分解能は、より小さいほど望ましく、好ましくは数nm以下である。しかしながら、図10に示したスペクトル測定結果によれば、ピーク幅(半値幅)が20nm~30nm程度と広い。このことは、分光素子11の波長分解能が比較的低いことを示している。

【0089】
そこで、実施の形態2においては、「逆テーパー構造」を有する分光素子11Cについて説明する。逆テーパー構造とは、ポリマー層112から金属薄膜111に向かって、各空孔Pの直径が大きくなる構造を意味する。分光素子11Cが逆テーパー構造を有することにより、以下に説明するように波長分解能を向上させることができる。なお、実施の形態2に係る分光システムの全体構成は、実施の形態1に係る分光システム1の構成(図1参照)と同等である。

【0090】
<逆テーパー構造>
図17は、分光素子11Cによる光閉じ込めのメカニズムを説明するための図である。図17は、図8(A)および図8(B)と対比される。

【0091】
図8(A)および図8(B)にて、点状欠陥領域R2にて共振された光は、ポリマー層112の上面TSと空気との界面において全反射を起こすとともに、ポリマー層112の下面USと金属薄膜111との界面において全反射を起こすため、ポリマー層112内に閉じ込められると説明した。しかし、図8(A)および図8(B)に示されるように、ポリマー層112の下面USと金属薄膜111との界面における屈折率変化量(屈折率の差または比)Δnが比較的大きいのに対し、ポリマー層112の上面TSと空気との界面における屈折率変化量Δnは相対的に小さい。そのため、円柱構造を有する分光素子11Aおよびテーパー構造を有する分光素子11Bでは、ポリマー層112の上面TSにおける全反射条件が満たされなくなることに起因する光の漏れが発生し易い。その結果、分光素子11A,11Bの波長分解能が低下し得る。

【0092】
これに対し、図17を参照して、逆テーパー構造を有する分光素子11Cにおいては、面直方向に沿ってポリマー層112の上面TSに近いほどポリマー層112の断面積が大きくなるため、ポリマー層112の屈折率も上面TSに近いほど大きくなる。よって、分光素子11Cでは、分光素子11A,11Bと比べて、上面TSと空気との界面における屈折率変化量Δnが大きくなる。したがって、ポリマー層112の上面TSにおける全反射条件が満たされ易くなることで光閉じ込め効果が増強され、それにより波長分解能を向上させることができる。

【0093】
なお、分光素子11Cが逆テーパー構造を有する場合、ポリマー層112の上面TSにおける屈折率が大きくなる一方で、ポリマー層112の下面USにおける屈折率は小さくなる。そうすると、下面USと金属薄膜111との界面における屈折率変化量Δnが相対的に小さくなるため、下面USからの光の漏れが懸念され得る。しかし、金属薄膜111に入射する光は鏡面反射によりポリマー層112に閉じ込められるため、ポリマー層112の下面USからの光の漏れは問題になりにくい。

【0094】
<スペクトル比較>
図18は、テーパー構造を有する分光素子11Bによるスペクトルと、逆テーパー構造を有する分光素子11Cによるスペクトルとを比較するための図である。図18(A)は分光素子11Bによるスペクトル測定結果を示し、図18(B)は分光素子11Cによるスペクトル測定結果を示す。分光素子11Bに設けられた各空孔Pと、分光素子11Cに設けられた各空孔Pとは、形状の上下が逆である点において異なるものの、サイズは同等である。また、分光素子11Bと分光素子11Cとは、共通の格子定数aを有する。

【0095】
図18(A)および図18(B)より、逆テーパー構造を有する分光素子11Cでは、テーパー構造を有する分光素子11Bと比べて、ピーク幅が狭くなることが分かる。具体的には、分光素子11Bにおけるピーク幅が約10nmであったのに対し、分光素子11Cにおけるピーク幅が約3nm~4nmであった。これにより、逆テーパー構造により波長分解能が向上することが確認されたと言える。

【0096】
<Q値への影響>
図19は、分光素子11A~11Cの構造の違いによるQ値への影響を示す図である。図19の縦軸には、3種類の構造(テーパー構造、円柱構造および逆テーパー構造)毎の分光素子11のQ値が表されている。

【0097】
図19を参照して、白丸で示す理論値Qidealと黒丸で示す測定値Qexpとの間に若干の誤差が存在するものの、理論値Qidealおよび測定値Qexpは、いずれも、テーパー構造を有する分光素子11A、円柱構造を有する分光素子11B、逆テーパー構造を有する分光素子11Cの順にQ値が高くなる傾向を示す。つまり、この順に光閉じ込め効果が高くなることが分かる。

【0098】
<分光素子の製造フロー>
図20は、実施の形態2における分光素子11Cの製造方法を説明するためのフローチャートである。図21は、逆テーパー構造を有する分光素子11Cの製造方法の概略工程図である。

【0099】
図20および図21を参照して、実施の形態2では、鋳型70,80に代えて、逆テーパー形状の空孔Pを形成するための鋳型90が使用される点が異なる。鋳型90は、実施の形態1における鋳型70,80と同様に準備することができる(図15参照)。S21~S23の処理は、鋳型90が異なる点以外は実施の形態1におけるS11~S13の処理(図13参照)とそれぞれ同等であるため、説明は繰り返さない。

【0100】
S24において、鋳型90に充填されて光硬化したポリマー層112とシリコーンゴム基板94とを密着させる(図21(C)参照)。シリコーンゴム基板94とは、シリコーンゴム層が形成された基板であり、本開示に係る「仮設基板」に相当する。

【0101】
S25において、鋳型90が除去される(図21(D)参照)。鋳型90も水溶性樹脂(たとえばPVA)からなるため、水による溶解処理が可能である。

【0102】
S26において、鋳型90除去後のポリマー層112のうちシリコーンゴム基板94との接着面の反対面に、S21にて作製された金属薄膜111が接着される(図21(E)参照)。たとえばエポキシ樹脂などの接着剤により、ポリマー層112と金属薄膜111とを接着することができる。

【0103】
S27において、S24にて密着させたポリマー層112からシリコーンゴム基板94が機械的に剥離される(図21(F)参照)。シリコーンゴム基板94の剥離の際にポリマーの残渣膜が生じる。この残渣膜はエッチング処理により除去される。これにより、分光素子11Cが完成に至り、一連の処理が終了する。

【0104】
図22は、逆テーパー構造を有する分光素子11Cの断面画像である。図22には、シリコーンゴム基板94の剥離後かつエッチング処理前における分光素子11が示されている。図22に示す断面画像によれば、ポリマー層112の残渣膜(後にエッチング処理により除去される膜)の厚さが180nmであり、ポリマー層112の膜厚thが290nmであった。

【0105】
図23は、ポリマー層112の残渣膜の除去後(エッチング後)の分光素子11Cの画像である。図24は、完成した分光素子11Cの上面画像である。図23および図24より、残渣膜が完全に除去されており、空孔Pが上方に開口していることが確認された。

【0106】
以上のように、実施の形態2に係る分光素子11Cは、実施の形態1に係る分光素子11A,11Bと同様に可視光を通すポリマー層112を備えるため、可視光を分光することができる。また、ポリマーのインプリント技術を使用することで、部材コストおよび製造コストを低減することができる。

【0107】
さらに、実施の形態2においては、分光素子11Cが逆テーパー構造を有する。そのため、分光素子11A,11Bとの比較において、ポリマー層112の上面TSと空気との界面における屈折率変化量Δnが大きくなり、その界面における全反射条件が満たされ易くなる。その結果、光閉じ込め効果が増強され、波長分解能を向上させることができる(図17および図18(B)参照)。このような逆テーパー構造は、一般的なリソグラフィー技術および電子ビーム描画技術では作製が困難であり、インプリント技術の採用により実現可能になる。

【0108】
[実施の形態1,2の変形例]
実施の形態1,2では、複数の空孔Pのうちの1つに欠陥Qが形成されている領域を点状欠陥領域R2と説明した(図3参照)。しかし、点状欠陥領域R2に含まれる欠陥Qの数は、1に限定されるものではない。

【0109】
図25は、実施の形態1,2の変形例に係る分光素子の上面図である。図25に示すように、点状欠陥領域R2は複数の欠陥Qを含んでもよい。分光素子11Dにおいては、隣接する3つの欠陥Q1~Q3が破線で模式的に示されている。欠陥Q1~Q3のうちの中央の欠陥Q2(より詳細には、欠陥Qの位置の仮想的な空孔Pの中心軸)を通り、かつ、ポリマー層112の主面(XY平面)に垂直な平面(YZ平面)を平面PLと記載すると、欠陥Q1~Q3は、平面PLに関して面対称に配列している。

【0110】
このように、平面PLに関して面対称に配列しているのであれば、点状欠陥領域R2に含まれる欠陥Qの数は3に限定されるものではなく、5以上(ただし奇数)としてもよい。なお、分光素子11Dに設けられた各空孔Pの形状は特に問われず、テーパー形状、円柱形状および逆テーパー形状のうちの任意の形状とすることができる。

【0111】
[実施の形態3]
本開示に係るフォトニック結晶素子は、試料の物性を分光学的に調査する用途だけではなく、スペクトル変化に基づいて試料に含まれ得る被検出物質を検出する用途にも適用可能である。実施の形態3においては、被検出物質の一例としてのウイルスを検出するための構成について説明する。

【0112】
なお、スペクトル変化とは、ピークシフトであってもよいし、ピーク強度の増大であってもよいし、ピーク幅の増大であってもよい。また、これらのうちの2つまたは3つの組合せであってもよい。

【0113】
図26は、実施の形態3に係るウイルスの検出システムの全体構成を概略的に示す図である。図26を参照して、検出システム1Aは、分光器10を備えていない点、試料室3に代えてステージ(保持部)3Aを備えている点、および、制御装置5に代えて検出装置5Aを備えている点において、図1に示した分光システム1と異なる。バイオセンサ15は、ステージ3A上に設置されている。検出システム1Aのそれ以外の構成は、分光システム1の対応する構成と同等である。

【0114】
ただし、ウイルスの検出システムでは、試料にウイルスが含まれるか否かに応じてスペクトル変化が起こる波長の光を測定すればよい。そのため、光源2は、実質的に単色光(スペクトル変化が起こる波長の光)を発する光源であってもよく、たとえばレーザ光源であってもよい。このときの単色光の波長は、分光素子11により選択的に増強される可視領域の波長に定められる。

【0115】
図27は、実施の形態3に係るバイオセンサ15の構成を示す図である。図27に示すように、バイオセンサ15においては、点状欠陥領域R2の周囲の空孔形成領域R1のうちの少なくとも一部において、被検出物質であるウイルス(図示せず)と特異的に付着可能な抗体(ウイルスとの抗原抗体反応を起こす抗体)113により各空孔Pの表面が修飾されている。

【0116】
空孔Pの表面を抗体113により修飾することで、空孔P内に侵入したウイルスが空孔P内に固定(捕捉)される。ウイルスが空孔P内に存在しない状態では、空孔P内は水で満たされている。そのため、空孔P内の屈折率は、水の屈折率である1.33である。一方、ウイルスは一般に核酸を取り囲むタンパク質の殻を有するため、ウイルスの屈折率は、タンパク率の代表的な屈折率である1.58に近い値である。したがって、ウイルスが空孔P内に固定されると、空孔P内の屈折率が1.33から1.58までの範囲内の値に増加する。この屈折率の増加に起因してスペクトル変化が生じる。よって、スペクトル変化の有無を判定することで、試料にウイルスが含まれているか否かを判定することができる。

【0117】
図示しないが、抗体113の修飾位置は空孔P内に限定されず、ポリマー層112の上面TSであってもよい。なお、バイオセンサ15は、本開示に係る「検出キット」に相当する。また、抗体113は、被検出物質と特異的に付着可能な「ホスト物質」の一例であり、ホスト物質は、被検出物質に応じて適宜変更され得る。

【0118】
バイオセンサ15の製造方法は、抗体を修飾するための処理を含む以外は、実施の形態1,2における分光素子11A~11D,12~14の製造方法と同等であるため、ここでは説明は繰り返さない。

【0119】
以上のように、実施の形態3によれば、実施の形態1,2と同様に可視光を通すポリマー層112が用いられているため、ウイルスの有無に応じた可視光のスペクトル変化を検出することができる。また、ポリマーのインプリント技術の使用により、バイオセンサ15を安価に製造することができる。

【0120】
今回開示された実施の形態は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本開示の範囲は、上記した実施の形態の説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0121】
1 分光システム、1A 検出システム、2 光源、3 試料室、3A ステージ、4 光検出器、5 制御装置、10 分光器、11~14,11A,11B,11C,11D 分光素子、15 バイオセンサ、70,80,90 鋳型、71 シリコン鋳型、72 樹脂鋳型、73 プラスチック基板、94 シリコーンゴム基板、110 基板、111 金属薄膜、112 ポリマー層、113 抗体。
図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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