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明細書 :人工多能性幹細胞の腸管上皮細胞への分化誘導

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 再公表特許(A1)
発行日 平成31年1月17日(2019.1.17)
発明の名称または考案の名称 人工多能性幹細胞の腸管上皮細胞への分化誘導
国際特許分類 C12N   5/071       (2010.01)
C12N   5/10        (2006.01)
C12Q   1/6851      (2018.01)
A61K  35/38        (2015.01)
A61P   1/00        (2006.01)
G01N  33/15        (2006.01)
G01N  33/50        (2006.01)
A61K  35/545       (2015.01)
FI C12N 5/071
C12N 5/10
C12Q 1/6851 Z
A61K 35/38
A61P 1/00
G01N 33/15 Z
G01N 33/50 Z
A61K 35/545
国際予備審査の請求 未請求
全頁数 30
出願番号 特願2018-504455 (P2018-504455)
国際出願番号 PCT/JP2017/008616
国際公開番号 WO2017/154795
国際出願日 平成29年3月3日(2017.3.3)
国際公開日 平成29年9月14日(2017.9.14)
優先権出願番号 2016044088
優先日 平成28年3月8日(2016.3.8)
優先権主張国 日本国(JP)
指定国 AP(BW , GH , GM , KE , LR , LS , MW , MZ , NA , RW , SD , SL , ST , SZ , TZ , UG , ZM , ZW) , EA(AM , AZ , BY , KG , KZ , RU , TJ , TM) , EP(AL , AT , BE , BG , CH , CY , CZ , DE , DK , EE , ES , FI , FR , GB , GR , HR , HU , IE , IS , IT , LT , LU , LV , MC , MK , MT , NL , NO , PL , PT , RO , RS , SE , SI , SK , SM , TR) , OA(BF , BJ , CF , CG , CI , CM , GA , GN , GQ , GW , KM , ML , MR , NE , SN , TD , TG) , AE , AG , AL , AM , AO , AT , AU , AZ , BA , BB , BG , BH , BN , BR , BW , BY , BZ , CA , CH , CL , CN , CO , CR , CU , CZ , DE , DJ , DK , DM , DO , DZ , EC , EE , EG , ES , FI , GB , GD , GE , GH , GM , GT , HN , HR , HU , ID , IL , IN , IR , IS , JP , KE , KG , KH , KN , KP , KR , KW , KZ , LA , LC , LK , LR , LS , LU , LY , MA , MD , ME , MG , MK , MN , MW , MX , MY , MZ , NA , NG , NI , NO , NZ , OM , PA , PE , PG , PH , PL , PT , QA , RO , RS , RU , RW , SA , SC , SD , SE , SG , SK , SL , SM , ST , SV , SY , TH , TJ , TM , TN , TR , TT , TZ
発明者または考案者 【氏名】岩尾 岳洋
【氏名】壁谷 知樹
【氏名】松永 民秀
出願人 【識別番号】506218664
【氏名又は名称】公立大学法人名古屋市立大学
個別代理人の代理人 【識別番号】100114362、【弁理士】、【氏名又は名称】萩野 幹治
審査請求 未請求
テーマコード 2G045
4B063
4B065
4C087
Fターム 2G045AA40
2G045CB01
4B063QA01
4B063QQ08
4B063QQ53
4B063QR08
4B063QR42
4B063QR62
4B063QS25
4B063QX01
4B063QX02
4B065AA93X
4B065AB01
4B065BA02
4B065BB04
4B065BB19
4B065CA44
4C087AA01
4C087AA02
4C087AA03
4C087BB50
4C087BB57
4C087BB64
4C087CA04
4C087DA32
4C087NA14
4C087ZA66
要約 生体の腸管上皮細胞に近い機能を示す細胞を簡便に調製可能な新たな方法及びその用途を提供することを課題とする。(1)人工多能性幹細胞を内胚葉様細胞へと分化させる工程と、(2)工程(1)で得られた内胚葉様細胞を腸管幹細胞様細胞へと分化させる工程と、(3)工程(2)で得られた腸管幹細胞様細胞を腸管上皮細胞様細胞へと分化させる工程であって、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下、且つcAMPが細胞へ供給される条件下での培養を含む工程によって、人工多能性幹細胞を腸管上皮細胞へ分化誘導する。
特許請求の範囲 【請求項1】
以下の工程(1)~(3)を含む、人工多能性幹細胞を腸管上皮細胞へ分化誘導する方法:
(1)人工多能性幹細胞を内胚葉様細胞へと分化させる工程;
(2)工程(1)で得られた内胚葉様細胞を腸管幹細胞様細胞へと分化させる工程;
(3)工程(2)で得られた腸管幹細胞様細胞を腸管上皮細胞様細胞へと分化させる工程であって、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下、且つcAMPが細胞へ供給される条件下での培養を含む工程。
【請求項2】
工程(3)の前記培養の期間が7日間~40日間である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
工程(3)が、以下のA~Cのいずれかの培養工程を含む、請求項1に記載の方法、
培養工程A:(a-1)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下での培養と、該培養に続く、(a-2)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下、且つcAMPが細胞へ供給される条件下での培養を含む、
培養工程B:(b-1)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下、且つcAMPが細胞へ供給される条件下での培養と、該培養に続く、(b-2)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤、EGF及びcAMP分解酵素阻害剤の存在下での培養を含む、
培養工程C:(c-1)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下、且つcAMPが細胞へ供給される条件下での培養を含む。
【請求項4】
(a-1)の培養の期間は1日間~5日間であり、(a-2)の培養の期間は3日間~15日間であり、
(b-1)の培養の期間は3日間~15日間であり、(b-2)の培養の期間は3日間~15日間であり、
(c-1)の培養の期間は3日間~15日間である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
(a-2)の培養、(b-1)の培養、及び(c-1)の培養が、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFに加えてcAMP分解酵素阻害剤も存在する条件で行われる、請求項3又は4に記載の方法。
【請求項6】
培養工程Aが、(a-2)の培養に続く、(a-3)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下での培養を含み、
培養工程Bが、(b-2)の培養に続く、(b-3)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下での培養を含み、
培養工程Cが、(c-1)の培養に続く、(c-2)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下での培養を含む、請求項2~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
(a-3)の培養、(b-3)の培養、及び(c-2)の培養の期間は1日間~10日間である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
cAMPが細胞へ供給される条件が、培地中に8-Br-cAMPが存在することである、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
cAMP分解酵素阻害剤がIBMXである、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
MEK1阻害剤がPD98059であり、DNAメチル化阻害剤が5-アザ-2’-デオキシシチジンであり、TGFβ受容体阻害剤がA-83-01である、請求項1~9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
工程(1)における分化誘導因子としてアクチビンAを用いる、請求項1~10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
工程(2)における分化誘導因子としてFGF2を用いる、請求項1~11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
人工多能性幹細胞がヒト人工多能性幹細胞である、請求項1~12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
請求項1~13のいずれか一項に記載の方法で得られた腸管上皮細胞様細胞。
【請求項15】
請求項14に記載の腸管上皮細胞様細胞を用いた、被検物質の体内動態又は毒性を評価する方法。
【請求項16】
前記体内動態が、代謝、吸収、排泄、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、又は薬物トランスポーターの誘導である、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
以下の工程(i)~(iii)を含む、請求項15又は16に記載の方法:
(i)請求項14に記載の腸管上皮細胞様細胞で構成された細胞層を用意する工程;
(ii)前記細胞層に被検物質を接触させる工程;
(iii)前記細胞層を透過した被検物質を定量し、被検物質の吸収性ないし膜透過性、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、薬物トランスポーターの誘導、又は毒性を評価する工程。
【請求項18】
以下の工程(I)及び(II)を含む、請求項15又は16に記載の方法:
(I)請求項14に記載の腸管上皮細胞様細胞に被検物質を接触させる工程;
(II)被検物質の代謝若しくは吸収、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、薬物トランスポーターの誘導、又は毒性を測定・評価する工程。
【請求項19】
以下の工程(a)及び(b)を含む、被検物質の消化管粘膜障害作用を評価する方法:
(a)請求項14に記載の腸管上皮細胞様細胞に被検物質を接触させる工程;
(b)前記腸管上皮細胞様細胞におけるムチン2の発現を検出し、検出結果に基づき被検物質の消化管粘膜障害作用を判定する工程であって、ムチン2の発現低下が認められることが、被検物質が消化管粘膜障害作用を有することの指標となる工程。
【請求項20】
以下の工程(A)及び(B)を含む、被検物質の消化管粘膜保護作用を評価する方法:
(A)請求項14に記載の腸管上皮細胞様細胞に被検物質を接触させる工程;
(B)前記腸管上皮細胞様細胞におけるムチン2の発現を検出し、検出結果に基づき被検物質の消化管粘膜保護作用を判定する工程であって、前記物質によるムチン2の発現上昇が認められることが、被検物質が消化管粘膜保護作用を有することの指標となる工程。
【請求項21】
請求項14に記載の腸管上皮細胞様細胞を含む、細胞製剤。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem:iPS)を腸管上皮細胞へ分化誘導する方法及びその用途に関する。本出願は、2016年3月8日に出願された日本国特許出願第2016-044088号に基づく優先権を主張するものであり、当該特許出願の全内容は参照により援用される。
【背景技術】
【0002】
小腸には多くの薬物代謝酵素や薬物トランスポーターが存在することから、肝臓と同様、薬物の初回通過効果に関わる臓器として非常に重要である。そのため、医薬品開発早期の段階から小腸における医薬品の膜透過性や代謝を評価することが、薬物動態特性に優れた医薬品の開発に必要である。現在、小腸のモデル系としてはヒト結腸癌由来のCaco-2細胞が多用されている。しかし、Caco-2細胞における薬物トランスポーターの発現パターンはヒト小腸とは異なる。また、Caco-2細胞には薬物代謝酵素の発現及び酵素誘導はほとんど認められないことから、正確に小腸での薬物動態を評価することは難しい。したがって、小腸における薬物代謝及び膜透過性を総合的に評価するためには初代小腸上皮細胞の利用が望ましいが、初代小腸上皮細胞の入手は困難である。
【0003】
ところで、ヒト人工多能性幹(induced pluripotent stem:iPS)細胞は2007年に山中らによって樹立された。このヒトiPS細胞は、1998年にThomsonらによって樹立されたヒト胚性幹(embryonic stem:ES)細胞と同様な、多分化能とほぼ無限の増殖能をもつ細胞である。ヒトiPS細胞はヒトES細胞に比べ倫理的な問題が少なく、医薬品開発のための安定した細胞供給源として期待される。
【0004】
尚、薬剤の吸収試験などに利用される腸管上皮細胞を提供するために、腸管由来の細胞から腸管の幹/前駆細胞を選択的に取得する方法が報告されている(特許文献1)。また、ALK5阻害因子を用いた多能性細胞の作製ないし維持方法が提案されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【0005】

【特許文献1】特開2008-206510号公報
【特許文献2】特表2012-511935号公報
【特許文献3】国際公開第2014/132933号パンフレット
【0006】

【非特許文献1】Ueda T et al., Biochem Biophys Res Commun. 2010 Jan 1;391(1):38-42.
【非特許文献2】McCracken KW et al., Nat Protoc. 2011 Nov 10;6(12):1920-8
【非特許文献3】Spence JR, Nature. 2011 Feb 3;470(7332):105-109.
【非特許文献4】Ogaki S et al., Stem Cells. 2013 Jun;31(6):1086-1096.
【非特許文献5】Ozawa T et al., Sci Rep. 2015 Nov 12;5:16479.
【非特許文献6】Ogaki S et al., Sci Rep. 2015 Nov 30;5:17297.
【非特許文献7】Iwao T et al., Drug Metab Pharmacokinet, 29(1), 44-51 (2014).
【非特許文献8】Iwao T et al., Drug Metab Dispos, 43(6), 603-610 (2015).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
現在、iPS細胞から腸管への分化に関する報告は少ない。マウスiPS細胞から胚様体を形成し腸管様の組織を作製したという報告(非特許文献1)と、ヒトiPS細胞から三次元培養により腸管様の組織を作製したという報告(非特許文献2、3)があるが、これらの報告での分化誘導法は煩雑であり、しかも分化効率が十分でなく、薬物動態学的な解析は詳細に行われていない。さらに、当該分化誘導法は極めて高価な増殖因子やサイトカイン類を大量に用いて分化を誘導しており、実用化に適さない。その後、ヒト多能性幹細胞(ES細胞またはiPS細胞)から腸管細胞への分化に成功したとの報告がされているが(非特許文献4、5、6)、薬物動態学的機能については十分明らかにされていない。本発明者らも、ヒトiPS細胞から腸管上皮細胞への分化について研究を進めており、作製した腸管上皮細胞様細胞はさまざまな薬物動態学的機能を有することを報告している(特許文献3、非特許文献7、8)。また、ヒトiPS細胞から腸管上皮細胞への分化促進および機能獲得に有用な低分子化合物を見出している(特許文献3、非特許文献8)。
【0008】
以上のように、多くの研究者によって精力的な研究が行われ、一定の成果が得られているものの、薬物動態アッセイや毒性試験などに利用可能な機能的な腸管上皮細胞をインビトロで調製することに対するニーズは依然として高い。そこで本発明は、生体の腸管上皮細胞に近い機能を示す細胞(腸管上皮細胞様細胞)を簡便に調製可能な新たな方法及びその用途を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題の下、本発明者らは、以前に報告した低分子化合物(特許文献3)とは異なる作用を有する新たな低分子化合物に注目し、iPS細胞から腸管上皮細胞への分化に対するその作用・効果を詳細に調べた。また、有用性が認められた低分子化合物を用いて分化誘導して得られた腸管上皮細胞様細胞の薬物動態学的機能について詳細な検討を加えた。
【0010】
検討の結果、iPS細胞から内胚葉様細胞を経て得られた腸管幹細胞様細胞を腸管上皮細胞様細胞へと分化誘導する際の誘導因子としてcAMPが重要であることが明らかとなった。詳細には、以前に報告した低分子化合物(MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤及びTGFβ受容体阻害剤)が培地中に存在することに加え、cAMPが細胞へ供給される条件下で培養すること、及びcAMP分解酵素阻害剤を使用することで細胞内cAMP濃度の低下を抑えることが、腸管上皮への分化誘導、特に腸管上皮細胞としての機能の獲得に有効であることが判明した。また、使用する低分子化合物の添加時期と効果との関係について有益な知見がもたらされた。
【0011】
検討の末に見出された培養条件で作製された腸管上皮細胞様細胞は、腸管上皮特異的な酵素(薬物代謝酵素)を高発現し、ビタミンD受容体を介した薬物代謝酵素(CYP3A4)の良好な発現誘導も示した。また、取り込み及び排出トランスポーターの輸送機能も備えていた。
【0012】
以上のように、本発明者らは、分化促進及び機能の獲得に有用である新たな低分子化合物を見出し、より機能的な腸管上皮細胞様細胞の作製に成功した。以下の発明は、主として、以上の成果及び考察に基づく。
[1]以下の工程(1)~(3)を含む、人工多能性幹細胞を腸管上皮細胞へ分化誘導する方法:
(1)人工多能性幹細胞を内胚葉様細胞へと分化させる工程;
(2)工程(1)で得られた内胚葉様細胞を腸管幹細胞様細胞へと分化させる工程;
(3)工程(2)で得られた腸管幹細胞様細胞を腸管上皮細胞様細胞へと分化させる工程であって、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下、且つcAMPが細胞へ供給される条件下での培養を含む工程。
[2]工程(3)の前記培養の期間が7日間~40日間である、[1]に記載の方法。
[3]工程(3)が、以下のA~Cのいずれかの培養工程を含む、[1]に記載の方法、
培養工程A:(a-1)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下での培養と、該培養に続く、(a-2)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下、且つcAMPが細胞へ供給される条件下での培養を含む、
培養工程B:(b-1)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下、且つcAMPが細胞へ供給される条件下での培養と、該培養に続く、(b-2)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤、EGF及びcAMP分解酵素阻害剤の存在下での培養を含む、
培養工程C:(c-1)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下、且つcAMPが細胞へ供給される条件下での培養を含む。
[4](a-1)の培養の期間は1日間~5日間であり、(a-2)の培養の期間は3日間~15日間であり、
(b-1)の培養の期間は3日間~15日間であり、(b-2)の培養の期間は3日間~15日間であり、
(c-1)の培養の期間は3日間~15日間である、[3]に記載の方法。
[5](a-2)の培養、(b-1)の培養、及び(c-1)の培養が、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFに加えてcAMP分解酵素阻害剤も存在する条件で行われる、[3]又は[4]に記載の方法。
[6]培養工程Aが、(a-2)の培養に続く、(a-3)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下での培養を含み、
培養工程Bが、(b-2)の培養に続く、(b-3)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下での培養を含み、
培養工程Cが、(c-1)の培養に続く、(c-2)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下での培養を含む、[2]~[5]のいずれか一項に記載の方法。
[7](a-3)の培養、(b-3)の培養、及び(c-2)の培養の期間は1日間~10日間である、[6]に記載の方法。
[8]cAMPが細胞へ供給される条件が、培地中に8-Br-cAMPが存在することである、[1]~[7]のいずれか一項に記載の方法。
[9]cAMP分解酵素阻害剤がIBMXである、[1]~[8]のいずれか一項に記載の方法。
[10]MEK1阻害剤がPD98059であり、DNAメチル化阻害剤が5-アザ-2’-デオキシシチジンであり、TGFβ受容体阻害剤がA-83-01である、[1]~[9]のいずれか一項に記載の方法。
[11]工程(1)における分化誘導因子としてアクチビンAを用いる、[1]~[10]のいずれか一項に記載の方法。
[12]工程(2)における分化誘導因子としてFGF2を用いる、[1]~[11]のいずれか一項に記載の方法。
[13]人工多能性幹細胞がヒト人工多能性幹細胞である、[1]~[12]のいずれか一項に記載の方法。
[14][1]~[13]のいずれか一項に記載の方法で得られた腸管上皮細胞様細胞。
[15][14]に記載の腸管上皮細胞様細胞を用いた、被検物質の体内動態又は毒性を評価する方法。
[16]前記体内動態が、代謝、吸収、排泄、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、又は薬物トランスポーターの誘導である、[15]に記載の方法。
[17]以下の工程(i)~(iii)を含む、[15]又は[16]に記載の方法:
(i)[14]に記載の腸管上皮細胞様細胞で構成された細胞層を用意する工程;
(ii)前記細胞層に被検物質を接触させる工程;
(iii)前記細胞層を透過した被検物質を定量し、被検物質の吸収性ないし膜透過性、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、薬物トランスポーターの誘導、又は毒性を評価する工程。
[18]以下の工程(I)及び(II)を含む、[15]又は[16]に記載の方法:
(I)[14]に記載の腸管上皮細胞様細胞に被検物質を接触させる工程;
(II)被検物質の代謝若しくは吸収、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、薬物トランスポーターの誘導、又は毒性を測定・評価する工程。
[19]以下の工程(a)及び(b)を含む、被検物質の消化管粘膜障害作用を評価する方法:
(a)[14]に記載の腸管上皮細胞様細胞に被検物質を接触させる工程;
(b)前記腸管上皮細胞様細胞におけるムチン2の発現を検出し、検出結果に基づき被検物質の消化管粘膜障害作用を判定する工程であって、ムチン2の発現低下が認められることが、被検物質が消化管粘膜障害作用を有することの指標となる工程。
[20]以下の工程(A)及び(B)を含む、被検物質の消化管粘膜保護作用を評価する方法:
(A)[14]に記載の腸管上皮細胞様細胞に被検物質を接触させる工程;
(B)前記腸管上皮細胞様細胞におけるムチン2の発現を検出し、検出結果に基づき被検物質の消化管粘膜保護作用を判定する工程であって、前記物質によるムチン2の発現上昇が認められることが、被検物質が消化管粘膜保護作用を有することの指標となる工程。
[21][14]に記載の腸管上皮細胞様細胞を含む、細胞製剤。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】ヒトiPS細胞から腸管上皮細胞への分化に対する8-Br-cAMPとIBMXの効果。平均値±S.D. (n = 3)で表した。コントロールは8-Br-cAMP及びIBMX非添加群。
【図2】図1の続き。
【図3】分化させた腸管上皮細胞様細胞における各種マーカー遺伝子発現に対する8-Br-cAMPとIBMXの効果。平均値±S.D. (n = 3)で表した。コントロールは8-Br-cAMP及びIBMX非添加群。
【図4】図3の続き。
【図5】分化させた腸管上皮細胞様細胞におけるCYP3A4発現誘導。平均値±S.D. (n = 3)で表した。コントロールは8-Br-cAMP及びIBMX非添加群。
【図6】分化させた腸管上皮細胞様細胞におけるミダゾラムの代謝活性(CYP3A4代謝活性)。平均値±S.D. (n = 3)で表した。**P < 0.01 対 コントロール群(誘導剤処理なし)、†P < 0.05 対 8-Br-cAMP+IBMX群(誘導剤処理なし)、コントロールは8-Br-cAMP及びIBMX非添加群。ミダゾラムは100 μmol/Lで添加。1α,25-ジヒドロキシビタミンD3(VD3)は10 nmol/Lで添加。
【図7】分化させた腸管上皮細胞様細胞におけるグリシルサルコシン(Gly-Sar)の取り込み(PEPT1輸送活性)。平均値±S.D. (n = 3)で表した。**P < 0.01 及び††P < 0.01 対 コントロール群(イブプロフェンなし)、‡‡P < 0.01 対 8-Br-cAMP+IBMX群(イブプロフェンなし)、コントロールは8-Br-cAMP+IBMX非添加群。イブプロフェンは3 mmol/Lで添加。
【図8】分化させた腸管上皮細胞様細胞におけるエストロン-3-硫酸(ES)の取り込み(OATP輸送活性)。平均値±S.D. (n = 3)で表した。**P < 0.01 対 BSPなし。ブロムスルフタレイン(BSP)は0.2 mmol/Lで添加。
【図9】分化させた腸管上皮細胞様細胞の経上皮電気抵抗(TEER)値の経時変化。平均値±S.D. (n = 3)で表した。
【図10】分化させた腸管上皮細胞様細胞におけるヘキスト33342の輸送(BCRP輸送活性)。平均値±S.D. (n = 3)で表した。コントロールは8-Br-cAMP及びIBMX非添加群。ヘキスト33342は20 μmol/Lで添加。Ko143は10 μmol/Lで添加。
【図11】分化させた腸管上皮細胞様細胞におけるジゴキシンの輸送。平均値±S.D. (n = 3)で表した。コントロールは8-Br-cAMP及びIBMX非添加群。ベラパミルは10 μmol/Lで添加した。
【図12】分化させた腸管上皮細胞様細胞におけるムチン2の発現(mRNAレベル)及びそれを利用したアッセイの結果。縦軸は、市販のヒト小腸細胞(SI)の発現レベルを基準(100)にした相対値。平均値±標準偏差(n=3) Control:コントロール(粘膜障害作用を示す物質も粘膜保護作用を有する物質も非添加の培地で培養した細胞)。 メロキシカム-50:メロキシカムを濃度50μMで添加した培地で培養した細胞。 メロキシカム-200:メロキシカムを濃度200μMで添加した培地で培養した細胞。 インドメタシン-75:インドメタシンを濃度75μMで添加した培地で培養した細胞。 インドメタシン-300:インドメタシンを濃度300μMで添加した培地で培養した細胞。 ケトプロフェン-200:ケトプロフェンを濃度200μMで添加した培地で培養した細胞。 ケトプロフェン-800:ケトプロフェンを濃度800μMで添加した培地で培養した細胞。 イルソグラジン-10:イルソグラジンを濃度10μMで添加した培地で培養した細胞。 イルソグラジン-40:イルソグラジンを濃度40μMで添加した培地で培養した細胞。 レバミピド-50:レバミピドを濃度50μMで添加した培地で培養した細胞。 レバミピド-100:レバミピドを濃度100μMで添加した培地で培養した細胞。 レバミピド-250:レバミピドを濃度250μMで添加した培地で培養した細胞。 レバミピド-1000:レバミピドを濃度1000μMで添加した培地で培養した細胞。 SI:市販のヒト小腸細胞。 Caco-2:ヒト結腸癌由来細胞。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は人工多能性幹細胞(iPS細胞)を腸管上皮細胞系譜へ分化誘導する方法(以下、「本発明の分化誘導方法」とも呼ぶ。)に関する。本発明によれば、生体の腸管組織を構成する腸管上皮細胞と類似の特性を示す細胞、即ち腸管上皮細胞様細胞が得られる。

【0015】
「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」とは、初期化因子の導入などにより体細胞をリプログラミングすることによって作製される、多能性(多分化能)と増殖能を有する細胞である。人工多能性幹細胞はES細胞に近い性質を示す。iPS細胞の作製に使用する体細胞は特に限定されず、分化した体細胞でもよいし、未分化の幹細胞でもよい。また、その由来も特に限定されないが、好ましくは哺乳動物(例えば、ヒトやチンパンジーなどの霊長類、マウスやラットなどのげっ歯類)の体細胞、特に好ましくはヒトの体細胞を用いる。iPS細胞は、これまでに報告された各種方法によって作製することができる。また、今後開発されるiPS細胞作製法を適用することも当然に想定される。

【0016】
iPS細胞作製法の最も基本的な手法は、転写因子であるOct3/4、Sox2、Klf4及びc-Mycの4因子を、ウイルスを利用して細胞へ導入する方法である(Takahashi K, Yamanaka S: Cell 126 (4), 663-676, 2006; Takahashi, K, et al: Cell 131 (5), 861-72, 2007)。ヒトiPS細胞についてはOct4、Sox2、Lin28及びNonogの4因子の導入による樹立の報告がある(Yu J, et al: Science 318(5858), 1917-1920, 2007)。c-Mycを除く3因子(Nakagawa M, et al: Nat. Biotechnol. 26 (1), 101-106, 2008)、Oct3/4及びKlf4の2因子(Kim J B, et al: Nature 454 (7204), 646-650, 2008)、或いはOct3/4のみ(Kim J B, et al: Cell 136 (3), 411-419, 2009)の導入によるiPS細胞の樹立も報告されている。また、遺伝子の発現産物であるタンパク質を細胞に導入する手法(Zhou H, Wu S, Joo JY, et al: Cell Stem Cell 4, 381-384, 2009; Kim D, Kim CH, Moon JI, et al: Cell Stem Cell 4, 472-476, 2009)も報告されている。一方、ヒストンメチル基転移酵素G9aに対する阻害剤BIX-01294やヒストン脱アセチル化酵素阻害剤バルプロ酸(VPA)或いはBayK8644等を使用することによって作製効率の向上や導入する因子の低減などが可能であるとの報告もある(Huangfu D, et al: Nat. Biotechnol. 26 (7), 795-797, 2008; Huangfu D, et al: Nat. Biotechnol. 26 (11), 1269-1275, 2008; Silva J, et al: PLoS. Biol. 6 (10), e 253, 2008)。遺伝子導入法についても検討が進められ、レトロウイルスの他、レンチウイルス(Yu J, et al: Science 318(5858), 1917-1920, 2007)、アデノウイルス(Stadtfeld M, et al: Science 322 (5903), 945-949, 2008)、プラスミド(Okita K, et al: Science 322 (5903), 949-953, 2008)、トランスポゾンベクター(Woltjen K, Michael IP, Mohseni P, et al: Nature 458, 766-770, 2009; Kaji K, Norrby K, Pac a A, et al: Nature 458, 771-775, 2009; Yusa K, Rad R, Takeda J, et al: Nat Methods 6, 363-369, 2009)、或いはエピソーマルベクター(Yu J, Hu K, Smuga-Otto K, Tian S, et al: Science 324, 797-801, 2009)を遺伝子導入に利用した技術が開発されている。

【0017】
iPS細胞への形質転換、即ち初期化(リプログラミング)が生じた細胞はFbxo15、Nanog、Oct/4、Fgf-4、Esg-1及びCript等の多能性幹細胞マーカー(未分化マーカー)の発現などを指標として選択することができる。選択された細胞をiPS細胞として回収する。

【0018】
iPS細胞は、例えば、国立大学法人京都大学又は独立行政法人理化学研究所バイオリソースセンターから提供を受けることもできる。

【0019】
本明細書において「分化誘導する」とは、特定の細胞系譜に沿って分化するように働きかけることをいう。本発明ではiPS細胞を腸管上皮細胞へと分化誘導する。本発明の分化誘導方法は大別して3段階の誘導工程、即ち、iPS細胞を内胚葉様細胞へと分化させる工程(工程(1))と、得られた内胚葉様細胞を腸管幹細胞様細胞へと分化させる工程(工程(2))と、得られた腸管幹細胞様細胞を腸管上皮細胞様細胞へと分化させる工程(工程(3))を含む。以下、各工程の詳細を説明する。

【0020】
<工程(1) 内胚葉様細胞への分化>
この工程ではiPS細胞を培養し、内胚葉様細胞へと分化させる。換言すれば、内胚葉様細胞への分化を誘導する条件下でiPS細胞を培養する。iPS細胞が内胚葉様細胞に分化する限り、培養条件は特に限定されない。例えば、常法に従い、アクチビンAを添加した培地で培養する。この場合、培地中のアクチビンAの濃度を例えば10 ng/mL~200 ng/mL、好ましくは20 ng/mL~150 ng/mLとする。細胞の増殖率や維持等の観点から、培地に血清又は血清代替物(Knockout serum replacement(KSR)など)を添加することが好ましい。血清はウシ胎仔血清に限られるものではなく、ヒト血清や羊血清等を用いることもできる。血清又は血清代替物の添加量は例えば0.1%(v/v)~10%(v/v)である。

【0021】
Wnt/β-カテニンシグナル経路の阻害剤(例えば、ヘキサクロロフェン、クエルセチン、WntリガンドであるWnt3a)を培地に添加し、内胚葉様細胞への分化の促進を図ってもよい。

【0022】
好ましい一態様では、工程(1)として2段階の培養を行う。1段階目の培養では比較的低濃度の血清(例えば、0.1%(v/v)~1%(v/v))を添加した培地で行い、続く2段階目の培養では一段階目の培養よりも血清濃度を高めた培地(血清濃度を例えば1%(v/v)~10%(v/v))で行う。このように2段階の培養を採用することは、1段階目の培養により未分化細胞の増殖を抑制し、続く2段階目により分化した細胞を増殖させる点で好ましい。

【0023】
工程(1)の期間(培養期間)は例えば1日間~10日間、好ましくは2日間~7日間である。工程(1)として2段階の培養を採用する場合には1段階目の培養期間を例えば1日間~7日間、好ましくは2日間~5日間とし、2段階目の培養期間を例えば1日間~6日間、好ましくは1日間~4日間とする。

【0024】
<工程(2) 腸管幹細胞様細胞への分化>
この工程では、工程(1)で得られた内胚葉様細胞を培養し、腸管幹細胞様細胞へと分化させる。換言すれば、腸管幹細胞様細胞への分化を誘導する条件下で内胚葉細胞を培養する。内胚葉様細胞が腸管幹細胞様細胞へ分化する限り、培養条件は特に限定されない。好ましくは、後述の実施例に示した実験結果を踏まえ、FGF2(線維芽細胞増殖因子2)の存在下で培養を行う。好ましくはヒトFGF2(例えばヒト組換えFGF2)を用いる。

【0025】
典型的には、工程(1)を経て得られた細胞集団又はその一部を、選別することなく工程(2)に供する。一方で、工程(1)を経て得られた細胞集団の中から内胚葉様細胞を選別した上で工程(2)を実施することにしてもよい。内胚葉様細胞の選別は例えば、細胞表面マーカーを指標にしてフローサイトメーター(セルソーター)で行えばよい。

【0026】
「FGF2の存在下」とは、FGF2が培地中に添加された条件と同義である。従って、FGF2の存在下での培養を行うためには、FGF2が添加された培地を用いればよい。FGF2の添加濃度の例を示すと100ng/mL~500ng/mLである。

【0027】
工程(2)の期間(培養期間)は例えば2日間~10日間、好ましくは3日間~7日間である。当該培養期間が短すぎると、期待される効果(分化効率の上昇、腸管幹細胞としての機能の獲得の促進)が十分に得られない。他方、当該培養期間が長すぎると、分化効率の低下を引き起こす。

【0028】
腸管幹細胞様細胞へ分化したことは、例えば、腸管幹細胞マーカーの発現を指標にして判定ないし評価することができる。腸管幹細胞マーカーの例を挙げると、ロイシンリッチリピートを含むGタンパク質共役受容体5(LGR5)、エフリンB2受容体(EphB2)である。

【0029】
<工程(3) 腸管上皮細胞様細胞への分化>
この工程では、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下(以下、この条件を「第1条件」と呼ぶ)、且つcAMPが細胞へ供給される条件下(以下、この条件を「第2条件」と呼ぶ)で培養し、工程(2)で得られた腸管幹細胞様細胞を腸管上皮細胞様細胞へと分化させる。典型的には、工程(2)を経て得られた細胞集団又はその一部を、選別することなく工程(3)に供する。一方で、工程(2)を経て得られた細胞集団の中から腸管幹細胞様細胞を選別した上で工程(3)を実施することにしてもよい。腸管幹細胞様細胞の選別は例えば、細胞表面マーカーを指標にしてフローサイトメーター(セルソーター)で行えばよい。

【0030】
第1条件、即ちMEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下とは、これらの化合物が培地中に添加された条件と同義である。従って、第1条件を満たすためには、これらの化合物が添加された培地を用いればよい。

【0031】
MEK1阻害剤として、PD98059、PD184352、PD184161、PD0325901、U0126、MEK inhibitor I、MEK inhibitor II、MEK1/2 inhibitor II、SL327を挙げることができる。同様に、DNAメチル化阻害剤として5-アザ-2’-デオキシシチジン、5-アザシチジン、RG108、ゼブラリンを挙げることができる。TGFβ受容体阻害剤については、後述の実施例に使用したA-83-01がTGF-β受容体ALK4、ALK5、ALK7に阻害活性を示すことを考慮すれば、好ましくは、TGF-β受容体ALK4、ALK5、ALK7の一以上に対して阻害活性を示すものを用いるとよい。例えば、A-83-01、SB431542、SB-505124、SB525334、D4476、ALK5 inhibitor、LY2157299、LY364947、GW788388、RepSoxが当該条件を満たす。

【0032】
MEK1阻害剤の添加濃度の例(PD98059の場合)を示すと4μM~100μM、好ましくは10~40μMである。同様にメチル化阻害剤の添加濃度の例(5-アザ-2’-デオキシシチジンの場合)を示すと、1μM~25μM、好ましくは2.5μM~10μMであり、TGFβ受容体阻害剤の添加濃度の例(A-83-01の場合)を示すと0.1μM~2.5μM、好ましくは0.2μM~1μMである。尚、例示した化合物、即ち、PD98059、5-アザ-2’-デオキシシチジン及びA-83-01とは異なる化合物を使用する場合の添加濃度については、使用する化合物の特性と、例示した化合物(PD98059、5-アザ-2’-デオキシシチジン、A-83-01)の特性の相違(特に活性の相違)を考慮すれば、当業者であれば上記濃度範囲に準じて設定することができる。また、設定した濃度範囲が適切であるか否かは、後述の実施例に準じた予備実験によって確認することができる。

【0033】
第2条件、即ち、cAMPが細胞へ供給される条件とは、細胞内へ取り込み可能な化合物であって、細胞内に取り込まれるとcAMPとして作用する化合物が存在する条件と同義である。従って、第2条件を満たすためには、例えば、細胞内へと取り込み可能なcAMP誘導体が添加された培地を用いればよい。cAMP誘導体としてPKA活性剤(例えば、8-Br-cAMP(8-Bromoadenosine-3′,5′-cyclic monophosphate sodium salt, CAS Number : 76939-46-3)、6-Bnz-cAMP(N6-Benzoyladenosine-3',5'-cyclic monophosphate sodium salt salt, CAS Number : 1135306-29-4)、cAMPS-Rp((R)-Adenosine, cyclic 3',5'-(hydrogenphosphorothioate) triethylammonium salt, CAS Number : 151837-09-1)、cAMPS-Sp((S)-Adenosine, cyclic 3',5'-(hydrogenphosphorothioate) triethylammonium salt, CAS Number : 93602-66-5)、Dibutyryl-cAMP(N6,O2'-Dibutyryl adenosine 3',5'-cyclic monophosphate sodium salt salt, CAS Number : 16980-89-5)、8-Cl-cAMP(8-Chloroadenosine- 3', 5'- cyclic monophosphate salt, CAS Number : 124705-03-9))、Epac活性剤(Rp-8-Br-cAMPS(8-Bromoadenosine 3',5'-cyclic Monophosphothioate, Rp-Isomer . sodium salt, CAS Number : 129735-00-8)、8-CPT-cAMP(8-(4-Chlorophenylthio)adenosine 3',5'-cyclic monophosphate, CAS Number : 93882-12-3)、8-pCPT-2'-O-Me-cAMP(8-(4-Chlorophenylthio)-2'-O-methyladenosine 3',5'-cyclic monophosphate monosodium, CAS Number : 634207-53-7)等)を採用することができる。cAMP誘導体の添加濃度の例(8-Br-cAMPの場合)を示すと、0.1mM~10mM、好ましくは0.2mM~5mM、更に好ましくは0.5mM~2mMである。尚、例示した化合物、即ち、8-Br-cAMPとは異なる化合物を使用する場合の添加濃度については、使用する化合物の特性と、例示した化合物(8-Br-cAMP)の特性の相違(特に活性の相違)を考慮すれば、当業者であれば上記濃度範囲に準じて設定することができる。また、設定した濃度範囲が適切であるか否かは、後述の実施例に準じた予備実験によって確認することができる。

【0034】
工程(3)の期間(培養期間)は例えば7日間~40日間、好ましくは10日間~30日間である。当該培養期間が短すぎると、期待される効果(分化効率の上昇、腸管上皮細胞としての機能の獲得の促進)が十分に得られない。他方、当該培養期間が長すぎると、分化効率の低下を引き起こす。

【0035】
腸管上皮細胞様細胞へ分化したことは、例えば、腸管上皮細胞マーカーの発現やペプチドの取り込み、或いはビタミンD受容体を介した薬物代謝酵素の発現誘導を指標にして判定ないし評価することができる。腸管上皮細胞マーカーの例を挙げると、ATP結合カセットトランスポーターB1/多剤耐性タンパク1(ABCB1/MDR1)、ATP結合カセットトランスポーターG2/乳ガン耐性タンパク(ABCG2/BCRP)、シトクロムP450 3A4(CYP3A4)、プレグナンX受容体(PXR)、SLC(solute carrier)ファミリーメンバー15A1/ペプチドトランスポーター1(SLC15A1/PEPT1)、SLC(solute carrier)有機アニオントランスポーター2B1(SLCO2B1/OATP2B1)、スクラーゼ-イソマルターゼ、ウリジン2リン酸-グルクロン酸転移酵素1A1(UGT1A1)、ウリジン2リン酸-グルクロン酸転移酵素1A4(UGT1A4)、ビリン 1(Villin 1)である。この中でも、腸管上皮に特異性の高いスクラーゼ-イソマルターゼ、及びビリン1、小腸での主要な薬物代謝酵素であるCYP3A4、小腸でのペプチドの吸収に関与するSLC15A1/PEPT1、小腸での有機アニオンの吸収に関与するSLCO2B1/OATP2B1は特に有効なマーカーである。

【0036】
目的の細胞(腸管上皮細胞様細胞)のみからなる細胞集団又は目的の細胞が高比率(高純度)で含まれた細胞集団を得ようと思えば、目的の細胞に特徴的な細胞表面マーカーを指標にして培養後の細胞集団を選別・分取すればよい。

【0037】
好ましくは、工程(3)として、以下のA~Cのいずれかの培養工程を行う。
<培養工程A>
培養工程Aでは、(a-1)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下での培養と、当該培養に続く、(a-2)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下、且つcAMPが細胞へ供給される条件下での培養を行う。即ち、cAMPが細胞へ供給される条件の有無で異なる2段階の培養を行う。このようにすれば、腸管上皮細胞への分化促進、成熟化、機能獲得の効果が得られる。(a-1)の培養の期間は例えば1日間~5日間である。同様に、(a-2)の培養の期間は例えば3日間~15日間である。尚、特に説明しない事項(各培養に使用可能な化合物、各化合物の添加濃度等)については、上記の対応する説明が援用される。

【0038】
(a-2)の培養を、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFに加えてcAMP分解酵素阻害剤も存在する条件で行うことにしてもよい。当該条件を採用すると、cAMPの分解阻害によって細胞内cAMP濃度の低下が抑えられ、腸管上皮への分化誘導、特に腸管上皮細胞としての機能の獲得が促されることを期待できる。即ち、当該条件は、より機能的な腸管上皮細胞様細胞の調製に有利なものである。cAMP分解酵素阻害剤として、IBMX (3-isobutyl-1-methylxanthine) (MIX)、Theophylline、Papaverine、Pentoxifylline (Trental)、KS-505、8-Methoxymethyl-IBMX、Vinpocetine (TCV-3B)、EHNA、Trequinsin (HL-725)、Lixazinone (RS-82856)、(LY-186126)、Cilostamide (OPC3689)、Bemoradan (RWJ-22867)、Anergrelide (BL4162A)、Indolidan (LY195115)、Cilostazol (OPC-13013)、Milrinone (WIN47203)、Siguazodan (SKF-94836)、5-Methyl-imazodan (CI 930)、SKF-95654、Pirilobendan (UD-CG 115 BS)、Enoximone (MDL 17043)、Imazodan (CL 914)、SKF-94120、Vesnarinone (OPC 8212)、Rolipram (Ro-20-1724)、(ZK-62711)、Denbufyll'ine、Zaprinast (M&B-22, 948)、Dipyridamole、Zaprinast (M&B-22, 948)、Dipyridamole、Zardaverine、AH-21-132、Sulmazol (AR-L 115 BS)を例示することができる。cAMP分解酵素阻害剤の添加濃度の例(IBMXの場合)を示すと、0.05mM~5mM、好ましくは0.1mM~3mM、更に好ましくは0.2mM~1mMである。尚、例示した化合物、即ち、IBMXとは異なる化合物を使用する場合の添加濃度については、使用する化合物の特性と、例示した化合物(IBMX)の特性の相違(特に活性の相違)を考慮すれば、当業者であれば上記濃度範囲に準じて設定することができる。また、設定した濃度範囲が適切であるか否かは、後述の実施例に準じた予備実験によって確認することができる。

【0039】
(a-2)の培養の後に、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下での培養((a-3)の培養)を行うことにしてもよい。この培養の期間は例えば1日間~10日間とする。この培養を行うと腸管上皮細胞への分化促進、成熟化、機能獲得の効果が得られる。

【0040】
<培養工程B>
培養工程Bでは、(b-1)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下、且つcAMPが細胞へ供給される条件下での培養と、当該培養に続く、(b-2)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤、EGF及びcAMP分解酵素阻害剤の存在下での培養を行う。このように、cAMPが細胞へ供給される条件で培養した後、cAMP分解酵素阻害剤が存在する条件で培養すると、腸管上皮細胞への分化促進、成熟化、機能獲得の効果が得られる。(b-1)の培養の期間は例えば3日間~15日間である。同様に、(b-2)の培養の期間は例えば3日間~15日間である。尚、特に説明しない事項(各培養に使用可能な化合物、各化合物の添加濃度等)については、上記の対応する説明が援用される。

【0041】
(b-1)の培養を、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFに加えてcAMP分解酵素阻害剤も存在する条件で行うことにしてもよい。当該条件を採用すると、早い段階から細胞内cAMP濃度の低下が抑えられ、腸管上皮への分化誘導、特に腸管上皮細胞としての機能の獲得が促されることを期待できる。即ち、当該条件は、より機能的な腸管上皮細胞様細胞の効率的な調製に有利なものである。

【0042】
(b-2)の培養の後に、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下での培養((b-3)の培養)を行うことにしてもよい。この培養の期間は例えば1日間~10日間とする。この培養を行うと腸管上皮細胞への分化促進、成熟化、機能獲得の効果が得られる。

【0043】
<培養工程C>
培養工程Cでは、(c-1)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下、且つcAMPが細胞へ供給される条件下での培養を行う。(c-1)の培養の期間は例えば3日間~15日間である。尚、特に説明しない事項(各培養に使用可能な化合物、各化合物の添加濃度等)については、上記の対応する説明が援用される。

【0044】
(c-1)の培養を、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFに加えてcAMP分解酵素阻害剤も存在する条件(cAMPが細胞へ供給される条件も併用される)で行うことにしてもよい。当該条件を採用すると、cAMPを細胞へ供給しつつ、細胞内cAMP濃度の低下を抑えることができる。従って、細胞内cAMPを高レベルに維持するために有効な条件となり、腸管上皮細胞への効率的な分化誘導が促されることを期待できる。

【0045】
(c-1)の培養の後に、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下での培養((c-2)の培養)を行うことにしてもよい。この培養の期間は例えば1日間~10日間とする。この培養を行うと腸管上皮細胞への分化促進、成熟化、機能獲得の効果が得られる。

【0046】
本発明を構成する各工程(工程(1)、(2)、(3)、工程(3)を構成する培養工程A、培養工程B、培養工程C)において、途中で継代培養を行ってもよい。例えばコンフルエント又はサブコンフルエントになった際に細胞の一部を採取して別の培養容器に移し、培養を継続する。分化を促進するために細胞密度を低く設定することが好ましい。例えば1×104個/cm2~1×106個/cm2程度の細胞密度で細胞を播種するとよい。

【0047】
培地交換や継代培養などに伴う、細胞の回収の際には、細胞死を抑制するためにY-27632等のROCK阻害剤(Rho-associated coiled-coil forming kinase/Rho結合キナーゼ)で予め細胞を処理しておくとよい。

【0048】
本発明を構成する各工程における、その他の培養条件(培養温度など)は、動物細胞の培養において一般に採用されている条件とすればよい。即ち、例えば37℃、5%CO2の環境下で培養すればよい。また、基本培地として、イスコフ改変ダルベッコ培地(IMDM)(GIBCO社等)、ハムF12培地(HamF12)(SIGMA社、Gibco社等)、ダルベッコ変法イーグル培地(D-MEM)(ナカライテスク株式会社、シグマ社、Gibco社等)、グラスゴー基本培地(Gibco社等)、RPMI1640培地等を用いることができる。二種以上の基本培地を併用することにしてもよい。工程(2)、工程(3)、工程(3)を構成する培養工程A、培養工程B、培養工程Cにおいては、上皮細胞の培養に適した基本培地(例えばD-MEMとハムF12培地の混合培地、D-MEM)を用いることが好ましい。培地に添加可能な成分の例としてウシ血清アルブミン(BSA)、抗生物質、2-メルカプトエタノール、PVA、非必須アミノ酸(NEAA)、インスリン、トランスフェリン、セレニウムを挙げることができる。典型的には培養皿などを用いて二次元的に細胞を培養する。本発明の方法によれば、二次元培養によってiPS細胞から腸管上皮細胞様細胞を得ることが可能となる。但し、ゲル状の培養基材あるいは3次元培養プレートなどを用いた3次元培養を実施することにしてもよい。

【0049】
本発明の第2の局面は本発明の分化誘導方法で調製した腸管上皮細胞様細胞の用途に関する。第1の用途として各種アッセイが提供される。本発明の腸管上皮細胞様細胞は腸管、特に小腸のモデル系に利用可能であり、腸管、特に小腸での薬物動態(吸収、代謝など)の評価や毒性の評価に有用である。換言すれば、本発明の腸管上皮細胞様細胞は、化合物の体内動態の評価や毒性の評価にその利用が図られる。

【0050】
具体的には、本発明の腸管上皮細胞様細胞を用いて被検物質の吸収性ないし膜透過性、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、薬物トランスポーターの誘導、毒性等を試験することができる。即ち、本発明は、腸管上皮細胞様細胞の用途の一つとして、被検物質の吸収性ないし膜透過性、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、薬物トランスポーターの誘導、毒性等を評価する方法(第1の態様)を提供する。当該方法では、(i)本発明の分化誘導方法で得られた腸管上皮細胞様細胞で構成された細胞層を用意する工程と、(ii)前記細胞層に被検物質を接触させる工程と、(iii)前記細胞層を透過した被検物質を定量し、被検物質の吸収性ないし膜透過性、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、薬物トランスポーターの誘導、又は毒性を評価する工程を行う。尚、被検物質の吸収性については、後述の方法(第2の態様)でも評価することができる。

【0051】
工程(i)では、典型的には、半透過性膜(多孔性膜)の上で腸管上皮細胞様細胞を培養し、細胞層を形成させる。具体的には、例えば、カルチャーインサートを備えた培養容器(例えば、コーニング社が提供するトランスウェル(登録商標))を使用し、カルチャーインサート内に細胞を播種して培養することにより、腸管上皮細胞様細胞で構成された細胞層を得る。

【0052】
工程(ii)での「接触」は、典型的には、培地に被検物質を添加することによって行われる。被検物質の添加のタイミングは特に限定されない。従って、被検物質を含まない培地で培養を開始した後、ある時点で被検物質を添加することにしても、予め被検物質を含む培地で培養を開始することにしてもよい。

【0053】
被検物質には様々な分子サイズの有機化合物又は無機化合物を用いることができる。有機化合物の例として核酸、ペプチド、タンパク質、脂質(単純脂質、複合脂質(ホスホグリセリド、スフィンゴ脂質、グリコシルグリセリド、セレブロシド等)、プロスタグランジン、イソプレノイド、テルペン、ステロイド、ポリフェノール、カテキン、ビタミン(B1、B2、B3、B5、B6、B7、B9、B12、C、A、D、E等)を例示できる。医薬品、栄養食品、食品添加物、農薬、香粧品(化粧品)等の既存成分或いは候補成分も好ましい被検物質の一つである。植物抽出液、細胞抽出液、培養上清などを被検物質として用いてもよい。2種類以上の被検物質を同時に添加することにより、被検物質間の相互作用、相乗作用などを調べることにしてもよい。被検物質は天然物由来であっても、或いは合成によるものであってもよい。後者の場合には例えばコンビナトリアル合成の手法を利用して効率的なアッセイ系を構築することができる。

【0054】
被検物質を接触させる期間は任意に設定可能である。接触期間は例えば10分間~3日間、好ましくは1時間~1日間である。接触を複数回に分けて行うことにしてもよい。

【0055】
工程(iii)では、細胞層を透過した被検物質を定量する。例えば、トランスウェル(登録商標)のようなカルチャーインサートを備えた培養容器を使用した場合には、カルチャーインサートを透過した被検物質、即ち、細胞層を介して上部もしくは下部容器内に移動した被検物質を、被検物質に応じて、質量分析、液体クロマトグラフィー、免疫学的手法(例えば蛍光免疫測定法(FIA法)、酵素免疫測定法(EIA法))等の測定方法で定量する。定量結果(細胞層を透過した被検物質の量)と被検物質の使用量(典型的には培地への添加量)に基づき、被検物質の吸収性ないし膜透過性、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、薬物トランスポーターの誘導、又は毒性を判定・評価する。

【0056】
本発明は別の態様(第2の態様)として、被検物質の代謝又は吸収を評価する方法も提供する。当該方法では、(I)本発明の分化誘導方法で得られた腸管上皮細胞様細胞に被検物質を接触させる工程と、(II)被検物質の代謝若しくは吸収、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、薬物トランスポーターの誘導、又は毒性を測定・評価する工程を行う。

【0057】
工程(I)、即ち腸管上皮細胞様細胞と被検物質の接触は、上記工程(ii)と同様に実施することができる。但し、予め細胞層を形成させることは必須ではない。

【0058】
工程(I)の後、被検物質の代謝若しくは吸収、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、薬物トランスポーターの誘導、又は毒性を測定・評価する(工程(II))。工程(I)の直後、即ち、被検物質の接触の後、実質的な時間間隔を置かずに代謝等を測定・評価しても、或いは、一定の時間(例えば10分~5時間)を経過した後に代謝等を測定・評価することにしてもよい。代謝の測定は、例えば、代謝産物の検出によって行うことができる。この場合には、通常、工程(I)後の培養液をサンプルとして、予想される代謝産物を定性的又は定量的に測定する。測定方法は代謝産物に応じて適切なものを選択すればよいが、例えば、質量分析、液体クロマトグラフィー、免疫学的手法(例えば蛍光免疫測定法(FIA法)、酵素免疫測定法(EIA法))等を採用可能である。

【0059】
典型的には、被検物質の代謝産物が検出されたとき、「被検物質が代謝された」と判定ないし評価する。また、代謝産物の量に応じて被検物質の代謝量を評価することができる。代謝産物の検出結果と、被検物質の使用量(典型的には培地への添加量)に基づき、被検物質の代謝効率を算出することにしてもよい。

【0060】
腸管上皮細胞様細胞における薬物代謝酵素(シトクロムP450(特にCYP3A4)、ウリジン2リン酸-グルクロン酸転移酵素(特にUGT1A8、UGT1A10)、硫酸転移酵素(特にSULT1A3など))の発現を指標として被検物質の代謝を測定することも可能である。薬物代謝酵素の発現はmRNAレベル又はタンパク質レベルで評価することができる。例えば、薬物代謝酵素のmRNAレベルに上昇を認めたとき、「被検物質が代謝された」と判定することができる。同様に、薬物代謝酵素の活性に上昇を認めたとき、「被検物質が代謝された」と判定することができる。代謝産物を指標として判定する場合と同様に、薬物代謝酵素の発現量に基づいて定量的な判定・評価を行うことにしてもよい。

【0061】
被検物質の吸収を評価するためには、例えば、培養液中の被検物質の残存量を測定する。通常、工程(I)後の培養液をサンプルとして被検物質を定量する。測定方法は被検物質に応じて適切なものを選択すればよい。例えば、質量分析、液体クロマトグラフィー、免疫学的手法(例えば蛍光免疫測定法(FIA法)、酵素免疫測定法(EIA法))等を採用可能である。典型的には、培養液中の被検物質の含有量の低下を認めたとき、「被検物質が吸収された」と判定・評価する。また、低下の程度に応じて被検物質の吸収量ないし吸収効率を判定・評価することができる。尚、細胞内に取り込まれた被検物質の量を測定することによっても、吸収の評価は可能である。

【0062】
尚、代謝の測定・評価と吸収の測定・評価を同時に又は並行して行うことにしてもよい。

【0063】
後述の実施例に示す通り、本発明の分化誘導方法で調製した人工多能性幹細胞由来腸管上皮細胞様細胞では、ヒト小腸上皮細胞で発現を認めるムチン2が、小腸のモデル系として頻用されているCaco-2細胞(ヒト結腸癌由来の細胞)とは比較にならないレベルで高発現していることが判明した。この事実は当該細胞が小腸のモデル系として極めて利用価値が高いことを裏づけるとともに、当該細胞を用いたアッセイの指標としてムチン2の発現が有用であることを示す。そこで本発明は、腸管上皮細胞様細胞を用いたアッセイの更なる態様(第3の態様)として、ムチン2の発現を指標とした二つの評価法、即ち、被検物質の消化管粘膜障害作用を評価する方法(第3の態様。以下、「障害作用評価法」と略称することがある)と被検物質の消化管粘膜保護作用を評価する方法(第4の態様。以下、「保護作用評価法」と略称することがある)を提供する。尚、本発明の障害作用評価法は、副作用として粘膜障害(潰瘍)を起こす可能性がある薬物の予測(副作用リスクの予測)に特に有用であり、本発明の保護作用評価法はこの様な副作用又はストレス性潰瘍を抑制する作用を持つ新規薬物のスクリーニングに特に有用である。

【0064】
本発明の障害作用評価法(第3の態様)では、(a)本発明の分化誘導方法で得られた腸管上皮細胞様細胞に被検物質を接触させる工程と、(b)前記腸管上皮細胞様細胞におけるムチン2の発現を検出し、検出結果に基づき被検物質の消化管粘膜障害作用を判定する工程であって、ムチン2の発現低下が認められることが、被検物質が消化管粘膜障害作用を有することの指標となる工程を行う。

【0065】
工程(a)、即ち腸管上皮細胞様細胞と被検物質の接触は、上記態様(第1態様、第2態様)と同様に実施することができる。但し、予め細胞層を形成させることは必須ではない。使用可能な被検物質についても、上記の態様(第1態様及び第2態様)と同様であるため、その説明を省略する。

【0066】
工程(a)に続く工程(b)では、腸管上皮細胞様細胞におけるムチン2の発現を検出し、検出結果に基づき被検物質の消化管粘膜障害作用を判定する。即ち、本発明ではムチン2の発現を利用して被検物質の消化管粘膜障害作用が判定される。より具体的には、ムチン2の発現低下が認められることを、被検物質が消化管粘膜障害作用を有することの指標として用いる。従って、ムチン2の発現低下を認めた場合に被検物質は消化管粘膜障害作用を有すると判定し、ムチン2の発現低下を認めない場合に被検物質は消化管粘膜障害作用を有しないと判定する。ムチン2の発現低下の程度(レベル)に基づき、消化管粘膜障害作用の強さ(程度)を決定することにしてもよい。また、複数の被検物質を用いた場合には、ムチン2の発現低下の程度(レベル)に基づき、各被検物質の消化管粘膜障害作用の強弱を比較評価することにしてもよい。

【0067】
ムチン2は分泌タンパク質である。ムチン2は腸管粘膜の保護に関わっている粘膜質であり、ムチン2の質や量の低下は潰瘍性大腸炎や癌を誘発することが知られている。

【0068】
ムチン2の発現は例えば常法に従って検出すればよい。ムチン2の検出方法として、RT-PCR法やリアルタイムPCR法(mRNAの測定/定量)、蛍光免疫測定法(FIA法)や酵素免疫測定法(EIA法)等の免疫学的手法、質量分析法等を例示することができる。

【0069】
通常は、比較対照として、被検物質に接触させない腸管上皮細胞様細胞(その他の条件は同一とする)(以下、「コントロール」と呼ぶ)を用意し、そのムチン2の発現も検出する。そして、当該コントロールの発現レベルと比較することによって、被検物質がムチン2の発現を低下させたか判断する。このようにコントロールとの比較によって被験物質の消化管粘膜障害作用を判定すれば、より信頼性の高い判定結果が得られる。

【0070】
本発明の保護作用評価法(第4の態様)では、(A)本発明の分化誘導方法で得られた腸管上皮細胞様細胞に被検物質を接触させる工程と、(B)前記腸管上皮細胞様細胞におけるムチン2の発現を検出し、検出結果に基づき被検物質の消化管粘膜保護作用を判定する工程であって、前記物質によるムチン2の発現上昇が認められることが、被検物質が消化管粘膜保護作用を有することの指標となる工程を行う。

【0071】
工程(A)では、腸管上皮細胞様細胞と被検物質の接触が行われる。腸管上皮細胞様細胞と被検物質の接触は、上記態様(第3態様)と同様に実施することができる。

【0072】
使用可能な被検物質については、上記の態様(第1態様及び第2態様)と同様であるため、その説明を省略する。

【0073】
工程(A)に続く工程(B)では、腸管上皮細胞様細胞におけるムチン2の発現を検出し、検出結果に基づき被検物質の消化管粘膜保護作用を判定する。即ち、本発明ではムチン2の発現を利用して被検物質の消化管粘膜保護作用が判定される。より具体的には、ムチン2の発現上昇が認められることを、被検物質が消化管粘膜保護作用を有することの指標に用いる。従って、ムチン2の発現上昇を認めた場合に被検物質は消化管粘膜保護作用を有すると判定し、ムチン2の発現上昇を認めない場合に被検物質は消化管粘膜保護作用を有しないと判定する。ムチン2の発現上昇の程度(レベル)に基づき、消化管粘膜保護作用の強さ(程度)を決定することにしてもよい。また、複数の被検物質を用いた場合には、ムチン2の発現上昇の程度(レベル)に基づき、各被検物質の消化管粘膜保護作用の強弱を比較評価することにしてもよい。

【0074】
上記態様(第3の態様)と同様、より信頼性の高い判定結果を得るため、比較対照(コントロール)を設け、コントロールとの比較によって被検物質の消化管粘膜保護作用を判定することが好ましい。この場合のコントロールとしては、被検物質に接触させない腸管上皮細胞様細胞(その他の条件は同一とする)を用いることができる。

【0075】
当該態様(第4の態様)の評価法は、例えば、薬物の副作用としての粘膜障害又はストレス性潰瘍の予防又は治療用の新規薬物のスクリーニングに有用である。本発明の評価法をスクリーニングに利用する場合には、工程(B)での判定結果に基づき有効な被検物質を選抜する。選択した物質が十分な薬効を有する場合には、当該物質をそのまま腸管粘膜保護薬の有効成分として使用することができる。一方で十分な薬効を有しない場合には化学的修飾などの改変を施してその薬効を高めた上で、腸管粘膜保護薬の有効成分として使用することができる。勿論、十分な薬効を有する場合であっても、更なる薬効の増大を目的として同様の改変を施してもよい。

【0076】
本発明の分化誘導方法で調製した腸管上皮細胞様細胞の第2の用途として腸管上皮細胞様細胞を含有する細胞製剤が提供される。本発明の細胞製剤は各種腸疾患の治療に適用可能である。特に、障害された(機能不全を含む)腸管上皮組織の再生・再建用の材料としての利用が想定される。即ち、再生医療への貢献を期待できる。本発明の細胞製剤は、例えば、本発明の方法によって得られた腸管上皮細胞様細胞を生理食塩水や緩衝液(例えばリン酸系緩衝液)等に懸濁すること、或いは当該細胞を用いて三次元組織体(オルガノイドやスフェロイド)を作製することによって調製することができる。治療上有効量の細胞を投与できるように、一回投与分の量として例えば1×105個~1×1010個の細胞を含有させるとよい。細胞の含有量は、使用目的、対象疾患、適用対象(レシピエント)の性別、年齢、体重、患部の状態、細胞の状態などを考慮して適宜調整することができる。

【0077】
細胞の保護を目的としてジメチルスルホキシド(DMSO)や血清アルブミン等を、細菌の混入を阻止することを目的として抗生物質等を、細胞の活性化、増殖又は分化誘導などを目的として各種の成分(ビタミン類、サイトカイン、成長因子、ステロイド等)を本発明の細胞製剤に含有させてもよい。さらに、製剤上許容される他の成分(例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水など)を本発明の細胞製剤に含有させてもよい。
【実施例】
【0078】
A.ヒトiPS細胞から腸管上皮細胞への分化促進/機能獲得に有用な低分子化合物の探索
生体の腸管上皮細胞に近い機能を示す細胞(腸管上皮細胞様細胞)を簡便且つ低コストで調製することを目指し、従来報告した低分子化合物とは異なる作用を有する新たな低分子化合物のヒトiPS細胞から腸管上皮細胞への分化に対する有用性を検討した。また、有用性が確認された化合物を利用して作製した腸管上皮細胞様細胞の薬物動態学的機能を検討した。
【実施例】
【0079】
1.方法
(1)細胞
ヒトiPS細胞(iPS-51:Windy)は、ヒト胎児肺線維芽細胞MRC-5にoctamer binding protein 3/4(OCT3/4)、sex determining region Y-box 2(SOX2)、kruppel-like factor 4(KLF4)、v-myc myelocytomatosis viral oncogene homolog(avian)(c-MYC)を、パントロピックレトロウイルスベクターを用いて導入後、ヒトES細胞様コロニーをクローン化したものであり、国立成育医療研究センター梅澤明弘博士よりご供与いただいた。フィーダー細胞はマウス胎仔線維芽細胞(MEF)を使用した。
【実施例】
【0080】
(2)培地
MEFの培養には10%ウシ胎仔血清(FBS)、2 mmol/L L-グルタミン(L-Glu)、1%非必須アミノ酸(NEAA)、100 ユニット/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシンを含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)を用いた。MEFの剥離液には0.05%トリプシン-エチレンジアミン四酢酸(EDTA)を、MEFの保存液にはセルバンカー1を用いた。ヒトiPS細胞の維持培養には20%ノックアウト血清代替物(KSR)、0.8% NEAA、2 mmol/L L-Glu、0.1 mmol/L 2-メルカプトエタノール(2-MeE)、5 ng/mL線維芽細胞増殖因子(FGF)2を含むDMEM Ham’s F-12(DMEM/F12)を用いた。ヒトiPS細胞の剥離液には1 mg/mLコラゲナーゼIV、0.25%トリプシン、20% KSR、1 mmol/L塩化カルシウムを含むダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を用いた。ヒトiPS細胞の保存液には霊長類ES/iPS細胞用凍結保存液を用いた。
【実施例】
【0081】
(3)ヒトiPS細胞の培養
ヒトiPS細胞はマイトマイシンC処理を施したMEF(6×105 cells/100 mmディッシュ)上に播種し、5% CO2/95% air条件下CO2インキュベーター中37℃にて培養した。ヒトiPS細胞の継代は、3~5日培養後、1:2~1:3のスプリット比で行った。ヒトiPS細胞は解凍48時間後に培地を交換し、それ以降は毎日交換した。
【実施例】
【0082】
(4)ヒトiPS細胞の腸管上皮細胞への分化
ヒトiPS細胞の腸管上皮細胞への分化は、ヒトiPS細胞が培養ディッシュに対し、未分化コロニーの占める割合が約70%になった状態で開始した。0.5% FBS、100 ng/mLアクチビンA、100ユニット/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシンを含むロズウェルパーク記念研究所(RPMI)+グルタマックス培地で2日間、2% FBS、100 ng/mLアクチビンA、100ユニット/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシンを含むRPMI+グルタマックス培地で1日間培養することで内胚葉に分化させた。その後、2% FBS、1%グルタマックス、250 ng/mL FGF2を含むDMEM/F12で4日間培養することで腸管幹細胞へ分化させた。この処理後、Y-27632(Rho結合キナーゼ阻害剤)を10 μmol/Lとなるように添加し、5% CO2/95% air条件下CO2インキュベーター中37℃にて60分間処理した細胞をアクターゼにて剥離し、あらかじめヒトiPS細胞用培地にて30倍に希釈した、成長因子を除去したマトリゲルにてコートした細胞培養用24ウェルプレートに播種した。その後、2% FBS、2 mmol/L L-Glu、1% NEAA、2% B27 supplement、1% N2 supplement、100ユニット/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシン、20 ng/mL上皮細胞増殖因子(EGF)、10 μmol/L Y-27632を含むDMEM/F12で1日間、2% FBS、2 mmol/L L-Glu、1% NEAA、2% B27 supplement、1% N2 supplement、100ユニット/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシン、20 ng/mL上皮細胞増殖因子(EGF)を含むDMEM/F12で18日間培養することで腸管上皮細胞へ分化させた。薬物代謝酵素の誘導剤処理は、2% FBS、2 mmol/L L-Glu、1% NEAA、2% B27 supplement、1% N2 supplement、100 units/mLペニシリンG、100 μg/mLストレプトマイシン、20 ng/mL EGFを含むDMEM/F12に1α,25-ジヒドロキシビタミンD3(VD3)を10 nmol/L又は100 nmol/L、或いはリファンピシンを10、40、100 μmol/Lとなるよう添加し、回収前48時間培養することで行った。また、分化の際に以前我々が見出した低分子化合物であるPD98059(20 μmol/L)、5-アザ-2’-デオキシシチジン(5 μmol/L)、A-83-01(0.5 μmol/L)に加え、1 mmol/L 8-ブロモ-3’,5’-サイクリックアデノシン一リン酸(8-Br-cAMP)、0.5 mmol/L 3-イソブチル-1-メチルキサンチン(IBMX)を添加し、腸管幹細胞および腸管上皮細胞への分化に及ぼす影響について検討した。
【実施例】
【0083】
(5)総リボ核酸(RNA)抽出
総RNAはヒトiPS細胞の分化誘導終了後、RNeasy(登録商標) Mini Kit(Qiagen)の添付マニュアルに従い抽出した。
【実施例】
【0084】
(6)逆転写反応
相補的DNA(cDNA)の合成は、PrimeScript(登録商標) RT reagent Kit (Perfect Real Time)(タカラバイオ株式会社)を使用した。操作は添付マニュアルに従った。
【実施例】
【0085】
(7)リアルタイム逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(Real-Time RT-PCR)
SYBR(登録商標) Premix Ex Taq II(Perfect Real Time)(タカラバイオ株式会社)を用い、cDNAを鋳型にしてReal-Time RT-PCRを行った。操作は添付マニュアルに従った。内在性コントロールとしてグリセルアルデヒド3リン酸脱水素酵素(GAPDH)を用い、測定結果を補正した。
【実施例】
【0086】
(8)グリシルサルコシン(Gly-Sar)およびエストロン-3-硫酸(ES)の取り込み実験
分化誘導終了後、トリチウムラベルされたGly-SarもしくはESを含む取り込み溶液で37°Cもしくは4°Cにてインキュベーションした。Gly-Sarの取り込み実験では、137 mmol/L塩化ナトリウム、5.4 mmol/L塩化カリウム、0.81 mmol/L硫酸マグネシウム、0.44 mmol/Lリン酸二水素カリウム、0.34 mmol/Lリン酸水素二ナトリウム、1.3 mmol/L塩化カルシウム、4.2 mmol/L炭酸水素ナトリウム、5.6 mmol/L D-グルコース、10 mmol/L MESを含むpH 6.0の取り込み溶液を、ESの取り込み実験では、137 mmol/L塩化ナトリウム、5.4 mmol/L塩化カリウム、0.81 mmol/L硫酸マグネシウム、0.44 mmol/Lリン酸二水素カリウム、0.34 mmol/Lリン酸水素二ナトリウム、1.3 mmol/L塩化カルシウム、4.2 mmol/L炭酸水素ナトリウム、5.6 mmol/L D-グルコース、10 mmol/L HEPESを含むpH 7.4の取り込み溶液を用いた。インキュベーション終了後、氷冷した取り込み溶液で細胞を洗浄することにより取り込みを停止させた。その後、0.5%ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を含む0.2 M水酸化ナトリウム溶液で細胞を可溶化し、シンチレーション溶液を加えた。Gly-SarもしくはESの細胞内取り込み量は、液体シンチレーションカウンターを用いて測定した放射活性より算出した。
【実施例】
【0087】
(9)ヘキスト33342およびジゴキシンの輸送実験
分化誘導終了後、ヘキスト33342もしくはトリチウムラベルされたジゴキシンを含む取り込み溶液をセルカルチャーインサートの頂側膜側もしくは基底膜側に加え、37°Cにてインキュベーションし、溶液を加えた反対側のチャンバーより経時的にサンプリングした。輸送実験では、137 mmol/L塩化ナトリウム、5.4 mmol/L塩化カリウム、0.81 mmol/L硫酸マグネシウム、0.44 mmol/Lリン酸二水素カリウム、0.34 mmol/Lリン酸水素二ナトリウム、1.3 mmol/L塩化カルシウム、4.2 mmol/L炭酸水素ナトリウム、5.6 mmol/L D-グルコース、10 mmol/L HEPESを含むpH 7.4の取り込み溶液を用いた。ヘキスト33342の見かけの膜透過係数は蛍光プレートリーダーを用いて測定した蛍光強度より(励起波長355 nm、蛍光波長460 nm)、ジゴキシンの見かけの膜透過係数は液体シンチレーションカウンターを用いて測定した放射活性より算出した。Efflux ratioは基底膜側から頂側膜側への見かけの膜透過係数を頂側膜側から基底膜側への見かけの膜透過係数で除することで算出した。なお、経上皮電気抵抗(TEER)値はMillicell ERS-2を用いて測定した。
【実施例】
【0088】
(10)薬物代謝実験
分化誘導終了後、100 μmol/Lミダゾラムを含む培地(2 mmol/L L-Glu、1% NEAA、1% N2 supplement、100 ユニット/mLペニシリンG、100 μg/mLストレプトマイシン、20 ng/mL EGFを含むDMEM/F12)で37°Cにてインキュベーションし、所定の時間経過後、培地をサンプリングした。代謝活性は、液体クロマトグラフィー-マススペクトロメーター(LC-MS/MS)を用いて測定した培地中の1-水酸化ミダゾラムの量より算出した。代謝実験終了後、タンパク定量を行い、代謝活性をタンパク量で補正した。
【実施例】
【0089】
本検討で使用したマーカー遺伝子の特徴を以下に示す。
ABCB1/MDR1(ATP結合カセットトランスポーターB1/多剤耐性タンパク1):P糖タンパク質であり、排出トランスポーターとして機能する。
ABCG2/BCRP(ATP結合カセットトランスポーターG2/乳ガン耐性タンパク):排出トランスポーターとして機能する。
CYP3A4(シトクロムP450 3A4):小腸において主要な薬物代謝酵素である。
LGR5(ロイシンリッチリピートを含むGタンパク質共役型受容体):腸管幹細胞のマーカーである。
PXR(プレグナンX受容体):CYP3A4の発現や誘導に関与する。
SLC15A1/PEPT1(SLC(solute carrier)ファミリーメンバー15A1/ペプチドトランスポーター1):小腸の頂側膜側に発現している。
SLCO2B1/OATP2B1(SLC(solute carrier)有機アニオントランスポーター2B1):小腸の頂側膜側に発現している。
Sucrase-isomaltase(スクラーゼ-イソマルターゼ):腸管上皮に存在する二糖分解酵素であり、腸管上皮特異的マーカーである。
UGT1A1(ウリジン2リン酸-グルクロン酸転移酵素1A1):薬物のグルクロン酸抱合に関わる。
UGT1A4(ウリジン2リン酸-グルクロン酸転移酵素1A4):薬物のグルクロン酸抱合に関わる。
Villin 1(ビリン 1):微絨毛の主要な構成成分である。
【実施例】
【0090】
2.結果
(1)腸管上皮細胞への分化条件の検討
ヒトiPS細胞から腸管上皮細胞への分化誘導の際に添加する8-Br-cAMPおよびIBMXの濃度および期間の検討を行った。その結果、8-Br-cAMPは1 mmol/Lで分化開始後8~14日の間に、IBMXは0.5 mmol/Lで分化開始後14~18日目の間に用いることで、排出トランスポーターであるABCB1/MDR1、ペプチドの取り込みトランスポーターであるSCL15A1/PEPT1、主要な薬物代謝酵素であるシトクロムP450(CYP)3A4およびCYP3A4の発現に関与する核内受容体であるプレグナンX受容体(PXR)のmRNA発現レベルが高かった(図1、2)。したがって、8-Br-cAMPの添加は1 mmol/Lの濃度で分化開始後8~14日に、IBMXの添加は0.5 mmol/Lの濃度で分化開始後14~23日に添加することとした。
【実施例】
【0091】
次に、上記の条件で8-Br-cAMPおよびIBMXを添加した際の腸管幹細胞マーカー、腸管マーカーおよび薬物動態関連遺伝子の発現解析を行った。その結果、コントロールと比較してCYP3A4では17倍、ABCB1/MDR1では30倍、PXRでは20倍、SLC15A1/PEPT1では5倍、ウリジン2リン酸-グルクロン酸転移酵素(UGT)1A1では20倍、UGT1A4では40倍、ABCG2/BCRPでは3倍ほどのmRNAの発現が増加した(図3、4)。
【実施例】
【0092】
(2)分化させた腸管上皮細胞様細胞におけるCYP3A4誘導能および活性の評価
CYP3A4の誘導剤である1α,25-ジヒドロキシビタミンD3(VD3)およびリファンピシンを用いて、CYP3A4の発現誘導について検討を行った。その結果、従来の分化法で分化誘導した腸管上皮細胞様細胞および8-Br-cAMPとIBMXを用いて分化誘導した腸管上皮細胞様細胞のいずれにおいても1α,25-ジヒドロキシビタミンD3によるCYP3A4の誘導が認められた(図5)。一方、従来の分化法で分化誘導した腸管上皮細胞様細胞ではリファンピシンによるCYP3A4の発現誘導が認められていなかったが、8-Br-cAMPとIBMXを用いて分化誘導を行うことによって、リファンピシンによる応答性を有するようになった。
【実施例】
【0093】
次に、CYP3A4の代表的な基質であるミタゾラムの代謝物(1-水酸化体)の生成量から、CYP3A4の活性を評価した。その結果、従来の分化法で分化誘導させた腸管上皮細胞と比較して、8-Br-cAMPとIBMXを用いて分化誘導した腸管上皮細胞では、誘導剤未処理の群で、CYP3A4の活性が有意に増加した(図6)。また8-Br-cAMPとIBMXを用いて分化誘導した細胞において、1α,25-ジヒドロキシビタミンD3(VD3)を処理することで、CYP3A4の活性が有意に増加した。
【実施例】
【0094】
(3)分化させた腸管上皮細胞様細胞における取り込みトランスポーターの機能評価
ペプチドの取り込みトランスポーターであるPEPT1の活性を、その基質であるグリシルサルコシン(Gly-Sar)を用いて評価した。また、この取り込みがトランスポーターを介する取り込みでるかどうか評価するため、PEPT1の阻害剤であるイブプロフェン存在下およびトランスポーターの機能が抑制される4℃条件下でも取り込み実験を行った。その結果、従来の分化法で分化誘導した腸管上皮細胞様細胞および8-Br-cAMPとIBMXを用いて分化誘導した腸管上皮細胞様細胞のいずれにおいてもイブプロフェン存在下および4℃条件下では、Gly-Sarの取り込みが有意に低下した(図7)。また従来の分化法と比較して、8-Br-cAMPとIBMXを用いて分化誘導した腸管上皮細胞では、イブプロフェン未処理群(コントロール群)において、Gly-Sarの取り込みが有意に増加したことから、8-Br-cAMPとIBMXを用いて分化誘導を行うことによって、PEPT1活性の上昇が示された。
【実施例】
【0095】
有機アニオントランスポーターであるOATPの活性を、その基質であるエストロン-3-硫酸(ES)を用いて、阻害剤であるブロムスルフタレイン(BSP)の存在下または非存在下で評価した。その結果、8-Br-cAMPとIBMXを用いて分化誘導した腸管上皮細胞様細胞において、BSP存在下でESの取り込みが有意に低下したことから、OATP活性を有していることが示された(図8)。
【実施例】
【0096】
(4)分化させた腸管上皮細胞様細胞における排出トランスポーターの機能評価
8-Br-cAMPとIBMXを用いてセルカルチャーインサート上で分化誘導させた腸管上皮細胞様細胞の経上皮膜抵抗(TEER)値を測定したところ、分化が進むにつれて経時的なTEER値の上昇が認められ、最終的に200-250 Ω×cm2に達した(図9)。
【実施例】
【0097】
セルカルチャーインサート上で分化誘導を行った腸管上皮細胞様細胞を用いて、排出トランスポーターであるBCRPの機能について検討を行った。BCRPの基質としてはヘキスト33342を、阻害剤としてはKo143を用いた。得られた見かけの膜透過係数よりこれらの比を算出し、BCRPの活性を評価した。その結果、従来の分化法で分化誘導した腸管上皮細胞様細胞および8-Br-cAMPとIBMXを用いて分化誘導した腸管上皮細胞様細胞のいずれにおいても、Ko143の処理により見かけの膜透過係数比が低下した(図10)。従来の分化法と比較して、8-Br-cAMPとIBMXを用いて分化誘導した腸管上皮細胞様細胞では、Ko143非存在下において、見かけの膜透過係数比が増加したことから、より高いBCRP活性を有することが示唆された。
【実施例】
【0098】
先ほどと同様、セルカルチャーインサート上で分化誘導を行った腸管上皮細胞様細胞を用いて、排出トランスポーターであるP-gpの機能について検討を行った。P-gpの基質としてはジゴキシンを、阻害剤としてはベラパミルを用いた。その結果、従来の分化法と比較して、8-Br-cAMPとIBMXを用いて分化誘導した腸管上皮細胞では、ベラパミル非存在下において、見かけの膜透過係数比が増加し、ベラパミルの処理によりその比が低下した(図11)。このことから、従来の分化法では検出することができなかったP-gp活性の検出が可能となったことが示された。
【実施例】
【0099】
以上の結果から、cAMPが細胞へ供給される条件(具体的には例えば8-Br-cAMPを培地に添加すること)及び細胞内cAMP濃度の低下を抑える条件(具体的には例えばcAMP分解酵素阻害剤(例えばIBMX)を培地に添加すること)が腸管上皮細胞への分化を促進し、特に、腸管上皮細胞としての機能の獲得(成熟化)に有効であることが明らかとなった。以前に報告した条件、即ち、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤及びTGFβ受容体阻害剤の併用に加え、これらの条件を単独又は組み合わせて用いることにより、より機能的な腸管上皮細胞様細胞を得ることが可能になる。
【実施例】
【0100】
3.まとめ
以上の通り、薬物代謝酵素活性及び誘導能に加え、取り込みおよび排出トランスポーターの輸送機能を有する腸管上皮細胞様細胞をヒトiPS細胞から簡便な方法にて作製することに成功した。また、分化促進及び機能獲得に有効な条件を見出すことに成功した。
【実施例】
【0101】
B.ヒトiPS細胞由来腸管上皮細胞様細胞の特性の検討
iPS細胞由来腸管上皮細胞様細胞の更なる有用性を検討するため、腸管粘膜の保護に関わっている粘膜質であるムチン2に着目し、iPS細胞由来腸管上皮細胞様細胞におけるムチン2の発現状態を調べた。
【実施例】
【0102】
1.方法
<粘膜障害作用>
腸管上皮細胞へと分化させる過程で、NSAIDsとして知られ粘膜障害作用を有するメロキシカム(50μM、200μM)、インドメタシン(75μM、300μM)、ケトプロフェン(200μM、800μM)を6日間添加し、培養することでムチン2の発現変動を検討した。
<粘膜保護作用>
腸管上皮細胞へと分化させる過程で、粘膜保護作用を有するイルソグラジン(10μM、40μM)、レバミピド(50μM、100μM、250μM、1000μM)を6日間添加し、培養することでムチン2の発現変動を検討した。
<RNA抽出>
腸管上皮細胞への分化後の回収終了後、Agencourt(登録商標)RNAdvance Tissue Kitの添付マニュアルに従い抽出した。
<逆転写反応>
相補的DNA(cDNA)の合成は、ReverTra Ace(登録商標) qPCR RT Master Mixを使用し、添付マニュアルに従い行った。
<リアルタイム逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(Real-Time RT-PCR)>
Real-Time RT-PCRはKAPA SYBR Fast qPCR Kitを用い、cDNAを鋳型にして、反応は添付マニュアルに従い行った。結果は内在性コントロールとしてヒポキサンチン-グアニンホスホリボシル トランスフェラーゼ(HPRT)を用いて補正した。
【実施例】
【0103】
2.結果・考察
ムチン2 mRNAの検出結果を図12に示す。本法で調製した腸管上皮細胞様細胞(Control)は、ヒト結腸癌由来のCaco-2細胞(Caco-2)では殆ど発現していないムチン2を高発現していた。その発現量は、市販のヒト小腸由来細胞(SI)の発現量の約70%にも達する。この事実は、本法で調製した腸管上皮細胞様細胞が小腸のモデル系として極めて利用価値が高いことを示す。
【実施例】
【0104】
NSAIDsを添加することで、本法で調製した腸管上皮細胞様細胞のムチン2の発現(mRNAレベル)が低下した(ケトプロフェン-200を除く)。また、NSAIDsの中でもCOX-2選択的阻害剤であるメロキシカムを添加した場合では、他のNSAIDs(非選択的COX阻害剤)と比べてムチン2の発現(mRNAレベル)の低下が緩やかであった。これは、粘膜障害がCOX-1阻害と密接に関係することを反映した結果である。一方で、粘膜保護作用を有することが知られるイルソグラジン、レバミピドを添加した場合では、ムチン2の発現(mRNAレベル)が上昇した。以上の結果は、本法で調製した腸管上皮細胞様細胞が、ムチン2の発現を指標にしたアッセイ(粘膜障害(潰瘍)を起こす薬物の予測(副作用リスクの予測)及び粘膜保護作用を有する薬物のスクリーニング系)に有用であることを示す。
【産業上の利用可能性】
【0105】
本願発明によれば、iPS細胞から、より機能的な腸管上皮細胞様細胞を簡便且つ効率的に調製できる。腸管上皮細胞様細胞は小腸のモデル系として有用であり、吸収・代謝・膜透過性、薬物代謝酵素の誘導、薬物トランスポーターの誘導、毒性の評価等に利用できる。また、各種腸疾患治療用の細胞製剤の有効成分として、或いは再生医療の材料としての利用も期待される。
【0106】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
図面
【図1】
0
【図2】
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【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6
【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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