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明細書 :未分化多能性幹細胞の選択的な除去

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 公開特許公報(A)
公開番号 特開2019-024489 (P2019-024489A)
公開日 平成31年2月21日(2019.2.21)
発明の名称または考案の名称 未分化多能性幹細胞の選択的な除去
国際特許分類 C12N   1/00        (2006.01)
C12N   5/071       (2010.01)
FI C12N 1/00 B
C12N 5/071
請求項の数または発明の数 18
出願形態 OL
全頁数 26
出願番号 特願2018-139267 (P2018-139267)
出願日 平成30年7月25日(2018.7.25)
優先権出願番号 2017149479
優先日 平成29年8月1日(2017.8.1)
優先権主張国 日本国(JP)
発明者または考案者 【氏名】清水 一憲
【氏名】本多 裕之
【氏名】長島 拓則
出願人 【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人名古屋大学
個別代理人の代理人 【識別番号】100114362、【弁理士】、【氏名又は名称】萩野 幹治
審査請求 未請求
テーマコード 4B065
Fターム 4B065AA90X
4B065AA93X
4B065AC20
4B065BB02
4B065BB12
4B065BB14
4B065BB20
4B065BC02
4B065BC12
4B065BC50
4B065CA44
4B065CA46
4B065CA60
要約 【課題】効率的かつ低コストで未分化多能性幹細胞を除去する手段を提供することを課題とする。
【解決手段】分化細胞と未分化多能性幹細胞が混在する細胞群を弱酸性~弱アルカリ性の高張液で処理することにより、未分化多能性幹細胞を選択的に除去する。
【選択図】なし
特許請求の範囲 【請求項1】
分化細胞と未分化多能性幹細胞が混在する細胞群を弱酸性~弱アルカリ性の高張液で処理するステップ、
を含む、未分化多能性幹細胞を選択的に除去する方法。
【請求項2】
前記ステップが、(1)前記細胞群と前記高張液の接触、及び(2)該接触後の細胞群の、前記高張液の1/2以下の浸透圧を有する溶液中での維持、からなる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記高張液の浸透圧が600 mOsm/kg~1900 mOsm/kgである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記高張液が、アミノ酸、糖、無機塩類、及びビタミンからなる群より選択される一以上の成分を培地に過剰に添加した溶液である、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記成分の添加量が300 mM~1600 mMである、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記溶液の浸透圧が、前記高張液の浸透圧の1/2~1/6である、請求項2に記載の方法。
【請求項7】
前記高張液のpHが6.0~7.6である、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記高張液のpHが6.0~7.5である、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記高張液のpHが6.2~7.3である、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記高張液が、以下の(a)~(g)のいずれかの溶液である、請求項4又は5に記載の方法:
(a) 前記成分としてL-アラニンを添加したpH6.5~pH7.2の溶液;
(b) 前記成分としてD-アラニンを添加したpH6.9~pH7.3の溶液;
(c) 前記成分としてβ-アラニンを添加したpH6.9~pH7.3の溶液;
(d) 前記成分としてL-セリンを添加したpH6.7~pH7.0の溶液;
(e) 前記成分としてグリシンを添加したpH6.5~pH7.6の溶液;
(f) 前記成分としてグルコースを添加したpH6.7~pH7.1の溶液;
(g) 前記成分としてグリシンを添加したpH7.2の溶液。
【請求項11】
前記ステップにおける処理時間が60秒~24時間である、請求項1~10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
前記ステップを2回以上繰り返す、請求項1~11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
前記細胞群が、多能性幹細胞を特定の細胞系譜に沿って分化するように誘導して得られる、請求項1~12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
前記分化細胞が線維芽細胞、血管内皮細胞、肝細胞、肝非実質細胞、心筋細胞、骨格筋細胞、筋衛星細胞、腎細胞、神経細胞、グリア細胞、平滑筋細胞、網膜色素上皮細胞、間葉系幹細胞、毛乳頭細胞、リンパ管内皮細胞、及び生殖細胞からなる群より選択される細胞である、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記多能性幹細胞が人工多能性幹細胞である、請求項1~14のいずれか一項に記載の方法。
【請求項16】
前記人工多能性幹細胞がヒト細胞である、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記ステップ後に残存する細胞を回収するステップ、を更に含む、請求項1~16のいずれか一項に記載の方法。
【請求項18】
請求項1~17のいずれか一項に記載の方法で得られた、未分化多能性幹細胞の含有量が低減した、又は未分化多能性幹細胞を含まない、細胞群。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は多能性幹細胞(特に、人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem:iPS))の利用・応用に有用な技術に関する。詳細には、未分化多能性幹細胞(例えばiPS細胞)が混在する細胞群(細胞集団)から未分化多能性幹細胞を選択的に除去する技術及びその用途等に関する。
【背景技術】
【0002】
iPS細胞には医薬品の開発、再生医療、基礎研究など、様々な分野での応用が期待されている。iPS細胞を適切な条件で培養すると、特定の細胞系譜に沿って分化する。分化誘導によって得られた細胞群には、通常、未分化のiPS細胞が残存する。未分化iPS細胞は生体に移植された際、増殖・分化しテラトーマ(奇形種)を形成する可能性がある。そのため、再生医療用の材料として利用される場合等では、iPS細胞由来分化細胞群には未分化iPS細胞が含まれないことが望ましい。
【0003】
上記の問題への対策として、細胞表面に特異的な分子を利用して細胞を分離する技術がある。例えば、抗体やレクチンなどの標的認識分子を利用して標的分子を蛍光ラベルし、蛍光強度差を指標にセルソーターを用いて分離する方法が知られている。また、蛍光の代わりに磁気ビーズでラベルし、磁力によって分離する方法や、標的認識分子に薬剤などを結合し、細胞選択的に薬剤による細胞死を誘導する方法(特許文献1)もある。更には、未分化iPS細胞と分化細胞の栄養要求性の違いを利用して分離する方法(例えば非特許文献1)も提案されている。
【先行技術文献】
【0004】

【特許文献1】国際公開第2014/26146号パンフレット
【特許文献2】国際公開第2010/114136号パンフレット
【特許文献3】国際公開第2018/074457号パンフレット
【0005】

【非特許文献1】Cell Stem Cell 12(1) p127-137. 2013
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
以上のように、未分化iPS細胞が残存するという問題への対策はいくつか存在する。しかしながら、抗体やレクチンなどの標的結合分子を用いる方法は標的結合分子の調製が煩雑であり、多くの費用もかかる。また、生体に移植される細胞群に標的結合分子が混在ないし残存する可能性を完全には否定できない。セルソーターを用いた方法には処理時間の問題の他、高額であること、設置場所を確保する必要があること(特に複数台を使用して並列処理する場合に問題となる)、熟練したオペレーターの確保が困難なこと等、解決すべき問題が多い。更には、処理に供する細胞群が浮遊単細胞状態でない場合(例えば三次元的構造体を形成している場合)への適用が困難である。磁力を利用して分離する方法にも同様の問題がある。一方、栄養要求性の違いを利用して分離する方法では、その適用が特定の細胞種に限定されることに加え、分化誘導の際に選択培地を用いるため分化効率に影響し、十分な数の分化細胞を回収できない場合がある。以上の問題は、ES細胞等、iPS細胞と同様に臨床応用が検討されている多能性幹細胞にも共通する。
【0007】
そこで本発明は、効率的かつ低コストで未分化多能性幹細胞を除去する新たな手段を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決すべく検討を進める中、本発明者らは簡便性、低コスト及び安全性を重視し、アミノ酸の使用に着眼した。具体的には、高濃度のアミノ酸で処理することで未分化iPS細胞を選択的に死滅/除去できないか検討した。アミノ酸としてL-アラニンを用いた実験の結果、高濃度アミノ酸溶液による処理によって未分化iPS細胞が選択的に(即ち、混在する分化細胞を生存させたままで)死滅する現象が認められるとともに、その効果と条件(pH、アミノ酸濃度、処理時間)との間の規則性が見出された。更に検討を進めたところ、別のアミノ酸(D-アラニン、β-アラニン、グリシン)のみならず、糖(グルコース)を使用した場合であっても同様の効果が得られることが判明した。一方、処理の際の細胞の形態を注意深く観察したところ、高濃度アミノ酸溶液への接触(曝露)によって未分化iPS細胞が収縮し、その後に通常の培地中に戻した際に膨張(復元)するという形態変化が認められた(分化細胞では顕著な形態変化は認められなかった)。
【0009】
以上の実験結果を総合的に考察した結果、未分化iPS細胞が混在する細胞群を高浸透圧の条件で処理することが、未分化iPS細胞を選択的に死滅・除去する手段として有効であることが示唆された。また、高浸透圧の条件を形成するために、アミノ酸や糖などを高濃度で含有する高張液を使用できることが実証された。更に、高張液で処理する際に、pH条件が重要であることも明らかとなった。一方、細胞群を構成する分化細胞の細胞種をかえた場合、及び浮遊状態の細胞群を用いた場合においても同様の効果が得られた事実から、高張液で処理することで未分化iPS細胞を死滅・除去するという戦略が汎用性に優れることも判明した。
【0010】
ここで、理論に拘泥するわけではないが、高張液と接触した未分化iPS細胞にはエンドサイトーシスを介して溶質(アミノ酸等)が大量に取り込まれ、その後、通常の培養条件に戻した際、細胞内外の浸透圧の差から、培養液が急激且つ過度に細胞内へと流入し、その結果、細胞が傷害されると予想される(図20を参照)。実際、未分化iPS細胞が死滅する際の形態観察などの結果(後述の実施例の欄を参照)はこの予想を支持するものであった。分化細胞の場合には、細胞膜における輸送機構や排出機構等が発達していることで、細胞死をもたらすほどの溶媒の細胞内への取り込み/培養液の流入が生じないと考えられる。
【0011】
上記の理論及び考察に基づけば、iPS細胞に対して認められた事象は、同様に未分化な多能性幹細胞であるES細胞等でも生じると予想できる。従って、高浸透圧条件での処理は、他の未分化多能性幹細胞を選択的に死滅・除去する手段としても有効であるといえる。
【0012】
ところで、多能性幹細胞から高純度の心筋細胞を調製するための手段として、高張液で培養することにより、多能性幹細胞と多能性幹細胞由来の心筋細胞以外の細胞に細胞死を誘導する方法も提案されている(特許文献2)。この方法は心筋細胞の調製に特化したものである(換言すれば適用範囲が限定されている)点、目的の細胞(心筋細胞)以外については、分化細胞にも細胞死を誘導させる点等において、本願で開示される、「未分化多能性幹細胞を選択的に除去する方法」とは明確かつ決定的に相違する。未分化幹細胞の除去にターゲットを絞ったものとして、脂肪酸合成阻害剤、脂肪酸利用阻害剤又はコレステロール合成阻害剤を利用した培養方法も提案されているが(特許文献3)、簡便性、使用する成分の細胞への影響、移植後に残存する成分の問題などが懸念される。
【0013】
以下の発明は、主として上記の成果及び考察に基づく。
[1]分化細胞と未分化多能性幹細胞が混在する細胞群を弱酸性~弱アルカリ性の高張液で処理するステップ、
を含む、未分化多能性幹細胞を選択的に除去する方法。
[2]前記ステップが、(1)前記細胞群と前記高張液の接触、及び(2)該接触後の細胞群の、前記高張液の1/2以下の浸透圧を有する溶液中での維持、からなる、[1]に記載の方法。
[3]前記高張液の浸透圧が600 mOsm/kg~1900 mOsm/kgである、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]前記高張液が、アミノ酸、糖、無機塩類、及びビタミンからなる群より選択される一以上の成分を培地に過剰に添加した溶液である、[1]~[3]のいずれか一項に記載の方法。
[5]前記成分の添加量が300 mM~1600 mMである、[4]に記載の方法。
[6]前記溶液の浸透圧が、前記高張液の浸透圧の1/2~1/6である、[2]に記載の方法。
[7]前記高張液のpHが6.0~7.6である、[1]~[6]のいずれか一項に記載の方法。
[8]前記高張液のpHが6.0~7.5である、[1]~[6]のいずれか一項に記載の方法。
[9]前記高張液のpHが6.2~7.3である、[1]~[6]のいずれか一項に記載の方法。
[10]前記高張液が、以下の(a)~(g)のいずれかの溶液である、[4]又は[5]に記載の方法:
(a) 前記成分としてL-アラニンを添加したpH6.5~pH7.2の溶液;
(b) 前記成分としてD-アラニンを添加したpH6.9~pH7.3の溶液;
(c) 前記成分としてβ-アラニンを添加したpH6.9~pH7.3の溶液;
(d) 前記成分としてL-セリンを添加したpH6.7~pH7.0の溶液;
(e) 前記成分としてグリシンを添加したpH6.5~pH7.6の溶液;
(f) 前記成分としてグルコースを添加したpH6.7~pH7.1の溶液;
(g) 前記成分としてグリシンを添加したpH7.2の溶液。
[11]前記ステップにおける処理時間が60秒~24時間である、[1]~[10]のいずれか一項に記載の方法。
[12]前記ステップを2回以上繰り返す、[1]~[11]のいずれか一項に記載の方法。
[13]前記細胞群が、多能性幹細胞を特定の細胞系譜に沿って分化するように誘導して得られる、[1]~[12]のいずれか一項に記載の方法。
[14]前記分化細胞が線維芽細胞、血管内皮細胞、肝細胞、肝非実質細胞、心筋細胞、骨格筋細胞、筋衛星細胞、腎細胞、神経細胞、グリア細胞、平滑筋細胞、網膜色素上皮細胞、間葉系幹細胞、毛乳頭細胞、リンパ管内皮細胞、及び生殖細胞からなる群より選択される細胞である、[13]に記載の方法。
[15]前記多能性幹細胞が人工多能性幹細胞である、[1]~[14]のいずれか一項に記載の方法。
[16]前記人工多能性幹細胞がヒト細胞である、[15]に記載の方法。
[17]前記ステップ後に残存する細胞を回収するステップ、を更に含む、[1]~[16]のいずれか一項に記載の方法。
[18][1]~[17]のいずれか一項に記載の方法で得られた、未分化多能性幹細胞の含有量が低減した、又は未分化多能性幹細胞を含まない、細胞群。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】L-アラニン濃度と曝露時間による細胞生存率変化。(a) 1時間の培養、(b) 2時間の培養、(c) 4時間の培養、(d) 24時間の培養。
【図2】共培養条件での実験結果。L-アラニン添加(1.2M)培地でヒト未分化iPS細胞とヒト正常線維芽細胞を共培養した。(a)~(c) 培養前、(d)~(f) 培養72時間後。
【図3】基質の種類とpHの影響。様々なpHに調整したL-アラニン添加(1.2M)培地でヒト未分化iPS細胞とヒト正常線維芽細胞を培養した。(a) 未分化iPS細胞の生存率、(b) 線維芽細胞の生存率。
【図4】基質の種類とpHの影響。様々なpHに調整したD-アラニン添加(1.2M)培地又はD-アラニン添加(1.2M)培地でヒト未分化iPS細胞とヒト正常線維芽細胞を培養した。(a) D-アラニン添加(1.2M)培地で培養した未分化iPS細胞の生存率、(b) D-アラニン添加(1.2M)培地で培養した線維芽細胞の生存率、(c) β-アラニン添加(1.2M)培地で培養した未分化iPS細胞の生存率、(d) D-アラニン添加(1.2M)培地で培養した線維芽細胞の生存率。
【図5】基質の種類とpHの影響。様々なpHに調整したL-セリン添加(1.2M)培地又はグリシン添加(1.2M)培地でヒト未分化iPS細胞とヒト正常線維芽細胞を培養した。(a) L-セリン添加(1.2M)培地で培養した未分化iPS細胞の生存率、(b) L-セリン添加(1.2M)培地で培養した線維芽細胞の生存率、(c) グリシン添加(1.2M)培地で培養した未分化iPS細胞の生存率、(d) グリシン添加(1.2M)培地で培養した線維芽細胞の生存率。
【図6】基質の種類とpHの影響。様々なpHに調整したD-グルコース添加(1.2M)培地でヒト未分化iPS細胞とヒト正常線維芽細胞を培養した。(a) D-グルコース添加(1.2M)培地で培養した未分化iPS細胞の生存率、(b) D-グルコース添加(1.2M)培地で培養した線維芽細胞の生存率。
【図7】浮遊培養細胞への効果。L-アラニン添加(1.2M)培地で未分化iPS細胞を浮遊培養した。
【図8】共培養(ヒト未分化iPS細胞とヒト正常線維芽細胞)の分離効率。L-アラニン添加(1.2M)培地を使用し、ヒト未分化iPS細胞とヒト正常線維芽細胞を所定の細胞比率で共培養した。(a) コントロール、細胞の比率(iPS細胞:線維芽細胞)は1:1、(b) コントロール、細胞の比率は1:2、(c) コントロール、細胞の比率は1:4、(d) L-アラニン添加(1.2M)培地で培養、細胞の比率は1:1、(e) L-アラニン添加(1.2M)培地で培養、細胞の比率は1:2、(f) L-アラニン添加(1.2M)培地で培養、細胞の比率は1:4。
【図9】繰返し処理の効果。ヒト未分化iPS細胞とヒト正常線維芽細胞を所定の細胞比率で共培養し((a)、(d)、(g))、その後、L-アラニン添加(1.2M)培地に1回((b)、(e)、(h))又は2回((c)、(f)、(i))曝露した。
【図10】iPS細胞由来線維芽様細胞に対する効果。iPS細胞を既報の方法で線維芽細胞に分化誘導した。 (a) 分化後の細胞、(b) 線維芽細胞(比較)。
【図11】iPS細胞由来線維芽様細胞に対する効果。iPS細胞由来線維芽様細胞をL-アラニン添加(1.2M)培地で培養した。(a)-i: 未処理の未分化iPS細胞、(a)-ii: L-アラニン添加培地で処理後の未分化iPS細胞、(a)-iii: 未処理のiPS由来線維芽様細胞、(a)-iv: L-アラニン添加培地で処理後のiPS由来線維芽様細胞。(b) 細胞生存率の比較。
【図12】共培養(ヒト未分化iPS細胞とiPS細胞由来線維芽様細胞)からの選択的分離。未分化iPS細胞とiPS由来線維芽様細胞を通常の培地((a)~(d))又はL-アラニン添加(1.2M)培地((e)~(h))で共培養した。
【図13】他の細胞種(血管内皮細胞)での効果。ヒト臍帯静脈由来血管内皮細胞(HUVEC)をL-アラニン添加(1.2M)培地で培養し、ヒト皮膚線維芽細胞(NHDF)及びヒト未分化iPS脂肪(201B7)と比較した。
【図14】温度の影響。ヒト未分化iPS細胞を37℃又は4℃の温情条件下、L-アラニン添加(1.2M)培地で培養した。
【図15】細胞形態の変化。ヒト未分化iPS細胞を37℃((a)~(d))又は4℃((e)~(h))の温情条件下、L-アラニン添加(1.2M)培地で培養し、経時的に形態を観察した。
【図16】膨張したiPS細胞の死滅のタイミング。ヒト未分化iPS細胞をL-アラニン添加(1.2M)培地で培養した後、通常の培地に交換した。死細胞を染色するPropidium Iodide (PI)を加え、30分後から30分おきに写真を撮影した。(a) 30分後、(b) 90分後、(c) 210分後、(d) 330分後。
【図17】グリシン濃度による細胞生存率変化。様々な濃度のグリシン添加培地でヒト未分化iPS細胞とヒト正常線維芽細胞を培養した。
【図18】L-アラニン添加培地に各種細胞を曝露した場合(2時間の培養)の細胞生存率の比較。201B7:ヒトiPS細胞、ehiPSCs:ヒトiPS細胞、hFBs:ヒト線維芽細胞、hSkMC:ヒト骨格筋細胞、iCMs:ヒトiPS細胞由来心筋細胞。
【図19】培地のpHの影響。pH調整を省略した培地(D-グルコース、スクロース又はD-マンニトールを添加した培地)でヒト未分化iPS細胞(201B7)とヒト正常線維芽細胞(NHDF)を培養し、細胞生存率を評価した。(a)グルコース添加培地を使用、(b)スクロース添加培地を使用、(c)マンニトール添加培地を使用。
【図20】本発明の処理による作用効果の説明。高浸透圧処理が細胞にもたらす影響は以下の通り推察される。iPS細胞は、通常の状態(a)から高張液(例えば高濃度アミノ酸添加培地)に曝露されることによって、浸透圧によって細胞内の水が細胞外に移り(b)、収縮した状態(c)となる。iPS細胞は高張液に曝露されている間に何らかの分子の細胞内濃度を上昇させている(d)と考えられる。その後、通常の培地に復帰した際に水の流入が起き(e)、膨張して死滅する(f)と考えられる。これに対して分化細胞(例えばNHDF)は、これまでの観察結果より、細胞内分子濃度の上昇は起こっているが、何らかの原因で「急激な」水の流入が阻害されているために緩やかに体積が復元し、死を免れると考えられる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、未分化多能性幹細胞を選択的に除去する方法に関する。本発明は、分化細胞と未分化多能性幹細胞が混在する細胞群から未分化多能性幹細胞を効率的に除去する手段として有用である。分化細胞と未分化多能性幹細胞が混在する細胞群に対して本発明を適用すると、未分化多能性幹細胞が選択的に死滅し、未分化多能性幹細胞の含有量(混在率)が低減した細胞群、又は未分化多能性幹細胞を含まない細胞群を得ることができる。この点に注目すれば、未分化多能性幹細胞の混在率が低い、即ち、高品質の細胞群を得るための手段(細胞群の調製方法)として本発明の方法を捉えることができる。従って、典型的には、本発明に特徴的なステップ(分化細胞と未分化多能性幹細胞が混在する細胞群を弱酸性~弱アルカリ性の高張液で処理するステップ)の後、残存する細胞が回収されることになる。

【0016】
本発明は未分化多能性幹細胞に対する高い選択性を発揮する。本発明の選択性は、例えば70%以上、好ましくは80%以上、更に好ましくは90%以上である。このように、用語「選択性」は、完全な選択性(即ち、100%の選択性)のみを意味するものではない。尚、「選択性」は、本発明を適用した際に死滅した細胞の数に基づき、以下の計算式で算出することができる。
選択性(%)={(死滅した未分化多能性幹細胞の数)/(死滅した未分化多能性幹細胞の数+死滅した分化細胞の数)}×100

【0017】
本発明では、分化細胞と未分化多能性幹細胞が混在する細胞群を弱酸性~弱アルカリ性の高張液で処理するステップを行う。

【0018】
本発明が適用される細胞群は、分化細胞と未分化多能性幹細胞が混在する細胞群である。典型的には、未分化多能性幹細胞を、特定の細胞系譜(例えば血液細胞系譜、神経細胞系譜、肝細胞系譜、腎細胞系譜、心臓細胞系譜、筋細胞系譜、生殖細胞系譜、毛細胞系譜など)に沿って分化するように誘導することによって、本発明が適用される「細胞群」が得られるが、これに限定されるものではない。例えば、未分化多能性幹細胞を分化誘導して得られた細胞群を更なる処理(例えば、他の細胞又は細胞群との混合、遺伝子・核酸導入、タンパク質導入、ペプチド導入、活性化、選別)に供した後の細胞群に対して本発明を適用することも可能である。尚、以下の説明において、特に言及しない場合の「細胞群」は、本発明が適用される細胞群、即ち、分化細胞と未分化多能性幹細胞が混在する細胞群を意味する。

【0019】
特定の細胞系譜に沿ったiPSの分化は、過去の報告や成書等を参考にして行えばよい。例えば代表的な未分化多能性幹細胞であるiPS細胞を特定の細胞へと分化誘導する方法は多数報告されている(例えば、血管内皮細胞への分化誘導についてYamamizu et al.: Stem Cells, 30: 687-696, 2012等が参考になり、肝細胞への分化誘導についてAsplund et al.: Stem cell Reviews and Reports, 12: 90-104, 2016等が参考になり、神経幹細胞への分化誘導についてOkada et al.: Stem Cells, 26: 3086-3098, 2008等が参考になり、心筋細胞への分化誘導についてMasumoto et al.: Stem Cells, 30: 1196-1205, 2012等が参考になる)。例えば、未分化多能性幹細胞(典型的にはiPS細胞)を血管内皮細胞へ分化誘導して得られた細胞群、未分化多能性幹細胞(典型的にはiPS細胞)を肝細胞へ分化誘導して得られた細胞群、未分化多能性幹細胞(典型的にはiPS細胞)を心筋細胞へ分化誘導して得られた細胞群等を本発明における「細胞群」として採用することができる。

【0020】
分化細胞の細胞種は特に限定されない。細胞種の例を挙げれば、線維芽細胞、血管内皮細胞、肝細胞、肝非実質細胞、心筋細胞、骨格筋細胞、筋衛星細胞、腎細胞、神経細胞、グリア細胞、平滑筋細胞、網膜色素上皮細胞、間葉系幹細胞、毛乳頭細胞、リンパ管内皮細胞、及び生殖細胞である。本発明が適用される細胞群の中に2種類以上の分化細胞が含まれていても良い。用語「分化細胞」は、目的の細胞(回収され、各種用途に利用される細胞)を、未分化多能性幹細胞と区別するために使用される。従って、分化細胞は、未分化多能性幹細胞と明確に区別される程度に分化している必要がある一方で、当該条件を満たせば、その分化度ないし成熟度は特に限定されない。従って、最終分化した細胞に限らず、その前駆細胞や、更に分化度の低い体性幹細胞(成体幹細胞)も、「分化細胞」に該当し得る。但し、好ましくは、最終分化した細胞を「分化細胞」として含む細胞群、或いは最終分化した細胞とその前駆細胞を「分化細胞」として含む細胞群、に対して本発明が適用される。

【0021】
「多能性幹細胞」とは、生体を構成するすべての細胞に分化しうる能力(分化多能性)と、細胞分裂を経て自己と同一の分化能を有する娘細胞を生み出す能力(自己複製能)とを併せ持つ細胞をいう。分化多能性は、評価対象の細胞を、ヌードマウスに移植し、三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)のそれぞれの細胞を含むテラトーマ形成の有無を試験することにより、評価することができる。

【0022】
多能性幹細胞として、胚性幹細胞(ES細胞)、胚性生殖細胞(EG細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)等を挙げることができるが、分化多能性及び自己複製能を併せ持つ細胞である限り、これに限定されない。

【0023】
ES細胞は、例えば、着床以前の初期胚、当該初期胚を構成する内部細胞塊、単一割球等を培養することによって樹立することができる(Manipulating the Mouse Embryo A Laboratory Manual, Second Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press(1994) ;Thomson,J. A. et al.,Science,282, 1145-1147(1998))。初期胚として、体細胞の核を核移植することによって作製された初期胚を用いてもよい(Wilmut et al.(Nature, 385, 810(1997))、Cibelli et al. (Science, 280, 1256(1998))、入谷明ら(蛋白質核酸酵素, 44, 892 (1999))、Baguisi et al. (Nature Biotechnology, 17, 456 (1999))、Wakayama et al. (Nature, 394, 369 (1998); Nature Genetics, 22, 127 (1999); Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 14984 (1999))、Rideout III et al. (Nature Genetics, 24, 109 (2000)、Tachibana et al. (Human Embryonic Stem Cells Derived by Somatic Cell Nuclear Transfer, Cell (2013) in press)。初期座として、単為発生胚を用いてもよいKim et al. (Science, 315, 482-486 (2007))、Nakajima et al. (Stem Cells, 25, 983-985 (2007))、Kim et al. (Cell Stem Cell, 1, 346-352 (2007))、Revazova et al. (Cloning Stem Cells, 9, 432-449 (2007))、Revazova et al.(Cloning Stem Cells, 10, 11-24 (2008))。上掲の論文の他、ES細胞の作製についてはStrelchenko N., et al. Reprod Biomed Online. 9: 623-629, 2004;Klimanskaya I., et al. Nature 444: 481-485, 2006;Chung Y., et al. Cell Stem Cell 2: 113-117, 2008;Zhang X., et al Stem Cells 24: 2669-2676, 2006;Wassarman, P.M. et al. Methods in Enzymology, Vol.365, 2003等が参考になる。尚、ES細胞と体細胞の細胞融合によって得られる融合ES細胞も、本発明に用いられるES細胞に該当する。

【0024】
ES細胞の中には、保存機関から入手可能なもの、或いは市販されているものもある。例えば、ヒトES細胞については京都大学再生医科学研究所(例えばKhES-1、KhES-2及びKhES-3)、WiCell Research Institute、ESI BIOなどから入手可能である。

【0025】
EG細胞は、始原生殖細胞を、LIF、bFGF、SCFの存在下で培養すること等により樹立することができる(Matsui et al., Cell, 70, 841-847 (1992)、Shamblott et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 95 (23), 13726-13731 (1998)、Turnpenny et al., Stem Cells, 21(5), 598-609, (2003))。

【0026】
「iPS細胞」とは、初期化因子の導入などにより体細胞(例えば線維芽細胞、皮膚細胞、リンパ球等)をリプログラミングすることによって作製される、分化多能性と自己複製能を有する細胞である。iPS細胞はES細胞に近い性質を示す。iPS細胞の作製に使用する体細胞は特に限定されず、分化した体細胞でもよいし、未分化の幹細胞でもよい。iPS細胞は、これまでに報告された各種方法によって作製することができる。また、今後開発されるiPS細胞作製法を適用することも当然に想定される。

【0027】
iPS細胞作製法の最も基本的な手法は、転写因子であるOct3/4、Sox2、Klf4及びc-Mycの4因子を、ウイルスを利用して細胞へ導入する方法である(Takahashi K, Yamanaka S: Cell 126 (4), 663-676, 2006; Takahashi, K, et al: Cell 131 (5), 861-72, 2007)。ヒトiPS細胞についてはOct4、Sox2、Lin28及びNonogの4因子の導入による樹立の報告がある(Yu J, et al: Science 318(5858), 1917-1920, 2007)。c-Mycを除く3因子(Nakagawa M, et al: Nat. Biotechnol. 26 (1), 101-106, 2008)、Oct3/4及びKlf4の2因子(Kim J B, et al: Nature 454 (7204), 646-650, 2008)、或いはOct3/4のみ(Kim J B, et al: Cell 136 (3), 411-419, 2009)の導入によるiPS細胞の樹立も報告されている。また、遺伝子の発現産物であるタンパク質を細胞に導入する手法(Zhou H, Wu S, Joo JY, et al: Cell Stem Cell 4, 381-384, 2009; Kim D, Kim CH, Moon JI, et al: Cell Stem Cell 4, 472-476, 2009)も報告されている。一方、ヒストンメチル基転移酵素G9aに対する阻害剤BIX-01294やヒストン脱アセチル化酵素阻害剤バルプロ酸(VPA)或いはBayK8644等を使用することによって作製効率の向上や導入する因子の低減などが可能であるとの報告もある(Huangfu D, et al: Nat. Biotechnol. 26 (7), 795-797, 2008; Huangfu D, et al: Nat. Biotechnol. 26 (11), 1269-1275, 2008; Silva J, et al: PLoS. Biol. 6 (10), e 253, 2008)。遺伝子導入法についても検討が進められ、レトロウイルスの他、レンチウイルス(Yu J, et al: Science 318(5858), 1917-1920, 2007)、アデノウイルス(Stadtfeld M, et al: Science 322 (5903), 945-949, 2008)、プラスミド(Okita K, et al: Science 322 (5903), 949-953, 2008)、トランスポゾンベクター(Woltjen K, Michael IP, Mohseni P, et al: Nature 458, 766-770, 2009; Kaji K, Norrby K, Pac a A, et al: Nature 458, 771-775, 2009; Yusa K, Rad R, Takeda J, et al: Nat Methods 6, 363-369, 2009)、或いはエピソーマルベクター(Yu J, Hu K, Smuga-Otto K, Tian S, et al: Science 324, 797-801, 2009)を遺伝子導入に利用した技術が開発されている。

【0028】
iPS細胞への形質転換、即ち初期化(リプログラミング)が生じた細胞はOCT3/4、SOX2、NANOG、GDF3(growth and differentiation factor 3)、REX1(reduced expression 1)、FGF4(fibroblast growth factor 4)、ESG1(embryonic cell-specific gene 1)等の多能性幹細胞マーカー(未分化マーカー)の発現などを指標として選択することができる。

【0029】
iPS細胞は、例えば、国立大学法人京都大学又は独立行政法人理化学研究所バイオリソースセンターから提供を受けることもできる。

【0030】
本発明における多能性幹細胞は、好ましくはヒト細胞であるが、他の動物種(例えば、マウス、アカゲザル)の化多能性幹細胞を排除するものではない。

【0031】
「未分化多能性幹細胞」とは、多能性を維持した状態で存在している多能性幹細胞であり、未分化マーカーを発現していることで特定することができる。

【0032】
上記の通り本発明では、弱酸性~弱アルカリ性の高張液で処理するステップが行われる。「高張液で処理する」とは、処理対象の細胞群を一時的に高張液に接触させることを意味し、高張液への接触の後に細胞群を接触前の培養環境等に戻した際、本発明に特有の作用効果、即ち、未分化多能性幹細胞の選択的な死滅が生じる。高張液による処理(以下、「高浸透圧処理」と呼ぶ)は、培養中の細胞群の培養液を高張液に交換すること、培養液にアミノ酸等を添加し、培養液を高張液にすること、細胞群を回収し、高張液に浸漬(添加)すること等によって行うことができる。

【0033】
高浸透圧処理には、弱酸性~弱アルカリ性の高張液が用いられる。言い換えれば、所定のpH範囲内になるようにpH調整した高張液を用いて高浸透圧処理を行う。例えばpH6.0~7.6、好ましくはpH6.0~7.5、更に好ましくはpH6.2~7.3、一層好ましくはpH6.5~7.3の高張液が用いられる。処理対象の細胞群(特に、その中に含まれる分化細胞)の細胞種や高張液の作製に使用する成分等によって好ましいpH範囲は変動し得るが、本明細書中の教示に基づけば、予備実験によって最適なpH範囲を決定することができる。

【0034】
通常の細胞培養においては、浸透圧が260~320mOsm/kgの培地を用いるのが一般的とされる。本発明では、このような一般的な培養条件に比較して格段に高い浸透圧を有する「高張液」が用いられる。本発明に使用する高張液の浸透圧は、例えば600 mOsm/kg~1900 mOsm/kgであり、好ましくは600 mOsm/kg~1500 mOsm/kgである。後述の実施例から理解できるように、高張液の浸透圧は処理時間とともに、本発明の作用効果の程度に関係する。従って、最適な高張液の浸透圧は、処理時間との関係も考慮しつつ、予備実験によって設定ないし決定するとよい。高張液の浸透圧を設定する際には、処理対象の細胞群の状態や細胞群を構成する細胞種なども考慮するとよい。

【0035】
本発明に用いる高張液は、例えば、アミノ酸、糖、無機塩類、ビタミン等の成分(「高浸透圧形成成分」と呼ぶ)を培地等に過剰に添加することによって調製することができる。ここでのアミノ酸はα-アミノ酸、β-アミノ酸、γ-アミノ酸、δ-アミノ酸を含み、また、D体、L体のいずれであってもよい。アミノ酸の例を挙げると、D-アラニン、L-アラニン、β-アラニン、グリシン、L-バリン、D-バリン、L-ロイシン、D-ロイシン、L-イソロイシン、D-イソロイシン、L-セリン、D-セリン、L-トレオニン、D-トレオニン、L-プロリン、D-プロリン、L-フェニルアラニン、D-フェニルアラニン、L-トリプトファン、D-トリプトファン、L-メチオニン、D-メチオニン、L-システイン、D-システイン、L-グルタミン、D-グルタミン、L-アスパラギン、D-アスパラギン、L-チロシン、D-チロシン、L-リシン、D-リシン、L-アルギニン、D-アルギニン、L-ヒスチジン、D-ヒスチジン、L-アスパラギン酸、D-アスパラギン酸、L-グルタミン酸、D-グルタミン酸である。D-アラニン、L-アラニン、β-アラニン、グリシン、L-セリン、D-セリン等のアミノ酸は 溶解度が高いという点から、高張液を調製するための成分として特に好ましい。一方、糖の例はグルコース、ガラクトース、フルクトース、キシロース、マンニトール等の単糖類、スクロース、ラクトース、マルトース、トレハロース等の二糖類であり、無機塩類の例は塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウムである。糖の中では細胞培養液の成分である点から、グルコースが好ましく、無機塩類の中では細胞培養液の成分である点から、塩化ナトリウムや塩化カリウムが好ましい。それ自体の細胞毒性ないし傷害性が低い(又は実質的にない)アミノ酸、糖、無機塩類等を使用することは、細胞群を構成する分化細胞の回収率向上に寄与することはもとより、安全性の高い分化細胞の回収を可能にする点においても重要である。

【0036】
2種類以上の高浸透圧形成成分を併用してもよい。同種の高浸透圧形成成分の併用(例えば2種類のアミノ酸の併用)であっても、異種の高浸透圧形成成分の併用(例えば、アミノ酸1種類と糖1種類の併用)であってもよい。

【0037】
「過剰に添加」とは、通常の培養における、培地への添加量に比較して明らかに多く添加することであり、処理対象の細胞群の一般的な培養条件と比較することにより、過剰な添加であるか否かを判定することができる。この例に限定されるものではないが、「過剰な添加」に該当する高浸透圧形成成分の添加量(培地中の濃度)は、高浸透圧形成成分がアミノ酸(例えばアラニン)又は糖(例えばグルコース)であれば、例えば300mM~1.6M、好ましくは300mM~1.2M、更に好ましくは450mM~1.2M、より一層好ましくは600mM~1.2Mであり、高浸透圧形成成分が無機塩類(例えば塩化ナトリウム)であれば、例えば150mM~600mM、好ましくは225mM~600mM、更に好ましくは300mM~600mMである。

【0038】
高張液との接触の後、細胞群は、高張液よりも浸透圧が低い溶液(「低浸透圧溶液」と呼ぶ)の中で維持される。当該操作は、例えば、培地交換の要領で(即ち、高張液を除去した後、培養容器内に低浸透圧溶液を入れる)、或いは細胞の回収の操作(即ち、細胞を低浸透圧溶液中に回収する)で行うことができる。

【0039】
低浸透圧溶液には、例えば、細胞群の培養に適した培地(必要な追加成分を添加していてもよい)が使用される。この場合、典型的には、高張液との接触後の細胞群を元の培養環境に戻すことになる。低浸透圧溶液として、リン酸緩衝液、Tris緩衝液、HEPES緩衝液等の生理学的緩衝液、生理食塩水等を用いることにしてもよい。但し、この場合には、本発明に特有の効果をもたらす作用、即ち、高浸透圧処理による未分化多能性幹細胞の選択的な死滅、が得られた後は、速やかに細胞群を適切な培地中に移し、分化細胞がダメージを受けないようにすることが好ましい。

【0040】
高浸透圧処理の効果を高めるためには、高張液と低浸透圧溶液の間で浸透圧の差が大きいとよい。例えば、高張液の浸透圧の1/2以下の浸透圧を有する溶液を低浸透圧溶液として採用する。一方、低浸透圧溶液の浸透圧が低すぎると、細胞群を構成する分化細胞への影響も懸念される。そこで、高張液の浸透圧の1/2~1/6の浸透圧を有する低浸透圧溶液を採用するとよい。低浸透圧溶液の浸透圧の具体例は260~320mOsm/kgである。

【0041】
高浸透圧処理の処理時間、即ち、高張液と細胞群との接触状態を維持する時間は、例えば60秒~24時間、好ましくは60秒~4時間、更に好ましくは60秒~2時間である。最適な処理時間を設定する際には、使用する高張液の浸透圧や組成、細胞群の状態等を考慮するとよい。

【0042】
後述の実験の結果に示したように高浸透圧処理の効果は温度に依存する。所望の効果を得るためには、低温条件(典型的には4℃付近)を避けることが好ましい。そこで、高浸透圧処理を、好ましくは20℃~39℃、更に好ましくは25℃~39℃、更に更に好ましくは30℃~39℃、より一層好ましくは35℃~39℃、最も好ましくは36℃~38℃で行う。尚、最適な温度条件の設定にあたっては、回収される細胞(即ち、分化細胞)の最適培養温度も考慮するとよい。

【0043】
後述の実験結果に基づく、有効な高浸透圧処理条件の具体例を以下に示す。
(1)L-アラニンを濃度1.2M(1500 mOsm/kg)で添加した培地を使用、温度37℃、1時間培養
(2)L-アラニンを濃度0.3M(600 mOsm/kg)~1.2Mで添加した培地を使用、温度37℃、2時間培養
(3)L-アラニンを濃度0.3M~0.8Mで添加した培地を使用、温度37℃、4時間培養
(4)L-アラニンを濃度0.15M~0.8Mで添加した培地を使用、温度37℃、24時間培養
(5)L-アラニンを濃度1.2Mで添加した培地を使用、温度37℃、pH6.5~pH7.2、2時間培養
(6)D-アラニンを濃度1.2Mで添加した培地を使用、温度37℃、pH6.9~pH7.3、2時間培養
(7)β-アラニンを濃度1.2Mで添加した培地を使用、温度37℃、pH6.9~pH7.3、2時間培養
(8)L-セリンを濃度1.2Mで添加した培地を使用、温度37℃、pH6.7~pH7.0、2時間培養
(9)グリシンを濃度1.2Mで添加した培地を使用、温度37℃、pH6.5~pH7.6、2時間培養
(10)グルコースを濃度1.2Mで添加した培地を使用、温度37℃、pH6.7~pH7.1、2時間培養
(11)グリシンを濃度0.8M~1.6M(1900 mOsm/kg)で添加した培地を使用、温度37℃、pH7.2、2時間培養

【0044】
一態様では、高浸透圧処理を繰り返し、未分化多能性幹細胞の残存率の低減を図る。この場合の処理回数は特に限定されず、例えば2回~10回、連続的又は間欠的(即ち、2つの処理の間に実質的な休息時間を設ける)に行う。繰り返し処理する際の各回の処理は同一である必要はない。例えば、使用する高張液、使用する低浸透圧溶液、及び/又は処理時間が相違する処理を組み合わせることにしてもよい。

【0045】
上でも述べた通り、本発明の方法によれば、未分化多能性幹細胞の含有量(混在率)が低減した細胞群、又は未分化多能性幹細胞を含まない細胞群を得ることができる。当該細胞群はそれ自体、細胞製剤、再生医療用の材料、実験/研究用の材料等として有用である。そこで本発明の別の局面は、本発明の方法によって得られる細胞群に関する。本発明の細胞群の主成分(主たる構成細胞)は特定の分化細胞であり、また、本発明の細胞群は未分化多能性幹細胞の混在率が低い点で特徴付けられる。未分化多能性幹細胞の混在率は例えば、10%以下、好ましくは1%以下、更に好ましくは0.1%以下、より一層好ましくは0.05%以下である。未分化細胞の混在率は、未分化多能性幹細胞の指標となる未分化マーカーの発現や分化細胞の指標となる特異的な分化マーカーの発現を指標とした免疫染色やFACS解析などによって調べることができる。尚、未分化多能性幹細胞の混在率は以下の計算式で算出される。
混在率(%)={(未分化多能性幹細胞の数)/(細胞群を構成する細胞の総数)}×100
【実施例】
【0046】
iPS細胞を利用した医療等の臨床応用、実用化において問題となる、未分化iPS細胞の混在に対処する新たな手段の創出を目指し、以下の検討を行った。
【実施例】
【0047】
1. L-アラニン濃度と曝露時間による細胞生存率変化
1-1. 方法
(1) 細胞培養
ヒト皮膚線維芽細胞(NHDF)の培養にはダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)に10%ウシ胎児血清及び1%ペニシリン-ストレプトマイシンを混合したものを用いた。人工多能性幹細胞(iPS細胞, 201B7株)はStemFit(味の素, AK02N)を用いて培養した。
【実施例】
【0048】
(2) L-アラニン添加培地の調製
37℃の恒温槽中で10 mlのStemFitに1.11 g(0.012 mol)のL-アラニンを溶解した後、0.2μmフィルターでろ過滅菌することで培地1 Lあたり1.2 molのL-アラニンが溶解した培地を調製し、これを1.2 mol/L L-アラニン添加培地と定義した。1.2 mol/Lアラニン添加培地を通常のStemFitで希釈することで種々の濃度のアラニン添加培地を調製した。
【実施例】
【0049】
(3) L-アラニン添加培地曝露
iPS細胞とNHDFを96well plateに1.0×104 cells/wellとなるよう播種し、24時間後に培地交換を行った。播種から48時間後に0~1.2 mol/Lの濃度のL-アラニン添加培地を添加し、任意の時間37℃, 5% CO2雰囲気下で培養した。その後、通常の培地に交換し、37℃, 5% CO2雰囲気下で24時間培養し、Cell Counting Kit 8にて細胞生存率を算出した。
【実施例】
【0050】
1-2. 結果
まずNHDFとiPS細胞の生存率に対するL-アラニン濃度と曝露時間の関係を調べた。L-アラニン濃度と曝露時間を様々に変更したところ、1時間では何れの濃度においてもNHDFとiPS細胞で有意な差は見られなかった(図1-a)。曝露時間を2時間にした場合では、何れの濃度でもNHDFの細胞生存率が90%以上を保っていた。これに対して、iPS細胞の細胞生存率は0.3 mol/Lを越えると濃度依存的に減少し、1.2 mol/Lにおいて10%以下となり、1.2 mol/LのL-アラニンを溶解した培地に2時間曝露することでiPS細胞を選択的に除去できる可能性が示唆された(図1-b)。曝露時間を4時間にした場合ではNHDFの細胞生存率は0.6 mol/L以上で濃度依存的に低下し、0.9 mol/L以上で死滅した。iPS細胞の細胞生存率は2時間曝露の際と変わらず0.3 mol/L以上で濃度依存的に低下したが、2時間曝露の際よりも急激に低下し、0.9 mol/L以上では死滅した(図1-c)。また、24時間曝露した場合ではNHDFの細胞生存率は4時間曝露の際と同様に0.6 mol/L以上で濃度依存的に低下し0.9 mol/L以上では死滅した。これに対してiPS細胞の細胞生存率は0.15 mol/L以上で濃度依存的に減少していき、0.45 mol/L以上で死滅した(図1-d)。これらの結果から、培地に添加するアミノ酸の濃度及び曝露する時間を調節することでiPS細胞のみを選択的に除去する条件を見出せることが示唆された。
【実施例】
【0051】
同様の処理条件(但し、曝露時間は2時間)で別のヒトiPS細胞(ehiPSCs)、ヒト骨格筋細胞(hSkMC)、及びヒトiPS細胞由来心筋細胞(iCMs)を処理したところ同様の傾向が認められ(図18)、iPS細胞を選択的に除去する手段として上記処理が汎用性に優れることが確認された。
【実施例】
【0052】
2. L-アラニン添加培地による共培養条件下での未分化iPS細胞除去
2-1. 方法
(1)細胞培養
1-1.(1)と同様とした。
【実施例】
【0053】
(2) L-アラニン添加培地の調製
1-1.(2)と同様とした。
【実施例】
【0054】
(3) 共培養条件下でのL-アラニン添加培地曝露
iPS細胞を12 well plateに1.0×105 cells/wellとなるよう播種した。24時間後に5μM Cell Tracker Orange(CTO)を溶解した培地に交換し、37℃, 5% CO2雰囲気下で30 分培養して染色した。CTO培地を除去した後、予め5μM Cell Tracker Green(CTG)で染色しておいたNHDFを5.0×105 cells/wellとなるように播種した。NHDFの播種から24時間後に1.2 mol/L L-アラニン添加培地に交換し、37℃, 5% CO2雰囲気下で2時間培養した。その後、通常の培地に交換し、37℃, 5 % CO2雰囲気下で72時間培養し、蛍光顕微鏡にて観察を行った。
【実施例】
【0055】
2-2. 結果
次に、同じ培養面でNHDFとiPS細胞を共培養し、そこから選択的にiPS細胞を除去できるかどうか調べた。1.2 mol/L L-アラニン添加培地曝露前後の様子を比較すると、曝露前にはCTOで染色されたiPS細胞由来のコロニーが存在し、その間隙にCTGで染色されたNHDFが接着している様子が見受けられた(図2a-c)。曝露後72時間が経過すると、iPS細胞由来のコロニーが消滅し、隙間を埋めるようにNHDFが増殖して視野全体を覆っている様子が観察された(図2d-f)。このことから、以下の2点が明らかとなった。一つはL-アラニン添加培地を用いることでNHDFとの共培養条件においてもiPS細胞を選択的に除去可能であることである。もう一つはL-アラニン添加培地に曝露した後もNHDFは問題なく増殖可能であるということである。
【実施例】
【0056】
3. L-アラニン添加培地のpHによる細胞生存率への影響
3-1. 方法
(1) 細胞培養
1-1.(1)と同様とした。
【実施例】
【0057】
(2) pHを変化させたL-アラニン添加培地の調製
37℃の恒温槽中で10 mlのStemFitに1.11 g(0.012 mol)のL-アラニンを溶解した後、0.2μmフィルターでろ過滅菌することで培地1 Lあたり1.2 molのL-アラニンが溶解した培地を調製し、これを1.2 mol/L L-アラニン添加培地と定義した。通常培地及び1.2 mol/L L-アラニン添加培地に1N HClまたは1N NaOH溶液をそれぞれ加えることでpHを変更した培地を調製した。調製した培地を96well plateに入れ、37℃, 5 % CO2雰囲気下で1時間静置した後にpHメーターを用いて溶液のpHを測定した。
【実施例】
【0058】
(3) L-アラニン添加培地曝露
1-1.(3)と同様とした。
【実施例】
【0059】
3-2. 結果
鋭意検討を重ねた結果、以下の実験より、高濃度L-アラニン溶液に対するNHDFとiPS細胞の耐性が異なるという本現象には高濃度L-アラニン溶液のpHが非常に影響することがわかった。通常培地においてはiPS細胞(図3a:○)、NHDF(図3b:△)共にpHを変化させたことによる細胞生存率の顕著な変化は見られなかった。一方、1.2 mol/L L-アラニン添加培地では、iPS細胞はpHの変化に関わらずに細胞生存率が25%以下であった(図3a:●)。これに対して、NHDFはpHが6.5から7.2の間では細胞生存率が60%以上であったが、7.3を超えると10%以下となった(図3b:▲)。このことから、NHDFのL-アラニン添加培地への耐性はpHにきわめて敏感であることが分かった。
【実施例】
【0060】
4. D-アラニン添加培地及びβ-アラニン添加培地のpHによる細胞生存率への影響
4-1. 方法
(1) 細胞培養
1-1.(1)と同様とした。
【実施例】
【0061】
(2) pHを変化させたD-アラニン添加培地およびβ-アラニン添加培地の調製
37℃の恒温槽中で10 mlのStemFitに1.11 g(0.012 mol)のD-アラニンまたはβ-アラニンを溶解した後、0.2μmフィルターでろ過滅菌することで培地1 Lあたり1.2 molのD-アラニンまたはβ-アラニンが溶解した培地を調製し、これらをそれぞれ1.2 mol/L D-アラニン添加培地及び1.2 mol/L β-アラニン添加培地と定義した。通常培地及び1.2 mol/L D-アラニン添加培地、1.2 mol/L β-アラニン添加培地に1N HClまたは1N NaOH溶液をそれぞれ加えることでpHを変更した培地を調製した。調製した培地を96well plateに入れ、37℃, 5 % CO2雰囲気下で1時間静置した後にpHメーターを用いて溶液のpHを測定した。
【実施例】
【0062】
(3) D-アラニン添加培地およびβ-アラニン添加培地曝露
iPS細胞とNHDFを96well plateに1.0×104 cells/wellとなるよう播種し、24時間後に培地交換を行った。播種から48時間後に種々のpHの通常培地及びD-アラニン添加培地、β-アラニン添加培地に交換し、37℃, 5% CO2雰囲気下で2時間培養した。その後、通常の培地に交換し、37℃, 5 % CO2雰囲気下で24時間培養し、Cell Counting Kit 8にて細胞生存率を算出した。
【実施例】
【0063】
4-2. 結果
次にL-アラニン以外の基質の有効性を調べた。通常培地のpHを変えても、iPS細胞(図4a,c:○)、NHDF(図4b,d:△)共に細胞生存率の顕著な変化は見られなかった。一方、1.2 mol/L D-アラニン添加培地では、iPS細胞はpHの変化に関わらずに細胞生存率が20%以下であった(図4a:●)。これに対して、NHDFはpHが6.9から7.3の間では細胞生存率が70%以上であったが、それ以外の範囲では30%以下となっていた(図4b:▲)。また、1.2 mol/L β-アラニン添加培地でも、iPS細胞はpHの変化に関わらずに細胞生存率が20%以下であった(図4c:●)。これに対して、NHDFはpHが6.9から7.3の間では細胞生存率が70%以上であったが、pH6.5では50%以下となった(図4d:▲)。これらの結果から、図3で得られた”NHDFのアミノ酸添加培地への耐性がpHに影響される”という知見はL-アラニンに限らず、その異性体であるD-アラニン及びβ-アラニンにも当てはまることが明らかになった。
【実施例】
【0064】
5. L-セリン添加培地とグリシン添加培地のpHによる細胞生存率への影響
5-1. 方法
(1)細胞培養
1-1.(1)と同様とした。
【実施例】
【0065】
(2) pHを変化させたL-セリン添加培地およびグリシン添加培地の調製
37℃の恒温槽中で10 mlのStemFitに1.31 g(0.012 mol)のL-セリンまたは0.94 g(0.012 mol)のグリシンを溶解した後、0.2μmフィルターでろ過滅菌することで培地1 Lあたり1.2 molのL-セリンまたはグリシンが溶解した培地を調製し、これらをそれぞれ1.2 mol/L L-セリン添加培地及び1.2 mol/L グリシン添加培地と定義した。通常培地及び1.2 mol/L L-セリン添加培地、1.2 mol/L グリシン添加培地に1N HClまたは1N NaOH溶液をそれぞれ加えることでpHを変更した培地を調製した。調製した培地を96well plateに入れ、37℃, 5 % CO2雰囲気下で1時間静置した後にpHメーターを用いて溶液のpHを測定した。
【実施例】
【0066】
(3) L-セリン添加培地およびグリシン添加培地曝露
iPS細胞とNHDFを96well plateに1.0×104 cells/wellとなるよう播種し、24時間後に培地交換を行った。播種から48時間後に種々のpHの通常培地及びL-セリン添加培地に交換し、37℃, 5% CO2雰囲気下で2時間培養した。その後、通常の培地に交換し、37℃, 5 % CO2雰囲気下で24時間培養し、Cell Counting Kit 8にて細胞生存率を算出した。
【実施例】
【0067】
5-2. 結果
次にアラニン以外のアミノ酸(L-セリン、グリシン)の効果を調べた。通常培地においてはiPS細胞(図5a:○)、NHDF(図5b:△)共にpHを変化させたことによる細胞生存率の顕著な変化は見られなかった。一方、1.2 mol/L L-セリン添加培地では、iPS細胞はpHの変化に関わらずに細胞生存率が20%以下であった(図5a:●)。これに対して、NHDFはpHが6.9では細胞生存率が60%以上であったが、そこをピークにpHの変化に伴って細胞生存率が低下していく様子が見られた(図5b:▲)。また1.2 mol/Lグリシン添加培地では、iPS細胞はpHの変化に関わらずに細胞生存率が20%以下であった(図5c:●)。これに対して、NHDFの細胞生存率はpHが6.5から7.0の間では60%以上であったが、pHの増加に伴って減少していった(図5d:▲)。これらの結果から、図3、図4で得られた”NHDFのアミノ酸添加培地への耐性がpHに影響される”という知見はアラニンの異性体に限らず、L-セリンやグリシンにも当てはまることが分かった。このことから、pHを制御することで他の溶質による分離も可能であることが示唆された。
【実施例】
【0068】
6. D-グルコース添加培地のpHによる細胞生存率への影響
6-1. 方法
(1) 細胞培養
1-1.(1)と同様とした。
【実施例】
【0069】
(2) pHを変化させたD-グルコース添加培地の調製
37℃の恒温槽中で10 mlのStemFitに2.24 g(0.012 mol)のD-グルコースを溶解した後、0.2μmフィルターでろ過滅菌することで培地1 Lあたり1.2 molのD-グルコースが溶解した培地を調製し、これらを1.2 mol/L D-グルコース添加培地と定義した。通常培地及び1.2 mol/L D-グルコース添加培地に1N HClまたは1N NaOH溶液をそれぞれ加えることでpHを変更した培地を調製した。調製した培地を96well plateに入れ、37℃, 5 % CO2雰囲気下で1時間静置した後にpHメーターを用いて溶液のpHを測定した。
【実施例】
【0070】
(3) D-グルコース添加培地への曝露
iPS細胞とNHDFを96well plateに1.0×104 cells/wellとなるよう播種し、24時間後に培地交換を行った。播種から48時間後に種々のpHの通常培地及びグリシン添加培地、D-グルコース添加培地に交換し、37℃, 5% CO2雰囲気下で2時間培養した。その後、通常の培地に交換し、37℃, 5 % CO2雰囲気下で24時間培養し、Cell Counting Kit 8にて細胞生存率を算出した。
【実施例】
【0071】
6-2. 結果
次にアミノ酸以外の基質の有効性を調べた。D-グルコースを用いて実験を行った。通常培地においてはiPS細胞(図6a,c:○)、NHDF(図6b,d:△)共にpHを変化させたことによる細胞生存率の顕著な変化は見られなかった。1.2 mol/L D-グルコース添加培地では、iPS細胞はpHの変化に関わらずに細胞生存率が20%以下であった(図6c:●)。これに対して、NHDFの細胞生存率はpHが6.7から7.1の間では70%以上であったが、pH5.6では10%以下となっている(図6d:▲)。これらの結果から、図3、4、5で得られた”NHDFのアミノ酸添加培地への耐性がpHに影響される”という知見はアミノ酸に限らず、グルコースでも成り立つことが確認された。このため、本分離法はpHを変化させることで種々の溶質を用いて実施可能であることが示唆された。
【実施例】
【0072】
培地のpHを事前に調整することの重要性を検討するため、pH調整を省略した培地(pHは約7.5~約7.8)を使用した実験を行った。培地に添加する糖質としてD-グルコースの他、スクロース、D-マンニトールを用いた。実験結果を図19に示す。pH調整を省略すると、未分化iPS細胞と同様、分化細胞であるNHDFも死滅した。即ち、未分化iPS細胞を選択的に死滅・除去する上で培地のpH調整(換言すれば、所定pH範囲の培地を使用すること)が重要であることが確認された。
【実施例】
【0073】
7. 1.2 mol/L L-アラニン添加培地の浮遊iPS細胞に対する除去能評価
7-1. 方法
(1) 細胞培養
人工多能性幹細胞(iPS細胞, 201B7株)はStemFit(味の素, AK02N)を用いて培養した。
【実施例】
【0074】
(2) L-アラニン添加培地の調製
1-1.(2)と同様とした。
【実施例】
【0075】
(3) 浮遊状態でのL-アラニン添加培地曝露
トリプシンで剥離させたiPS細胞を1.0×105 cells/mlとなるよう通常の培地と1.2 mol/L L-アラニン添加培地に懸濁し、それぞれ低接着マイクロチューブに1 ml加えた。37℃で2時間静置した後に800 rpmで遠心し、上清を除いた。通常の培地1 mlで再懸濁し、96 well plateに100μl/well播種した。播種から24時間後にCell Counting Kit 8にて細胞生存率を算出した。
【実施例】
【0076】
7-2. 結果
これまでの実験では、細胞が基板に接着した状態で処理を行ってきた。将来的なiPS細胞製造プロセスを鑑みると、基板から剥離させて一細胞ごとにばらばらに浮遊させた状態で、未分化iPS細胞除去工程を行う可能性もある。そこで、浮遊培養したiPS細胞に対する1.2 mol/L L-アラニン添加培地の影響を調べた。通常培地で2時間浮遊させたiPS細胞を基準にすると、1.2 mol/L L-アラニン添加培地で2時間浮遊させたiPS細胞の生存率は5%以下となった(図7)。この結果より、1.2 mol/L L-アラニン添加培地により非接着のiPS細胞も除去できる可能性が示唆された。
【実施例】
【0077】
8. L-Ala添加培地による共培養条件下での未分化iPS細胞除去(FACSによる定量)
8-1. 方法
(1) 細胞培養
1-1.(1)と同様とした。
【実施例】
【0078】
(2) L-アラニン添加培地の調製
1-1.(2)と同様とした。
【実施例】
【0079】
(3) 共培養条件下でのL-アラニン添加培地曝露とフローサイトメーターによる定量
予め5μM Cell Tracker Green(CTG)で染色したiPS細胞を6 well plateに5.0×105, 2.5×105, 1.2×105 cells/wellとなるよう播種し、37℃, 5% CO2雰囲気下で12時間培養した。その後、NHDFを5.0×105 cells/wellとなるように播種した。NHDFの播種から12時間後に1.2 mol/L L-アラニン添加培地に交換し、37℃, 5% CO2雰囲気下で2時間培養した。その後、通常の培地に交換し、37℃, 5 % CO2雰囲気下で24時間培養し、フローサイトメーターにて緑色蛍光を発する細胞と発さない細胞の比率を測定した。
【実施例】
【0080】
8-2. 結果
次にフローサイトメーターを用いて処理効率の定量化を行った。共培養未分化iPS細胞とNHDFを1:1の割合で播種した場合、未処理の状態では未分化iPS細胞が46.5%、NHDFが53.4%含まれていた(図8a)が、1.2 mol/L L-アラニン添加培地に2時間曝露すると未分化iPS細胞が7.9%まで減少し、NHDFが92.1%となった(図8b)。さらに、未分化iPS細胞とNHDFを1:2の割合で播種した場合、未処理の状態では34.1%含まれていた未分化iPS細胞(図8c)が、1.2 mol/L L-アラニン添加培地に2時間曝露すると4.7%まで減少した(図8d)。未分化iPS細胞とNHDFを1:4の割合で播種した場合、未処理の状態では15.6%含まれていた未分化iPS細胞(図8e)が、1.2 mol/L L-アラニン添加培地に2時間曝露すると1.7%まで減少した(図8f)。これらの結果から、1.2 mol/L L-アラニン添加培地が共培養条件下で未分化iPS細胞を選択的に除去可能であることを定量的に示すことが出来た。また、初期の未分化iPS細胞の割合が小さいほど処理後の未分化iPS細胞の残存率も小さくなることが示された。
【実施例】
【0081】
9. L-アラニン添加培地による共培養条件下での未分化iPS細胞除去(複数回の処理、FACSによる定量)
9-1. 方法
(1) 細胞培養
1-1.(1)と同様とした。
【実施例】
【0082】
(2) L-アラニン添加培地の調製
1-1.(2)と同様とした。
【実施例】
【0083】
(3) 共培養条件下での繰り返しL-アラニン添加培地曝露とフローサイトメーターによる定量
予め5μM Cell Tracker Green(CTG)で染色したiPS細胞を6 well plateに5.0×105 , 2.5×105, 1.2×105 cells/wellとなるよう播種し、37℃, 5% CO2雰囲気下で12時間培養した。その後、NHDFを5.0×105 cells/wellとなるように播種した。NHDFの播種から12時間後に1.2 mol/L L-アラニン添加培地に交換し、37℃, 5% CO2雰囲気下で2時間培養した。その後、通常の培地に交換して37℃, 5 % CO2雰囲気下で12時間培養した。その後、再び1.2 mol/L L-アラニン添加培地に交換し、37℃, 5% CO2雰囲気下で2時間培養した。通常の培地に交換し、37℃, 5 % CO2雰囲気下で12時間培養した後、フローサイトメーターにて緑色蛍光を発する細胞と発さない細胞の比率を測定した。
【実施例】
【0084】
9-2. 結果
次に繰り返し処理の有効性を、フルーサイトメーターを用いて検証した。未分化iPS細胞とNHDFを1:1の割合で播種した場合、未処理の状態では未分化iPS細胞が57.4%含まれていた(図9a)が、1.2 mol/L L-アラニン添加培地に2時間曝露すると10.8%まで減少した(図9b)。さらに、2回目の1.2 mol/L L-アラニン添加培地への曝露を行うと、未分化iPS細胞の残存率は0.9%まで低下した(図9c)。未分化iPS細胞とNHDFを1:2の割合で播種した場合、未処理の状態では36.5%含まれていた未分化iPS細胞(図9d)が、1.2 mol/L L-アラニン添加培地に2時間曝露すると4.8%まで減少し(図9e)、2度目の処理後には0.5%まで減少した(図9f)。未分化iPS細胞とNHDFを1:4の割合で播種した場合、未処理の状態では17.1%含まれていた未分化iPS細胞(図9g)が、1度の処理で1.4%まで減少し(図9h)、2度目の処理では0.1%まで低下した(図9i)。これらの結果から、1.2 mol/L L-アラニン添加培地複数回作用させることで共培養条件下での未分化iPS細胞の除去を効率的に行えることを定量的に示すことが出来た。
【実施例】
【0085】
10. L-Ala添加培地によるiPS細胞由来線維芽様細胞の処理
10-1. 方法
(1) 細胞培養
7-1.(1)と同様とした。
【実施例】
【0086】
(2) 線維芽様細胞への分化
iPS細胞を1.0×105 cells/mlとなるようにダルベッコ改変イーグル培地(DMEM, 10% 牛胎児血清入り)に懸濁し、10 cm 細胞非接着ペトリディッシュに10 ml加えた。2日おきに培地交換しながら2週間培養し、細胞塊が出現したことを確認した。その後、6 cm 細胞接着ペトリディッシュに細胞塊を移し、細胞塊が接着し、細胞が進展していく様子を確認した。1週間後に細胞をトリプシンで剥がし、剥がした細胞の半量を新しいペトリディッシュに継代した。同様の操作を1週間置きに繰り返した。
【実施例】
【0087】
(3) L-アラニン添加培地の調製
1-1.(2)と同様とした。
【実施例】
【0088】
(4) L-アラニン添加培地曝露
iPS細胞とiPS細胞由来線維芽様細胞を96 well plateに1.0×104 cells/wellとなるよう播種し、24時間後に培地交換を行った。播種から48時間後に1.2 mol/L L-アラニン添加培地に交換し、37℃, 5% CO2雰囲気下で2時間培養した。その後、通常の培地に交換し、37℃, 5 % CO2雰囲気下で24時間培養し、写真を撮影した後Cell Counting Kit 8にて細胞生存率を算出した。
【実施例】
【0089】
10-2. 結果
次にiPS細胞を線維芽様細胞に分化させて本処理の効果を調べた。線維芽様細胞への分化誘導はES細胞から線維芽様細胞を誘導したL. L.らCell Cycle 2012の論文を参考にした。DMEM中で細胞塊を形成させ、その後継代を4回繰り返したiPS由来細胞(図10a)は線維芽細胞(図10b)に特徴的な紡錘状の形態を有しており、iPS由来線維芽様細胞の分化に成功したと考えられる。線維芽様細胞顕微鏡写真を比較すると、未処理の状態ではiPS細胞、線維芽様細胞ともに接着している様子が確認できた(図11a-i,iii)が、1.2 mol/L L-アラニン添加培地で2時間処理すると、iPS細胞では接着している細胞が確認できない(図11a-ii)のに対し、線維芽様細胞は処理後も接着している様子が観察された(図11a-iv)。細胞生存率で比較するとiPS細胞は1%以下となっていた(図11b-ii)のに対して、線維芽様細胞は50%程度であった(図11b-iv)。これらの結果から、iPS細胞から分化させた線維芽様細胞は1.2 mol/L L-アラニン添加培地への曝露に耐性を有しており、本分離手法が実際の分化系へも応用可能であることが示唆された。
【実施例】
【0090】
11. L-Ala添加培地による未分化iPS細胞とiPS細胞由来線維芽様細胞の共培養への影響
11-1. 方法
(1) 細胞培養
7-1.(1)と同様とした。
【実施例】
【0091】
(2) 線維芽様細胞への分化
10-1.(2)と同様とした。
【実施例】
【0092】
(3) L-アラニン添加培地の調製
1-1.(2)と同様とした。
【実施例】
【0093】
(4) 共培養条件下でのL-アラニン添加培地曝露
予め5μM Cell Tracker Green(CTG)で染色しておいたiPS細胞を6 well plateに1.0×105 cells/wellとなるよう播種した。24時間後に5μM Cell Tracker Orange(CTO)で染色しておいたiPS細胞由来線維芽細胞を5.0×105 cells/wellとなるように播種した。線維芽様細胞の播種から12時間後に1.2 mol/L L-アラニン添加培地に交換し、37℃, 5% CO2雰囲気下で2時間培養した。その後、通常の培地に交換し、37℃, 5 % CO2雰囲気下で24時間培養し、蛍光顕微鏡にて観察を行った。
【実施例】
【0094】
11-2. 結果
次に、未分化iPS細胞とiPS由来線維芽様細胞を混合した共培養系での効果を調べた。対照群と1.2 mol/L L-アラニン添加培地で処理したものの様子を比較すると、対照群ではCTGで染色されたiPS細胞由来のコロニーが存在し、その間隙にCTOで染色されたiPS細胞由来線維芽細胞が接着している様子が見受けられる(図12a-d)。それに対して1.2 mol/L L-アラニン添加培地で処理したものでは、iPS細胞由来のコロニーが消滅し、線維芽様細胞は接着している様子が観察された (図12e-h)。このことから、L-アラニン添加培地を用いることでiPS細胞由来の分化細胞との共培養条件においてもiPS細胞を選択的に除去可能であることが示された。
【実施例】
【0095】
12. L-アラニン添加培地のpHによる細胞生存率への影響(NHDF、HUVEC)
12-1. 方法
(1) 細胞培養
ヒト皮膚線維芽細胞(NHDF)の培養にはダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)に10%ウシ胎児血清及び1%ペニシリン-ストレプトマイシンを混合したものを用いた。ヒト臍帯静脈由来血管内皮細胞(HUVEC)はHuMediaを用いて培養した。人工多能性幹細胞(iPS細胞, 201B7株)はStemFit(味の素, AK02N)を用いて培養した。
【実施例】
【0096】
(2) pHを変化させたL-アラニン添加培地の調製
3-1.(2)と同様とした。
【実施例】
【0097】
(3) L-アラニン添加培地曝露
1-1.(3)と同様とした。
【実施例】
【0098】
12-2. 結果
最後に他の細胞種への応用を検討した(図13)。本実験ではHUVECを用いた。iPS細胞の細胞生存率はpHの変化に関わらず20%前後であった。これに対してNHDFの細胞生存率はpH7.1で90%以上であったが、pHが上昇するにつれて減少していった。HUVECの細胞生存率はpH7.8からpH7.9で60%以上となり、この値をピークにpHの増減に伴って減少していった。また、iPS細胞、NHDF、HUVECのいずれにおいてもpH5.1における細胞生存率は0であった。この結果から、正常細胞のアミノ酸添加培地への耐性がpHの影響を受けるという知見がNHDFのみならずHUVECでも成り立つことが確認できた。さらに、NHDFとHUVECで最適なpHが異なることが示唆された。
【実施例】
【0099】
iPS細胞の細胞死のメカニズムに関して以下の検討を行うことにした。
13. 温度とiPS細胞の細胞生存率との関係
13-1. 方法
(1)細胞培養
7-1.(1)と同様とした。
【実施例】
【0100】
(2) L-アラニン添加培地の調製
1-1.(2)と同様とした。
【実施例】
【0101】
(3) L-アラニン添加培地曝露
1-1.(3)と同様とした。
【実施例】
【0102】
13-2. 結果
本現象のメカニズム解明のための実験を行った中、本現象には温度が影響していることがわかった。すなわち、1.2 mol/L L-アラニン添加培地に曝露する際の温度を変更したところ、37℃においてはiPS細胞の細胞生存率は15%以下となった。これに対して、曝露する際の温度を4℃に設定した場合では細胞生存率が90%以上となった(図14)。この結果から、L-アラニン添加培地によるiPS細胞の死滅が低温条件では阻害されることが明らかになり、本現象が温度依存的であることが示唆された。細胞内への物質取込みを行うエンドサイトーシスは低温条件では抑制されることが知られているため、本現象にはエンドサイトーシスが関与している可能性が示唆される。
【実施例】
【0103】
14. 温度とiPS細胞の形態変化
14-1. 方法
(1)細胞培養
7-1.(1)と同様とした。
【実施例】
【0104】
(2) L-アラニン添加培地の調製
1-1.(2)と同様とした。
【実施例】
【0105】
(3) L-アラニン添加培地曝露
iPS細胞を35 mm dishに1.0×105 cells/dishとなるよう播種し、24時間後に培地交換を行った。播種から48時間後に1.2 mol/L L-アラニン添加培地を添加し、37℃, 5% CO2雰囲気下、または4℃の冷蔵庫内で2時間培養した。その際、L-アラニン添加培地を添加する前後の写真を撮影した。その後、通常の培地に交換し、37℃, 5% CO2雰囲気下で24時間培養した。ここでも通常の培地に復帰する前後の写真を撮影した。
【実施例】
【0106】
14-2. 結果
温度による違いが明らかになったため、その際の細胞の様子を観察した。iPS細胞を1.2 mol/L L-アラニン添加培地に曝露したところ、曝露前(図15a,e)に比べて細胞が収縮する様子が観察された(図15b,f)。その後、37℃, 5% CO2雰囲気下で培養したiPS細胞は2時間後に一部が剥離した様子が観察され(図15c)、通常の培地に復帰した際に大きく膨張する様子が観察された(図15d)。これに対してL-アラニン添加培地を加えてから4℃で培養した場合では、2時間経過後も細胞の剥離などは見られず(図15g)、通常の培地に復帰した後はL-アラニン添加培地に曝露する前の様子に戻った(図15h)。これらの結果と図14の結果より、iPS細胞はL-アラニン添加培地への曝露中に一部は剥離し、残存している細胞は通常培地への復帰時に膨張することで死滅することが示唆された。通常培地に復帰した際にみられる細胞の膨張は、動物細胞を低張液に曝露した際に見られる現象に酷似しており、iPS細胞は高張液への曝露中に何らかの機構で細胞内の溶質濃度を増加させていることが予想される。一方、低温条件ではこのような現象は見られず、細胞内への溶質の蓄積は温度依存的な応答であると考えられる。
【実施例】
【0107】
15. 膨張したiPS細胞の死滅
15-1. 方法
(1) 細胞培養
7-1.(1)と同様とした。
【実施例】
【0108】
(2) L-アラニン添加培地の調製
1-1.(2)と同様とした。
【実施例】
【0109】
(3) L-アラニン添加培地曝露
iPS細胞を35 mm dishに1.0×105 cells/dishとなるよう播種し、24時間後に培地交換を行った。播種から48時間後に1.2 mol/L L-アラニン添加培地を添加し、37℃, 5% CO2雰囲気下で2時間培養した。その後、通常の培地に交換し、37℃, 5% CO2雰囲気下で24時間培養した。死細胞を染色するPropidium Iodide (PI)を加え、30分後から30分おきに写真を撮影した。
【実施例】
【0110】
15-2. 結果
最後に、膨張した細胞がどのタイミングで死んでいるのかイメージングにより検証した。iPS細胞を1.2 mol/L L-アラニン添加培地に2時間曝露し、通常の培地に復帰したところ、大きく膨張する様子が観察された(図16)。しかし、膨張した直後には細胞はPIで染色されなかった。この細胞を経時的に観察したところ、時間が経過するにつれてPIで染まり始め、約5時間後には全ての細胞が染色された(図16a-d)。PIは親水性の分子であり、生細胞の細胞膜を通過することはできないが、死細胞では膜が不安定化することで細胞内に侵入できるようになり、DNAにインターカレートして蛍光を発する。このため、膨張したiPS細胞は、膨張直後には膜の機能が維持されているが、それも時間経過とともに徐々に失われて死滅すると考えられる。今回の結果より、本手法で処理された未分化iPS細胞が時間経過と共に死滅することが確認された。
【実施例】
【0111】
16. グリシン濃度による細胞生存率変化
16-1. 方法
(1)細胞培養
1-1.(1)と同様とした。
【実施例】
【0112】
(2)グリシン添加培地の調製
37℃の恒温槽中で10 mlのStemFitに1.25 g(0.016 mol)のグリシンを溶解した後、0.2 μmフィルターでろ過滅菌することで培地1 Lあたり1.6 molのグリシンが溶解した培地を調製し、これを1.6 mol/L グリシン添加培地と定義した。1.6 mol/Lグリシン添加培地を通常のStemFitで希釈することで種々の濃度のグリシン添加培地(pH 7.2)を調製した。
【実施例】
【0113】
(3)グリシン添加培地曝露
iPS細胞とNHDFを96well plateに1.0×104 cells/wellとなるよう播種し、24時間後に培地交換を行った。播種から48時間後に0-1.6 mol/Lの濃度のグリシン添加培地を添加し、2時間, 37℃, 5% CO2雰囲気下で培養した。その後、通常の培地に交換し、37℃, 5% CO2雰囲気下で24時間培養し、Cell Counting Kit 8にて細胞生存率を算出した。
【実施例】
【0114】
16-2. 結果
これまでL-アラニンの溶解度を考慮し、浸透圧1500 mOsm/kgを上限とした実験を行ってきた。さらに高い浸透圧による効果を検証するためにグリシンを基質として用いて1900 mOsm/kg(1.6 mol/L)の溶液を用いた検証を行った。その結果、何れのグリシン濃度でもNHDFの細胞生存率は60%以上を保っていたのに対して、iPS細胞の細胞生存率は0.6 mol/Lを越えると顕著に減少し、1.6 mol/L(1900 mOsm/kg)において細胞生存率がほぼ0%になることがわかった(図17)。これらの結果から、1900 mOsm/kgの溶液もiPS細胞を選択的に除去することができることがわかった。この結果は、さらに溶解度が高い溶媒を使用した場合は、さらに高い浸透圧においても選択的にiPS細胞を除去できる可能性を示唆している。
【産業上の利用可能性】
【0115】
本発明によれば、簡便な操作にもかかわらず、分化細胞と未分化多能性幹細胞が混在した細胞群から、移植後にテラトーマ形成のおそれが懸念される未分化多能性幹細胞を選択的に除去することができる。本発明は、アミノ酸や糖など、従来の培養方法において一般に用いられ且つ医薬品等の製造品質管理基準(例えばGMP)を満たす成分を用いて実施可能である。従って、本発明を適用して得られた細胞群は安全性が高いものであり、特に医療用途(例えば、細胞製剤、再生医療用の材料)に有用である。一方、本発明に利用可能なアミノ酸や糖などは安価であることから、本発明は費用の面からも、多能性幹細胞(特にiPS細胞)を利用した医療、研究などの発展に貢献する。
【0116】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図20】
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