TOP > 国内特許検索 > 表面増強ラマン散乱分析用基板、その製造方法およびその使用方法 > 明細書

明細書 :表面増強ラマン散乱分析用基板、その製造方法およびその使用方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 公開特許公報(A)
公開番号 特開2017-173084 (P2017-173084A)
公開日 平成29年9月28日(2017.9.28)
発明の名称または考案の名称 表面増強ラマン散乱分析用基板、その製造方法およびその使用方法
国際特許分類 G01N  21/65        (2006.01)
FI G01N 21/65
請求項の数または発明の数 20
出願形態 OL
全頁数 28
出願番号 特願2016-058326 (P2016-058326)
出願日 平成28年3月23日(2016.3.23)
新規性喪失の例外の表示 特許法第30条第2項適用申請有り 平成28年3月3日発行(記録用DVD)公益社団法人応用物理学会発行 第63回応用物理学会春季学術講演会 講演予稿集、20p-S622-8 平成28年3月19日~22日開催 公益社団法人応用物理学会主催 第63回応用物理学会春季学術講演会 東京工業大学大岡山キャンパス(東京都目黒区大岡山2-12-1)
発明者または考案者 【氏名】岩長 祐伸
出願人 【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
審査請求 未請求
テーマコード 2G043
Fターム 2G043DA06
2G043EA03
2G043FA06
2G043HA05
2G043HA09
2G043HA15
2G043KA01
2G043KA02
2G043KA05
2G043KA09
2G043LA03
要約 【課題】 表面増強ラマン散乱の強度を増大し、かつ、均一な信号分布を再現性良く測定できるSERS分析用基板、その量産可能な製造方法およびその使用方法を提供すること。
【解決手段】 被験物質の光学応答を増強させる表面増強ラマン分析用基板は、基材と、基材の表面に位置するスラブ材と、少なくともスラブ材上に位置する金属材料とを含み、基材は、少なくともスラブ材と接する表面層を備え、スラブ材は、表面層の屈折率よりも高い屈折率を有する材料からなり、スラブ材の表面から基材の表面層に達する、周期的に配列した複数の穴を有し、金属材料は、スラブ材の表面、および、複数の穴のそれぞれを介した前記基材の表面層上に位置し、相補的な金属構造を有し、複数の穴の直径および周期によって決定される複数の共鳴を有する。
【選択図】 図1
特許請求の範囲 【請求項1】
基材と、前記基材の表面に位置するスラブ材と、少なくとも前記スラブ材上に位置する金属材料とを含み、被験物質の光学応答を増強させる表面増強ラマン分析用基板であって、
前記基材は、少なくとも前記スラブ材と接する表面層を備え、
前記スラブ材は、前記表面層の屈折率よりも高い屈折率を有する材料からなり、前記スラブ材の表面から前記基材の前記表面層に達する、周期的に配列した複数の穴を有し、
前記金属材料は、前記スラブ材の表面、および、前記複数の穴のそれぞれを介した前記基材の表面層上に位置し、相補的な金属構造を有し、
前記複数の穴の直径および周期によって決定される複数の共鳴を有する、基板。
【請求項2】
前記スラブ材は、2以上の屈折率を有する材料からなり、
前記表面層は、2未満の屈折率を有する材料からなる、請求項1に記載の基板。
【請求項3】
前記スラブ材は、Si、Ge、SiN、SiC、II-VI属半導体、III-V属半導体およびTiOからなる群から選択される材料である、請求項2に記載の基板。
【請求項4】
前記スラブ材は、100nm以上2μm以下の範囲の厚さを有する、請求項1に記載の基板。
【請求項5】
前記表面層は、透明絶縁体からなる、請求項1に記載の基板。
【請求項6】
前記透明絶縁体は、SiO、Al、ガラスおよびポリマーからなる群から選択される、請求項5に記載の基板。
【請求項7】
前記基材は、SiO層と接合したSi基板である、請求項1に記載の基板。
【請求項8】
前記金属材料は、Au、Pt、Ag、Cu、Pd、Co、Feおよびそれらの合金からなる群から選択される材料である、請求項1に記載の基板。
【請求項9】
前記金属材料は、30nm以上100nm以下の厚さを有する、請求項1に記載の基板。
【請求項10】
前記複数の穴の直径は、100nm以上500nm以下の範囲である、請求項1に記載の基板。
【請求項11】
前記複数の穴の周期は、300nm以上1000nm以下の範囲である、請求項1に記載の基板。
【請求項12】
前記複数の穴は、2以上の異なる直径を有し、かつ/または、2以上の異なる周期で配列されている、請求項1に記載の基板。
【請求項13】
前記複数の共鳴の少なくとも1つは、可視光から近赤外光域の領域に位置する、請求項1に記載の基板。
【請求項14】
前記金属材料は、前記複数の穴の側壁を覆わない、請求項1に記載の基板。
【請求項15】
請求項1~14に記載の被験物質の光学応答を増強させる表面増強ラマン分析用基板を製造する方法は、
表面層を有する基材、前記表面層上にスラブ材および前記スラブ材上にレジストを備え、周期的に配列した複数の凸部からなるパターンを備えたモールドを前記レジストに押し当て、前記レジストに前記パターンを転写するステップと、
前記スラブ材を前記転写されたパターンにしたがってエッチングし、前記スラブ材に前記基材の表面層に達する、周期的に配列した複数の穴を形成するステップと、
残留するレジストを除去し、金属材料を前記スラブ材の表面、および、前記複数の穴のそれぞれを介した前記基材の表面層に付与するステップと
を包含し、
前記パターンの前記複数の凸部の直径および周期は、前記パターンが転写され、前記スラブ材に形成されるべき前記複数の穴の直径および周期によって決定される前記スラブ材の複数の共鳴の少なくとも1つの共鳴が前記被験物質の指紋領域を含むように設定される、方法。
【請求項16】
前記転写するステップは、加熱または紫外線照射のいずれかにより行う、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記形成するステップは、BOSCH加工により行う、請求項15に記載の方法。
【請求項18】
前記付与するステップは、物理的気相成長法または化学的気相成長法により行う、請求項15に記載の方法。
【請求項19】
前記複数の凸部は、2以上の異なる直径を有し、かつ/または、2以上の異なる周期で配列されている、請求項15に記載の方法。
【請求項20】
表面増強ラマン分析用基板を用いて被験物質の光学応答を増強させる方法であって、
前記基板として、請求項1~13のいずれかに記載の基板であって、
前記基板が有する複数の共鳴のうち少なくとも1つの共鳴が、前記被験物質の指紋領域を含む、基板を用いる、方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、表面増強ラマン散乱分析用基板、その製造方法およびその使用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
分子検出技術として、表面プラズモン増強蛍光分光(Surface-plasmon Enhanced Fluorescence Spectroscopy、SPEFS)、表面増強ラマン散乱(Surface Enhanced Raman Scattering、SERS)などが知られている。SPEFSでは、蛍光分子の蛍光を顕著に増強できる基板の存在は提示されている(例えば、非特許文献1および2を参照)。
【0003】
一方、SERSが注目されてから20年以上が経つ。大きなSERS効果は単一分子からの信号も検出可能とすることから、分子レベルでの分析技術としてバイオテクノロジーや医療診断への応用が期待されている。しかしながら、当初提唱されてきた電場増強効果のみによる大きなSERS効果は極めて不均一な応答を示し、信号の再現性を得られない場合が多い。これらの点を鑑みて、均一な応答を模索する試みも多く行われてきた(例えば、非特許文献3を参照)。しかしながら、非特許文献3においても、SERS効果が十分に大きいとは言えなかった。
【0004】
特許文献1は、電場の局所的な増強に注目して回折格子状の周期構造を有するSERS基板を開示する。特許文献2は、ナノギャップを特徴とするSERS基板を開示する。これらのSERS基板を用いたとしても、SERS効果が特別な条件が実現された例外的な場合を除けばあまり大きくならず、また、均一な応答が十分得れらない場合がある。したがって、実用技術としてのSERS分析法を確立するためには、大きなSERS効果がありながら同時に均一な応答を示し、再現性の高いSERS分析用基板の開発が望まれる状況が続いている。
【先行技術文献】
【0005】

【特許文献1】特表2008-519254号公報
【特許文献2】特開2015-14546号公報
【0006】

【非特許文献1】M.Iwanagaら,Nano Lett.15,1904(2015)
【非特許文献2】B.Choiら,Chem.Commun.51,11470(2015)
【非特許文献3】S.E.Bellら,Chem.Soc.Rev.37,1012(2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、SERSの強度を増大し、かつ、均一な信号分布を再現性良く測定できるSERS分析用基板、その量産可能な製造方法およびその使用方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明による、基材と、前記基材の表面に位置するスラブ材と、少なくとも前記スラブ材上に位置する金属材料とを含み、被験物質の光学応答を増強させる表面増強ラマン分析用基板は、前記基材は、少なくとも前記スラブ材と接する表面層を備え、前記スラブ材は、前記表面層の屈折率よりも高い屈折率を有する材料からなり、前記スラブ材の表面から前記基材の前記表面層に達する、周期的に配列した複数の穴を有し、前記金属材料は、前記スラブ材の表面、および、前記複数の穴のそれぞれを介した前記基材の表面層上に位置し、相補的な金属構造を有し、前記複数の穴の直径および周期によって決定される複数の共鳴を有し、これにより上記課題を解決する。
前記スラブ材は、2以上の屈折率を有する材料からなり、前記表面層は、2未満の屈折率を有する材料からなってもよい。
前記スラブ材は、Si、Ge、SiN、SiC、II-VI属半導体、III-V属半導体およびTiOからなる群から選択される材料であってもよい。
前記スラブ材は、100nm以上2μm以下の範囲の厚さを有してもよい。
前記表面層は、透明絶縁体からなってもよい。
前記透明絶縁体は、SiO、Alおよびガラスからなる群から選択されてもよい。
前記基材は、SiO層と接合したSi基板であってもよい。
前記金属材料は、Au、Pt、Ag、Cu、Pd、Co、Feおよびそれらの合金からなる群から選択される材料であってもよい。
前記金属材料は、30nm以上100nm以下の厚さを有してもよい。
前記複数の穴の直径は、100nm以上500nm以下の範囲であってもよい。
前記複数の穴の周期は、300nm以上1000nm以下の範囲であってもよい。
前記複数の穴は、2以上の異なる直径を有し、かつ/または、2以上の異なる周期で配列されていてもよい。
前記複数の共鳴の少なくとも1つは、可視から近赤外の領域に位置してもよい。
前記金属材料は、前記複数の穴の側壁を覆わなくてもよい。
本発明による上述の被験物質の光学応答を増強させる表面増強ラマン分析用基板を製造する方法は、表面層を有する基材、前記表面層上にスラブ材および前記スラブ材上にレジストを備え、周期的に配列した複数の凸部からなるパターンを備えたモールドを前記レジストに押し当て、前記レジストに前記パターンを転写するステップと、前記スラブ材を前記転写されたパターンにしたがってエッチングし、前記スラブ材に前記基材の表面層に達する、周期的に配列した複数の穴を形成するステップと、残留するレジストを除去し、金属材料を前記スラブ材の表面、および、前記複数の穴のそれぞれを介した前記基材の表面層に付与するステップとを包含し、前記パターンの前記複数の凸部の直径および周期は、前記パターンが転写され、前記スラブ材に形成されるべき前記複数の穴の直径および周期によって決定される前記スラブ材の複数の共鳴の少なくとも1つの共鳴が前記被験物質の指紋領域を含むように設定され、これにより上記課題を解決する。
前記転写するステップは、加熱または紫外線照射のいずれかにより行ってもよい。
前記形成するステップは、BOSCH加工により行ってもよい。
前記付与するステップは、物理的気相成長法または化学的気相成長法により行ってもよい。
前記複数の凸部は、2以上の異なる直径を有し、かつ/または、2以上の異なる周期で配列されてもよい。
本発明による表面増強ラマン分析用基板を用いて被験物質の光学応答を増強させる方法は、前記基板として、前記基板が有する複数の共鳴のうち少なくとも1つの共鳴が、前記被験物質の指紋領域を含む、上述の基板を用い、これにより上記課題を解決する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によるSERS分析用基板(以下、SERS基板)によれば、複数の大きな放射率をもつ共鳴状態を介して被験分子固有の振動モードを表す指紋領域を含むラマン散乱信号を高感度、均一かつ再現性良く検出することができる。上記SERS基板の共鳴状態は、最隣接部材よりも大きな屈折率を有するスラブ材が複数の周期的に配列した穴を有する構造に相補的な金属構造(本願明細書では、分かり易さのために金属ナノ構造と称する)を組み合わせた構造を形成することによって生じ、その構造内部の周期長や穴の直径の大きさを制御することで共鳴波長を可変とできる。このような共鳴波長は金属材料が付与されることにより広帯域化され、前記の共鳴波長可変性と合わせると、被験分子固有の共鳴波長に合わせ、かつその分子振動モードの指紋領域にわたって被験分子のラマン散乱ピークを検出することができる。被験分子の指紋領域が確実に含まれることから、SERS信号から分子を同定することが容易になる。また、照射する光は、金属材料で覆われていないスラブ材に開けた穴の側面を通ってスラブ材内に閉じ込められる共鳴状態を形成する。その結果、照射された光エネルギーが金属材料で吸収、消費される効果を抑えながら、SERS基板表面からの光放射を高効率化することができるので、被験分子のラマン散乱を高効率的に検出することができる。さらに、このようなSERS基板は、洗浄により再利用でき、実用上のコストを低減することができる。また、未使用状態のSERS基板を得ることは金属ナノ構造を溶解・除去して金属の再蒸着を行うのみで可能であり、作製工程を最初から繰り返すことは不要であるため、この簡素な再生工程は本発明のSERS基板を使用するうえで実用上の長所となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明によるSERS基板を示す模式図
【図2】本発明のSERS基板100の例示的な穴のパターン(A)、例示的な光学特性(B)およびラマンスペクトル(C)を示す図
【図3】本発明の別のSERS基板100の例示的な穴のパターン(A)および(B)、ならびに、例示的な光学特性(C)を示す図
【図4】本発明のSERS基板の製造工程を示すフローチャート
【図5】本発明によるSERS基板がセットされたラマン分光分析装置を示す模式図
【図6】実施例のSERS基板の具体的な製造工程を示す模式図
【図7】UVナノインプリントリソグラフィによる図6(b)直後の様子を示す図
【図8】典型的なSERS基板(D220nm)の外観写真(A)と被験分子構造(B)および(C)とを示す図
【図9】実施例で用いたラマン分光分析装置を示す模式図
【図10】実施例1のSERS基板(D250nm)の表面のSEM像を示す図
【図11】実施例2のSERS基板(D265nm)の表面のSEM像を示す図
【図12】実施例3のSERS基板(D283nm)の表面のSEM像を示す図
【図13】実施例4のSERS基板(D314nm)の表面のSEM像を示す図
【図14】実施例1のSERS基板(D250nm)を用いたSERSスペクトルおよび放射率(E)スペクトルを示す図
【図15】実施例2のSERS基板(D265nm)を用いたSERSスペクトルおよび放射率(E)スペクトルを示す図
【図16】実施例3のSERS基板(D283nm)を用いたSERSスペクトルおよび放射率(E)スペクトルを示す図
【図17】実施例4のSERS基板(D314nm)を用いたSERSスペクトルおよび放射率(E)スペクトルを示す図
【図18】実施例1のSERS基板(D250nm)、実施例3のSERS基板(D283nm)、実施例7のSERS基板(D190nm)および実施例8(D215nm)を用いたSERSスペクトルを示す図
【図19】実施例5のSERS基板(D280nm)、実施例6のSERS基板(D245nm)、実施例7のSERS基板(D190nm)および実施例8のSERS基板(D215nm)の反射率スペクトルを示す図
【図20】実施例1のSERS基板(D250nm)、実施例5のSERS基板(D280nm)、実施例6のSERS基板(D245nm)、実施例7のSERS基板(D190nm)および実施例8のSERS基板(D215nm)を用いた放射率スペクトル(A)、SERSスペクトル(B)および(C)を示す図
【図21】比較例10および比較例11のSERS基板を用いたSERSスペクトルを示す図
【図22】実施例1のSERS基板(D250nm)、実施例2のSERS基板(D265nm)、実施例4のSERS基板(D314nm)および実施例5のSERS基板(D280nm)に対応する数値計算による反射率スペクトル(A)および放射率スペクトル(B)を示す図
【図23】実施例1のSERS基板(D250nm)の数値計算による放射率スペクトル(A)、3次の共鳴における電場x成分分布(B)および電場絶対値分布(C)を示す図
【図24】実施例1のSERS基板(D250nm)の数値計算による2次の共鳴における電場x成分分布(A)および電場絶対値分布(B)を示す図
【図25】実施例1のSERS基板(D250nm)の数値計算による4次の共鳴における電場x成分分布(A)および電場絶対値分布(B)を示す図
【図26】実施例2のSERS基板(D265nm)、実施例5のSERS基板(D280nm)、実施例6のSERS基板(D245nm)および実施例9のSERS基板(D300nm)の測定した反射率スペクトルを示す図
【図27】実施例12のSERS基板の構造図(A)および数値計算した放射率スペクトル(B)を示す図
【図28】比較例13による基板の模式図(A)と、数値計算による放射率スペクトル(B)を示す図
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態を説明する。なお、同様の要素には同様の番号を付し、その説明を省略する。

【0012】
(実施の形態1)
実施の形態1では、本発明によるSERS基板およびその製造方法について説明する。
図1は、本発明によるSERS基板を示す模式図である。

【0013】
図1(A)は本発明のSERS基板100を模式的に示し、図1(B)は図1(A)のxz断面図を示している。本発明によるSERS基板100は、蛍光分子、アミノ酸等に代表される被験分子のラマン散乱を増強させる表面増強ラマン分析用の基板である。本発明のSERS基板100は、基材110と、基材110の表面に位置するスラブ材120と、少なくともスラブ材120上に位置する金属材料130とを含む。

【0014】
基材110は、少なくともスラブ材120と接する表面層140を備える。スラブ材120は、表面層140の屈折率よりも高い屈折率を有する材料からなる。さらに、スラブ材120は、スラブ材120の表面から基材110の表面層140に達する周期的に配列した複数の穴150を有する。このような構造により、基材110およびスラブ材120は、六方格子状、正方格子状等の周期的に配列される複数の穴150の周期Λおよび直径Dによって決定される共鳴状態を呈することができる。

【0015】
金属材料130は、少なくともスラブ材120上に位置するが、詳細には、スラブ材120の表面および複数の穴150のそれぞれを介した基材110の表面層140上に位置しており、相補的な金属ナノ構造(金属構造)を有する。分かり易くは、金属材料130は、スラブ材120の複数の穴150における穴側壁160を覆わない。すなわち、金属材料130はスラブ材120の厚さから金属材料130の厚さを引いた距離離間することを典型とする。以上のような構造により、SERS基板100に照射される光は、金属材料130で覆われていない穴側壁160を通って、スラブ材120内に閉じ込められる共鳴状態を形成できる。さらに、金属材料130が付与されているので、上述の共鳴の線幅がそれぞれ広帯域化されており、この複数の共鳴の少なくとも1つが、被験分子の指紋領域を確実に含めることができるので、被験分子のラマン散乱ピークを確実に増強できる。このような共鳴状態は、例えば、基板の放射率を測定した際に得られる放射率スペクトルが、複数の放射率ピークを有することにより確認できる。なお、本明細書において、「複数の共鳴の少なくとも1つが被験分子の指紋領域を含む」とは、放射率スペクトルピークとして現れる共鳴の波長域のうち少なくとも1つの共鳴波長域が、被験分子の指紋領域を包含している状態を意味する。

【0016】
スラブ材120は、好ましくは、2以上の屈折率を有する材料からなる。スラブ材120の屈折率の上限は特に制限はないが、入手できる材料から4以下である。具体的には、スラブ材120は、Si、Ge、SiN、SiC、II-VI属の半導体、III-V属の半導体およびTiOからなる群から選択される材料である。これらの材料であれば、2以上の屈折率を有しており、加工性に優れるまたは成長技術が発展しているため、容易にスラブ材120を形成できる。

【0017】
スラブ材120は、好ましくは、100nm以上2μm以下の範囲の厚さを有する。厚さが100nm未満であると、導波路モードが形成されず、光を閉じ込められない場合があり得る。厚さが2μmを超えると、光の閉じ込め効果が小さくなり、十分な感度が得られない場合がある。より好ましくは、スラブ材120は、150nm以上250nm以下の範囲の厚さを有し、これにより、光を効率的に閉じ込めることができる。

【0018】
複数の穴150の直径Dは、後述するように、複数の放射率ピークを有する共鳴状態を呈するように適宜決定される。直径Dは、具体的には、光の波長程度であるが、100nm以上500nm以下の範囲を有せば、複数の共鳴の少なくとも1つの共鳴が可視光(波長400nm以上)から近赤外光(波長2500nm以下)の範囲内に位置するように設計できる。後述するように、複数の穴150は、2以上の異なる直径を有する穴であってもよい。この場合も、2以上の異なる直径のそれぞれが、100nm以上500nm以下の範囲を有せば、複数の共鳴のそれぞれが重ね合わさり、可視光から近赤外光においてより線幅の広い共鳴を示すことができる。このようにして、可視光から近赤外光の範囲に共鳴波長を有する被験分子のSERS信号を増強できる。

【0019】
同様に、複数の穴150の周期Λもまた、複数の放射率ピークを有する共鳴状態を呈するように適宜決定される。周期Λは、具体的には、光の波長程度であるが、300nm以上1000nm以下の範囲を有せば、複数の共鳴の少なくとも1つの共鳴が可視光から近赤外光域に位置するように設計できる。後述するように、複数の穴150は、2以上の異なる周期を有する穴であってもよい。この場合も、2以上の異なる周期のそれぞれが、300nm以上1000nm以下の範囲を有せば、複数の共鳴が合わさり、可視光から近赤外光において、より線幅の広い共鳴を示すことができる。

【0020】
当然ながら、複数の穴150が、2以上の異なる直径および2以上の異なる周期で配列されていてもよく、これにより、高精度に共鳴波長の位置を制御でき、多様な被験分子に対応できるSERS基板を提供できる。

【0021】
穴の形状は、図1では円柱状で示したが、これに限らず、角柱状、三角柱状などその他の形状であってもよく、共鳴状態を呈する限り、制限はない。

【0022】
基材110の表面層140は、好ましくは、2未満の屈折率を有する材料からなる。表面層140の屈折率の下限は特に設定はないが、入手できる材料から1以上である。表面層140には、いわゆる透明絶縁体を採用できるが、具体的には、SiO、Al、ガラスおよびポリマーからなる群から選択される材料からなる。これらの材料であれば、上述のスラブ材120と表面層140との屈折率の関係により、効率的に、スラブ材120に光を閉じ込めることができる。なお、基材110は、Si基板、石英基板などのバルク基板と表面層140とから形成され、スラブ材120および金属材料130を維持できる任意の基板であり得る。

【0023】
表面層140の厚さは、スラブ材120の厚さと同じまたはそれ以上であることが好ましい。これにより、スラブ材120を導波路とすることができる。表面層140は、より好ましくは、200nm以上の厚さを有する。なお、容易に入手でき、加工性に優れているという観点から、基材110として、表面層140をSiOとし、これと接合したSi基板がある。また、基材110をガラス基板などとし、Si層を成膜形成してスラブ材110とすることも可能である。

【0024】
金属材料130は、特に制限はないが、Au、Pt、Ag、Cu、Pd、Co、Feおよびそれらの合金からなる群から選択される材料であれば、ラマン散乱信号(ラマン散乱ピーク)を増強する。金属材料130は、好ましくは、30nm以上100nm以下の範囲の厚さを有する。厚さが30nm未満であると、光が透過してしまい、金属として機能しない場合があり得る。厚さが100nmを超えると、穴150の側壁がふさがれてしまい、相補的な金属ナノ構造を形成できない場合があり得る。より好ましくは、金属材料130は、30nm以上40nm以下の範囲の厚さを有する。

【0025】
次に、上述のSERS基板100が、ラマン散乱信号を増強する原理を説明する。
(i)スラブ材120が、1種の直径および周期を有する穴150を有する場合
図2は、本発明のSERS基板100の例示的な穴のパターン(A)、例示的な光学特性(B)およびラマンスペクトル(C)を示す図である。

【0026】
図2(A)に示されるように、スラブ材120が、直径Dを有し、周期ΛおよびΛで六方格子状210に配列した複数の穴150を有するものとする。このような複数の穴150は、点線で囲んだ矩形領域を単位胞としている。この場合、図2(B)の放射率(E)スペクトルに示されるように、スラブ材120は、直径Dと周期ΛおよびΛとで決定される複数の共鳴(ここでは、例示的に、3つの放射率ピークが示される)を有する。このような放射率Eは、透過光および回折光が無視できる反射型SERS基板においては、反射率Rを用いて
<式1>
E=100-R(%)
により算出される。例えば、直径Dがさらに大きくなると、放射率ピークのそれぞれがブルーシフトし、周期ΛおよびΛがさらに大きくなると、放射率ピークのそれぞれがレッドシフトする。すなわち、本発明のSERS基板によれば、直径あるいは周期を適宜設計することにより、共鳴波長を変化させることができる。ここで得られた放射率の共鳴波長域は、金属材料130の付与により、広帯域化されている。

【0027】
図2(C)に示されるように、複数の放射率の共鳴波長域のうち少なくとも1つの放射率の共鳴波長域が、検出されるべき被験分子の指紋領域を含むので、被験分子のラマン散乱信号を増強できる。

【0028】
(ii)スラブ材120が、2種以上の直径および周期を有する穴150を有する場合
図3は、本発明の別のSERS基板100の例示的な穴のパターン(A)および(B)、ならびに、例示的な光学特性(C)を示す図である。

【0029】
図3(A)に示されるように、スラブ材120が、直径D、DおよびDを有し、周期ΛおよびΛで周期的に配列した複数の穴150を有するものとする。このような複数の穴150は、点線で囲んだ矩形領域を単位胞としている。図3(B)は、参考のために、1種の直径および周期を有する穴150を有する場合であり、直径Dおよび周期ΛおよびΛで周期的に配列した複数の穴150を有するものとする。

【0030】
図3(A)に示す場合、図3(C)の放射率スペクトル310に示されるように、スラブ材120は、直径D、DおよびDと周期ΛおよびΛとで決定される複数の共鳴に対応する放射率ピークを有する。一方、図3(B)に示す場合、図3(C)の放射率スペクトル320に示される複数の放射率ピークを有する。ここで、放射率スペクトル310と320とを比較すると、スラブ材120が2以上の直径を有する周期的に配列した複数の穴150を有することにより、共鳴波長域をさらに広帯域化できるだけでなく、共鳴波長域の広範囲にわたった制御ができる。ここでは、周期をΛおよびΛに固定した完全周期系を提示したが、準周期的または周期が変調される構造をとっても良い。これにより、共鳴波長域のさらなる広帯域化も可能となる。このような放射率は、式1にしたがって、算出される。また、六方格子のみならず、正方格子状などそのほかの周期配列、またはその変調された構造を用いても同様の効果が生じる。

【0031】
スラブ材120が2以上の異なる直径を有する複数の穴150を有すれば、共鳴波長域をさらに広帯域化できるので、使用できる被験分子の対象を拡げることができ、有利である。

【0032】
上述してきたように、本発明のSERS基板100は、表面層140とスラブ材120と金属材料130とによる共鳴状態を、被験分子の指紋領域を含むように制御し、これにより被験分子のラマン散乱信号を増強できる。共鳴状態は、スラブ材120が有する複数の穴150の直径Dおよび周期Λを制御することにより、可視光から近赤外光域の波長域にわたって共鳴波長を可変とすることができ、さらには、複数の穴150の直径Dを2以上組み合わせることにより、共鳴波長域のさらなる広帯域化も可能とする。

【0033】
ここで、特許文献1および特許文献2に記載されるSERS基板と本発明のSERS基板100との差異について議論する。上述したように、特許文献1は、電場の局所的な増強に注目して回折格子状の周期構造を特徴としたSERS基板を、特許文献2は、ナノギャップを特徴としたSERS基板を開示する。しかしながら、特許文献1は、回折格子状の周期構造において、格子内の側壁を金属が覆うSERS基板を前提としており、本願の特徴とする相補的な金属ナノ構造と異なる金属ナノ構造から構成され、本発明による高い放射率を有する共鳴状態を複数有するという定性的な光学特性に何ら示唆を与えていない。特許文献2は、金属の極小ナノギャップを特徴とし、そもそも、相補的な金属ナノ構造と、高屈折率材料からなり、周期的な複数の穴を有するスラブ材との組み合わせを開示していない。したがって、特許文献1、2のいずれも、本発明のSERS基板が有する相補的な金属ナノ構造を一切開示も示唆もしておらず、本願による放射率制御(すなわち、高い放射率とその波長可変性)という効果を達成できるものではない。

【0034】
非特許文献2では、金属と被験分子の接触界面に自己組織化単分子膜を配して蛍光分子の蛍光を顕著に増強する基板が開示されるが、このような基板をSERS基板として使用することは適さない。なぜなら、非特許文献2の信号の減衰時間は0.35nsと測定されているが(非特許文献2のFig.S8)、この減衰時間は、ラマン散乱の減衰時間(<ps)とかけ離れている。すなわち、非特許文献2の信号は、すべてが蛍光であり、ラマン散乱の増強を示唆するものは一切ないといえる。また、蛍光増強基板から本願のSERS基板の効用を想起させる学理あるいは学説は存在せず、示唆を与えていない。

【0035】
SERS測定の対象として分子を対象として説明してきたが、本願のSERS基板の測定対象は分子に限定されるものではなく、被験分子の代わりに量子ドットなどの半導体量子ナノ構造やナノサイズの微結晶を用いることで格子振動モードを増強して観察可能にする。測定対象となる分子、ナノ構造、微結晶を総称して被験物質と称する。

【0036】
次に、本発明のSERS基板100の製造方法について説明する。
図4は、本発明のSERS基板の製造工程を示すフローチャートである。

【0037】
主に次の3つのステップからなる。ナノパターンのレジストへの形成(S410)、エッチングによりスラブ材にナノパターン(穴の周期配列)を転写(S420)、金属材料を付与し、相補的な金属ナノ構造を形成する(S430)。各ステップについて詳述する。

【0038】
ステップS410:レジストをスラブ材/表面層/基材(基材の表面層上にスラブ材が位置することを意味する)に備える。ここで、スラブ材および基材は、図1を参照して詳述したとおりであるため、省略する。例えば、SOI基板(Si層/SiO層/Si基板)において、基材がSiO(表面層)を有するSi基板であり、スラブ材がSi層である。SOI基板であれば、市販されており容易に入手可能である。また、任意の基材に表面層を熱酸化、あるいは、物理的/化学的気相成長法により形成し、その上に、スラブ材を物理的/化学的気相成長法により形成してもよい。このような手順は、半導体デバイスの分野において知られている。

【0039】
レジストは、樹脂であり得るが、転写を加熱によって行う場合には熱硬化型樹脂、転写を紫外線照射によって行う場合には紫外線硬化型樹脂が採用される。周期的に配列した複数の凸部からなるパターンを備えたモールドを、レジストに押し当て、パターンをレジストに転写する。このようなパターンを有するモールドは、石英、Si、SiC、Ta等の材料からなるが、パターンが転写される構成であれば特に制限はない。

【0040】
複数の凸部の逆パターンが、図1を参照して説明した複数の穴となり得るので、凸部の直径および周期は、逆パターンを考慮すれば、複数の放射率ピークを有する共鳴状態を呈するように適宜決定される。すなわち、直径および周期は、パターンが転写され、スラブ材に形成されるべき複数の穴の直径および周期によって決定されるスラブ材の複数の共鳴の少なくとも1つの共鳴が被験物質の指紋領域を含むように設定されればよい。

【0041】
直径および周期は、具体的には、光の波長程度であるが、直径が100nm以上500nm以下の範囲を有し、周期が300nm以上1000nm以下の範囲を有せば、複数の放射率ピークの少なくとも1つの放射率ピークが可視光から近赤外光域に位置するように設計できる。

【0042】
凸部の形状は、逆パターンが共鳴状態を呈する限り、制限はないが、例示的には、円柱状、角柱状等である。複数の凸部が、2以上の異なる直径および/または2以上の異なる周期を有していてもよい。

【0043】
パターンの転写は、好ましくは、加熱を行うかまたは紫外線を照射するナノインプリントリソグラフィである。加熱または紫外線照射により、熱硬化型樹脂/紫外線硬化型樹脂が硬化して、パターンが転写される。なお、パターンのレジストへの形成には電子線リソグラフィを用いてもよいが、大面積のパターン形成には長大な時間を要するため、現実的ではない。ナノインプリントリソグラフィを実施することで、ナノメートル精度で大面積なパターン形成が短時間に実行でき、量産に有利である。また、単純な周期配列構造であれば、干渉光によるフォトリソグラフィによるパターン形成も可能な場合があると考えられる。

【0044】
ステップS420:転写されたパターンにしたがってスラブ材をエッチングし、スラブ材に基材の表面層に達する、周期的に配列した複数の穴を形成する。エッチングは、スラブ材をパターンにしたがって除去できる限り特に制限はないが、好ましくは、ドライエッチングである。これにより、ナノオーダの高精度なパターンの転写を達成できる。とくに形成された穴の断面にテーパーがつかないようにするためにはBOSCH(ボッシュ)加工が有効であり、Siなどの半導体にこの加工法が用いられる。

【0045】
一般に、ナノインプリントリソグラフィではモールドによって構造の周期長が固定される。しかしながら、ステップS410のモールドを除去した際に残留する不要なレジストを除去する残膜処理(例えば、図6の(c)参照)において、処理時間を調整することにより穴の直径を変えることができる。このような制御を行うことにより、単一モールドによって共鳴波長を変えたSERS基板を製造することができる。例示的な残膜処理は、酸素プラズマにより、1~5分行えば、穴の直径を凸部の直径よりも大きくすることができる。熱ナノインプリントリソグラフィによっても同様のSERS基板製造工程が実施できる。

【0046】
ステップS430:スラブ材上に残留するレジストを除去し、金属材料をスラブ材の表面および形成された複数の穴のそれぞれを介した基材の表面層に付与する。レジストの除去は、薬液を用いたウェットプロセス、あるいは、酸素アッシングに代表されるドライプロセスによって行われる。金属材料の付与は、物理的気相成長法あるいは化学的気相成長法によって行われるが、穴の側面に金属が付着することを避け、相補的な金属ナノ構造を形成するためには金属原子の平行度の高い飛跡を実現できる蒸着法または対向スパッタリング法が適している。

【0047】
以上のようにして、本発明のSERS基板100(図1)を製造できる。

【0048】
(実施の形態2)
実施の形態2では、本発明によるSERS基板を用いたラマン分光分析について説明する。
図5は、本発明によるSERS基板がセットされたラマン分光分析装置を示す模式図である。

【0049】
ラマン分光分析装置500は、励起光を出射し、SERS基板100に照射する光源部510と、SERS基板100からのラマン散乱光を検出する検出部520とを備える。

【0050】
光源部510は、紫外から近赤外までの波長を有する励起光を発する連続光源またはパルス光源などのレーザ光源を備える。光源部510は、レーザ光源からの励起光をSERS基板100に照射するための、アパーチャ、コリメートレンズ、フィルタ、集光レンズ、ビームスプリッタ等の光学系を備えてもよい。

【0051】
検出部520は、ラマン散乱光を検出し、ラマンスペクトルを分光する分光器を備える。検出部520は、SERS基板100からのラマン散乱光を分光器に誘導するための、ビームスプリッタ、フィルタ、結像レンズ等の光学系を備えてもよい。検出部520は、さらに、分光器の結果を収集する中央演算処理装置を備え、その結果を表示するディスプレイを有してもよい。

【0052】
ラマン分光分析にあたって、SERS基板100への測定試料の準備法について説明する。SERS基板100の表面上にピペットを用いて微量(~2μL)の被験分子を含む溶液を滴下する。溶液がメタノール、エタノール等の有機溶媒である場合、滴下された溶液は自発的に拡散、乾燥することで均一な被験分子の分散を行うことができる。あるいは、被験分子を含む溶液にSERS基板100全体を浸して被験分子をSERS基板100の表面に付着させる方法もあるが、溶液を1mL程度必要とし、微量の被験分子しか用意できない場合には適さない。なお、本発明のSERS基板100は、上述した金属ナノ構造を有するため、被験分子が均一に付着するので、励起光のビームスポット位置依存性はない。

【0053】
このようなラマン分光分析装置500において、本発明のSERS基板100を用いれば、被験分子からのラマン散乱信号を、平坦なSi基板を用いる参照配置と比べて、5000倍程度にまで増強するので、高感度、均一かつ再現性良くラマン分光分析を行うことができる。なお、ラマン分光分析において、被験物質の光学応答を増強させるために使用されるSERS基板100としては、上述したように複数の共鳴のうち少なくとも1つの共鳴が、被験物質の指紋領域を含むように基板を選択し、用いれば、共鳴に対応して、被験物質のラマン散乱ピークを確実に増強できる。

【0054】
次に具体的な実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明がこれら実施例に限定されないことに留意されたい。
【実施例】
【0055】
[実施例1]
実施例1では、基材110(図1)が表面層140(図1)として埋め込み酸化膜(Buried Oxide:BOX)を備えたSi基板であり、スラブ材120(図1)がSiであり、金属材料130(図1)がAuであり、スラブ材は直径Dが250nmの穴を有し、周期Λ=410.5nm、Λ=710.0nmを有する周期的に配列した穴140(図1)を有するSERS基板を製造した。以降では、実施例1で製造した基板をSERS基板(D250nm)と称する。
【実施例】
【0056】
図6は、実施例のSERS基板の具体的な製造工程を示す模式図である。
【実施例】
【0057】
実施例1では紫外(UV)ナノインプリントリソグラフィを用いて、本発明のSERS基板を製造した。図6を参照し、製造工程を詳述する。まずスラブ材120(図1)の上にレジスト(NICT82510、ダイセル化学工業社製、日本)をスピンコートし、80℃で1分間プリベイクを施した(a)。つぎに、あらかじめ離型処理を施しておいた石英モールドをレジストに押し当てて加圧し、押し込みができた後、UV光を照射してレジストを硬化させた(b、ステップS410)。モールドは、直径220nmであり、Λ=410.5nm、Λ=710.0nmの周期で周期的に配列した凸部からなるパターンを有した。レジスト硬化後の様子を観察した。結果を図7に示す。
【実施例】
【0058】
図7は、UVナノインプリントリソグラフィによる図6(b)直後の様子を示す図である。
【実施例】
【0059】
1回のモールド準備で約10回のナノパターンのレジストへの転写を実行したときに撮影した。スケールバーは2cmを表しており、約30cmのナノパターン転写が短時間で実行できたことを示している。電子線リソグラフィではこのような大面積なナノパターン描画は長大な時間を要するため、現実的ではない。
【実施例】
【0060】
次いで、モールドを外し、残膜処理を行って押し込み位置に薄く残ったレジストを除去した(c)。BOSCH加工である異方性エッチングによってスラブ材120に穴を開けた(d、ステップS420)。
【実施例】
【0061】
残留レジストを除去した(e)。最後に金属材料としてAuを前記蒸着法により付与し、SERS基板を完成させた(f、ステップS430)。Auの厚さは、35nmであった。
【実施例】
【0062】
このようにして得られたSERS基板の典型的な外観写真を図8(A)に示す。走査型電子顕微鏡(SEM)により観察し、結果を図10に示す。次いで、実施例1のSERS基板(D250nm)を用いて、SERS信号を測定した。SERS信号測定に用いたラマン分光分析装置を図9に示す。また、SERS基板(D250nm)に分散された被験分子構造を図8(B)および図8(C)に示す。
【実施例】
【0063】
図8は、SERS基板の典型的な外観写真(A)と被験分子構造(B)および(C)とを示す図である。
【実施例】
【0064】
図8(A)はナノインプリントリソグラフィによって製造したSERS基板の写真である。基板中央部に位置する10mm角の正方形が円形の穴の周期配列からなる。スケールバーは10mmを示している。
【実施例】
【0065】
図8(B)は実施例で用いた近赤外光域の蛍光分子(IR783)の分子構造を示している。IR783分子を有機溶媒に溶かしたときの光吸収ピークが波長783nm付近にある。実施例では、IR783を有機溶媒としてメタノールに溶かした。このときのIR783溶液の濃度は、50μmol/Lであった。
【実施例】
【0066】
図8(C)は実施例で用いた可視光域の蛍光分子(R590)の分子構造を示している。R590分子を、メタノール等の有機溶媒に溶かしたときの光吸収ピークが波長590nm付近にある。実施例では、R590を有機溶媒としてメタノールに溶かした。このときのR590溶液の濃度は、10μmol/Lであった。
【実施例】
【0067】
上述のように製造したSERS基板(D250nm)の表面上にピペットを用いて微量(~2μL)のIR783溶液およびR590溶液をそれぞれ滴下し、これを測定用試料とした。より具体的には、IR783溶液をSERS基板(D250nm)に滴下した測定用試料を用いて光学測定した後、この測定用試料を王水で洗浄し、IR783分子および金属材料(ここでは金)を除去した。次いで、再度、金属材料を付与し、SERS基板(D250nm)を製造した。これに、R590溶液を滴下し、測定用試料とし、光学測定をした。
【実施例】
【0068】
図9は、実施例で用いたラマン分光分析装置を示す模式図である。
【実施例】
【0069】
光源部510は、レーザ901、アパーチャ902、可変減光素子903、レーザラインフィルタ904、レンズ905、ビームスプリッタ906および対物レンズ907を備えた。
【実施例】
【0070】
検出部820は、対物レンズ907、アパーチャ902、ビームスプリッタ906、ノッチフィルタ908、結像レンズ909、光ファイバへの集光ユニット910、光ファイバ911、分光器912、CCDカメラ913および電子計算機914を備えた。
【実施例】
【0071】
シングルモードの連続光レーザであるレーザ901からの励起光を、アパーチャ902、可変減光素子903、レーザラインフィルタ904、レンズ905等の光学系により強度およびスペクトル形状において調整したのち、対物レンズ907によって集光してSERS基板100上の被験分子に照射した。被験分子からのSERS信号を含む光を同じ対物レンズ907によって集光し、アパーチャ902、ビームスプリッタ906を通ったSERS信号を含む光からノッチフィルタ908によりレーザ光の散乱を除外した。次いで、SERS信号を結像レンズ909および光ファイバへの集光910を通して、光ファイバ911を経由して分光器912で波長分解してCCDカメラ913で測定した。測定データは電子計算機914で収集、保存した。ラマンスペクトルおよび放射率スペクトルを図14、図18および図20に示す。反射率スペクトルは分光光度計(図示せず)を用いて測定した。
【実施例】
【0072】
次に、実施例1のSERS基板(D250nm)について、数値計算により反射スペクトルおよび光吸収スペクトルを求めた。結果を図22~図25に示す。得られた光吸収スペクトルの3次共鳴、2次共鳴および4次共鳴それぞれにおける電場x成分分布、ならびに、電場絶対値分布を算出した。結果を図23~図25に示す。
【実施例】
【0073】
[実施例2]
実施例2では、穴直径を265nmとした以外は、実施例1と同様であった。得られた実施例2のSERS基板(SERS基板(D265nm)と称する)について、実施例1と同様に、SEM観察した。実施例1と同様に、測定用試料を調整し、測定した反射率スペクトルから放射率スペクトルを導き、SERS信号(被験分子:IR783)を測定した。これらの結果を、図11、図15および図22に示す。一連の測定後、測定用試料を洗浄し、再度金属材料としてAgを付与した。得られたSERS基板(D265nm)について反射率スペクトルを測定した。結果を図26に示す。
【実施例】
【0074】
[実施例3]
実施例3では、穴直径を283nmとした以外は、実施例1と同様であった。得られた実施例3のSERS基板(SERS基板(D283nm)と称する)について、実施例1と同様に、SEM観察した。実施例1と同様に、測定用試料を調整し、測定した反射率スペクトルから放射率スペクトルを導き、SERS信号(被験分子:IR783)を測定した。これらの結果を、図12、図16および図18に示す。
【実施例】
【0075】
[実施例4]
実施例4では、穴直径を314nmとした以外は、実施例1と同様であった。得られた実施例4のSERS基板(SERS基板(D314nm)と称する)について、実施例1と同様に、SEM観察した。実施例1と同様に、測定用試料を調整し、測定した反射率スペクトルから放射率スペクトルを導き、SERS信号(被験分子:IR783)を測定した。これらの結果を、図13、図17および図22に示す。
【実施例】
【0076】
[実施例5]
実施例5では、穴直径を280nmとした以外は、実施例1と同様であった。得られた実施例5のSERS基板(SERS基板(D280nm)と称する)について、実施例1と同様に、SEM観察した。実施例1と同様に、測定用試料を調整し、測定した反射率スペクトルから放射率スペクトルを導き、SERS信号(被験分子:R590)を測定した。これらの結果を、図19、図20および図22に示す。実施例2と同様に、測定用試料を調整後、再度金属材料としてAgを付与した。得られたSERS基板(D280nm)について反射率スペクトルを測定した。結果を図26に示す。
【実施例】
【0077】
[実施例6]
実施例6では、穴直径を245nmとした以外は、実施例1と同様であった。得られた実施例6のSERS基板(SERS基板(D245nm)と称する)について、実施例1と同様に、SEM観察した。実施例1と同様に、測定用試料を調整し、測定した反射率スペクトルから放射率スペクトルを導き、SERS信号(被験分子:R590)を測定した。これらの結果を、図19および図20に示す。実施例2と同様に、測定用試料を調整後、再度金属材料としてAgを付与した。得られたSERS基板(D245nm)について反射率スペクトルを測定した。結果を図26に示す。
【実施例】
【0078】
[実施例7]
実施例7では、穴直径を190nmとした以外は、実施例1と同様であった。得られた実施例7のSERS基板(SERS基板(D190nm)と称する)について、実施例1と同様に、SEM観察した。実施例1と同様に、測定用試料を調整し、測定した反射率スペクトルから放射率スペクトルを導き、SERS信号(被験分子:IR783およびR590)を測定した。これらの結果を、図18~図20に示す。
【実施例】
【0079】
[実施例8]
実施例8では、穴直径を215nmとした以外は、実施例1と同様であった。得られた実施例8のSERS基板(SERS基板(D215nm)と称する)について、実施例1と同様に、SEM観察した。実施例1と同様に、測定用試料を調整し、測定した反射率スペクトルから放射率スペクトルを導き、SERS信号(被験分子:R590)を測定した。これらの結果を、図19および図20に示す。
【実施例】
【0080】
[実施例9]
実施例9では、穴直径を300nmとし、金属材料をAgとした以外は、実施例1と同様であった。実施例9のSERS基板(SERS基板(D300nm)と称する)について、実施例1と同様に、SEM観察をし、反射率スペクトルを測定した。結果を図26に示す。
【実施例】
【0081】
[比較例10]
比較例10では、SERS基板として、Auナノロッドアレイ基板であるWavelet(ニデック社製、日本)を用い、実施例5~8と同様の条件にて、SERSスペクトル(SERS信号)を測定した。結果を図21(A)に示す。
【実施例】
【0082】
[比較例11]
比較例11では、SERS基板として、Q-SERS(Nanovo社製、米国)を用い、実施例5~8と同様の条件にて、SERSスペクトルを測定した。結果を図21(B)に示す。Q-SERSは金膜上に自己組織化単分子膜を形成したものと開示されている。SERS測定がよく行われてきた従来技術の典型の1つである。
【実施例】
【0083】
以上の実施例および比較例1~11のSERS基板を簡単のため表1にまとめて示し、結果を詳述する。
【実施例】
【0084】
【表1】
JP2017173084A_000003t.gif
【実施例】
【0085】
図10は、実施例1のSERS基板(D250nm)の表面のSEM像を示す図である。
図11は、実施例2のSERS基板(D265nm)の表面のSEM像を示す図である。
図12は、実施例3のSERS基板(D283nm)の表面のSEM像を示す図である。
図13は、実施例4のSERS基板(D314nm)の表面のSEM像を示す図である。
【実施例】
【0086】
図10~図13において、白いスケールバーは1μmを示している。図10によれば、実施例1のSERS基板の穴の直径Dは250nmであり、周期Λ=410.5nm、Λ=710.0nmであった。図11によれば、実施例2のSERS基板の穴の直径Dは265nmであり、周期Λ=410.5nm、Λ=710.0nmであった。図12によれば、実施例3のSERS基板の穴の直径Dは283nmであり、周期Λ=410.5nm、Λ=710.0nmであった。図13によれば、実施例4のSERS基板の穴の直径Dは314nmであり、周期Λ=410.5nm、Λ=710.0nmであった。いずれも、モールドの凸部の大きさおよび形状を反映したナノパターンが均一に形成されていることが分かった。図示しないが、実施例5~9においても、所望の直径を有する複数の穴が、所定の周期で配列していることを確認した。
【実施例】
【0087】
図14は、実施例1のSERS基板(D250nm)を用いたSERSスペクトルおよび放射率(E)スペクトルを示す図である。
図15は、実施例2のSERS基板(D265nm)を用いたSERSスペクトルおよび放射率(E)スペクトルを示す図である。
図16は、実施例3のSERS基板(D283nm)を用いたSERSスペクトルおよび放射率(E)スペクトルを示す図である。
図17は、実施例4のSERS基板(D314nm)を用いたSERSスペクトルおよび放射率(E)スペクトルを示す図である。
図18は、実施例1のSERS基板(D250nm)、実施例3のSERS基板(D283nm)、実施例7のSERS基板(D190nm)および実施例8(D215nm)を用いたSERSスペクトルを示す図である。
【実施例】
【0088】
図14~図18は、いずれも被験分子がIR783である場合の結果を示す。図14~図17において、実線がSERSスペクトル(左軸に対してSERS信号の強度を示す)を示し、破線が放射率スペクトル(右軸に対して放射率の強度を示す)を示す。
【実施例】
【0089】
放射率Eは、測定反射率Rから式1を用いて得た。測定したSERS基板においては透過光および回折光は無視できるほど小さいため、SERS基板の光吸収率AbsはAbs=100-R(%)で得られる。キルヒホッフの放射則により光吸収率と放射率は等しく(例えば、J.-J.Greffetら,J.Opt.Soc.Am.A 15,2735(1998)を参照)、前記放射率Eを求める式1が成り立つ。
【実施例】
【0090】
図14のSERSスペクトルは、10個以上の細かいピークを示した。これらのピークのそれぞれがIR783の分子振動モードに対応した。入射レーザ光は波長786.6nmであった(図14中の矢印)。分光光度計を用いて、実施例1のSERS基板(D250nm)の反射率を入射角度5°のほぼ垂直入射下で測定し、前記放射率Eの算出式に反射率を代入することにより、放射率を求めた(破線)。なお、対物レンズの開口数に相当する20°以下の入射角において放射率の入射角依存性がほとんどないことを確認した。本発明のSERS基板の基本的な光学特性は、対物レンズの開口数に相当するの入射角の範囲で測定すればよい。
【実施例】
【0091】
放射率の3次放射率ピーク付近において顕著にSERS信号が大きくなった。共鳴の次数は垂直入射下での放射率スペクトルにおいて最も長波長(すなわち最も低エネルギー)側から1次、2次、3次などと順に定めた。図14における数字2~5はそれぞれ2次~5次の共鳴を意味している。なお、図示しないが、本発明のSERS基板の放射率の共鳴波長域と、金属が付与されない基板のそれとを比較したところ、本発明のSERS基板の放射率の共鳴波長域は、広帯域化されていることを確認した。
【実施例】
【0092】
詳細には、放射率スペクトルにおける3次の放射率の共鳴波長域が、IR783の指紋領域(波数(単位cm-1)650~1300cm-1に相当)を含むことにより、IR783のSERS信号は、放射率の3次放射率ピーク付近で増強したことを確認した。同様に、図15~図17を参照すれば、各SERS基板の放射率ピークに対応して、IR783のSERS信号の増強が確認された。また、図15~図17の放射率スペクトル(例えば、2次の共鳴に着目すれば分かりやすい)を比較すると、穴直径が大きくなるにつれて、同じ次数の放射率ピークの波長がブルーシフトした。
【実施例】
【0093】
図18では、図14あるいは図16のSERSスペクトルを、横軸を波数(cm-1)として表している。図中の両端矢印は上述のIR783の指紋領域を示す。図18から、実施例1あるいは実施例3のSERS基板において、IR783のSERS信号を効率的に増強できたことが分かった。図示しないが、実施例2のSERSスペクトルも同様であった。
【実施例】
【0094】
一方、実施例7のSERS基板(D190nm)においては、IR783のSERS信号の増強は確認できなかった。これは、後述するように、実施例7のSERS基板(D190nm)が、IR783の指紋領域を含む放射率の共鳴波長域を有しないためであった。
【実施例】
【0095】
図19は、実施例5のSERS基板(D280)、実施例6のSERS基板(D245nm)、実施例7のSERS基板(D190nm)および実施例8のSERS基板(D215nm)の反射率スペクトルを示す図である。
【実施例】
【0096】
反射率は、入射角度5°のほぼ垂直入射下で測定された。入射光は図1(A)に示すxz平面内を進み、その電場ベクトルはxz面内にある偏光下で測定された。上述の放射率の式を参照すれば、反射率のディップが、放射率のピーク、すなわち共鳴に相当する。実施例6のSERS基板(D245nm)の反射率スペクトルに着目すれば、数字1~5は、それぞれ、1次~5次の共鳴を意味している。図19の3次および4次の共鳴は、それぞれ、図14の3次および4次の共鳴に対応する。
【実施例】
【0097】
図19によれば、穴直径が大きくなるにつれて、同じ次数の放射率ピークの波長がブルーシフトした。実施例7のSERS基板(D190nm)の反射率スペクトルは、IR783の指紋領域に相当する波数650~1300cm-1を含む放射率の共鳴波長域を有しなかった。このことは、図18に示す実施例7のSERS基板(D190nm)がIR783のSERS信号の増強を示さなかった結果に一致する。
【実施例】
【0098】
図20は、実施例1のSERS基板(D250nm)、実施例5のSERS基板(D280nm)、実施例6のSERS基板(D245nm)、実施例7のSERS基板(D190nm)および実施例8のSERS基板(D215nm)を用いた放射率スペクトル(A)、SERSスペクトル(B)および(C)を示す図である。
【実施例】
【0099】
図20(A)の放射率スペクトルは、図19の波長520nm~620nmの反射率に基づいて算出された放射率を拡大して示す。図20(B)および(C)は、いずれも、入射レーザ光が波長532nmであり、被験分子がR590である場合のSERSスペクトルを示すが、それぞれ、横軸を波長および波数で示す。図20(B)および(C)によれば、波長550nm~575nmの範囲に10個以上の細いピークを示した。これらのピークのそれぞれがR590の分子振動モード(指紋領域)に対応した。このことから、本発明のSERS基板を用いれば、R590のSERS信号を効率的に増強できることが分かった。
【実施例】
【0100】
図21は、比較例10および比較例11のSERS基板を用いたSERSスペクトルを示す図である。
【実施例】
【0101】
図21(A)および(B)は、それぞれ、比較例10および比較例11のSERS基板を用い、被験分子がR590である場合のSERS測定結果である。図21(A)の縦軸と図20(B)の縦軸とは、測定条件で規格化してあるので直接比較できる。
【実施例】
【0102】
図21(A)では光照射スポットを異なる5点に選び、測定した結果を示している。いずれも測定スポットにおいてもほぼ同等の信号が得られたが、最大強度は1000程度(波長560nm)であり、図20(B)に示した本願のSERS基板による同一波長での信号強度8000~18000程度と比べて、1/8から1/18程度であった。さらにR590の分子振動に対応する細いピークはWavelet(比較例10のSERS基板)では観測されなかった。すなわち、SERS信号が観測されなかった。図21(A)のスペクトル形状はR590の典型的な蛍光スペクトルとほぼ同一である(例えば、非特許文献2を参照)。このように同一条件下で測定した結果、本発明のSERS基板は、既存のSERS基板と比べて、定量的かつ定性的な優位性が顕著であることを確認した。
【実施例】
【0103】
図21(B)の縦軸と図20(B)の縦軸とは、測定条件で規格化してあるので直接比較できる。図21(B)でも光照射スポットを異なる5点に選び、測定した結果を示している。いずれも測定スポットにおいても20%程度の信号強度の揺らぎはあるが、形状としては類似の結果が得られた。なお、538nm付近にみられる鋭い信号はレーザ光であり、SERS信号ではない。最大強度は平均で900程度(波長560nm)であり、図20(B)に示した本願のSERS基板による同一波長での信号強度8000~18000程度と比べて、1/9から1/20程度であった。さらにR590の分子振動に対応する細いピークはQ-SERS(比較例11のSERS基板)ではかすかに兆候が見られたものの、信号強度として50以下であった。本願のSERS基板によるSERS信号強度5000程度と比較すると、1/100程度であり、著しく小さかった。このように同一条件下で測定した結果、本発明のSERS基板は、既存のSERS基板と比べて、定量的な優位性が顕著であることを確認した。
【実施例】
【0104】
実施例1~8では、UVナノインプリントリソグラフィによるナノパターン形成を基にしたSERS基板製造を行ったため、周期長は固定とし、穴直径を変化させたSERS基板を製造した。被験分子の共鳴波長に合うSERS基板では特に明瞭なSERS信号が観測され、既存のSERS基板と同一実験条件下で比較したところ、定量的な優位性が100倍以上あり、明確であった。既存のSERS基板の種類によってはSERS信号が観測されなかった場合もあり、本願のSERS基板の実用上の優位性は確証されたと言える。
【実施例】
【0105】
以上から、本発明のSERS基板によれば、周期的に配列された複数の穴を有するスラブ材により複数の共鳴(放射率スペクトルにおける放射率ピークに相当する)を呈し、なおかつ金属材料によって共鳴波長域は広帯域化されている。広帯域化された複数の共鳴のうち少なくとも1つの共鳴が、被験分子の指紋領域を含みさえすれば、被験分子のSERS信号を効率的に増強できることが示された。また、複数の穴の直径を制御することにより、共鳴波長をシフトできるので、被験分子の共鳴波長に合わせて所望の指紋領域を確実に含み、高感度な分子検出を可能にするSERS基板を提供することができる。
【実施例】
【0106】
図22は、実施例1のSERS基板(D250nm)、実施例2のSERS基板(D265nm)、実施例4のSERS基板(D314nm)および実施例5のSERS基板(D280nm)に対応する数値計算による反射率スペクトル(A)および放射率スペクトル(B)を示す図である。
【実施例】
【0107】
入射光はxz平面内を進み、入射角度θは5°、入射偏光は電場ベクトルがxz平面内にあるp偏光とした。この入射光は実施例1~4および図19における反射率測定配置と対応している。
【実施例】
【0108】
散乱(S)行列法を組み込んだ厳密結合波解析法(RCWA)を用いて、共鳴電磁場の本発明のSERS基板への寄与を調べた。S行列法を組み込んだRCWAは電磁気学の第一原理であるマクスウェル方程式を数値的に精度よく解くという、学理的に確立された基盤に基づく方法であり、そのコードをスーパーコンピュータ上で実行した。具体的な解析手順は、Li,L.のJ.Opt.Soc.Am.A 14,2758-2767(1997)およびLi,L.のJ.Opt.Soc.Am.A 13,1024-1035(1996)にしたがって行った。
【実施例】
【0109】
上述したキルヒホッフの法則により、反射率(図22(A))から放射率を求めた(図22(B))。図22(B)において、数字1~4は、それぞれ、1次~4次の共鳴を意味している。図22によれば、SERS基板の穴直径が大きくなるにつれて、共鳴波長のピークがブルーシフトすることが分かった。この結果は、図15~図17および図19を参照して説明した実験結果に一致した。このことからも、本発明のSERS基板の穴直径を制御するだけで、所望の共鳴波長を得ることができることが分かる。
【実施例】
【0110】
図23は、実施例1のSERS基板(D250nm)の数値計算による放射率スペクトル(A)、3次の共鳴における電場x成分分布(B)および電場絶対値分布(C)を示す図である。
図24は、実施例1のSERS基板(D250nm)の数値計算による2次の共鳴における電場x成分分布(A)および電場絶対値分布(B)を示す図である。
図25は、実施例1のSERS基板(D250nm)の数値計算による4次の共鳴における電場x成分分布(A)および電場絶対値分布(B)を示す図である。
【実施例】
【0111】
なお、図23~図25において、入射光が図1(A)の座標軸のxy面に対して垂直入射され、その偏光がx偏光であるものとした。
【実施例】
【0112】
図23(A)は、図22(B)の結果を抜粋して示す。図23(B)は、図1(A)のxz断面のある瞬間の電場のx成分の分布を示すが、濃淡が明瞭に示される穴の周辺やスラブ材と金属材料との界面に電場が強く局在していることがわかった。図23(C)は、図23(B)に対応するxz面の電場のx成分およびz成分の絶対値を示すが、ここでも、濃淡が明るく示される穴の壁面の領域に電場が強く局在していることが分かった。
【実施例】
【0113】
図24(A)は、図1(A)のxz断面のある瞬間の電場のx成分の分布を示すが、濃淡のコントラストが明瞭に示されるスラブ材と金属材料との界面に電場が強く局在していることがわかった。図24(B)は、図24(A)に対応するxz面の電場のx成分およびz成分の絶対値を示すが、ここでも、濃淡が明るく示される穴の壁面の領域に電場が強く局在していることが分かった。
【実施例】
【0114】
図25(A)は、図1(A)のxz断面のある瞬間の電場のx成分の分布を示すが、濃淡のコントラストが明瞭に示されるスラブ材と金属材料との界面に電場が強く局在していることがわかった。図25(B)は、図25(A)に対応するxz面の電場のx成分およびz成分の絶対値を示すが、ここでも、濃淡が明るく示される穴の壁面およびスラブ材と金属材料との界面の領域に電場が強く局在していることが分かった。
【実施例】
【0115】
これらの結果は、本発明のSERS基板は、スラブ材に局在するフォトニック導波路モードと金属ナノ構造近傍で共鳴的に増強されるプラズモン状態が同時に誘起されるハイブリッド共鳴状態を表している。
【実施例】
【0116】
以上から、本発明のSERS基板は、電場が局在化することが分かり、複数の共鳴を有する共鳴状態を呈することが示され、これにより放射率が増強することが確認された。このことは、図14~図20を参照して説明した実験結果に一致した。
【実施例】
【0117】
また、電場が強く局在している領域が見られたが、この領域は、被験物質がこの領域に位置すれば、SERS信号を増強するホットスポットと呼ばれる。ホットスポットは極めて限られた領域(~5nm)であり、ここに被験物質を位置させることは非常に困難である。しかしながら、図14~図18および図20を参照して説明したように、本発明のSERS基板を用いれば、ホットスポットを意識した被験物質の配置をすることなく、均一に増強したSERS信号分布を再現性良く得られることが示された。
【実施例】
【0118】
図26は、実施例2のSERS基板(D265nm)、実施例5のSERS基板(D280nm)、実施例6のSERS基板(D245nm)および実施例9のSERS基板(D300nm)の測定した反射率スペクトルを示す図である。
【実施例】
【0119】
図26のスペクトルは、金属材料としてAuに代えてAgを用いて製造したSERS基板の測定反射スペクトルである。Agの厚さは35nmであった。穴直径は245nmから300nmまで変えて測定した。図19の金属材料がAuの場合と同様に、穴直径が大きくなると同じ次数の共鳴が短波長側に表れるという性質が観測された。放射率で考えると、Auの場合と同じく大きな放射率が得られることから、SERS基板として機能することが示唆される。
【実施例】
【0120】
なお、実施例2、5および6のSERS基板は、Auを王水で洗浄・除去した後にAgを付与することによって調整されていることから、本発明のSERS基板は再利用ができ、コスト削減に有利であることが確認された。
【実施例】
【0121】
以上の実施例1~11では、被験分子としてIR783およびR590の蛍光分子を用いたが、上述したように、本発明のSERS基板の少なくとも1つの共鳴が、被験分子の指紋領域に対応していれば(含んでいれば)、上記蛍光分子に限らず、可視光から近赤外光域に指紋領域を有する被験分子のSERS信号を増強できる。
【実施例】
【0122】
[実施例12]
実施例12では、3種類の穴直径D(250nm)、D(280nm)およびD(314nm)を有する複数の穴が、1230nmの周期Λ、710nmのΛで周期的に配列したスラブ材を備えたSERS基板を想定し、その放射率スペクトルを数値計算した。結果を図27に示す。
【実施例】
【0123】
図27は、実施例12のSERS基板の構造図(A)および数値計算した放射率スペクトル(B)を示す図である。
【実施例】
【0124】
図27(A)において、単位胞は点線で囲んだ長方形の領域である。この単位胞の横幅は、図2(A)に示すすべて同じ穴直径D(250nm)からなるSERS基板の構造図の単位胞のそれと比べて3倍となる。図27(B)の実線で示す放射率スペクトルは、図27(A)の3種の異なる穴直径を有するSERS基板における放射率スペクトルの数値計算結果である。図27(B)には、比較のため、図2(B)で示す穴直径Dの穴を備えたSERS基板の数値計算による放射率スペクトルを破線で示す。
【実施例】
【0125】
図27(B)の実施例12の放射率スペクトル(実線)は、波長1090nm~1420nmにブロードな大きなピークを有した。図27(B)によれば、複数の穴直径を組み合わせることにより、単一の穴直径の構造と比べて、大きな放射率の波長域が広帯域化することが分かった。詳細には、図27(B)の実線で示す放射率スペクトルにおける放射率50%(両端矢印で示す)は、1090~1420nmにわたった。一方、破線で示す放射率スペクトルにおける対応する放射率は1205~1290nmまたは1370~1445nmであり、1090~1420nmの範囲の約1/4の共鳴波長域にとどまっていた。
【実施例】
【0126】
なお、実施例12では、穴直径のみ変化させたが、単位胞の幅が変化すればよいという観点から、複数の穴直径を採用する以外にも、複数の穴の周期を採用する、あるいは、これらの両方を採用しても、同様に放射率のピークの広帯域化を達成できることは言うまでもない。
【実施例】
【0127】
以上から、本発明のSERS基板は、周期長と穴直径とを含む単位胞構造の調整(穴直径および/または周期長の制御)により、広帯域化された共鳴波長域をもつことが可能であり、多様な被験分子の共鳴波長に対応でき、分子振動の指紋領域を含むSERS信号の検出を容易にする。
【実施例】
【0128】
[比較例13]
比較例13では、本発明による相補的な金属ナノ構造の有効性について検討した。詳細には、比較例13の基板は、実施例1と同様に、埋め込み酸化膜を備えたSi基板上に、直径Dが250nmの穴を有し、周期Λ=410.5nm、Λ=710.0nmを有する周期的に配列した穴を有するSiを有するが、金属材料(Au)がSiの表面に加えて穴の側面も覆っている点で異なる、相補的な金属ナノ構造を有しない基板であった。このような基板について、実施例1と同様に、数値計算により放射率スペクトルを算出した。結果を図28に示す。
【実施例】
【0129】
図28は、比較例13による基板の模式図(A)と、数値計算による放射率スペクトル(B)を示す図である。
【実施例】
【0130】
図28(A)に示すように、比較例13の基板は、SiO140を備えたSi基板110と、Si基板110の表面に位置し、直径Dが250nmの穴を有し、周期Λ=410.5nm、Λ=710.0nmを有する周期的に配列した穴150を有するSi層120と、Si層120上に位置するAu層2810とを含む。Au層2810は、Si層120の表面および穴150の底面および側面160も覆っており、相補的な金属ナノ構造を形成しない。この構造は特許文献1で開示される構造と同様である。穴の内壁を除く構造パラメータは実施例1と同じとし、穴の内壁の金属の厚さも上面の金属の厚さと同じく35nmとした。
【実施例】
【0131】
図28(B)において、点線で示すスペクトルが比較例13の結果を示す。図28(B)には、比較のために、実施例1のSERS基板の数値計算による放射率スペクトル(実線)を併せて示す。この放射率スペクトル(実線)は、図23(A)に示すスペクトルと同じである。
【実施例】
【0132】
点線と実施例1の結果である実線とを比べると、比較例13の放射率が10%程度まで明確に低減したことが確認された。また、実施例1で見られた共鳴による大きな放射率ピークのほとんどが消失したことも確認された。
【実施例】
【0133】
以上から、本発明のSERS基板における相補的な金属ナノ構造により、本願で提示するSERS基板としての効用、すなわち、広帯域化された共鳴波長域をもつことが可能であり、多様な被験分子の共鳴波長に対応でき、分子振動の指紋領域を含むSERS信号の検出を容易にすることが示され、特許文献1と同様の比較例13に代表される相補的な金属ナノ構造を有さない基板では実現困難であることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0134】
本発明によるSERS基板は、既存のSERS基板に比べて著しい増強効果を有するだけでなく、SERS基板上での測定位置依存性は異なる複数の測定点の平均値からのずれが5%程度と小さいので、このようなSERS基板を用いれば、容易に、再現性よく、高精度に被験物質の検出および分析を可能にする。また、本発明のSERS基板は洗浄または金属材料の除去・再付与のみで再利用可能であり、コストの面でも使い捨ての既存のSERS基板と同等か、それ以上優位性を見込むことができる。
【符号の説明】
【0135】
100 SERS基板
110 基材
120 スラブ材
130 金属材料
140 表面層
150 複数の穴
310、320 放射率スペクトル
500 ラマン分光分析装置
510 光源部
520 検出部
901 レーザ
902 アパーチャ
903 可変減光素子
904 レーザラインフィルタ
905 レンズ
906 ビームスプリッタ
907 対物レンズ
908 ノッチフィルタ
909 結像レンズ
910 光ファイバへの集光ユニット
911 光ファイバ
912 分光器
913 CCDカメラ
914 電子計算機
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6
【図8】
7
【図9】
8
【図10】
9
【図11】
10
【図12】
11
【図13】
12
【図14】
13
【図15】
14
【図16】
15
【図17】
16
【図18】
17
【図19】
18
【図20】
19
【図21】
20
【図22】
21
【図23】
22
【図24】
23
【図25】
24
【図26】
25
【図27】
26
【図28】
27