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明細書 :スピン偏極高輝度電子発生フォトカソード及びその製造方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 公開特許公報(A)
公開番号 特開2017-195178 (P2017-195178A)
公開日 平成29年10月26日(2017.10.26)
発明の名称または考案の名称 スピン偏極高輝度電子発生フォトカソード及びその製造方法
国際特許分類 H01J  37/073       (2006.01)
H01J  19/02        (2006.01)
H01J  37/06        (2006.01)
H01J   9/12        (2006.01)
FI H01J 37/073
H01J 19/02
H01J 37/06 A
H01J 37/06 Z
H01J 9/12 B
請求項の数または発明の数 9
出願形態 OL
全頁数 19
出願番号 特願2017-069378 (P2017-069378)
出願日 平成29年3月30日(2017.3.30)
新規性喪失の例外の表示 申請有り
優先権出願番号 2016081955
優先日 平成28年4月15日(2016.4.15)
優先権主張国 日本国(JP)
発明者または考案者 【氏名】金 秀光
【氏名】竹田 美和
【氏名】山本 将博
【氏名】神谷 幸秀
出願人 【識別番号】504151365
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人名古屋大学
個別代理人の代理人 【識別番号】100093816、【弁理士】、【氏名又は名称】中川 邦雄
審査請求 未請求
テーマコード 5C030
Fターム 5C030BB02
5C030BB17
5C030CC02
5C030CC10
要約 【課題】本発明は、簡易な構造を有する裏面照射用のスピン偏極高輝度電子発生フォトカソード及びその製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】ナノメートルの表面平坦性を有する単結晶基板の上にNEA性を有する単結晶化合物半導体の薄膜を形成させる。本発明スピン偏極高輝度電子発生フォトカソードは、有機金属気相成長法を用いて製造することができる。
【選択図】図2
特許請求の範囲 【請求項1】
ナノメートルレベルの平坦な清浄表面を有し1.5eVから10eVの範囲にあるバンドギャップを有する単結晶基板と、該基板の上にエピタキシャル成長させた、該基板に対して選ばれた一つの、0.15eVから6.5eVの範囲にあるバンドギャップを有しかつNEA性を有する単結晶化合物半導体の薄膜と、からなるスピン偏極高輝度電子発生フォトカソードであって、前記単結晶基板の底面に1.5eVから10eVの範囲にある光が入射されたときに、前記単結晶化合物半導体の薄膜から電子線輝度が10Acm-2sr-1程度乃至それ以上の電子線が発生されることを特徴とするスピン偏極高輝度電子発生フォトカソード。
【請求項2】
ナノメートルレベルの平坦な清浄表面を有し1.5eVから10eVの範囲にあるバンドギャップを有する単結晶基板と、該基板の上にエピタキシャル成長させた、該基板に対して選ばれた一つの、0.15eVから6.5eVの範囲にあるバンドギャップを有しNEA性及びスピン偏極電子発生能を有する単結晶化合物半導体の薄膜と、からなるスピン偏極高輝度電子発生フォトカソードであって、前記単結晶基板の底面に1.5eVから10eVの範囲にある光が入射されたときに、前記単結晶基板の底面に1.5eVから10eVの範囲にある偏光レーザーが入射されたときに、前記単結晶化合物半導体の薄膜から電子線輝度が10Acm-2sr-1程度乃至それ以上の、且つ、スピン偏極度が90%以上程度乃至それ以上の電子線が発生されることを特徴とするスピン偏極高輝度電子発生フォトカソード。
【請求項3】
前記単結晶化合物半導体がGaAs系の単結晶化合物半導体であり、前記単結晶基板がZnS又はZnTeであることを特徴とする請求項1又は2に記載のスピン偏極高輝度電子発生フォトカソード。
【請求項4】
前記単結晶化合物半導体がGaAs系の単結晶化合物半導体であり、前記単結晶基板がZnSeであることを特徴とする請求項1又は2に記載のスピン偏極高輝度電子発生フォトカソード。
【請求項5】
前記単結晶化合物半導体がInSb系の単結晶化合物半導体であり、前記単結晶基板がMgTe、CdTe、CdMnTe及びCdZnTeの中から選ばれた一つであることを特徴とする請求項1又は2に記載のスピン偏極高輝度電子発生フォトカソード。
【請求項6】
前記単結晶化合物半導体がInN系の単結晶化合物半導体であり、前記単結晶基板が単結晶ダイヤモンド及び立方晶窒化硼素の中から選ばれた一つであることを特徴とする請求項1又は2に記載のスピン偏極高輝度電子発生フォトカソード。
【請求項7】
前記単結晶化合物半導体がGaN系の単結晶化合物半導体であり、前記単結晶基板がZnO及び六方晶窒化ホウ素の中から選ばれた一つであることを特徴とする請求項1又は2に記載のスピン偏極高輝度電子発生フォトカソード。
【請求項8】
前記単結晶化合物半導体がCdS系の単結晶化合物半導体であり、前記単結晶基板がGaNであることを特徴とする請求項1又は2に記載のスピン偏極高輝度電子発生フォトカソード。
【請求項9】
前記単結晶化合物半導体が50nm~500nmの厚みであることを特徴とする請求項1~8のいずれか1項に記載のスピン偏極高輝度電子発生フォトカソード。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、スピン偏極高輝度電子発生フォトカソード及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本発明におけるスピン偏極電子とは、上向き電子スピンと下向き電子スピンの存在比率が同じではない状態に在る電子をいう。NEA性とは、半導体の伝導帯よりも真空準位のほうがエネルギー的に低い状態のことをいい、これを、負電子親和性(negative electron affinity)又は負の電子親和力の状態という。NEA性を有するとは、スピン偏極電子を発生させる場合があり、あるいは、スピン偏極電子を発生させない場合もある。スピン偏極電子発生能とは、半導体の伝導帯に在る電子が真空準位に移動するときに、スピン偏極電子を発生する能力を有することをいう。高輝度電子発生物質とは、光を吸収して輝度の高い電子を発生させることができる物質をいう。スピン偏極電子発生物質とは、偏光レーザー等の偏光を吸収してスピン偏極電子を発生させることができる物質をいう。本発明スピン偏極高輝度電子発生フォトカソードとは、光を吸収して高輝度電子を発生するフォトカソードであり、又、偏光レーザー等の偏光を吸収してスピン偏極した高輝度電子を発生させるフォトカソードのことである。
【0003】
従来、裏面照射型のスピン偏極電子発生素子に係る発明が提案されている(特許文献1~4)。特許文献1には、GaAs基板上にGaAsを主成分とする中間層やバッファ層を積層させ、その上にGaAs-GaAsPの超格子層を10層程度積層させ、更にその上にGaAs等の薄膜(以下、NEA活性層と略す。)を形成させたスピン偏極電子発生素子が開示されている。特許文献2には、GaN基板上にAlGaInNを主成分とする中間層やバッファ層を積層させ、その上にGaAs-GaAsPの超格子層を10層程度積層させ、更にその上にGaAs等のNEA活性層を形成させたスピン偏極電子発生素子が開示されている。特許文献3には、GaP基板上にAlGaAsPを主成分とする少なくとも中間層やバッファ層を積層させ、その上にGaAs-GaAsPの超格子層を10層程度積層させ、更にその上にGaAs等のNEA活性層を形成させたスピン偏極電子発生素子が開示されている。特許文献4には、GaAs基板上にInGaAsを主成分とする中間層やバッファ層を積層させ、その上にGaAs-GaAsPの超格子層を10層程度積層させ、更にその上にGaAs等のNEA活性層を形成させたスピン偏極電子発生素子が開示されている。
【0004】
従来の裏面照射型のスピン偏極電子発生素子は、スピン偏極度90%程度の電子を発生させることは可能であるが、光を電子に変換させる当該素子の量子効率が非常に小さい(概ね0.4%以下である)こと、高輝度電子の発生が困難である(10Acm-2sr-1程度の非常に低い輝度である)こと、基板と最上層であるGaAs等のNEA活性層との間に中間層やバッファ層を必ず介在させる必要があるために製造工程が非常に複雑であること、用いる基板の光透過の吸収端のために当該素子を励起する励起光が狭い波長範囲に限られるということ、等の実用上改善すべき問題があった。
【0005】
しかし、90%程度乃至それ以上の高いスピン偏極度を維持しながら高量子効率で高輝度電子を発生させることができ、簡易な構造を有し、広い波長域の励起光を利用可能な、裏面照射型のスピン偏極高輝度電子発生フォトカソード及びその製造方法は、ほとんど知られていない。
【先行技術文献】
【0006】

【特許文献1】特開2008-198360号公報
【特許文献2】特開2009-266809号公報
【特許文献3】特開2013-235750号公報
【特許文献4】特開2014-075214号公報
【特許文献5】WO-A1-1997-03453号公報
【特許文献6】WO-A1-1998-54750号公報
【特許文献7】WO-A1-2001-009915号公報
【特許文献8】WO-A1-2006-130430号公報
【特許文献9】特開平5-266857号公報
【特許文献10】特開平10-149761号公報
【特許文献11】特開平10-188782号公報
【特許文献12】特開2000-021296号公報
【特許文献13】特開2000-149767号公報
【特許文献14】特開2007-123176号公報
【特許文献15】特開2010-245349号公報
【特許文献16】特開2010-245352号公報
【特許文献17】特開2010-257962号公報
【特許文献18】特開2015-088403号公報
【特許文献19】特開2015-093250号公報
【特許文献20】特開2016-139695号公報
【特許文献21】特開平8-116091号公報
【特許文献22】特開2007-266599号公報
【特許文献23】特開2000-150960号公報
【特許文献24】US-B1-006337536号
【特許文献25】特開2006-66556号公報
【特許文献26】WO-A1-2013-035325号公報
【特許文献27】特開2008-260682号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前記の事情に鑑み本発明は、90%程度乃至それ以上の高いスピン偏極度を維持しながら高量子効率で高輝度電子を発生させることができ、簡易な構造を有し、広い波長域の励起光を利用可能な、裏面照射型(又は透過型ともいう)のスピン偏極高輝度電子発生フォトカソード及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、意外にも、ナノメートルレベルの平坦な清浄表面を有する単結晶基板と該基板上にエピタキシャル成長させたスピン偏極電子発生能を有する単結晶化合物半導体の薄膜とのみからなるフォトカソードが、高スピン偏極度と高輝度とを有する電子を高量子効率で発生させることができることを見いだし、この知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、
1.
ナノメートルレベルの平坦な清浄表面を有し1.5eVから10eVの範囲にあるバンドギャップを有する単結晶基板と、該基板の上にエピタキシャル成長させた、該基板に対して選ばれた一つの、0.15eVから6.5eVの範囲にあるバンドギャップを有しかつNEA性を有する単結晶化合物半導体の薄膜と、からなるスピン偏極高輝度電子発生フォトカソードであって、前記単結晶基板の底面に1.5eVから10eVの範囲にある光が入射されたときに、前記単結晶化合物半導体の薄膜から電子線輝度が10Acm-2sr-1程度乃至それ以上の電子線が発生されることを特徴とするスピン偏極高輝度電子発生フォトカソードの構成とした。
2.
ナノメートルレベルの平坦な清浄表面を有し1.5eVから10eVの範囲にあるバンドギャップを有する単結晶基板と、該基板の上にエピタキシャル成長させた、該基板に対して選ばれた一つの、0.15eVから6.5eVの範囲にあるバンドギャップを有しNEA性及びスピン偏極電子発生能を有する単結晶化合物半導体の薄膜と、からなるスピン偏極高輝度電子発生フォトカソードであって、前記単結晶基板の底面に1.5eVから10eVの範囲にある光が入射されたときに、前記単結晶基板の底面に1.5eVから10eVの範囲にある偏光レーザーが入射されたときに、前記単結晶化合物半導体の薄膜から電子線輝度が10Acm-2sr-1程度乃至それ以上の、且つ、スピン偏極度が90%以上程度乃至それ以上の電子線が発生されることを特徴とするスピン偏極高輝度電子発生フォトカソードの構成とした。
3.
前記単結晶化合物半導体がGaAs系の単結晶化合物半導体であり、前記単結晶基板がZnS又はZnTeであることを特徴とする前記1又は2に記載のスピン偏極高輝度電子発生フォトカソードの構成とした。
4.
前記単結晶化合物半導体がGaAs系の単結晶化合物半導体であり、前記単結晶基板がZnSeであることを特徴とする前記1又は2に記載のスピン偏極高輝度電子発生フォトカソード。
5.
前記単結晶化合物半導体がInSb系の単結晶化合物半導体であり、前記単結晶基板がMgTe、CdTe、CdMnTe及びCdZnTeの中から選ばれた一つであることを特徴とする前記1又は2に記載のスピン偏極高輝度電子発生フォトカソードの構成とした。
6.
前記単結晶化合物半導体がInN系の単結晶化合物半導体であり、前記単結晶基板が単結晶ダイヤモンド及び立方晶窒化硼素の中から選ばれた一つであることを特徴とする前記1又は2に記載のスピン偏極高輝度電子発生フォトカソードの構成とした。
7.
前記単結晶化合物半導体がGaN系の単結晶化合物半導体であり、前記単結晶基板がZnO及び六方晶窒化ホウ素の中から選ばれた一つであることを特徴とする前記1又は2に記載のスピン偏極高輝度電子発生フォトカソードの構成とした。
8.
前記単結晶化合物半導体がCdS系の単結晶化合物半導体であり、前記単結晶基板がGaNであることを特徴とする前記1又は2に記載のスピン偏極高輝度電子発生フォトカソードの構成とした。
9.
前記単結晶化合物半導体が50nm~500nmの厚みであることを特徴とする前記1~8のいずれか1つに記載のスピン偏極高輝度電子発生フォトカソードの構成とした。
本発明スピン偏極高輝度電子発生フォトカソードは、有機金属気相成長法により製造することができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明スピン偏極高輝度電子発生フォトカソードは、1.5eVから10eVまでの範囲にあるバンドギャップを有する単結晶基板と、該基板の上にエピタキシャル成長させた0.15eVから6.5eVまでの範囲にあるバンドギャップを有する単結晶化合物半導体の薄膜と、からなるスピン偏極高輝度電子発生フォトカソードであるので、前記単結晶基板の底面に1.5eVから10eVの範囲にある光が入射されたときに、90%以上のスピン偏極度を維持しながら5.5%程度乃至それ以上の高量子効率で10Acm-2sr-1乃至それ以上の輝度を有する高輝度電子を発生させることが可能である。本発明スピン偏極高輝度電子発生フォトカソードは、有機金属気相成長法により製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】従来のスピン偏極電子発生素子の構造を説明する概略図である。
【図2】本発明スピン偏極高輝度電子発生フォトカソードの構造を説明する概略図である。
【図3】本発明スピン偏極高輝度電子発生フォトカソードの一例を示す写図である。
【図4】本発明スピン偏極高輝度電子発生フォトカソードにおける単結晶基板の表面状態を示す高分解能SEM像である。
【図5】本発明スピン偏極高輝度電子発生フォトカソードの最表面の表面状態を示す高分解能SEM像である。
【図6】本発明スピン偏極高輝度電子発生フォトカソードの一つが示すレーザーパワー対フォトカソード電流の関係を示す図である。
【図7】ZnSe単結晶基板上にGaAs単結晶化合物半導体の薄膜を形成させた本発明スピン偏極高輝度電子発生フォトカソードのXRDプロファイルを示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明スピン偏極高輝度電子発生フォトカソードは、その非常にシンプルな構造であるにもかかわらず、驚くべきことに、90%以上の高スピン偏極度と10Acm-2sr-1以上の輝度の電子を高量子効率で発生することができる。光透過性の単結晶基板上にスピン偏極電子発生能を有する単結晶化合物半導体の薄膜を形成させた非常にシンプルな構造を有する本発明フォトカソードが90%以上の高スピン偏極度と10Acm-2sr-1以上の輝度の電子を高量子効率で発生することができるかもしれないということを発想することは、当業者でも思いもよらないことであるに違いない。なぜなら、従来の高スピン偏極度の電子を発生させるためのスピン偏極電子素子は、前記に説明したように、基板とNEA活性層との間に中間層やバッファ層を設けることが非常に重要であると考えられていたからである。また、従来、光透過性基板と該光透過性基板上に直接形成させたNEA性物質層、光電変換層、光触媒層、光増感剤層など、とからなる透過型の光電陰極、フォトカソード、光触媒装置、太陽光発電装置、半導体装置、等が数多く提案されている(特許文献5~20)にもかかわらず、このような従来の光透過性基板を用いる技術を本発明のようなスピン偏極高輝度電子発生フォトカソードに応用した発明は、ほとんど知られていないからである。仮に、従来の透過型の基板上に単結晶化合物半導体の薄膜のみを形成させた構造のフォトカソードを作成したとしても、本発明の様な高輝度電子の発生は困難であろう。なぜなら、本発明者等の実験によれば、光透過性基板として単結晶基板のインゴットから切り出されたウエハに鏡面仕上げ加工を施すことにより10nm程度の表面平坦性が与えられたウエハを基板として用い、これに単結晶化合物半導体の薄膜を形成させた透過型のフォトカソードは、高輝度電子を発生することが困難であることを確認しているからである。

【0013】
本発明スピン偏極高輝度電子発生フォトカソードにおける単結晶基板の表面は、当該単結晶基板上にNEA性を有する単結晶化合物半導体の薄膜をエピタキシャル成長させるのに、ナノメートルレベルの平坦な清浄表面を有するものと推定される。本発明でいうナノメートルレベルとは、ナノメートルの数値を明確に限定するものではないが、最大でも数ナノメートル程度であると推定される。本発明スピン偏極高輝度電子発生フォトカソードにおける単結晶基板がナノメートルレベルの平坦な清浄表面を有するものと推定されるのは、単結晶ZnSeのインゴットから切り出されたウエハに鏡面仕上げ加工を施すことにより10nm程度の表面平坦性が与えられたウエハを基板として用い、これにGaAsの単結晶化合物半導体の薄膜を形成させたフォトカソードが発生する電子線の輝度は10Acm-2sr-1程度乃至それ以下であるのに対し、有機金属気相成長法により作製されるZnSe単結晶基板の表面に対して高分解能SEM観察ではまったく凹凸が観察されない程度にまで表面処理を施したものにGaAsの単結晶化合物半導体の薄膜を形成させたもののみが単結晶GaAsに帰属するXRDプロファイルを示し、かつ、90%程度のスピン偏極度と10Acm-2sr-1程度の電子を発生させることができるという実験結果によるものである。一般的に、単結晶ZnSeのインゴットから切り出されたウエハに非常に困難なナノメートルレベルの超微細加工を施すことを試み、その表面の平坦性をAFM等を用いて確認し、このことにより、ナノメートルレベルの平坦な清浄表面の必要性を証明することは、非常に困難なことであるにちがいない。

【0014】
本発明スピン偏極高輝度電子発生フォトカソードが10Acm-2sr-1程度乃至それ以上の輝度を有する電子線を発生させることができるのは、前記単結晶基板表面と前記単結晶化合物半導体の薄膜とが接する界面がナノメートルレベルで光学的に非常に平滑であるために、該界面において生じる前記単結晶基板を透過する光の好ましくない散乱・屈折等の光学的現象がほぼ完全に抑制されているからであり、このことが、とりもなおさず、本発明スピン偏極高輝度電子発生フォトカソードにおける単結晶基板の表面がナノメートルレベルの平坦な清浄表面を有するものと推定させるからである。なぜなら、前記10Acm-2sr-1程度乃至それ以上の電子線輝度は、前記NEA性を有する単結晶化合物半導体の薄膜がその内部や前記界面における光学的散乱要因、例えば単位格子の空間的乱れ、を全く受けないとしたときに発生する電子線の理論的な輝度にほぼ対応するものとみなすことができるからである。

【0015】
本発明における単結晶基板の表面が清浄表面であることを必要とするのは、当該表面が酸化膜等により被覆又は汚染されている場合には、単結晶化合物半導体の薄膜のエピタキシャル成長が困難であるからである。本発明でいう清浄表面とは、単結晶基板表面において、単結晶基板を構成する原子が裸の状態で存在することをいう。

【0016】
本発明における単結晶基板は、本発明の目的であるスピン偏極高輝度電子発生フォトカソードを透過型とするために、光透過性を有するものである。当該単結晶基板は、1.5eV(826nm)から10eV(124nm)の範囲にあるバンドギャップを有するものが、そのバンドギャップの値に応じて、紫外から可視の領域までの範囲にある光を透過するので、好ましい。

【0017】
本発明おける単結晶化合物半導体の薄膜は、0.15eV(8260nm)から6.5eV(190nm)の範囲にあるバンドギャップを有しNEA性を有する単結晶化合物半導体の薄膜であるのが、前記単結晶基板を透過する紫外から可視の領域にある光を効率的に吸収しスピン偏極電子を発生するので、好ましい。

【0018】
本発明スピン偏極高輝度電子発生フォトカソードは、前記単結晶基板と、該基板の上にエピタキシャル成長させた前記単結晶化合物半導体の薄膜と、からなるものであるが、使用に際して、通常、前記単結晶化合物半導体の薄膜に対しNEA活性化処理が施される。NEA活性化処理とは、NEA性を有する物質から電子を効率的に該物質の外に発生させるための補助を行う処理のことであり、通常、NEA活性化剤を被処理材にドープ又は吸着させることにより、行われる。このようなNEA活性化剤として、酸素と電子を放出しやすいアルカリ金属とのペアが知られている。また、本発明スピン偏極高輝度電子発生フォトカソードは、前記単結晶基板と、該基板の上にエピタキシャル成長させた前記単結晶化合物半導体の薄膜と、からなるものであるので、前記単結晶基板上に中間層やバッファ層を形成させることはないが、前記単結晶化合物半導体の超格子構造を形成させることを否定するものではない。しかし、前記単結晶化合物半導体の超格子構造を前記単結晶基板上に形成させるとした場合には、単結晶化合物半導体の超格子構造と単結晶基板との格子マッチングのための中間層やバッファ層を形成させる必要が生じるので、結局のところ、本発明では、前記単結晶基板上に単結晶化合物半導体の超格子構造を形成させることは、あまりない。

【0019】
本発明スピン偏極高輝度電子発生フォトカソードに用いられる単結晶化合物半導体としては、NEA性を有するものを用いる。そして、単結晶化合物半導体に応じて、適切な前記単結晶基板が選ばれる。前記単結晶化合物半導体に対する前記単結晶基板は、それぞれの結晶系が同一であり、それぞれの格子定数が類似していることが、単結晶基板上に単結晶化合物半導体をエピタキシャル成長させる上で好ましい。単結晶化合物半導体と単結晶基板の格子定数との類似性とは、通常、単結晶基板の格子定数との不整合が数%以内の格子定数を有する単結晶化合物半導体であることを意味する。好ましくは1%以内である。しかし、本発明は、前記格子定数の不整合が数%の範囲内にない場合でも単結晶基板上に単結晶化合物半導体をエピタキシャル成長させることが可能である。それは、本発明で用いる単結晶基板の表面がナノメートルレベルの平坦性を有する清浄面であるからである。

【0020】
本発明に好適な単結晶化合物半導体及び単結晶基板は、(1)GaAs系の単結晶化合物半導体に対するZnS(3.6eV)、ZnSe(2.67eV)及びZnTe(1.4eV)の中から選ばれた一つの単結晶基板、(2)InSb系の単結晶化合物半導体に対するBaF(9.53eV)及びCaF(9.53eV)の中から選ばれた一つの単結晶基板、(3)InN系の単結晶化合物半導体に対する単結晶ダイヤモンド(5.47eV)及び立方晶窒化硼素(6eV)の中から選ばれた一つの単結晶基板、(4)GaN系の単結晶化合物半導体に対するZnO(3.436eV)及び六方晶窒化ホウ素(6eV)の中から選ばれた一つの単結晶基板、及び(5)CdS系の単結晶化合物半導体に対するGaN(3.4eV)の単結晶基板、である。

【0021】
前記GaAs系の単結晶化合物半導体とは、GaAsの結晶系(立方晶系)と同じ結晶系に属し、かつ、GaAsの格子定数と類似の格子定数を有する単結晶化合物半導体のことである。このような単結晶化合物半導体として、GaAs、GaP、GaSb、InP、InAs、ZnSe、ZnS、ZnTe、BeSe、BeTe、MgS、MgSe、CdSe、GaSe、GaBi、InGaAs、InAsP、GaAsP、GaAsSb、GaAsAl、InGaAlP、等を挙げることができる。これらのなかで、GaAs(1.43eV)、GaP(2.26eV)、GaSb(0.67eV)、InP(1.29eV)、InAs(0.36eV)、InGaAs、InAsP、GaAsP、GaAsSb、GaAsAl、及びInGaAlPは、NEA性が高いので、好ましい。GaAsとしては、GaAs1-x(0≦x≦1)又はGaAs1-x(0≦x≦1)にCs、Rb、Ce、Sb、Te、In、Al、P、N及びZnの中から選ばれた少なくとも一つ以上の元素が含有されるものを用いることができる。GaAs1-x(0≦x≦1)にCs、Rb、Ce、Sb、Te、In、Al、P、N及びZnの中から選ばれた少なくとも一つ以上の元素が含有されるものは、GaAs1-x(0≦x≦1)のスピン偏極電子発生能を高める。特にZn原子の含有は、本発明で用いるすべての単結晶化合物半導体の薄膜のスピン偏極電子発生能を高めるのに好適である。Zn原子の含有量は、通常、用いる単結晶化合物半導体の単位体積当たり1018cm-3~1020cm-3である。

【0022】
前記InSb系の単結晶化合物半導体とは、InSbの結晶系(立方晶系)と同じ結晶系に属し、かつ、InSbの格子定数と類似の格子定数を有する単結晶化合物半導体のことである。このような単結晶化合物半導体として、InSb、CdZnTe、CdMnTe、CdTe、ZnTe、MgTe、等を挙げることができる。これらのなかで、InSb(0.17eV)は、比較的NEA性が高いので、好ましい。InSbとしては、InSb1-x(0≦x≦1)又はInSb1-x(0≦x≦1)にCs、Rb、Ce、Ga、As、Te、Al、P、N及びZnの中から選ばれた少なくとも一つ以上の元素が含有されるものを用いることができる。InSb1-x(0≦x≦1)にCs、Rb、Ce、Ga、As、Te、Al、P、N及びZnの中から選ばれた少なくとも一つ以上の元素が含有されるものは、InSb1-x(0≦x≦1)のスピン偏極電子発生能を高める。

【0023】
前記InN系の単結晶化合物半導体とは、InNの結晶系(立方晶系)と同じ結晶系に属し、かつ、InNの格子定数と類似の格子定数を有する単結晶化合物半導体のことである。このような単結晶化合物半導体として、InN、LaB、CeB、等を挙げることができる。これらのなかで、InN(0.7eV)は、比較的NEA性が高いので、好ましい。InNとしては、In1-x(0<x<1)又はIn1-x(0<x<1)にCs、Rb、Ce、Sb、Te、Al、P及びZnのから選ばれた少なくとも一つ以上の元素が含有されるものを用いることができる。In1-x(0<x<1)にCs、Rb、Ce、Sb、Te、Al、P、及びZnのから選ばれた少なくとも一つ以上の元素が含有されるものは、In1-x(0<x<1)のスピン偏極電子発生能を高める。

【0024】
前記GaN系の単結晶化合物半導体とは、GaNの結晶系(ウルツ鉱構造)と同じ結晶系に属し、かつ、GaNの格子定数と類似の格子定数を有する単結晶化合物半導体のことである。このような単結晶化合物半導体として、GaN、AlN、等を挙げることができる。これらのなかで、GaN(3.4eV)及びAlN(6.3eV)は、比較的NEA性が高いので、好ましい。GaNとしては、Ga1-x(0<x<1)又はGa1-x(0<x<1)にCs、Rb、Ce、Sb、Te、In、Al、P及びZnのから選ばれた少なくとも一つ以上の元素が含有されるものを用いることができる。Ga1-x(0<x<1)にCs、Rb、Ce、Sb、Te、In、Al、及びPの中から選ばれた少なくとも一つ以上の元素が含有されるものは、Ga1-x(0<x<1)のスピン偏極電子発生能を高める。

【0025】
前記CdS系の単結晶化合物半導体とは、CdSの結晶系(六方晶系又は立方晶系)と同じ結晶系に属し、かつ、CdSの格子定数と類似の格子定数を有する単結晶化合物半導体のことである。このような単結晶化合物半導体として、CdS、CdSe等を挙げることができる。これらのなかで、CdS(2.42eV)及びCdSe(1.73eV)は、比較的NEA性が高いので好ましい。

【0026】
前記GaAs系の単結晶化合物半導体に対する前記単結晶基板として、CaF、CeO、NaCl、YSZ、ZnS、ZnSe、ZnTe、ZrO、スピネル構造LiTiO等を挙げることができる。これらの中で、ZnS(3.6eV)、ZnSe(2.67eV)及びZnTe(1.4eV)は、前記GaAs系の単結晶化合物半導体の結晶系と同じ結晶系に属し、GaAsの格子定数と類似の格子定数を有し、かつ、光透過性が優れているので、好ましい。ZnSeとしては、ZnSe1-x(0≦x<1)又はZnSe1-x(0≦x<1)にO及びNの中から選ばれた少なくとも一つ以上の元素が含有されるものを用いることができる。ZnSe1-x(0≦x<1)にO及びNの中から選ばれた少なくとも一つ以上の元素が含有されるものは、ZnSe1-x(0≦x<1)の光透過性の調整やGaAsとの格子定数のマッチングの改善をする。ZnS及びZnTeについてもZnSeと同様である。

【0027】
従来、ZnS、ZnSe及びZnTeはII-VI族化合物半導体であるので、例えば、ZnS又はZnSe上にGaN等のIII-V族化合物半導体層を形成させた半導体発光素子が提案されている(特許文献21)。しかし、前記GaN等のII-IV族化合物半導体層は、n型GaNのバッファ層、n型AlGa1-xN(0<x<1)のクラッド層、GaIn1-qN(0<q<1)の活性層、p型GaNのキャップ層からなるものであり、本発明のようにZnS又はZnSe上に直接的にGaAs系の化合物半導体層を形成させるものではなかった。また、例えば、不純物元素としてのマンガン(Mn)、ユウロピウム(Eu)、サマリウム(Sm)、テルビウム(Tb)、プラセオジム(Pr)、ツリウム(Tm)、セリウム(Ce)、銅(Cu)、銀(Ag)、塩素(Cl)、又はフッ素(F)のいずれか一を含有させたZnSe上に化合物半導体を形成させた発光素子(特許文献22)、及び、不純物元素としてのI、Al、Br、Cl、Ga又はInを含有したn型ZnSe基板上にZnSe、ZnCdSe、ZnSeTe系活性層を含むエピタキシャル発光構造を形成させた発光素子が提案されている(特許文献23、特許文献24)。しかし、前記ZnSeに含有される不純物は、活性層からの青色によってZnSeのドーパントが黄色橙色の蛍光を発し、青色と黄色橙色によって赤紫、ピンク、紫の中間色を生成させるためであって、本発明のように単結晶基板の光透過性を向上させるためのものではない。

【0028】
前記InSb系の単結晶化合物半導体に対する前記単結晶基板として、BaF及びCaF、等を挙げることができる。これらの中で、BaF及びCaFは、前記InSb系の単結晶化合物半導体の結晶系と同じ結晶系に属し、InSbの格子定数と類似の格子定数を有し、かつ、光透過性が優れているので、好ましい。

【0029】
前記InN系の単結晶化合物半導体に対する前記単結晶基板として、単結晶ダイヤモンド、KTaO、LSAT(ランタン・ストロンチウム・アルミニウム・タンタルの混合酸化物)、LiF、SrTiO、立方晶窒化硼素、等を挙げることができる。これらの中で、単結晶ダイヤモンド(5.47eV)及び立方晶窒化硼素(6eV)は、前記InN系の単結晶化合物半導体の結晶系と同じ結晶系に属し、InNの格子定数と類似の格子定数を有し、かつ、光透過性が優れているので、好ましい。

【0030】
従来、n型AlN、p型AlN、n型窒化ホウ素(BN)、p型BN、n型シリコンカーバイド(SiC)、p型SiC、n型ダイヤモンド、p型ダイヤモンドのいずれか1つを基板として用い、該基板上に、アンドープAlN層、n型AlN層、p型AlN層をエピタキシャル成長させ、AlNのpn接合を形成させ、これにより、欠陥の少ないアンドープAlN層によって電気的特性の優れたn型AlN層、p型AlN層を得、発光波長200nm付近において発光出力を大幅に増加できる半導体素子が提案されている(特許文献25)。しかし、前記基板上に形成させるものはAlN層であって、本発明のようにInN系の単結晶化合物半導体の薄膜ではない。

【0031】
前記GaN系の単結晶化合物半導体に対する前記単結晶基板として、六方晶窒化硼素、MgF、TiO、ZnO、AlN、等を挙げることができる。これらのなかで、六方晶窒化硼素(6eV)およびZnO(3.436eV)は、前記GaN系の単結晶化合物半導体の結晶系と同じ結晶系に属し、GaNの格子定数と類似の格子定数を有し、かつ、光透過性が優れているので、好ましい。

【0032】
従来、グラファイト型窒化ホウ素薄膜(12)上にウルツ鉱型AlGa1-xN(x>0)薄膜(14)をバッファ層として形成させ、更にその上にGaN等のウルツ鉱型AlGaInBN(13)窒化物半導体を成長させることが提案されている(特許文献26)。しかし、前記グラファイト型窒化ホウ素薄膜上にGaN等のウルツ鉱型AlGaInBN窒化物半導体(13)構造を成長させるには、ウルツ鉱型AlGa1-xN(x>0)(14)をバッファ層として形成させる必要があるので、本発明のように六方晶窒化ホウ素又はZnOの単結晶基板上に直接GaN系の単結晶化合物半導体の薄膜を形成させるものではない。また、従来、10ppb以上0.1モル%以下の遷移金属を含有し、X線回折におけるロッキングカーブの半値幅が1.5分以下で、主面が(0001)劈開面若しくは(1-100)劈開面と垂直な研磨面から構成されるIII-V族窒化物単結晶基板11上に、直接又はIII-V族窒化物の低温バッファ層13を介して、MOCVD法によって窒化アルミニウム、窒化ホウ素、窒化インジウム及びこれらの物質からなる混晶の中から選ばれた少なくとも1種のIII-V族窒化物の単結晶膜12、14、15を成膜することによって形成された発光素子やダイオード等の半導体素子が提案されている(特許文献27)。しかし、前記窒化ホウ素上に形成されるものは同族の窒化アルミニウム、窒化ホウ素、窒化インジウムの単結晶膜であって、本発明のように六方晶窒化ホウ素の単結晶基板の上に直接GaN系の単結晶化合物半導体の薄膜を形成させるものではない。

【0033】
前記CdS系の単結晶化合物半導体に対する前記単結晶基板として、CdSe、BaTiO、CaCO、DyScO、GaN、GaScO、LiAlO、LiGaO、SiO、TbScO、YAlO、等を挙げることができる。これらのなかで、GaN(3.4eV)は、前記CdS系の単結晶化合物半導体の結晶系と同じ結晶系に属し、CdSの格子定数と類似の格子定数を有し、かつ、光透過性が優れているので、好ましい。

【0034】
前記単結晶化合物半導体の薄膜の厚みは、光吸収による電子の発生効率から好ましい範囲を定めることができる。本発明における単結晶化合物半導体の薄膜の厚みは、通常、50nm~500nmの範囲にあるのが、好ましい。50nmよりも薄くても、例えば5nm程度でも使用可能であるが、薄すぎると寿命が短いので、あまり好ましくない。500nmよりも厚くても、例えば1000nm程度でも使用可能であるが、光吸収により単結晶化合物半導体の内部で発生する電子が表面から飛び出しにくくなるので、あまり好ましくない。

【0035】
本発明スピン偏極電子発生フォトカソードは、当該スピン偏極電子発生フォトカソードにおける単結晶基板の底面に1.5eVから10eVの範囲にある光が入射されたときに、当該スピン偏極電子発生フォトカソードにおける単結晶化合物半導体の薄膜から電子線輝度が10Acm-2sr-1以上の電子線を発生させることができる。電子線輝度が10Acm-2sr-1以上の電子線を発生させることができるフォトカソードは、本発明が最初であり、従来ほとんど知られていなかったことである。電子線輝度10Acm-2sr-1は、従来の裏面照射型のスピン偏極電子発生素子(特許文献1~4)が発生する電子の電子線輝度に比べて、少なくとも1万倍高い。この理由は、本発明スピン偏極電子発生フォトカソードが、単結晶基板上に中間層、バッファ層及び超格子層を有しないからであると考えられる。また、本発明スピン偏極電子発生フォトカソードの量子効率及び電子線輝度は、それぞれ、概ね5.5%以上及び1×10Acm-2sr-1以上であり、従来の裏面照射型のスピン偏極電子発生素子(特許文献1~4)が発生する電子の量子効率及び電子線輝度に比べて、それぞれ、少なくとも10倍及び1万倍高い。この理由も、本発明スピン偏極電子発生フォトカソードが、前記単結晶基板の表面が最大でも数ナノメートル程度の平坦な清浄面を有することにより、単結晶基板上に中間層やバッファ層を有しないとすることができるからである。また、単一の単結晶基板上に形成させた単結晶化合物半導体の薄膜において、単結晶基板との界面近傍における電子のエネルギー分布と単結晶化合物半導体の薄膜の表面近傍における電子のエネルギー分布とは、表面近傍に近づくほど電子のエネルギー分布が指数関数的に減衰する傾向があるので、つまり、低エネルギー分散であるので、このことも、電子線の輝度の大きな向上に寄与している。

【0036】
本発明スピン偏極高輝度電子発生フォトカソードは、当該スピン偏極電子発生フォトカソードにおける単結晶基板の底面に1.5eVから10eVの範囲にある偏光レーザーが入射されたときに、当該スピン偏極電子発生フォトカソードにおける単結晶化合物半導体の薄膜から電子線輝度が10Acm-2sr-1以上及びスピン偏極度が90%以上の高スピン偏極高輝度電子線を発生させることができる。スピン偏極度90%以上は、従来の裏面照射型のスピン偏極電子発生素子(特許文献1~4)が発生する電子のスピン偏極度と同程度である。本発明スピン偏極高輝度電子発生フォトカソードがその非常にシンプルな構造であるにもかかわらず、高スピン偏極高輝度電子を発生させることができることは本発明が最初であり、従来、ほとんど知られていなかったことである。

【0037】
本発明スピン偏極高輝度電子発生フォトカソードは、当該スピン偏極電子発生フォトカソードにおける単結晶基板及び単結晶化合物半導体の薄膜を有機金属気相成長法を用いて形成させることにより、作製することができる。具体的には、不活性ガス密閉容器中、常圧下、作製しようとする単結晶基板の組成比に相当する有機金属ガスをキャリアガスとともに加熱された例えばサファイア基板上に流通させることにより、該加熱サファイア基板上で有機金属ガスの熱分解を起こさせ、該加熱サファイア基板上に単結晶基板を形成させる。次に、得られた単結晶基板上に、作製しようとする単結晶化合物半導体の組成比に相当する有機金属ガスをキャリアガスとともに流通させながら、該基板上で有機金属ガスの熱分解を起こさせ、該単結晶基板上に単結晶化合物半導体の薄膜を形成させる。このことにより、本発明スピン偏極高輝度電子発生フォトカソードを作製することができる。他の方法としては、MBE(molecular beam epitaxial)法が考えられるが、MBE法は操作方法が複雑であること、広い面積の加工が困難であること等の問題があるので、産業利用上、好ましくない。これに対し、本発明に用いる有機金属気相成長法は、操作方法が比較的簡単であり、大面積の加工が可能であるので、産業利用上、非常に好ましい。

【0038】
以下に図面を参照しつつ本発明の一側面を実施形態(以下、「本実施形態」とも表記する)として詳細に説明する。電子線の輝度は、光を試料の基板側に照射したときに試料の単結晶化合物半導体の薄膜から発生する電子線の電流値を、発する電子線の断面積及び立体角の値で除することによって求められる。電子線のスピン偏極度は、光を試料の基板側に照射したときに試料の単結晶化合物半導体の薄膜から発生する電子線に対して偏光レーザー光(通常は円偏光レーザー光)をあてたときに、電子線の進行方向へ後方散乱されるレーザー逆コンプトン散乱ガンマ線又はX線をコンプトンポーラリメトリーにより検出することによって行うことができる。このとき、レーザーの円偏光を左右切換えると、横偏極電子に対する後方散乱ガンマ線又はX線の散乱角分布には上下又は左右の非対称性に差が現れ、縦偏極電子に対しては後方散乱ガンマ線又はX線のエネルギー分布に差が現れるので、該後方散乱ガンマ線又はX線の上下分布又はエネルギー分布を測定し、左右円偏光に対する非対称度を求め、100%偏極のときの非対称度に対する比として電子線の偏極度を測定することができる。

【0039】
図1は、従来のスピン偏極電子発生素子の構造を説明する概略図である。従来のスピン偏極電子発生素子Aは、基板3の上に少なくとも中間層やバッファ層2を形成させ更にその上にNEA活性層1を形成させたスピン偏極電子発生素子であるので、素子自体の構造が非常に複雑であるだけでなく、MBE(molecular beam epitaxial)等の非常に高度な製造方法を必要とする場合がある。励起光4は基板3の下部に照射されNEA活性層1からスピン偏極電子(高輝度電子)が発生する。
【実施例1】
【0040】
図2は、光を吸収してスピン偏極電子を発生する単結晶化合物半導体に対して選ばれた単一の単結晶基板と、該単結晶基板上にエピタキシャル成長させたスピン偏極電子発生能を有する単結晶化合物半導体の薄膜と、からなる本発明スピン偏極高輝度電子発生フォトカソードの構造を説明する概略図である。前記単結晶化合物半導体の薄膜を形成させるための前記単結晶基板の表面は、ナノメートルレベルの平坦性を有する。前記単結晶基板は、通常、1.5eVから10eVの範囲にあるバンドギャップを有する。前記単結晶化合物半導体は、通常、0.15eVから6.5eVの範囲にあるバンドギャップを有する。また、前記単結晶化合物半導体は、通常、50nm~500nmの厚さを有する。
【実施例2】
【0041】
図3に示すように、本発明スピン偏極高輝度電子発生フォトカソードにおける単結晶基板としてのZnSeの単結晶基板の表面を高分解能SEMにより観察したところ、ZnSe単結晶基板の表面は、まったく凹凸が観察されないほど、非常に平坦であることがわかる。
【実施例3】
【0042】
図4に示すように、本発明スピン偏極高輝度電子発生フォトカソードにおけるGaAsの単結晶化合物半導体の薄膜の最表面を高分解能SEMにより観察したところ、GaAsの単結晶化合物半導体の薄膜の最表面は、まったく凹凸が観察されないほど、非常に平坦であることがわかる。
【実施例4】
【0043】
図5に示すように、ZnSeの単結晶基板上にGaAsの単結晶化合物半導体の薄膜(厚さ約300nm)を形成させた本発明スピン偏極高輝度電子発生フォトカソードのXRD測定をしたところ、単結晶ZnSeに帰属されるピークaと、単結晶化合物半導体GaAsに帰属されるピークbが観測される。このことから、ZnSeの単結晶基板上にGaAsの単結晶化合物半導体の薄膜がエピタキシャル成長していることがわかる。
【実施例5】
【0044】
図6に示すように、ZnSeの単結晶基板の上に約300nmの厚みのGaAsの単結晶化合物半導体の薄膜を形成させたものについて、波長785nmのレーザー光を照射し、レーザーパワー対フォトカソード電流の関係を調べたところ、GaAsの単結晶化合物半導体の薄膜の表面から発生する電子の電流値は、照射光のパワーに正比例することがわかる。
【実施例6】
【0045】
ZnSeの単結晶基板と、該単結晶基板上にエピタキシャル成長させたGaAsの単結晶化合物半導体の薄膜(厚み約300nm)と、からなるフォトカソードについて、該フォトカソードに波長532nmのレーザー光を照射したときに発生する電子線は、約1×10Acm-2sr-1の電子線輝度を示す。
【実施例7】
【0046】
ZnSeの単結晶基板と、該単結晶基板上にエピタキシャル成長させたGaAs(Znを含有する)の単結晶化合物半導体の薄膜(厚み約300nm)と、からなるフォトカソードについて、該フォトカソードに波長785nmの偏光レーザー光を照射したときに発生する電子線は、約90%のスピン偏極度と約1×10Acm-2sr-1の電子線輝度を示す。
【実施例8】
【0047】
ZnSの単結晶基板と、該単結晶基板上にエピタキシャル成長させたGaAsの単結晶化合物半導体の薄膜(厚み約300nm)と、からなるフォトカソードについて、該フォトカソードに波長532nmのレーザー光を照射したときに発生する電子線は、約1×10Acm-2sr-1の電子線輝度を示す。
【実施例9】
【0048】
ZnSの単結晶基板と、該単結晶基板上にエピタキシャル成長させたGaAs(Znを含有する)の単結晶化合物半導体の薄膜(厚み約300nm)と、からなるフォトカソードについて、該フォトカソードに波長532nmの偏光レーザー光を照射したときに発生する電子線は、約90%のスピン偏極度と約1×10Acm-2sr-1の電子線輝度を示す。
【実施例10】
【0049】
ZnTeの単結晶基板と、該単結晶基板上にエピタキシャル成長させたGaAsの単結晶化合物半導体の薄膜(厚み約300nm)と、からなるフォトカソードについて、該フォトカソードに波長1060nmのレーザー光を照射したときに発生する電子線は、約1×10Acm-2sr-1の電子線輝度を示す。
【実施例11】
【0050】
ZnTeの単結晶基板と、該単結晶基板上にエピタキシャル成長させたGaAs(Znを含有する)の単結晶化合物半導体の薄膜(厚み約300nm)と、からなるフォトカソードについて、該フォトカソードに波長1060nmの偏光レーザー光を照射したときに発生する電子線は約90%のスピン偏極度と約1×10Acm-2sr-1の電子線輝度を示す。
【実施例12】
【0051】
MgTeの単結晶基板と、該基板上にエピタキシャル成長させたInSbの単結晶化合物半導体と、からなるフォトカソードについて、該フォトカソードに波長532nmのレーザー光を照射したときに発生する電子線は、約1×10Acm-2sr-1の電子線輝度を示す。
【実施例13】
【0052】
MgTeの単結晶基板と、該基板上にエピタキシャル成長させたInSb(Znを含む)の単結晶化合物半導体と、からなるフォトカソードについて、該フォトカソードに波長532nmのレーザー光を照射したときに発生する電子線は、約90%のスピン偏極度と約1×10Acm-2sr-1の電子線輝度を示す。
【実施例14】
【0053】
ダイヤモンドの単結晶基板と、該基板上にエピタキシャル成長させたInNの単結晶化合物半導体と、からなるフォトカソードについて、該フォトカソードに波長532nmのレーザー光を照射したときに発生する電子線は、約1×10Acm-2sr-1の電子線輝度を示す。
【実施例15】
【0054】
立方晶窒化硼素又はウルツ構造窒化硼素の単結晶基板と、該基板上にエピタキシャル成長させたInNの単結晶化合物半導体と、からなるフォトカソードについて、該フォトカソードに波長532nmの偏光レーザー光を照射したときに発生する電子線は、約1×10Acm-2sr-1の電子線輝度を示す。
【実施例16】
【0055】
立方晶窒化硼素又はウルツ構造窒化硼素の単結晶基板と、該基板上にエピタキシャル成長させたInN(Znを含有する)の単結晶化合物半導体と、からなるフォトカソードについて、該フォトカソードに波長532nmの偏光レーザー光を照射したときに発生する電子線は、約90%のスピン偏極度と約1×10Acm-2sr-1の電子線輝度を示す。
【実施例17】
【0056】
ZnOの単結晶基板と、該基板上にエピタキシャル成長させたGaNの単結晶化合物半導体と、からなるフォトカソードについて、該フォトカソードに波長532nmの偏光レーザー光を照射したときに発生する電子線は、約1×10Acm-2sr-1の電子線輝度を示す。
【実施例18】
【0057】
ZnOの単結晶基板と、該基板上にエピタキシャル成長させたGaN(Znを含有する)の単結晶化合物半導体と、からなるフォトカソードについて、該フォトカソードに波長532nmの偏光レーザー光を照射したときに発生する電子線は、約90%のスピン偏極度と約1×10Acm-2sr-1の電子線輝度を示す。
【実施例19】
【0058】
六方晶窒化硼素の単結晶基板と、該基板上にエピタキシャル成長させたGaNの単結晶化合物半導体と、からなるフォトカソードについて、該フォトカソードに波長532nmの偏光レーザー光を照射したときに発生する電子線は、約1×10Acm-2sr-1の電子線輝度を示す。
【実施例20】
【0059】
六方晶窒化硼素の単結晶基板と、該基板上にエピタキシャル成長させたGaN(Znを含む)の単結晶化合物半導体と、からなるフォトカソードについて、該フォトカソードに波長532nmの偏光レーザー光を照射したときに発生する電子線は、約90%のスピン偏極度と約1×10Acm-2sr-1の電子線輝度を示す。
【実施例21】
【0060】
立方晶窒化硼素又はウルツ構造窒化硼素の単結晶基板と、該基板上にエピタキシャル成長させたInNの単結晶化合物半導体と、からなるフォトカソードについて、該フォトカソードに波長532nmの偏光レーザー光を照射したときに発生する電子線は、約1×10Acm-2sr-1の電子線輝度を示す。
【実施例22】
【0061】
ZnOの単結晶基板と、該基板上にエピタキシャル成長させたGaNの単結晶化合物半導体と、からなるフォトカソードについて、該フォトカソードに波長532nmの偏光レーザー光を照射したときに発生する電子線は、約1×10Acm-2sr-1の電子線輝度を示す。
【実施例23】
【0062】
六方晶窒化硼素の単結晶基板と、該基板上にエピタキシャル成長させたGaNの単結晶化合物半導体と、からなるフォトカソードについて、該フォトカソードに波長532nmの偏光レーザー光を照射したときに発生する電子線は、約1×10Acm-2sr-1の電子線輝度を示す。
【実施例24】
【0063】
GaNの単結晶基板と、該基板上にエピタキシャル成長させたCdSの単結晶化合物半導体と、からなるフォトカソードについて、該フォトカソードに波長532nmの偏光レーザー光を照射したときに発生する電子線は、約1×10Acm-2sr-1の電子線輝度を示す。
【実施例25】
【0064】
本発明スピン偏極高輝度電子発生フォトカソードは、有機金属気相成長法を用いて製造することができる。例えば、不活性ガス密閉容器中、常圧下、作製しようとするZnSe単結晶基板の組成比に相当する有機金属亜鉛のガス及び有機金属セレンのガスをキャリアガスとともに加熱サファイア基板上に流通させながら、該加熱サファイア基板の上で有機金属ガスを熱分解させ、該加熱サファイア基板上にZnSe単結晶を形成させる。次に、得られたZnSe単結晶基板上に、作製しようとするGaAs単結晶化合物半導体の薄膜の組成比に相当する有機金属ガリウムのガス及び有機金属ヒ素のガスをキャリアガスとともに前記ZnSe単結晶基板上に流通させながら、該ZnSe単結晶基板上で有機金属ガスを熱分解させ、該ZnSe単結晶基板上にGaAs単結晶化合物半導体の薄膜を形成させる、ことにより製造することができる。有機金属気相成長法は、大型の高価な製造装置を必要とせず、常圧下、大面積の高速成長が可能であり、原子層単位のエピタキシャル成長を行うことができる。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明は、簡易な構造を有する裏面照射用のスピン偏極高輝度電子発生フォトカソードであるので、電子顕微鏡及び加速器のための電子源材料として利用することができる。
【符号の説明】
【0066】
A 従来のスピン偏極電子発生素子
B 本発明の高輝度電子発生素子
1 NEA活性層
2 中間層とバッファ層
3 基板
4 励起光の照射方向
5 スピン偏極電子(高輝度電子)の発生方向
6 単結晶化合物半導体の薄膜
7 単結晶基板
図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
2
【図4】
3
【図5】
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【図6】
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【図7】
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