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明細書 :糖鎖構造の解析方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第6222630号 (P6222630)
公開番号 特開2014-066704 (P2014-066704A)
登録日 平成29年10月13日(2017.10.13)
発行日 平成29年11月1日(2017.11.1)
公開日 平成26年4月17日(2014.4.17)
発明の名称または考案の名称 糖鎖構造の解析方法
国際特許分類 G01N  27/62        (2006.01)
FI G01N 27/62 V
請求項の数または発明の数 9
全頁数 25
出願番号 特願2013-185373 (P2013-185373)
出願日 平成25年9月6日(2013.9.6)
新規性喪失の例外の表示 特許法第30条第2項適用 ・ウェブサイトのアドレス http://hupoabstracts.inmerge.com/Default.aspx?tabid=80&type=search(掲載日 平成24年7月23日)に掲載
優先権出願番号 2012197908
優先日 平成24年9月7日(2012.9.7)
優先権主張国 日本国(JP)
審査請求日 平成28年5月19日(2016.5.19)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
発明者または考案者 【氏名】植田 幸嗣
【氏名】遠山 敦彦
個別代理人の代理人 【識別番号】110000338、【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
審査官 【審査官】伊藤 裕美
参考文献・文献 特開2012-058002(JP,A)
特開2010-133707(JP,A)
特開2006-145519(JP,A)
特表2006-518448(JP,A)
特開2006-292683(JP,A)
国際公開第2006/043405(WO,A1)
特開2008-273884(JP,A)
特開2005-078804(JP,A)
特開2010-096769(JP,A)
国際公開第2006/112343(WO,A1)
特許第4941561(JP,B2)
特開2008-309501(JP,A)
特開2005-265697(JP,A)
米国特許出願公開第2004/0248317(US,A1)
米国特許出願公開第2013/0153760(US,A1)
米国特許出願公開第2008/0254996(US,A1)
調査した分野 G01N 27/62
G01N 33/48-33/98
H01J 49/00-49/48
特許請求の範囲 【請求項1】
糖鎖を有する試料における糖鎖構造の解析方法において、
CIDエネルギーの値を変化させながらMS/MS測定を行う工程であって、上記試料の特定のプロダクトイオンを、CIDエネルギーの各値において測定する測定工程と、
上記特定のプロダクトイオンのそれぞれにおけるCIDエネルギーと測定量との関係を表す収量曲線を含む、エネルギー分解プロファイルを作成する作成工程と、
糖鎖を有する構造既知の参照試料における、上記特定のプロダクトイオンと同種のプロダクトイオンの測定量と、CIDエネルギーとの関係を表す収量曲線を含む、参照プロファイルを準備する準備工程と、
上記作成工程により得られた上記エネルギー分解プロファイルを上記参照プロファイルと比較することにより、上記試料の糖鎖構造を同定する同定工程とを含み、
上記特定のプロダクトイオンは、プロトン化した単糖または二糖に由来する、少なくとも2種のプロダクトイオンを含み、
上記特定のプロダクトイオンは、m/zがそれぞれ163、204、274および366であるプロダクトイオンを含み、
上記測定工程では、Low-mass cutoffが生じない質量分析装置を用いてMS/MS測定を行うことを特徴とする糖鎖構造の解析方法。
【請求項2】
上記特定のプロダクトイオンは、m/zが138であるプロダクトイオンをさらに含み、
上記作成工程では、m/zが138である上記プロダクトイオンの測定量を用いて各収量曲線を標準化して、上記エネルギー分解プロファイルを作成することを特徴とする請求項に記載の糖鎖構造の解析方法。
【請求項3】
上記試料には、濃度が既知である、糖鎖を有する標準試料が添加されており、
上記特定のプロダクトイオンは、m/zが138であるプロダクトイオンをさらに含み、
上記試料におけるm/zが138である上記プロダクトイオンの測定量と、上記標準試料におけるm/zが138である上記プロダクトイオンの測定量との比較により、上記試料の定量を行う定量工程をさらに含むことを特徴とする請求項1または2に記載の糖鎖構造の解析方法。
【請求項4】
上記定量工程では、m/zが138である上記プロダクトイオンの上記測定量が最大となるCIDエネルギーにおける、上記試料および上記標準試料それぞれの、m/zが138であるプロダクトイオンの上記測定量に基づき、上記試料の定量を行うことを特徴とする請求項に記載の糖鎖構造の解析方法。
【請求項5】
上記最大となるCIDエネルギーの値は、糖鎖を有する複数の試料について、m/zが138であるプロダクトイオンをCIDエネルギーの値を変化させながらMS/MS測定により予め測定し、その測定量が最大となるCIDエネルギーの値と、該試料のプレカーサーイオンのm/zの値とを用いて線形回帰分析により作成された検量線から、解析対象である上記試料のプレカーサーイオンのm/zの値に基づき推定される値であることを特徴とする請求項に記載の糖鎖構造の解析方法。
【請求項6】
上記測定工程では、三連四重極質量分析計を用いてMS/MS測定を行うことを特徴とする請求項1~の何れか1項に記載の糖鎖構造の解析方法。
【請求項7】
上記試料は、糖ペプチドであることを特徴とする請求項1~の何れか1項に記載の糖鎖構造の解析方法。
【請求項8】
上記糖ペプチドは、N型糖鎖を有する糖ペプチドであることを特徴とする請求項に記載の糖鎖構造の解析方法。
【請求項9】
上記糖ペプチドは、O型糖鎖を有する糖ペプチドであることを特徴とする請求項に記載の糖鎖構造の解析方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、糖鎖構造の解析方法に関し、詳細には、三連四重極質量分析測定による糖鎖構造の解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
全世界で300億ドルもの販売がなされている治療用抗体における特許の存続期間の満了を見越して、どのようにすればその生物学的類似代替物がFDAに認可されるのかについて、興味が高まりつつある。これに関し、生物学的類似物の評価に関する手引きの最初の草案が、2012年2月に米国食品医薬品局(FDA)から発行された。その中で強調されていたことは、生物医薬品の有効性および安全性に大きく影響を及ぼし得るわずかな構造(とりわけ糖付加パターン)の相違を評価することの重要性、ならびに、ロット間でのばらつきを理解するために、複数のロットを用いて構造解析を実施すべきという点である。
【0003】
治療用抗体に関しては、重鎖の保存領域(Fc)にあるAsn297においてN-グリコシル化がなされる共通配列が存在し、N-グリコシル化の特定の構造は治療用抗体の有効性および安全性に影響を及ぼすことが知られている。例えば、コア構造においてフコース付加がない場合、抗体依存性細胞毒性が10倍に高まることが示されている。さらに、近年の研究によれば、グリコリルノイラミン酸(Neu5Gc)およびガラクトース-α1,3-ガラクトース(α-Galエピトープ)等の非ヒトオリゴ糖モチーフは免疫原性であり、特定のIgEを発現している患者においてはアナフィラキシーを引き起こし得ることが明らかになっている。さらなる研究によれば、α-Galエピトープの免疫原性は、主として、抗原結合領域(Fab)内に生じる余分なN-グリカンによるものであることが明らかになっている。これらのことに鑑み、抗体における糖付加の不均質性およびその生物学的影響を広範囲に調べる必要がある。
【0004】
ここで、糖タンパク質の糖鎖について説明すると、糖タンパク質の糖鎖は、アスパラギン残基に糖鎖が結合するN-グリコシド結合糖鎖(N型糖鎖)、ならびにセリンおよびスレオニン等と結合するO-グリコシド結合糖鎖(O型糖鎖)の2種類に大別される。N型糖鎖は以下の構造式に示す共通のコア構造を有しており、アスパラギンと結合する末端は還元末端、反対側の末端は非還元末端と呼ばれている。
【0005】
【化1】
JP0006222630B2_000002t.gif

【0006】
N型糖鎖には、コア構造の非還元末端にマンノースが複数結合するハイマンノース型、非還元末端にN-アセチルグルコサミン(以下GlcNAcという)の枝を1つまたは複数本有し、さらにそれぞれの枝にガラクトース、シアル酸およびフコース等が結合した構造を有するコンプレックス型、ならびにハイマンノース型およびコンプレックス型の両方の枝をもつハイブリッド型がある。コンプレックス型およびハイブリッド型については、コア構造の分岐点となるマンノースにGlcNAcが結合し得ること(バイセクティングGlcNAc)、および還元末端のGlcNAcにフコースが結合し得ること(コアフコース)等がよく知られている。
【0007】
これらの構造多様性は、単一の糖タンパク質においても観測され、Glycoform Heterogeneity等と呼ばれる。例として、N型糖鎖結合部位を1箇所有するヒト血清中免疫グロブリンGの糖鎖構造の解析からは、34種類もの糖鎖構造が存在することが報告されている(非特許文献1)。
【0008】
糖タンパク質において糖鎖構造の違いがその機能に大きく影響を及ぼすことが、上述の通り近年明らかになっており(例えば、非特許文献2)、多様性のある糖鎖構造を定量的に分析し、どの構造がどの割合で含まれるのかを高効率にプロファイルする方法が求められている。
【0009】
糖鎖構造を解析する方法としては、糖タンパク質から化学的あるいは酵素的にN型糖鎖を遊離させ、化学修飾(ラベル化)を施し精製したうえで、HPLCおよびMALDI-TOF MS等の質量分析法を組み合わせて検出する方法がある。この方法は、ラベル化糖鎖が逆相または順相HPLCにより構造ごとに分離しやすいこと、精製により夾雑物が除かれて高感度で測定できる等のメリットがある一方、前処理が煩雑であること、糖タンパク質に複数の糖鎖付加部位がある場合に、糖鎖付加部位ごとの情報を得ることができない等のデメリットがある。
【0010】
一方で、糖タンパク質をトリプシン等の酵素により断片化し、断片化されたペプチドに糖鎖が結合した糖ペプチドの状態で測定に供する方法が試されている(特許文献1)。このとき測定に用いられるのは主にナノHPLC-ESIをイオン源にした質量分析計であり、糖ペプチド由来のシグナルを積算し定量するほか、MS測定による糖鎖付加部位の決定および糖鎖構造の推定も可能である。また、三連四重極型の質量分析計を用いることで、糖ペプチドごとに特異的な開裂イオンをマルチプルリアクションモニタリング(MRM)法にて定量性よく測定する方法も報告されている(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【0011】

【特許文献1】特開2008-309501号公報(2008年12月25日公開)
【特許文献2】特開2012-58002号公報(2012年3月22日公開)
【特許文献3】特開2005-265697号公報(2005年9月29日公開)
【特許文献4】特開2006-145519号公報(2006年6月8日公開)
【特許文献5】WO2006/043405(2006年4月27日公開)
【0012】

【非特許文献1】Flynn, G. C. et al., Naturally occurring glycan forms of human immunoglobulins G1 and G2., Mol Immunol, 2010, 47, 2074-2082.
【非特許文献2】Shinkawa, T. et al., The absence of fucose but not the presence of galactose or bisecting N-acetylglucosamine of human IgG1 complex-type oligosaccharides shows the critical role of enhancing antibody-dependent cellular cytotoxicity., J Biol Chem, 2003, 278, 3466-3473.
【非特許文献3】Kurogochi, M. et al., Sialic acid-focused quantitative mouseserum glycoproteomicsby multiple reaction monitoring assay., Mol Cell Proteomics, 2010, 9, 2354-2368.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら従来の方法では、糖鎖が付加されていないペプチドと糖ペプチドとの混合物における糖ペプチドの検出感度が低いといった問題点、さらには、糖ペプチドのMS/MS分析によっても糖鎖構造を確認することが困難であるといった問題点がある。また、糖ペプチドの状態においては、検出感度が低く、糖鎖構造の決定が容易ではないといった問題がある。
【0014】
そこで、本発明は上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、検出感度に優れた糖鎖構造の解析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明に係る糖鎖構造の解析方法は、上記課題を解決するために、糖鎖を有する試料における糖鎖構造の解析方法において、CIDエネルギーの値を変化させながらMS/MS測定を行う工程であって、上記試料の特定のプロダクトイオンを、CIDエネルギーの各値において測定する測定工程と、上記特定のプロダクトイオンのそれぞれにおけるCIDエネルギーと測定量との関係を表す収量曲線を含む、エネルギー分解プロファイルを作成する作成工程と、糖鎖を有する構造既知の参照試料における、上記特定のプロダクトイオンと同種のプロダクトイオンの測定量と、CIDエネルギーとの関係を表す収量曲線を含む、参照プロファイルを準備する準備工程と、上記作成工程により得られた上記エネルギー分解プロファイルを上記参照プロファイルと比較することにより、上記試料の糖鎖構造を同定する同定工程とを含み、上記特定のプロダクトイオンは、プロトン化した単糖または二糖に由来する、少なくとも2種のプロダクトイオンを含み、上記測定工程では、Low-mass cutoffが生じない質量分析装置を用いてMS/MS測定を行う構成である。
【0016】
上記構成によれば、解析対象の試料について、MS/MS測定におけるCIDエネルギーと複数の特定のプロダクトイオンの測定量との関係を表すエネルギー分解プロファイルが形成される。得られたエネルギー分解プロファイルは、別に準備した参照プロファイルと比較される。参照プロファイルは構造既知の試料から得られたものであるため、参照プロファイルでは、MS/MS測定でのCIDエネルギーと特定のプロダクトイオンの測定量との関係を表すエネルギー分解プロファイルと、糖鎖構造との関連づけがなされている。そのため、得られた解析対象の試料におけるエネルギー分解プロファイルと、参照プロファイルとの比較により、得られた解析対象の試料の同定が可能である。また、測定するプロダクトイオンは、プロトン化した単糖または二糖に由来するプロダクトイオンであり、すなわち、これらは糖鎖に由来するオキソニウムイオンである。そのため、解析対象の糖鎖部分以外の構造の如何に関わらず、測定を行うことができる。なお、プロトン化した単糖または二糖に由来するプロダクトイオンの多くはm/zが100~500の低質量域の範囲内にある。本解析方法では、Low-mass cutoffが生じない質量分析装置を用いてMS/MS測定を行うため、糖鎖を解析対象の試料から分離させる処理を行わずとも、これらのプロダクトイオンを検出感度良く測定できる。それゆえ、糖鎖構造を有する複数のプレカーサーイオンが存在した場合に、糖鎖を事前に切り離さないため、いずれのプレカーサーイオンに由来するものかを区別して測定を行うことができる。
【0017】
また、本発明に係る糖鎖構造の解析方法において、上記特定のプロダクトイオンは、m/zがそれぞれ163、168、186、204、274、290、292、308、366、454および470であるプロダクトイオンからなる群より選択される少なくとも2種のプロダクトイオンを含むことが好ましい。また、上記特定のプロダクトイオンは、m/zがそれぞれ163、168、186、274、290、292、308、366、454および470であるプロダクトイオンからなる群より選択される少なくとも1種のプロダクトイオンと、m/zが204であるプロダクトイオンとを含むことがより好ましい。
【0018】
また、本発明に係る糖鎖構造の解析方法において、上記特定のプロダクトイオンは、m/zがそれぞれ163、204、274および366であるプロダクトイオンを含むことが好ましい。
【0019】
また、本発明に係る糖鎖構造の解析方法において、上記特定のプロダクトイオンは、m/zが138であるプロダクトイオンをさらに含み、上記作成工程では、m/zが138である上記プロダクトイオンの測定量を用いて各収量曲線を標準化して、上記エネルギー分解プロファイルを作成することが好ましい。
【0020】
また、本発明に係る糖鎖構造の解析方法において、上記試料には、濃度が既知である、糖鎖を有する標準試料が添加されており、上記特定のプロダクトイオンは、m/zが138であるプロダクトイオンをさらに含み、上記試料におけるm/zが138である上記プロダクトイオンの測定量と、上記標準試料におけるm/zが138である上記プロダクトイオンの測定量との比較により、上記試料の定量を行う定量工程をさらに含むことが好ましい。
【0021】
また、本発明に係る糖鎖構造の解析方法において、上記定量工程では、m/zが138である上記プロダクトイオンの上記測定量が最大となるCIDエネルギーにおける、上記試料および上記標準試料それぞれの、m/zが138であるプロダクトイオンの上記測定量に基づき、上記試料の定量を行うことが好ましい。
【0022】
また、本発明に係る糖鎖構造の解析方法において、上記最大となるCIDエネルギーの値は、糖鎖を有する複数の試料について、m/zが138であるプロダクトイオンをCIDエネルギーの値を変化させながらMS/MS測定により予め測定し、その測定量が最大となるCIDエネルギーの値と、該試料のプレカーサーイオンのm/zの値とを用いて線形回帰分析により作成された検量線から、解析対象である上記試料のプレカーサーイオンのm/zの値に基づき推定される値であることが好ましい。
【0023】
また、本発明に係る糖鎖構造の解析方法において、上記測定工程では、三連四重極質量分析計を用いてMS/MS測定を行うことが好ましい。
【0024】
また、本発明に係る糖鎖構造の解析方法において、上記試料は、糖ペプチドであることが好ましい。
【0025】
また、本発明に係る糖鎖構造の解析方法において、上記糖ペプチドは、N型糖鎖を有する糖ペプチドであることが好ましい。
【0026】
また、本発明に係る糖鎖構造の解析方法において、上記糖ペプチドは、O型糖鎖を有する糖ペプチドであることが好ましい。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、検出感度よく、試料における糖鎖構造を決定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】三連四重極質量分析装置を用いた、オキソニウムイオンのエネルギー分解収量曲線の取得スキームを示す概略図である。
【図2】エネルギー分解オキソニウムイオンプロファイルの具体例を示す図である。
【図3】エネルギー分解オキソニウムイオンプロファイルの別の具体例を示す図である。
【図4】最適CIDエネルギー値とプレカーサーイオンのm/z値との相関を表す散布図である。
【図5】測定対象試料の注入濃度と、内部標準の濃度との相関を表す図である。
【図6】消化したcetuximabにおいて、m/z=138であるオキソニウムイオンをモニタリングしたMRMクロマトグラムを示す図である。
【図7】消化したcetuximabにおける、ガラクトース-1,3-ガラクトースまたはN-グリコリルノイラミン酸モチーフを含む糖鎖から得られたMRMクロマトグラムを示す図である。
【図8】Lewis xモチーフを含む2種の糖ペプチドにおける、エネルギー分解オキソニウムイオンプロファイルを示す図である。
【図9】治療用抗体のロット間での糖形態の不均質性について解析した結果を示す図である。
【図10】O型糖ペプチドにおけるエネルギー分解オキソニウムイオンプロファイルの具体例を示す図である。
【図11】線形回帰分析によるパターンの同一性の予測に用いた糖鎖構造を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明に係る糖鎖構造の解析方法の一実施形態について説明する。

【0030】
本実施形態における糖鎖構造の解析方法は、構造中に糖鎖を有する試料の糖鎖構造の解析方法において、CIDエネルギーの値を変化させながらMS/MS測定を行う工程であって、試料の特定のプロダクトイオンを、CIDエネルギーの各値において測定する測定工程と、特定のプロダクトイオンのそれぞれにおけるCIDエネルギーと測定量との関係を表す収量曲線を含む、エネルギー分解プロファイルを作成する作成工程と、糖鎖を有する構造既知の参照試料における、特定のプロダクトイオンと同種のプロダクトイオンの測定量とCIDエネルギーとの関係を表す収量曲線を含む、参照プロファイルを準備する準備工程と、作成工程により得られたエネルギー分解プロファイルを参照プロファイルと比較することにより、試料の糖鎖構造を同定する同定工程とを含み、特定のプロダクトイオンは、プロトン化した単糖または二糖に由来する、少なくとも2種のプロダクトイオンを含み、測定工程では、Low-mass cutoffが生じない質量分析装置を用いてMS/MS測定を行うものである。

【0031】
本解析方法は、上記の測定工程および作成工程と同様の工程により得られるエネルギー分解プロファイルのパターンが、糖鎖構造によって定まり、かつ糖鎖構造ごとに異なるものであることを本願発明者らが見出したことに基づき、完成させたものである。

【0032】
以下の説明では、Low-mass cutoffが生じない質量分析装置として三連四重極質量分析計を用いて測定を行う場合を例に挙げて説明するが、質量分析計はこれに限定されるものではない。

【0033】
(1.測定工程)
測定工程は、CIDエネルギーの値を変化させながら三連四重極質量分析測定を行う工程であって、CIDエネルギーの各値において、特定のプロダクトイオンを測定する工程である。

【0034】
ここで、「CIDエネルギー」とは、三連四重極質量分析装置の第2四重極において、測定対象の試料に対応するイオン(プレカーサーイオン)に対してCID(collision induced dissociation:衝突誘起解離)を起こすときに加えるエネルギーを指す。CIDエネルギーを操作するためのパラメータは使用する装置により異なり得るものである。一般的には、CIDを行うセル内においてイオンを振動させるための電圧を示す。また、本明細書において「プロダクトイオン」とは、プレカーサーイオンについてCIDを行うことにより生成されるフラグメントイオンを指す。また、本明細書において「m/z」は、質量数(m)と電荷(z)との比を示すものである。

【0035】
CIDエネルギーを変化させながらプロダクトイオンを測定する際に、CIDエネルギーは、使用する装置によって適当な範囲に適宜設定することができるが、以下のように変化させることが好ましい。
(i)プレカーサーイオンの相対強度が100(すなわちプレカーサーイオンのみが検出される)となるエネルギーから、プレカーサーイオンの相対強度が0となるエネルギーまで変化させる。
(ii)検出しようとする各プロダクトイオンの検出強度が最大となるエネルギーを含むように変化させる。
(iii)プロダクトイオンごとに、それが検出される最低限のエネルギーから、検出しようとする各プロダクトイオンの検出強度が最大となるエネルギーを含み、各プロダクトイオンの検出強度が0になるまでのエネルギーの範囲で変化させる。

【0036】
本実施形態において、測定対象となる特定のプロダクトイオンは、試料のプロダクトイオンのうち、プロトン化した単糖または二糖に由来するプロダクトイオンであり、例えば、m/zが100~500の範囲にあるプロダクトイオンである。当該プロダクトイオンの具体例としては、m/zがそれぞれ163、168、186、204、274、290、292、308、366、454および470であるプロダクトイオンが挙げられる。m/zが163であるプロダクトイオンは、ヘキソース(Hex)のオキソニウムイオンに相当する。m/zが168であるプロダクトイオンは、N-アセチルヘキソサミン-2HO(HexNAc-2HO)のオキソニウムイオンに相当する。m/zが186であるプロダクトイオンは、N-アセチルヘキソサミン-HO(HexNAc-HO)のオキソニウムイオンに相当する。m/zが204であるプロダクトイオンは、N-アセチルヘキソサミン(HexNAc)のオキソニウムイオンに相当する。m/zが274であるプロダクトイオンは、5-アセチルノイラミン酸-HO(Neu5Ac-HO)のオキソニウムイオンに相当する。m/zが290であるプロダクトイオンは、5-グリコリルノイラミン酸-HO(Neu5Gc-HO)のオキソニウムイオンに相当する。m/zが292であるプロダクトイオンは、5-アセチルノイラミン酸(Neu5Ac)のオキソニウムイオンに相当する。m/zが308であるプロダクトイオンは、5-グリコリルノイラミン酸(Neu5Gc)のオキソニウムイオンに相当する。m/zが366であるプロダクトイオンは、N-アセチルヘキソサミン+ヘキソース(HexNAc+Hex)のオキソニウムイオンに相当する。m/zが454であるプロダクトイオンは、5-アセチルノイラミン酸+ヘキソース(Neu5Ac+Hex)のオキソニウムイオンに相当する。そして、m/zが470であるプロダクトイオンは、5-グリコリルノイラミン酸+ヘキソース(Neu5Gc+Hex)のオキソニウムイオンに相当する。

【0037】
測定対象となるプロダクトイオンは上記に列挙したものに限定されるものではなく、例えばm/zが138であるプロダクトイオン等を測定してもよい。また、m/zが500を超えるプロダクトイオンを測定してもよい。

【0038】
「特定のプロダクトイオンは、m/zがそれぞれ163、204、274および366であるプロダクトイオンを含む」という場合、少なくともm/zがそれぞれ163、204、274および366であるプロダクトイオンが測定されればよく、追加的に、他のm/zを有するプロダクトイオンを測定してもよい。例えば、これら4つのプロダクトイオンの他に、m/zが138であるプロダクトイオンをさらに測定してもよい。すなわち、測定工程においては、m/zがそれぞれ163、204、274および366であるプロダクトイオンのみを測定するものであってもよく、m/zがそれぞれ138、163、204、274および366であるプロダクトイオンのみを測定するものであってもよく、さらに他のプロダクトイオンも含めて測定するものであってもよい。なお、m/zが138であるプロダクトイオンは、HexNAcの断片のオキソニウムイオンに相当するものである。

【0039】
本解析方法では複数の収量曲線を含むエネルギー分解プロファイルを作成するため、測定対象となるプロダクトイオンは、少なくとも2種のプロダクトイオンを含み、好適には、m/zがそれぞれ163、168、186、204、274、290、292、308、366、454および470であるプロダクトイオンからなる群より選択される少なくとも2種のプロダクトイオンを含み、より好適には、m/zがそれぞれ163、168、186、274、290、292、308、366、454および470であるプロダクトイオンからなる群より選択される少なくとも1種のプロダクトイオンと、m/zが204であるプロダクトイオンとを含み、さらに好適には、m/zがそれぞれ163、204、274および366であるプロダクトイオンを含む。

【0040】
CIDエネルギーの値を変化させながら各値においてプロダクトイオンを測定する際、CIDエネルギーの値の変化幅に特に制限はなく、例えば、3~5V刻みで変化させることができる。

【0041】
三連四重極質量分析装置を用いることにより、Low-mass cutoffにより生じる以下の問題を回避することができる。例えば四重極イオントラップ型質量分析計のようなLow-mass cutoffが生じる質量分析計を用いた場合、MS/MS測定の際に、低質量域(例えば、m/z=100~300)のフラグメントイオンの検出感度はプレカーサーイオンのm/zに依存する。そのため、例えば測定対象の試料が糖ペプチドである場合には、糖鎖に加えてペプチド部分が含まれるため、プレカーサーイオンのm/zが大きくなり、低質量域のフラグメントイオン群が検出されないか、または、これらの検出感度が低くなるといった問題が生じる。さらに、測定対象の試料が糖ペプチドである場合には、同じ糖鎖構造を有する糖ペプチドであっても、ペプチド部分のアミノ酸配列の相違により、糖ペプチド全体の質量が異なり得る。プレカーサーイオンのm/zが相違すれば、Low-mass cutoffにより、低質量域のフラグメントイオンの検出感度が異なる。そのため、糖鎖構造が同じでアミノ酸配列が互いに異なる糖ペプチドより得られる後述の収量曲線およびエネルギー分解プロファイルは、互いに異なることが想定される。そのため、Low-mass cutoffが生じない、三連四重極質量分析計を用いてMS/MS測定を行うことが好ましい。なお、質量分析装置は、Low-mass cutoffが生じず、同一のプレカーサーイオンを対象にCIDエネルギーを変えながら連続的にMS/MS測定データを取得することが可能であればよく、三連四重極質量分析計に限定されるものではない。また、Low-mass cutoffが生じない質量分析計としては、低質量域(例えば、m/z=100~300)のフラグメントイオンの検出感度がプレカーサーイオンのm/zに依存しない質量分析計であればよい。

【0042】
イオン化法は、例えば、FAB(高速原子衝撃法)、CI(化学イオン化法)、ESI(エレクトロスプレーイオン化法)、MALDI(マトリクス支援レーザー脱離イオン化法)、およびAPCI(大気圧化学イオン化法)等が用いられ、なかでもESIが好適に用いられる。また、ESI法にはマイクロスプレー法およびナノスプレー法があるが、ナノスプレー法が好適に用いられる。

【0043】
本解析方法の対象となる試料は、糖鎖を有する試料であって、三連四重極質量分析測定に供することができるものであれば特に制限はないが、糖タンパク質および糖ペプチドが好適に用いられる。糖タンパク質および糖ペプチドは、生体組織または細胞等から得られたものでもよく、人工的に合成したタンパク質またはペプチドに糖鎖を付加したものでもよい。また、糖ペプチドは、糖タンパク質を酸加水分解することにより、または酵素分解することにより得たものであってもよい。糖タンパク質を分解して糖ペプチドを得る場合、糖タンパク質において糖鎖が付加されている箇所は、1箇所である場合に限らず、2箇所以上であってもよい。また、糖タンパク質を分解して糖ペプチドを得る場合、HPLC等で分離精製したものを用いることが好ましい。また、糖タンパク質および糖ペプチドにおける糖鎖は、N型糖鎖およびO型糖鎖のいずれであってもよい。しかしながらN型糖鎖は共通のコア構造を有しているため、後述するエネルギー分解プロファイルのバリエーションがO型糖鎖の場合よりも少ないことが見込まれる。そのため、O型糖鎖よりも糖鎖構造の同定が容易となる。したがって、本解析方法は、N型糖鎖を有する糖タンパク質または糖ペプチドに対してより好適に適用できる。

【0044】
(2.作成工程)
作成工程では、特定のプロダクトイオンのそれぞれにおけるCIDエネルギーと測定量との関係を表す収量曲線を含む、エネルギー分解プロファイル(エネルギー分解オキソニウムイオンプロファイルともいう)を作成する。

【0045】
CIDエネルギーとプロダクトイオンの測定量との関係を表す収量曲線(エネルギー分解収量曲線ともいう)は、例えば、CIDエネルギーの値をx軸にして、対象プロダクトイオンの測定量(カウント数)をy軸にしてプロットすることにより作成することができる。プロットする対象プロダクトイオンの測定量は、他のプロダクトイオンに対する相対量であってもよく、測定される全てのプロダクトイオンの総カウント数における比率であってもよい。本実施形態の一態様においては、m/zが138であるプロダクトイオンを測定し、このプロダクトイオンの測定量を用いて標準化を行い、各収量曲線を作成している。より詳細には、上述の測定工程において、m/zが138であるプロダクトイオンについても同時に測定を行い、このプロダクトイオンの測定量が最大となるCIDエネルギーを決定する。そして、決定されたCIDエネルギーにおけるこのプロダクトイオンの測定量を100とし、他の特定のプロダクトイオンの測定量をその相対値として表すことにより、他の特定のプロダクトイオンの測定量の標準化を行う。

【0046】
エネルギー分解プロファイルは、一つの試料に関し、上述の特定のプロダクトイオンのそれぞれの収量曲線をまとめた(重ね合わせた)ものである。すなわち、測定された特定のプロダクトイオンが4種類である場合には、エネルギー分解プロファイルは4つの収量曲線を含んで構成されている。

【0047】
(3.準備工程)
準備工程では、糖鎖を有する構造既知の参照試料における、測定工程において測定される特定のプロダクトイオンと同種のプロダクトイオンの測定量とCIDエネルギーとの関係を表す収量曲線を含む、参照プロファイルを準備する。

【0048】
本明細書において、「参照プロファイルを準備する」とは、参照プロファイルを新規に作成する場合のみならず、既に作成済みの参照プロファイルを利用可能な状態にする場合も含むものである。「利用可能な状態にする」とは、既に作成済みの参照プロファイルを取得したり、参照プロファイルが保存されているサーバ等にアクセスできる状態にしたりすることが挙げられる。既に作成済みの参照プロファイルは、他者が作成したものであってもよい。また、「同種のプロダクトイオン」とは、m/zが同一であるプロダクトイオンのことを指す。

【0049】
参照プロファイルは、糖鎖部分を含め、構造が既知である参照試料から得られたものであり、エネルギー分解プロファイルと同じ性質のプロファイルである。なお、本明細書において「構造」とは、糖鎖においては、糖鎖の配列および各糖の連結位置を意味しており、タンパク質およびペプチドについては、そのアミノ酸配列および糖鎖の結合位置を意味している。

【0050】
ここで、参照試料は、本解析方法の解析対象となる試料と同種の試料である。すなわち、解析対象となる試料が糖ペプチドである場合には、参照試料も糖ペプチドである。さらに、解析対処となる試料がN型糖鎖を有する糖ペプチドである場合には、参照試料もN型糖鎖を有する糖ペプチドである。ただし、例えば糖ペプチドである場合に、参照試料と解析対象の試料とにおいて、ペプチドのアミノ酸配列が同一である必要はない。

【0051】
参照プロファイルは、上述の測定工程および作成工程における方法に準じて作成することができる。すなわち、CIDエネルギーの値を変化させながら、三連四重極質量分析測定を行なうものであって、参照試料のプロダクトイオンのうち上述の特定のプロダクトイオンと同種のプロダクトイオンをCIDエネルギーの各値において測定し、測定したプロダクトイオンのそれぞれについて、CIDエネルギーとプロダクトイオンの測定量との関係を表す収量曲線を作成し、これらをまとめた参照プロファイルを作成する。参照プロファイルを作成するために測定するプロダクトイオンは、上述の特定のプロダクトイオンと同種のプロダクトイオンが含まれていればよく、他のm/zを有するプロダクトイオンをさらに測定してもよい。また、解析対象の試料におけるエネルギー分解プロファイルにおいて、収量曲線が標準化されている場合には、参照プロファイルにおいても各収量曲線を同様にして標準化したものを準備すればよい。

【0052】
このようにして得られる参照プロファイルは、その作成に用いられた構造既知の試料と関連づけされる。すなわち、ある参照プロファイルは、その作成に用いられた試料における糖鎖構造と関連づけされる。各参照プロファイルは、含まれる収量曲線のパターンの違いにより、互いに区別し得るものとなる。したがって、試料における糖鎖構造の違いにより、異なるパターンの参照プロファイルが作成されることになる。

【0053】
後述するように、同定工程においては、解析対象の試料のエネルギー分解プロファイルを、参照プロファイルと比較し、同一の参照プロファイルが見つかった場合に、解析対象の試料の糖鎖構造を参照プロファイルに関連づけされている糖鎖構造であると同定する。したがって、同定工程において糖鎖構造を同定できるか否かは、当該糖鎖構造に対応する参照プロファイルが準備されているか否かに依存する。したがって、より多くの糖鎖構造について参照プロファイルを作成しておくことが好ましい。

【0054】
(4.同定工程)
同定工程では、作成工程により得られたエネルギー分解プロファイルを参照プロファイルと比較することにより、解析対象の試料の糖鎖構造を同定する。

【0055】
具体的には、作成工程により得られた解析対象の試料のエネルギー分解プロファイルを、準備した参照プロファイルと比較する。そして、同一のエネルギー分解プロファイルを示す参照プロファイルが見つかった場合に、解析対象の試料の糖鎖構造を、その参照プロファイルに関連付けされた糖鎖構造であると同定する。同一のエネルギー分解プロファイルを示す参照プロファイルが見つからなかった場合には、準備した参照プロファイルに関連付けされた糖鎖構造以外の糖鎖構造と判定する。

【0056】
エネルギー分解プロファイルが同一であるか否かの判断は、公知のパターン認識技術を用いて行えばよく、特定の手法に限定されるものではない。公知のパターン認識技術の一例としては、例えば、線形回帰分析を用いた予測法などが挙げられる。

【0057】
(5.定量工程)
本実施形態における糖鎖構造の解析方法は、上述の各工程に加え、濃度が既知の標準試料を用いて試料の定量を行う定量工程をさらに含んでいる。

【0058】
定量工程は、解析対象である試料におけるm/zが138であるプロダクトイオンの測定量と、濃度が既知の標準試料におけるm/zが138であるプロダクトイオンの測定量との比較により、解析対象である試料の定量を行うものである。m/zが138であるプロダクトイオンの測定は、このプロダクトイオンの生成効率が最大となるようなCIDエネルギーにおいて行われることが好ましい。なお、本明細書において「生成効率が最大となる」とは、生成効率が最大となると推定される場合も含むものである。標準試料の濃度は、UVの吸光度測定等、公知の定量技術により予め測定しておけばよい。解析対象の試料が糖ペプチドである場合には、標準試料も糖ペプチドであることが好ましく、解析対象試料の糖ペプチドと同一のアミノ酸配列を有する糖ペプチドであることがより好ましい。

【0059】
後述する実施例に示されるように、m/z=138のプロダクトイオンの生成効率が最大になるCIDエネルギーの値と、糖ペプチドのm/zとの間には非常に強い直線的相関がある。そのため、m/zが既知である参照試料について、m/z=138のプロダクトイオンの生成効率が最大になるCIDエネルギーの値が得られれば、その値をxとし、参照試料m/zをyとし、係数x/yを解析対象試料のm/zに掛けることにより、解析対象試料においてm/z=138のプロダクトイオンの生成効率が最大になるCIDエネルギーの値を得ることができる。m/zが既知である参照試料におけるm/z=138のプロダクトイオンの生成効率が最大になるCIDエネルギーの値は、この参照試料についてCIDエネルギーの値を変化させながらm/z=138のプロダクトイオンの測定を行うことにより、容易に得ることができる。ここで、参照試料の構造が解析対象試料の構造と同じものであれば、より精度良く定量を行うことができる。

【0060】
あるいは、m/zが既知である複数の参照試料それぞれについてm/z=138のプロダクトイオンの生成効率が最大になるCIDエネルギーの値を求め、これらを用いて線形回帰分析を行って検量線を作成し、この検量線および解析対象試料のm/zに基づき、解析対象試料におけるm/z=138のプロダクトイオンの生成効率が最大になるCIDエネルギーの値を得ることができる。

【0061】
以上のように、また、以下の実施例に示されるように、本発明に係る解析方法は、糖鎖を含む目的物質を試料中から選択的かつ高感度に測定できる方法で、汎用性が非常に高い。そのため、糖鎖を標的にした試験および研究全般に応用可能である。産業上では、超巨大市場であるバイオ医薬品の糖鎖構造についての品質管理試験のニーズが高く、本発明の広範な利用が期待される。

【0062】
以下に実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された文献の全てが参考として援用される。
【実施例】
【0063】
<実施例1:エネルギー分解オキソニウムイオンプロファイルによる糖鎖構造の同定>
三連四重極質量分析装置を用いた、オキソニウムイオンのエネルギー分解収量曲線の取得スキームを図1に示し、当該取得スキームの概略について説明する。まず、糖タンパク質試料(図1では免疫グロブリン)をトリプシン消化することによって、ペプチドおよび糖ペプチドの混合物を得る。これをHPLCにより分画し、三連四重極質量分析装置を用いた質量分析に供する。三連四重極質量分析装置では、第1の四重極(Q1)において、特定の質量を有する糖ペプチドイオンを単離する(filtering)。単離された糖ペプチドイオンは第2の四重極(Q2)に送られ、CIDが引き起こされる。プレカーサーイオンの運動エネルギーは、Q2におけるCIDの解離エネルギーおよび解離率に影響を及ぼすものであるが、Q2へ導入する際の電極電位(CIDエネルギーに相当)を変化させることにより制御することができる。第3の四重極では、プロダクトイオンにフィルターをかけ、例えば、図1中の枠A内に示した糖ペプチドのオリゴ糖由来のオキソニウムイオンを高感度で選択的に検出する。ここで、Q3における質量フィルターの設定それぞれについて、短い時間間隔をあけて段階的に、Q2へ導入する際の電極電位を変化させ、繰り返し測定を行う。これにより、オキソニウムイオン毎に、図1中の枠B内に示すような、横軸をQ2へ導入する際の電極電位、縦軸を測定されたイオン強度とするエネルギー分解収量曲線が得られる。また、MRM(Multiple Reaction Monitoring)モードにより、各オキソニウムイオンのエネルギー分解収量曲線を同時に取得することができる。ある特定のプレカーサーイオンについて、得られた各オキソニウムイオンのエネルギー分解収量曲線を1つにまとめたものを「エネルギー分解オキソニウムイオンプロファイル」とする。
【実施例】
【0064】
次に、エネルギー分解オキソニウムイオンプロファイルの具体的な作成例について説明する。
【実施例】
【0065】
ここでは、IgG分子由来の種々の糖ペプチドについて、エネルギー分解オキソニウムイオンプロファイルの作成を試みた。これら種々の糖ペプチドは、同一のアミノ酸配列(EEQYNSTYR:配列番号1)を有しているものの、糖鎖構造が互いに異なる複数の糖ペプチドである。
【実施例】
【0066】
それぞれの糖ペプチドを、Agilent1200 nano-HPLCシステム(Agilent Technology、Palo Alto、カリフォルニア)に接続された三連四重極型質量分析装置4000 QTRAP(AB Sciex、Foster City、カリフォルニア)により測定した。ここでは、マルチプルリアクションモニタリングモードにより、特定のオキソニウムイオン(m/z=138、163、204、274および366)の測定を同時に行った。まず、IgGのトリプシン消化物を、日京テクノス社(日本、東京)の内径75μmチップ一体型キャピラリーカラムにより、250nL/minの流速で分離しながらイオン源に導入した。ナノスプレーのためのイオンスプレー電圧を2200Vとして、窒素ガスをカーテンガス(12psi)および衝突ガスとして使用した。第1四重極(Q1)の質量分解能をHIGHモード、第3四重極(Q3)の質量分解能をLOWモードにし、測定間のポーズを2ミリ秒に設定した。CID条件として、CAD=4の機器パラメータが用いられ、デクラスタリングポテンシャルおよびエントランスポテンシャルはそれぞれ70Vおよび10Vであった。マルチプルリアクションモニタリング測定にあたり、測定トランジションの設定として、Q1の質量としては対象糖ペプチドのm/zが設定され、Q3には138.05、163、204、274または366が設定され、特定の組み合わせに対してCIDエネルギーのみ3V刻みまたは5V刻みで変えられた多数のトランジションを設定した(ソフトウェアの仕様として重複した質量を設定できないため、厳密には各質量の値を0.001ずつずらして設定しているが、測定には影響しない)。さらに、ひとつの測定対象につき測定サイクル時間が1秒前後でおさまるよう、各トランジションのイオン引き出し時間(Dwell Time)を20~50ミリ秒の範囲内に設定した。
【実施例】
【0067】
各オキソニウムイオンの測定量に関し、m/z=138のオキソニウムイオンのエネルギー分解収量曲線における最も強いシグナル強度を100として標準化を行い、他のオキソニウムイオンのエネルギー分解収量曲線を得た。なお、他の大きなフラグメントのオキソニウムイオンについても測定を行ったが、単純化のため、相対量が5%を超えない限り、他の大きなフラグメントのオキソニウムイオンについてはプロットを省略した。
【実施例】
【0068】
以上により作成されたエネルギー分解オキソニウムイオンプロファイルのいくつかの例を図2(a)~(d)に示す。なお、図2(a)~(d)はいずれも、ある一種の糖鎖構造に関するエネルギー分解オキソニウムイオンプロファイルのみを示すのではなく、複数の糖鎖構造のエネルギー分解オキソニウムイオンプロファイルをまとめて示している。エネルギー分解オキソニウムイオンプロファイルの上方に示した糖鎖の模式構造において、黒四角はN-アセチルグルコサミン(GlcNAc)を示しており、黒丸はマンノース(Man)を示しており、白丸はガラクトース(Gal)を示しており、逆三角はフコース(Fuc)を示しており、ひし形は(5-アセチルノイラミン酸)を示している。また、図中に示したm/zのオキソニウムイオンに対応するエネルギー分解収量曲線を、図中でm/zを示している四角枠の枠の線の太さとほぼ同じ太さの線で示している。
【実施例】
【0069】
図2(a)は、非ガラクトシル化糖構造を有する3種の糖ペプチドにおける各エネルギー分解オキソニウムイオンプロファイルをまとめて示している。図2(b)は、高マンノース形の糖鎖構造を有する3種の糖ペプチドにおける各エネルギー分解オキソニウムイオンプロファイルをまとめて示している。図2(c)は、ハイブリッド型の糖鎖構造を有する2種の糖ペプチドにおける各エネルギー分解オキソニウムイオンプロファイルをまとめて示している。図2(d)は、シアル化型の糖鎖構造を有する2種の糖ペプチドにおける各エネルギー分解オキソニウムイオンプロファイルをまとめて示している。
【実施例】
【0070】
図2(a)に示すように、非ガラクトシル化糖鎖構造を有する糖ペプチドにおいては、m/z=204(GlcNAc)であるオキソニウムイオンの測定量が、同じ数のGlcNAcを有する他の糖ペプチドにおけるm/z=204のオキソニウムイオンの測定量(例えば、図2(c)または(d)参照)と比較して明らかに大きかった。これは、プレカーサーイオンにおいて、GlcNAcが脱離基となるようにプロトン付加されるためであると推測される。
【実施例】
【0071】
また、図2(b)に示すように、高マンノース型の糖鎖構造を有する糖ペプチドにおいては、m/z=163(Hexose)であるオキソニウムイオンの測定量が、他の糖ペプチドにおける測定量と比較して明らかに大きかった。ハイブリッド型の糖鎖構造を有する糖ペプチドにおいてはm/z=163のオキソニウムイオンがほとんど測定されていないことから(図2(c))、高マンノース型の糖鎖構造を有する糖ペプチドにおいてm/z=163のオキソニウムイオンが高収量となることは、マンノース結合の数のみによるものではないことが分かる。このような差が生じる原因は、GlcNAcに近接するマンノースまたはガラクトースには、オキソニウムイオンを生じさせるために必要な不安定なプロトンが存在しないためと推測される。
【実施例】
【0072】
図2(a)~(d)に示されるように、糖鎖構造の特徴(非ガラクトシル化型、高マンノース型、ハイブリッド型、またはシアル化型)毎に、特徴的なパターンが見られるものの、各糖ペプチドは、それぞれ互いに区別し得るエネルギー分解オキソニウムイオンプロファイルを示していた。
【実施例】
【0073】
また、本解析により、糖鎖の組成が4[Hex]4[GlcNAc]1[Fuc]であり、末端のガラクトースの結合位置のみ異なる糖ペプチドのアイソフォーム(一方はα1-3鎖に末端ガラクトースがあり、他方はα1-6鎖にある末端ガラクトースがある)についても、両者を区別し得ることが分かった(図3)。図3に示されるように、両者は、少なくともm/z=366であるオキソニウムイオンのエネルギー分解収量曲線において差が見られた。すなわち、末端ガラクトースがα1-6鎖にある方のアイソフォームは、末端ガラクトースがα1-3鎖にある方のアイソフォームと比較して、低い電極電位におけるm/z=366のオキソニウムイオンの収量が高かった。さらに、両アイソマーの混合試料(1:1混合、または1:2混合)を測定に用いた場合、m/z=366のオキソニウムイオンの収量曲線は、各アイソマー単独の解析から得られるm/z=366のオキソニウムイオンの収量曲線の間に構築された。このことから、構造異性体の混合試料において、クロマトグラフィによる各アイソマーの分離処理を行わなくても、エネルギー分解オキソニウムイオンプロファイルを利用した本解析方法を用いることにより、各アイソマーの存在比を予測することが可能である。なお、図3中に示す糖鎖の模式構造の説明は、図2における糖鎖の模式構造と同じである。
【実施例】
【0074】
<実施例2:線形回帰分析を用いた予測>
本実施例では、糖鎖構造既知のサンプルについて実施例1と同様の測定およびデータ処理を行い、モデルデータを取得し、これを用いた線形回帰分析を行った。
【実施例】
【0075】
まず、図11の(a)または(b)に示す糖鎖構造を有する2種類の糖ペプチドを調製し、各プロダクトイオンについて、各CIDエネルギー値における測定値を取得した。これらの糖ペプチドは、質量が同一で構造が互いに異なるものである。ここで、図11の(a)に示す糖鎖構造を0、(b)に示す糖鎖構造を1と便宜上設定し、これを糖鎖構造の種類を規定する目的変数Yとした。なお、図11に示す糖鎖の模式構造についての説明は、図2における糖鎖の模式構造の説明と同じである。そして、各CIDエネルギー値において測定されたプロダクトイオンそれぞれの標準化された強度(測定値)を従属変数Xとした。具体的には、m/z=204のプロダクトイオンについて、以下に示す12点のCIDエネルギー値における各測定値、およびm/z=366のプロダクトイオンについて、以下に示す12点のCIDエネルギー値における各測定値、総計24の測定値を従属変数として、各糖鎖構造につき10回の繰り返し測定を行い、線形回帰分析を実施した。解析に用いた測定値における12点のCIDエネルギー値は、各プロダクトイオンとも、次の通りである:24、27、30、33、36、39、42、45、50、55、60および65eV。
【実施例】
【0076】
その結果、次の推定式が得られた。
【実施例】
【0077】
Y= -1.64X1 + 0.817X2+ 0.345X3 + 0.284X4 + 7.138X5 + 0.297X6- 0.384
ここで、X~Xは、それぞれ、m/z=366のプロダクトイオンにおけるCIDエネルギー=24eVの測定値、m/z=204のプロダクトイオンにおけるCIDエネルギー=27eVの測定値、m/z=204のプロダクトイオンにおけるCIDエネルギー=36eVの測定値、m/z=204のプロダクトイオンにおけるCIDエネルギー=42eVの測定値、m/z=366のプロダクトイオンにおけるCIDエネルギー=65eVの測定値、m/z=204のプロダクトイオンにおけるCIDエネルギー=39eVの測定値を示している。この推定式に、図11の(a)に示される糖鎖構造のデータが代入されれば、Yは0に近い値となり、図11の(b)に示される糖鎖構造のデータが代入されれば、Yは1に近い値となる。そして得られるYの値が本モデルにおける95%の信頼区間内におさまっているものであれば、有意な判定結果と判断することができる。
【実施例】
【0078】
ここで、図11の(b)に示される糖鎖構造と同一の構造を有する別の複数のサンプル(3種類)について、それぞれ2回ずつ測定を行い、それぞれについて、Yの値を求めた。その結果、2種類のサンプルについては、予測値Yがいずれも1に近い値となり、95%信頼区間内におさまっていた。そのため、図11の(b)の糖鎖構造を有するものと判定することができる。
【実施例】
【0079】
さらに、図11の(a)および(b)の何れでもない糖鎖構造を有する試料についてデータを取得し、上記の推定式に代入したところ、予測値はほぼ2となり、図11の(a)および(b)に示される糖鎖構造とは異なる構造を有していることが示された。
【実施例】
【0080】
<実施例3:糖ペプチドの高感度定量試験>
種々のエネルギー分解オキソニウムイオンプロファイルについて検討を行ったところ、m/z=138のオキソニウムイオンのエネルギー分解収量曲線の形状が、試験した糖鎖構造間で類似していることが判明した。このことをより明確にするため、以下の試験を実施した。
(材料)
ヒト免疫グロブリン(IgG)試料として、Cetuximabをメルク・セローノ社(日本、東京)から購入し、Trastuzumabを中外製薬株式会社(日本、大阪)から購入し、各々トリプシン消化に供することで多種類の糖ペプチドを含む標準試料を得た。具体的には、試料80μgを33μLの8M尿素溶液に溶解し、1.7μLのジチオトレイトール-重炭酸アンモニウム溶液(100mMジチオトレイトール、1M重炭酸アンモニウム)を加え、55℃で30分間還元処理した。次いで、3.5μLの0.5Mヨード酢酸を加え、室温暗所で30分間アルキル化処理した後、300μLのジチオトレイトール-重炭酸アンモニウム溶液(2.5mMジチオトレイトール、25mM重炭酸アンモニウム)で希釈した。そこへ、リジルエンドペプチダーゼ(和光純薬株式会社)を4μg加え、37℃で2時間反応させた後、Trypsin Gold(プロメガ株式会社)を4μg加えて、さらに4時間消化反応に供した。反応後、3%アセトニトリル溶液700μLを加えて希釈し、OASIS HLB固相抽出カートリッジ(日本ウォーターズ株式会社)にて脱塩精製を行った。その際、フロースルー画分および15%アセトニトリル溶出画分を別々に回収した。0.1%酢酸溶液により、フロースルー画分は2倍、溶出画分は5倍に希釈し、これらを標準測定試料とした。フロースルー画分には、アミノ酸配列EEQYNSTYR(配列番号1)をもつ糖ペプチド群が含まれ、15%アセトニトリル溶出画分にはアミノ酸配列MNSLQSNDTAIYYCAR(配列番号2)をもつ糖ペプチド群が含まれる(Cetuximabのみ)。
(機器設定および測定方法)
測定試料をナノHPLCに接続された三連四重極型質量分析装置4000 QTRAP(AB Sciex、Foster City、カリフォルニア)によるMRMモードにより測定した。測定条件は、実施例1に記載と同様である。ただし、Q3には138.05のみを設定し、その同じ組み合わせに対してCIDエネルギーのみ3V刻みまたは5V刻みで変えられた多数のトランジションを設定した(ソフトウェアの仕様として重複した質量を設定できないため、厳密には各質量の値を0.001ずつずらして設定しているが、測定には影響しない)。
(データの処理方法)
測定後のデータを、解析ソフトウェアMultiQuant ver.2.02にて読み込み、トランジションごとにスムージング幅1ポイントの条件でマスクロマトグラムのピーク積分を行った。積分値を表計算ソフトウェアにエクスポートし、CIDエネルギー設定値と積分値が対応した表を作成した。このとき、データセットの中で最大の積分値を用いて、各トランジションの積分値を、最大値の百分率として標準化した。同じ糖ペプチドに対する測定を3回繰り返し行い、標準化した積算値の平均値を求めた。このデータに基づき、各糖ペプチドについて、m/z=138のプロダクトイオンの生成効率が最大になるCIDエネルギー(最適CIDエネルギー)を求めた。最適CIDエネルギーの定義は、上述の平均ピーク積分値が最も100に近いトランジションのCIDエネルギー設定値とした。ただし、98~100の間で同じ積分値が連続する場合は、それらのCIDエネルギーの平均値を最適CIDエネルギーとした。結果を表1に示す。
【実施例】
【0081】
【表1】
JP0006222630B2_000003t.gif
【実施例】
【0082】
表1に示した結果に基づき、X軸方向に糖ペプチドのm/z、Y軸方向に最適CIDエネルギー値をプロットして散布図を作成した(図4)。図4中、GlcNAcを3つ含む糖ペプチドのデータを丸印で示し、GlcNAcを4つ含む糖ペプチドのデータを四角印で示し、GlcNAcを5つ含む糖ペプチドのデータを三角印で示している。また、白抜きの印は、糖鎖が結合しているペプチドのアミノ酸配列がMNSLQSNDTAIYYCAR(配列番号2)である糖ペプチドに関するデータであり、黒塗りの印は、糖鎖が結合しているペプチドのアミノ酸配列がEEQYNSTYR(配列番号1)である糖ペプチドに関するデータである。図4に示されるように、この散布図から糖ペプチドのm/zと最適CIDエネルギー値との間に直線的相関が示唆された。そこで、線形回帰により直線近似を行ったところ、重相関係数(R)が0.842という非常に強い相関が見られた。散布図において、GlcNAcの数およびアミノ酸配列の違いが区別できるようにプロットしているが、すべての点が近似曲線近傍に位置していた。すなわち、HexNAcの数およびアミノ酸配列の違いといった要素は相関に影響しないことが示された。糖ペプチドのm/zと最適CIDエネルギー値との相関に、糖鎖構造、ペプチドのアミノ酸配列、および電荷数が影響しないということは、すなわち、どのような試料が対象であってもこの近似曲線を基に最適CIDエネルギーの推定値を算出することが可能であることを意味している。
【実施例】
【0083】
次に、量が既知である糖ペプチドを標準品として、マルチプルリアクションモニタリングモードにより、最適CIDエネルギーでもってm/z=138であるオキソニウムイオンを測定し、その検出感度を調べた。その結果、2種類の単離された糖ペプチドにおいて、検出感度30attomol(注入量)を観測し、さらに30attomol~30femtomolという幅広い範囲においてシグナル強度に直線性があることが示された(図5)。この結果により、m/z=138であるオキソニウムイオンを最適CIDエネルギーにより測定する本発明の方法が、糖ペプチドを測定するうえで従来法をはるかに凌駕する測定感度および定量性をもたらすことが示された。なお、図5中のR値は、重相関係数を示しており、糖鎖の模式構造の説明は、図2における糖鎖の模式構造の説明と同じである。
【実施例】
【0084】
<実施例4:抗体のFcおよびFab領域における糖形態のデュアル・モニタリング>
定量化のためのオキソニウムイオン(m/z=138)のモニタリング、および構造特定のためのエネルギー分解オキソニウムイオンプロファイル測定を組み合わせた、糖タンパク質の特定部位における糖鎖構造の解析を試みた。解析対象試料としては、治療用抗体であるcetuximab(メルク・セローノ社)を使用した。試料は、実施例2と同様にして、変性、および消化を行った。OASIS HLB固相抽出カートリッジを用いて、消化処理した試料から未消化のタンパク質を除去するとともに、脱塩精製した。ペプチド溶出物を希釈した後、ナノ-HPLCと接続した三連四重極質量分析装置を用いた質量分析に供した。三連四重極質量分析装置では、MRMモードにより、現時点で存在が予想されている40種全ての糖鎖形態についてオキソニウムイオン(m/z=138)を測定した(図6)。図6のクロマトグラムにおける横軸は、LCでの保持時間を示しており、縦軸はオキソニウムイオン(m/z=138)の強度をオキソニウムイオンのカウント数で示している。
【実施例】
【0085】
図6に示されるように、保持時間13~14分、および保持時間17~19分においてピークが観察されている。保持時間13~14分におけるピークは、Fc領域の糖ペプチド(アミノ酸配列:EEQYN297STYR、配列番号1)に対応するピークであり、保持時間17~19におけるピークは、Fab糖ペプチド(アミノ酸配列:MNSLQSN88DTAIYYCAR、配列番号2)に対応するピークである。このように、糖鎖付加部位が互いに異なる2種の糖ペプチドを、単一の処理操作で同時に分析することが可能である。
【実施例】
【0086】
逆相HPLCにおける保持時間は、主には、アミノ酸の組成によって定まるものである。しかしながら、本解析方法では、分子量がほぼ同一の場合であっても、糖鎖形態の相違によって保持時間に幅が生じ、各ベースラインが分離することが観察された。例えば、Neu5Gcの分子量は307Daであり、これは、ヘキソースおよびフコースの分子量を足し合わせた値(308Da)よりもわずかに1Da小さいだけである。そのため、予想された糖鎖構造にNeu5Gcが含まれる糖ペプチドにおいては、MRMクロマトグラムにおいてピークが2種類検出される場合がある(図7)。これは、Neu5Gcがヘキソースおよびグルコースに置換された、類似の糖ペプチドによるクロストークがあるためである。
【実施例】
【0087】
さらに、本解析により、高フコシル化された糖鎖構造の発見に至った。なお、この高フコシル化が、高ガラクトシル化構造またはジシアル化構造においては生じていないことも見出した。そのため、追加的なフコシル化は、アンテナ部分(コア構造の非還元末端における分枝)のGlcNAcに生じており、未修飾のアンテナ部分において、末端ガラクトシル化(α-Gal)またはシアル化(Neu5Gc)と競合的に生じるものと推察される。このGlcNAcは、Lewis xモチーフを形成するものである。
【実施例】
【0088】
このことを確認するために、アンテナ部分が2つあるバイアンテナ型(biantennary)構造、アンテナ部分が3つあるトリアンテナ型(triantennary)構造において、各アンテナ部分がどのような構造であるかを、エネルギー分解オキソニウムイオンプロファイルを用いた構造特定、およびオキソニウムイオン(m/z=138)のモニタリングによる定量化によって分析した。結果を表2に示す。
【実施例】
【0089】
【表2】
JP0006222630B2_000004t.gif
【実施例】
【0090】
表2中、「α-Gal」のカラムは、ガラクトシル化されているアンテナ部分の数を示しており、「Lewis x」のカラムは、Lewis xモチーフが形成されているアンテナ部分の数を示しており、「Neu5Gc」のカラムは、シアル化されているアンテナ部分の数を示している。また、「biantennary」のカラムは、調べたバイアンテナ型構造において、同行左側に示される糖構造を有していたものの割合をパーセントで示しており、「triantennary」のカラムは、調べたトリアンテナ型構造において、同行左側に示される糖構造を有していたものの割合をパーセントで示している。例えば、調べたバイアンテナ型構造中、一方がガラクトシル化されたアンテナ部分で、もう一方がシアル化されたアンテナ部分であったものの割合は、調べたバイアンテナ型構造のうちの18.5%であった。
【実施例】
【0091】
分析の結果、バイアンテナ型構造において、一方のアンテナ部分のみ修飾されている場合、ガラクトシル化、シアル化およびLewis xモチーフの割合は、46:50:5であった。これは、おそらくは、それぞれの糖転移酵素の相対的な触媒反応速度を反映したものと予想される。しかしながら、他方のアンテナ部分も修飾される場合、それぞれの糖構造の相対的比率は第一のアンテナ部分のものと異なっていた。とりわけ、ガラクトシル化される傾向が強かった。このことから、アンテナ部分の最初の糖修飾が、次のアンテナ部分の糖修飾の反応性に影響を及ぼしていることが示唆される。
【実施例】
【0092】
Lewis xモチーフを含む2種の糖ペプチドについて、m/z=290であるオキソニウムイオンおよびm/z=512であるオキソニウムイオンについても検出およびプロットを行った場合のエネルギー分解オキソニウムイオンプロファイルを図8に示す。図8に示す糖鎖の模式構造についての説明は、図2における糖鎖の模式構造の説明と同じである。図8によれば、Lewis xモチーフを含むことが推察される構造は、m/z=512であるオキソニウムイオンの検出レベルが高くなることによって特徴付けられることが分かる。m/z=512であるオキソニウムイオンは、Hex+GlcNAc+Fucに対応するオキソニウムイオンである。
【実施例】
【0093】
本解析で明らかになったcetuximabの他の特徴は、これまでに報告されているものと一致していた。例えば、Fc部分における糖鎖構造で最も多かった構造は、非ガラクトシル化のバイアンテナ型構造であり、ハイブリッド型、および高マンノース型の糖鎖構造についても比較的高いレベルで検出された。
【実施例】
【0094】
以上のように本解析方法によれば、Fc領域における糖鎖構造およびFab領域における糖鎖構造のいずれについても、糖鎖の不均一を、高精度および高感度でモニターすることができる。
<実施例5:治療用抗体のロット間での糖形態の不均質性解析>
本実施例では、上述の実施形態における解析方法による、糖鎖の不均質に関するロット間での品質管理への適用に関する評価をおこなった。対象試料としては、trastuzumab(中外製薬株式会社)の非連続の4つのロット、およびbevacizumab(中外製薬株式会社)の非連続の4つのロットを使用した。
【実施例】
【0095】
各試料について、実施例2におけるcetuximabと同様にして、変性、消化および精製を行った後、ナノ-HPLCと接続した三連四重極質量分析装置を用いた質量分析に供し、糖鎖構造の特定および定量を行った。質量分析においては、配列番号1に示すアミノ酸配列を有する糖ペプチドを測定対象とした。ロット番号は、製造順に従って付されている。測定は、各ロット3回ずつ行い、連続した2ロット間での統計的有意性をスチューデントのt-検定で評価した。結果を図9に示す。図9中、(a)はtrastuzumabに関する結果を示しており、(b)はbevacizumabに関する結果を示している。なお、図9では、(a)および(b)いずれにおいても、3種の糖鎖構造について、その存在比率を示している。図9に示す糖鎖の模式構造についての説明は、図2における糖鎖の模式構造の説明と同じである。
【実施例】
【0096】
図9に示されるように、trastuzumabおよびbevacizumabの何れにおいても、ロット1とロット2との間で、含まれる糖鎖構造の割合に有意な差が見られた。また、何れの抗体もロット2とロット3との間ではほぼ同一であった。しかしながら、ロット3とロット4との間で、再び有意な差が見られた。なお、図9中、*印は、スチューデントのt-検定においてp<0.05であったことを示している。ロット間において最も変動しやすかったものは、バイアンテナ型構造におけるGlcNAcのガラクトシル化の頻度であった。このことは、酵素の発現量あるいは抗体の生産割合が外部環境によって変わり得ることを示している。ガラクトシル化形態の存在量の減少は、非ガラクトシル化形態の存在量の増加によって補償されることは明らかである。さらに、観察の結果、bevacizumabにおいては、糖鎖が付加されていないペプチド(配列番号1に示すアミノ酸配列からなるペプチド)も存在し、その量はロット間において変動しやすいものであった。オキソニウムイオン(m/z=138)のモニタリングによる糖ペプチドの検出は、糖鎖が付加されていない等価物の検出よりも10倍程度高感度である。そのため、実際には糖鎖が付加されていない形態の等価ペプチドは数パーセントに及び、品質管理における好適な対象となり得る。
【実施例】
【0097】
<実施例6:O型糖鎖を有する糖ペプチドの解析>
本実施例では、ヒトトランスフェリン(Human Transferrin)由来のO型糖鎖を含む糖ペプチドについて解析を行った。
【実施例】
【0098】
トリプシン消化までは、実施例1におけるヒト免疫グロブリン(IgG)に対する処理と同様の処理を行った。トリプシン消化の後、100℃、10分の加熱処理を行い、トリプシンを不活性化した。そこへ、消化に用いたヒトトランスフェリンの1/20量(w/w)のプロリン特異的エンドペプチダーゼ(東洋紡績株式会社)を加え、37℃、8時間反応させた。反応終了後、3倍量(v/v)のアセトニトリルを加えて75%アセトニトリル溶液とした。この溶液を、親水固相抽出プレートHILICμElution(日本ウォーターズ株式会社)にて脱塩処理に供した。このとき、固相の平衡化および洗浄バッファーとして100mM重炭酸トリエチルアンモニウム75%アセトニトリル溶液を使用し、固相からの抽出バッファーとして100mM重炭酸トリエチルアンモニウム25%アセトニトリル溶液を使用した。溶出液をSpeedvacにより乾固し、超純水に再溶解したものを質量分析の測定サンプルとした。m/z991.4であるプレカーサーイオンに対して、実施例1と同様にしてCIDエネルギーのみが異なる複数のトランジションにより、オキソニウムイオンを測定し、データ処理を行った。なお、測定サンプルである糖ペプチドの概要は次の通りである:アミノ酸配列 S52DGPSVACVK(配列番号3、Ser52が糖鎖負荷部位)、糖鎖の構成 HexNAc×3、Hex×2、Fuc×1、Neu5AC×3(N型糖鎖では生じ得ない組成)、ペプチド質量(MW) 1018.5、糖鎖質量(MW) 1970.7、糖ペプチド質量(MW) 2971.2 (O型糖鎖結合により-18Da)、測定イオン m/z=991.4(3+)。
【実施例】
【0099】
その結果、図10に示されるエネルギー分解オキソニウムイオンプロファイルが得られた。図10に示されるエネルギー分解オキソニウムイオンプロファイルは、シアル酸を有するN型糖ペプチドから得られるプロファイルとは全く異なるものである。このように、糖鎖構造の形態が大きく異なるO型糖ペプチドにおいても、糖鎖構造の高次情報を得ることが可能である。また、O型糖ペプチドにおいても、実施例2で示された糖ペプチドのm/zと最適CIDエネルギー値との間の直線的相関を用いて本実施例の糖ペプチドにおけるm/zから推定される最適CIDエネルギーにおいて、m/zの生成効率が最大となることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0100】
本発明は、糖タンパク質における糖鎖構造の解析に利用することができ、例えば、治療用抗体等のバイオ医薬品の糖鎖構造についての品質管理試験において好適に利用される。
図面
【図1】
0
【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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