TOP > 国内特許検索 > ホウ素中性子捕捉療法のための新規BSH複合体 > 明細書

明細書 :ホウ素中性子捕捉療法のための新規BSH複合体

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第6548060号 (P6548060)
登録日 令和元年7月5日(2019.7.5)
発行日 令和元年7月24日(2019.7.24)
発明の名称または考案の名称 ホウ素中性子捕捉療法のための新規BSH複合体
国際特許分類 A61K  33/22        (2006.01)
A61P  35/00        (2006.01)
A61K  41/00        (2006.01)
A61K  47/64        (2017.01)
A61K   9/08        (2006.01)
A61K   9/14        (2006.01)
FI A61K 33/22
A61P 35/00
A61K 41/00
A61K 47/64
A61K 9/08
A61K 9/14
請求項の数または発明の数 10
全頁数 16
出願番号 特願2018-553029 (P2018-553029)
出願日 平成29年11月24日(2017.11.24)
国際出願番号 PCT/JP2017/043220
国際公開番号 WO2018/097335
国際公開日 平成30年5月31日(2018.5.31)
優先権出願番号 2016229302
優先日 平成28年11月25日(2016.11.25)
優先権主張国 日本国(JP)
審査請求日 平成31年1月23日(2019.1.23)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504147243
【氏名又は名称】国立大学法人 岡山大学
発明者または考案者 【氏名】松井 秀樹
【氏名】古矢 修一
【氏名】道上 宏之
【氏名】加来田 博貴
【氏名】竹内 康明
早期審査対象出願または早期審理対象出願 早期審査対象出願
個別代理人の代理人 【識別番号】100145403、【弁理士】、【氏名又は名称】山尾 憲人
【識別番号】100122301、【弁理士】、【氏名又は名称】冨田 憲史
審査官 【審査官】大西 隆史
参考文献・文献 特開2013-087098(JP,A)
国際公開第2010/024262(WO,A1)
中村浩之,ホウ素化合物・薬剤の歴史と現状,RADIOISOTOPES,2015年,Vol.64, No.1,p.47-58
CHEN, Yongzhu et al.,Self-assembling surfactant-like peptide A6K as potential delivery system for hydrophobic drugs,International Journal of Nanomedicine,2015年,Vol.10,p.847-858
Fatouros, D. G. et al.,Lipid-like Self-Assembling Peptide Nanovesicles for Drug Delivery,APPLIED MATERIALS & INTERFACES,米国,2014年 5月12日,Vol. 6, Issue 11,pp8184-8189
調査した分野 A61K 31/00-33/44
A61K 38/00-51/12
A61K 9/00- 9/72
A61K 47/00-47/69
A61P 1/00-43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
特許請求の範囲 【請求項1】
水溶液中で疎水性アミノ酸残基と塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとメルカプトウンデカハイドロデカボレート(BSH)を混合することを特徴とする、上記ペプチドとBSHを含む複合体の製造方法であって、上記ペプチドがA6KまたはA6Rであり、上記ペプチド1モルに対してBSH1モル~1000モルの割合で混合するものである方法。
【請求項2】
複合体の直径を調節することをさらに特徴とする、請求項1記載の方法。
【請求項3】
複合体が直径約20nm~約200nmの球状である請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
疎水性アミノ酸残基と塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体であって、上記ペプチドがA6KまたはA6Rであり、直径が約20nm~約200nmの球形であり、がん細胞中に送達され滞留する複合体。
【請求項5】
請求項記載の複合体を含む、がんのホウ素中性子捕捉療法のための薬剤。
【請求項6】
がんのホウ素中性子捕捉療法に用いられる、請求項記載の複合体。
【請求項7】
がんのホウ素中性子捕捉療法のための薬剤を製造するための、請求項記載の複合体の使用。
【請求項8】
静脈注射剤または輸液剤である請求項記載の薬剤。
【請求項9】
静脈注射または輸液により投与される請求項記載の複合体。
【請求項10】
薬剤が静脈注射または輸液により投与される請求項記載の使用。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、がん治療のための薬剤およびその製造方法に関する。詳細には、本発明は、ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)のためのメルカプトウンデカハイドロデカボレート(BSH)とペプチドとの複合体、その製造方法、およびそれを用いた癌の治療に関する。
【背景技術】
【0002】
ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)は、ホウ素同位体10Bをがん細胞に導入し、中性子線を照射してがん細胞のみを殺傷する優れたがん治療法であり、術後のQOLも優れている。BNCTにとってがん細胞内に十分量のホウ素薬剤を安全かつ容易に送達することは、最大の課題である。従来は、ホウ素原子1個を含むアミノ酸誘導体であるBPAが主剤として使われ、がん細胞を含めた細胞自体には入らないBSHが副次的に使われてきた(非特許文献1、2参照)。
【0003】
BPAは細胞膜に存在するアミノ酸輸送体により細胞内に取り込まれる。しかし、正常細胞でも粘膜上皮や発毛細胞など増殖の強い細胞はPBAを良く取り込んでしまうので、中性子照射によりこれらの正常細胞も障害される。加えて、アミノ酸輸送体(主に関与するものはLAT1と推定される)を介して細胞内に取り込まれるBPAは、当該アミノ酸輸送体が「交換輸送体(非特許文献3参照)」であることから細胞内、がん細胞内にBPAを大量に滞留させることが難しく、更に一分子当たりホウ素を一原子しか有していないので中性線との衝突効率が悪く、がん細胞内に必要なホウ素を送達、滞留するためには大量に投与(成人1名当り数十g)する必要がある。
【0004】
BSHは一分子当たりホウ素原子12個の結晶体であり効率が良い。しかしながら、細胞膜を透過できないのでそのままでは細胞内には入らない。BSHはがん組織の脆弱な血管から漏れ出して間質液に入り細胞周囲に貯留するのみである。そのため、中性子照射して発生する2次粒子(α粒子、Li核)が影響遺伝子DNAの存在する細胞核まで届くことが難しく、十分ながん殺傷効果が得られない。更には、BSHにはがん細胞特異性が無いことも問題である。
【0005】
臨床で使用されてきた既存のホウ素薬剤BPA、BSHに加え、現在、様々なナノキャリアが提案されている。これらは、リポソーム(脂質二重膜ベシクル)、高分子ミセル(両親媒性ポリマーベシクル)、カーボンナノチューブに分類されるが、以下のような問題点を有する。リポソームは、薬剤を持続的に放出し、毒性は低いが、物理的に不安定である。高分子ミセルは、生体適合性・生分解性に優れるが、体内半減期が短い。カーボンナノチューブは、表面積が広いが、カーゴ選択性がなく、毒性がある。
【先行技術文献】
【0006】

【非特許文献1】Kato I.et al.,Appl.Radiat.Isot.2004;61:1069-73
【非特許文献2】Hatanaka H.et al.,J.Neurol.1975;209:81-94
【非特許文献3】生化学 第86巻第3号、pp338-344(2014))
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、BSHをがん細胞に直接送達し滞留できる薬剤を提供し、BNCTを効率良く行うことを可能にすることである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、水溶液中で疎水性アミノ酸残基と塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを混合することによって得られる上記ペプチドとBSHを含む複合体が、直径約20nm~約200nmの球形という細胞導入にとり理想的な形状であり、がん細胞中に直接送達され滞留することを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明は以下のものを提供する:
(1)水溶液中で疎水性アミノ酸残基と塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとメルカプトウンデカハイドロデカボレート(BSH)を混合することを特徴とする、上記ペプチドとBSHを含む複合体の製造方法;
(2)上記ペプチド1モルに対してBSH1モル~1000モルの割合で混合する、(1)記載の方法;
(3)複合体の直径を調節することをさらに特徴とする、(1)または(2)記載の方法;
(4)複合体が直径約20nm~約200nmの球状である(1)~(3)のいずれかに記載の方法;
(5)上記ペプチドが下式(1):
【化1】
JP0006548060B2_000002t.gif
[式中、m個のアミノ酸残基Xはそれぞれ独立してアラニン、バリン、ロイシンまたはグリシンであり、n個のアミノ酸残基Zはそれぞれ独立して-NHCH(COOH)Rであり、Rは-(CHNHRであり、Rは-Hまたは-C(NH)NHであり、mは4~10、nは1~2、pは1~6である。]にて示されるものである(1)~(4)のいずれかに記載の方法;
(6)Xがアラニンであり、mが6であり、Zがリジン、アルギニン、ホモアルギニン、オルニチン、2,7-ジアミノヘプタン酸、2,4-ジアミノブタン酸、または2-アミノ-4-グアニジノブタン酸であり、nが1である、(5)記載の方法;
(7)Xがアラニンであり、mが6であり、Zがリジンまたはアルギニンであり、nが1である、(6)記載の方法;
(8)疎水性アミノ酸残基と塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体;
(9)直径が約20nm~約200nmの球形である(8)記載の複合体;
(10)上記ペプチドが下式(1):
【化2】
JP0006548060B2_000003t.gif
[式中、m個のアミノ酸残基Xはそれぞれ独立してアラニン、バリン、ロイシンまたはグリシンであり、n個のアミノ酸残基Zはそれぞれ独立して-NHCH(COOH)Rであり、Rは-(CHNHRであり、Rは-Hまたは-C(NH)NHであり、mは4~10、nは1~2、pは1~6である。]にて示されるものである(8)または(9)記載の複合体;
(11)Xがアラニンであり、mが6であり、Zがリジン、アルギニン、ホモアルギニン、オルニチン、2,7-ジアミノヘプタン酸、2,4-ジアミノブタン酸、または2-アミノ-4-グアニジノブタン酸であり、nが1である、(10)記載の複合体;
(12)Xがアラニンであり、mが6であり、Zがリジンまたはアルギニンであり、nが1である、(11)記載の複合体;
(13)(8)~(12)のいずれかに記載の複合体を含む、がんのホウ素中性子捕捉療法のための薬剤。
(14)(8)~(12)のいずれかに記載の複合体をがん患者に投与し、該がん患者に中性子線を照射することを含む、がんの治療方法。
(15)がんのホウ素中性子捕捉療法に用いられる、(8)~(12)のいずれかに記載の複合体。
(16)がんのホウ素中性子捕捉療法のための薬剤を製造するための、(8)~(12)のいずれかに記載の複合体の使用。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、疎水性アミノ酸残基と塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを水溶液中で混合するという簡単な操作により、極めて容易かつ多量にがん細胞内にBSHを送達し滞留できる複合体を得ることができる。当該ペプチドとBSHの比率は、等量からBSHが1000倍モル比までの過剰量の範囲が望ましい。本発明の複合体を用いれば、BNCTの効果を飛躍的に高めることができる。例えば1回の注射でがん細胞内へ確実にBSHを送達、滞留することも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は、水溶液中のA6K(トリフルオロ酢酸塩、以下TFA塩という)(濃度50μM)の走査型電子顕微鏡写真である。右下のバーは2ミクロンである。
【図2】図2は、水溶液中のA6K(TFA塩)(濃度200μM)のDynamic Light Scanning(DLS)試験の結果を示すチャートである。
【図3】図3は、A6K(TFA塩)(10μM)とBSH(1000μM)を水溶液中で混合することにより得られた複合体の走査型電子顕微鏡写真である。右下のバーは500nmである。
【図4】図4は、A6K(TFA塩)(200μM)とBSH(2000μM)を水溶液中で混合することにより得られた複合体のDLS試験の結果を示すチャートである。
【図5】図5は、A6K(TFA塩)とBSHの混合時間および複合体とU87ΔEGFR細胞とのインキュベーション時間が複合体の細胞内送達量に及ぼす影響を、高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP-AES)を用いて調べたグラフである。***はp<0.005であることを示す。
【図6】図6は、A6R(TFA塩)(10μM)とBSH(1000μM)を水溶液中で混合することにより得られた複合体の走査型電子顕微鏡写真である。右下のバーは1ミクロンである。
【図7】図7は、A6R(TFA塩)とBSHを水溶液中で混合することにより得られた複合体の濃度依存的な細胞導入を示すグラフである。複合体の細胞内送達量は、高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP-AES)を用いて調べた。**はp<0.01、***はp<0.001であることを示す。
【図8】図8は、A6R(TFA塩)とBSHを水溶液中で混合することにより得られた複合体とU87ΔEGFR細胞とのインキュベーション時間が複合体の細胞内送達量に及ぼす影響を、高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP-AES)を用いて調べたグラフである。
【図9】図9は、BSHを認識する特異的抗体を用い、A6K(TFA塩)とBSHを水溶液中で混合することにより得られた複合体に含まれるBSHのU87ΔEGFR細胞内分布を示す画像である。
【図10】図10は、A6K(塩酸塩)(166μM)とBSH(1.66mM)を水溶液中で混合することにより得られた複合体の走査型電子顕微鏡写真である。右下のバーは500nmである。
【図11】図11は、A6K(塩酸塩)とBSHを水溶液中で混合することにより得られた複合体の細胞導入を示すグラフである。複合体の細胞内送達量は、高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP-AES)を用いて調べた。
【図12】図12は、BSHを認識する特異的抗体を用い、A6K(塩酸塩)とBSHを水溶液中で混合することにより得られた複合体に含まれるBSHのU87ΔEGFR細胞内分布を示す画像である。左欄は核染色像であり細胞が存在していることを示す。中欄は抗BSH抗体によるBSHの局在を示す。染色像、右欄は左欄と中欄の重ね合わせの図である。図の左の数字はA6K(塩酸塩)とBSHの混合割合を示す。各画像の左下のバーは100ミクロンである。
【図13】A6K(TFA塩)とBSHを含む複合体を含むがん細胞に中性子を照射した場合の、当該がん細胞の生存率を示すグラフである。non B10は複合体もBSHも細胞に添加しなかった系、BSHはBSHのみを細胞に添加した系、BSH/A6KはA6K(TFA塩)とBSHを含む複合体を細胞に添加した系である。
【図14】本発明の剤によってBSHが腫瘍部位特異的に導入されることを示す図である。上の図(BSH onlyと表示)はBSHのみを投与した場合、下の図(A6K/BSH(実施例4(1)に記載の化合物)は本発明の剤(A6KとBSHを含む複合体)を投与した場合の腫瘍組織を示す。Hoechstは核染色像、HLA-AはHLA-Aの免疫染色像、BSHはBSHの免疫染色像、Mergeはこれらの3重の染色を同一画面上で合体させた像を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、1の態様において、水溶液中で疎水性アミノ酸残基と塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを混合することを特徴とする、上記ペプチドとBSHを含む複合体の製造方法を提供する。疎水性アミノ酸および塩基性アミノ酸は公知である。疎水性アミノ酸残基と塩基性アミノ酸残基を含むペプチドも様々な種類のものが知られており、本発明に用いることができる。本発明において、好ましく用いられる疎水性アミノ酸残基と塩基性アミノ酸残基を含むペプチドは下式(1):
【化3】
JP0006548060B2_000004t.gif
[式中、m個のアミノ酸残基Xはそれぞれ独立してアラニン、バリン、ロイシンまたはグリシンであり、n個のアミノ酸残基Zはそれぞれ独立して-NHCH(COOH)Rであり、Rは-(CHNHRであり、Rは-Hまたは-C(NH)NHであり、mは4~10、nは1~2、pは1~6である。]にて示される。本発明において、より好ましく用いられる疎水性アミノ酸残基と塩基性アミノ酸残基を含むペプチドの例は、XXXXXZ、XXXXXZZ、XXXXXXZ、XXXXXXZZ、XXXXXXXZ、XXXXXXXZZなどが挙げられるが、これらに限定されない。これらのペプチドの具体例としては、AAAAAK、AAAAAAK、AAAAAAAK、AAAAAKK、AAAAAAKK、AAAAAAAKK、AAAAAR、AAAAAAR、AAAAAAAR、AAAAARR、AAAAAARR、AAAAAAARRなどが挙げられる。本発明において、より好ましく用いられる疎水性アミノ酸残基と塩基性アミノ酸残基を含むペプチドのさらなる具体例としては、AAAAAA-ホモアルギニン、AAAAAA-オルニチン、AAAAAA-2,7-ジアミノヘプタン酸、AAAAAA-2,4-ジアミノブタン酸、AAAAAA-2-アミノ-4-グアニジノブタン酸などが挙げられる。本発明において、より好ましく用いられる上記ペプチドの典型例としてはAAAAAAK(A6Kと略称)およびAAAAAAR(A6Rと略称)などが挙げられる。アミノ酸残基X、Zに修飾可能な部分が存在する場合、アミノ酸残基X、Zは修飾されていてもよい。また、式(1)で示されるペプチド中の1個または2個のアミノ酸残基が疎水性アミノ酸残基または塩基性アミノ酸残基以外のアミノ酸残基にて置換されていてもよい。本発明の複合体の製造方法において、ペプチドは遊離形態であってもよく、塩の形態であってもよく、溶媒和物の形態であってもよく、あるいは修飾または誘導体化されていてもよい。ペプチドの塩は様々なものが公知であり、その製法も公知である。ペプチドの塩の例としては、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩、酢酸塩、トリフルオロ酢酸塩(TFA塩)、クエン酸塩、コハク酸塩、マレイン酸塩、フマル酸塩、リンゴ酸塩、酒石酸塩、p-トルエンスルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、メタンスルホン酸塩、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩などが挙げられるが、これらに限定されない。ペプチドの溶媒和物も公知であり、その製法も公知である。ペプチドの溶媒和物の例としては、水、メタノール、エタノール、イソプロパノール、THF、DMSO、エチレングリコール、プロピレングリコール、アセトアミドなどの溶媒和物が挙げられるが、これらに限定されない。様々な修飾ペプチドおよびペプチド誘導体が公知である。ペプチドの修飾および誘導体化方法も公知である。ペプチドの修飾および誘導体化の例としては、アセチル化、アミド化、ビオチン化、マレイミド化、メチル化などのアルキル化、マレイミド化、ミリストイル化、エステル化、リン酸化、蛍光標識、放射性標識などでの標識化などが挙げられるがこれらに限定されない。ペプチドのN末端がアセチル化されているのが好ましい。また、ペプチドを構成するアミノ酸は天然アミノ酸であっても非天然アミノ酸であってもよく、L体であってもD体であってもよい。本発明において、ペプチドという場合は、上記のような修飾されたペプチド、誘導体化されたペプチド、塩の形態のペプチド、アミノ酸が置換されたペプチド、D-アミノ酸を含むペプチドを包含するものとする。なお、上で例示したペプチドは慣用的な1文字アミノ酸標記で示されている。

【0013】
BSHも公知であり、ホウ素同位体10Bを1分子内に12個有する結晶体である。上述のように、BSHは1分子当たりのホウ素原子数が多く、BNCTに用いた場合、中性子線との衝突効率が良い。しかし、BSHは細胞膜を透過できないためそのままでは細胞内には入らないので、BNCTによるがん細胞殺傷効果は低い。本発明においては、疎水性アミノ酸残基と塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体を構築し、BSHをがん細胞内にうまく送達させ滞留することができる。このことにより、BNCTによるがん細胞殺傷効果を飛躍的に向上させ、同時に安全性を担保することができる。本発明の複合体の製造方法において、BSHは修飾または誘導体化されていてもよい。修飾されたBSHおよび誘導体化されたBSHは公知であり、ペプチドを結合させたBSH、糖類を結合させたBSH、チオール基、水酸基、カルボキシル基、アミノ基、アミド基、アジド基、ハロゲン基およびリン酸基等を有するBSHなどが例示されるが、これらに限定されない。修飾されたBSHおよび誘導体化されたBSHの製造方法も公知である。

【0014】
本発明の疎水性アミノ酸残基と塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体は、水溶液中で上記ペプチドとBSHを混合することにより得られる。この操作は非常に簡単である。混合の際に適宜撹拌あるいは超音波処理を行ってもよい。水溶液中の上記ペプチドの濃度は特に限定されず、一般的には数μM~数千μMである。水溶液中のBSHの濃度も特に限定されず、一般的には数十μM~数千μMである。混合する上記ペプチドとBSHのモル比も特に限定されないが、混合割合は、ペプチド1モルに対してBSH約1モル~約1000モルの割合が好ましく、例えばペプチド1モルに対してBSH約1~約100モルの割合、ペプチド1モルに対してBSH約100~約1000モルの割合などであってもよい。

【0015】
疎水性アミノ酸残基と塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体を混合する水溶液は水を媒体とする溶液である。水溶液は水のみであってもよく、バッファーや塩類などの他の物質が添加されていてもよい。混合の際の温度、pH、混合時間などの条件は、当業者が適宜定めうる。例えば、A6KやA6RとBSHを混合する場合は、A6Kのリジン残基あるいはA6Rのアルギニン残基が正電荷を有し、BSHが負電荷を有するような条件下で混合することが好ましい。PBSなどのバッファーを用いて水溶液のpHを所望の値にしてもよい。

【0016】
本発明の方法により得られる疎水性アミノ酸残基と塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体の形状は、表面に角状突起を有する球形または突起を有しない球形である。球形とは真球のみならずほぼ球形であるものも包含する。具体的には、長径に対する短径の割合が約0.5以上、好ましくは約0.6以上、さらに好ましくは約0.7以上であれば球形ということができる。本発明により得られる複合体の直径は約20nm~約200nmである。複合体の直径は長径と短径の平均であり、突起部がある場合は突起部を含めたものである。本発明の複合体の直径は、例えば電子顕微鏡を用いて測定することができる。本明細書において例えば「複合体の直径が約20nm~約200nm」という場合、複合体の大部分、例えば約50%以上、好ましくは約60%以上、さらに好ましくは約70%以上のものの直径が約20nm~約200nmという意味である。

【0017】
様々なDDSキャリアにおいて、薬剤到達に関与する大きな因子は、薬剤とキャリアの複合体の大きさである。この複合体の直径が大き過ぎると腫瘍血管からの漏出が困難となり腫瘍到達能が低くなる。また、小さ過ぎると腫瘍部における薬剤滞留性が低くなって薬剤の濃度が低値となる。これまでに報告されている薬剤とキャリアの複合体の理想値は20~100nm前後とされている。即ちがん組織部位周辺での血管透過性亢進によるEPR効果を期待する場合は100nm程度であるが、慢性炎症を併発する難治性がんの場合は20mn~30nm前後と言われている。後で説明するように、本発明の複合体の直径は約20nm~約200nm、例えば20nm~100nm前後であり、この理想値に近いので、腫瘍到達度と薬剤滞留性の両方に優れている。

【0018】
本発明の製造方法によれば、ペプチドとBSHを混合するだけで、直径が約20nm~約200nmである複合体が多く得られる。したがって、本発明の製造方法によって得られた複合体をそのままBNCTに用いてもよい。混合するペプチドに対するBSHの割合が小さいと、得られる複合体の直径は小さいものが多くなり、ペプチドに対するBSHの割合が大きいと、複合体の直径は大きいものが多くなる。この性質を利用して、複合体の直径を調節することができる。また、所望のポアサイズのフィルターや所望のポアサイズを有するエクストルーダー等の手段を用いて複合体の直径を調節してもよい。

【0019】
もう1つの態様において、本発明は、疎水性アミノ酸残基と塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体を提供する。本発明の複合体は、直径が約20nm~約200nmの球形である。

【0020】
本発明は、さらにもう1つの態様において、上記複合体を含む、がんのBNCTのための薬剤を提供する。本発明の複合体は、BSHをがん細胞内に効率良く送達し滞留することができる。そのため、本発明の複合体を含む薬剤は、BNCTの効果を格段に高めることができる。

【0021】
本発明の薬剤を用いて治療可能ながんはいずれの種類のがんであってもよく、特に限定されない。本発明の薬剤を用いて治療可能ながんの例としては、食道がん、胃がん、大腸がん、肝がん、胆嚢がん、胆管がん、膵臓がん、腎細胞がん、消化管間質腫瘍、中皮腫、脳腫瘍(髄膜腫、神経膠腫、下垂体腫瘍、聴神経腫瘍、多型性膠芽腫等など)、頭頚部がん、喉頭がん、口腔がん、口腔底がん、歯肉がん、舌がん、頬粘膜がん、唾液腺がん、副鼻腔がん、上顎洞がん、前頭洞がん、篩骨洞がん、蝶型骨洞がん、甲状腺がん、肺がん、骨肉腫、膀胱がん、前立腺がん、精巣腫瘍、睾丸がん、陰茎がん、乳がん、子宮体がん、子宮頚がん、卵巣がん、皮膚がん、横紋筋肉腫、白血病、リンパ腫、ホジキン病、非ホジキンリンパ腫、多発性骨髄腫などが挙げられるが、これらに限らない。

【0022】
本発明の複合体をそのままBNCTのための薬剤として用いてもよく、あるいは医薬上許容される担体または賦形剤を用いて、当業者に公知の方法にて様々な剤形に処方してもよい。使用する担体または賦形剤は当業者に公知であり、適宜選択することができる。本発明の薬剤は、当業者に公知の手段・方法を用い製造することができる。例えば、注射剤や輸液剤を製造する場合は、生理食塩水やリン酸緩衝生理食塩水などの医薬上許容される担体を用いることができる。本発明の薬剤の調製に際し、増粘剤、吸収促進剤、pH調整剤、保存剤、分散剤、湿潤剤、安定剤、防腐剤、懸濁剤、界面活性剤等の医薬上許容される添加剤を用いてもよい。

【0023】
本発明の薬剤の剤形は特に限定されず、治療すべき癌の部位、大きさ、種類、患者の状態等に応じて適宜選択することができる。本発明の薬剤は液状、半固形、固形のいずれであってもよい。本発明の薬剤の剤形の例としては、注射剤、輸液剤、点鼻剤、点眼剤、ローション剤、スプレー剤、クリーム剤、ゲル剤、軟膏剤、座剤、錠剤、カプセル、粉末、顆粒、シロップ剤、エアロゾール剤、経皮剤、経粘膜剤、吸入剤などが挙げられるが、これらに限定されない。あるいは本発明の薬剤は、投与時に生理食塩水やリン酸緩衝生理食塩水などの医薬上許容される担体に懸濁される凍結乾燥品の形態であってもよい。

【0024】
本発明の薬剤の投与経路も特に限定されず、治療すべき癌の部位、大きさ、種類、患者の状態等に応じて適宜選択することができる。本発明の薬剤の投与経路の例としては、皮下注射、皮内注射、静脈注射、点滴、経口投与、経粘膜投与、経腸投与、点眼、点鼻、点耳、吸入、経皮投与、腫瘍内投与を含む局所投与、脳室内投与などが挙げられるが、これらに限定されない。

【0025】
本発明の薬剤の用量は、治療すべき癌の種類、部位、大きさ、種類、患者の状態等応じて医師が適宜用量を決定することができる。

【0026】
本発明の薬剤を患者に投与し、本発明の複合体が治療すべき部位に到達するに十分な時間が経過した後、中性子を照射する。中性子の照射に際し、原子炉または加速器型中性子発生装置を用い、中性子線量と中性子スペクトル、照射時間等、治療に必要な諸条件を決定する。

【0027】
本発明の薬剤の投与および中性子照射を1回ないし複数回行うことができる。上記の回数は、癌の部位や種類、癌の縮小程度、患者の状態等を考慮して、医師が定めうる。

【0028】
本発明は、さらにもう1つの態様において、がんのBNCTのための薬剤を製造するための上記複合体の使用を提供する。

【0029】
本発明は、さらにもう1つの態様において、がんのBNCTのための上記複合体の使用を提供する。

【0030】
本発明は、さらにもう1つの態様において、がん罹患者に上記複合体を投与し、該患者に中性子を照射することを含む、がんの治療方法を提供する。

【0031】
以下に実施例を示して本発明をさらに詳細かつ具体的に説明するが、実施例は本発明の範囲を限定するものと解してはならない。
【実施例1】
【0032】
(1)水溶液中のA6K(TFA塩)の形状
常法により合成したA6K(TFA塩)の凍結乾燥品をMilli-Q水に溶解し(濃度1000μM)、HClにてpHを4に調節した。10分間超音波処理を行い、NaOHにてpHを7とした。得られた溶液をポアサイズ100nmのエクストルーダーに通し、Milli-Q水で濃度50μMに希釈した。そのうち1.2μLを試料として分取し、走査型電子顕微鏡で観察した。電子顕微鏡像を図1に示す。A6K(TFA塩)はチューブ状の形態を有していた。上と同様にして調製した濃度200μMのA6K(TFA塩)溶液をDLS試験に供した。そのチャートを図2に示す。このチャートにおいて2峰性のピークが観察され、A6K(TFA塩)がチューブ状であることが示された。
【実施例1】
【0033】
(2)A6K(TFA塩)とBSHを含む複合体の製造
上記(1)と同様にしてA6K(TFA塩)のMilli-Q水溶液(10μM)を得た。BSHを添加し(濃度1000μM)、室温で3分間撹拌混合し、得られた複合体を走査型電子顕微鏡にて観察した。結果を図3に示す。複合体は角状突起を有する球形(金平糖状)であり、大部分のものが直径約20nm~約150nmの範囲であった。上と同様にしてA6K(TFA塩)(200μM)とBSH(2000μM)を混合して得られた複合体をDLS試験に供した。結果を図4に示す。近接する2峰性のピークが観察され、複合体がほぼ球形であることが示された。これらの結果は、得られた複合体の形状やサイズが、BSHをがん細胞内に送達するのに最適なものであることを示す。
【実施例1】
【0034】
(3)複合体のがん細胞内への送達
A6K(TFA塩)およびBSHを上記(2)に記載した方法と同様の方法で撹拌混合して複合体を調製した。混合時間を10分、30分、180分とした。得られた複合体をPBS(pH7.1-7.3)にて希釈し、シャーレ中のグリオーマセルラインU87ΔEGFRに添加した。複合体の添加量は、A6K(TFA塩)の最終濃度が50μM、BSHの最終濃度が5000μMとなるようにした。複合体とともに37℃で3時間、12時間、24時間培養して得られた各細胞試料をICP-AESに供して細胞中のホウ素濃度を測定した。結果を図5に示す。いずれの条件下でも、複合体は細胞に取り込まれた。12時間および24時間の培養で、多量の複合体ががん細胞内に取り込まれることがわかった。培養時間は12時間で十分であった。撹拌混合時間はがん細胞内への複合体の送達量に対してあまり影響しなかった。撹拌混合時間は10分で十分であった。培養時間の延長により、細胞内BSH量の増加が示された。これにより、本複合体にはがん細胞内滞留性があることが確認された。
【実施例2】
【0035】
(1)A6R(TFA塩)とBSHを含む複合体の製造
常法により合成したA6R(TFA塩)の凍結乾燥品をMilli-Q水に溶解し(濃度1000μM)、HClにてpHを4に調節した。10分間超音波処理を行い、NaOHにてpHを7とした。得られた溶液をMilli-Q水で濃度10μMに希釈した。このようにして得られたA6R(TFA塩)のMilli-Q水溶液(10μM)にBSHを添加し(濃度1000μM)、室温で3分間撹拌混合および10分超音波処理した後、ポアサイズ50nmのエクストルーダーに通して複合体を得た。得られた複合体を走査型電子顕微鏡にて観察した。結果を図6に示す。複合体は球形であり、大部分のものが直径約100nm~約200nmの範囲であった。また、A6R(TFA塩)とBSHのモル比を1:1(20μM:20μM)として上記と同様にして複合体を調製した場合は、複合体のサイズが小さくなり、直径約50nm~約150nmのものが多く、直径20nm前後のものも見られた。
【実施例2】
【0036】
(2)複合体のがん細胞内への送達
A6R(TFA塩)およびBSHを上記(1)に記載した方法と同様の方法で撹拌混合して複合体を調製した。得られた複合体をPBS(pH7.1-7.3)にて希釈し、シャーレ中のグリオーマセルラインU87ΔEGFRに添加した。複合体の添加量は、図7および図8に示すA6R(TFA塩)とBSHの最終濃度となるようにした。複合体とともに37℃で6時間、12時間、24時間培養して得られた各細胞試料をICP-AESに供して細胞中のホウ素濃度を測定した。結果を図7および図8に示す。図7に示すように、A6R(TFA塩)とBSHの複合体は濃度依存的に細胞内に導入されることが確認された。また図8に示すように、培養は6時間で十分であった。12時間培養後、24時間培養後にもかなりの複合体が細胞に残存しており、本複合体にはがん細胞内滞留性があることが確認された。
【実施例3】
【0037】
本発明の複合体の細胞内分布について調べた。
(1)実験方法
U87ΔEFGR細胞を24ウェルプレート(Falcon製)内、ガラスプレート(PLLコート、12mm:IWAKI製)に播種し(3000個/ウェル、各ウェルに1ml)、COインキュベータ内、37℃で24時間培養後、実施例1の(2)と同様の方法で調製したA6K(TFA塩)とBSHを含む複合体を添加した。複合体の添加量は、A6K(TFA塩)の最終濃度が20μM、BSHの最終濃度が2000μMとなるようにした。複合体を添加して90分培養した後、細胞培養液を除去して、室温下PBS(Phosphate Buffered Saline)を1ml加え5分間静置後除去し、3回(各1ml、5分間)洗浄した。次いで、パラフォルムアルデヒド(PFA)溶液(4%、1ml)を加え、30分間インキュベートして固定した。これをPBSで3回洗浄(同上)した。次いで、Triton(0.25%)を含むPBS溶液(1ml)を加えて、37℃で15分間インキュベートした。PBSで3回洗浄(同上)した。ついで、BSA(牛血清アルブミン、1%)を含むPBS溶液(1ml)を加え、室温下1時間インキュベートした。その後、PBSで3回洗浄(同上)した。
【実施例3】
【0038】
十分量の一次抗体染色液(0.1%BSA PBS中のBSH抗体〔1:200〕(最終濃度0.5μg/ml))を、陰性コントロール以外のサンプルに添加して覆った。陰性コントロールは一次抗体を含まないが抗体の希釈に使用したのと同じ液を用いた。それぞれ2時間室温でインキュベートした。サンプルから一次抗体染色液を除去し、次いでPBSで3回洗浄(同上)した。十分量の二次抗体染色溶液(0.1%BSA PBS中のロバ抗-マウスIgG(Alexa 488)〔1:100〕)をサンプルに添加して覆い、室温で2時間インキュベートした。二次抗体を含まない陰性コントロールも同様に行った。サンプルから二次抗体染色液を除去し、次いでPBSで3回洗浄(同上)した。
【実施例3】
【0039】
ガラスプレパラート上に封入液(ProLong(登録商標)Diamond:Thermo)を加え、サンプルを定着した。このようにして、がん細胞U87ΔEGFRの細胞免疫染色ガラスプレパラートを調製した。
【実施例3】
【0040】
(2)実験結果
染色画像を図9に示す。細胞質のみならず、核内にも染色が見られたことから、本発明の複合体は、細胞内だけでなく核内にまで移行することが示された。これらの結果から、本発明の複合体を含む細胞に中性子線を照射することで、当該細胞を選択的に破壊することができ、効率的ながん治療が可能であるといえる。
【実施例4】
【0041】
本発明の複合体を含むがん細胞に中性子を照射してコロニー形成阻害を調べた。
【実施例4】
【0042】
(1)A6K(塩酸塩)とBSHを含む複合体の製造
常法により合成したA6K(塩酸塩)の凍結乾燥品をMilli-Q水に溶解し、10分間超音波処理を行った。得られたA6K(塩酸塩)のMilli-Q水溶液の一部を分取し、走査型電子顕微鏡および透過型電子顕微鏡にて観察した。A6K(塩酸塩)はチューブ状の形態を有していた。A6K(塩酸塩)のMilli-Q水溶液にBSHを添加し、室温で3分間撹拌混合および10分超音波処理した。A6K(塩酸塩)とBSHのモル比を1:10(166μM:1.66mM)および1:25(166μM:4.15mM)とした場合に、球形の複合体が得られた。得られた複合体の大部分のものは直径100nm前後であった。A6K(塩酸塩)とBSHのモル比を1対10とした場合の複合体の走査型電子顕微鏡写真を図10に示す。
【実施例4】
【0043】
(2)複合体のがん細胞内への送達
実施例2(2)に記載したのと同様の手順にて、上記(1)で得られたA6K(塩酸塩)とBSHを含む複合体(A6K(塩酸塩):BSHのモル比1:10)をグリオーマセルラインU87ΔEGFRに添加した。複合体の添加量は、図11に示すA6K(塩酸塩)とBSHの最終濃度となるようにした。複合体とともに37℃で24時間培養後、ICP-AESにて細胞中のホウ素濃度を測定した。図11に示すように、BSH(2mM)のみを添加した群では細胞内ホウ素濃度が595.2±105.1ng/細胞10個であったのに対し、A6K(塩酸塩)(200μM)とBSH(2mM)の複合体を添加した群では細胞内ホウ素濃度は11262±3890ng/細胞10個であった。これらの結果から、本複合体はがん細胞内に特異的に取り込まれ、24時間培養後にも高濃度の複合体が細胞内に滞留していることがわかった。
【実施例4】
【0044】
(3)複合体の細胞内局在
実施例3(1)に記載したのと同様の手順にて、細胞内に送達されたA6K(塩酸塩)とBSHの複合体の細胞内分布について調べた。BSH特異抗体で染色したがん細胞の顕微鏡像を図12に示す。これらの結果から、A6K(塩酸塩)/BSH複合体 40μM/400μM投与群および200μM/400μM投与群の両方においてホウ素薬剤BSHの細胞内導入が確認された。本発明の複合体を含む細胞に中性子線を照射することで、当該細胞を選択的に破壊することができ、効率的ながん治療が可能であるといえる。
【実施例5】
【0045】
本発明の複合体を含むがん細胞に中性子を照射して、コロニー形成試験を行った。
【実施例5】
【0046】
実施例2(2)に記載したのと同様の手順にて、実施例4(1)で得られたA6K(塩酸塩)とBSHを含む複合体を舌扁平上皮癌由来細胞株(SAS)に添加した。複合体の添加量は、A6K(塩酸塩)が20μM、BSHが2000μMとなるようにした(B10として0.24mg/ml)。BSH(2000μM)のみを添加した系(B10として0.24mg/ml)、および複合体もBSHも添加しなかった系についても実験を行った。いずれの系においても37℃で24時間培養を行った。中性子線照射は、20分、45分および90分行った。コロニー形成法にて細胞の生存率を算出した。各系において試料数(N)は3であった。結果を図13に示す。A6K(塩酸塩)とBSHを含む複合体を含むがん細胞の生存率はNeutron fluency(中性子フルエンス)の増加に伴って顕著に低下することが確認された。中性子フルエンスが6.7×1011n/cmの場合、複合体もBSHも含まないがん細胞およびBSHのみを含むがん細胞の生存率は10~20%であるのに対し、上記複合体を含むがん細胞の生存率はわずか2%未満であった。これらの結果から、本発明の複合体を含む細胞に中性子線を照射することで、当該細胞を選択的に破壊することができ、効率的ながん治療が可能であることが示された。
【実施例6】
【0047】
脳腫瘍のモデル動物(U87ΔEGFRを移植したin vivoモデル)に本発明の剤を投与し、特異的に腫瘍にBSHが導入されているかどうかを調べた。
【実施例6】
【0048】
本実験に関する動物の飼育、保管、使用は岡山大学動物実験委員会に承認された (承認番号:OKU-2016475)手順に従い行った。担がんモデルマウス(BALB/C nu/nu,メス,6-8週齢,25g,日本エスエルシー,静岡)はU87ΔEGFR細胞懸濁液(1×10cells/μL)3μLを脳内に直接注入して作製した。2週間後、A6KとBSHを含む複合体(A6K 2mM/BSH 20mM)を200μL、対照実験としてBSH 20mMを200μLをそれぞれ尾静脈より投与した(マウス体重を20gとすると、A6K・HClは8mg/kg,BSHは33.4mg/kgと換算された)。
【実施例6】
【0049】
実験に用いた複合体(実施例4(1)記載の化合物)を以下のようにして調製した。A6K 10mM 70μLにMQ水70μLを加えA6K 5mMに調整した。A6K 5mM 140μLにBSH 200mM 35μLとMQ水175μLを加えA6K 2mM/BSH 20mM溶液を調製した。A6Kは株式会社スリー・ディー・マトリックス社から、BSHはステラファーマ株式会社から入手した。
【実施例6】
【0050】
投与後、12時間にてマウス脳を凍結組織切片作成用包埋剤ティシュー・テックO.C.Tコンパウンドで包埋した。脳を凍結後10μmの厚さに薄切し、凍結切片を作製した。4%(w/v) パラホルムアルデヒド(PFA,和光純薬工業) を用いて、室温で10分、凍結切片を固定した。PBSで洗浄後、1%(w/v) BSAでブロッキングし、0.3%(v/v) TritonX-100を含む抗BSHマウスモノクローン抗体(5μ9/mL)およびラビット製抗HLA-A抗体溶液に室温で2時間浸した。洗浄後、Alexa-Fluor 488(緑色蛍光)を標識したロバ製抗マウス抗体(Life Technologies)溶液 (20μg/mL)およびAlexa-Fluor 555(赤色蛍光)を標識したヤギ製抗ラビット抗体(Life Technologies)溶液(2μg/mL)に室温で2時間浸した。洗浄後、ヘキスト33258で核染色し、プレパラートを作製後、共焦点レーザー顕微鏡でBSHの局在を観察した。抗BSH抗体は大阪府立大学切畑教授より供与されたものを希釈し、凍結しておいたものを使用時に解凍して用いた。
【実施例6】
【0051】
HLA-Aはヒトの主要組織適合抗原で、移植し増殖したヒト由来の悪性膠芽腫U87ΔEGFRには発現するが、マウスの正常脳組織には発現していない。本実験ではHLA-Aを赤色蛍光で検出した。赤色蛍光を有する細胞の集団があり、かつ境界が明瞭である事から、ヒト由来の悪性膠芽腫U87ΔEGFRがヌードマウス脳内で増殖し、ヒト脳腫瘍モデルができている事が確認できた。
これらの脳腫瘍モデル動物に対し実施例4(1)記載の化合物(A6K/BSH)を尾静脈から1回投与し、12時間後にこの脳腫瘍組織を摘出して抗BSHマウスモノクローン抗体で免疫組織染色し、緑色蛍光によってBSHの存在を検出した。対照実験としてBSH単独を同量投与した。結果を図14にまとめ示す。
【実施例6】
【0052】
実施例4(1)記載の化合物(A6K/BSH)を投与したマウスでは、BSHの存在を示す強い緑色を検出し、しかもそれはHLA-A陽性(赤)の腫瘍組織に一致していた。BSHのみを投与した対照実験では緑色は弱く、BSHの細胞内取り込みが低いことが確認され、かつその存在部位は腫瘍組織とマウスの正常脳組織とで差がなかった。
【実施例6】
【0053】
本実験において、ヌードマウス脳内にヒト由来の神経膠芽腫を移植して脳腫瘍モデル動物を作製し、実施例4(1)記載の化合物の投与により、脳腫瘍部位に特異的にBSHを導入できることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明は、がん治療剤の製造、特にがんの放射線治療剤の分野において利用可能である。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6
【図8】
7
【図9】
8
【図10】
9
【図11】
10
【図12】
11
【図13】
12
【図14】
13