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明細書 :標的物質と親和性の高い物質をスクリーニングする方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 再公表特許(A1)
発行日 令和元年11月21日(2019.11.21)
発明の名称または考案の名称 標的物質と親和性の高い物質をスクリーニングする方法
国際特許分類 G01N  27/62        (2006.01)
G01N  33/15        (2006.01)
FI G01N 27/62 V
G01N 33/15 Z
国際予備審査の請求
全頁数 25
出願番号 特願2018-566091 (P2018-566091)
国際出願番号 PCT/JP2018/003442
国際公開番号 WO2018/143357
国際出願日 平成30年2月1日(2018.2.1)
国際公開日 平成30年8月9日(2018.8.9)
優先権出願番号 2017016609
優先日 平成29年2月1日(2017.2.1)
優先権主張国 日本国(JP)
指定国 AP(BW , GH , GM , KE , LR , LS , MW , MZ , NA , RW , SD , SL , ST , SZ , TZ , UG , ZM , ZW) , EA(AM , AZ , BY , KG , KZ , RU , TJ , TM) , EP(AL , AT , BE , BG , CH , CY , CZ , DE , DK , EE , ES , FI , FR , GB , GR , HR , HU , IE , IS , IT , LT , LU , LV , MC , MK , MT , NL , NO , PL , PT , RO , RS , SE , SI , SK , SM , TR) , OA(BF , BJ , CF , CG , CI , CM , GA , GN , GQ , GW , KM , ML , MR , NE , SN , TD , TG) , AE , AG , AL , AM , AO , AT , AU , AZ , BA , BB , BG , BH , BN , BR , BW , BY , BZ , CA , CH , CL , CN , CO , CR , CU , CZ , DE , DJ , DK , DM , DO , DZ , EC , EE , EG , ES , FI , GB , GD , GE , GH , GM , GT , HN , HR , HU , ID , IL , IN , IR , IS , JO , JP , KE , KG , KH , KN , KP , KR , KW , KZ , LA , LC , LK , LR , LS , LU , LY , MA , MD , ME , MG , MK , MN , MW , MX , MY , MZ , NA , NG , NI , NO , NZ , OM , PA , PE , PG , PH , PL , PT , QA , RO , RS , RU , RW , SA , SC , SD , SE , SG , SK , SL , SM , ST , SV , SY , TH , TJ , TM , TN , TR , TT
発明者または考案者 【氏名】瀬藤 光利
【氏名】近藤 豪
出願人 【識別番号】504300181
【氏名又は名称】国立大学法人浜松医科大学
個別代理人の代理人 【識別番号】100131705、【弁理士】、【氏名又は名称】新山 雄一
【識別番号】100190621、【弁理士】、【氏名又は名称】崎間 伸洋
審査請求 未請求
テーマコード 2G041
Fターム 2G041CA01
2G041DA04
2G041EA12
2G041FA10
2G041JA08
2G041LA07
要約 標的物質と候補物質を含む試料を接触させた測定用試料を調製する工程と、前記測定用試料に対して、前記標的物質をマトリクスとしたMALDI法を用いたイメージング質量分析法を行い、イオン化された分子を同定する工程と、前記同定した分子を、前記標的物質との親和性の高い物質であると選出する工程と、を有する、標的物質と親和性の高い物質をスクリーニングする方法。
特許請求の範囲 【請求項1】
標的物質と候補物質を含む試料を接触させた測定用試料を調製する工程と、
前記測定用試料に対して、前記標的物質をマトリクスとしたMALDI法を用いたイメージング質量分析法を行い、イオン化された分子を同定する工程と、
前記同定した分子を、前記標的物質との親和性の高い物質であると選出する工程と、を有する、標的物質と親和性の高い物質をスクリーニングする方法。
【請求項2】
前記測定用試料を調製する工程は、
前記候補物質を含む被検試料と、前記標的物質と、を接触させる工程と、
前記接触させた試料と標的物質を、接触状態のまま乾燥させ、測定用試料とする乾燥工程と、を含み、
前記同定工程は、前記測定用試料に対して、MALDI法を用いたイメージング質量分析法を行い、イオン化された分子のスペクトルを得るスペクトルスキャン工程と、
前記スペクトルより、ピーク物質を同定する工程と、を含む、
請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記標的物質が、分子量10,000以下の化合物である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記候補物質が、リン脂質である、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記候補物質を含む試料が組織切片であり、前記測定用試料が、前記候補物質を含む試料の表面に前記標的物質を付着させたものである、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記MALDI法を用いたイメージング質量分析法に用いるレーザーの波長が200~400nmであり、
前記標的物質が、芳香環及び/または複素環を含む分子量300~10,000の化合物である請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記標的物質とは異なる物質を対照物質とし、さらに、
前記対照物質と前記候補物質を含む試料を接触させた測定用対照試料を調製する工程と、
前記測定用対照試料に対して、前記対照物質をマトリクスとしたMALDI法を用いたイメージング質量分析法を行い、イオン化された分子を同定する工程と、
前記同定した分子を、前記対照物質との親和性の高い物質であると選出する工程と、を有し、
前記測定用試料からイオン化された分子のうち、前記対照物質との親和性の高い物質であると選出された分子以外を、前記標的物質との親和性の高い物質であると選定する、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記対照物質が、3,5-メトキシ-4-ヒドロキシケイ皮酸、α-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸、trans-4-ヒドロキシ-3-メトキシケイ皮酸、2,5-ジヒドロキシ安息香酸、3-ヒドロキシピコリン酸、9-アミノアクリジン、2,5-ジヒドロキシアセトフェノン、又は1,8-ジヒドロキシ-9,10-ジヒドロアントラセン-9-オンである、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
標的物質を含む被検試料と、候補物質と、を接触させる工程と、
前記被検試料と前記候補物質とを、接触状態のまま乾燥させ、測定用試料とする乾燥工程と、
前記測定用試料に対して、MALDI法を用いたイメージング質量分析法を行い、イオン化された分子のうち、前記標的物質に対応するm/zをスキャンするスキャン工程と、
前記m/zにおけるピーク強度を測定するピーク強度測定工程と、
前記ピーク強度が検出された候補物質を、前記標的物質との親和性の高い物質であると選出する工程と、を含む、
標的物質と親和性の高い物質をスクリーニングする方法。
【請求項10】
前記候補物質が、分子量10,000以下の化合物である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記標的物質が、リン脂質である、請求項9又は10記載の方法。
【請求項12】
前記標的物質を含む試料が組織切片であり、前記測定用試料が、前記標的物質を含む試料の表面に前記候補物質を付着させたものである、請求項9~11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
前記MALDI法を用いたイメージング質量分析法に用いるレーザーの波長が200~400nmであり、
前記候補物質が、芳香環及び/または複素環を含む分子量300~10,000の化合物である請求項9~12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
請求項9~13のいずれか一項に記載の標的物質と親和性の高い物質のスクリーニング工程と、
前記スクリーニング工程により選出された候補物質を有効成分として含有させることを含む、医薬の設計方法。
【請求項15】
請求項9~13のいずれか一項に記載の標的物質と親和性の高い物質のスクリーニング工程と、
前記スクリーニング工程により選出された候補物質を有効成分として含有させることを含む、医薬の製造方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、マトリクス支援レーザー脱離イオン化(Matrix Assisted Laser Desorption /Ionization:MALDI)法を利用したイメージング質量分析法(Imaging Mass Spectrometry:IMS)を用いて、標的物質と親和性の高い物質のスクリーニングを行う方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医薬品開発においては、莫大な化合物ライブラリから期待する治療効果をもつ化合物を効率的に選出することが重要である。このためには、評価項目はシンプルであればあるほど良い。例えば、様々な生理機能が複雑に影響しあっている動物個体を対象にして、候補化合物による治療効果をスクリーニングするよりも、より生理機能のシンプルな細胞を対象にするほうが好ましい。さらに、治療効果に直接関与している分子のレベルで相互作用を解析できるほうが、目的の治療効果を持つ化合物をより効率的に選出できる。とりわけ精神神経疾患治療薬のような生体の高次機能に影響するものについては、個別に動物の行動実験で評価することは多大な時間と投資、労力が要求されるため、信頼性の高いエビデンスに基づいた分子標的とその評価法が求められる。
【0003】
従来、分子間相互作用の評価方法としては、免疫沈降法等のアフィニティ精製とウエスタンブロットや質量分析のような検出系との組み合わせ、蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)のようなイメージング技術を用いた方法、表面プラズモン共鳴解析や熱量変化解析、高磁場核磁気共鳴(NMR)などのスペクトル解析などにより行なわれるのが一般的である。これらの方法では、高い純度の試料、高品質な抗体、プローブの作製、同位体ラベルなどが要求されるため、実施に際しては、コストや労力、時間、安全性などの面で様々な制約が存在する。例えば、検出にプローブが必要な方法では、観測対象ごとに特異的なプローブを設計するため、興味のある分子間の相互作用しか測定できない。また、検出にプローブを用いない方法、例えば、標的物質に対する結合分子を液体クロマトグラフィー質量分析などで検出する方法でも、事前処理として免疫沈降などの方法で精製するのが一般的であり、この精製工程においてやはり検出可能な分子は限定されてしまう。このため、結合分子の探索研究を行う場合には、ノンターゲット解析可能な検出系が必要である。さらに、生体からの抽出工程がある場合は、精製操作や試験管内環境によって生体中とは立体構造が変化する場合があることや、生体の限られた部位にしか存在しない微量分子はそもそも回収が困難であることなどの問題もある。
【0004】
また、医薬品開発においては、近年、疾患の原因となっている特定の生体内細胞、特に特定の生体内細胞に関与する生理活性物質を標的とした、いわゆる分子標的薬の開発が進んでいる。これは、疾患の原因を分子レベルまたはゲノムレベルで解明し、疾患に関わる物質を標的とした医薬(薬理作用を有する化合物)の分子設計を行うものであるから、設計された医薬は、疾患の治療効果が大きく、さらに疾患以外の生体内細胞に作用しにくいことから、副作用の低減効果も期待されている。その反面、(1)疾患の原因を分子レベルまたはゲノムレベルで解明すること、(2)特定された原因物質の化学構造に基づく、医薬品の分子設計を行うこと、が必要とされる。しかしながら、(1)、(2)のいずれにも検討には長い日数を要するものであり、結果的に開発が長期化していた。
【0005】
一方で、近年、組織試料上の生体分子を2次元に可視化できるIMS(質量顕微鏡法(Mass microscopy)ともいう。)のための装置が開発されている。MALDI法を利用したIMS(MALDI-IMS)では、組織切片等の解析対象の試料に対して、レーザー光を吸収し生体分子のイオン化を促す低分子化合物(マトリクス)を塗布し、ここに走査的にレーザー光を照射し、2次元座標の各点で検出されたイオンの情報を基にイメージ像を再構成する。この方法では、組織切片を2次元のレーザー走査によってそのまま解析するため、組織試料上の生体分子をその位置情報を保持したままイオン化できる。イオン化された生体分子は、飛行時間型質量分析計によって分析され、質量対電荷比に従って同定される。これにより、MALDI-IMSでは、組織試料上の生体分子の分布を、測定ポイント間のシグナル強度の相対値によってイメージ化できる。マトリクスとしては、生体分子のイオン化に適した化合物が経験的に使われている。例えば、3,5-メトキシ-4-ヒドロキシケイ皮酸、9-アミノアクリジン(9AA)のような分子量50以上300未満のイオン解離性の物質が用いられ、組織試料上の生体分子とイオン化したマトリクスの分子が結合した状態で組織試料から脱離、飛翔し、MALDI-IMS内の分析器によって、質量対電荷比(m/z)ごとに分離、同定される。
【0006】
例えば特許文献1には、MALDI-IMSを利用して、乳癌治療剤の候補化合物の治療効果の評価を行う方法が開示されている。当該方法では、乳癌においては、脂質代謝異常により特定の分子種のホスファチジルコリン(PC)が乳腺組織に多く存在していることから、候補化合物を投与された被検者の乳腺組織中のホスファチジルコリンの分子種の存在比率をMALDI-IMSにより測定し、乳癌患者に多く存在している分子種の存在比率が低くなっていた場合に、当該候補化合物は乳癌治療剤として有効であると評価する。すなわち、当該方法は、候補化合物を被検者に対して直接投与し、代謝を経て抗癌作用を呈する前後を比較するものであるから、スクリーニングに用いることのできる候補物質の種類にはおのずと制約があり、スクリーニングの効率には限界があった。
また、従来、MALDI-IMSを利用して、上述の分子間相互作用はおろか、生体内物質が関与する親和性を測定する方法も見出されていなかった。
【先行技術文献】
【0007】

【特許文献1】特開2014-149243号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、MALDI-IMSを用いて、標的物質と親和性の高い物質のスクリーニングを行う方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、以下の標的物質と親和性の高い物質をスクリーニングする方法を提供するものである。
[1] 標的物質と候補物質を含む試料とを接触させた測定用試料を調製する工程と、
前記測定用試料に対して、前記標的物質をマトリクスとしたMALDI法を用いたイメージング質量分析法を行い、イオン化された分子を同定する工程と、
前記同定した分子を、前記標的物質との親和性の高い物質であると選出する工程と、
を有する、標的物質と親和性の高い物質をスクリーニングする方法。
[2] 測定用試料を調製する工程は、
候補物質を含む被検試料と、標的物質と、を接触させる工程と、
前記接触させた試料と標的物質を、接触状態のまま乾燥させ、測定用試料とする乾燥工程と、を含み、
前記同定工程は、前記測定用試料に対して、MALDI法を用いたイメージング質量分析法を行い、イオン化された分子のスペクトルを得るスペクトルスキャン工程と、
前記スペクトルより、ピーク物質を同定する工程と、を含む、
前記[1]の方法。
[3] 前記標的物質が、分子量10,000以下の化合物である、前記[1]又は[2]の方法。
[4] 前記候補物質が、リン脂質である、前記[1]~[3]のいずれかの方法。
[5] 前記候補物質を含む試料が組織切片であり、前記測定用試料が、前記候補物質を含む試料の表面に前記標的物質を付着させたものである、前記[1]~[4]のいずれかの方法。
[6] 前記MALDI法を用いたイメージング質量分析法に用いるレーザーの波長が200~400nmであり、
前記標的物質が、芳香環及び/または複素環を含む分子量300~10,000の化合物である[1]~[5]のいずれかの方法。
[7] 前記標的物質とは異なる物質を対照物質とし、さらに、
前記対照物質と前記候補物質を含む試料を接触させた測定用対照試料を調製する工程と、
前記測定用対照試料に対して、前記対照物質をマトリクスとしたMALDI法を用いたイメージング質量分析法を行い、イオン化された分子を同定する工程と、
前記同定した分子を、前記対照物質との親和性の高い物質であると選出する工程と、を有し、
前記測定用試料からイオン化された分子のうち、前記対照物質との親和性の高い物質であると選出された分子以外を、前記標的物質との親和性の高い物質であると選出する、
前記[1]~[6]のいずれかの方法。
[8] 前記対照物質が、3,5-メトキシ-4-ヒドロキシケイ皮酸、α-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸、trans-4-ヒドロキシ-3-メトキシケイ皮酸、2,5-ジヒドロキシ安息香酸、3-ヒドロキシピコリン酸、9-アミノアクリジン、2,5-ジヒドロキシアセトフェノン、又は1,8-ジヒドロキシ-9,10-ジヒドロアントラセン-9-オンである、前記[7]の方法。
[9] 標的物質を含む被検試料と、候補物質と、を接触させる工程と、
前記被検試料と前記候補物質とを、接触状態のまま乾燥させ、測定用試料とする乾燥工程と、
前記測定用試料に対して、MALDI法を用いたイメージング質量分析法を行い、イオン化された分子のうち、前記標的物質に対応するm/zをスキャンするスキャン工程と、
前記m/zにおけるピーク強度を測定するピーク強度測定工程と、
前記ピーク強度が検出された候補物質を、前記標的物質との親和性の高い物質であると選出する工程と、を含む、
標的物質と親和性の高い物質をスクリーニングする方法。
[10] 前記候補物質が、分子量10,000以下の化合物である、前記[9]の方法。
[11] 前記標的物質が、リン脂質である、前記[9]または[10]の方法。
[12] 前記標的物質を含む試料が組織切片であり、前記測定用試料が、前記標的物質を含む試料の表面に前記候補物質を付着させたものである、[9]~[11]のいずれかの方法。
[13] 前記MALDI法を用いたイメージング質量分析法に用いるレーザーの波長が200~400nmであり、前記候補物質が、芳香環及び/または複素環を含む分子量300~10,000の化合物である[9]~[12]のいずれかの方法。
[14] [9]~[13]のいずれかの標的物質と親和性の高い物質のスクリーニング工程と、前記スクリーニング工程により選出された候補物質を有効成分として含有させることを含む、医薬の設計方法。
[15] [9]~[13]のいずれかの標的物質と親和性の高い物質のスクリーニング工程と、前記スクリーニング工程により選出された候補物質を有効成分として含有させることを含む、医薬の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る標的物質と親和性の高い候補物質をスクリーニングする方法により、解析対象の分子を限定することなく、標的物質に強い親和性を示す候補物質を網羅的に選出することができる。このため、当該方法は、組織切片等の生体試料のように様々な生体分子を含む試料から、目的の標的物質に高い親和性を示す物質(生体分子)を選出するために特に好適である。
また、本発明に係る標的物質(生体分子)と親和性の高い候補物質をスクリーニングする方法により、解析対象の分子を限定することなく、標的物質に強い親和性を示す候補物質を網羅的に選出することができる。このため、当該方法は、薬理作用を持ちうる様々な候補化合物から、目的の標的物質(生体分子)に高い親和性を示す物質を選出するために特に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の一実施形態を示す工程図である。
【図2】実施例1において、マウス脳切片に対して行ったMALDI-IMSで取得されたマススペクトルである。
【図3】実施例1において、MALDI-IMSで取得されたスペクトルデータをイオン強度に応じて2次元構築した分子分布イメージ図である。
【図4】実施例1において、クロザピンに特徴的なイオンピークに対する多段階MS解析の結果である。
【図5】実施例1において、導電性スライドグラス上にスポットしたPIP2に対して行ったMALDI-IMSで取得されたマススペクトルである。
【図6】実施例1において、リポソーム結合実験の結果を示した図である。
【図7】本発明の他の実施形態を示す工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明に係る標的物質と親和性の高い物質をスクリーニングする方法(以下、「本発明に係るスクリーニング方法」ということがある。)は、MALDI-IMSを利用したスクリーニング方法である。

【0013】
MALDI-IMSの手法が開発・発展する中で、適切なマトリクス分子と生体分子の共結晶形成がイオン化に重要であることが示唆されている。そのため、マトリクス分子と生体分子が密な共結晶を形成することが、当該生体分子が効率よくイオン化するために重要であると考えられてきた。そして、その考えのもと、生体試料の切片における特定の生体分子の面内分布を観察する場合、先述したように、マトリクスとして、3,5-メトキシ-4-ヒドロキシケイ皮酸、9-アミノアクリジン(9AA)のような分子量50以上300未満のイオン解離性の物質が用いられてきた。これらは共結晶を形成し、鮮明な二次元画像を得やすいという観点から、長年多くの研究者に用いられてきているものである。

【0014】
本発明に係るスクリーニング方法は、具体的には、標的物質と候補物質を含む試料(被検試料)とを接触させた測定用試料を調製する工程と、前記測定用試料に対して、前記標的物質をマトリクスとしたMALDI-IMSを行い、イオン化された分子を同定する工程と、前記同定した分子を、前記標的物質との親和性の高い物質であると選出する工程と、を有する。標的物質をマトリクスとしてMALDI-IMSを行うと、試料中の標的物質と親和性の高い物質がイオン化される。 そこで、このイオン化された分子を同定して、標的物質と親和性の高い物質として選出することにより、試料中に含まれている標的物質と強い親和性を示す物質を網羅的に選出することができる。

【0015】
上述した工程のうち、測定用試料を調製する工程は、被検試料と、調製した標的物質と、を接触させる工程と、接触させた試料と標的物質とを接触状態のまま乾燥させ、測定用試料とする乾燥工程と、を含んでいる。また、同定工程は、測定用試料に対して、MALDI法を用いたイメージング質量分析法を行い、イオン化された分子のスペクトルを得るスペクトルスキャン工程と、スペクトルよりピーク物質を同定する同定工程と、を含んでいる。

【0016】
以下、図1を用いて、本発明のスクリーニング方法を詳細に述べる。ここでは、既知の標的物質に対して、生体内の親和性が高い候補物質を探索する例として説明する。ここで「親和性が高い」とは、「親和性を有する」と同義で用いている。また、被検試料作成工程と、標的物質調製工程と、を含めて説明する。

【0017】
図1は、本発明のスクリーニング方法を示す工程図であり、被検試料作成工程100と、標的物質調製工程200と、接触工程300と、乾燥工程500と、MALDI法を用いたイメージング質量分析法(MALDI-IMS)によるスペクトラムスキャン工程600と、ピーク物質を同定する工程900と、を含んでいる。

【0018】
被検試料作成工程100は、候補物質を含む被検試料を作成する被検試料作成工程である。
本発明において、候補物質、すなわち後述する標的物質と親和性の高い物質であることが期待される物質としては、MALDI-IMSでイオン化される物質であれば特に限定されるものではなく、例えば、糖、核酸、蛋白質、脂質、有機酸、ビタミンなどの生体に含まれる有機化合物(生体分子ともいう)が挙げられる。本発明においては、IMSにおいてイオン化した分子の同定がより容易であることから、リン脂質、ペプチド、オリゴヌクレオチド、ビタミン等の比較的分子量が小さく、かつIMSにおいて同定が比較的容易な物質であることが好ましい。中でも、MALDI-IMSによる解析実績が充実している点から、候補物質は、リン脂質又は有機酸であることが好ましく、リン脂質であることがより好ましい。リン脂質としては、例えば、ホスファチジルイノシトール(PI)、ホスファチジルイノシトール一リン酸(PIP、PIP1)、ホスファチジルイノシトール二リン酸(PIP2)とホスファチジルイノシトール三リン酸(PIP3)、ホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)、ホスファチジルセリン(PS)、ホスファチジルグリセロール(PG)、及びジホスファチジルグリセロール(カルジオリピン)等のグリセロリン脂質や、スフィンゴミエリン等のスフィンゴリン脂質等が挙げられる。

【0019】
本発明において、被検試料としては、候補物質を含むものであれば特に限定されるものではなく、例えば、生体から採取された試料であってもよく、人工的に調製された試料であってもよい。生体試料としては、例えば、生体から採取された組織片や、血液、リンパ液、骨髄液、腹水、滲出液、羊膜液、喀痰、唾液、精液、胆汁、膵液、尿等の体液、腸管洗浄液、肺洗浄液等の臓器の洗浄液等が挙げられる。人工的に調製された試料としては、例えば、精製された既知物質、又は2種類以上の精製された既知物質の混合物等が挙げられる。

【0020】
体液や洗浄液等を被検試料とする場合には、予め、遠心分離処理やクロマトグラフィー法、電気泳動法等により、候補物質を濃縮・精製しておくことも好ましい。また、組織片は、塊のまま使用してもよく、組織片を適切なバッファー中でホモジナイズして得た懸濁液を、被検試料としてもよい。生体からの組織片や体液、洗浄液の採取、遠心分離処理、クロマトグラフィー法、電気泳動法、ホモジナイズ等は、常法により行うことができる。

【0021】
本発明における被検試料としては、IMSの特徴を活かし、生体内における環境が比較的維持された状態で標的物質との親和性を調べることができるため、生体から採取された組織片が好ましく、組織片を薄片にした組織切片がより好ましい。なお、本発明において「組織片」とは、生体から採取された組織片そのものに加えて、これをパラフィン包埋した組織片や、パラフィン包埋後脱パラフィンした組織片も含まれる。同様に、本発明において「組織切片」とは、生体から採取された組織片の凍結切片に加えて、生体から採取された組織片をパラフィン包埋した組織片の切片や、パラフィン包埋後脱パラフィンした組織片の切片も含まれる。なお、生体からの組織片の採取、パラフィン包埋、及び脱パラフィンは、常法により行うことができる。
また、生体からの採取された組織片は、健常な生体からの採取であってもよいし、疾患または障害のある生体からの採取であってもよい。例えばいわゆる病理組織であってもよい。

【0022】
次に、標的物質調製工程200は、標的物質を調製する標的物質調製工程である。本発明において、標的物質は、当該物質と親和性の高い物質(候補物質)をスクリーニングする目的の物質である。標的物質としては、MALDI-IMSにおいてマトリクスとして機能し得る物質であれば特に限定されるものではなく、例えば、医薬品や低分子化合物(ケミカルライブラリなど)などの人工化合物はもちろんのこと、糖、核酸、蛋白質、脂質、有機酸、ビタミンなどの生体に含まれる有機化合物が挙げられる。本発明においては、IMSにおいて適切な波長のレーザー光を選択することによって容易に励起されてマトリクスとして好適であることから、分子量が10,000以下の有機化合物が好ましいが、分子量が10,000超の有機化合物であってもよい。有機化合物の分子量は、典型的には、10,000以下、8,000以下、5,000以下、3,000以下、又は1,000以下であり、また、100以上、200以上、300以上、400以上、又は500以上である。

【0023】
また、MALDI-IMSは、用いるレーザー波長によって、励起されるエネルギーが異なるため、親和性の高い物質のスクリーニングにふさわしい化合物の化学構造も異なってくる。具体的には、波長200~400nmで発振するレーザーを用いるMALDI-IMSの場合、化合物は、芳香環及び/または複素環を有する有機化合物であると、レーザーのエネルギーを効率よく変換し、化合物と候補物質(生体分子)を共にイオン化することができる。

【0024】
標的物質を調製する方法としては、溶液に溶解または懸濁させることが望ましい。標的物質を懸濁又は溶解させる溶液としては、標的物質を化学的に変質させることなく懸濁又は溶解させることが可能な溶液であれば特に限定されるものではなく、リン酸バッファー、トリスバッファー等の各種バッファーや、アルコール類、ケトン類等の有機溶剤、または水の中から、標的物質に合わせて適宜選択することができる。本発明においては、生体試料や生体に含まれる有機化合物への影響が少なく、かつ揮発しやすい点から、メタノール、エタノール等のアルコール類が好ましい。
また後述する接触工程300が、蒸着である場合には、粉末やペースト状の固体のままでも構わない。

【0025】
次に、接触工程300は、作成した被検試料と、調製した標的物質と、を接触させる接触工程である。具体的には、本発明においては、まず、MALDI-IMSに供する測定用試料として、標的物質調製工程200において調製した標的物質と被検試料作成工程100において作成した被検試料とを接触させたものを調製する。測定用試料としては、被検試料中の候補物質が標的物質と接触する状態であれば特に限定されるものではないが、IMSによる測定が可能な程度に平板状であることが好ましい。被検試料の表面に標的物質を付着させる方法としては、例えば、標的物質をバッファーに溶解又は懸濁させた溶液を、被検物質の表面に均一に付着するように噴霧させる方法、当該溶液を刷毛等で塗布する方法、当該溶液の中に被検試料を浸漬させる方法等が挙げられる。
また、例えば、被検試料が候補物質が分散している懸濁液である場合には、被検試料と標的物質を混合した混合物を、PVDF(ポリフッ化ビニリデン)膜、ニトロセルロース膜等の薄膜や導電性スライドグラス上にプロットしたものを、測定用試料とすることができる。また、候補物質が分散又は溶解している液をPVDF膜、ニトロセルロース膜等の薄膜や導電性スライドグラス上にプロットした後、この薄膜の表面に標的物質を付着させたものも測定用試料とすることができる。被検試料が組織片や組織切片である場合には、これらの表面に標的物質を付着させたものを測定用試料とすることができる。
また、接触工程300は、真空蒸着などの気相成膜法であってもよいものである。

【0026】
次に乾燥工程500は、接触させた試料と標的物質とを接触状態のまま乾燥させ、測定用試料とする乾燥工程である。MALDI-IMS法に用いる質量分析装置は、高真空状態で維持されている。接触工程300の直後は、溶液中の揮発成分(溶剤等)が含まれていることがあり、そのままMALDI-IMSに供すると、装置内でガスが発生して、分析に必要な真空度が保たれない虞がある。このため、測定用試料の状態に応じて、所定の時間、乾燥を行う。一例としては、1~120分程度の時間、風乾を行うことができる。
このとき、接触工程400と乾燥工程500は、連続することが望ましく、また試料を傾けることなく、状態を維持したまま、工程移行することが望ましい。例えば、組織切片のような平面状の試料の場合、水平状態で接触工程400を行い、連続して、水平状態を保ったまま乾燥工程500に移行することが望ましい。

【0027】
乾燥工程500は、時間短縮のためにホットプレートや赤外線ランプ等の加熱手段を併用してもよい。しかし、被検試料が熱分解したり、被検試料中の候補物質の移動が起きないよう加熱温度には注意が必要である。また、乾燥工程500は、大気中に限るものではなく、MALDI-IMSとは別の真空装置の中で、行ってもよい。この場合は、乾燥工程500でガスが発生したとしても、その真空装置の真空度低下だけですみ、MALDI-IMSの装置は汚染されないという利点がある。

【0028】
なお、接触工程300と、乾燥工程500との間に、共結晶育成工程400(図示せず)を設けてもよい。共結晶育成工程400は、標的物質と候補物質が共結晶を形成しうる場合に、共結晶が形成、成長するように、所定の温度、所定の湿度または空間溶媒濃度、所定の時間、保持するもので、例えばシャーレ、デシケータ等の閉鎖空間で静置するものである。

【0029】
次いで、調製した測定用試料に対して、MALDI-IMSを行い、イオン化された分子を同定する。具体的な工程としては、スペクトラムスキャン工程600と、ピーク物質同定工程800と、を含んでいる。

【0030】
このうちスペクトラムスキャン工程600は、MALDI法を用いたイメージング質量分析法(MALDI-IMS)により、所定のm/zの範囲のスペクトラムスキャンを行う工程である。一例としては、0~3000の質量対電荷比(m/z)の範囲のスキャンであり、別の一例としては、500~2500のm/zの範囲のスキャンである。候補物質を漏れなく検出するために、スキャン範囲は広く設定することが望ましいが、候補物質がある程度予想できる場合には、予想されるm/zを含む比較的狭い範囲のスキャンとしてもよい。ここで、MALDI-IMSは、常法により実施することができる。例えば、乾燥工程500を経て得られた、標的物質を表面に付着させた被検試料を、ITO(酸化インジウム)コートされたスライドガラスに配置し、このスライドガラスを、イメージング質量分析装置に設置して、2次元のレーザー走査によって被検試料中の有機化合物をその位置情報を保持したままイオン化し、マススペクトルを取得する。

【0031】
ピーク物質を同定する工程800は、MALDI-IMSより得られた所定範囲のスペクトルから、ピーク物質を同定する工程である。例えば、装置に付属のソフトウェア又は市販のソフトフェアを用いて取得されたマススペクトルを解析し、ピークに対応するイオン化された分子を同定する。マススペクトルからの分子の同定には、質量対電荷比(m/z)に従って、公知のデータベース(例えば、(http://www.lipidmaps.org/data/structure/LMSDSearch.php)等)を参照して行なうことができる。このようにして、標的物質に対して、生体内で親和性の高い候補物質(生体分子)を同定することができる。
なお、同定した分子は、その標的物質を単独で用いて、同様にMALDI-IMSを行い、同じマススペクトルが取得できることを確認することもできる。

【0032】
なお、MALDI-IMSで取得されるマススペクトルには、標的物質との親和性は高くないがイオン化しやすい分子のマススペクトルも含まれる場合がある。そこで、標的物質と親和性が高い物質によるマススペクトルを特定するために、標的物質とは異なる物質を対照物質として同じ被検試料に対して同様にMALDI-IMSを行い(工程100、200、300、500、600、及び800を含む)、対照物質をマトリクスとして得られたマススペクトルをノイズとして除去することにより、スクリーニングの精度を高めることができる。具体的には、さらに、対照物質と前記候補物質を含む試料を接触させた測定用対照試料を調製する工程と、前記測定用対照試料に対して、前記対照物質をマトリクスとしたMALDI-IMSを行い、イオン化された分子を同定する工程と、前記同定した分子を、前記対照物質との親和性の高い物質であると選出する工程と、を行い、測定用試料からイオン化された分子のうち、前記対照物質との親和性の高い物質であると選出された分子以外を、標的物質との親和性の高い物質であると選定する。

【0033】
対照物質としては、標的物質以外の物質であれば特に限定されるものではなく、例えば、レーザー照射による励起が容易であることからMALDI-IMSにおいてマトリクスとして汎用されている化合物を用いることができる。当該汎用化合物としては、例えば、3,5-メトキシ-4-ヒドロキシケイ皮酸、α-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸、trans-4-ヒドロキシ-3-メトキシケイ皮酸、2,5-ジヒドロキシ安息香酸、3-ヒドロキシピコリン酸、9-アミノアクリジン(9AA)、2,5-ジヒドロキシアセトフェノン、又は1,8-ジヒドロキシ-9,10-ジヒドロアントラセン-9-オン等が挙げられる。なお、これらの汎用化合物は、医薬ではなく、MALDI-IMSにより得られたマススペクトルのピークは、ネガティブなデータ(ノイズ)として扱うことができるものである。

【0034】
また、より標的物質と特異的に結合する物質をスクリーニングするために、標的物質と構造が類似した物質を、対照物質とすることもできる。この場合、MALDI-IMSにより得られたマススペクトルのピークは、標的物質に対して得られた候補物質のピークを支持するポジティブなデータとして扱うことができるものである。

【0035】
また、例えば、標的物質を何等かの生理的機能を有する薬剤とし、組織切片を被検試料として本発明に係るスクリーニング方法を行うことにより、より生体内に近い環境下で当該薬剤と特異的に結合し得る生体分子を網羅的に探索することができる。また、MALDI-IMSにより得られたスペクトルデータをイオン強度に応じて2次元構築することによって、生体組織のどの部位から検出されているかが確認できる。薬剤と結合する分子の組織内での局在情報は、当該薬剤の生体内での作用機序の解明にとって有用である。特に、本発明では、組織切片を適切に選択することによって薬理効果に重要な部位に着目して解析することが可能であり、また10μm程度の厚さの組織切片を縦横5μm間隔で解析できるため、局所部位にしか存在しない微量の生体分子を、事前の精製なしに解析できる。

【0036】
さらに、特徴的なイオンピークについては、スペクトラムスキャン工程600に続いて、多段階MS解析工程700(図示せず)を行うことにより、詳細な構造解析も可能である。このため、本発明に係るスクリーニング方法は、医薬品やその候補化合物に親和性を示す生体分子を網羅的に探索する強力な手段となり得る。

【0037】
本発明に係るスクリーニング方法は、質量分析によって標的物質と親和性の高い物質を検出・同定するため、相互作用を検出するために高品位なプローブを標的物質毎に開発する必要がなく、網羅的探索研究が可能である。また、組織切片をそのまま被検試料とすることができるため、生体分子(候補物質)が生体中に近い状態で保持されるため、抽出操作により本来の構造を維持することが難しい脂質や膜の構成分子などの解析に適している。また、生体分子を組織切片から抽出する必要がないことから、より迅速にスクリーニングを実施することができる。
【実施例】
【0038】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0039】
[実施例1]
特定の医薬品(標的物質)に対し、親和性を示す生体分子(候補物質)を探索する実施例について、以下、説明する。
抗精神病薬のうち、クロザピン(標的物質)に対して特異的に結合する生体分子(候補物質、親和性分子)を、脳組織から網羅的に探索した。
まず、マウス脳切片を用意した(被検試料作成工程100)。また、クロザピン(CAS番号5786-21-0、分子量:327)をメタノールに溶解させたクロザピン(Clz)溶液(2mg/mL)を用意した(標的物質調製工程200)。続いてクロザピン溶液をスプレーでマウス脳切片に噴霧塗布し、接触させた(接触工程300)。続いて自然乾燥により組織表面で結晶を形成させた(共結晶育成工程400及び乾燥工程500)。次いで、 この切片をITOコートされたスライドガラスに配置し、このスライドガラスを、MALDI-IMSイメージング質量分析装置(「Solarix XR」、ブルカーダルトニクス社製)に設置して、2次元のレーザー走査に(YAGレーザー、波長355nm)よって被検試料中の有機化合物をその位置情報を保持したままイオン化し、600~1600のm/zについて、マススペクトルを取得した(スペクトラムスキャン工程600)。
【実施例】
【0040】
続いて、対照として、クロザピンに代えて、9-アミノアクリジン(9AA)(2mg/mLのメタノール溶液)又はオランザピン(Olz)(2mg/mLのメタノール溶液)を用いて同様にMALDI-IMSを行い、マススペクトルを取得した。なお、9-アミノアクリジン(9AA)は、先述した生体分子とは親和性を有しない化合物の一例である。また、オランザピン(Olz)は、クロザピンと同様、抗精神病薬の1つであるが、クロザピンとは異なる分子構造を持ち、異なる薬理作用を有する医薬である。
【実施例】
【0041】
取得したマススペクトルを図2に示す。図中、図2(a)「9AA」が9-アミノアクリジンを用いて取得したマススペクトルであり、図2(b)「Clz」がクロザピンを用いて取得したマススペクトルであり、図2(c)「Olz」がオランザピンを用いて取得したマススペクトルである。図2(a)~(c)について、m/z 888及び905付近において、共通するピークが観測される。一方、抗精神病薬であるクロザピンについて、m/z 965及び1045において、他にはない特異的なピークが観測されている(図2(b))。
【実施例】
【0042】
次に、得られたスペクトルデータをイオン強度に応じて2次元構築した分子分布イメージ図を図3に示す(m/zは、885.55、888.62、965.52、1045.48の4条件)。図中、「9AA」、「Clz」、「Olz」の略称の意味は、先述と同じである。「9AA」、「Clz」、「Olz」のいずれも分子分布イメージが相違しており、クロザピンと親和性の高い分子と、オランザピンと親和性の高い分子の、マウス脳内での分布が相違していることが確認された。そして、クロザピンについては、m/z 965.52及び1045.48を含むすべてのm/zにおいて鮮明な画像が得られ、この結果は、先のマススペクトル(図2(b))と、よい対応を示している。
【実施例】
【0043】
図2(b)のマススペクトルから、クロザピンに特徴的なイオンピーク、すなわち、クロザピンを用いた場合に検出されたイオンピークのうち、9-アミノアクリジンやオランザピンを用いた場合には検出されないイオンピーク(m/z 965及び1045)を、クロザピンに親和性の高い分子のイオンピークとして選出した。これらイオンピークについて、多段階MS解析(多段階MS工程700)を行ったところ、PIP1並びにPIP2であると同定できた。図4に、クロザピンに特徴的なイオンピークに対する多段階MS解析の結果を示す。図4(a)は、スペクトルスキャン工程600の過程で得られるm/z 965のイオンのみを選択し、多段階MS解析(MS/MS)として運動エネルギーを与えてさらに分解し、分解物のスペクトルを観察したものである。また、図4(b)は、スペクトルスキャン工程600の過程で得られるm/z 1045のイオンのみを選択し、多段階MS解析(MS/MS)として運動エネルギーを与えてさらに分解し、分解物のスペクトルを観察したものである。分解物各々のフラグメントイオンのピークm/zから、m/z 965のイオンはPIP1、m/z 1045のイオンはPIP2であると同定できた。これらの結果から、クロザピンと親和性が高い分子として、PIP1とPIP2が選出できた。一方で、オランザピンはPIP1、PIP2とは親和性は認められず、クロザピンとオランザピンの抗精神病薬としての薬理作用の違いは、PIP1、PIP2との親和性の差によることが示唆された。
【実施例】
【0044】
次に、PIP1とPIP2のうち、PIP2に代表させて、同定結果の確認を行った。具体的には、マウス脳切片に代えて、PIP2の標準物質であるPhosphatidylinositol 4,5-bisphosphate diC4 (PI(4,5)P2 diC4)(分子量744、Echelon Biosciences Inc.カタログ番号P-4504)を被検試料として用いた。具体的には、導電性スライドグラス上にスポットしたP-4504を被検試料とし、クロザピン又はオランザピンのメタノール溶液をガラス上で混合した以外は、同様にしてMALDI-IMSを行い、マススペクトルを取得した。この結果、クロザピンを混合したスポットからは、m/z 745において強いイオンピークが検出されたが、オランザピン又は9-アミノアクリジンを混合したスポットからは、m/z 745に極弱いイオンピークしか検出されなかった。クロザピンを混合したスポットから取得されたマススペクトルを図5(a)に、オランザピンを混合したスポットから取得されたマススペクトルを図5(b)に示す。図中、「Clz」、「Olz」の略称の意味は、先述と同じである。
【実施例】
【0045】
さらに、PIP2について、インビトロにおける脂質結合比率を検討した。具体的には、PCとPEをPC:PE=80:20(モル比)で含有するリポソーム(対照リポソーム)と、PCとPEとPIP2をPC:PE:PIP2=80:18:2(モル比)で含有するリポソーム(PIP2リポソーム)を調製し、これを用いてクロザピンとオランザピンに対するリポソーム結合実験を行った。具体的には、まず、HEPES緩衝液中で、100μMのリポソームと、10μMのクロザピン又はオランザピンをインキュベートした後、300,000×gで超遠心分離し、上清と沈殿物に分けて回収した。得られた上清と沈殿物をそれぞれ緩衝液で再溶解した後、波長224nmの吸光度を測定し、全クロザピン又はオランザピンのうち沈殿物中に含有しているクロザピン又はオランザピンの割合を脂質結合比率として算出した。結果を図6に示す。図中、「Clz」がクロザピンに対する結合実験の結果であり、「Olz」がオランザピンに対する結合実験の結果である。この結果、クロザピンはPIP2リポソームと結合し、オランザピンはPIP2リポソームとは結合しないことが確認できた。
すなわち、本発明のスクリーニング方法によって標的物質クロザピンに対して選定された候補物質PIP2は、緩衝溶液中において、標的物質クロザピンに対して特異的ともいえる高い親和性を示した。このことから、生体内における2物質の親和性の有無を判定するのに、本発明のスクリーニング方法が有効であることが実証できた。
【実施例】
【0046】
なお、上記の実証により、標的物質を生体分子とし、候補物質として標的物質との親和性の高い化合物を探索することも、原理上可能であることは明らかである。
【実施例】
【0047】
以下、図7を用いて、本発明の第2のスクリーニング方法を詳細に述べる。ここでは、生体内の既知の標準物質(生体分子)に対して、生体内の親和性の高い候補物質を探索する例として説明する。また、被検試料作成工程と、標的物質調製工程と、を含めて説明する。
【実施例】
【0048】
図7は、本発明の第2のスクリーニング方法を示す工程図であり、被検試料作成工程150と、候補物質調製工程250と、接触工程300と、乾燥工程500と、MALDI法を用いたイメージング質量分析法(MALDI-IMS)による標的物質(m/z)スキャン工程650と、ピーク強度測定工程900と、を含んでいる。
【実施例】
【0049】
被検試料作成工程150は、標的物質を含む被検試料を作成する被検試料作成工程である。
【実施例】
【0050】
本発明において、標的物質、すなわち後述する候補物質と親和性の高い物質であることが期待される物質としては、MALDI-IMSでイオン化される物質であれば特に限定されるものではなく、例えば、糖、核酸、蛋白質、脂質、有機酸、ビタミンなどの生体に含まれる有機化合物(生体分子ともいう)が挙げられる。本発明においては、IMSにおいてイオン化した分子の同定がより容易であることから、リン脂質、ペプチド、オリゴヌクレオチド、ビタミン等の比較的分子量が小さく、かつIMSにおいて同定が比較的容易な物質であることが好ましい。中でも、MALDI-IMSによる解析実績が充実している点から、候補物質は、リン脂質又は有機酸であることが好ましく、リン脂質であることがより好ましい。リン脂質としては、例えば、ホスファチジルイノシトール(PI)、ホスファチジルイノシトール一リン酸(PIP、PIP1)、ホスファチジルイノシトール二リン酸(PIP2)とホスファチジルイノシトール三リン酸(PIP3)、ホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)、ホスファチジルセリン(PS)、ホスファチジルグリセロール(PG)、及びジホスファチジルグリセロール(カルジオリピン)等のグリセロリン脂質や、スフィンゴミエリン等のスフィンゴリン脂質等が挙げられる。
【実施例】
【0051】
本発明において、被検試料としては、標的物質を含むものであれば特に限定されるものではなく、例えば、生体から採取された試料であってもよく、人工的に調製された試料であってもよい。生体試料としては、例えば、生体から採取された組織片や、血液、リンパ液、骨髄液、腹水、滲出液、羊膜液、喀痰、唾液、精液、胆汁、膵液、尿等の体液、腸管洗浄液、肺洗浄液等の臓器の洗浄液等が挙げられる。人工的に調製された試料としては、例えば、精製された既知物質、又は2種類以上の精製された既知物質の混合物等が挙げられる。
【実施例】
【0052】
体液や洗浄液等を被検試料とする場合には、予め、遠心分離処理やクロマトグラフィー法、電気泳動法等により、候補物質を濃縮・精製しておくことも好ましい。また、組織片は、塊のまま使用してもよく、組織片を適切なバッファー中でホモジナイズして得た懸濁液を、被検試料としてもよい。生体からの組織片や体液、洗浄液の採取、遠心分離処理、クロマトグラフィー法、電気泳動法、ホモジナイズ等は、常法により行うことができる。
【実施例】
【0053】
本発明における被検試料としては、IMSの特徴を活かし、生体内における環境が比較的維持された状態で候補物質との親和性を調べることができるため、生体から採取された組織片が好ましく、組織片を薄片にした組織切片がより好ましい。なお、本発明において「組織片」とは、生体から採取された組織片そのものに加えて、これをパラフィン包埋した組織片や、パラフィン包埋後脱パラフィンした組織片も含まれる。同様に、本発明において「組織切片」とは、生体から採取された組織片の凍結切片に加えて、生体から採取された組織片をパラフィン包埋した組織片の切片や、パラフィン包埋後脱パラフィンした組織片の切片も含まれる。なお、生体からの組織片の採取、パラフィン包埋、及び脱パラフィンは、常法により行うことができる。
また、生体からの採取された組織片は、健常な生体からの採取であってもよいし、疾患または障害のある生体からの採取であってもよい。例えばいわゆる病理組織であってもよい。
【実施例】
【0054】
次に、候補物質調製工程250は、候補物質を調製する候補物質調製工程である。本発明において、候補物質は、標的物質と親和性の高い物質をスクリーニングする目的の物質である。候補物質としては、MALDI-IMSにおいてマトリクスとして機能し得る物質であれば特に限定されるものではなく、例えば、医薬品や低分子化合物(ケミカルライブラリなど)などの人工化合物はもちろんのこと、糖、核酸、蛋白質、脂質、有機酸、ビタミンなどの生体に含まれる有機化合物が挙げられる。本発明においては、IMSにおいて適切な波長のレーザー光を選択することによって容易に励起されてマトリクスとして好適であることから、分子量が10,000以下の有機化合物が好ましいが、分子量が10,000超の有機化合物であってもよい。有機化合物の分子量は、典型的には、10,000以下、8,000以下、5,000以下、3,000以下、又は1,000以下であり、また、100以上、200以上、300以上、400以上、又は500以上である。
【実施例】
【0055】
また、MALDI-IMSは、用いるレーザー波長によって、励起されるエネルギーが異なるため、親和性の高い物質のスクリーニングにふさわしい化合物の化学構造も異なってくる。具体的には、波長200~400nmで発振するレーザーを用いるMALDI-IMSの場合、化合物は、芳香環及び/または複素環を1つ以上有する有機化合物であると、レーザーのエネルギーを効率よく変換し、化合物と標的物質(生体分子)を共にイオン化することができる。
【実施例】
【0056】
候補物質を調製する方法としては、溶液に溶解または懸濁させることが望ましい。候補物質を懸濁又は溶解させる溶液としては、候補物質を化学的に変質させることなく懸濁又は溶解させることが可能な溶液であれば特に限定されるものではなく、リン酸バッファー、トリスバッファー等の各種バッファーや、アルコール類、ケトン類等の有機溶剤、または水の中から、標的物質に合わせて適宜選択することができる。本発明においては、生体試料や生体に含まれる有機化合物への影響が少なく、かつ揮発しやすい点から、メタノール、エタノール等のアルコール類が好ましい。
また後述する接触工程300が、蒸着である場合には、粉末やペースト状の固体のままでも構わない。
【実施例】
【0057】
次に、接触工程300は、作成した被検試料と、調製した標的物質と、を接触させる接触工程であるが、本発明の第1のスクリーニング方法で説明した接触工程300と同様である。
【実施例】
【0058】
次に乾燥工程500は、接触させた試料と標的物質とを接触状態のまま乾燥させ、測定用試料とする乾燥工程であるが、本発明の第1のスクリーニング方法で説明した乾燥工程500と同様である。
【実施例】
【0059】
また図示しない共結晶育成工程400についても、本発明の第1のスクリーニング方法で説明した共結晶育成工程400と同様である。
【実施例】
【0060】
次いで、調製した測定用試料に対して、MALDI-IMSを行い、イオン化された分子を同定する。具体的な工程としては、標的物質(m/z)スキャン工程650と、ピーク強度を測定する工程900と、を含んでいる。
【実施例】
【0061】
このうち標的物質(m/z)スキャン工程650は、MALDI法を用いたイメージング質量分析法(MALDI-IMS)により、標的物質(生体分子)の対応するm/zについて、スキャンを行う工程である(例えば、実施例1について、PIP2を標的物質とした場合には、m/z 1045または、m/z 1045を含む周辺領域(例えば、中心m/zに対して、±5%以内の範囲)についてスキャンを行う)。ここで、MALDI-IMSは、常法により実施することができる。例えば、乾燥工程500を経て得られた、標的物質を表面に付着させた被検試料を、ITO(酸化インジウム)コートされたスライドガラスに配置し、このスライドガラスを、MALDI-IMSイメージング質量分析装置に設置して、2次元のレーザー走査によって被検試料中の有機化合物をその位置情報を保持したままイオン化し、マススペクトルを取得する。
【実施例】
【0062】
ピーク強度を測定する工程900は、標的物質(生体分子)の対応するm/zにおけるピーク強度を測定し、必要であれば数値化するものである。この測定工程900は、ピークの有無を判定する工程を含んでいる。判定する第1の方法としては、m/z 1045にピークがあった場合、ピークの周辺のノイズ領域(例えばm/z 1200)と比較し、ピーク強度に有意な差が認められれば、ピークありと判定するものである。また、判定する第2の方法としては、m/z 1045にピークがあった場合、先述の9AA等の対照物質スペクトル(ネガティブデータ)のm/z 1045におけるピークと比較し、ピ-ク強度に有意な差が認められれば、ピークありと判定するものである。また、判定する第3の方法としては、m/z 1045にピークがあった場合、そのピーク強度を数値化し、メモリー等に記憶しておき、複数の候補物質についてのm/z 1045におけるピーク数値と比較することにより、最もピーク数値の大きいものを、ピ-クあり(またはピーク最大)と判定するものである。
【実施例】
【0063】
このように、例えば、病理組織または疾患モデルマウス等の組織の切片を被検試料とし、疾患と関連のある生体分子を標的物質とし、薬理効果の期待できる化合物を候補物質として、本発明に係るスクリーニング方法を行うことにより、より生体内に近い環境下で当該生体分子と特異的に結合し得る候補薬剤を、網羅的に探索することができる。また、MALDI-IMSにより得られたスペクトルデータをイオン強度に応じて2次元構築することによって、生体組織のどの部位から検出されているかが確認できる。薬剤と結合する分子の組織内での局在情報は、当該薬剤の生体内での作用機序の確認にとって有用であるとともに、正常な組織における分布状態から、副作用についての情報も得ることができる。特に、本発明では、組織切片を適切に選択することによって薬理効果に重要な部位に着目して解析することが可能であり、また10μm程度の厚さの組織切片を縦横5μm間隔で解析できるため、局所部位にしか存在しない微量の生体分子を、事前の精製なしに解析できる。さらに、特徴的なイオンピークについては、スペクトラムスキャン工程600に続いて、多段階MS解析工程700(図示せず)を行うことにより、構造解析も可能である。このため、本発明に係るスクリーニング方法は、生体分子に親和性を示す医薬品やその候補化合物を網羅的に探索する強力な手段となり得る。
【実施例】
【0064】
また、疾患によっては、複数の生体分子が独立に、あるいは互いに連携して疾患に関与していることがある。本発明の応用として、標的物質(生体分子)を複数設定し、複数の候補物質(薬理効果の期待できる化合物)について、2次元的な探索を行うことも可能である。
【実施例】
【0065】
また、本発明の標的物質と親和性の高い物質のスクリーニング方法によって、選定された候補物質を有効成分として、医薬を設計することができる。特に分子標的薬の設計においては、化合物ライブラリを適切に選ぶことにより、疾患原因の分子レベルまたはゲノムレベルでの解明を省略したり、医薬品の分子設計を簡素化できる可能性があり、開発効率の向上が期待できる。
【実施例】
【0066】
また、本発明の標的物質と親和性の高い物質のスクリーニング方法によって、選定された候補物質を有効成分として、医薬を製造することができる。

図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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