TOP > 国内特許検索 > 時間分解光電子顕微鏡装置および当該装置によるキャリアダイナミクス画像の取得方法 > 明細書

明細書 :時間分解光電子顕微鏡装置および当該装置によるキャリアダイナミクス画像の取得方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 再公表特許(A1)
発行日 令和2年2月6日(2020.2.6)
発明の名称または考案の名称 時間分解光電子顕微鏡装置および当該装置によるキャリアダイナミクス画像の取得方法
国際特許分類 G01N  23/227       (2018.01)
FI G01N 23/227
国際予備審査の請求
全頁数 25
出願番号 特願2019-502851 (P2019-502851)
国際出願番号 PCT/JP2018/004734
国際公開番号 WO2018/159272
国際出願日 平成30年2月9日(2018.2.9)
国際公開日 平成30年9月7日(2018.9.7)
優先権出願番号 2017037139
優先日 平成29年2月28日(2017.2.28)
優先権主張国 日本国(JP)
指定国 AP(BW , GH , GM , KE , LR , LS , MW , MZ , NA , RW , SD , SL , ST , SZ , TZ , UG , ZM , ZW) , EA(AM , AZ , BY , KG , KZ , RU , TJ , TM) , EP(AL , AT , BE , BG , CH , CY , CZ , DE , DK , EE , ES , FI , FR , GB , GR , HR , HU , IE , IS , IT , LT , LU , LV , MC , MK , MT , NL , NO , PL , PT , RO , RS , SE , SI , SK , SM , TR) , OA(BF , BJ , CF , CG , CI , CM , GA , GN , GQ , GW , KM , ML , MR , NE , SN , TD , TG) , AE , AG , AL , AM , AO , AT , AU , AZ , BA , BB , BG , BH , BN , BR , BW , BY , BZ , CA , CH , CL , CN , CO , CR , CU , CZ , DE , DJ , DK , DM , DO , DZ , EC , EE , EG , ES , FI , GB , GD , GE , GH , GM , GT , HN , HR , HU , ID , IL , IN , IR , IS , JO , JP , KE , KG , KH , KN , KP , KR , KW , KZ , LA , LC , LK , LR , LS , LU , LY , MA , MD , ME , MG , MK , MN , MW , MX , MY , MZ , NA , NG , NI , NO , NZ , OM , PA , PE , PG , PH , PL , PT , QA , RO , RS , RU , RW , SA , SC , SD , SE , SG , SK , SL , SM , ST , SV , SY , TH , TJ , TM , TN , TR , TT
発明者または考案者 【氏名】腰原 伸也
【氏名】福本 恵紀
出願人 【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
【識別番号】504151365
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
個別代理人の代理人 【識別番号】100099759、【弁理士】、【氏名又は名称】青木 篤
【識別番号】100123582、【弁理士】、【氏名又は名称】三橋 真二
【識別番号】100114018、【弁理士】、【氏名又は名称】南山 知広
【識別番号】100165191、【弁理士】、【氏名又は名称】河合 章
【識別番号】100133835、【弁理士】、【氏名又は名称】河野 努
【識別番号】100160716、【弁理士】、【氏名又は名称】遠藤 力
審査請求 未請求
テーマコード 2G001
Fターム 2G001AA07
2G001BA08
2G001CA07
2G001FA21
2G001GA03
2G001GA12
2G001JA11
2G001KA12
2G001LA11
要約 時間分解光電子顕微鏡装置は、パルス幅がフェムト秒レベル以下のパルスを繰り返し周波数可変に出力するレーザー光源(1)と、レーザー光源から出力される光の波長を変換して、試料の光キャリアを励起するポンプ光(8)を生成するポンプ光生成部と、レーザー光源から出力される光の波長を変換して、ポンプ光によって励起された光キャリアを光電効果によって試料から放出するプローブ光(7)を生成するプローブ光生成部と、を有し、ポンプ光およびプローブ光の少なくとも一方のエネルギーは、連続的に変更可能である。
特許請求の範囲 【請求項1】
パルス幅がフェムト秒レベル以下であり且つ繰り返し周波数が可変であるパルスを出力するレーザー光源と、
前記レーザー光源から出力される光の波長を変換して、試料の光キャリアを励起するポンプ光を生成するポンプ光生成部と、
前記レーザー光源から出力される光の波長を変換して、前記ポンプ光によって励起された光キャリアを光電効果によって前記試料から放出するプローブ光を生成するプローブ光生成部と、を有し、
前記ポンプ光および前記プローブ光の少なくとも一方のエネルギーは、連続的に変更可能である、ことを特徴とする、時間分解光電子顕微鏡装置。
【請求項2】
前記プローブ光生成部は、前記プローブ光のエネルギーを連続的に変更可能である、請求項1に記載の時間分解光電子顕微鏡装置。
【請求項3】
前記プローブ光生成部は、前記レーザー光源から出力される光の波長を変換する光パラメトリック増幅器を有する、請求項2に記載の時間分解光電子顕微鏡装置。
【請求項4】
前記プローブ光生成部は、光パラメトリック増幅器によって波長が変換された光から前記プローブ光を生成する高次高調波発生装置を更に有する、請求項2に記載の時間分解光電子顕微鏡装置。
【請求項5】
前記プローブ光生成部がエネルギーを変更可能な範囲は、観測対象となる試料の電子親和力、イオン化エネルギーまたは仕事関数に対して±3eV以内である、請求項2~4の何れか1項に記載の時間分解光電子顕微鏡装置。
【請求項6】
前記プローブ光の集光位置およびサイズを一定に保持する集光レンズステージを更に有する、請求項2~5の何れか1項に記載の時間分解光電子顕微鏡装置。
【請求項7】
前記集光レンズステージは、集光レンズと、前記集光レンズを位置を移動する駆動素子とを有する、請求項6に記載の時間分解光電子顕微鏡装置。
【請求項8】
前記ポンプ光生成部は、前記ポンプ光のエネルギーを連続的に変更可能である、請求項1~7の何れか1項に記載の時間分解光電子顕微鏡装置。
【請求項9】
前記レーザー光源は、前記ポンプ光生成部に光を出力する第1レーザー光源と、前記プローブ光生成部に光を出力する第2レーザー光源と、前記第1レーザー光源および第2レーザー光源が光を出力するタイミングを制御するタイミング制御装置と、を有する請求項2~8の何れか1項に記載の時間分解光電子顕微鏡装置。
【請求項10】
ポンプ光を前記試料に照射して試料の光キャリアを励起し、プローブ光を前記試料に照射して前記ポンプ光によって励起された光キャリアを光電効果によって前記試料から放出する前記試料から放出された光キャリアを観察する時間分解光電子顕微鏡装置を使用して光励起されたキャリアダイナミクス画像を取得する方法であって、
前記プローブ光のエネルギーを、前記試料の電子親和力または仕事関数に対し±3eV以内の範囲で連続的に可変して、光電子放出強度を測定し、
前記光電子放出強度の経時変化から前記試料の観測対象領域の仕事関数を求め、
前記求めた仕事関数に応じた値を前記プローブ光のエネルギーに決定し、
前記決定されたプローブ光エネルギーで、キャリアダイナミクス画像を取得する、
キャリアダイナミクス画像の取得方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、パルス幅がフェムト秒レベル以下であり且つ繰り返し周波数が可変であるパルスを出力するフェムト秒パルスレーザーを光源とするポンプ・プローブ法と光電子顕微鏡とを組み合わせた時間分解光電子顕微鏡装置に関する。より詳細には、本発明は、観測対象のキャリアの振る舞い(以下、キャリアダイナミクスとも称する)をより鮮明に観測することが可能な、時間分解光電子顕微鏡装置および当該装置によるキャリアダイナミクス画像の取得方法に関する。
【背景技術】
【0002】
繰り返し周波数、および波長が固定されたパルスレーザーを光電子顕微鏡の励起光源として用いて、ポンプ・プローブ法に従って金属材料中の電子の振る舞いを観測する手法が既に提案されている(非特許文献1参照)。一方で、金属材料とは異なり、抵抗値の高い半導体材料および絶縁体中の電子の振る舞いを直接観察可能な装置の開発が強く望まれている。フェムト秒スケールの高い時間分解能を実現するためには、パルス幅がフェムト秒レベルであるフェムト秒パルスレーザーを利用する必要がある。フェムト秒パルスレーザーを試料に照射をすると、試料に電子欠乏が瞬間的に発生して試料が帯電するので、電子顕微鏡および光電子顕微鏡等の観察装置でキャリアダイナミクスを結像させることは容易ではない。
【0003】
フェムト秒パルスレーザーのパルスの光子密度を低減させることでフェムト秒パルスレーザーを照射することによる試料の帯電の影響を少なくすることができる。しかしながら、フェムト秒パルスレーザーのパルスの光子密度を低減させた場合、計測時間が長くなるおそれがあると共に、信号雑音比(signal-noise ratio、SN比)が低くなるおそれがある。
【0004】
上記の問題点を解決するために、本発明者等は、繰り返し周波数可変フェムト秒パルスレーザーを光源としたポンプ-プローブ法と光電子顕微鏡とを組み合わせた時間分解光電子顕微鏡装置を提案している(特許文献1参照)。特許文献1に記載される電子顕微鏡装置は、試料の帯電を抑制することが可能であるので、半導体中のキャリアダイナミックスを、高時間分解能且つ高空間分解能で観察が可能である。
【先行技術文献】
【0005】

【特許文献1】特開2016-138801号公報
【0006】

【非特許文献1】A.Kubo et.al.,“Femtosecond imaging of surface plasmon dynamics in a nanostructured silver film”,NanoLetters,5(6),1123, 2005年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、ポンプ・プローブ法と光電子顕微鏡とを組み合わせた時間分解光電子顕微鏡装置をさらに改善し、試料の帯電をより低減して高いS/N比を有する光電子画像の取得が可能な技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の第一の態様によれば、上記目的を達成するために、パルス幅がフェムト秒レベル以下であり且つ繰り返し周波数が可変であるパルスを出力するレーザー光源と、レーザー光源から出力される光の波長を変換して、試料の光キャリアを励起するポンプ光を生成するポンプ光生成部と、レーザー光源から出力される光の波長を変換して、ポンプ光によって励起された光キャリアを光電効果によって試料から放出するプローブ光を生成するプローブ光生成部と、を有し、ポンプ光およびプローブ光の少なくとも一方のエネルギーは、連続的に変更可能である、時間分解光電子顕微鏡装置が提供される。
【0009】
上記の時間分解光電子顕微鏡装置において、プローブ光生成部は、プローブ光のエネルギーを連続的に変更可能であっても良い。
【0010】
上記の時間分解光電子顕微鏡装置において、プローブ光生成部は、レーザー光源から出力される光の波長を変換する光パラメトリック増幅器を有しても良い。
【0011】
また、上記の時間分解光電子顕微鏡装置において、光パラメトリック増幅器によって波長が変換された光からプローブ光を生成する高次高調波発生装置を備えていても良い。
【0012】
また、上記の時間分解光電子顕微鏡装置において、プローブ光のエネルギーを可変とする手段におけるエネルギーの可変範囲は、観測対象となる試料の電子親和力または仕事関数に対して±3eV以内としても良い。
【0013】
また、上記の時間分解光電子顕微鏡装置において、プローブ光の集光位置およびサイズを一定に保持する集光レンズステージを更に有しても良い。
【0014】
また、上記の時間分解光電子顕微鏡装置において、プ集光レンズステージは、集光レンズと、集光レンズを位置を移動する駆動素子とを有しても良い。
【0015】
また、上記の時間分解光電子顕微鏡装置において、レーザー光源は、ポンプ光生成部に光を出力する第1レーザー光源と、プローブ光生成部に光を出力する第2レーザー光源と、第1レーザー光源および第2レーザー光源が光を出力するタイミングを制御するタイミング制御装置と、を有しても良い。
【0016】
また、上記の時間分解光電子顕微鏡装置において、ポンプ光生成部は、ポンプ光のエネルギーを連続的に変更可能であっても良い。
【0017】
本発明の第二の態様によれば、ポンプ光を試料に照射して試料の光キャリアを励起し、プローブ光を試料に照射してポンプ光によって励起された光キャリアを光電効果によって試料から放出する試料から放出された光キャリアを観察する時間分解光電子顕微鏡装置を使用して光励起されたキャリアダイナミクス画像を取得する方法であって、プローブ光のエネルギーを、試料の電子親和力または仕事関数に対し±3eV以内の範囲で連続的に可変して、光電子放出強度を測定し、光電子放出強度の経時変化から試料の観測対象領域の仕事関数を求め、求めた仕事関数に応じた値をプローブ光のエネルギーに決定し、決定されたプローブ光エネルギーで、キャリアダイナミクス画像を取得する、キャリアダイナミクス画像の取得方法を提供する。
【発明の効果】
【0018】
ポンプ・プローブ法と光電子顕微鏡とを組み合わせた時間分解光電子顕微鏡装置をさらに改善し、試料の帯電をより低減して高いS/N比を有する光電子画像の取得が可能になる。
【0019】
より具体的には、本発明に係る時間分解光電子顕微鏡装置および方法によって、試料の局所的(ナノスケール)な仕事関数、バンドギャップのエネルギー、並びに不純物準位の有無および不純物準位のエネルギーの見積もりが可能となる(第1の効果)。さらに、本発明に係る時間分解光電子顕微鏡装置および方法によって、試料の帯電の影響を低減して、高いS/N比を有する画像の取得が可能となる(第2の効果)。さらに、本発明に係る時間分解光電子顕微鏡装置および方法によって、放出された光電子の運動エネルギー制御により、キャリアの試料からの脱出深度の制御が可能となる(第3の効果)。さらに(第3の効果)によって、試料のバルク情報の取得が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】従来の、繰り返し周波数可変フェムト秒パルスレーザーを用いた時間分解光電子顕微鏡装置の概略構成を示す図である。
【図2】図1に示す時間分解光電子顕微鏡装置によって時間・空間分解測定を概念的に示す図であり、(a)は説明のための第1図であり、(b)は説明のための第2図である。
【図3】第1実施形態に係る時間分解光電子顕微鏡装置の概略構成を示す図である。
【図4】図3に示す時間分解光電子顕微鏡装置の詳細構成を示すブロック図である。
【図5】第2実施形態に係る時間分解光電子顕微鏡装置の概略構成を示す図である。
【図6】第3実施形態に係る時間分解光電子顕微鏡装置の概略構成を示す図である。
【図7】第4実施形態に係る時間分解光電子顕微鏡装置の概略構成を示す図である。
【図8】第5実施形態に係る時間分解光電子顕微鏡装置の概略構成を示す図である。
【図9】酸化膜付n型Si基板に図3に示す時間分解光電子顕微鏡装置を適用して得た、プローブ光のエネルギーと光電子放出強度との関係を示す図である。
【図10】n型GaAs基板に図3に示す時間分解光電子顕微鏡装置を適用して得た、プローブ光のエネルギーおよび遅延時間と光電子放出強度との関係を示す図である。
【図11】図10から抽出した遅延時間固定の、プローブ光のエネルギーと光電子放出強度との関係を示す図である。
【図12】図10から抽出したプローブ光のエネルギー固定の遅延時間と光電子放出強度との関係を示す図である。
【図13】n型GaAsのバンド構造を示す図である。
【図14】ユニバーサルカーブを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
図1は、本発明者等が特許文献1で提案した時間分解光電子顕微鏡装置の概略構成を示す図である。図1に示す時間分解光電子顕微鏡装置の詳細および動作原理は特許文献1に記載されているが、本発明の理解を容易にするために、図1に示す時間分解光電子顕微鏡装置の概要を以下に簡単に述べる。

【0022】
時間分解光電子顕微鏡装置100において、符号1は繰り返し周波数可変のフェムト秒パルスレーザー光源であって、例えば発振波長:1028nm(1.2eV)、パルス幅:180fs、繰り返し周波数:1kHz-1MHzのパルスレーザー光源である。符号2、3および4は、パルスレーザー光源1で生成されたパルスレーザー光の波長を変換するための第1、第2および第3の非線形光学結晶(NL)を示す。複数の符号5はパルスレーザー光の光路変換および集光用の光学ミラーを示す。符号6は光電子顕微鏡であり、符号DSは光電子顕微鏡6に入射するプローブ光8に遅延時間を与えるための光学遅延ステージである。

【0023】
時間分解光電子顕微鏡装置100にでは、フェムト秒パルスレーザー光源1で生成された1.2eVに相当する波長のレーザー光を、第1および第2の非線形光学結晶2、3の適宜の選択および駆動により、1.2eVまたは2.4eVに相当する波長のポンプ光(Pump Light、励起光)8に変換することができる。また、第1および第3の非線形光学結晶2、4によって、4.8eVに相当する波長を有するプローブ光(Prove光、検出光)7に変換することができる。なお、光学遅延ステージDSは、図1に示すようにプローブ光7の生成経路に挿入されても良く、ポンプ光8の生成経路に挿入されても良い。

【0024】
図1に示す時間分解光電子顕微鏡装置において、光電子顕微鏡6内に設置される試料の禁制帯幅をEg、仕事関数をφ、光励起されたキャリア(電子)の寿命をτとするとき、フェムト秒パルスレーザー光源1から出力されるフェムト秒パルスレーザー光の繰り返し周波数fは、f<1/τとなるように設定される。また、波長がλaであるポンプ光8のエネルギーEaは、試料の禁制帯幅Egに対してEa>Egとなるように設定される。さらに、波長がλbであるプローブ光7のエネルギーEbは、試料の仕事関数φに対してEb>φとなるように設定される。フェムト秒パルスレーザー光の繰り返し周波数f、ポンプ光8のエネルギーEaおよびプローブ光7のエネルギーEbを上記のように設定することで、フェムト秒パルスレーザー光の照射による試料の帯電を防止される。時間分解光電子顕微鏡装置100には、フェムト秒パルスレーザー光の照射による試料の帯電を防止できるので、キャリアダイナミクスを光電子顕微鏡(photoemission electron microscopy、PEEM)により観測することが可能となった。

【0025】
図2は、時間分解光電子顕微鏡装置100を用いた光励起電子の時間・空間分解測定方法を概念的に示す図であり、図2(a)は説明のための第1図であり、図2(b)は説明のための第2図である。図2(b)において、GaAsのバンド構造を示し、VBは価電子帯、EFはフェルミ準位、CBは伝導帯、EVACは真空準位を示す。

【0026】
GaAs基板(GaAs wafer、図2(a)参照)等の試料に例えば2.4eVのポンプ光8を照射すると、価電子帯にあった電子は、伝導帯に励起される。次いで、試料にプローブ光7を照射することによって、ポンプ光8の照射によって伝導帯に励起された電子は、光電子として試料から放出される。光電子として試料から放出された光電子は、光電子顕微鏡によって観測される。

【0027】
図2(b)において、仕事関数φは、フェルミ準位EFと真空準位EVAC間のエネルギー差に相当する。電子親和力χは、真空準位EVACと伝導帯のエネルギー差に相当する。電子親和力χはイオン化エネルギーである。

【0028】
図2(a)において、符号12は光電子顕微鏡6によって2psの時間間隔で観測された複数の画像を示しており、各画像上の小さい矩形がGaAs基板上のポンプ光8の照射領域に対応している。図2(a)の右下のグラフは、光電子顕微鏡6による観測結果から求めたPEEM強度(PEEM Int.)の時間変化を示すグラフである。図2(a)の右下のグラフの縦軸はPEEM強度を任意単位で示し、横軸は測定時間Δtをpsで示している。

【0029】
光電子顕微鏡6は、Δt=0で光電子放出の強度がピークを示し、キャリアのエネルギー緩和(Relaxation)および再結合(Recombination)並びに試料の内部への拡散等によるPEEM強度がなだらかに減少するとき、キャリアダイナミクスを観測できる。一方、光電子顕微鏡6は、試料の帯電の影響が大きい場合、図2(a)の右下のグラフに示すようなPEEM強度の減少は発生しないため、キャリアダイナミクスを結像させることができない。

【0030】
本発明者等は、時間分解光電子顕微鏡装置100を用いて絶縁体および半導体材料中のキャリアダイナミクスを示す画像を撮像する実験を繰り返し行ったが、試料の帯電の影響が強く、S/N比の高い鮮明な画像は、安定して撮像することは容易ではない。本発明者等は、時間分解光電子顕微鏡装置100では一定値に固定されるポンプ光およびプローブ光のエネルギー、すなわちポンプ光およびプローブ光の波長を連続的に可変とすることが可能な時間分解光電子顕微鏡装置を見出した。本発明者等は、ポンプ光およびプローブ光のエネルギーを連続的に可変とすることが可能な時間分解光電子顕微鏡装置を用いて種々の実験を行ったところ、以下に要約されるような予期せぬ効果を得ることを見出した。

【0031】
(1)従来は、物質の巨視的な仕事関数を観測していた試料の仕事関数、バンドギャップのエネルギー、並びに不純物準位の有無および不純物準位のエネルギーの見積もりがナノスケール等の微小領域において可能となった。
(2)フェムト秒パルスレーザーの照射による試料の帯電を低減し、撮像される画像のS/N比を大幅に向上させることが可能となった。
(3)放出される光電子の運動エネルギーを制御することによって、試料の深さ方向の分解計測により、物質のバルク情報を得ることが可能となった。

【0032】
以下に、ポンプ光およびプローブ光の少なくとも一方のエネルギーを連続して可変することが可能な時間分解光電子顕微鏡装置について詳細に説明する。

【0033】
図3は、第1実施形態に係る時間分解光電子顕微鏡装置の概略構成を示すブロック図である。図3において、図1と同じ符号が付された構成要素は図1の装置と同じか類似の構成要素を示すので、重複した説明は行わない。

【0034】
時間分解光電子顕微鏡装置101は、レーザー光源1と、ポンプ光生成部と、プローブ光生成部と、光電子顕微鏡6とを有する。レーザー光源1は、パルス幅がフェムト秒レベルであり且つ繰り返し周波数が可変であるパルスを出力する。ポンプ光生成部は、非線形光学結晶(NL)及びレンズ等の光学素子を含み、レーザー光源から出力される光の波長を変換して、試料の光キャリアを励起するポンプ光を生成し、ポンプ光を光電子顕微鏡6に出力する。プローブ光生成部は、プローブ光エネルギー可変部20を含み、レーザー光源から出力される光の波長を変換して、ポンプ光によって励起された光キャリアを光電効果によって試料から放出するプローブ光を生成し、プローブ光を光電子顕微鏡6に出力する。

【0035】
時間分解光電子顕微鏡装置101において、符号20はプローブ光7のエネルギーおよび波長を可変とする機能を有するプローブ光エネルギー可変部を示す。プローブ光エネルギー可変部20は、光学ミラー5’、波長変換器21および高次高調波発生装置22を有するが、光学ミラー5’はプローブ光エネルギー可変部20の外に配置しても良い。

【0036】
波長変換器21は、例えば、出力光のフォトンエネルギーを0.5-2.0eVまたは0.5-2.4eVの範囲で変えることができる光パラメトリック増幅器(Optical Parametric Amplifier、OPA)である。波長変換器21が、発生可能なエネルギーは、レーザー光源1に依存する。プローブ光エネルギー可変部20は、観測対象となる試料のイオン化エネルギー、仕事関数、または電子親和力に対して±3eVの範囲でエネルギーを連続的に可変可能であることが好ましい。プローブ光エネルギー可変部20が観測対象となる試料のイオン化エネルギー、仕事関数、または電子親和力に対して±3eVの範囲でエネルギーを連続的に可変可能にすることで、光電子放出強度におけるベースラインや強度の飽和が明確になる。光電子放出強度におけるベースラインや強度の飽和が明確になるので、時間分解光電子顕微鏡装置101は、可能な限り広いエネルギー範囲で観測、測定を行うことが可能になる。

【0037】
また、時間分解光電子顕微鏡装置101では、観測対象となる試料の範囲を広げるために、励起光、すなわちポンプ光8は、ポンプ光生成部に配置される非線形光学結晶(NL)の適宜の選択および駆動により、1.2eV、2.4eV、3.6eVの3段階で選択可能である。時間分解光電子顕微鏡装置101では、ポンプ光8は、1.2eV、2.4eV、3.6eVの3段階で選択可能であるが、実施形態に係る時間分解光電子顕微鏡装置では、ポンプ光は、複数の任意のエネルギーで離散的に選択可能であっても良い。

【0038】
プローブ光エネルギー可変部20は、プローブ光のエネルギーを3eV以上5eV以下の範囲で制御することが好ましく、プローブ光のエネルギーを0.1eV以上8eV以下の範囲で制御することが更に好ましい。プローブ光エネルギー可変部20は、プローブ光のエネルギーを0.5eV以下の間隔で制御することが好ましく、プローブ光のエネルギーを0.1eV以下の間隔で制御することが更に好ましい。また、プローブ光エネルギー可変部20は、プローブ光のエネルギーを0.01eV以下の間隔で制御することが更に好ましい。

【0039】
図4は、時間分解光電子顕微鏡装置101の詳細構成を示すブロック図である。時間分解光電子顕微鏡装置101において、プローブ光エネルギー可変部20は、一例ではOPAである波長変換器21と、光子エネルギー選択素子用ステージ23と、第1の高次高調波発生用非線形結晶用ステージ24と、第2の高次高調波発生用非線形結晶用ステージ25とを有する。光子エネルギー選択素子用ステージ23、第1の高次高調波発生用非線形結晶用ステージ24および第2の高次高調波発生用非線形結晶用ステージ25は、高次高調波発生装置22に対応する。符号26は、各ステージ23、24、25を経てエネルギー変調されたプローブ光を光電子顕微鏡6の試料位置に正確に集光するための3軸(X軸、Y軸、Z軸)方向に移動可能な複数の集光レンズを含む集光レンズステージを示す。

【0040】
光子エネルギー選択素子用ステージ23は、OPA21から発振する光子エネルギーに応じて、エネルギーと偏光を選択するミラーおよび偏光子のペアを選択するステージである。光子エネルギー選択素子用ステージ23では、エネルギーと偏光を選択するミラーおよび偏光子のペアの位置を調整は、モータおよびピエゾ素子等の駆動素子によって実行される。

【0041】
第1の高次高調波発生用非線形結晶用ステージ24は、高次高調波を発生するための非線形結晶の光軸に対する回転角度と上下左右方向の位置を調整するステージである。非線形結晶は、パルスのエネルギーを2倍にする素子である。高次高調波(第2次高調波)を効率良く発生するための非線形結晶の回転及び位置の調整は、モータおよびピエゾ素子等の駆動素子により実行される。

【0042】
第2の高次高調波発生用非線形結晶用ステージ25は、高次高調波を発生するための非線形結晶の光軸に対する回転角度と上下左右方向の位置を調整するステージである。非線形結晶は、パルスのエネルギーを2倍にする素子である。高次高調波(第2次高調波)を効率良く発生するための非線形結晶の回転及び位置の調整は、モータおよびピエゾ素子等の駆動素子により実行される。なお、第2の高次高調波発生用非線形結晶用ステージ25の線形結晶は、第1の高次高調波発生用非線形結晶用ステージ24の線形結晶と、切り出す結晶方位が相違する。

【0043】
例えば、高次高調波発生装置22において6eVのパルスを発生する場合、第1の高次高調波発生用非線形結晶用ステージ24及び第2の高次高調波発生用非線形結晶用ステージ25の双方を使用して、パルスは生成される。具体的には、波長変換器21から入力される1.5eVのパルスは第1の高次高調波発生用非線形結晶用ステージ24で3eVに変換され、第2の高次高調波発生用非線形結晶用ステージ25において6eVに変換される。また、高次高調波発生装置22において4Vのパルスを発生する場合、第1の高次高調波発生用非線形結晶用ステージ24のみを使用して、パルスは生成される。具体的には、波長変換器21から入力される2eVのパルスは、第1の高次高調波発生用非線形結晶用ステージ24において4eVに変換される。

【0044】
また、3軸集光レンズステージ26は、プローブ光のエネルギーの変化によって変動する観察対象である試料の表面におけるポンプ光の集光サイズと位置を一定に保つために、集光レンズをX軸方向、Y軸方向およびZ軸方向に移動するステージである。集光レンズの移動は、不図示の集光レンズ制御装置による自動制御によってモータおよびピエゾ素子等の駆動素子により実行される。

【0045】
光学遅延ステージ30は、ポンプ光8とプローブ光7との間の時間のズレを補正するステージである。ポンプ光8とプローブ光7との間の時間のズレを補正は、モータおよびピエゾ素子等の駆動素子により実行され、図3に示す光学遅延ステージDSに対応する。なお、光学遅延ステージ30はプローブ光を生成する経路に挿入されているが、ポンプ光を生成する経路およびプローブ光を生成する経路の何れの経路に配置されても良い。

【0046】
図5は、第2実施形態に係る時間分解光電子顕微鏡装置の概略構成を示すブロック図である。図5において、図1と同じ符号が付された構成要素は図1の装置と同じか類似の構成要素を示すので、重複した説明は行わない。

【0047】
時間分解光電子顕微鏡装置102において、符号40はポンプ光8のエネルギーおよび波長を可変とする機能を有するプローブ光エネルギー可変部を示す。ポンプ光エネルギー可変部40は、波長変換器41および高次高調波発生装置42を有する。

【0048】
波長変換器41は、波長変換器21と同様に、出力光のフォトンエネルギーを0.5-2.4eVの範囲で変えることができる光パラメトリック増幅器(Optical Parametric Amplifier、OPA)である。ポンプ光エネルギー可変部40は、観測対象となる試料のバンドギャップのエネルギーに対して±3eVの範囲でエネルギーを連続的に可変可能であることが好ましい。ポンプ光エネルギー可変部40が観測対象となる試料のバンドギャップのエネルギーに対して±3eVの範囲でエネルギーを可変可能にすることで、バンドギャップのエネルギー、並びに欠陥準位とも称される不純物準位の有無および不純物準位のエネルギーが明確になる。バンドギャップのエネルギー、並びに不純物準位の有無および不純物準位のエネルギーが明確になるので、時間分解光電子顕微鏡装置102は、試料の微小領域のバンドギャップのばらつき、および不純物準位の分布を測定することが可能になる。

【0049】
また、時間分解光電子顕微鏡装置102では、観測対象となる試料の範囲を広げるために、プローブ光7は、プローブ光生成部に配置される非線形光学結晶(NL)の適宜の選択および駆動により、
1.2eV、2.4eV、3.6eV、4.8eV、6eVの5段階で選択可能である。時間分解光電子顕微鏡装置101では、プローブ光7は、1.2eV、2.4eV、3.6eV、4.8eV、6eVの5段階で選択可能であるが、実施形態に係る時間分解光電子顕微鏡装置では、ポンプ光は、複数の任意のエネルギーで離散的に選択可能であっても良い。

【0050】
ポンプ光エネルギー可変部40は、0.1eVから8eV程度までポンプ光のエネルギーを連続的に可変することができる。多くの半導体のバンドギャップは5eV以下であり、また低いものでも3eV程度である。従って、ポンプ光エネルギー可変部40は、ほとんどの観測対象となる使用に対して適応可能となる。プローブ光エネルギー可変部40は、プローブ光のエネルギーを3eV以上5eV以下の範囲で制御することが好ましく、プローブ光のエネルギーを0.1eV以上8eV以下の範囲で制御することが更に好ましい。ポンプ光エネルギー可変部40は、ポンプ光のエネルギーを0.5eV以下の間隔で制御することが好ましく、ポンプ光のエネルギーを0.1eV以下の間隔で制御することが更に好ましい。また、ポンプ光エネルギー可変部40は、ポンプ光のエネルギーを0.01eV以下の間隔で制御することが更に好ましい。

【0051】
高次高調波発生装置42は、高次高調波発生装置22と同様の構成を有するので、ここでは詳細な説明は書略する。

【0052】
図6は、第3実施形態に係る時間分解光電子顕微鏡装置の概略構成を示すブロック図である。図6において、図1と同じ符号が付された構成要素は図1の装置と同じか類似の構成要素を示すので、重複した説明は行わない。

【0053】
時間分解光電子顕微鏡装置103は、プローブ光エネルギー可変部20と、ポンプ光エネルギー可変部40とを有し、プローブ光8およびポンプ光7の双方のエネルギーは、連続的に変更可能である。プローブ光エネルギー可変部20およびポンプ光エネルギー可変部40の構成および機能は、既に説明しているので、ここでは詳細な説明は省略する。

【0054】
時間分解光電子顕微鏡装置103は、プローブ光8のエネルギーが連続的に変更可能であるので、光電子放出強度におけるベースラインや強度の飽和が明確にできる。また、時間分解光電子顕微鏡装置103は、ポンプ光7のエネルギーが連続的に変更可能であるので、バンドギャップのエネルギー、並びに不純物準位の有無および不純物準位のエネルギーが明確にできる。

【0055】
図7は、第4実施形態に係る時間分解光電子顕微鏡装置の概略構成を示すブロック図である。図7において、図6と同じ符号が付された構成要素は図6の装置と同じか類似の構成要素を示すので、重複した説明は行わない。

【0056】
時間分解光電子顕微鏡装置104は、アト秒パルスレーザー光源11をフェムト秒パルスレーザー光源1の代わりに有することが時間分解光電子顕微鏡装置103と相違する。アト秒パルスレーザー光源11は、パルス幅がアト秒レベルであり且つ繰り返し周波数が可変であるパルスを出力するアト秒パルスレーザー光源である。アト秒パルスレーザー光源11は、パルス幅がアト秒レベルであること以外は、フェムト秒パルスレーザー光源1と同様の構成および機能を有するので、ここでは詳細な説明は省略する。

【0057】
時間分解光電子顕微鏡装置103は、アト秒パルスレーザー光源11をフェムト秒パルスレーザー光源1の代わりに有するので、波長可変がより容易になる。

【0058】
図8は、第5実施形態に係る時間分解光電子顕微鏡装置の概略構成を示すブロック図である。図8において、図6と同じ符号が付された構成要素は図6の装置と同じか類似の構成要素を示すので、重複した説明は行わない。

【0059】
時間分解光電子顕微鏡装置105は、フェムト秒パルスレーザー光源12およびタイミング制御装置13を有することが時間分解光電子顕微鏡装置103と相違する。また、時間分解光電子顕微鏡装置105は、光学遅延ステージDSを有さないことが時間分解光電子顕微鏡装置103と相違する。

【0060】
フェムト秒パルスレーザー光源12は、フェムト秒パルスレーザー光源1と同様な構成を有する。フェムト秒パルスレーザー光源1はポンプ光エネルギー可変部40にフェムト秒パルスレーザー光を出力し、フェムト秒パルスレーザー光源12はプローブ光エネルギー可変部20にフェムト秒パルスレーザー光を出力する。

【0061】
タイミング制御装置13は、例えば電子計算機であり、フェムト秒パルスレーザー光源1およびフェムト秒パルスレーザー光源12のそれぞれがフェムト秒パルスレーザー光を出力するタイミングを制御する。タイミング制御装置13は、ポンプ光8により光励起されたキャリアの寿命に応じて決定されたタイミングでフェムト秒パルスレーザー光を出力するように、フェムト秒パルスレーザー光源1およびフェムト秒パルスレーザー光源12のそれぞれを制御する。

【0062】
時間分解光電子顕微鏡装置105は、ポンプ光8およびプローブ光7のそれぞれを別個のフェムト秒パルスレーザー光源から出力されるレーザー光から生成するので、ポンプ光8およびプローブ光7の試料への照射タイミングをより高い精度で制御できる。

【0063】
[実施例1:仕事関数計測]
実施形態に係る時間分解光電子顕微鏡装置を開発したことにより、試料の光電子放出観測において、上述したように予期せぬ効果を得ることができた。図9は、時間分解光電子顕微鏡装置101によって、試料の微小領域の仕事関数を見積もる方法を示す図である。実施例1では、試料として自然酸化膜(SiO2)付のn型Si基板を用い、プローブ光のエネルギーを40meVのステップで増加させながら、ポンプ・プローブ法を実行し、各ステップでのPEEM画像を取得した。

【0064】
図9(a)は、プローブ光のエネルギーの変化によって光電子放出強度(PEEM int.)がどのように変化したかを示すグラフであり、図9(b)-9(f)は、プローブ光のエネルギーが4.20eV、4.90eV、5.07eV、5.17eV、5.22eVの場合のPEEM画像を示している。なお、図9(a)に示すグラフは、取得した光電子顕微鏡画像の局所(例えば、図9(b)-9(f)の四角で囲んだ部分)的な強度を、プローブ光のエネルギーに対してプロットして得たスペクトルである。

【0065】
図9(a)の縦軸は光電子放出強度(PEEM Int.)を任意単位で示し、横軸はプローブ光のエネルギー(Probe energy)をeVで示している。ポンプ光のエネルギーは2.4eVに固定されている。この実験では、図2に示す測定方法とは異なって、光電子放出強度の時間的な変化を検出すること、即ち時間分解測定は行っていない。

【0066】
図9(a)に示すように、自然酸化膜付n型Si基板からの光電子放出強度(PEEM強度)は、プローブ光のエネルギーが5eVを超える付近から急速に立ち上がっている。この立ち上がりの傾斜から、試料の測定領域における仕事関数を見積もることができる。ここでは、仕事関数は立ち上がりの傾斜から、5.1eVであると見積もることができた。図9(b)-9(f)に示すPEEM像の画像からも、プローブ光のエネルギーがこの仕事関数近辺で鮮明な画像となっていることが分かる。

【0067】
一般に、Siの仕事関数は5eVとされている(文献値)が、これは物質を巨視的に見た場合の値である。ところが本発明に係る装置によれば、電子顕微鏡の空間分解能で、試料表面の場所ごとに異なる仕事関数を見積もることができる。

【0068】
[実施例2:時間・空間・エネルギー分解測定]
図10は、n型GaAs基板を試料として用いて、プローブ光のエネルギーと測定時間(遅延時間、Delay)とを変化させた場合の、試料の局所的な光電子放出強度の変化を示す図である。ポンプ光のエネルギーは2.4eVに固定されており、露光時間は1sである。遅延時間は0.2psのステップで、プローブ光のエネルギー(Prove Energy)は40meVステップで変化させて、光電子放出強度を測定している。図10(b)は図10(a)の一部拡大図である。

【0069】
プローブ光のエネルギーが4.4eVを超えると、時間の経過に伴う光電子放出強度のなだらかな減少が見られなくなる。これは、ポンプ光による光励起電子の光電子放出とは別の光電子放出が発生していることを示唆している。また、このような引き続く光電子放出によって、試料の帯電の影響が大きくなる。

【0070】
図11は、図10のグラフから、遅延時間を20psと-4psに固定した場合のプローブ光のエネルギーと光電子放出強度との関係を抽出して示すグラフである。図の縦軸は、光電子顕微鏡像における局所的な光電子放出強度を任意単位で示し、横軸はプローブ光のエネルギーを示している。このグラフから、-4psの曲線において、プローブ光のエネルギーが4.4eV以降でPEEMの検出強度が急激に立ち上がっていることが分かる。このことから、この試料の局所的な仕事関数が4.4eVであると見積もることができる。また、20psの曲線から、光励起されたキャリアは、計測した仕事関数以下のエネルギーでも検出できることが分かる。

【0071】
図12は、図11と同様に図10のグラフから抽出したグラフであり、プローブ光のエネルギーを仕事関数4.4eVの前後である4.28eVと4.43eVにした場合の、遅延時間とPEEM強度との関係を示すグラフである。図の縦軸は、光電子顕微鏡像における局所的な光電子放出強度を任意単位で示し、横軸は遅延時間をpsで表している。

【0072】
図12のグラフから、4.4eVの仕事関数よりもわずかに低い4.28eVのエネルギーを有するプローブ光をn型GaAs試料に照射した場合、光電子放出強度はピーク値から時間の経過と共になだらかに減少していることが分かる。従って、プローブ光のエネルギーをこの値に設定した光電子放出強度の時間経過の観測では、S/N比の高い画像が得られるものと考えられる。

【0073】
一方、仕事関数よりわずかに高い4.43eVのプローブ光をn型GaAs試料に照射した場合には、PEEM強度の緩和は見られず、試料の帯電の影響が大きいことが推測される。また、バックグランド強度もプローブ光のエネルギーが4.28eVの場合よりも大きいことがわかる。その結果、観測画像のS/N比は低くなると考えられる。

【0074】
以上の様に、仕事関数を挟んで高々150meVの相違であるが、プローブ光のエネルギーが4.28eVと4.43eVとでは観測結果に生じる違いが大きく、キャリアダイナミクスを観測すべく鮮明な光電子顕微鏡画像を得るためには、プローブ光のエネルギーを仕事関数よりも僅かに低い値である4.28eVに選択すべきであることが分かる。その理由は、次の様に考えられる。

【0075】
図13は、n型GaAsのバンド構造を示す図である。図13において、VBは価電子帯、CBは伝導帯、Egはバンドギャップを示す。n型GaAsは、価電子帯の下に不純物準位を有している。今、この試料に、n型GaAsの仕事関数より僅かに高いエネルギー、例えば4.43eVのプローブ光を照射すると、ポンプ光の照射により価電子帯から伝導帯に励起されたキャリアのみならず、不純物準位にある、動的特性に寄与しないキャリアが光電子として放出され、これが光電子放出強度におけるバックグランドを高くすると共に、試料の帯電を誘起してS/N比を低減させていると考えられる。

【0076】
一方、n型GaAsの仕事関数より僅かに低いエネルギー、例えば4.28eV、のプローブ光を照射した場合は、不純物準位のキャリアは光電子放出されず、ポンプ光によって価電子帯から伝導帯に励起されたキャリアのみが光電子として放出される。その結果、試料の帯電が低減され、高いS/N比で光放出強度の時間経過が観測される。

【0077】
伝導帯の底と真空準位間のエネルギー差は電子親和力(イオン化エネルギー)である。従って、検出したい電子のみ、例えば光励起電子のみを光電子放出させて、試料の帯電を抑制し、S/N比の高い鮮明な光電子顕微鏡画像を得るためには、プローブ光のエネルギーを仕事関数よりもわずかに低い値、例えば電子親和力(イオン化エネルギー)近傍の値を選択することが好ましい。

【0078】
実施例3の結果に基づくと、キャリアダイナミクスの鮮明な画像を得るためには、不図示の電子計算機は、時間分解光電子顕微鏡装置101において、プローブ光のエネルギーを広い範囲で変化させてPEEM強度を測定する。例えば、電子計算機は、プローブ光のエネルギーを、試料の電子親和力または仕事関数に対し±3eV以内の範囲で連続的に可変させる。次に、電子計算機は、プローブ光のエネルギーを変化させて測定されたPEEM強度から試料の観測対象領域の仕事関数を求める。電子計算機は、プローブ光のエネルギーを変化させてたときにPEEM強度が立ち上がるエネルギーから試料の局所的な仕事関数を求める。次に、電子計算機は、求めた仕事関数に応じた値を前記プローブ光のエネルギーに決定する。電子計算機は、求めた仕事関数の前後の複数の値をプローブ光のエネルギーとして選択し、それぞれのエネルギーでPEEM強度の時間経過を観測し、帯電の影響が小さいと推定されるエネルギーを、PEEM画像を取得するときのプローブ光のエネルギーに決定する。そして、電子計算機は、決定したプローブ光のエネルギーで、PEEM画像を、例えば図2(a)に示したようにして取得する。

【0079】
[実施例4:深さ分解計測]
図14は、光電子運動エネルギーと光電子脱出深度の関係を示すユニバーサルカーブである。図14で縦軸は光電子の脱出深度をnmで示し、横軸は光電子の運動エネルギーをeVで示している。脱出深度とは、試料から光電子放出された電子が、試料の深さ方向のどの位置から出てきたものであるかを表すものである。光電子放出された電子の運動エネルギーと脱出深度の関係は物質に拠らず一定であることが分かっており、この関係を示したものがユニバーサルカーブである。

【0080】
光電子放出された電子の運動エネルギーは、プローブ光のエネルギーから観測対象試料の電子親和力(イオン化エネルギー)或いは仕事関数を引いた値である。従って、プローブ光のエネルギーを調整することにより、光電子放出された電子の運動エネルギーを制御することができる。言い換えると、プローブ光のエネルギーを調整することによって、電子が試料から脱出する深度を制御することができる。

【0081】
例えば、試料表面からの深さが100nmまでの位置にある電子のキャリアダイナミクスを観測しようとする場合は、図14を参照して、放出された光電子の運動エネルギーが1eV程度となるようにプローブ光のエネルギーを調整すれば良い。また、100nmより深い位置にある電子のダイナミクスを観測する場合は、図14を参照することにより、放出された光電子の運動エネルギーが0.3eV程度となるように、プローブ光のエネルギーを調整すれば良い。

【0082】
以上の様に、プローブ光のエネルギーを調整することによって、観測対象試料の試料内部(バルク)情報を選択的に検出することができる。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6
【図8】
7
【図9】
8
【図10】
9
【図11】
10
【図12】
11
【図13】
12
【図14】
13