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明細書 :ウシ乳房炎に対する粘膜ワクチン組成物

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 公開特許公報(A)
公開番号 特開2020-019754 (P2020-019754A)
公開日 令和2年2月6日(2020.2.6)
発明の名称または考案の名称 ウシ乳房炎に対する粘膜ワクチン組成物
国際特許分類 A61K  39/085       (2006.01)
A61P  15/14        (2006.01)
A61K   9/06        (2006.01)
A61K  47/36        (2006.01)
FI A61K 39/085
A61P 15/14 171
A61K 9/06
A61K 47/36
請求項の数または発明の数 8
出願形態 OL
全頁数 18
出願番号 特願2018-147175 (P2018-147175)
出願日 平成30年8月3日(2018.8.3)
公序良俗違反の表示 1.TWEEN
発明者または考案者 【氏名】林 智人
【氏名】菊 佳男
【氏名】長澤 裕哉
【氏名】秋吉 一成
【氏名】澤田 晋一
【氏名】麻生 久
【氏名】野地 智法
出願人 【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
個別代理人の代理人 【識別番号】110001047、【氏名又は名称】特許業務法人セントクレスト国際特許事務所
審査請求 未請求
テーマコード 4C076
4C085
Fターム 4C076AA09
4C076AA65
4C076BB25
4C076CC17
4C076EE30P
4C076FF35
4C085AA03
4C085BA13
4C085CC07
4C085EE01
4C085EE05
4C085GG10
要約 【課題】 乳房において、黄色ブドウ球菌の接触直後から、当該細菌に対する抗体の力価を増強することにより、ウシの乳房炎を予防するワクチン組成物を提供すること。
【解決手段】 黄色ブドウ球菌由来の抗原と、カチオン性の官能基及び疎水性の官能基を側鎖に有する多糖からなるナノゲルとを含む、ウシ乳房炎を予防するための、粘膜ワクチン組成物。
【選択図】 なし
特許請求の範囲 【請求項1】
黄色ブドウ球菌由来の抗原と、疎水性の官能基及びカチオン性の官能基が側鎖として付加されている多糖からなるナノゲルとを含む、ウシ乳房炎を予防するための、粘膜ワクチン組成物。
【請求項2】
前記疎水性の官能基がコレステリル基である、請求項1に記載の粘膜ワクチン組成物。
【請求項3】
前記多糖がプルランである、請求項1又は2に記載の粘膜ワクチン組成物。
【請求項4】
前記カチオン性の官能基がアミノ基である、請求項1~3のうちのいずれか一項に記載の粘膜ワクチン組成物。
【請求項5】
黄色ブドウ球菌由来の抗原を経鼻投与するための、請求項1~4のうちのいずれか一項に記載の粘膜ワクチン組成物。
【請求項6】
ウシ乳房炎を予防するための方法であって、
ウシの粘膜に、請求項1~4のうちのいずれか一項に記載の粘膜ワクチン組成物を投与する工程を含む、方法。
【請求項7】
ウシ乳房炎を予防するための方法であって、
ウシの鼻腔内粘膜に、請求項1~5のうちのいずれか一項に記載の粘膜ワクチン組成物を投与する工程を含む、方法。
【請求項8】
前記経鼻ワクチン組成物が投与される鼻腔内粘膜が、鼻腔内深部の咽頭扁桃である、請求項7に記載の方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、ウシ乳房炎を予防するために用いられる粘膜ワクチン組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
乳房炎(乳腺炎)は、細菌が乳房の乳頭口から乳腺内に侵入し、乳腺内で定着して増殖を繰り返すことにより、乳腺細胞が傷付き炎症が生じる、感染性の疾患である。
【0003】
乳牛の乳房炎は、日本を含め世界各国至る所の乳生産現場で生じ、またその発生頻度も高い。乳房炎に罹患した牛の乳は、その質及び量が低下する。また、乳房炎に対しては抗生物質を用いた治療が通常行なわれるため、治療期間中の抗生物質が残存する牛乳は、出荷することができない。さらに、抗生物質による治療が功を奏しない場合には、採算が合わないとして廃用牛扱いとなり、処分に至ることもある。そのため、乳房炎は、酪農業における経済的損失の主な原因となっており、その予防方法の開発が強く求められている。
【0004】
乳房炎は、様々な細菌種によって引き起こされる複合的な疾患であるが、それら細菌種の中で、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus、S.aureus)が最もよく見られる。そこで、乳房炎の予防等を目的として、当該細菌を標的とするワクチンが開発されている(特許文献1)。
【0005】
また既に、STARTVAC(登録商標、HIPRA社)、Lysigin(登録商標、Boehringer Ingelheim社)等の、黄色ブドウ球菌を標的とするワクチンが、市販されている。
【0006】
しかしながら、これら筋肉注射型ワクチンの多くは、血清中のIgGの抗体価を増加させるものであって、細菌感染防御に資するIgG以外の抗体(IgA等)の乳腺における抗体価は上昇せず、細胞性免疫応答も十分に誘導できない。
【0007】
また、黄色ブドウ球菌は、極めて早い段階で乳腺上皮細胞に侵入してしまい、その結果、当該細菌が抗体による免疫学的攻撃を受けにくい状態となってしまう。
【0008】
そのため、乳腺において黄色ブドウ球菌の接触直後からIgA等の抗体価を増強し、当該細菌の感染を効果的に抑制することのできるワクチンの開発が望まれている。
【先行技術文献】
【0009】

【特許文献1】特開2009-286730号公報
【特許文献2】特開2015-151375号公報
【0010】

【非特許文献1】Boerhout E.ら、Vet Res.2015年9月28日;46:115
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、前記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、乳房(乳腺、及びそれから分泌される乳汁等)において、黄色ブドウ球菌の接触直後から、当該細菌に対する抗体(IgA等)の力価を増強することにより、乳房炎を予防することのできるワクチン組成物を、提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、前記課題を解決すべく、粘膜ワクチンに着目した。粘膜は、その表面上で免疫反応を誘導し、細菌等の病原体に対する最初の重要な防衛ラインとして機能する。例えば、粘膜は、病原体の体内への侵入を阻害し、また病原体を不活性化するため、当該病原体に対するIgA等の抗体を分泌する。また、ある粘膜組織において誘導されたIgA等の産生細胞は、離れた他の粘膜組織に伝播し、当該組織においても前記病原体に対する特異的な粘膜免疫反応が惹起され得る。
【0013】
粘膜ワクチンは、このような粘膜組織間における免疫反応の伝播を利用するものであり、本発明者らは、当該ワクチンを用いることによって、ウシ乳腺の粘膜組織において黄色ブドウ球菌に対する免疫反応を惹起することを構想した。
【0014】
また、粘膜に単に抗原を投与しても、免疫原性は通常低い。そのため、粘膜ワクチンを機能させるためには、担体(ベクター、デリバリーシステム等)、強力なアジュバントが必要となる。そこで、本発明者らは、ウシ乳腺の粘膜組織において免疫反応を惹起するワクチンの担体として、カチオン性のナノゲルに着目した。
【0015】
カチオン性のナノゲルに関しては従前、プルランに側鎖として疎水性のコレステロールとアミノ基を付加したナノゲル(cCHPナノゲル)と、肺炎球菌の表面タンパク質(PspA)との複合体を含むワクチンを、げっ歯類及び霊長類に経鼻投与することによって、肺炎球菌の感染に対する免疫防御機構を誘導することに、本発明者らは成功している(特許文献2)。しかしながら、ウシ等の反芻動物において有効であるか、特に乳腺の粘膜組織において免疫反応を惹起できるかは定かではなかった。
【0016】
さらに、従前、水中油型乳化剤、アルギン酸ハイドロゲル、並びに黄色ブドウ球菌由来の抗原性タンパク質(Efb及びLukM)からなるワクチンを鼻腔にスプレーで噴霧しても、乳汁のみならず、鼻汁においても、当該抗原性タンパク質特異的IgA産生レベルに影響はなかったということ等が報告されており、上述の筋肉注射型ワクチンのみならず、粘膜ワクチンによっても、ウシの乳腺において細菌感染防御に資するIgA等の抗体価は上昇せず、細胞性免疫応答も十分に誘導できないということが示唆されていた(非特許文献1)。
【0017】
そこで実際に、ホルマリンにて不活性化した黄色ブドウ球菌と前記cCHPナノゲルとの複合体を調製し、それをウシの鼻腔内粘膜に投与した。その結果、前記従前の報告とは異なり、当該ウシの乳汁、すなわちそれを分泌する乳腺(乳房)において、黄色ブドウ球菌に対するIgA抗体の力価が増強されることが明らかになった。
【0018】
また、前記鼻腔免疫したウシの乳房に黄色ブドウ球菌を接種した場合、当該接種によって黄色ブドウ球菌に対するIgA抗体の力価は上昇し、黄色ブドウ球菌の増殖が抑制されることを見出した。すなわち、黄色ブドウ球菌由来の抗原とカチオン性ナノゲルとの複合体を含む粘膜ワクチン組成物で感作することによって、乳房内における黄色ブドウ球菌の増殖の抑制を介して、ウシの乳房炎の予防が可能となるということが、明らかになった。
【0019】
さらに、前記接種直後から、黄色ブドウ球菌のClfAタンパク質に対するIgA抗体の力価が上昇することも見出した。ClfAタンパク質は、黄色ブドウ球菌の膜タンパク質の1種であり、ウシ乳腺上皮細胞表面のAnnexinA2タンパク質と結合することにより、黄色ブドウ球菌の当該上皮細胞内への侵入過程を媒介することが知られている(Ashraf S.ら、Sci Rep.、2017年1月19日;7:40608 参照)。また、ウシの乳房炎において、黄色ブドウ球菌が感染早期に乳腺上皮細胞に侵入し、その結果、当該細菌が抗体による免疫学的攻撃を受けにくい状態になることも知られている(Almeida RA.ら、J Dairy Sci.、1996年、79(6):1021~1026ページ 参照)。
【0020】
したがって、黄色ブドウ球菌由来の抗原とカチオン性ナノゲルとの複合体を含む粘膜ワクチン組成物で感作したウシにおいては、黄色ブドウ球菌が接触した時から、力価の高いClfAタンパク質に対する抗体が産生され、当該細菌の乳腺上皮細胞への侵入を抑制することができる。
【0021】
以上から、本発明者らは、前記ワクチン組成物によって、黄色ブドウ球菌の感染から効果的に防御し、乳房炎を予防することが可能となることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0022】
すなわち、本発明は、ウシ乳房炎を予防するための粘膜ワクチン組成物、及び該組成物を用いたウシ乳房炎の予防方法に関し、より具体的には以下を提供するものである。
<1> 黄色ブドウ球菌由来の抗原と、疎水性の官能基及びカチオン性の官能基が側鎖として付加されている多糖からなるナノゲルとを含む、ウシ乳房炎を予防するための、粘膜ワクチン組成物。
<2> 前記疎水性の官能基がコレステリル基である、<1>に記載の粘膜ワクチン組成物。
<3> 前記多糖がプルランである、<1>又は<2>に記載の粘膜ワクチン組成物。
<4> 前記カチオン性の官能基がアミノ基である、<1>~<3>のうちのいずれか一項に記載の粘膜ワクチン組成物。
<5> 黄色ブドウ球菌由来の抗原を経鼻投与するための、<1>~<4>のうちのいずれか一項に記載の粘膜ワクチン組成物。
<6> ウシ乳房炎を予防するための方法であって、ウシの粘膜に、<1>~<4>のうちのいずれか一項に記載の粘膜ワクチン組成物を投与する工程を含む、方法。
<7> ウシ乳房炎を予防するための方法であって、ウシの鼻腔内粘膜に、<1>~<5>のうちのいずれか一項に記載の粘膜ワクチン組成物を投与する工程を含む、方法。
<8> 前記経鼻ワクチン組成物が投与される鼻腔内粘膜が、鼻腔内深部の咽頭扁桃である、<7>に記載の方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明の粘膜ワクチン組成物によれば、乳房において、黄色ブドウ球菌の接触直後から、当該細菌に対する抗体(IgA等)の力価を増強することができる。そして、この力価が増強される抗体には、ウシの乳腺上皮細胞内への侵入に関与する、黄色ブドウ球菌のClfAタンパク質に対する抗体が含まれている。このため、本発明によれば、ウシの乳房炎を早期かつ効果的に予防することのできるワクチン組成物を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】ホルマリン殺菌黄色ブドウ球菌(FKSA)及びカチオン性ナノゲルとの複合体を用い鼻腔免疫した後の、乳汁における黄色ブドウ球菌(S.aureus)に対するIgA抗体価の推移を示すグラフである。図中の、各データの点(黒丸)は、各鼻腔免疫した乳牛から搾取した乳汁における抗体価を示す(3頭の乳牛の12の乳房から搾取された乳汁 n=12)。横軸に付した黒三角は、鼻腔免疫のタイミングを示す。アスタリスク(*)は、0日目、免疫1~6週間後の各グループの平均値間において有意差が認められたことを示す(P<0.05)。
【図2】鼻腔免疫した乳牛と非免疫乳牛間で、乳汁における黄色ブドウ球菌に対するIgA抗体価を比較した結果を示す、グラフである。図中、黒丸は、各鼻腔免疫した乳牛から搾取した乳汁における抗体価を示す(3頭の乳牛の12の乳房 n=12)。白丸は、免疫しなかった乳牛から搾取した乳汁における抗体価を示す(3頭の乳牛の12の乳房 n=12)。バーは平均値を示す。アスタリスク(*)は、グループ間において有意差が認められたことを示す(P<0.05)。
【図3A】モック(PBS)を乳房に注入した乳牛の乳汁における、黄色ブドウ球菌に対するIgA抗体価を分析した結果を示す、グラフである。図中、黒丸は、鼻腔免疫した乳牛から搾取した各乳汁における抗体価を示す(3頭の乳牛の6の乳房 n=6)。白丸は、免疫しなかった乳牛から搾取した各乳汁における抗体価を示す(3頭の乳牛の6の乳房 n=6)。バーは平均値を示す。「0日目」及び「1週間後」は、各々PBS注入前及びPBSを注入してから1週間後を示す。
【図3B】黄色ブドウ球菌を乳房に注入した乳牛の乳汁における、黄色ブドウ球菌に対するIgA抗体価を分析した結果を示す、グラフである。図中、黒丸は、鼻腔免疫した乳牛から搾取した各乳汁における抗体価を示す(3頭の乳牛の6の乳房 n=6)。白丸は、免疫しなかった乳牛から搾取した各乳汁における抗体価を示す(3頭の乳牛の6の乳房 n=6)。バーは平均値を示す。「0日目」及び「1週間後」は、各々黄色ブドウ球菌注入前及び黄色ブドウ球菌を注入してから1週間後を示す。アスタリスク(*)は、0日目と注入1週間後とにおいて有意差が認められたことを示す(P<0.05)。
【図4】乳房に黄色ブドウ球菌を注入してから1週間後の乳牛の乳汁における黄色ブドウ球菌量を比較した結果を示す、グラフである。図中、黒丸は、各鼻腔免疫した乳牛から搾取した乳汁における菌量を示す(3頭の乳牛の6の乳房 n=6)。白丸は、免疫しなかった乳牛から搾取した乳汁における菌量を示す(3頭の乳牛の6の乳房 n=6)。バーは平均値を示す。アスタリスク(*)は、グループ間において有意差が認められたことを示す(P<0.05)。
【図5】黄色ブドウ球菌を乳房に注入してから1週間後の乳牛の乳汁における、黄色ブドウ球菌量と、当該細菌に対するIgA抗体の力価との相関を示す、グラフである。図中、黒丸は、各鼻腔免疫した乳牛から搾取した乳汁についてのデータを示す(3頭の乳牛の6の乳房 n=6)。白丸は、免疫しなかった乳牛から搾取した乳汁についてのデータを示す(3頭の乳牛の6の乳房 n=6)。統計的相関は、非線形回帰分析にて決定し、P<0.01を統計学上非常に有意とした。
【図6】FKSAと、カチオン性ナノゲルあるいはポリアクリル酸ナトリウムとの複合体を用い鼻腔免疫した後(3回の投与後、1回目の免疫から6週間後)、乳牛の乳汁における、ClfAタンパク質に対するIgA抗体の力価を示す、グラフである。図中、黒丸は、FKSA及びカチオン性ナノゲルとの複合体を用い鼻腔免疫した乳牛から搾取した各乳汁における抗体価を示す(3頭の乳牛の12の乳房 n=12)。灰色丸は、FKSA及びポリアクリル酸ナトリウムとの複合体を用い各鼻腔免疫した乳牛から搾取した各乳汁における抗体価を示す(1頭の乳牛の4の乳房 n=4)。白丸は、免疫しなかった乳牛から搾取した各乳汁における抗体価を示す(3頭の乳牛の12の乳房 n=12)。バーは平均値を示す。アスタリスク(*)は、グループ間において有意差が認められたことを示す(P<0.05)。
【図7A】モック(PBS)を乳房に注入した乳牛の乳汁における、ClfAに対するIgA抗体価の推移を示す、グラフである。図中、黒丸は、FKSA及びカチオン性ナノゲルとの複合体を用い鼻腔免疫した乳牛から搾取した乳汁における抗体価を示す(3頭の乳牛の6の乳房 n=6)。白丸は、免疫しなかった乳牛から搾取した乳汁における各抗体価を示す(3頭の乳牛の6の乳房 n=6)。バーは平均値を示す。横軸の数値は、PBSを注入してからの経過週数を示す(なお「0」はPBS注入前を示す)。
【図7B】黄色ブドウ球菌を乳房に注入した乳牛の乳汁における、ClfAに対するIgA抗体価の推移を示す、グラフである。図中、黒丸は、FKSA及びカチオン性ナノゲル複合体を用い鼻腔免疫した乳牛から搾取した各乳汁における抗体価を示す(3頭の乳牛の6の乳房 n=6)。白丸は、免疫しなかった乳牛から搾取した各乳汁における抗体価を示す(3頭の乳牛の6の乳房 n=6)。バーは平均値を示す。横軸の数値は、黄色ブドウ球菌を注入してからの経過週数を示すす(なお「0」は黄色ブドウ球菌注入前を示す)。
【図7C】黄色ブドウ球菌を乳房に注入した乳牛の乳汁における、ClfAに対するIgA抗体価の推移を示す、グラフである。図中、黒丸は、FKSA及びポリアクリル酸ナトリウムとの複合体を用い鼻腔免疫した乳牛から搾取した各乳汁における抗体価を示す。白丸は、モック(PBS)を乳房に注入した乳牛の乳汁における抗体価を示す(1頭の乳牛の2の乳房 n=2)。横軸の数値はPBSあるいは黄色ブドウ球菌を注入してからの経過週数を示す(なお「0」はPBSあるいは黄色ブドウ球菌の注入前を示す)。
【発明を実施するための形態】
【0025】
(粘膜ワクチン組成物)
本発明の粘膜ワクチン組成物は、黄色ブドウ球菌由来の抗原と、疎水性の官能基及びカチオン性の官能基が側鎖として付加されている多糖からなるナノゲルとを含むことを特徴とする。

【0026】
本発明において、「黄色ブドウ球菌」は、Staphylococcus aureus(スタフィロコッカス・アウレウス)、S.aureusとも称される、通性嫌気性のグラム陽性球菌(ブドウ球菌)の1種であって、ウシの乳腺内に侵入して定着し、増殖することによって炎症反応を誘導できる菌を意味する。本発明において用いられる「黄色ブドウ球菌」は、市販されている菌株、各種の研究機関に保存されている菌株(例えば、BM1006株、SA003株、JE2株)でもよく、また乳房炎に罹患したウシの乳汁より分離された黄色ブドウ球菌であってもよい。

【0027】
本発明において、粘膜ワクチン組成物の有効成分である「黄色ブドウ球菌由来の抗原」は、ウシの粘膜に投与することによって当該細菌に対する抗体の産生を誘発する性質(いわゆる、免疫原性)を有していればよく、特に制限はないが、生菌であると、それを被覆している後述のナノゲルが、当該菌の増殖に伴い喪失し易くなり、またワクチン接種による副作用が生じ難いという観点から、不活性化した黄色ブドウ球菌又はその一部が、本発明にかかる抗原として好適に用いられる。

【0028】
不活性化した黄色ブドウ球菌の調製は、例えば、ホルマリン処理、フェノール処理、加熱処理、紫外線照射処理等の公知の手法を用い、適宜行なうことができる。また、不活性化した黄色ブドウ球菌の「一部」としては、免疫原性を有する限り特に制限はなく、例えば、黄色ブドウ球菌を超音波処理等の物理的処理に供することによって得られる当該菌の断片、黄色ブドウ球菌を加水分解酵素(リゾスタフィン等)を用いた酵素処理に供することによって得られる当該菌の分解産物であってもよい。また、免疫原性を有する限り、黄色ブドウ球菌のタンパク質、ポリペプチド、糖、糖タンパク質、脂質、核酸等も抗原として用いることができる。これらタンパク質等は、黄色ブドウ球菌から単離精製されたものであってもよく、また人工的に合成(例えば、化学合成)されたものであってもよい。

【0029】
本発明の粘膜ワクチン組成物は、前述の抗原の他、当該抗原を、負に帯電する粘膜表面(上皮細胞)を通過させ、樹状細胞等の免疫系に送達するためのデリバリーシステムとして、カチオン性のナノゲルを含む。本発明にかかるカチオン性のナノゲルは、上記のとおり、疎水性の官能基及びカチオン性の官能基が側鎖として付加されている多糖からなる。

【0030】
カチオン性のナノゲルを構成する上で主鎖となる「多糖」は、グルコース、ガラクトース、マンノース、フルクトース等の1種又は2種以上の単糖分子が、2分子以上結合したものであればよい。さらに、多糖は、ヒドロキシメチル、ヒドロキシエチル、ヒドロキシプロピル、カルボキシメチル等の修飾基を有していてもよい。多糖の具体例としては、プルラン(α-グルコースからなるホモ多糖)、アミロペクチン、アミロース、デキストラン、ヒドロキシエチルデキストラン、マンナン、レバン、イヌリン、キチン、キトサン、キシログルカン、水溶性セルロースが挙げられるが、その化学構造や物理的特性の観点から、プルラン、アミロペクチン、アミロース、デキストラン、ヒドロキシエチルデキストランが好ましく、プルランがより好ましい。

【0031】
また、多糖の分子量(重量平均分子量)としては、通常10000~500000g/molであり、好ましくは30000~200000g/molである。なお、多糖の重量平均分子量は、例えば、サイズ排除クロマトグラフィーにより決定することができる。

【0032】
カチオン性のナノゲルにおいて、多糖の側鎖として付加されている「疎水性の官能基」としては、例えば、炭素数8~50(好ましくは、炭素数12~50)の炭化水素基、ステリル基が挙げられるが、官能基の疎水性や食品添加物としての安全性の観点から、好ましくはステリル基であり、より好ましくはコレステリル基である。

【0033】
多糖の側鎖として付加されている「カチオン性の官能基」としては、例えば、アミノ基、モノアルキルアミノ基、ジアルキルアミノ基、イミノ基、アンモニウム基、グアニジノ基、アミジノ基、カチオン性のアミノ酸残基(リシン、アルギニン、ヒスチジン等)が挙げられるが、合成や物理的特性の観点から、好ましくはアミノ基、モノアルキルアミノ基、ジアルキルアミノ基であり、より好ましくはアミノ基である。

【0034】
多糖と、疎水性の官能基又はカチオン性の官能基との結合は、直接的な結合であってもよく、リンカー基を介した間接的な結合であってもよい。リンカー基としては、エステル結合(-COO-又は-O-CO-)、エ-テル基(-O-)、アミド基(-CONH-又は-NHCO-)、ウレタン結合(-NHCOO-又は-OCONH-)が挙げられる。これらが1個又は複数個組み合わせられ、必要に応じて炭素数1~10のアルキレン基、アリ-レン基、アラルキレン基(ベンジレン基、フェネチレン基等)がさらに組み合わせられていてもよい。

【0035】
多糖に付加される疎水性の官能基数としては、捕捉する前記抗原の形態、サイズ、量等によって適宜調整し得るが、付加される疎水性の官能基数が多くなると、水への溶解性が低下すると共に、ナノゲルの粒径を制御することが難しくなり、分散安定性も低下し易くなる傾向にあることから、通常、100単糖あたり疎水性の官能基は1~10個であり、好ましくは1~数個(例えば、5個、4個、3個、2個)であり、より好ましくは1~2個である。また、多糖に付加されるカチオン性の官能基数としては、捕捉する前記抗原の形態、サイズ、量等によって適宜調整し得るが、哺乳動物の細胞表面へのイオン性相互作用が十分に得られ易いという観点から、通常、100単糖あたりカチオン性の官能基は1~50個であり、好ましくは10~40個であり、より好ましくは15~25個である。

【0036】
また、疎水性の官能基及びカチオン性の官能基が付加された多糖から成る「カチオン性のナノゲル」のサイズ(平均粒径)としては、通常5~200nmであるが、サイズが大きくなると、抗原が凝集体を形成し易くなり、また抗原表面をナノゲルにて均一に被覆することが難しくなり、結果として分散安定性も低下し易くなる傾向にあることから、好ましくは10~100nm、より好ましくは30~50nmである。なお、平均粒径(直径)は、例えば、動的光散乱法(DLS、Dynamiclight scattering)により測定をすることができる。

【0037】
本発明の「カチオン性のナノゲル」は、例えば、疎水性の官能基が側鎖として付加されている多糖からなるナノゲル(疎水化多糖ナノゲル)を調製し、それにカチオン性の官能基を導入することによって製造することができる。

【0038】
より具体的には、先ず、炭素数12~50の水酸基含有炭化水素又はステロールと、OCN-RNCO(式中、Rは炭素数1~50の炭化水素基である)で表されるジイソシアナート化合物を反応させて、炭素数12~50の水酸基含有炭化水素又はステロールが1分子反応したイソシアナート基含有疎水性化合物を製造する。得られたイソシアナート基含有疎水性化合物と多糖とを反応させ、炭素数12~50の炭化水素基又はステリル基を含有する疎水性基含有多糖類を製造する。次に、得られた生成物をケトン系の溶媒で精製することにより、純度の高い疎水化多糖ナノゲルを製造することができる(国際公開第00/12564号 参照)。また、疎水化多糖ナノゲルは市販されているので(例えば、日油株式会社製、コレステリル化プルラン)、それを用いることもできる。

【0039】
次に、減圧乾燥した疎水化多糖ナノゲルを、ジメチルスルホキシド等の溶媒に溶解し、これに1-1’カルボニルジイミダゾールを窒素気流下に加え、数時間(例えば、1時間程度)20~40℃で反応させる。その反応溶液に、カチオン性の官能基を有する化合物(例えば、エチレンジアミン)を徐々に添加し、数時間から数十時間程度(例えば、24時間程度)攪拌する。得られた反応溶液を蒸留水に対して、数日間透析する。透析後の反応溶液を凍結乾燥することにより、白色固体(カチオン性のナノゲル)を製造することができる(Ayame H.ら、Bioconjug.Chem.、2008年、19:882~890ページ、特許文献2、国際公開2014/054588号 参照)。また、エチレンジアミン等の置換度は、元素分析やH-NMR等を用いて評価することができる。

【0040】
本発明の粘膜ワクチン組成物において、前記抗原は、前記カチオン性のナノゲルに捕捉(被覆等)され、複合体を形成している。複合体は、例えば、前記抗原と前記カチオン性のナノゲルをバッファー中において混合し、4~50℃で、30分~48時間静置することにより形成される。バッファーとしては特に制限はなく、用いる抗原及びカチオン性のナノゲルの種類によって適宜調整されるが、例えば、Tris-HCl緩衝液(50mM、pH7.6)、PBSが挙げられる。前記抗原と前記カチオン性のナノゲルの混合比は、用いる抗原及びカチオン性のナノゲルの種類に応じて適宜調整される。例えば、抗原を不活性化した黄色ブドウ球菌とする場合、その比率(黄色ブドウ球菌の菌体数(CFU):カチオン性のナノゲル(mg))は、好ましくは1x1010CFU:0.01mg~1x1010CFU:10mgであり、より好ましくは1x1010CFU:0.05mg~1x1010CFU:2mgである。また、このようにして調製される複合体は、公知の方法によりその物理化学的性状を解析することが可能である。例えば、蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)、動的光散乱法、ゼータ電位の測定により解析が可能である。

【0041】
本発明の粘膜ワクチン組成物は、前記抗原及び前記カチオン性のナノゲルを少なくとも含むものであればよいが、他の成分を含んでいてもよい。「他の成分」としては、薬学的に許容される公知の希釈剤、安定剤、防腐剤、酸化防止剤が挙げられる。希釈剤としては、PBS、Tris-HCl緩衝液、生理食塩水等が挙げられる。安定剤としては、ゼラチン、デキストラン、ソルビトール等が挙げられる。防腐剤としてはチメロサール、βプロピオラクトン等が挙げられる。酸化防止剤としてはαトコフェロール等が挙げられる。また、免疫原性を高めるという観点から、アジュバント(アルミニウムゲルアジュバント等の無機物質、微生物若しくは微生物由来物質(BCG、ムラミルジペプチド、百日せき菌、百日せきトキシン、コレラトキシン等)、界面活性作用物質(サポニン、デオキシコール酸等)、油性物質(鉱油、植物油、動物油等)のエマルジョン等)を含んでいてもよい。

【0042】
(ウシ乳房炎の予防法)
本発明は、前述の粘膜ワクチン組成物を、ウシの粘膜に投与する工程を含む、ウシ乳房炎を予防するための方法を提供する。

【0043】
本発明の方法の対象となる「ウシ」としては、好適には乳牛であり、例えば、ホルスタイン種、ガンジー種、ジャージー種、エアシャー種、ブラウンスイス種が挙げられる。また「乳房炎」としては、黄色ブドウ球菌が乳腺に感染することにより生じる炎症であればよく、潜在性乳房炎であってもよく、臨床型乳房炎であってもよい。

【0044】
本発明におけるウシ乳房炎の「予防」には、ウシ乳房炎の発症の抑制のみならず、その進行の抑制(重篤化の抑制)が含まれる。

【0045】
本発明の方法において、粘膜ワクチン組成物が投与される「粘膜」としては、当該組成物が投与された場合に、黄色ブドウ球菌に対するIgA抗体を産生する細胞等を誘導し、当該細胞が乳腺粘膜組織に伝播し得ればよく(いわゆる、共通粘膜免疫機構(CMIS)において、誘導組織として機能する粘膜組織であればよく)、例えば、鼻腔内、口腔内、腸内、咽喉内、耳腔内、結膜のう内、腟内、肛門内の粘膜が挙げられる。これらの中で、消化酵素等の影響が少なく、免疫反応を安定して誘導し易いという観点から、鼻腔内粘膜が好ましい。さらに、粘膜ワクチン組成物がより取り込まれ易いという観点から、鼻腔内深部の咽頭扁桃がより好ましい。

【0046】
粘膜ワクチン組成物の粘膜への「投与」方法としては特に制限はなく、吹き付け、噴霧、塗布、滴下、注入、注射等により行なうことができる。また、粘膜ワクチン組成物の投与量は、抗原の種類、投与対象の週齢、体重、健康状態等により適宜決定することができるが、薬学的に有効な量であればよい。薬学的に有効な量とは、粘膜ワクチン組成物が含有する抗原に対する免疫反応を誘導するのに必要な抗原量をいい、例えば、投与する抗原が黄色ブドウ球菌の全菌である場合、1×1010~1×1011CFU(好ましくは3×1010~7×1010CFU、より好ましくは5×1010CFU)を、1日1回~数回投与し、1~5週間間隔(好ましくは2週間間隔)で全1~5回(好ましくは3回)投与すればよい。
【実施例】
【0047】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。また、本実施例は、以下に示す材料及び方法を用いて行なった。
【実施例】
【0048】
(乳牛)
臨床又は亜臨床上乳房炎に罹患した経験のない、初産の6頭の若い雌乳牛(ホルスタイン)を、以下の実験に供した。なお、実験に際し、これら乳牛から搾取した乳汁(ミルク)試料の4分の1を、下記基準を用いた評価に供し、乳房炎に罹患していないことを確認した。
【実施例】
【0049】
ウシ乳房炎についての日本の診断基準:乳汁において、黄色ブドウ球菌(S.aureus)感染が陰性であり、体細胞数(SCC)が<3×10細胞/mLである場合に、乳房炎に罹患していないとする。なお、乳汁中の体細胞(主に、白血球)の数は、乳房炎の進行に伴い増大する。
【実施例】
【0050】
(不活性化黄色ブドウ球菌の調製)
乳牛に投与する抗原として、黄色ブドウ球菌を、Kiku Y.ら、J Vet Med Sci、2016年、78:1505~1510ページに記載の方法に沿って、ホルマリンにより不活性化し、ホルマリン殺菌黄色ブドウ球菌(FKSA)を、調製した。すなわち、黄色ブドウ球菌 BM1006株を、0.5%ホルムアルデヒド含有リン酸生理緩衝食塩水(PBS)に懸濁し、不活性化のため、室温にて一晩インキュベートした。その後、PBSにて3回洗浄した。
【実施例】
【0051】
なお、黄色ブドウ球菌 BM1006株(シークエンスタイプ 352、クローナルコンプレックス 97、乳房炎惹起性)は、元々は日本の酪農場から提供された乳汁から単離された菌である。また、乳房炎に関するシークエンスタイピングによって、この菌のシークエンスタイプは、乳房炎を引き起こすことが明らかとなっている(Hata E.ら,J Vet Med Sci、2010年、72:647~652ページ 参照)。
【実施例】
【0052】
(不活性化黄色ブドウ球菌とカチオン性ナノゲルとの複合体形成)
前記抗原のデリバリーシステムとして、カチオン性の多糖 cCHP(cationic CHP)からなるカチオン性ナノゲル(cCHPナノゲル)を選択した。cCHPナノゲルは、Ayame H.ら、Bioconjug.Chem.、2008年、19:882~890ページ、及びAkiyoshi K.ら、J.Control.Release、1998年、54:313~320ページに記載の方法に沿って調製した。
【実施例】
【0053】
すなわち、減圧乾燥したCHP(Cholesterol-bearing pullulan)(Mw=約100000g/mol、コレステロール置換率:1.2/100単糖)1000mgをジメチルスルホキシド(DMSO)200mlに溶解した。これにカルボニルジイミダゾール(CDI)300mgを窒素気流下に加え、35℃で4時間かけて反応させた。次いで、エチレンジアミン3300mgを添加し、35℃で24時間攪拌し、反応させることにより、CHP中のプルランの側鎖にカチオン性の官能基としてアミノ基を導入した。得られた反応溶液を、蒸留水により数日間かけて透析し、凍結乾燥することにより、0.905gの白色綿状固体を得た(Mw(原料のCHPに用いられているプルランの分子量から推測される値)=約100000g/mol、収率:82.3%)。
【実施例】
【0054】
このようにして合成したcCHPをPBSに攪拌溶解させた後、超音波処理して得られたcCHPナノゲル分散液におけるcCHPナノゲルのサイズ(平均粒径)は、動的光散乱計により分析した結果、30~40(平均32)nmであった。また、合成したcCHPナノゲルをH-NMR測定により分析した結果、エチレンジアミンが19個導入されていた。
【実施例】
【0055】
なお、CHPは、下記式(I)で表される化合物からなり、当該式中Rはそれぞれ独立して、水素原子、又は下記式(II)で表される官能基を表す。また、cCHPは、下記式(I)で表される化合物からなり、当該式中Rはそれぞれ独立して、水素原子、—C(=O)NHCNH又は下記式(II)で表される官能基を表す。
【実施例】
【0056】
【化1】
JP2020019754A_000002t.gif
【実施例】
【0057】
【化2】
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【実施例】
【0058】
前記と同様に調製したcCHPナノゲル分散液(ナノゲル2mg)と共に、前記FKSA(2.5×1010CFU)を2mLのPBS液中にて混合し、25℃で30分間インキュベートした。そして、1.25×1010CFU/mLになるようPBSにて調整し、FKSA捕捉cCHPナノゲルを調製した。
【実施例】
【0059】
なお、FKSA捕捉cCHPナノゲルの調製に際しては、粒径1μm程度のFKSAの表面を均一に被覆し得る条件について事前に検討を行い、cCHPナノゲルの死菌表面への吸着(被覆)が平衡に達する条件を見出すとともに、前記FKSAとcCHPナノゲルとの量比を決定した。
【実施例】
【0060】
(不活性化黄色ブドウ球菌とポリアクリル酸ナトリウムとの複合体形成)
前記抗原のデリバリーシステムとして、ポリアクリル酸ナトリウムも用いた。これらの複合体は、ナノゲル調整時と同量のFKSAを、0.06gのポリアクリル酸ナトリウムを5mLのPBSに溶かしたものと混合した。
【実施例】
【0061】
(不活性化黄色ブドウ球菌による鼻腔免疫)
3頭の乳牛の鼻腔内に、FKSA捕捉cCHPナノゲルを、各回間2週間あけて3回投与することにより(2mL/回)、鼻腔免疫を行なった。なお、当該投与は、乳牛の鼻腔内深部にある咽頭扁桃に、ソンデ針を筒先に備えたシリンジを用いて、前記ナノゲルを投与することにより行なった。また、後述の乳房内注入試験においては、3回目の鼻腔内投与後4週間以内に黄色ブドウ球菌を乳房内に注入した。
【実施例】
【0062】
なお、鼻腔免疫後は、乳房における局所的反応(乳房の均一性、乳汁の異常、食欲、及び乳汁の収率)、並びに全身反応(直腸温度、食欲)の点で、健康状態を判定するため、それら乳牛を臨床的に評価した。その結果、データは示さないが、有意な全身又は局所的反応は確認されなかった。
【実施例】
【0063】
(黄色ブドウ球菌の乳房内注入実験)
泌乳の初期段階にある、6頭の乳牛(3頭は非免疫の乳牛、3頭は鼻腔免疫した乳牛)に、黄色ブドウ球菌 BM1006株を注入した。なお、黄色ブドウ球菌注入前に、乳汁試料における細菌学的検査を実施し、黄色ブドウ球菌.は完全に陰性であることを確認している。
【実施例】
【0064】
黄色ブドウ球菌の乳房への注入は、Nagasawa Y.ら、Anim Sci J.、2018年、89:259~266ページに記載の方法に沿って行なった。すなわち、黄色ブドウ球菌を、約20コロニー形成ユニット(CFU)の濃度になるよう、PBSにて希釈し、黄色ブドウ球菌懸濁液を調製した。また、夕方の搾乳後に、各乳牛にある4つの乳房から2つの乳房を選択し、乳頭を風乾させ、黄色ブドウ球菌懸濁液をそれらの乳腺槽に注入した。残り2つの乳房には、等量のPBSをモックとして注入した。
【実施例】
【0065】
(乳汁試料の回収)
乳汁試料は、各朝の搾乳において各乳房毎に回収した。乳汁試料は、前記免疫0日(前記鼻腔免疫当日の免疫を行う前)から免疫後6週間、毎週回収した。また、黄色ブドウ球菌の乳房内注入実験を行なった場合には、注入0日(前記注入当日の注入を行う前)から注入後1週間にかけて、ずっと乳汁試料を回収した。
【実施例】
【0066】
(黄色ブドウ球菌量の分析)
乳汁試料における黄色ブドウ球菌量は、以下のとおりにして分析した。先ず、各乳汁試料の1mLアリコートを、ペトリフィルム黄色ブドウ球菌発現測定用プレート(3M,Minneapolis製)上に播き、37℃で24時間インキュベートした。そして、コロニーが赤紫以外に呈色した場合、ペトリフィルム黄色ブドウ球菌発現ディスクに供し、3時間インキュベートした。当該インキュベーション後、ピンク色のゾーンを形成したコロニーを黄色ブドウ球菌として数え、その結果に基づきCFU/mLを算出した。
【実施例】
【0067】
(黄色ブドウ球菌に対する特異的IgA抗体価の分析)
乳汁試料における黄色ブドウ球菌に対する特異的IgA抗体の力価を分析するため、酵素結合免疫吸着アッセイ(ELISA)を行った。具体的には、先ず、黄色ブドウ球菌に対する特異的IgA抗体を検出するため、FKSAを捕捉用抗原としてマイクロタイタープレートに直接コートした。96ウェルELISAプレート(C96 Maxisorpcert;Nunc-Immuno Plate,Thermo Fisher Scientific社製)に、FKSA含有PBSを5×10細胞/ウェルになるよう播き、オーブンにて、37℃で一晩乾燥させた。当該インキュベーション後、Tween20含有トリス緩衝生理食塩水(TBS-T)にてウェルを洗浄し、乳汁と共に室温にて90分間インキュベートした。TBSTにて5回洗浄した後、西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)結合ヒツジ由来抗ウシIgA抗体(Bethyl Laboratories,Inc.社製)をウェルに添加し、室温にて2時間インキュベートした。次いで、新しく調製した基質を添加し、3’,5,5’-テトラメチルベンジジン(TMB)マイクロウェルペルオキシダーゼ基質システム(KPL社製)を用い、450nmにおける吸光度(OD)を測定した。
【実施例】
【0068】
(黄色ブドウ球菌のClfAタンパク質に対する抗体価の分析)
上記のとおり、FKSA捕捉cCHPナノゲルを用いた鼻腔免疫を事前に施した3頭の乳牛に対し、黄色ブドウ球菌乳房内注入実験を行なった。また、FKSA捕捉cCHPナノゲルを前記FKSAとポリアクリル酸ナトリウムとの複合体に代えた以外は、上記同様に、鼻腔免疫及び乳房内注入実験を、1頭の乳牛に対して行なった。なお、FKSAとポリアクリル酸ナトリウムとの複合体の1回あたりの投与量は5mLである。さらに、コントロールとして、鼻腔免疫を施さなかった3頭の乳牛に対して、上記のとおり黄色ブドウ球菌を乳房内に注入したものも用意した。
【実施例】
【0069】
そして、これら乳牛から乳汁試料を各乳房毎に、上記方法にて、黄色ブドウ球菌を乳房内に注入してから4週間回収した。そして、乳汁試料における黄色ブドウ球菌のClfAタンパク質に対する抗体の力価を、ELISAにて分析した。なお、当該ELISAにおいては、FKSAの代わりに、5μg/ウェルのClfAタンパク質にて、マイクロタイタープレートをコーティングしたこと以外は、前記(黄色ブドウ球菌に対する特異的IgA抗体価の分析)同様にして行なった。なお、ClfAタンパク質は、大腸菌(BL21コンピテント細胞)でGST融合タンパクとして発現させ、抽出、精製した後、さらに、GST融合タンパク質切断用プロテアーゼ(GEヘルスケア社製、製品名:PreScission Protease)処理によりGSTタグを切断、除去することにより、調製したリコンビナントClfAタンパク質(全長)である。
【実施例】
【0070】
(統計分析)
統計分析に際して、黄色ブドウ球菌量と黄色ブドウ球菌特異的IgAの抗体価とが正規分布に従うよう、黄色ブドウ球菌量はlog10に変換した。グループ間の差は、スチューデントt検定を用いて評価した。黄色ブドウ球菌量と抗体価との関連性は、SASソフトウェア(SAS Institute Japan Ltd.社製)を用いた線形混合モデルに適用することによって分析した。また、スピアマンの順位相関係数及び非線形回帰分析を用い、黄色ブドウ球菌量と抗体価との関係性について評価した。なお、「P<0.05」及び「P<0.01」を、各々「有意」及び「非常に有意」であるとした。
【実施例】
【0071】
以下に、上記材料及び方法を用いて得られた結果を示す。
【実施例】
【0072】
(実施例1)
不活性化した黄色ブドウ球菌(FKSA)とカチオン性ナノゲルとの複合体を、乳牛の鼻腔内に投与することにより、当該乳牛の乳汁において、黄色ブドウ球菌に対するIgA抗体価が増加するかどうかを分析した。
【実施例】
【0073】
その結果、図1に示すとおり、前記鼻腔免疫した乳牛の乳汁(3頭の乳牛の12乳房、n=12)において、抗黄色ブドウ球菌特異的IgA抗体は、免疫前と比して、免疫後2週間、5週間及び6週間において有意に高かった(平均吸光度は、免疫後2週間:0.37,免疫後2週間:0.61,免疫後5週間:0.62及び免疫前:0.17であった。P<0.05)。
【実施例】
【0074】
また、図2に示すとおり、FKSAによる鼻腔免疫を施した乳牛から採取した乳汁における抗黄色ブドウ球菌特異的IgA抗体は、免疫しなかった乳牛(コントロール)のそれと比して、有意に増加した(平均吸光度は、鼻腔免疫群:0.49 vs 非免疫群:0.18であった。P<0.05)。
【実施例】
【0075】
したがって、黄色ブドウ球菌由来の抗原とカチオン性ナノゲルとの複合体を、乳牛の鼻腔内に投与することにより、当該乳牛の乳汁において、黄色ブドウ球菌に対するIgA抗体の力価を増強できることが、明らかになった。
【実施例】
【0076】
(実施例2)
FKSAとカチオン性ナノゲルとの複合体によって鼻腔免疫した後、黄色ブドウ球菌を乳房に接種することによって、実験的乳房炎モデルを確立した。そして、当該鼻腔免疫による効果について分析すべく、これらモデルから採取した乳汁における抗黄色ブドウ球菌特異的IgA抗体価及び黄色ブドウ球菌の量を調べた。
【実施例】
【0077】
その結果先ず、抗黄色ブドウ球菌特異的IgA抗体価に関しては、図3Aに示すとおり黄色ブドウ球菌を注入しなかった(モックとしてPBSを注入した)乳房から回収した乳汁において、当該注入0日~1週間後における有意差は、免疫しなかった乳牛及び鼻腔免疫した乳牛共に認められなかった(各群3頭の乳牛の6つの乳房、各n=6)。
【実施例】
【0078】
それに対し、図3Bに示すとおり、鼻腔免疫した乳牛の乳房に黄色ブドウ球菌を注入した場合(3頭の乳牛の6つの乳房、n=6)、当該注入後1週間の抗体価は0日目のそれと比して有意に増加した(平均吸光度は、注入後1週間:0.72 vs 0日目:0.42であった。P<0.05)。一方、免疫しなかった乳牛において、抗体価の有意な変化は認められなかった(3頭の乳牛の6つの乳房、n=6)。
【実施例】
【0079】
次に、乳汁における黄色ブドウ球菌の量を分析した結果、図4に示すとおり、免疫しなかった乳牛と比して、鼻腔免疫した乳牛において、乳房への注入による黄色ブドウ球菌の増殖は、有意に抑制されていた(各群3頭の乳牛の6つの乳房、各n=6。黄色ブドウ球菌量の平均値(=log10 CFU/mL)は、鼻腔免疫群:3.7 vs 非免疫群:5.2であった。P<0.05)。
【実施例】
【0080】
なお、モックを注入した場合、その1週間後の、免疫していない乳牛及び鼻腔免疫した乳牛の双方において、乳汁から黄色ブドウ球菌検出できないことは確認している(各3頭の乳牛の6つの乳房、各n=6)。
【実施例】
【0081】
さらに、前述の乳汁における黄色ブドウ球菌の増殖抑制は、FKSAとカチオン性ナノゲルとの複合体による鼻腔免疫によって増強した抗黄色ブドウ球菌特異的IgA抗体価によることを確認すべく、黄色ブドウ球菌注入後におけるこれら2数値間の相関を、スピアマンの順位相関係数によって分析した。
【実施例】
【0082】
その結果、図5に示すとおり、黄色ブドウ球菌を注入した乳房において、抗黄色ブドウ球菌特異的IgA抗体価と黄色ブドウ球菌量との間にて、非常に有意な負の相関が認められた(6頭の乳牛の12の乳房,n=12,r=-0.832,P<0.01)。
【実施例】
【0083】
したがって、黄色ブドウ球菌由来の抗原とカチオン性ナノゲルとの複合体を、乳牛の鼻腔内に投与することにより、黄色ブドウ球菌に対するIgA抗体の力価は増強され、乳房における黄色ブドウ球菌の増殖を抑えられることが、明らかになった。
【実施例】
【0084】
(実施例3)
次に、黄色ブドウ球菌に対する効果を、黄色ブドウ球菌由来の抗原の担体として、カチオン性ナノゲルを用いた場合と、他の担体(ポリアクリル酸ナトリウム)を用いた場合とで比較した。得られた結果を、図6~7Cに示す。
【実施例】
【0085】
なお、当該比較に際し、黄色ブドウ球菌に対する効果を評価するため、乳汁におけるClfAタンパク質に対するIgA抗体価を検出した。ClfAタンパク質は、黄色ブドウ球菌の膜タンパク質の1種であり、ウシ乳腺上皮細胞表面のAnnexinA2タンパク質と結合することにより、黄色ブドウ球菌の当該上皮細胞内への侵入過程を媒介することが知られている(Ashraf S.ら、Sci Rep.、2017年1月19日;7:40608 参照)。したがって、ClfAタンパク質に対する抗体価が高ければ、黄色ブドウ球菌の乳腺上皮細胞内への侵入に対する抑制効果が高い、すなわち黄色ブドウ球菌感染に対する防御効果が高いと評価することができる。
【実施例】
【0086】
先ず、FKSAとカチオン性ナノゲルあるいはポリアクリル酸ナトリウムとの複合体を、乳牛の鼻腔内に投与することにより、当該乳牛の乳汁において、ClfAに対するIgA抗体価が増加するかどうかを分析した。
【実施例】
【0087】
その結果、図6に示すとおり、3回の免疫後(最初の免疫を開始してから6週後)において、カチオン性ナノゲルを用いて事前にFKSAを鼻腔免疫していた乳牛の乳汁(3頭の乳牛の12乳房、n=12)における、抗ClfA特異的IgA抗体価は、免疫しなかった乳牛、及び、ポリアクリル酸ナトリウムを用いて事前にFKSAを鼻腔免疫していた乳牛と比して、有意に高かった。
【実施例】
【0088】
次に、前記各鼻腔免疫後、黄色ブドウ球菌を乳房に接種することによって、実験的乳房炎モデルを確立した。そして、各鼻腔免疫による効果について分析すべく、これらモデルから採取した乳汁におけるClfAに対するIgA抗体価を調べた。
【実施例】
【0089】
その結果、図7A及び7Bに示すとおり、免疫しなかった乳牛においては、前述の黄色ブドウ球菌に対する抗体価同様に、黄色ブドウ球菌を乳房に注入しても、ClfAタンパク質に対するIgA抗体価が増強されることはなかった。
【実施例】
【0090】
それに対し、カチオン性のナノゲルを用い、事前にFKSAを鼻腔免疫していた乳牛においては、黄色ブドウ球菌注入直後から、ClfAタンパク質に対するIgA抗体価は顕著に上昇した。一方、ポリアクリル酸ナトリウムを用い、事前に鼻腔免疫していた乳牛においては、黄色ブドウ球菌を注入させてから約2週間まで、ClfAタンパク質に対するIgA抗体価の上昇は認められなかった(図7C 参照)。
【実施例】
【0091】
また、データには示さないが、黄色ブドウ球菌注入後の臨床症状を、カチオン性ナノゲルを用いた場合、ポリアクリル酸ナトリウムを用いた場合、免疫しなかった場合とで比較すると、カチオン性ナノゲルを用いてFKSAを鼻腔免疫していた乳牛が最も軽微な症状を示していた。特に、免疫しなかった乳牛における4頭中1頭は、急性型乳房炎となり安楽殺に至ったが、カチオン性ナノゲルを用いて鼻腔免疫した乳牛ではそのような発症例は見られなかった。
【実施例】
【0092】
したがって、カチオン性ナノゲルを用い、黄色ブドウ球菌由来の抗原を鼻腔免疫した場合、黄色ブドウ球菌の接種直後から、ClfAタンパク質に対するIgA抗体価が上昇することにより、当該細菌の乳房内への侵入を防ぎ、ひいては当該細菌の感染を効果的に防御できることが明らかになった。一方、他の担体を用いた場合には、このような接種直後からの抗体価の上昇は認められず、カチオン性ナノゲルと比して黄色ブドウ球菌に対する感染防御効果は劣ったものであった。
【産業上の利用可能性】
【0093】
以上説明したように、本発明によれば、乳房炎を予防することが可能となる。したがって、本発明は、酪農業において極めて有用である。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3A】
2
【図3B】
3
【図4】
4
【図5】
5
【図6】
6
【図7A】
7
【図7B】
8
【図7C】
9