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明細書 :ヒト神経幹細胞から分化誘導処理により神経細胞を作製する方法、神経細胞分化誘導用試薬、および、神経細胞分化誘導用キット

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 再公表特許(A1)
発行日 令和2年4月9日(2020.4.9)
発明の名称または考案の名称 ヒト神経幹細胞から分化誘導処理により神経細胞を作製する方法、神経細胞分化誘導用試薬、および、神経細胞分化誘導用キット
国際特許分類 C12N   5/0793      (2010.01)
C12N   5/10        (2006.01)
C12N   5/0797      (2010.01)
FI C12N 5/0793
C12N 5/10
C12N 5/0797
国際予備審査の請求 未請求
全頁数 21
出願番号 特願2019-527674 (P2019-527674)
国際出願番号 PCT/JP2018/024843
国際公開番号 WO2019/009205
国際出願日 平成30年6月29日(2018.6.29)
国際公開日 平成31年1月10日(2019.1.10)
優先権出願番号 2017131308
優先日 平成29年7月4日(2017.7.4)
優先権主張国 日本国(JP)
指定国 AP(BW , GH , GM , KE , LR , LS , MW , MZ , NA , RW , SD , SL , ST , SZ , TZ , UG , ZM , ZW) , EA(AM , AZ , BY , KG , KZ , RU , TJ , TM) , EP(AL , AT , BE , BG , CH , CY , CZ , DE , DK , EE , ES , FI , FR , GB , GR , HR , HU , IE , IS , IT , LT , LU , LV , MC , MK , MT , NL , NO , PL , PT , RO , RS , SE , SI , SK , SM , TR) , OA(BF , BJ , CF , CG , CI , CM , GA , GN , GQ , GW , KM , ML , MR , NE , SN , TD , TG) , AE , AG , AL , AM , AO , AT , AU , AZ , BA , BB , BG , BH , BN , BR , BW , BY , BZ , CA , CH , CL , CN , CO , CR , CU , CZ , DE , DJ , DK , DM , DO , DZ , EC , EE , EG , ES , FI , GB , GD , GE , GH , GM , GT , HN , HR , HU , ID , IL , IN , IR , IS , JO , JP , KE , KG , KH , KN , KP , KR , KW , KZ , LA , LC , LK , LR , LS , LU , LY , MA , MD , ME , MG , MK , MN , MW , MX , MY , MZ , NA , NG , NI , NO , NZ , OM , PA , PE , PG , PH , PL , PT , QA , RO , RS , RU , RW , SA , SC , SD , SE , SG , SK , SL , SM , ST , SV , SY , TH , TJ , TM , TN , TR , TT
発明者または考案者 【氏名】平野 和己
【氏名】波平 昌一
出願人 【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
審査請求
テーマコード 4B065
Fターム 4B065AA93X
4B065AB01
4B065BA30
4B065BD26
4B065BD27
4B065BD34
4B065BD39
4B065CA44
要約 神経幹細胞の神経分化を促進させる方法の提供を課題とする。
ヒト神経幹細胞から分化誘導処理により神経細胞を作製する方法であって、ヒト神経幹細胞を、FADを含む神経細胞分化誘導用培地を用いて分化誘導処理を行う工程を含む、方法。
特許請求の範囲 【請求項1】
ヒト神経幹細胞から分化誘導処理により神経細胞を作製する方法であって、
前記ヒト神経幹細胞を、FADを含む神経細胞分化誘導用培地を用いて分化誘導処理する工程を含む、方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法であって、
神経突起の伸長が促進された神経細胞を作製するための、方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の方法であって、
前記分化誘導処理する工程において、前記FADが前記ヒト神経幹細胞内へ取り込まれるための細胞膜透過処理を含む、方法。
【請求項4】
請求項3に記載の方法であって、
前記細胞膜透過処理が、前記神経細胞分化誘導用培地への膜透過促進剤の添加である、方法。
【請求項5】
請求項4に記載の方法であって、
前記膜透過促進剤がジメチルスルフォオキシドまたはメタノールである、方法。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載の方法であって、
前記FADが1~100nMの範囲で前記神経細胞分化誘導用培地中に含まれる、方法。
【請求項7】
請求項4または5に記載の方法であって、
前記膜透過促進剤が0.01~1%(V/V)の範囲で前記神経細胞分化誘導用培地中に含まれる、方法。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載の方法であって、
前記ヒト神経幹細胞が、体細胞由来、iPS細胞由来、ES細胞由来、胎児脳由来、または、生体脳由来の神経幹細胞である、方法。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか一項に記載の方法であって、
前記分化誘導処理工程の前に、EGFおよび/またはbFGFの存在下、神経幹細胞を前培養する工程をさらに含む、方法。
【請求項10】
FADを含む神経細胞分化誘導用試薬。
【請求項11】
分化した神経細胞の神経突起の伸長を促進させるための、請求項10に記載の神経細胞分化誘導用試薬。
【請求項12】
FAD、および、膜透過促進剤を含む神経細胞分化誘導用キット。
【請求項13】
分化した神経細胞の神経突起の伸長を促進させるための、請求項12に記載の神経細胞分化誘導用キット。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト神経幹細胞から分化誘導処理により神経細胞を作製する方法、神経細胞分化誘導用試薬、および、神経細胞分化誘導用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
哺乳類の中枢神経系に存在する神経細胞とグリア細胞は神経幹細胞より産生される。この神経幹細胞の性質を利用し、傷ついた神経系の治療を目的とした再生医療の実現や、創薬における薬剤スクリーニング、薬効性および毒性の評価などへの貢献が期待されている。
【0003】
近年、マウスやラットなどのげっ歯類の神経幹細胞と、ヒトを含む霊長類の神経幹細胞の性質が異なることが報告された(非特許文献1および2)。例えば、げっし類の大脳皮質脳室帯に位置する神経幹細胞は、興奮性神経細胞への分化能のみを有するが、霊長類神経幹細胞は、興奮性神経細胞だけではなく抑制性神経細胞への分化能も有することが報告されている。
【0004】
医療や創薬への応用の為には、ヒト神経幹細胞を安定的に培養し、効率的に神経細胞へ分化誘導する技術が必要になる。したがって、ヒト神経幹細胞の効率的な神経分化誘導を、確実にしかも簡便に実現するための手法の開発が望まれており、併せて、その分子機構の解明も望まれている。
【0005】
例えば、ヒト神経幹細胞から神経細胞へ分化させる方法として、非特許文献3では、ヒト神経幹細胞用培養液から、18日間かけて段階的に、B27(1x)(登録商標)とBDNF(20ng/ml)を加えたNeurobasal(登録商標)培地に置換することで、ヒト神経幹細胞からの神経分化誘導を行ったことが報告されている。この誘導方法によれば、約2週間で、未成熟神経細胞マーカーであるdoublecortin (DCX)、βIII-Tubulinの発現が見られる。しかしながら、この神経細胞の誘導効率は40%程度であり、十分な誘導効率が得られているとは言い難い。
【先行技術文献】
【0006】

【非特許文献1】Borrell V, Reillo I. Emerging roles of neural stem cells in cerebral cortex development and evolution. Dev Neurobiol. (2012) 72:955-971
【非特許文献2】Letinic K, Zoncu R, Rakic P. Origin of GABAergic neurons in the human neocortex. Nature. (2002) 417:645-649
【非特許文献3】Sun Y, Pollard S, Conti L, Toselli M, Biella G, Parkin G, Willatt L, Falk A, Cattaneo E, Smith A. Long-term tripotent differentiation capacity of human neural stem (NS) cells in adherent culture. Mol. Cell. Neurosci. (2008) 38:245-258
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、神経幹細胞の神経分化を促進させる方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、これまでヒト神経幹細胞の神経分化にLysine-Specific-Demethylase 1 (LSD1)が必要である事を明らかにしている(Stem Cells. (2016) 34:1872-1882.)。LSD1はflavin adenine dinucleotide (FAD)を補酵素とするフラボプロテインである。本発明者らは、上記課題を解決するため、LSD1の補酵素であるFADとその誘導元であるflavin mononucleotide (FMN)またはリボフラビンの投与が、LSD1の活性を促進させ、神経分化誘導を促進させるか否かについて検討を試みた。その結果、本発明者らは、ヒト神経幹細胞を神経細胞へ分化させる培養において、FADを添加することにより、誘導効率が増加することを見出した。
リボフラビン(別名ビタミンB2)に関しては、これまでに、ヒトの神経系細胞の増殖能を亢進させる方法として、培養液に添加できることが報告されていた(American Journal of Biomedical Research. (2013) 1:28-34)。当該文献においては、リボフラビンのヒト神経系細胞の増殖能への影響について報告があるが、ヒト神経幹細胞から神経細胞への分化誘導時に与える影響については報告がなかった。リボフラビンは、生体内において各種酵素の作用により順次FMN、FADへと変換される。これらFMNやFADに関しても、ヒト神経幹細胞の神経細胞への分化誘導時に与える影響については報告がない。このように、FADの存在下、ヒト神経幹細胞の分化誘導を効率的に行う方法は、本発明者らにより初めて完成されたものである。
【0009】
すなわち、本発明は以下の態様を含む。
本発明は、一態様において、
〔1〕ヒト神経幹細胞から分化誘導処理により神経細胞を作製する方法であって、
前記ヒト神経幹細胞を、FADを含む神経細胞分化誘導用培地を用いて分化誘導処理する工程を含む、方法に関する。
ここで、本発明の作製方法は、一実施の形態において、
〔2〕上記〔1〕に記載の方法であって、
神経突起の伸長が促進された神経細胞を作製するための方法であることを特徴とする。
また、本発明の作製方法は、一実施の形態において、
〔3〕上記〔1〕または〔2〕に記載の方法であって、
前記分化誘導処理する工程において、前記FADが前記ヒト神経幹細胞内へ取り込まれるための細胞膜透過処理を含むことを特徴とする。
また、本発明の作製方法は、一実施の形態において、
〔4〕上記〔3〕に記載の方法であって、
前記細胞膜透過処理が、前記神経細胞分化誘導用培地への膜透過促進剤の添加であることを特徴とする。
また、本発明の作製方法は、一実施の形態において、
〔5〕上記〔4〕に記載の方法であって、
前記膜透過促進剤がジメチルスルフォオキシド(DMSO)またはメタノールであることを特徴とする。
また、本発明の作製方法は、一実施の形態において、
〔6〕上記〔1〕~〔5〕のいずれかに記載の方法であって、
前記FADが1~100nMの範囲で前記神経細胞分化誘導用培地中に含まれることを特徴とする。
また、本発明の作製方法は、一実施の形態において、
〔7〕上記〔4〕または〔5〕のいずれかに記載の方法であって、
前記膜透過促進剤が0.01~1%(V/V)の範囲で前記神経細胞分化誘導用培地中に含まれることを特徴とする。
また、本発明の作製方法は、一実施の形態において、
〔8〕上記〔1〕~〔7〕のいずれかに記載の方法であって、
前記ヒト神経幹細胞が、体細胞由来、人工多能性幹(iPS)細胞由来、胚性幹(ES)細胞由来、胎児脳由来、または、生体脳由来の神経幹細胞であることを特徴とする。
また、本発明の作製方法は、一実施の形態において、
〔9〕上記〔1〕~〔8〕のいずれかに記載の方法であって、
前記分化誘導処理工程の前に、epidamal growth factor (EGF)および/またはbasic fibroblast growth factor (bFGF)の存在下、神経幹細胞を前培養する工程をさらに含むことを特徴とする。
また、本発明は、別の態様において、
〔10〕FADを含む神経細胞分化誘導用試薬に関する。
ここで、本発明の神経細胞分化誘導用試薬は、一実施の形態において、
〔11〕分化した神経細胞の神経突起の伸長を促進させるための、上記〔10〕に記載の神経細胞分化誘導用試薬であることを特徴とする。
また、本発明は、別の態様において、
〔12〕FAD、および、膜透過促進剤を含む神経細胞分化誘導用キットに関する。
ここで、本発明の神経細胞分化誘導用キットは、一実施の形態において、
〔13〕分化した神経細胞の神経突起の伸長を促進させるための、上記〔12〕に記載の神経細胞分化誘導用キットであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法によれば、より短い時間で、ヒト神経幹細胞から効率的に神経細胞の分化誘導を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】ヒト神経幹細胞を、FAD、FMN、または、リボフラビンを添加した神経分化用培養液を用いて7日間培養し、神経細胞マーカーであるDCXの蛍光免疫染色を行った。図1は、分化誘導処理後の細胞群におけるDCX陽性細胞数と、コントロール群(DMSO(最終濃度0.1%(V/V))を添加した神経分化用培養液で培養)におけるDCX陽性細胞数の比を示す。
【図2】図2上段は、ヒト神経幹細胞を、DMSOで溶解した100nM FADを添加した神経分化用培養液を用いて7日間培養し、蛍光免疫染色を行った写真図である。神経細胞マーカーとしてDCX、CTIP2に対する抗体を、神経幹細胞マーカーとしてSOX2に対する抗体を用いた。またDAPIで核を染色した。図2下段は、各マーカー陽性細胞数の割合について、FAD添加群とコントロール群とを比較したグラフを示す。エラーバーは標準偏差を示す。T検定を用いて統計処理を行った。(*P < 0.05, ** P < 0.01, *** P < 0.005, **** P < 0.001)
【図3】ヒト神経幹細胞を、DMSOで溶解した100nM FADを添加した神経分化用培養液を用いて7日間培養し、リアルタイムPCRにより遺伝子発現解析を行った結果を示すグラフである。抑制性神経細胞マーカーであるGAD1及びGAD2の発現を解析した。発現量は、コントロール群における発現量を1.0とした際の相対値で示す。エラーバーは標準偏差を示す。
【図4】図4上段は、ヒト神経幹細胞をDMSOで溶解した100nM FADを添加した神経分化用培養液で7日間培養し、培養後の細胞についてPropidium Iodide(PI)および5-エチニル-2'-デオキシウリジン(EdU)の取り込みの観察を行った写真図を示す。PIは死細胞に取り込まれ、EdUは増殖性の細胞に取り込まれる。白枠の写真は、DAPI染色を示している。図4下段は、PIまたはEdUを取り込んだ細胞数の割合について、DMSOで溶解した100nM FAD添加群とコントロール群とを比較したグラフを示す。エラーバーは標準偏差を示す。T検定を用いて統計処理を行った。(n.s.:有意差なし)
【図5】図5Aは、ヒト神経幹細胞をDMSOで溶解した100nM FADを添加した神経分化用培養液で7日間培養し、神経細胞マーカーである抗DCX抗体を用いた蛍光免疫染色を行った写真図である。写真中の矢印で示した突起の細胞体側から先端までの長さを神経突起の長さとした。図5Bは、各細胞の神経突起の長さを計測し、その平均値と標準偏差を示したグラフである。T検定を用いて統計処理を行った。(*P < 0.05)
【図6】図6上段は、各溶媒における100μM FADの溶解の程度を示した写真図である。FADの溶解が不十分な溶液では沈殿が認められ、溶液の色が希薄になる。それらの情報をもとに、溶解度を3段階に分類した(○完全に溶解、△一部溶解する、×ほとんど溶解しない)。次に、これらの溶液を、ヒト神経幹細胞の神経分化誘導培地中に0.1%(V/V)(最終濃度100nM FAD)になるように添加し、7日間培養した。培養後、神経細胞マーカーである抗DCX抗体を用いた蛍光免疫染色を行った。図6下段では、DCX陽性細胞数の割合について、FAD添加群とコントロール群とを比較したグラフを示す。エラーバーは標準偏差を示す。T検定を用いて統計処理を行った。(*P < 0.05, **** P < 0.001)
【図7】図7上段は、ヒトiPS細胞由来神経幹細胞を、DMSOで溶解した100nM FADを添加した神経分化用培養液を用いて10日間分化誘導処理を行い、抗DCX抗体および抗SOX2抗体を用いた蛍光免疫染色を行った写真図である。またDAPIで核を染色している。図7下段は、各マーカー陽性細胞数の割合について、FAD添加群とコントロール群とを比較したグラフを示す。エラーバーは標準偏差を示す。T検定を用いて統計処理を行った。(*P < 0.05, ** P < 0.01, *** P < 0.005, **** P < 0.001)
【発明を実施するための形態】
【0012】
1.定義
本明細書において「神経幹細胞」とは、自己複製能と神経細胞やグリア細胞(アストロサイト、オリゴデンドロサイト)への分化能を併せもった、神経系の未分化な組織幹細胞である。神経幹細胞の未分化性の維持に、SOX2、HES1およびHES5などの転写因子が重要な役割を担っていることから、これらの転写因子は神経幹細胞のマーカーとしてよく用いられる。
本発明に使用される「ヒト神経幹細胞」は、胎児由来の神経幹細胞のみならず、神経細胞への分化能を有する全ての細胞、例えば、成体脳に存在する成体神経幹細胞、さらにES細胞、iPS細胞や、それらを介して作成された神経幹細胞、線維芽細胞などの体細胞から直接リプログラミングを経て作成された神経幹細胞(Cell Stem Cell. 2012 11:100-109)を含む。
本明細書において「神経細胞」とは、神経幹細胞から産生される分裂能を有さない細胞であり、グリア細胞(アストロサイト、オリゴデンドロサイト)とは区別される。神経細胞のほとんどが胎生期に産生される、一方、成体脳の一部においても生涯にわたり神経幹細胞から神経細胞が産生され続けることが知られている。神経細胞は神経系を構築する細胞であり、情報伝達の中枢である。神経細胞には、様々なサブタイプがあり、それぞれ役割が異なるが、シナプス伝達の作用の違いから、興奮性神経細胞(CTIP2などがマーカーとなる)、抑制性神経細胞(GAD1、2などがマーカーとなる)に大きく分類することができる。一方、神経分化の過程で共通の遺伝子群の発現の上昇が知られている。すなわち、Neurogenin、DCX、βIII-tubulinなどであり、一般的な神経細胞マーカーとしても用いられる。

【0013】
本明細書において「神経細胞分化誘導用培地」とは、神経幹細胞を神経細胞へ分化させるために用いられる培地をいう。一般的に、HESファミリーなどの神経幹細胞の維持に働く因子の発現減少と、Neurogeninなどの神経分化に働く因子の発現増加を誘導できる培地を用いることができる。
このような神経細胞分化誘導用培地は公知のものを使用することができる。具体的には、以下に限定されないが、例えば、神経幹細胞を分化誘導するためのB27および/またはL-グルタミンを含有する神経細胞用基礎培地、B27、L-グルタミン、N2、および、FBSを含有する神経細胞用基礎培地などを挙げることができる。
神経細胞用基礎培地とは、ヒト神経幹細胞を増殖し得る培養液である限り特に制限されず、例えば、少なくとも1種類の糖類と、少なくとも1種類の無機塩類、少なくとも1種類のアミノ酸類、及び、少なくとも1種類のビタミン類を含む培地であることが好ましい。

【0014】
神経細胞用基礎培地に含まれる糖類としては、具体的には、グルコース、マンノース、フルクトース、ガラクトース等の単糖類や、スクロース、マルトース、ラクトース等の二糖類を挙げることができる。糖類は、2種類以上を組み合わせて添加されていてもよい。

【0015】
神経細胞用基礎培地に含まれる無機塩類としては、具体的には、塩化カルシウム、硝酸カルシウム、硫酸銅五水和物、硝酸鉄(III)九水和物、硫酸鉄(II)七水和物、塩化マグネシウム六水和物、硫酸マグネシウム、塩化カリウム、塩化ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム二水和物、リン酸二水素ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム一水和物、リン酸二水素ナトリウム二水和物、亜セレン酸ナトリウム五水和物、硫酸亜鉛七水和物などを挙げることができる。また、2種類以上を組み合わせて添加されていてもよい。

【0016】
神経細胞用基礎培地に含まれるアミノ酸類としては、具体的には、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、シスチン、システイン、グルタミン、グリシン、ヒスチジン、グルタミン酸、ヒドロキシプロリン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、スレオニン、トリプトファン、チロシン、バリン等から選ばれる1種又は2種以上のアミノ酸類である。好ましくはL-体のアミノ酸とそれらの誘導体及びそれらの塩並びにそれらの水和物などの派生物を挙げることができる。

【0017】
神経細胞用基礎培地に含まれるビタミン類としては、具体的には、ビオチン、コリン、葉酸、イノシトール、ナイアシン、パントテン酸、ピリドキシン、リボフラビン、チアミン、ビタミンB12、パラアミノ安息香酸(PABA)、アスコルビン酸から選択される1種又は2種以上のビタミン(類)と、これらの成分各々の誘導体及びそれらの塩並びにそれらの水和物などの派生物を挙げることができる。例えば、上記コリンとしては、塩化コリン等のコリンの派生物を挙げることができ、ナイアシンとしては、ニコチン酸、ニコチン酸アミド、ニコチニックアルコール等のナイアシンの派生物を挙げることができ、パントテン酸としては、パントテン酸カルシウム、パントテン酸ナトリウム、パンテノール等のパントテン酸の派生物を挙げることができ、ピリドキシンとしては、ピリドキシン塩酸塩、ピリドキサール塩酸塩、リン酸ピリドキサール、ピリドキサミン等のピリドキシンの派生物を挙げることができ、チアミンとしては、塩酸チアミン、硝酸チアミン、硝酸ビスチアミン、チアミンジセチル硫酸エステル塩、塩酸フルスルチアミン、オクトチアミン、ベンフォチアミン等のチアミンの派生物等を挙げることができ、アスコルビン酸としては、アスコルビン酸2-リン酸エステル(Ascorbic acid 2-phosphate)、アスコルビン酸リン酸マグネシウム、アスコルビン酸硫酸ナトリウム、リン酸アスコルビルアミノプロピル、アスコルビン酸リン酸ナトリウム等のアスコルビン酸の派生物を挙げることができる。

【0018】
その他成分としては、HEPES等の緩衝剤、ヌクレオチド等の核酸、ピルビン酸、及びその誘導体及びそれらの塩並びにそれらの水和物などの派生物、フェノールレッドなどを挙げることができ、上記ヌクレオチドとしては、ATP、UTP、GTP、CTP、好ましくはこれら4種の等モル混合物を好ましく挙げることができ、ピルビン酸の派生物としてはピルビン酸ナトリウムを好ましく挙げることができる。また、培地中には例えば液性因子として、DBNFなどを用いることもできる。

【0019】
このような神経細胞用基礎培地としては、以下に限定されないが、Neurobasal(登録商標)培地(Life Technologies社製)、Gem21 neuroplex(登録商標)(Gemini Bio-Products社製)及びN-2 Supplement(Life Technologies社製)、DMEM/F12培地などを挙げることができる。よって、神経幹細胞分化誘導用培地としては、以下に限定されないが、例えば、B27およびL-グルタミンを含有するNeurobasal培地やB27、L-グルタミン、N2、および、FBSを含有するDMEM/F12培地(Stem Cells. (2016) 34:1872-1882.)、または、市販されている培地としてSTEMdiff Neural Induction Medium (ST-05835, ST-05839)などを挙げることができる。
例えば、神経細胞分化誘導用培地としてB27およびL-グルタミンを含有するNeurobasal培地を用いる際には、一実施の形態として、Neurobasal培地に対して、B27を1/50~1/1000の体積比の範囲で、L-グルタミンを1~10μMの範囲で添加したものを用いることができる。

【0020】
本発明に用いられる神経細胞分化誘導用培地は、これらの公知の培地にFADが添加されたものである。ここでFAD(flavin adenine dinucleotide)とは、代謝反応に必要な酸化還元反応における補因子の一つである。FADはリボフラビンからFMNを経て誘導され、LSD1の補酵素として働く機能を有する。本発明に用いられるFADは、特に制限されず、市販のものを用いることができる。
本発明に使用される神経細胞分化誘導培地中には、以下の範囲に制限されないが、1~1000nMの範囲内でFADが含まれていることが好ましく、1~100nMの範囲内で含まれていることがより好ましい。上記範囲内でFADを含むことにより、ヒト神経幹細胞から神経細胞への分化を短い時間でより効率的に誘導することができる。
なお、FADは、そのままでは神経幹細胞の細胞膜を透過しないため、公知の方法を用いて細胞膜を透過させることが好ましい。培養液中のFADについて神経幹細胞の細胞膜を透過させる方法としては、膜透過促進剤の併用、マイクロインジェクションやエレクトロポレーションなどの物理的手法の採用、膜透過ペプチドの利用、ウイルスエンベロープの膜融合する性質を利用して細胞内に輸送する方法、リポソームなどの小胞内にFADを封入して細胞内へ輸送する方法などを挙げることができる。好ましくは、膜透過促進剤の利用である。

【0021】
すなわち、本発明の一実施の形態においては、分化誘導処理の工程において、FADがヒト神経幹細胞内へ取り込まれるための細胞膜透過処理を含む。細胞膜透過処理は、上記に列挙する公知の手法を採用することができる。好ましい一実施の形態において、細胞膜透過処理は、神経細胞分化誘導用培地への膜透過促進剤の添加である。本明細書において「膜透過促進剤」とは、FADを神経幹細胞の細胞膜を透過させて細胞内へ輸送可能な化合物である。このような膜透過促進剤としては、1.FADの溶解が可能であり、2.FADの細胞内部への透過性(細胞膜透過性)を高めることができ、3.培養細胞へのダメージが少ないという条件を満たす溶媒であれば制限されない。さらに好ましくは、非プロトン性極性溶媒の性質を有するものである。このような膜透過促進剤に用いられる物質としては、例えば、ジメチルスルホキシド(DMSO)やメタノール(MeOH)などを挙げることができる。膜透過促進剤としてDMSOを用いる際には、以下の範囲に制限されないが、神経細胞分化誘導用培地中に0.01~1%(V/V)の範囲内、より好ましくは0.01~0.1%(V/V)の範囲内で使用することができる。1%を超えると細胞に対する毒性を生じるおそれがある。最も好ましくは、0.1%(V/V)である。また、当業者であれば用いる膜透過促進剤ごとに上記濃度を参照して適宜好ましい濃度を設定することができる。

【0022】
本明細書において「神経幹細胞維持用培地」とは、神経幹細胞の分化能などの特性を維持したまま増殖させるために用いられる培地である。本発明に用いられる神経幹細胞維持用培地は公知のものを使用することができる。神経幹細胞の分化能を維持したまま細胞増殖できるものであれば特に限定されず、bFGFおよび/またはEGFを含有する神経細胞用基礎培地を用いることができる。公知の培地としては、例えば、bFGF、EGFおよびN2を含有するDMEM/F12培地(Stem Cells. (2016) 34:1872-1882.)や、市販されているRHB-A(Y40001)などを挙げることができる。神経幹細胞維持用培地には、その他の因子やサプリメントが添加されていてもよく、例えば、B27サプリメントがさらに添加されたものを用いることができる。

【0023】
2.ヒト神経幹細胞の調製
ヒト神経幹細胞は、成体の脳や胎児の脳から初代培養したものや、生体から採取され培養液中で継代・維持されたものを用いることもできる。または、胚性幹(ES)細胞(J Cell Sci. 1995; 108:3181-3188、Genes Dev. 2008;22:152-165.)やiPS細胞(Stem Cell Res Ther. 2013;4:73)から分化誘導により作製された神経幹細胞や体細胞からリプログラミングにより調製された神経幹細胞(Cell Stem Cell. 2012 11:100-109)を用いることもできる。
生体から神経幹細胞を採取する手法や、採取後に、培養液中で継代・維持する手法は公知であり、当業者であれば適宜実施することができる。なお、生体より採取した神経幹細胞の継代・維持のための培養には、上記に記載する神経幹細胞維持用培地を用いることができる。ヒト胚性幹細胞(ES)細胞やヒトiPS細胞から神経幹細胞を分化誘導する手法も公知であり、例えば、J Cell Sci. 1995; 108:3181-3188、Stem Cell Res Ther. 2013;4:73に記載されている。体細胞からリプログラミングにより神経幹細胞を得る手法は、例えば、Cell Stem Cell. 2012 11:100-109に記載されている。

【0024】
本発明の方法に用いられるヒト神経幹細胞は、神経幹細胞維持用培地を用いて前培養したものであることが好ましい。すなわち、本発明の神経細胞を作製する方法における一実施の形態は、分化誘導処理工程の前に、EGFおよび/またはbFGFの存在下、神経幹細胞を前培養する工程をさらに含む。
神経幹細胞の前培養においては、接着性の低い幹細胞の接着を促進するために培養皿がプレコートされているものを用いることが好ましい。このようなプレコート処理は、神経幹細胞の培養に用いられる公知のものであればよく、例えば、poly-L-ornitin/lamininコートされた培養皿を用いることができる。
前培養の培養期間は培養する細胞の由来や状態により適宜設定することができる。以下に制限されないが、例えば、3~5日間行うことができる。培養は、37℃、5%CO2で行うことができる。
前培養の具体例を挙げると、市販のヒト胎児大脳皮質由来の神経幹細胞を用いる場合には、ラミニンコートした培養ディッシュに1~2×104cells/cm2で神経幹細胞を播種し、EGF(1~50ng/ml、好ましくは20ng/ml)、bFGF(1~50ng/ml、好ましくは10ng/ml)を含むN2B27培地を用いて4日間培養することができる。4日間の培養後に、神経幹細胞が80~90%のコンフルエントの状態になっていることを確認して、分化誘導の処理を開始することができる。

【0025】
3.分化誘導方法
本発明は、一態様において、ヒト神経幹細胞から分化誘導処理により神経細胞を作製する方法を提供するものである。本態様における方法は、ヒト神経幹細胞を、FADを含む神経細胞分化誘導用培地を用いて分化誘導処理を行う工程を含むことを特徴とする。
具体的には、ヒト神経幹細胞を含む培養液を神経細胞分化誘導用培地に置き換えることで、神経細胞への分化を誘導することができる。
好ましい一実施の形態においては、前培養したヒト神経幹細胞の神経幹細胞維持用培地を神経細胞分化誘導用培地に置き換えることにより実施することができる。
この分化誘導工程に用いられる培養皿は、神経幹細胞の前培養と同様にプレコートされたものを用いることが好ましい。
分化誘導処理工程における培養は、以下に制限されないが、4~30日間行うことが好ましく、7~14日間行うことがより好ましい。また、培養は、37℃、5%CO2の条件下で行うことができる。培地の交換は、3~4日に一度行うことが好ましい。

【0026】
上記の分化誘導処理を行うことで、神経幹細胞は神経細胞へと分化する。神経細胞へ分化したことは、各種マーカー(DCX、CTIP2、SOX2)を測定することにより評価することができる。これらマーカーの測定は、公知の手法を用いることができ、例えば、下記実施例に示すように免疫染色により各種マーカー陽性細胞をカウントすることができる。DCXは未成熟神経細胞マーカーであり、神経幹細胞から神経細胞への分化の過程でDCXの発現は増加する。また、CTIP2は興奮性神経細胞マーカーであり、CTIP陽性細胞は興奮性神経細胞へ分化したことを示す。また、抑制性神経細胞への分化を評価する手法として、抑制性神経細胞マーカーであるGAD1、GAD2の遺伝子発現を解析することもできる。対象とする神経幹細胞群におけるGAD1、GAD2の遺伝子発現の増加は、抑制性神経細胞へ分化していることを示す。一方、SOX2は神経幹細胞マーカーであり、神経細胞への分化の過程でその発現は減少する。
また、FADの存在下において神経幹細胞より分化誘導された神経細胞は、FAD非存在下で分化誘導された神経細胞と比較して、より伸長した神経突起を有する。よって、本発明に係るヒト神経幹細胞から分化誘導処理により神経細胞を作製する方法は、一実施の形態において、神経突起の伸長が促進された神経細胞の作製方法を提供する。
なお伸長した神経突起の長さは、神経突起に特異的な抗DCX抗体などを用いて免疫染色することにより評価することができる。

【0027】
4.神経細胞分化誘導用試薬
本発明は、別の態様において、FADを含む神経細胞分化誘導用試薬を提供する。FADを含む神経細胞分化誘導用試薬は、神経幹細胞から神経細胞への分化誘導処理に使用される。本試薬を神経幹細胞から神経細胞への分化誘導処理に用いることで、処理に必要な期間を短時間とすることができ、かつ、神経細胞への分化効率を向上させることができる。FADを含む神経細胞分化誘導用試薬は、以下の使用態様に制限されないが、主に、分化誘導用培地に添加して使用される。神経細胞分化誘導培地中には、以下の範囲に制限されないが、終濃度として1~1000nMの範囲内でFADが含まれていることが好ましく、1~100nMの範囲内でFADが含まれていることがより好ましい。
また、本発明に係るFADを含む神経細胞分化誘導用試薬は一実施の形態において、分化した神経細胞の神経突起の伸長を促進させるための神経細胞分化誘導用試薬として提供することができる。

【0028】
5.神経細胞分化誘導用キット
本発明は、別の態様において、神経細胞分化誘導用キットを提供する。
本発明の神経細胞分化誘導用キットは、FAD、および、膜透過促進剤を含む。または、本発明の神経細胞分化誘導用キットは、FADを含む神経細胞分化誘導用試薬、および、膜透過促進剤を含む。本発明の神経細胞分化誘導用キットは、神経幹細胞から神経細胞への分化誘導処理に使用される。本試薬を神経幹細胞から神経細胞への分化誘導処理に用いることで、処理に必要な期間を短時間とすることができ、かつ、神経細胞への分化効率を向上させることができる。膜透過促進剤としては、上記に定義するもの、および、濃度で使用することができる。
本発明の神経細胞分化誘導用キットには、その他、分化誘導処理や前培養に用いられる培養液、培養皿などを含むことができる。
また、本発明に係るFAD、および、膜透過促進剤を含む神経細胞分化誘導用キットは一実施の形態において、分化した神経細胞の神経突起の伸長を促進させるための神経細胞分化誘導用キットとして提供することができる。

【0029】
本明細書中で挙げられた特許および特許出願明細書を含む全ての刊行物に記載された内容は、本明細書での引用により、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。
以下に実施例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明は下記実施例等に何ら制約されるものではない。
【実施例】
【0030】
(実施例1.神経分化誘導処理におけるFADの影響の検討)
本発明で使用したヒト神経幹細胞は、PhoenixSongs Biologicals社から購入した胎生14週のヒト胎児大脳皮質由来の神経幹細胞である。ヒト神経幹細胞の維持は、神経幹細胞維持用培地(1xN2サプリメントおよび0.1%B27サプリメントを含むDMEM/F12培地に、10ng/ml human bFGF、20ng/ml human EGFを加えた培地)を用いた。ヒト神経幹細胞は、poly-L-ornitin/lamininコートした培養皿上に接着させた状態で維持・継代を行った。培養条件は、37℃、5%CO2とした(以下、特に断りがない限り、同様の培養条件である)。
【実施例】
【0031】
神経細胞への分化誘導には、各濃度のFAD、FMN、または、リボフラビンを添加した神経分化用培地(B27(1x)、L-グルタミン(0.5mM)を加えたNeurobasal培地)を用いた。神経分化用培地へのFAD、FMN、または、リボフラビンの添加は、あらかじめ作製したFAD/DMSOストック溶液、FMN/DMSOストック溶液、リボフラビン/DMSOストック溶液を用いた。具体的には、例えば、FADを終濃度100nMとするために100μM FAD/DMSOストック溶液を2mlの神経分化用培地に2μl添加して調整した。なお、DMSOは、どの区においても終濃度0.1%(V/V)となるように調整した。
神経幹細胞維持用培地における維持・継代培養後、神経幹細胞を神経分化用培地に移し、7日間培養した。その後、4%パラホルムアルデヒド/PBSで細胞を固定し、蛍光免疫染色(抗DCX抗体(Santa Cruz Biotechnology社、250倍希釈);抗CTIP2抗体(Abcam社、1000倍希釈);抗SOX2抗体(Abcam社、500倍希釈))を行った。また、コントロール群として、FAD、FMN、または、リボフラビンの代わりに0.1%DMSOを添加した神経分化用培養液を用いて7日間培養した細胞群を調製した。神経細胞マーカーであるDCXの陽性細胞数の割合について、コントロール群との比を表した(図1)。その結果、FMN、リボフラビンを投与した細胞群と比較して、FADを投与した細胞群では、低濃度(100nM)で神経分化が促進されていることが示された。
【実施例】
【0032】
100nM FADを投与した細胞群では、DCXの他に興奮性神経細胞マーカーであるCTIP2の陽性細胞率が増加しており、また、未分化な神経幹細胞マーカーであるSOX2陽性細胞率の低下が確認された(図2)。この結果から、未分化な神経幹細胞から効率的に神経細胞への分化が促進されていることが示された。
組み換えBDNFタンパク質を用いた神経分化誘導を2週間行う従来法では、DCX、βIII-tubulinの発現を指標に評価した誘導効率が40%程度であったが、本発明の方法によれば、FADを添加した単純な神経分化誘導培地を用いた1週間の分化誘導で66%の誘導効率を達成する事が出来た。
【実施例】
【0033】
(実施例2.抑制神経分化誘導処理におけるFADの影響の検討)
ヒト神経幹細胞は、興奮性神経細胞だけではなく抑制性神経細胞への分化能も有することが報告されている(Dev Neurobiol. (2012) 72:955-971, Nature. (2002) 417:645-649)。そこで、実施例1に記載の条件と同様にして、100nMのFAD/DMSOを添加した神経分化用培養液を用いて、ヒト神経幹細胞を7日間分化誘導処理した。その後、分化誘導処理後の細胞群について、抑制性神経細胞マーカーであるGAD1、GAD2の遺伝子発現を解析した(図3)。また、コントロール群として、FADの代わりに0.1%DMSOを添加した神経分化用培養液を用いて7日間培養した細胞群を調製した。遺伝子発現解析に用いたプライマー情報を下記表に示す。
【表1】
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遺伝子発現解析の結果、100nM FADの添加により、GAD1およびGAD2の発現の増加が確認された。このことから、FADは興奮性のみならず抑制性神経細胞への分化促進効果を有することが示された。
【実施例】
【0034】
(実施例3.FADの細胞毒性に関する評価)
FADの添加が細胞への毒性の影響を有するか否かについて調べるため、細胞へのPropidium Iodide(PI)の取り込みを指標とした細胞毒性評価を行った。PI(Propidium Iodide)は死細胞の核酸を染色する色素であるため、神経分化用培養液にPIを添加することで死細胞を見分けることが可能となる。本実施例においては、100nMのFAD/DMSOを含有する神経細胞分化用培地中に2μg/ml PIを添加し、当該培地を用いて神経幹細胞を37℃10分間処理した。PIの励起波長は488nmであるため、蛍光顕微鏡で観察・撮影を行い、PI陽性細胞すなわち死細胞の割合を算出した。また、5-エチニル-2'-デオキシウリジン(EdU)は、分裂細胞の活発なDNA合成の間にDNAに取り込まれる。取り込まれたEdUは、クッリク反応(アジドとアルキンの間の銅触媒共有結合の反応)により蛍光標識され、蛍光顕微鏡での観察が可能となる。試験には、Click-iT EdU Imaging Kits - Thermo Fisher Scientificを使用した。その結果を図4に示す。図4に示すように、分化誘導用の培地へのFADの添加は細胞の生存性に影響がない事が確認された(図4左)。また、5-エチニル-2'-デオキシウリジン(EdU)の取り込みを指標とした細胞増殖の評価を行ったところ、FADは増殖能へ影響を与えない事が示された(図4右)。
【実施例】
【0035】
(実施例4.FADの添加による神経突起伸長の影響の検討)
神経幹細胞は、神経分化誘導時に神経突起の伸長という形態的な変化が誘導される。伸長した突起は将来的に軸索や樹状突起といった神経細胞に必須の形態となる。本実施例では、FADの添加による神経突起伸長の影響について確認した。
具体的には、実施例1と同様に、胎生14週のヒト胎児大脳皮質由来の神経幹細胞を、FAD(終濃度100nM)およびDMSO(終濃度0.1%(V/V))を含む神経分化用培地(B27(1x)、L-グルタミン(0.5mM)を加えたNeurobasal培地)を用いて7日目培養した。培養7日目において細胞を固定し、神経突起を抗DCX抗体(Abcam社、200倍希釈)を用いて免疫染色を行い、神経突起の長さを測定した。また、対照となるコントロール細胞群として、DMSO(終濃度0.1%(V/V))を含む神経分化用培地で同様に神経幹細胞を培養した。その結果を図5に示す。図5に示すように、コントロール細胞群(DMSO処理)と比較し、FADを添加した細胞群では、約20%の神経突起の伸長効果が認められた。このことから、FADは神経分化を促進するだけでなく、神経細胞の形態的な特徴も早期に形成させることが可能であることを示すことができた。
【実施例】
【0036】
(実施例5.膜透過促進剤の検討)
FADを溶解させ、細胞への透過を担う膜透過促進剤の違いがヒト神経幹細胞の神経分化に与える影響について検討を行った。上記実施例で用いたDMSOは水と自由な割合での混和が可能で多くの有機化合物や無機塩に対する非プロトン性極性溶媒として知られている。一方、細胞生物学、生化学等の細胞を扱う実験でよく利用される緩衝液としてPBSが知られており、親水性溶質の溶媒として用いられる。またその他の有機溶媒として、メタノール(MeOH)、エタノール(EtOH)、ホルムアミド(FA)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMFA)を選択し、FADの膜透過促進剤としての神経分化への影響を評価した。これらの有機溶媒の選定は非特許文献(試料溶媒6種の細胞毒性試験への応用に関する検討、九州歯会誌 47 (2):305-310 1993)を参考にした。
最初に、これら6種類の溶媒に対する100μM FADの溶解性の違いを確認した。具体的には、1mlの各種溶媒に最終濃度100μMとなるようにFADを溶解させた。その結果、DMSO、PBS、FAでは、完全な溶解が確認されたが、MeOH、DMFAでは一部溶解されず、EtOHではほとんど溶解されなかった(図6)。
また、それぞれの膜透過促進剤を神経分化用培地(B27(1x)、L-グルタミン(0.5mM)を加えたNeurobasal培地)に対して0.1%(V/V)になるように添加し、最終濃度を100nM FADにし、胎生14週のヒト胎児大脳皮質由来の神経幹細胞の神経分化誘導を行った。その結果、DMSO溶媒において強力な神経分化促進効果が認められた。MeOH溶媒においても、神経分化促進効果が認められた。一方、PBS、EtOH、FA、DMFA溶媒において、神経分化促進効果は認められなかった。その理由として、PBS溶媒では、FADの溶解に関して問題はないが、膜透過性を持たないため神経分化促進効果が発揮できないと予想された。また、MeOHなどの有機溶剤は細胞膜の透過性を高めることが知られているため、FADの溶解度に依存した神経分化促進効果が発揮されたと考えられる。しかし、FA溶媒に関してはFADの溶解度に問題はないが、細胞へのダメージが大きく神経分化促進効果が得られなかったと考えられる。これらの結果から、溶媒としてDMSOが現状では適当だが、1.FADの溶解が可能であり、2.細胞膜の透過性を高め、3.細胞へのダメージが少ないという条件を満たす溶媒であれば、FADを細胞内部へ透過させるための膜透過促進剤として用いることが可能であり、FADの神経分化促進効果を発揮させることが可能であると考えられる。
【実施例】
【0037】
(実施例6.iPS細胞由来神経幹細胞へのFADの影響の検討)
FADの効果の範囲を調べるために、他の細胞種として、ヒトiPS細胞由来神経幹細胞を用いて、実施例1と同様の条件で10日間分化誘導処理を行った。なお、本実施例において用いたヒトiPS細胞由来神経幹細胞は、Axol Bioscience社から購入した、男児臍帯血由来iPS細胞から誘導された神経幹細胞である。DMSOに溶解した100nM FADを投与したところ(DMSOは終濃度0.1%)、神経細胞マーカーであるDCX陽性細胞率の増加、未分化な神経幹細胞マーカーであるSOX2陽性細胞率の低下が確認された(図7)。この結果から、由来の異なるヒト神経幹細胞においても、FADは神経分化促進効果を発揮することができることが示され、本発明はヒト神経幹細胞において普遍的な効果を持つことが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0038】
このようなFADを介した神経分化促進法は、医療や創薬、神経科学研究の分野での貢献が期待される。
例えば、再生医療の場において、体細胞から直接または間接的に作成した神経幹細胞から目的の神経細胞への分化誘導を試みる際に、FADを添加する事で高効率な分化誘導を可能とする。また、神経細胞を標的とした薬剤スクリーニングや薬効評価を行う場合、FADを用いて高効率に神経細胞を誘導する事で、神経細胞の高純度化をはかり、目的外の細胞の影響を軽減した正確なデータの取得に貢献出来る。
さらに、神経科学の分野において、神経細胞の機能解析を行う場合には、高効率な神経分化誘導が必要となる。その際に、神経分化誘導剤としてFADを用いる事で、生産性の高い研究を実施する事が可能となる。
図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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