TOP > 国内特許検索 > ミトコンドリア膜電位応答性蛍光性化合物 > 明細書

明細書 :ミトコンドリア膜電位応答性蛍光性化合物

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 再公表特許(A1)
発行日 令和2年12月10日(2020.12.10)
発明の名称または考案の名称 ミトコンドリア膜電位応答性蛍光性化合物
国際特許分類 C09B  23/14        (2006.01)
C09K  11/06        (2006.01)
C07D 213/53        (2006.01)
G01N  21/64        (2006.01)
FI C09B 23/14 CSP
C09K 11/06
C07D 213/53
G01N 21/64 F
国際予備審査の請求 未請求
全頁数 22
出願番号 特願2019-552365 (P2019-552365)
国際出願番号 PCT/JP2018/041417
国際公開番号 WO2019/093400
国際出願日 平成30年11月8日(2018.11.8)
国際公開日 令和元年5月16日(2019.5.16)
優先権出願番号 2017216664
優先日 平成29年11月9日(2017.11.9)
優先権主張国 日本国(JP)
指定国 AP(BW , GH , GM , KE , LR , LS , MW , MZ , NA , RW , SD , SL , ST , SZ , TZ , UG , ZM , ZW) , EA(AM , AZ , BY , KG , KZ , RU , TJ , TM) , EP(AL , AT , BE , BG , CH , CY , CZ , DE , DK , EE , ES , FI , FR , GB , GR , HR , HU , IE , IS , IT , LT , LU , LV , MC , MK , MT , NL , NO , PL , PT , RO , RS , SE , SI , SK , SM , TR) , OA(BF , BJ , CF , CG , CI , CM , GA , GN , GQ , GW , KM , ML , MR , NE , SN , TD , TG) , AE , AG , AL , AM , AO , AT , AU , AZ , BA , BB , BG , BH , BN , BR , BW , BY , BZ , CA , CH , CL , CN , CO , CR , CU , CZ , DE , DJ , DK , DM , DO , DZ , EC , EE , EG , ES , FI , GB , GD , GE , GH , GM , GT , HN , HR , HU , ID , IL , IN , IR , IS , JO , JP , KE , KG , KH , KN , KP , KR , KW , KZ , LA , LC , LK , LR , LS , LU , LY , MA , MD , ME , MG , MK , MN , MW , MX , MY , MZ , NA , NG , NI , NO , NZ , OM , PA , PE , PG , PH , PL , PT , QA , RO , RS , RU , RW , SA , SC , SD , SE , SG , SK , SL , SM , ST , SV , SY , TH , TJ , TM , TN , TR , TT
発明者または考案者 【氏名】川俣 純
【氏名】鈴木 康孝
【氏名】浅村 直哉
【氏名】仁子 陽輔
【氏名】関 仁望
出願人 【識別番号】304020177
【氏名又は名称】国立大学法人山口大学
【識別番号】504174180
【氏名又は名称】国立大学法人高知大学
個別代理人の代理人 【識別番号】100107984、【弁理士】、【氏名又は名称】廣田 雅紀
【識別番号】100102255、【弁理士】、【氏名又は名称】小澤 誠次
【識別番号】100096482、【弁理士】、【氏名又は名称】東海 裕作
【識別番号】100113860、【弁理士】、【氏名又は名称】松橋 泰典
【識別番号】100131093、【弁理士】、【氏名又は名称】堀内 真
【識別番号】100150902、【弁理士】、【氏名又は名称】山内 正子
【識別番号】100141391、【弁理士】、【氏名又は名称】園元 修一
【識別番号】100198074、【弁理士】、【氏名又は名称】山村 昭裕
【識別番号】100096013、【弁理士】、【氏名又は名称】富田 博行
審査請求 未請求
テーマコード 2G043
4C055
Fターム 2G043AA03
2G043BA16
2G043EA01
2G043FA02
2G043KA02
4C055AA04
4C055BA01
4C055CA01
4C055DA06
4C055DA25
4C055EA01
要約 細胞を染色できる色素であって、水溶性を備え、発光の効率が良く、ミトコンドリア膜電位に応じて局在場所をミトコンドリアから核に移す性質を有し、赤色領域で発光する化合物を提供することを課題とする。本発明の化合物は、式(1)[式(1)中、Xは、式(2)(式(2)中、RはC1~C10のアルキル基を表し、Zはピリジニウムカチオンに対するカウンターアニオンを表す。)で表され、k及びmは0~3の整数であり、l及びnは0~2の整数であり、k、l、m及びnは同時に0ではなく、Xは同じでも異なっていてもよい。Rは電子供与性基又は電子求引性基を表し、a及びcは0~3の整数であり、b及びdは0~2の整数であり、Rは同じでも異なっていてもよく、Xが置換していない炭素原子上に置換する。波線は、幾何異性体E、Zを表す。]で表される。
【化1】
JP2019093400A1_000015t.gif
特許請求の範囲 【請求項1】
式(1)で表される化合物。
【化1】
JP2019093400A1_000013t.gif
[式(1)中、Xは、
【化2】
JP2019093400A1_000014t.gif
(式中、RはC1~C10のアルキル基を表し、Zはピリジニウムカチオンに対するカウンターアニオンを表す。)で表され、k及びmは0~3の整数であり、l及びnは0~2の整数であり、k、l、m及びnは同時に0ではなく、Xは同じでも異なっていてもよい。Rは電子供与性基又は電子求引性基を表し、a及びcは0~3の整数であり、b及びdは0~2の整数であり、Rは同じでも異なっていてもよく、Xが置換していない炭素原子上に置換する。波線は、幾何異性体E、Zを表す。]
【請求項2】
カウンターアニオンが、ハロゲン化物イオン、ヘキサフルオロリン酸イオン、スルホネート又は過塩素酸イオンであることを特徴とする請求項1記載の化合物。
【請求項3】
請求項1又は2記載の化合物の1又は2以上を含有することを特徴とする蛍光色素組成物。
【請求項4】
請求項1又は2記載の化合物の1又は2以上を用いることを特徴とする、ミトコンドリア膜電位の変化の検出方法。
【請求項5】
請求項1又は2記載の化合物の1又は2以上を用いることを特徴とする、細胞の生死を判別する方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な蛍光性化合物に関し、さらに詳しくは、ミトコンドリア膜電位に応答して局在場所を変化させる蛍光性化合物に関する。また、該化合物を含有する蛍光色素組成物に関する。さらに、上記蛍光色素組成物を用いた、ミトコンドリア膜電位の変化の検出方法や細胞の生死の判別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ミトコンドリアは、細胞のエネルギーを生産する一方でアポトーシスの制御にも関わり、細胞の生死に関わる細胞小器官である。また、ミトコンドリアの機能障害に起因して、糖尿病、脳梗塞、心筋梗塞等の代謝疾患、アルツハイマーやパーキンソン病等の神経変性疾患、癌が発病することが指摘されている。そのため、これら疾患のメカニズム解明や、治療方法の開発のためにも、ミトコンドリアの変化を観察することは重要である。
【0003】
エネルギー生産に伴って生じるミトコンドリア膜電位は、ミトコンドリアの内側と外側での電位差を意味し、ミトコンドリア自体の活力(活性)を表す。すなわち、膜電位があるときはエネルギーが生産され、ミトコンドリアの活力が高い状態にある。他方、膜電位が消失しているときは、エネルギー生産がされず、活力が低い状態にある。また、ミトコンドリア膜電位は、細胞の健康状態を表し、膜電位があるときは正常細胞で、膜電位がないときは異常細胞とされる。
【0004】
ミトコンドリア膜電位の変化を検出したり、該変化による細胞の健康状態を判別したりするためには、膜電位に応じて発光挙動を変化させる色素によりミトコンドリアを染色し、その発光挙動の変化を観測する方法がある。従来のミトコンドリア膜電位に応答する色素には、2種類のタイプがある。一つは、ミトコンドリア膜電位に応じて発光強度が変化する型の色素、もう一つは、発光色が変化する型の色素である。しかし、発光強度が変化する型の色素は、ミトコンドリア膜電位による発光強度の変化と、色素自体の光退色による発光強度の変化が同時に起こるため、蛍光強度の変化が膜電位の変化によるものか、色素の光退色によるものかを区別することが難しく、膜電位の変化の検出に適するとはいえない。
【0005】
また、もう一方の発光色が変化する型の色素においても、膜電位の変化に伴う色素の発光色の変化を観測するために、励起光源及び蛍光検出器は発光色に応じてそれぞれ少なくても2系統用意する必要があり、且つリアルタイムで上記励起光源及び蛍光検出器を調整する必要もあり、装置が高コスト化するとともに、実験操作が極めて煩雑となる。さらに、どちらの型の色素も、溶解度の低さから細胞を染色するには、細胞に対して有害な有機溶媒を用いなければならないという問題もある。
【0006】
本発明者らは、ミトコンドリア膜電位に応じて、局在場所をミトコンドリアから核に移す性質を有している以下の化合物BPを見いだし、細胞の染色に利用できることを既に報告している(非特許文献1)。
【0007】
【化1】
JP2019093400A1_000003t.gif

【0008】
ミトコンドリア膜電位に応じて、化合物BPが局在場所をミトコンドリアから核に移す性質は、蛍光強度が変化する訳ではないので、化合物BP自身の光退色の影響を受けずに膜電位の変化を検出することを可能にする。また、蛍光色の変化もないため、特別な励起光源及び蛍光検出装置を必要とせず、一般的な蛍光顕微鏡による膜電位の変化の検出を可能にした。また、化合物BPは水溶性が高く、細胞にとって有害な有機溶媒を用いなくても細胞の染色を可能にした。そのため、有機溶媒による細胞死が起こらず、24時間以上にわたる生きた細胞の観察を可能にした。
【0009】
しかし、化合物BPにおける、吸収(励起)によって化合物に吸収された光子数と蛍光によって放出された光子数との比である量子収率(φ)が0.14と低く、発光の効率がよいものではなく、高感度で蛍光を検出するためにも発光の効率がよい化合物が必要とされていた。
【0010】
そこで、本発明者らは、量子収率が高く発光効率のよい化合物をさらに提案した(特許文献1及び2)。しかし、特許文献1及び2で提案した化合物は、発光が青や緑の領域で生じるものであり、赤色領域で発光する化合物は得られていなかった。赤色領域の光は生体透過性が高く発光の識別が容易となるため、ミトコンドリア膜電位に対する応答性を持ち、かつ生体透過性の高い赤色領域で発光する化合物が求められていた。
【先行技術文献】
【0011】

【特許文献1】特開2016-166154号公報
【特許文献2】特開2017-48268号公報
【0012】

【非特許文献1】H. Moritomo, K. Yamada, Y. Kojima, Y. Suzuki, H. Kinoshita, A. Sasaki, S. Mikuni, M. Kinjo, J. Kawamata, Cell Struct. Funct. 39 (2014) 125.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
細胞を染色できる色素であって、水溶性を備え、発光の効率が良く、ミトコンドリア膜電位に応じて局在場所をミトコンドリアから核に移す性質を有し、赤色領域で発光する化合物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、前記課題を解決するためにミトコンドリア膜電位に対する応答性を持ち、かつ生体透過性の高い赤色領域で発光する化合物の検討を行った。分極率が小さい化合物は、ミトコンドリアとの結合が弱いため、膜電位の変化に伴って染色個所が変化することで膜電位のモニタリング機能が現れやすい。しかし、分極率が小さい化合物は、共役系が小さく、発光は赤ではなく青や緑の領域に生じることが多い。本発明者らは、分極率が小さく、赤色発光する化合物の開発を目指した。ナフタレンの場合、ana置換体は、amphi置換体に比べ分極率が小さい。そこで、ナフタレンにおけるana置換体に相当する位置に置換基を有するピレン誘導体を合成したところ、ミトコンドリア膜電位に対する応答性を持ち、かつ赤色領域で発光する化合物が得られることを見いだしたものである。
【0015】
すなわち、本発明は以下に示す事項により特定されるものである。
(1)式(1)で表される化合物。
【化2】
JP2019093400A1_000004t.gif
[式(1)中、Xは、
【化3】
JP2019093400A1_000005t.gif
(式中、RはC1~C10のアルキル基を表し、Zはピリジニウムカチオンに対するカウンターアニオンを表す。)で表され、k及びmは0~3の整数であり、l及びnは0~2の整数であり、k、l、m及びnは同時に0ではなく、Xは同じでも異なっていてもよい。Rは電子供与性基又は電子求引性基を表し、a及びcは0~3の整数であり、b及びdは0~2の整数であり、Rは同じでも異なっていてもよく、Xが置換していない炭素原子上に置換する。波線は、幾何異性体E、Zを表す。]
(2)カウンターアニオンが、ハロゲン化物イオン、ヘキサフルオロリン酸イオン、スルホネート又は過塩素酸イオンであることを特徴とする上記(1)記載の化合物。
(3)上記(1)又は(2)記載の化合物の1又は2以上を含有することを特徴とする蛍光色素組成物。
(4)上記(1)又は(2)記載の化合物の1又は2以上を用いることを特徴とする、ミトコンドリア膜電位の変化の検出方法。
(5)上記(1)又は(2)記載の化合物の1又は2以上を用いることを特徴とする、細胞の生死を判別する方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明の化合物は、蛍光性があり、また、ミトコンドリア膜電位に応じて局在場所をミトコンドリアから核に移す性質を有していることから、ミトコンドリアの膜電位の変化、すなわち、ミトコンドリアの活力の有無を上記化合物の局在場所から判別することができ、赤色領域で発光するため生体透過性に優れ発光個所を明確に識別できる。また、本発明の化合物は水溶性を示し、細胞に毒性のある有機溶媒を使用する必要がないため、生きた細胞の観察が可能である。また、本発明の化合物は、細胞観察中に蛍光の発光色の変化がないため、単一波長の励起光の照射によって発光する単一波長の蛍光波長を検出すればよく、一般的な蛍光顕微鏡によって簡単に細胞の観察ができる。また、本発明の化合物は多光子吸収性も有しており、例えば、多光子励起蛍光顕微鏡での観察において、小さいエネルギーの励起光、すなわち、生体深部まで到達する長波長の光を利用することができるため、奥行き方向の観察範囲をこれまでよりも大きく広げることが可能になり、多光子励起蛍光顕微鏡により観察できる対象を広げることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】実施例1で得られた化合物のHNMRチャートである。
【図2】実施例2で得られた化合物のHNMRチャートである。
【図3】実施例1で得られた化合物と実施例2で得られた化合物の吸収スペクトルを表す図である。
【図4】実施例1で得られた化合物と実施例2で得られた化合物の発光スペクトルを表す図である。
【図5】実施例1で得られた化合物により染色された膜電位低下前(a)、膜電位低下後(b)、膜電位回復後(c)のHek293細胞の顕微鏡画像を表す図である。画像の中で白っぽい箇所は赤色の箇所である。なお、基礎出願において出願人は、日本国特許庁に図5のカラー図面を提出している。
【図6】実施例2で得られた化合物により染色された膜電位低下前(a)、膜電位低下後(b)、膜電位回復後(c)のHek293細胞の顕微鏡画像を表す図である。画像の中で白っぽい箇所は赤色の箇所である。なお、基礎出願において出願人は、日本国特許庁に図6のカラー図面を提出している。
【発明を実施するための形態】
【0018】
(化合物)
本発明の化合物は、式(1)で表される化合物である。

【0019】
【化4】
JP2019093400A1_000006t.gif

【0020】
式(1)中、Xは、
【化5】
JP2019093400A1_000007t.gif
(RはC1~C10のアルキル基を表し、Zはピリジニウムカチオンに対するカウンターアニオンを表す。)で表される。式(1)中、k及びmはそれぞれ独立に0~3の整数であり、l及びnはそれぞれ独立に0~2の整数であり、k、l、m及びnは同時に0ではなく、Xは同じでも異なっていてもよい。Rは電子供与性基又は電子求引性基を表し、a及びcはそれぞれ独立に0~3の整数であり、b及びdはそれぞれ独立に0~2の整数であり、Rは同じでも異なっていてもよく、Xが置換していない炭素原子上に置換する。波線は幾何異性体E、Zを表す。

【0021】
式(1)におけるC1~C10のアルキル基とは、置換基を有してもよい炭素数1~10の直鎖状又は分岐状のアルキル基である。例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、n-ペンチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、n-へキシル基、n-ヘプチル基、n-オクチル基、n-ノニル基、n-デシル基等が挙げられる。また、アルキル基の長さにより、式(1)で表される化合物がミトコンドリアの膜電位に応じて移動する際の時間を調整することが可能である。アルキル基の長さが長いと式(1)で表される化合物がミトコンドリアの膜電位に応じて移動する際に、膜電位を下げてから核に移行するまでの時間を遅くできる。したがって、膜電位を下げてから核に移行するまでの時間を早くしたい場合には、例えば、RをC1~C3のアルキル基とすることができ、核に移行するまでの時間を遅くしたい場合には、Rの炭素数をそれ以上とすることができる。

【0022】
上記「置換基を有していてもよい」の置換基としては、ハロゲン原子、アルコキシ基、アリール基等が挙げられる。

【0023】
上記ピリジニウムカチオンに対するカウンターアニオンZとしては、上記ピリジニウムカチオンと塩を形成できるものであれば特に制限されず、例えば、塩素イオン、臭素イオン、ヨウ素イオン等のハロゲン化物イオン;ヘキサフルオロリン酸イオン;メタンスルホネート、p-トルエンスルホネート、トリフルオロメタンスルホネート、トリフルオロ
エタンスルホネート等のスルホネート;ヘキサフルオロアンチモネート、ヘキサフルオロホスフェート、テトラフルオロボラート、過塩素酸イオン等を挙げることができ、好ましくは、ハロゲン化物イオン、スルホネート、過塩素酸イオンである。

【0024】
式(1)におけるXはベンゼン環の炭素原子上に置換しており、k、l、m及びnは炭素原子上に置換しているXの個数を表す。例えば、(X)においてk=0とは、当該ベンゼン環がXで置換されていない状態を表し、k=1とは、当該ベンゼン環の1個の炭素原子上にXが1個置換している状態を表し、k=2とは、当該ベンゼン環の2個の炭素原子上に、それぞれXが1個ずつ置換している状態を表し、k=3とは、当該ベンゼン環の3個の炭素原子上に、それぞれXが1個ずつ置換している状態を表す。ミトコンドリア膜電位に対する応答性、赤色の発光性を向上させる観点から、l及びnは0であることが好ましい。また、k及びmは1又は2であることが好ましい。また、kが2でありl、m及びnが0、あるいはk及びmが1でありl及びnが0であることが好ましい。式(1)において、Xが1,3位に置換している場合及び1,8位に置換している場合がより好ましい。

【0025】
は電子供与性基又は電子求引性基を表す。Rが電子供与性基の場合、吸収波長を長波長へシフトさせることができ、蛍光特性を変化させることができる。また、Rが電子求引性基の場合、吸収波長を短波長へシフトさせることができ、蛍光特性を変化させることができる。電子供与性基Rとしては、ピレン基の電子密度を増加させる効果がある有機基であれば特に制限されず、例えば、水酸基、C1~C10アルキル基、C1~C10アルコキシ基、アミノ基、エーテル結合を有するアルキル基及びエーテル結合を有するアルコキシ基等を挙げることができる。電子求引性基Rとしては、ピレン基の電子密度を減少させる効果がある基であれば特に制限されず、例えば、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素等のハロゲン、ニトリル、カルボン酸、カルボニル基、シアノ基等を挙げることができる。Rが存在する場合、Rはベンゼン環のXが置換していない炭素原子上に置換している。Rは1~10位に置換していることが好ましく、Rの総個数は、1~6が好ましい。

【0026】
式(1)で表される化合物としては、具体的には、以下に示す化合物を例示することができる。
【化6】
JP2019093400A1_000008t.gif

【0027】
(化合物の合成)
本発明の式(1)で表される化合物の合成法は、縮合多環部分とピリジン部分とを二重結合を介して連結する方法が挙げられる。具体的には、式(I)で表されるアルデヒドと式(II)で表されるN-アルキル-4-メチルピリジン-1-イウム化合物とを、触媒量の塩基の存在下、必要に応じて適当な反応溶媒中で反応することにより式(1)の化合物を合成することができる。

【0028】
【化7】
JP2019093400A1_000009t.gif
(式中、R、Zは上記と同じ意味を表し、波線は幾何異性体E又はZを表す。Yは、
【化8】
JP2019093400A1_000010t.gif
を表す。)

【0029】
式(I)で表されるアルデヒドは、市販のものを使用することもできるが、公知の方法、例えば、J.Org.Chem.,2015,80(21),pp10794~10805に記載された方法等で合成することができる。例えば、ピレンをフリーデル・クラフツ反応によりアリール化合物から誘導する方法もが挙げられるが、これらに限定されるものではない。

【0030】
式(II)で表されるN-アルキル-4-メチルピリジン-1-イウム化合物は、4-メチルヨードピリジンからZhang, Y.; Wang, J.; Ji, P.; Yu, X.; Liu, H.; Liu, X.; Zhao, N.; Huang, B. Org. Biomol. Chem. 2010, 8, 4582-4588に記載の方法にしたがって合成でき、具体的には、4-メチルピリジンとハロアルカンとを反応させることによって合成できるが、これに限定されるものではなく、市販のものを用いてもよい。上記ハロアルカンとしては、1-ヨードブタン、1-ヨード-2-メチルプロパン、1-ヨード-1-メチルプロパン、2-ヨード-2-メチルプロパン、1-ヨードペンタン、1-ヨード-3-メチルブタン、1-ヨード-2,2-ジメチルプロパン、1-ヨードヘキサン、1-ヨードヘプタン、1-ヨードオクタン等の市販のハロアルカンを使用することもできる。

【0031】
また、上記アルデヒドと上記N-アルキル-4-メチルピリジン-1-イウム化合物の使用量比は、特に制限されないが、N-アルキル-4-メチルピリジン-1-イウムのアルデヒドに対する当量比として、2.0~4.0、好ましくは2.1~3.0の範囲から適宜選択される。

【0032】
上記塩基としては、トリメチルアミン、トリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、ジシクロヘキシルアミン、エタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、エチレンジアミン、ピリジン、ピペリジン等を挙げることができる。塩基の使用量は、特に限定されないが、前記アルデヒドに対する当量比として、0.01~1.0の範囲から適宜選択される。

【0033】
(蛍光色素組成物)
式(1)で表される化合物及は、蛍光性を示すため、蛍光色素として用いることができる。本発明の蛍光色素組成物は、式(1)で表される化合物の少なくとも一つを含むものであれば特に制限されない。本発明の蛍光色素組成物は、上記化合物に加えて、試薬の調製に通常用いられる添加剤である、溶解補助剤、pH調節剤、緩衝剤、等張化剤等を含んでいてもよく、これらの配合量は当業者に適宜選択可能である。また、本発明の蛍光色素組成物は、細胞や生体組織の染色をしやすくするために、さらに溶媒を含むことが好ましく、かかる溶媒としては、ジメチルスルホキシド(DMSO)を好適に用いることができる。本発明の蛍光色素組成物の形態としては、粉末形態の形態、凍結乾燥物の形態、顆粒剤の形態、錠剤の形態、液剤の形態等を挙げることができる。

【0034】
本発明の蛍光色素組成物は、ミトコンドリアの可視化に用いることができる。上記のミトコンドリアの可視化とは、ミトコンドリアの細胞中での存在を、蛍光顕微鏡画像等のような視覚情報として得ること指す。具体的には、エネルギー生産されている細胞、すなわち、好気呼吸によってエネルギー生産している状態の膜電位を有するミトコンドリア(‘活性のあるミトコンドリア’とも称す)が存在する細胞に本発明の蛍光色素組成物を添加すると、ミトコンドリア膜電位に応答して、ミトコンドリアと蛍光色素組成物に含まれる式(1)の化合物とが相互作用して、ミトコンドリアに式(1)の化合物が局在する。上記細胞に所定の波長の励起光が照射されると、ミトコンドリアに局在する式(1)で表される化合物より所定の波長の蛍光が発せられ、かかる蛍光が蛍光顕微鏡等で検出されることによって、観察対象の蛍光顕微鏡画像を得ることができる。以上のように、ミトコンドリアから蛍光が検出されることによって、ミトコンドリアは活性を有していると判断される。

【0035】
また、本発明の蛍光色素組成物は、正常な細胞か、アポトーシスや代謝ストレス等により脱分極したミトコンドリアを有する細胞かの判別、すなわち、細胞の生死の判別ができる。上述したように、細胞が活性のあるミトコンドリアを含む場合、上記蛍光色素組成物に含まれる式(1)の化合物がかかるミトコンドリアに局在して蛍光が検出され、正常な細胞と判断される。

【0036】
他方、エネルギー生産が停止した細胞、すなわち、好気呼吸によるエネルギー生産を停止している状態の膜電位が脱分極したミトコンドリア(‘活性のないミトコンドリア’とも称す)が存在する細胞に本発明の蛍光色素組成物を添加すると、ミトコンドリア膜電位は脱分極しているためミトコンドリアに式(1)の化合物は局在せず、局在場所を核等の他の細胞小器官に変化させるか、細胞質に分散する。上記細胞に所定の波長の励起光が照射されると核等の他の細胞小器官に存在する式(1)で表される化合物より所定の波長の蛍光が発せられるか、細胞質に式(1)で表される化合物が分散しているために検出される蛍光強度も小さくなるかして、正常な細胞とは発光挙動が変化するため、アポトーシスや代謝ストレス等により脱分極したミトコンドリアを有する細胞と判断される。この場合のミトコンドリアは活性がないと判断される。

【0037】
このように、本発明の蛍光色素組成物に含まれる式(1)で表される化合物はミトコンドリア膜電位の変化に応答して細胞中で局在場所を変化させ、該化合物の蛍光が検出される場所を確認することによってミトコンドリアの活性の有無を判別できる。本発明におけるミトコンドリア膜電位の変化の検出とは、ミトコンドリアの活性の有無を判別することである。

【0038】
ミトコンドリア膜電位の変化から、ミトコンドリアの活性の有無、すなわち、細胞のエネルギー生産がされているか否かがわかる。したがって、本発明の蛍光色素組成物による細胞の観察によって、正常な細胞か、アポトーシスや代謝ストレス等により脱分極したミトコンドリアを有する細胞かの判別、すなわち、細胞の生死の判別ができる。

【0039】
細胞や生体組織への励起光の照射や式(1)で表される化合物より発せられる蛍光の検出は、蛍光顕微鏡によって行うことができる。上記励起光としては、式(1)で表される化合物が吸収できる波長であれば特に制限されず、紫外領域、可視領域、赤外領域の光である。そしてまた、生体組織の三次元的なイメージを得るために、励起光は式(1)で表される化合物に多光子吸収を起こさせるものが好ましく、具体的には、600~1200nmの波長領域の励起光をレンズ等で集光し焦点の位置を走査して光を照射することで三次元的なイメージを得ることができる。
【実施例】
【0040】
以下に、実施例において本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術範囲は、これらに限定されるものではない。
【実施例】
【0041】
[実施例1]
4,4'-((1E,1’E)-ピレン-1,3-ジイルビス(エテン-2,1-ジイル))ビス(1-メチルピリジン-1-イウム)ヨージド[4,4'-((1E,1'E)-pyrene-1,3-diylbis(ethene-2,1-diyl))bis(1-methylpyridin-1-ium)iodide] (2a) の合成
【実施例】
【0042】
【化9】
JP2019093400A1_000011t.gif
【実施例】
【0043】
200mL のナスフラスコに上記化合物1a (150mg、0.581mmol) と 1,4-ジメチルピリジン-1-イウムヨージド (546.3mg、2.324mmol) を量りとり、DMF(60mL) とピペリジン (15drops) を加え、100 ℃で還流・攪拌を行った。17 時間後反応を終了させ、反応溶液を減圧濃縮した。濃縮物を熱クロロホルムで2回、熱メタノールで2回洗浄した。その結果、赤茶色固体の化合物2a(67.1mg、 収率22%) が得られた。得られた化合物2aのHNMRデータを以下に示す。また、HNMRチャートを図1に示す。
【実施例】
【0044】
1H NMR (500 MHz, DMSO, TMS) δ = 4.30 (6H, s), 8.01 (2H, d, J=15.95), 8.17 (1H,t, J=7.51), 8.44 (2H, d, J=9.19), 8.46(2H, d, J=7.51), 8.54 (4H, d, J=6.79), 8.93-8.95 (6H, m), 9.11 (2H, d, J=15.95), 9.10 (1H, s)
【実施例】
【0045】
[実施例2]
4,4'-((1E,1’E)-ピレン-1,8-ジイルビス(エテン-2,1-ジイル))ビス(1-メチルピリジン-1-イウム)ヨージド[4,4'-((1E,1'E)-pyrene-1,8-diylbis(ethene-2,1-diyl))bis(1-methylpyridin-1-ium) iodide](2b) の合成
【実施例】
【0046】
【化10】
JP2019093400A1_000012t.gif
【実施例】
【0047】
200mL のナスフラスコに上記化合物1b (100mg、0.387mmol) と 1,4-ジメチルピリジン-1-イウムヨージド (364mg、1.549mmol) を量りとり、DMF(60mL) とピペリジン (15drops) を加え、100 ℃で還流・攪拌を行った。17 時間後反応を終了させ、反応溶液を減圧濃縮した。濃縮物を熱クロロホルムで2回、熱メタノールで2回洗浄した。その結果、赤黒色固体の化合物2b(114.7mg、 収率43%) が得られた。得られた化合物2bのHNMRデータを以下に示す。また、HNMRチャートを図2に示す。
【実施例】
【0048】
1H NMR (500 MHz, DMSO, TMS) δ = 4.28 (6H, s), 7.88 (2H, d, J=15.98), 8.32 (2H, s), 8.46 (2H, d, J=8.26), 8.51 (4H, d, J=6.69), 8.69 (2H, d,J=8.26), 8.92 (4H, d, J=6.69), 9.04 (2H, s), 9.14 (2H, d, J=15.98)
【実施例】
【0049】
[実施例3]吸収スペクトル及び発光スペクトルの測定
紫外-可視吸収スペクトルは、V-670-UV-VIS-NIR spectrophotometer(Jasco Co.)を用いて測定した。発光(蛍光)スペクトルは、C9920-03G(Hamamatsu Photonics. K. K.)を用いて測定した。実施例1で得られた化合物2a及び実施例2で得られた化合物2bについて、それぞれ濃度が10-6mol/Lとなるように調整した試料を用いて測定した。測定結果を、図3及び図4に示す。図3は紫外-可視吸収スペクトルを表し、図4は発光スペクトルを表す。
【実施例】
【0050】
[実施例4]細胞の蛍光化と観察
【実施例】
【0051】
[細胞の培養]
染色のモデル細胞としてヒト胎児腎細胞であるHek293細胞を使用した。Hek293細胞は、10%(v/v)のウシ胎児血清、1%(v/v)のトリプシン及びストレプトマイシンを含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)中、37℃、5%CO条件下で培養した。
【実施例】
【0052】
[細胞の蛍光化]
顕微鏡観察を行う準備のために、Hek293細胞を35mmガラスベースディッシュに細胞密度1×10cells/dishとなるように継代した。継代して24時間後、細胞がディッシュへ付着していることを顕微鏡観察により確認した。ディッシュより培地を除き、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)を用いて2回細胞を洗浄した。実施例1で得られた化合物2a及び実施例2で得られた化合物2bのそれぞれの化合物の1×10-3mol dm-3のジメチルスルホキシド(DMSO)溶液2μLを添加したフェノールレッド不含DMEM培地2mL(PY最終濃度1μmol dm-3、最終DMSO濃度0.1%(v/v))をディッシュに入れ、12時間インキュベートすることにより染色を行った。顕微鏡観察の直前に、色素を含む培地をディッシュから取り除き、PBSを用いて2回細胞を洗浄し、フェノールレッド不含DMEM培地2mLをディッシュに加えた。
【実施例】
【0053】
[蛍光顕微鏡観察]
蛍光顕微鏡は、オプティカルブロック(Hamamatsu Photonics K. K.)を用いて作成した。光源にはフェムト秒チタンサファイヤレーザー(Mira900、Coherent)を用いた。蛍光の検出には光電子増倍管(R928、Hamamatsu Photonics K. K.)を用い、印加電圧1000Vでプリアンプ(5MHz)付きソケットを経てDC検出した。サンプルステージにはKZG0620-Gを用い、対物レンズは倍率40倍、NA=1.15の無限遠補正対物レンズを用いた。なお、膜電位の調整、すなわち、膜電位の低下への誘導は、脱共役剤であるカルボニルシアニド-m-クロロフェニルヒドラゾン(CCCP)を用いた。CCCPは、ミトコンドリアのプロトン透過性を増加させてミトコンドリア膜電位を崩壊させる化合物である。CCCPをDMSOに溶解させ、10mmol/dmの溶液を調製した。調製したCCCPのDMSO溶液を、培地に対して0.1%(v/v)となるよう添加した(最終CCCP濃度 10(mol/dm)。添加して5分後、蛍光顕微鏡により観察した。観察後、CCCPが入った培地を取り除き、フェノールレッド不含DMEM培地で4~5回洗浄し、ミトコンドリア膜電位を回復させた。回復後、蛍光顕微鏡により観察した。観察により得られた画像を図5及び図6に示す。図5は実施例1で得られた化合物2aについての結果であり、図6は実施例2で得られた化合物2bについての結果である。図5及び図6における(a)はCCCP添加前(膜電位正常)、(b)はCCCP添加後(膜電位低下)、(c)はCCCP除去、洗浄後(膜電位回復)の観察結果を示す。
【実施例】
【0054】
図5及び図6に示されるように、実施例1で得られた化合物2a及び実施例2で得られた化合物2bは、膜電位の低下前はミトコンドリアで赤色の蛍光が検出され、核では蛍光が検出されなかったが、膜電位の低下後は核での赤色の蛍光が検出されるようになり、蛍光が検出される場所が変化した。また、膜電位回復後はミトコンドリアで赤色の蛍光が検出された。したがって、本発明の化合物は、ミトコンドリア膜電位に応じて局在場所が変化し、赤色の蛍光を発する化合物である。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明の化合物は、蛍光性及びミトコンドリアに局在する性質を有しているため、ミトコンドリアを可視化した顕微鏡画像を得られる。また、本発明の化合物を細胞の染色に使用した場合、観察する対象である組織や細胞へ照射する励起光の強度は弱くてもよく、光照射による生体組織や細胞へのダメージ、及び、化合物の光退色を抑制できる。本発明の化合物は、蛍光性があり、また、ミトコンドリア膜電位に応じて局在場所をミトコンドリアから核に移す性質を有していることから、ミトコンドリアの膜電位の変化を検出することができる。また、本発明の化合物を蛍光色素として用いることにより、生きた細胞の観察が可能で一般的な蛍光顕微鏡によって、簡単に細胞の観察ができる。さらに、蛍光顕微鏡によって、蛍光の発せられる場所の情報を得ることができ、簡単に細胞の生死を判別することができる。本発明の蛍光色素組成物は、ミトコンドリアの機能障害に起因する疾患の予防研究や疾患の発生メカニズム解明の研究、例えば、治療候補薬の投与による薬剤の効果、ミトコンドリア活力や細胞の生死への影響等を試験するときに使用できる。また、本発明の化合物は多光子吸収性若しくは多光子励起蛍光特性も有しており、例えば、多光子励起蛍光顕微鏡での観察において、弱い強度の励起光、すなわち、生体深部まで到達する長波長の光を利用することができるため、奥行き方向の観察範囲をこれまでよりも大きく広げることが可能になり、多光子励起蛍光顕微鏡により観察できる対象を広げることができる。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5