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明細書 :身体の運動機能の検査装置

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 公開特許公報(A)
公開番号 特開2020-199249 (P2020-199249A)
公開日 令和2年12月17日(2020.12.17)
発明の名称または考案の名称 身体の運動機能の検査装置
国際特許分類 A61B   5/0488      (2006.01)
FI A61B 5/04 330
請求項の数または発明の数 12
出願形態 OL
全頁数 21
出願番号 特願2020-089351 (P2020-089351)
出願日 令和2年5月22日(2020.5.22)
新規性喪失の例外の表示 新規性喪失の例外適用申請有り
優先権出願番号 2019107795
優先日 令和元年6月10日(2019.6.10)
優先権主張国 日本国(JP)
発明者または考案者 【氏名】中島 重義
【氏名】泉本 泰佑
【氏名】弓永 久哲
出願人 【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
個別代理人の代理人 【識別番号】100124039、【弁理士】、【氏名又は名称】立花 顕治
【識別番号】100179213、【弁理士】、【氏名又は名称】山下 未知子
審査請求 未請求
テーマコード 4C127
Fターム 4C127AA04
4C127DD03
4C127GG13
4C127KK03
4C127KK05
要約 【課題】F波に基づいて身体の運動機能を検査する新たな方法を提供する。
【解決手段】身体の運動機能の検査装置が提供される。前記検査装置は、被験者の運動神経に刺激を与えたときに誘発されるF波の振幅を表す多数のF指標の度数分布を作成し、前記度数分布を、それぞれが第1種の確率分布又は第2種の確率分布のいずれか一方である複数の確率分布の重ね合わせとして近似し、前記度数分布から前記第1種の確率分布が支配する部分を除去した分布であって、前記誘発されるF波の強度の分布である強度分布を導出し、前記強度分布の累積分布の逆関数の微分であって、前記誘発されるF波の抑制の強さの分布である抑制分布を導出する。前記第1種の確率分布は、生起確率が一定値よりも低いポアソン分布である。前記第2種の確率分布は、生起確率が前記一定値以上のポアソン分布又はガウス分布である。
【選択図】図4
特許請求の範囲 【請求項1】
身体の運動機能の検査装置であって、
被験者の運動神経に刺激を与えたときに誘発されるF波の振幅を表す多数のF指標を取得するデータ取得部と、
前記多数のF指標に基づいて、前記F指標の度数分布を作成する分布作成部と、
前記度数分布を、それぞれが第1種の確率分布又は第2種の確率分布のいずれか一方である複数の確率分布の重ね合わせとして近似する近似部と、
前記度数分布から前記第1種の確率分布が支配する部分を除去した分布であって、前記誘発されるF波の強度の分布である強度分布を導出し、前記強度分布の累積分布である強度累積分布を導出し、前記強度累積分布の逆関数を導出し、前記逆関数の微分であって、前記誘発されるF波の抑制の強さの分布である抑制分布を導出する抑制分析部と、
を備え、
前記第1種の確率分布は、生起確率が一定値よりも低いポアソン分布であり、
前記第2種の確率分布は、生起確率が前記一定値以上のポアソン分布又はガウス分布である、
検査装置。
【請求項2】
前記抑制分布を出力する結果出力部
をさらに備える、
請求項1に記載の検査装置。
【請求項3】
前記抑制分布に基づいて、前記運動機能を判定する判定部
をさらに備える、
請求項1又は2に記載の検査装置。
【請求項4】
身体の運動機能の検査装置であって、
被験者の運動神経に刺激を与えたときに誘発されるF波の振幅を表す多数のF指標を取得するデータ取得部と、
前記多数のF指標に基づいて、前記F指標の度数分布を作成する分布作成部と、
前記度数分布を、それぞれが第1種の確率分布又は第2種の確率分布のいずれか一方である複数の確率分布の重ね合わせとして近似する近似部と、
前記度数分布に対する前記第1種の確率分布の支配量、及び、前記度数分布に対する前記第2種の確率分布の支配量の少なくとも一方に応じて、前記運動機能を表す運動指標を導出する指標導出部と
を備え、
前記第1種の確率分布は、生起確率が一定値よりも低いポアソン分布であり、
前記第2種の確率分布は、生起確率が前記一定値以上のポアソン分布又はガウス分布である、
検査装置。
【請求項5】
前記運動指標を所定の閾値と比較することにより、前記運動機能を判定する判定部
をさらに備える、
請求項4に記載の検査装置。
【請求項6】
前記運動指標を出力する結果出力部
をさらに備える、
請求項4又は5に記載の検査装置。
【請求項7】
前記近似部は、期待値最大法により、前記度数分布を前記複数の確率分布の重ね合わせとして近似する、
請求項1から6のいずれかに記載の検査装置。
【請求項8】
請求項1から7のいずれかに記載の検査装置と、
前記検査装置に接続され、前記運動神経に刺激を与え、それにより誘発される前記F波を測定する誘発筋電計と
を備える、
検査キット。
【請求項9】
身体の運動機能の検査プログラムであって、
被験者の運動神経に刺激を与えたときに誘発されるF波の振幅を表す多数のF指標を取得することと、
前記多数のF指標に基づいて、前記F指標の度数分布を作成することと、
前記度数分布を、それぞれが第1種の確率分布又は第2種の確率分布のいずれか一方である複数の確率分布の重ね合わせとして近似することと、
前記度数分布から前記第1種の確率分布が支配する部分を除去した分布であって、前記誘発されるF波の強度の分布である強度分布を導出することと、
前記強度分布の累積分布である強度累積分布を導出することと、
前記強度累積分布の逆関数を導出することと、
前記逆関数の微分であって、前記誘発されるF波の抑制の強さの分布である抑制分布を導出することと
をコンピュータに実行させ、
前記第1種の確率分布は、生起確率が一定値よりも低いポアソン分布であり、
前記第2種の確率分布は、生起確率が前記一定値以上のポアソン分布又はガウス分布である、
検査プログラム。
【請求項10】
身体の運動機能の検査方法であって、
被験者の運動神経に刺激を与えたときに誘発されるF波の振幅を表す多数のF指標を取得することと、
前記多数のF指標に基づいて、前記F指標の度数分布を作成することと、
前記度数分布を、それぞれが第1種の確率分布又は第2種の確率分布のいずれか一方である複数の確率分布の重ね合わせとして近似することと、
前記度数分布から前記第1種の確率分布が支配する部分を除去した分布であって、前記誘発されるF波の強度の分布である強度分布を導出することと、
前記強度分布の累積分布である強度累積分布を導出することと、
前記強度累積分布の逆関数を導出することと、
前記逆関数の微分であって、前記誘発されるF波の抑制の強さの分布である抑制分布を導出することと
を含み、
前記第1種の確率分布は、生起確率が一定値よりも低いポアソン分布であり、
前記第2種の確率分布は、生起確率が前記一定値以上のポアソン分布又はガウス分布である、
検査方法。
【請求項11】
身体の運動機能の検査プログラムであって、
被験者の運動神経に刺激を与えたときに誘発されるF波の振幅を表す多数のF指標を取得することと、
前記多数のF指標に基づいて、前記F指標の度数分布を作成することと、
前記度数分布を、それぞれが第1種の確率分布又は第2種の確率分布のいずれか一方である複数の確率分布の重ね合わせとして近似することと、
前記度数分布に対する前記第1種の確率分布の支配量、及び、前記度数分布に対する前記第2種の確率分布の支配量の少なくとも一方に応じて、前記運動機能を表す運動指標を導出することと
をコンピュータに実行させ、
前記第1種の確率分布は、生起確率が一定値よりも低いポアソン分布であり、
前記第2種の確率分布は、生起確率が前記一定値以上のポアソン分布又はガウス分布である、
検査プログラム。
【請求項12】
身体の運動機能の検査方法であって、
被験者の運動神経に刺激を与えたときに誘発されるF波の振幅を表す多数のF指標を取得することと、
前記多数のF指標に基づいて、前記F指標の度数分布を作成することと、
前記度数分布を、それぞれが第1種の確率分布又は第2種の確率分布のいずれか一方である複数の確率分布の重ね合わせとして近似することと、
前記度数分布に対する前記第1種の確率分布の支配量、及び、前記度数分布に対する前記第2種の確率分布の支配量の少なくとも一方に応じて、前記運動機能を表す運動指標を導出することと、
前記運動指標に応じて、前記運動機能を判定することと
を含み、
前記第1種の確率分布は、生起確率が一定値よりも低いポアソン分布であり、
前記第2種の確率分布は、生起確率が前記一定値以上のポアソン分布又はガウス分布である、
検査方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、被験者の運動神経に刺激を与えたときに誘発されるF波に基づいて、被験者の身体の運動機能を検査する検査装置、プログラム及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
F波とは、運動神経に刺激を与えたときに誘発される筋電位である。運動神経線維に電気刺激が加えられると、そのインパルスが運動神経線維を逆行性に伝導し、脊髄内の前角細胞を興奮させ、そのインパルスが運動神経線維を順行性に伝導し、これがF波として記録される。F波は、全身の多くの筋で容易に記録することが可能であり、神経内科等では疾患の鑑別診断の補助に用いられている。また、M波とは、運動神経線維を順行性に伝導するインパルスを記録した筋電位である。図1は、M波及びF波の波形図であり、F波は、M波に続いて記録される。
【0003】
M波に参加する発火運動単位は、約数百個程度と考えられている。一方、健常者の通常のF波は、0個から数個程度の発火運動単位の電位から構成され、非常に微弱な筋電位となる。F波は、運動神経のみが関与することから、その出現は、運動神経細胞の興奮の確率に依存する。そのため、毎回の試行でF波の振幅が安定せず、ばらつきが大きくなる。これは、正常な脊髄内の前角細胞には大小様々なサイズが存在しており、F波の振幅が発火する前角細胞の数とサイズに依存するからと考えられる。このため、F波は不規則となる。しかし、潜時や出現頻度、M波に対する振幅比(F/M振幅比)は、健常者ではある範囲内で類似するため再現性が高く、臨床的に応用されている。なお、F波の振幅は、一般に被験者毎、同じ被験者であっても測定条件毎に様々であるため、これに代えて、最大上刺激のM波を基準にしたF/M振幅比がしばしば用いられる(非特許文献1)。また、F/M振幅比としては、10回~20回の測定を行い、その平均値が用いられる(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【0004】

【非特許文献1】鈴木俊明,他3名,「運動イメージと脊髄神経機能」,関西理学療法学会,13巻,4号,1頁~9頁,2013年
【非特許文献2】鈴木俊明,他2名,「脳卒中片麻痺患者の安静時F波の特性」,理学療法ジャーナル,27巻,4号,277頁-281頁,1993年4月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、F波の用途は、依然として限られている。この点、F波が全身の多くの筋で容易に記録可能であることに鑑みると、F波のさらなる応用が望まれる。
【0006】
本発明の目的は、F波に基づいて身体の運動機能を検査する新たな方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
第1観点に係る検査装置は、身体の運動機能の検査装置であって、被験者の運動神経に刺激を与えたときに誘発されるF波の振幅を表す多数のF指標を取得するデータ取得部と、前記多数のF指標に基づいて、前記F指標の度数分布を作成する分布作成部と、前記度数分布を、それぞれが第1種の確率分布又は第2種の確率分布のいずれか一方である複数の確率分布の重ね合わせとして近似する近似部と、前記度数分布から前記第1種の確率分布が支配する部分を除去した分布であって、前記誘発されるF波の強度の分布である強度分布を導出し、前記強度分布の累積分布である強度累積分布を導出し、前記強度累積分布の逆関数を導出し、前記逆関数の微分であって、前記誘発されるF波の抑制の強さの分布である抑制分布を導出する抑制分析部とを備える。前記第1種の確率分布は、生起確率が一定値よりも低いポアソン分布である。前記第2種の確率分布は、生起確率が前記一定値以上のポアソン分布又はガウス分布である。なお、ここでいう度数分布には、度数をデータ数で正規化した頻度に換算した頻度分布である場合が含まれる。
【0008】
第2観点に係る検査装置は、第1観点に係る検査装置であって、前記抑制分布を出力する結果出力部をさらに備える。
【0009】
第3観点に係る検査装置は、第1観点又は第2観点に係る検査装置であって、前記抑制分布に基づいて、前記運動機能を判定する判定部をさらに備える。
【0010】
第4観点に係る検査装置は、身体の運動機能の検査装置であって、被験者の運動神経に刺激を与えたときに誘発されるF波の振幅を表す多数のF指標を取得するデータ取得部と、前記多数のF指標に基づいて、前記F指標の度数分布を作成する分布作成部と、前記度数分布を、それぞれが第1種の確率分布又は第2種の確率分布のいずれか一方である複数の確率分布の重ね合わせとして近似する近似部と、前記度数分布に対する前記第1種の確率分布の支配量、及び、前記度数分布に対する前記第2種の確率分布の支配量の少なくとも一方に応じて、前記運動機能を表す運動指標を導出する指標導出部とを備える。前記第1種の確率分布は、生起確率が一定値よりも低いポアソン分布である。前記第2種の確率分布は、生起確率が前記一定値以上のポアソン分布又はガウス分布である。なお、ここでいう度数分布には、度数をデータ数で正規化した頻度に換算した頻度分布である場合が含まれる。
【0011】
第5観点に係る検査装置は、第4観点に係る検査装置であって、前記運動指標を所定の閾値と比較することにより、前記運動機能を判定する判定部をさらに備える。
【0012】
第6観点に係る検査装置は、第4観点又は第5観点に係る検査装置であって、前記運動指標を出力する結果出力部をさらに備える。
【0013】
第7観点に係る検査装置は、第1観点から第6観点のいずれかに係る検査装置であって、前記近似部は、期待値最大法により、前記度数分布を前記複数の確率分布の重ね合わせとして近似する。
【0014】
第8観点に係る検査キットは、第1観点から第7観点のいずれかに係る検査装置と、前記検査装置に接続され、前記運動神経に刺激を与え、それにより誘発される前記F波を測定する誘発筋電計とを備える。
【0015】
第9観点に係る検査プログラムは、身体の運動機能の検査プログラムであって、以下のことをコンピュータに実行させる。なお、第1種の確率分布は、生起確率が一定値よりも低いポアソン分布であり、第2種の確率分布は、生起確率が前記一定値以上のポアソン分布又はガウス分布である。
・被験者の運動神経に刺激を与えたときに誘発されるF波の振幅を表す多数のF指標を取得すること
・前記多数のF指標に基づいて、前記F指標の度数分布を作成すること
・前記度数分布を、それぞれが第1種の確率分布又は第2種の確率分布のいずれか一方である複数の確率分布の重ね合わせとして近似すること
・前記度数分布から前記第1種の確率分布が支配する部分を除去した分布であって、前記誘発されるF波の強度の分布である強度分布を導出すること
・前記強度分布の累積分布である強度累積分布を導出すること
・前記強度累積分布の逆関数を導出すること
・前記逆関数の微分であって、前記誘発されるF波の抑制の強さの分布である抑制分布を導出すること
【0016】
第10観点に係る検査方法は、身体の運動機能の検査方法であって、以下のことを含む。なお、第1種の確率分布は、生起確率が一定値よりも低いポアソン分布であり、第2種の確率分布は、生起確率が前記一定値以上のポアソン分布又はガウス分布である。
・被験者の運動神経に刺激を与えたときに誘発されるF波の振幅を表す多数のF指標を取得すること
・前記多数のF指標に基づいて、前記F指標の度数分布を作成すること
・前記度数分布を、それぞれが第1種の確率分布又は第2種の確率分布のいずれか一方である複数の確率分布の重ね合わせとして近似すること
・前記度数分布から前記第1種の確率分布が支配する部分を除去した分布であって、前記誘発されるF波の強度の分布である強度分布を導出すること
・前記強度分布の累積分布である強度累積分布を導出すること
・前記強度累積分布の逆関数を導出すること
・前記逆関数の微分であって、前記誘発されるF波の抑制の強さの分布である抑制分布を導出すること
【0017】
第11観点に係る検査プログラムは、身体の運動機能の検査プログラムであって、以下のことをコンピュータに実行させる。なお、第1種の確率分布は、生起確率が一定値よりも低いポアソン分布であり、第2種の確率分布は、生起確率が前記一定値以上のポアソン分布又はガウス分布である。
・被験者の運動神経に刺激を与えたときに誘発されるF波の振幅を表す多数のF指標を取得すること
・前記多数のF指標に基づいて、前記F指標の度数分布を作成すること
・前記度数分布を、それぞれが第1種の確率分布又は第2種の確率分布のいずれか一方である複数の確率分布の重ね合わせとして近似すること
・前記度数分布に対する前記第1種の確率分布の支配量、及び、前記度数分布に対する前記第2種の確率分布の支配量の少なくとも一方に応じて、前記運動機能を表す運動指標を導出すること
【0018】
第12観点に係る検査方法は、身体の運動機能の検査方法であって、以下のことを含む。なお、第1種の確率分布は、生起確率が一定値よりも低いポアソン分布であり、第2種の確率分布は、生起確率が前記一定値以上のポアソン分布又はガウス分布である。
・被験者の運動神経に刺激を与えたときに誘発されるF波の振幅を表す多数のF指標を取得すること
・前記多数のF指標に基づいて、前記F指標の度数分布を作成すること
・前記度数分布を、それぞれが第1種の確率分布又は第2種の確率分布のいずれか一方である複数の確率分布の重ね合わせとして近似すること
・前記度数分布に対する前記第1種の確率分布の支配量、及び、前記度数分布に対する前記第2種の確率分布の支配量の少なくとも一方に応じて、前記運動機能を表す運動指標を導出すること
・前記運動指標に応じて、前記運動機能を判定すること
【発明の効果】
【0019】
本発明者らの検証実験によれば、F波の振幅を表すF指標の度数分布は、複数の確率分布の重ね合わせに近似できることが分かった。また、健常者の場合には、F指標の度数分布には、第1種の確率分布が含まれる傾向にあり、多くの場合、第1種の確率分布と複数の第2種の確率分布との重ね合わせにより近似できることが分かった。一方、運動機能に障害を有する患者の場合には、F指標の度数分布には、第1種の確率分布が含まれないか、含まれたとしてもその影響が小さい傾向にあり、多くの場合、複数の第2種の確率分布のみの重ね合わせにより近似できることが分かった。なお、第1種の確率分布は、生起確率が一定値よりも低いポアソン分布であり、第2種の確率分布は、生起確率が前記一定値以上のポアソン分布又はガウス分布である。
【0020】
以上の知見からは、F指標の度数分布に対する第1種の確率分布の支配量が多い程、運動機能が正常である可能性が高く、第2種の確率分布の支配量が多い程、運動機能に異常がある可能性が高いと言える。よって、以上の第4、第11及び第12観点によれば、F指標の度数分布に対する第1種の確率分布の支配量及び第2種の確率分布の支配量の少なくとも一方に応じて、運動機能を表す運動指標が導出される。この新たな指標によれば、F波に基づいて身体の運動機能を検査する新たな方法を提供することができる。
【0021】
また、本発明者らの考察によれば、F波は、被験者の運動神経に刺激を与えたときに、脊髄の前角細胞が発火することにより出現する。前角細胞の発火は脳により抑制されるが、一部の細胞が脳による抑制から脱し、F波が出現する。この脳による抑制は、運動機能に障害を有する患者の場合、健常者に比べて弱くなる。
【0022】
以上の知見に基づき、第1、第9及び第10観点によれば、F波の抑制の強さの分布である抑制分布が導出される。F波の抑制が弱い程、運動機能の障害の程度が大きいと言えるため、この抑制分布は、運動機能の障害の程度の判断材料となり得る。よって、この抑制分布を導出することにより、F波に基づいて身体の運動機能を検査する新たな方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】誘発筋電計で測定されるM波及びF波の筋電図の例を示す図。
【図2】本発明の第1実施形態に係る検査装置を含む検査キットの構成を示す図。
【図3】本発明の第1実施形態に係る検査装置の電気的構成を示すブロック図。
【図4】本発明の第1実施形態に係る検査方法の流れを示すフローチャート。
【図5A】健常者1のF指標の度数分布の例。
【図5B】健常者2のF指標の度数分布の例。
【図5C】健常者3のF指標の度数分布の例。
【図5D】健常者4のF指標の度数分布の例。
【図5E】健常者5のF指標の度数分布の例。
【図6A】患者1のF指標の度数分布の例。
【図6B】患者2のF指標の度数分布の例。
【図6C】患者3のF指標の度数分布の例。
【図6D】患者4のF指標の度数分布の例。
【図6E】患者5のF指標の度数分布の例。
【図7】生起確率の低いポアソン分布の例。
【図8】ガウス分布の例。
【図9】本発明の第2実施形態に係る検査装置の電気的構成を示すブロック図。
【図10】本発明の第2実施形態に係る検査方法の流れを示すフローチャート。
【図11】ある健常者のF指標の度数分布の例。
【図12】図11の度数分布から導出されたF指標の強度分布のグラフ。
【図13】図12のF指標の強度分布から導出された強度累積分布のグラフ。
【図14】図13の強度累積分布の逆関数のグラフ。
【図15】図14の強度累積分布の逆関数から導出された抑制分布のグラフ。
【図16A】軽度の患者の抑制分布のグラフ。
【図16B】重度の患者の抑制分布のグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、図面を参照しつつ、本発明の幾つかの実施形態に係る身体の運動機能の検査装置、プログラム及び方法について説明する。

【0025】
<1.第1実施形態>
<1-1.検査装置の構成>
図2に、本発明の第1実施形態に係る身体の運動機能の検査装置1を含む検査キット100の構成図を示す。検査キット100は、検査装置1の他、これに接続される誘発筋電計2を含む。誘発筋電計2は、被験者の運動神経に刺激を与え、これにより誘発されるF波を測定する装置である。誘発筋電計2は、M波を測定することもできる。

【0026】
誘発筋電計2は、本体部21と、本体部21に接続される基準電極22、記録電極23及び刺激電極24とを含む。基準電極22、記録電極23及び刺激電極24は、被験者の身体の運動機能の検査時に、被験者の身体の適切な部位に取り付けられる。刺激電極24は、被験者の運動神経に電気刺激を与えるための電極である。刺激電極24が与えた電気刺激により誘発されたM波及びF波は、基準電極22と記録電極23との間の電圧として測定される。基準電極22は、アース電極である。図示を省略するが、本体部21は、筐体を有し、筐体内に、刺激電極24に電圧を印加する電圧印加回路、M波及びF波を測定する測定回路、測定されたM波及びF波の波形信号を外部装置である検査装置1に出力する通信回路等を含む。また、本体部21の筐体には、ユーザーから誘発筋電計2の動作の命令を受け付けるためのボタン等の操作ユニットも取り付けられている。

【0027】
検査装置1は、ハードウェアとしては、デスクトップコンピュータ、ラップトップコンピュータ、タブレットコンピュータ、スマートフォン等の汎用のコンピュータから構成される。検査装置1は、このような汎用のコンピュータにプログラム3をインストールすることにより構成される。プログラム3は、誘発筋電計2により測定されるF波の振幅に基づいて、被験者の身体の運動機能を検査するアプリケーションソフトウェアであり、検査装置1に後述する処理を実行させる。検査キット100による運動機能の検査は、医師や理学療法士等の専門家とともに行うこともできるが、自分だけで行うこともできるため、日常的な検査が可能になる。

【0028】
図3に示すとおり、検査装置1は、表示部10、入力部20、記憶部30、制御部40及び通信部50を有する。これらの部10~50は、互いにバス線7を介して接続されている。表示部10は、液晶ディスプレイ等で構成され、適当な画面をユーザーに対し表示する。入力部20は、キーボードやマウス、タッチパネル、操作ボタン等で構成され、検査装置1に対するユーザーからの操作を受け付ける。通信部50は、検査装置1を外部装置である誘発筋電計2の本体部21に通信接続する通信インターフェースである。記憶部30は、ハードディスクやフラッシュメモリ等の不揮発性の記憶装置で構成され、ここにプログラム3が格納されている。

【0029】
制御部40は、CPU、ROM及びRAM等から構成されており、記憶部30内に格納されているプログラム3を読み出して実行することにより、仮想的に、データ取得部41、分布作成部42、近似部43、指標導出部44、判定部45及び結果出力部46として動作する。各部41~46の動作については、後述する。

【0030】
<1-2.身体の運動機能の検査方法の流れ>
以下、図4を参照しつつ、本実施形態に係る身体の運動機能の検査方法の流れについて説明する。検査を行うに当たり、ユーザーは、誘発筋電計2の本体部21の操作ユニットを操作して、本体部21の電源をオンにするとともに、検査装置1の入力部20を操作して、検査装置1上でプログラム3を起動させる。また、被験者の身体の適切な部位に、基準電極22、記録電極23及び刺激電極24を取り付ける。なお、ここでいうユーザーとは、被験者自身の他、医師や理学療法士等の専門家のような、被験者の身体の運動機能の検査結果を必要とする者の総称である。

【0031】
まず、ステップS1では、ユーザーが誘発筋電計2の操作ユニットを操作して、本体部21の電圧印加回路を駆動し、刺激電極24に所定の電圧を連続的に印加する。これに限定されないが、好ましい検査の条件の例を挙げると、測定期間を5分とし、サンプリング周期を1.0Hzとすることができ、この場合、計300回、被験者の運動神経に電圧が印加される。これにより、被験者の運動神経に連続的に電気刺激が与えられ、これを受けて連続的に誘発されるM波及びこれに続くF波が、測定回路により連続的に測定される。この測定の間、被検者は横臥などの姿勢を保ち、運動神経から信号を出さないように安静にしている必要がある。連続的に測定されたM波及びF波の波形信号は、検査装置1に送信され、通信部50を介してデータ取得部41がこれを受信する。

【0032】
続くステップS2では、データ取得部41は、受信したM波及びF波の波形信号に基づいて、多数のF指標を算出する。このとき、F指標は、被験者の運動神経に電圧を印加した各試行に対し、取得される。F指標とは、F波の振幅を表す指標であり、本実施形態では、F波の振幅/M波の振幅(以下、「F/M振幅比」という)である。F波の振幅は、一般に被験者毎、同じ被験者であっても測定条件毎にばらつくため、このようなばらつきをキャンセルするために、F波の振幅を表すF指標として、F/M振幅比が算出される。なお、以上のようなばらつきをキャンセルする方法は、これに限られない。F波の振幅がばらつく原因としては、例えば、被験者の汗等により、電極22~24と被験者の身体との間の抵抗が変化することが挙げられる。よって、適宜の方法で、電極22~24と被験者の身体との間の抵抗を測定し、当該抵抗に基づきF波の振幅からばらつきをキャンセルしたものを、F指標としてもよい。

【0033】
続くステップS3では、分布作成部42が、ステップS2で取得された多数のF指標に基づいて、F指標の度数分布(度数をデータ数で正規化した頻度に換算した頻度分布である場合を含む)を作成する。このとき、F指標を所定の幅(例えば、0.1%の幅)でクラス分けし、クラス毎の度数を計数する。図5A~図5Eは、実際に運動機能に障害のない5名の健常者を測定したときのF指標の度数分布であり、図6A~図6Eは、実際に運動機能に障害のある5名の患者を測定したときのF指標の度数分布である。これらの図からも見て取れるように、本発明者らの検証実験によれば、以下のことが分かった。なお、検証実験自体は、健常者21名及び運動機能に障害のある患者17名に対して行った。

【0034】
健常者のF指標の度数分布は、大部分が生起確率の低い右下がりのポアソン分布に従い、小部分がいくつかのガウス分布に従う傾向にあり、多くの場合、単一の生起確率の低いポアソン分布と複数のガウス分布との重ね合わせに近似できることが分かった。参考として、図7に生起確率の低いポアソン分布を示し、図8にガウス分布を示し、図5Aに、生起確率の低いポアソン分布に従う部分と、ガウス分布に従う部分とを矢印で示す。以上の検証実験の結果によると、F波を発現させる脊髄内の前角細胞は、いくつかの確率分布に従うグループに分かれ、これらのグループには平均値の異なる複数のガウス分布に従うグループが含まれ、これは、サイズの異なる前角細胞が存在することによるものと考えられる。

【0035】
一方、患者のF指標の度数分布には、複数のガウス分布が認められるが、生起確率の低い右下がりのポアソン分布は認められないことが多いことが分かった。参考として、図6Aの度数分布に含まれるガウス分布の位置を矢印で示す。患者の中にも、生起確率の低いポアソン分布が認められるケースもあったが、そのようなケースは小脳出血や脳腫瘍等で随意運動の障害が軽度の患者であった。また、患者のF指標の度数分布に含まれる生起確率の低いポアソン分布に従う部分は、健常者のそれと比べて、度数分布全体に対する影響が小さかった。以上より、患者のF指標の度数分布には、生起確率の低いポアソン分布が含まれないか、含まれたとしてもその影響が小さい傾向にあり、多くの場合、複数のガウス分布のみの重ね合わせにより近似できることが分かった。

【0036】
健常者及び随意運動の障害が軽度の患者のF指標の度数分布には、生起確率の低いポアソン分布が認められる。よって、生起確率の低いポアソン分布が認められるということは、随意運動を制御する皮質脊髄路等の部位が傷害されておらず、上位中枢の運動制御系が正しく機能していると推測される。このことから、生起確率の低いポアソン分布は、神経系全体に関与するシナプス制御を反映していると推測される。一方、ガウス分布は患者及び健常者の両方で認められることから、正常か異常かに関わらず出現する。さらに、患者のF波の度数分布は、健常者のそれよりもガウス分布に従う割合が多いことから、ガウス分布は、刺激を受けた細胞の特性を反映していると推測される。この細胞の特性は、脳からの抑制と考えられる。随意運動の障害が重度の患者のF指標の度数分布には、ポアソン分布が認められず、いくつかのガウス分布のみが認められ、そのガウス分布の平均値が高くなる。

【0037】
F波が出現する生理学機序をここで説明する。強制的な電気刺激が人体に入力されると、そのインパルスが運動神経線維を逆行性に伝導し、脊髄の前角細胞で再発火した後、順行性にインパルスが伝導し、F波が発現する。その際、健常者の場合には発火に参加するのは、全ての運動単位の数%程度であり、殆どの細胞がF波の波形の形成には参加しない。この理由は、多くの細胞が脳からの抑制により発火を起こすことができないからである。しかし、一部分の細胞は、脳からの抑制から脱し、発火することで、波形の形成に参加することができる。

【0038】
このような生理学的機序から、波形の形成に参加する細胞の特性を考える。以上のとおり、運動障害のない健常者のF波の度数分布には、単数の生起確率の低いポアソン分布と複数のガウス分布とが認められる傾向がある。また、運動障害のある患者のF波の度数分布には、生起確率の低いポアソン分布が認められず、ガウス分布のみが認められる傾向がある。ガウス分布が健常者と患者とに認められるということは、共通性が存在することを意味する。よって、生起確率の低いポアソン分布とガウス分布とでは、異なる制御系が関与していると考えられる。より具体的には、生起確率の低いポアソン分布は、運動制御系に関わる錐体路系が関与していると考えられる。シナプスを介し多髄節に調整を行う錐体路の機能残存が、生起確率の低いポアソン分布を形成しており、生起確率の低いポアソン分布は、シナプスを介した大域的な制御系に関与すると考えられる。

【0039】
一方、ガウス分布は、健常者と患者の両方から示されることから、生起確率の低いポアソン分布のようなシナプスを介する大域的な制御系には関与していないと考えられる。ガウス分布には、細胞自身の特性、すなわち脳からの抑制が関与していると考えられる。患者では健常者とは異なり、F波の振幅が大きくなる。これは、シナプスの制御が不十分であり、脳からの抑制から脱する神経細胞数が多くなるからと考えられる。しかし、患者の中でも、F波の振幅がM波と同程度となるのは脊髄損傷者のみで、他の患者のF波の振幅は、M波の10~20%程度である。

【0040】
以上の考察からすると、生起確率の低いポアソン分布が出現することには、シナプスの特性である制御系が関与しており、ガウス分布が出現することには、細胞の特性である制御系が関与していると考えられる。以上のことから、F波の波形の形成に参加可能な細胞とは、正常機能を有さない劣化した細胞と考えることができ、健常者の神経細胞にも、このような劣化した細胞が数%存在し、それがF波として表出されると推察できる。この推察からは、F波に参加可能な細胞は劣化細胞であり、F波の出現の確率を算出することで、この劣化率を表すことができ、正常な細胞と劣化細胞との比率を表すことにより、異常性を評価することができることが理解される。

【0041】
以上の知見からは、F指標の度数分布に対する生起確率の低いポアソン分布の支配量が多い程、運動機能が正常である可能性が高く、ガウス分布の支配量が多い程、運動機能に異常がある可能性が高いと言える。なお、生起確率の高いポアソン分布は、ガウス分布的になり、ガウス分布に近似できることが知られている。よって、F指標の度数分布に対する生起確率の高いポアソン分布の支配量が多い程、運動機能に異常がある可能性が高いと言うこともできる。以後のステップでは、このような知見に基づき、F指標の度数分布に対する生起確率が一定値よりも低いポアソン分布(以下、第1種の確率分布ということがある)の支配量、及び、当該生起確率が当該一定値以上のポアソン分布又はガウス分布(以下、第2種の確率分布ということがある)の支配量に応じて、身体の運動機能が検査される。

【0042】
続くステップS4では、近似部43が、ステップS3で作成されたF指標の度数分布を、複数の確率分布の重ね合わせとして近似する。重ね合わせに含められる確率分布は、各々、第1種の確率分布又は第2種の確率分布のいずれか一方である。また、重ね合わせに含められる確率分布の数は、特に限定されないが、例えば、上限を設定しておいてもよい。

【0043】
以上の近似は、最適化計算により行うことができるが、最適化計算に入る前のパラメータの初期値は、適宜、ユーザーが手動で設定することもできる。最適化の方法は、特に限定されず、例えば、期待値最大法や最急降下法等を用いることができる。なお、本発明者らの検証実験によると、元の度数分布と、これを近似した複数の確率分布の重ね合わせとの二乗平均平方根誤差は、最急降下法を用いた場合よりも、期待値最大法を用いた場合の方が小さく、近似の精度が高い結果となった。この結果は、健常者のデータで検証した場合も、患者のデータで検証した場合も、同じであった。よって、近似の方法としては、期待値最大法を用いることが好ましい。また、最急降下法では、パラメータの初期値が適切に設定されていないと、最終的に精度のよい近似結果が得られないことがあるが、期待値最大法の場合には、パラメータの初期値に余り依存することなく、精度の高い近似結果を得ることができる。よって、この意味でも、期待値最大法を用いることが好ましい。

【0044】
続くステップS5では、指標導出部44が、ステップS3で作成されたF指標の度数分布に対する、ステップS4で特定された第1種の確率分布の支配量に応じて、被験者の運動機能を表す運動指標を導出する。同支配量は、様々に定義することができ、例えば、ステップS4で特定された第1種の確率分布の面積として算出することもできるし、ステップS4で特定された第1種の確率分布に従うF/M振幅比のデータ数とすることもできる。また、運動指標は、F指標の度数分布に対する第1種の確率分布の支配量そのものとしてもよいし、同支配量に応じて変化するように定義してもよい。

【0045】
続くステップS6では、判定部45が、ステップS5で導出された運動指標を所定の閾値と比較することにより、被験者の運動機能を判定する。より具体的には、運動指標が所定の閾値を超える場合には、運動機能を異常と判定し、超えない場合には、正常と判定する。なお、閾値を複数設定しておき、運動機能を3段階以上で段階的に判断してもよい。また、上記のとおり、第1種の確率分布は、生起確率が一定値よりも低いポアソン分布と定義されるが、ここで用いられる閾値は、ポアソン分布を定義するための「一定値」に応じて設定されることになる。

【0046】
続くステップS7では、結果出力部46が、ステップS5で導出された運動指標とともに、ステップS6での判定結果を出力する。このときの出力の態様は特に限定されず、例えば、表示部10上に表示することもできるし、通信部50を介して外部装置に送信することもできる。これを見たユーザーは、被験者の運動機能の状態を把握することができる。また、結果出力部46は、ユーザーの参考となるように、ステップS3で作成されたF指標の度数分布のグラフと、これの近似を構成するステップS4で特定された複数の確率分布のグラフも、表示してもよい。複数の確率分布のグラフは、各々単独で表示してもよいし、重ね合わせて表示してもよい。

【0047】
<2.第2実施形態>
既に述べた通り、前角細胞におけるF波の出現は脳に抑制されており、この抑制が弱まると、F波の発生頻度が高くなり、F波の強度も大きくなる。第1実施形態によれば、F波の強度分布を可視化し、これに基づいて運動機能を評価することができたが、F波の強度分布だけでは、必ずしも前角細胞の抑制の状態を可視化することはできない。第2実施形態では、前角細胞において誘発されるF波の脳による抑制の強さを可視化し、これに基づいて運動機能が評価される。

【0048】
図9は、第2実施形態に係る身体の運動機能の検査装置101の電気的構成を示すブロック図である。検査装置101も、第1実施形態に係る検査装置1と同様に、誘発筋電計2に接続され、誘発筋電計2とともに、身体の運動機能を検査する検査キットを構成する。図9に示すように、検査装置101の構成は、第1実施形態に係る検査装置1と多くの点で共通する。以下では、第1実施形態と共通する要素については、同じ参照符号を付して詳細な説明を省略し、主として第1実施形態と異なる点について説明する。

【0049】
検査装置101の制御部40は、記憶部30内に格納されているプログラム3を読み出して実行することにより、仮想的に、データ取得部41、分布作成部42、近似部43、抑制分析部144、判定部145及び結果出力部146として動作する。図10は、第2実施形態に係る身体の運動機能の検査方法の流れを示すフローチャートである。以下、これらの部41~43及び144~146により実行される検査方法の流れについて説明する。

【0050】
まず、第1実施形態と同様に、誘発筋電計2による測定が行われ、データ取得部41が、M波及びF波の波形信号を取得する(ステップS1)。続いて、第1実施形態と同様に、データ取得部41が、多数のF指標を算出し(ステップS2)、分布作成部42が、F指標の度数分布を作成し(ステップS3)、近似部43が、F指標の度数分布を、複数の確率分布の重ね合わせとして近似する(ステップS4)。なお、上記の通り、重ね合わせに含められる確率分布は、各々、第1種の確率分布又は第2種の確率分布のいずれか一方である。

【0051】
続くステップS101では、抑制分析部144が、ステップS4の結果に基づいて、ステップS3で作成されたF指標の度数分布から、第1種の確率分布が支配する部分を除去した分布を導出する。すなわち、ステップS3で作成されたF指標の度数分布から、第1種の確率分布が支配する部分を引くことにより、第2種の確率分布が支配するF指標の度数分布を導出する。上記の通り、第2種の確率分布は、前角細胞が脳からの抑制から脱することにより出現する。従って、ステップS101で導出される分布は、前角細胞において誘発されるF波又はこれに基づくF指標の強度分布であると言うことができる。図11は、ある健常者のF指標の度数分布の例であり、図12は、図11の度数分布から導出された、前角細胞において誘発されるF波又はこれに基づくF指標の強度分布を示す。

【0052】
ステップS101で導出される分布は、確率的に変化するパルス刺激に対する、脳による抑制が弱められた前角細胞の応答を表す。誘発筋電計2により電気刺激が連続的に印加されると、運動神経を連続的にパルスが逆行し、これらのパルスの大きさは、電気刺激が印加されたときの被験者の体調に応じて変化する。前角細胞は、脳からの抑制が弱まると、小さなパルス刺激に対してはF波を発生させないが、大きなパルス刺激に対してはF波を発生させるようになる。そして、さらに脳からの抑制が弱まると、前角細胞は、小さなパルス刺激に対してもF波を発生させるようになる。以後のステップS102~S104は、このような抑制の状態を可視化するステップである。

【0053】
ステップS101に続くステップS102では、抑制分析部144が、ステップS101で導出されたF指標の強度分布の累積分布である強度累積分布を導出する。すなわち、抑制分析部144は、ステップS101で導出されたF指標の強度分布の横軸に沿って、左から右へ向かって、縦軸の度数の値を累積加算してゆく。図13は、図12のF指標の強度分布から導出された強度累積分布を示す。

【0054】
続くステップS103では、抑制分析部144が、ステップS102で導出された強度累積分布の逆関数を導出する。強度累積分布は、単調増加関数であるため、逆関数が存在する。図14は、図13の強度累積分布の逆関数を示す。ステップS103で導出される逆関数は、F指標の強度の累積分布の逆関数であるから、前角細胞において誘発されるF波の抑制の強さの累積を表す関数であると言える。

【0055】
強度累積分布の逆関数の横軸は、知覚細胞から前角細胞に伝わるパルス刺激p(t)の大きさを表す。なお、パルス刺激p(t)の実際の最大値及び最小値は分からないため、強度累積分布の逆関数の横軸は、ステップS101で導出されるF指標の強度分布のグラフ全体の面積の幅を有するものと仮定する。また、パルス刺激p(t)は、一様乱数状に変化し、各大きさのパルス刺激p(t)は、等確率で発生するものと仮定する。つまり、図14の例で説明すると、強度累積分布の逆関数は、横軸のパルス刺激p(t)が等確率で0から162(図12のグラフの面積)の値をとるときの、F/M振幅比を表す。強度累積分布の逆関数のグラフにおいて、横に平らな部分が広い程、当該平らな部分に相当するF/M振幅比を返す確率が高くなる。また、強度累積分布の逆関数のグラフにおいて、縦に延びる部分は、当該部分に相当するF/M振幅比を返すことが極めて低い確率であることを意味する。なお、強度累積分布の逆関数の縦軸は、F/M振幅比を表すが、大きさp(t)のパルス刺激に反応する細胞数であると言うこともできるし、大きさp(t)のパルス刺激で脳による抑制から脱する細胞数であると言うこともできる。

【0056】
続くステップS104では、抑制分析部144が、ステップS103で導出された強度累積分布の逆関数の微分を導出する。この微分は、前角細胞で誘発されるF波の抑制の強さの分布(以下、抑制分布と言う)である。すなわち、抑制分析部144は、ステップS103で導出された強度累積分布の逆関数の横軸に沿って、左から右へ向かって、パルス刺激p(t)の単位増分当たりの縦軸のF/M振幅比の増分を算出してゆく。図15は、図14の強度累積分布の逆関数の微分である抑制分布を示す。抑制分布は、強度累積分布の逆関数において、横軸の隣り合う値に対応する縦軸の値の差分をとることにより、導出される。抑制分布の縦軸は、反応するパルス刺激の閾値がp(t)の前角細胞であって、パルス刺激がp(t)未満の場合には反応しない前角細胞の数を表す。よって、パルス刺激がp(t)の値をとるとき、抑制分布のグラフにおいてp(t)以下の部分に対応する前角細胞が反応し、F波を発生させる。よって、抑制分布のグラフにおいてp(t)以下の部分の積分が、パルス刺激がp(t)の値をとったときのF/M振幅比を決定する。

【0057】
以上の通りに算出される抑制分布のグラフにおいて、より左の部分は、脳による抑制がより弱く、パルス刺激p(t)に対しより反応し易い前角細胞に対応し、より右の部分は、同抑制がより強く、パルス刺激p(t)に対しより反応しにくい前角細胞に対応する。従って、抑制分布は、脳による抑制の程度の異なる前角細胞の分布を示す。図16Aは、脳梗塞を起こした後、概ね回復したある軽度の患者の抑制分布を示し、図16Bは、頸椎を損傷し、回復の目途が立っていない重度の患者の抑制分布を示す。図15は、健常者の抑制分布である。このような健常者の抑制分布を見ると、右端付近に大きなピークがあり、脳による抑制が強い前角細胞の数が多いことが分かる。一方、図16Bを見ると、重度の患者の抑制分布では、健常者の抑制分布と反対に、左端付近に大きなピークがあり、脳による抑制が弱い前角細胞の数が多いことが分かる。また、図16Aを見ると、軽度の患者の抑制分布では、健常者の抑制分布と比べて分布が左側へ偏っていることが分かる。以上の3つのグラフからは、運動機能の障害が大きい程、抑制分布が左に偏り、運動機能の障害が小さい程、抑制分布が右に偏ることが分かる。よって、ステップS104で導出される抑制分布からは、身体の運動機能の障害の程度を判定することができる。

【0058】
続くステップS105では、判定部145が、ステップS104で導出された抑制分布に基づいて、被験者の運動機能を判定する。抑制分布から運動機能を判定する方法は、様々考えられるが、例えば、抑制分布から運動機能を表す運動指標を算出してもよい。この場合、例えば、運動指標として、抑制分布が左に偏っている度合いを指標化し、このような運動指標に応じて、ステップS6と同様に、運動機能を判定してもよい。指標化の方法としては、例えば、抑制分布の横軸の値の大きさに応じて重みを付けて、縦軸の値を積分した値を、運動指標とすることができる。別の例を挙げると、抑制分布と運動指標との関係を学習した学習済モデルを予め用意しておき、これにステップS104で導出された抑制分布を入力することにより、運動指標を算出してもよい。学習済モデルとしては、ニューラルネットワークを好ましく利用することができる。

【0059】
続くステップS106では、結果出力部146が、ステップS104で導出された抑制分布のグラフとともに、ステップS105での判定結果を出力する。また、ステップS105で運動指標が算出された場合には、運動指標がさらに出力されてもよい。このときの出力の態様は特に限定されず、例えば、表示部10上に表示することもできるし、通信部50を介して外部装置に送信することもできる。これらの情報を得たユーザーは、被験者の運動機能の状態(障害の程度)を把握することができる。なお、抑制分布のグラフでは、前角細胞の抑制の状態が可視化されており、同グラフからは、運動機能の状態(障害の程度)が一目瞭然である。

【0060】
<3.用途>
以上の第1及び第2実施形態に係る検査方法は、被験者の運動機能を評価する様々な用途に利用することができる。例えば、リハビリテーション医療に対し、以下の用途がある。
(1)従来、F波に基づき評価されてこなかった脳卒中や脊髄損傷、パーキンソン病や脊髄小脳変性症等の中枢神経障害者に対しても、神経障害の質的評価が可能となり、予後を比較的簡易的に予測することができる。
(2)リハビリテーションを行っている患者に対し、上記実施形態に係る検査方法を継続的に実施することで、患者の回復の程度を評価することができる。
(3)パーキンソン病や脊髄小脳変性症、認知症等の変性疾患に対し、運動機能の程度を推察することができる。
(4)運動器疾患の質的変化を測定することが可能であり、運動器疾患の質的評価が可能になる。
(5)第1実施形態においてF指標の度数分布や、これの近似を構成する複数の確率分布をグラフ化して表示する場合には、患者への視覚的な説明が可能になる。
(6)第2実施形態において抑制分布をグラフ化して表示する場合には、患者への視覚的な説明が可能になる。

【0061】
F波は、脊髄の前角細胞の興奮性を示す指標となる。脊髄の前角細胞は、運動出力細胞であるため、身体運動に直接的に関与する。上記実施形態に係る検査方法によれば、このような前角細胞を、F波により直接的に評価することができるため、身体運動の変化を客観的に評価することが可能となる。従来の身体運動評価は、MMTのような筋力検査や関節可動域検査など量的な評価であったが、上記実施形態に係る検査方法によれば神経の質的変化を知ることができ、身体運動の質的な評価やリハビリテーションプログラムの評価も客観的に可能となる。また、治療の経過を数値的に示すことができ、患者への説明にも有用となる。さらには、F波が捉える脊髄の前角細胞の興奮は、最終共通路として知られており、上位中枢の興奮と抑制の出力の総和である。よって、脊髄のみでなく、中枢神経系全体の評価も間接的に行うことができる。

【0062】
<4.変形例>
以上、本発明の幾つかの実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない限りにおいて、種々の変更が可能である。例えば、以下の変更が可能である。また、以下の変形例の要旨は、適宜組み合わせることができる。

【0063】
<4-1>
第1実施形態では、F指標の度数分布に対する第1種の確率分布の支配量に応じて、運動指標が導出された。しかしながら、運動指標は、F指標の度数分布に対する第2種の確率分布の支配量に応じて導出されてもよい。この場合、例えば、運動指標は、F指標の度数分布に対する第2種の確率分布の支配量そのものとしてもよいし、同支配量に応じて変化する値としてもよい。すなわち、F指標の度数分布に対する第1種の確率分布の支配量、又は、F指標の度数分布に対する第2種の確率分布の支配量の一方が分かれば、運動機能を評価することができる。F指標の度数分布に対する第2種の確率分布の支配量は、様々に定義することができる。例えば、同支配量は、F指標の度数分布に対する第1種の確率分布の支配量の場合と同様に、ステップS4で特定された第2種の確率分布の面積として算出することもできるし、ステップS4で特定された第2種の確率分布に従うF/M振幅比のデータ数とすることもできる。

【0064】
あるいは、運動指標は、F指標の度数分布に対する第1種の確率分布の支配量と、F指標の度数分布に対する第2種の確率分布の支配量との両方に基づいて定義される指標としてもよい。例えば、運動指標は、前者の支配量から後者の支配量を減算した値や、前者の支配量を後者の支配量で除算した値とすることができる。このような運動指標も、運動機能を適切に評価することができる。

【0065】
<4-2>
第1実施形態において、ステップS6を省略し、ステップS7では運動指標のみを出力し、これに基づいてユーザーが被験者の運動機能を判定するようにしてもよい。又は、ステップS7では、ステップS6の判定結果のみを出力し、運動指標を出力しないようにしてもよい。

【0066】
<4-3>
第2実施形態において、ステップS105を省略し、ステップS106では、抑制分布のみを出力してもよい。又は、ステップS106では、ステップS105の判定結果のみを出力し、抑制分布を出力しないようにしてもよい。
【実施例】
【0067】
F指標の度数分布の再現性が低いと、これに基づく運動機能の判定の信頼性が失われるため、このような度数分布に再現性があるかどうかを検証した。より具体的には、同一の被験者に対し、誘発筋電計の電極の位置を変えずに、M波及びF波の300回の測定を4回行った。さらに、誘発筋電計の電極の位置により測定の対象となる筋繊維数が異なるため、同一の被験者に対し、電極の位置を変えて、M波及びF波の300回の測定を4回行った。その結果、電極の位置を変えなかった場合の4回の測定に基づく4個の度数分布間では、いずれの組み合わせにおいても、0.995以上という極めて高い相関係数が得られた。また、電極の位置を変えた場合の4回の測定に基づく4個の度数分布間でも、いずれも0.89以上という高い相関係数が得られた。よって、F指標の度数分布には、高いレベルの再現性があり、これに基づく運動機能の判定には信頼性が確保されることが確認された。
【符号の説明】
【0068】
1,101 検査装置
100 検査キット
2 誘発筋電計
3 プログラム
40 制御部
41 データ取得部
42 分布作成部
43 近似部
44 指標導出部
45 判定部
46 結果出力部
144 抑制分析部
145 判定部
146 結果出力部
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5A】
4
【図5B】
5
【図5C】
6
【図5D】
7
【図5E】
8
【図6A】
9
【図6B】
10
【図6C】
11
【図6D】
12
【図6E】
13
【図7】
14
【図8】
15
【図9】
16
【図10】
17
【図11】
18
【図12】
19
【図13】
20
【図14】
21
【図15】
22
【図16A】
23
【図16B】
24