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明細書 :有機酸の製造方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 公開特許公報(A)
公開番号 特開2021-153524 (P2021-153524A)
公開日 令和3年10月7日(2021.10.7)
発明の名称または考案の名称 有機酸の製造方法
国際特許分類 C12P   7/46        (2006.01)
C12N  15/53        (2006.01)
FI C12P 7/46
C12N 15/53 ZNA
請求項の数または発明の数 11
出願形態 OL
全頁数 26
出願番号 特願2020-058792 (P2020-058792)
出願日 令和2年3月27日(2020.3.27)
発明者または考案者 【氏名】小山内 崇
【氏名】飯嶋 寛子
【氏名】渡邊 敦子
出願人 【識別番号】801000027
【氏名又は名称】学校法人明治大学
個別代理人の代理人 【識別番号】100106909、【弁理士】、【氏名又は名称】棚井 澄雄
【識別番号】100126882、【弁理士】、【氏名又は名称】五十嵐 光永
審査請求 未請求
テーマコード 4B064
Fターム 4B064AD09
4B064AD18
4B064AD38
4B064CA19
4B064CC24
4B064DA16
要約 【課題】藍藻を用いて高効率に、コハク酸、フマル酸及びリンゴ酸からなる群から選ばれる少なくとも一種の有機酸を製造可能な、有機酸の製造方法を提供する。
【解決手段】リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現が亢進されている藍藻、又はリンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性が亢進されている藍藻、を培養物で培養して有機酸を製造させ、前記藍藻内及び/又は前記培養物中から前記有機酸を採取することを含み、前記有機酸が、コハク酸、フマル酸及びリンゴ酸からなる群から選ばれる少なくとも一種を含む、有機酸の製造方法。
【選択図】なし
特許請求の範囲 【請求項1】
リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現が亢進されている藍藻、又はリンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性が亢進されている藍藻、を培養物で培養して有機酸を製造させ、前記藍藻内及び/又は前記培養物中から前記有機酸を採取することを含み、
前記有機酸が、コハク酸、フマル酸及びリンゴ酸からなる群から選ばれる少なくとも一種を含む、有機酸の製造方法。
【請求項2】
前記藍藻が、コーディング領域及び/又は発現調節領域の配列が改変されたリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を有するものである、請求項1に記載の有機酸の製造方法。
【請求項3】
前記藍藻が、リンゴ酸デヒドロゲナーゼをコードするリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の核酸配列と、該核酸配列と作動可能に連結されたpsbA遺伝子のプロモータの核酸配列と、を含む配列を有するものである、請求項2に記載の有機酸の製造方法。
【請求項4】
前記リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子が、以下の(a)~(c)からなる群から選ばれるタンパク質をコードする遺伝子である請求項2又は3に記載の有機酸の製造方法。
(a)配列番号1で表されるアミノ酸配列を有するタンパク質
(b)配列番号1で表されるアミノ酸配列において、1~数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、又は付加されたアミノ酸配列を有し、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質
(c)配列番号1で表されるアミノ酸配列との配列同一性が80%以上であるアミノ酸配列を有し、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質
【請求項5】
前記藍藻を培養物中で培養することが、前記藍藻を好気培養した後に嫌気培養することを含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の有機酸の製造方法。
【請求項6】
前記嫌気培養中に、前記藍藻により製造された前記培養物中の前記有機酸の濃度を低減させる操作を行うことを含む、請求項5に記載の有機酸の製造方法。
【請求項7】
前記藍藻の乾燥重量あたりの有機酸生産量[前記嫌気培養における前記培養物中に製造された前記有機酸重量(g)/前記嫌気培養された藍藻の乾燥重量(g)×100]の値が、以下の1)~3)のいずれか1以上の規定を満たす、請求項5又は6に記載の有機酸の製造方法:
1)前記藍藻の乾燥重量あたりのコハク酸生産量が7%以上、
2)前記藍藻の乾燥重量あたりのフマル酸生産量が5%以上、
3)前記藍藻の乾燥重量あたりのリンゴ酸生産量が6%以上。
【請求項8】
前記好気培養終了時点の培養物のOD730で特定される藍藻の濃度が、OD730=5以上である、請求項5~7のいずれか一項に記載の有機酸の製造方法。
【請求項9】
前記嫌気培養開始時に藍藻が非休眠状態である、請求項5~8のいずれか一項に記載の有機酸の製造方法。
【請求項10】
前記嫌気培養を暗条件下で行う、請求項5~9のいずれか一項に記載の有機酸の製造方法。
【請求項11】
前記藍藻がシネコシスティス(Synechocystis)属の藍藻である、請求項1~10のいずれか一項に記載の有機酸の製造方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、藍藻を用いた有機酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化や資源枯渇に関する懸念から、再生可能な資源であるバイオマスへの期待が高まっている。なかでも石油の代替資源の開発は重要な課題である。
有機酸は、利用価値の高い化合物である。なかでもコハク酸、フマル酸、リンゴ酸等の炭素数4のC4ジカルボン酸は、高分子化合物の合成原料である単量体として、大変有用である。例えば、コハク酸は、汎用の化学・工業原料であり、ポリブチレンサクシネート(PBS)の原料や、化学品中間体、溶剤、可塑剤として広く利用されている。例えば、コハク酸を原料として製造されるポリブチレンサクシネートは、農業用マルチフィルム、包装材、農場・土木資材等に使用され、2018年の世界市場規模は1億3170万ドルで、2023年までに1億8280万ドルに成長すると予想されている。2018年のPBSの世界生産能力は約97000tにのぼる。
現在、コハク酸は、主に石油を原料として製造されているが、石油の代わりにバイオマスを利用しようとする流れがある。例えば、非特許文献1には、従属栄養微生物を用いてコハク酸を生産する技術が開示されている。いくつかの企業ではバクテリア又は酵母の発酵により、コハク酸の生産を開始している。
【先行技術文献】
【0003】

【非特許文献1】Sanchez AM, Bennett GN, San KY (2005) Novel pathway engineering design of the anaerobic central metabolic pathway in Escherichia coli to increase succinate yield and productivity. Metab Eng 7:229-239.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記の非特許文献等に開示された方法では、有機酸原料として、微生物に対するグルコース等の植物由来の炭素源の供給が必須である。しかし、このような植物由来の炭素源は、食糧としても利用されているため、糖価格の高騰や安定供給体制に対する不安がある。
一方、藍藻は上記微生物とは異なり、光合成により二酸化炭素と光エネルギーを直接資源化することができる。
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、藍藻を用いて高効率に、コハク酸、フマル酸及びリンゴ酸からなる群から選ばれる少なくとも一種の有機酸を製造可能な、有機酸の製造方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は以下の態様を有する。
【0006】
(1)リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現が亢進されている藍藻、又はリンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性が亢進されている藍藻、を培養物で培養して有機酸を製造させ、前記藍藻内及び/又は前記培養物中から前記有機酸を採取することを含み、
前記有機酸が、コハク酸、フマル酸及びリンゴ酸からなる群から選ばれる少なくとも一種を含む、有機酸の製造方法。
(2)前記藍藻が、コーディング領域及び/又は発現調節領域の配列が改変されたリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を有するものである、前記(1)に記載の有機酸の製造方法。
(3)前記藍藻が、リンゴ酸デヒドロゲナーゼをコードするリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の核酸配列と、該核酸配列と作動可能に連結されたpsbA遺伝子のプロモータの核酸配列と、を含む配列を有するものである、前記(2)に記載の有機酸の製造方法。
(4)前記リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子が、以下の(a)~(c)からなる群から選ばれるタンパク質をコードする遺伝子である前記(2)又は(3)に記載の有機酸の製造方法。
(a)配列番号1で表されるアミノ酸配列を有するタンパク質
(b)配列番号1で表されるアミノ酸配列において、1~数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、又は付加されたアミノ酸配列を有し、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質
(c)配列番号1で表されるアミノ酸配列との配列同一性が80%以上であるアミノ酸配列を有し、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質
(5)前記藍藻を培養物中で培養することが、前記藍藻を好気培養した後に嫌気培養することを含む、前記(1)~(4)のいずれか一つに記載の有機酸の製造方法。
(6)前記嫌気培養中に、前記藍藻により製造された前記培養物中の前記有機酸の濃度を低減させる操作を行うことを含む、前記(5)に記載の有機酸の製造方法。
(7)前記藍藻の乾燥重量あたりの有機酸生産量[前記嫌気培養における前記培養物中に製造された前記有機酸重量(g)/前記嫌気培養された藍藻の乾燥重量(g)×100]の値が、以下の1)~3)のいずれか1以上の規定を満たす、前記(5)又は(6)に記載の有機酸の製造方法:
1)前記藍藻の乾燥重量あたりのコハク酸生産量が7%以上、
2)前記藍藻の乾燥重量あたりのフマル酸生産量が5%以上、
3)前記藍藻の乾燥重量あたりのリンゴ酸生産量が6%以上。
(8)前記好気培養終了時点の培養物のOD730で特定される藍藻の濃度が、OD730=5以上である、前記(5)~(7)のいずれか一つに記載の有機酸の製造方法。
(9)前記嫌気培養開始時に藍藻が非休眠状態である、前記(5)~(8)のいずれか一つに記載の有機酸の製造方法。
(10)前記嫌気培養を暗条件下で行う、前記(5)~(9)のいずれか一つに記載の有機酸の製造方法。
(11)前記藍藻がシネコシスティス(Synechocystis)属の藍藻である、前記(1)~(10)のいずれか一つに記載の有機酸の製造方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明に係る藍藻は、光合成により二酸化炭素と光エネルギーを直接資源化でき、かつ有機酸の生産能に優れている。このため、本発明によれば、藍藻により高効率に、コハク酸、フマル酸及びリンゴ酸からなる群から選ばれる少なくとも一種の有機酸を製造可能である。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】藍藻における代謝経路を説明する図である。
【図2】実施例において、citH過剰発現株と野生株とで、細胞外(培養液中)の有機酸量を比較した結果を示すグラフである。
【図3】実施例において、citH過剰発現株と野生株とで、細胞外(培養液中)の有機酸量を、培養液の交換(ストリッピング処理)の有無で、比較した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の有機酸の製造方法の実施形態を説明する。

【0010】
≪有機酸の製造方法≫
本発明の実施形態に係る有機酸の製造方法は、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現が亢進されている藍藻、又はリンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性が亢進されている藍藻、を培養物で培養して有機酸を製造させ、前記藍藻内及び/又は前記培養物中から前記有機酸を採取することを含み、前記有機酸が、コハク酸、フマル酸及びリンゴ酸からなる群から選ばれる少なくとも一種を含む、有機酸の製造方法である。

【0011】
上記実施形態に係る藍藻によれば、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現が亢進されている、又はリンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性が亢進されていることにより、コハク酸、フマル酸及びリンゴ酸からなる群から選ばれる少なくとも一種の有機酸を高効率に製造可能である。これらのコハク酸、フマル酸及びリンゴ酸はTCA回路において生産される有機酸として知られる。
リンゴ酸デヒドロゲナーゼ亢進下でのTCA回路の上流部分を含む代謝経路の律速が不明であること、TCA回路が閉じた代謝経路(生成物が再び出発物質に使われてしまう)であることなどを考慮すると、リンゴ酸デヒドロゲナーゼの亢進の作用により、これら有機酸の生産効率を顕著に向上可能であることは、予想を上回る成果である。

【0012】
<藍藻>
藍藻はシアノバクテリアとも呼ばれ、光合成を行う真正細菌である。他の大部分の藻類が真核生物であるのに対し、原核生物に分類される。
本発明の実施形態に係る藍藻は、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現が亢進されている、又はリンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性が亢進されている。
リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現の亢進は、藍藻が本来有する内在性のリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現が亢進していてもよく、新たにリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子が藍藻に導入されて、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現が亢進していてもよい。
リンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性の亢進は、藍藻が本来有する内在性のリンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性が亢進していてもよく、例えば、新たにリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子が藍藻に導入される等して、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性が亢進していてもよい。

【0013】
実施形態に係る藍藻における、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現、又はリンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性は、人為的に亢進されたものであることが好ましい。

【0014】
本明細書中において、「有機酸」とは、実施形態に係る藍藻が生合成した有機化合物の酸のことをいう。有機酸は、実施形態に係る藍藻が嫌気呼吸によって生合成した有機酸であってもよく、実施形態に係る藍藻がTCA回路の生化学反応によって生合成した有機酸であってもよい。有機酸としては、コハク酸、フマル酸及びリンゴ酸からなる群から選ばれる少なくとも一種を含む。

【0015】
図1は、藍藻における代謝経路を説明する図である。図1中では、リンゴ酸デヒドロゲナーゼをMDHと記載している。
「リンゴ酸デヒドロゲナーゼ」は、TCA回路の反応の一つであるオキサロ酢酸とリンゴ酸の相互変換の反応を触媒する酵素として知られる。本明細書においては、少なくともオキサロ酢酸からリンゴ酸への変換の活性を有するものであれば、実施形態に係るリンゴ酸デヒドロゲナーゼに包含されるものとする。
リンゴ酸デヒドロゲナーゼは、MDH(malate dehydrogenase, MDH)と呼称されることがある。藍藻のリンゴ酸デヒドロゲナーゼをコードするリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子は、citH遺伝子と呼称されることがある。以下、本明細書において、実施形態に係るリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子のことを「citH遺伝子」ということがある。

【0016】
藍藻内でリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現量が亢進されていることとは、コントロールとなる野生型等の藍藻と比較して、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子産物の量が増加していることである。遺伝子産物としては、例えば、リンゴ酸デヒドロゲナーゼmRNA、リンゴ酸デヒドロゲナーゼタンパク質等が挙げられる。遺伝子の発現量は、公知の測定方法により測定可能であり、リアルタイムPCR、ウェスタンブロッティング等の方法を採用可能である。結果の比較は、比較可能な同条件のもとに行われた実験結果によるものとする。

【0017】
藍藻内でリンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性が亢進していることとは、コントロールとなる野生型等の藍藻と比較して、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性が向上していることである。

【0018】
藍藻におけるリンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性は、公知の測定方法により測定可能である。例えば、活性測定対象の藍藻から得た細胞抽出物から、リンゴ酸デヒドロゲナーゼを分離し、NAD(P)Hの吸収波長である340 nmの吸光度の変化を測定することにより、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性を求めることができる。
或いは、生成したリンゴ酸量に基づき、藍藻におけるリンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性を求めてもよい。例えば、活性測定対象の藍藻または藍藻から得た細胞抽出物を、リンゴ酸デヒドロゲナーゼのリンゴ酸生成条件を満たした容器内で反応させ、反応後の容器内のリンゴ酸濃度を測定してもよい。コントロールとなる野生型等の藍藻と活性測定対象の藍藻とを比較して、活性測定対象の藍藻のほうが容器内のリンゴ酸濃度が高く、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性がリンゴ酸生成量の律速となっていると認識できる場合、測定対象の藍藻のリンゴ酸生成活性が亢進していると判断できる。結果の比較は、比較可能な同条件のもとに行われた実験結果によるものとする。野生型の藍藻としては、Synechocystis GT株を例示できる。なお、藍藻におけるリンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性測定方法は上記方法に限定されない。

【0019】
コントロールとなる藍藻とは、藍藻が本来有する内在性のリンゴ酸デヒドロゲナーゼの遺伝子及びリンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性を有する、野生型と同等の藍藻である。

【0020】
発明者らは、後述の実施例において示すように、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現が亢進された藍藻では、コントロールとなる野生型等の藍藻と比較して、コハク酸、フマル酸及びリンゴ酸からなる群から選ばれる少なくとも一種の有機酸生産能が向上していることを見出した。なお、後述の実施例に示すように、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現量が亢進された藍藻であれば、対応するリンゴ酸デヒドロゲナーゼの活性が亢進しているものと理解される。
実施形態に係る藍藻は、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性が亢進している藍藻であってもよい。実施形態に係る藍藻は、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現が亢進しており、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性が亢進している藍藻であってもよい。

【0021】
実施形態に係る藍藻が、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現が亢進している藍藻の場合、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現の亢進の程度は、コントロールとなる野生型等の藍藻と比較して、藍藻にコハク酸、フマル酸及びリンゴ酸からなる群から選ばれる少なくとも一種の有機酸生産能の向上が認められる程度であればよい。
実施形態に係る藍藻が、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性が亢進している藍藻の場合、ヒドロゲナーゼ活性の亢進の程度は、コントロールとなる野生型等の藍藻と比較して、藍藻にコハク酸、フマル酸及びリンゴ酸からなる群から選ばれる少なくとも一種の有機酸生産能の向上が認められる程度であればよい。

【0022】
藍藻における有機酸生産能の向上は、公知の測定方法により測定可能であり、後述の実施例に記載の方法により行うことができる。例えば、有機酸生産能の測定対象の藍藻から得た細胞抽出物中の各有機酸濃度を測定することにより、求めることができる。また、例えば、生産能測定対象の藍藻を培養した培養物中の各有機酸濃度を測定することにより、求めることができる。
コントロールとなる野生型等の藍藻と、有機酸生産能の測定対象の藍藻とを比較して、生産能測定対象の藍藻のほうが、細胞抽出物中の有機酸濃度が高い場合、測定対象の藍藻の有機酸蓄積能(有機酸生産能)が向上していると判断できる。
コントロールとなる野生型等の藍藻と、有機酸生産能の測定対象の藍藻とを比較して、生産能測定対象の藍藻における培養物中の有機酸濃度が高い場合、測定対象の藍藻の細胞外への有機酸生産能が向上していると判断できる。
結果の比較は、比較可能な同条件のもとに行われた実験結果によるものとする。野生型の藍藻としては、Synechocystis GT株を例示できる。なお、藍藻における有機酸生産能の測定方法は上記方法に限定されない。

【0023】
実施形態に係る藍藻は、コントロールとなる野生型等の藍藻に対し、有機酸生産能が向上している。前記有機酸は、コハク酸、フマル酸及びリンゴ酸からなる群から選ばれる少なくとも一種が挙げられる。
実施形態に係る藍藻は、例えば、コントロールとなる野生型等の藍藻に対し、細胞内のコハク酸蓄積能が1.2倍以上であってもよく、10倍以上であってもよく、15倍以上であってもよい。実施形態に係る藍藻は、例えば、コントロールとなる野生型等の藍藻に対し、細胞外へのコハク酸生産能が1.2倍以上であってもよく、2倍以上であってもよく、5倍以上であってもよい。
実施形態に係る藍藻は、例えば、コントロールとなる野生型等の藍藻に対し、細胞内のフマル酸蓄積能が2倍以上であってもよく、4倍以上であってもよい。実施形態に係る藍藻は、例えば、コントロールとなる野生型等の藍藻に対し、細胞外へのフマル酸生産能が2倍以上であってもよく、5倍以上であってもよく、10倍以上であってもよい。
実施形態に係る藍藻は、例えば、コントロールとなる野生型等の藍藻に対し、細胞内のリンゴ酸蓄積能が2倍以上であってもよく、4倍以上であってもよい。実施形態に係る藍藻は、例えば、コントロールとなる野生型等の藍藻に対し、細胞外へのリンゴ酸生産能が2倍以上であってもよく、5倍以上であってもよく、10倍以上であってもよい。
なお、当該結果の比較は、比較可能な同条件のもとに行われた実験結果によるものとする。

【0024】
実施形態に係る藍藻は、コントロールとなる野生型等の藍藻に対し、細胞外への有機酸生産能が向上している。前記有機酸は、コハク酸、フマル酸及びリンゴ酸からなる群から選ばれる少なくとも一種が挙げられる。
実施形態に係る有機酸の製造方法は、藍藻の細胞外への有機酸生産能が向上していることの指標として、下記の藍藻の乾燥重量あたりの有機酸生産量[嫌気培養における培養物中に製造された有機酸重量(g)/嫌気培養された藍藻の乾燥重量(g)×100]の値が、以下の1)~3)のいずれか1以上の規定を満たすことが好ましい。
1)藍藻の乾燥重量あたりのコハク酸生産量が7%以上、
2)藍藻の乾燥重量あたりのフマル酸生産量が5%以上、
3)藍藻の乾燥重量あたりのリンゴ酸生産量が6%以上。

【0025】
嫌気培養における培養物中に製造された各有機酸重量とは、嫌気培養された藍藻が製造し、細胞外に放出した各有機酸の総重量を指すものとできる。
嫌気培養された藍藻の乾燥重量とは、嫌気培養中の藍藻の総乾燥重量の最大値を指すものとできる。なお通常、嫌気培養中の藍藻は増殖を停止する。

【0026】
上記の藍藻の乾燥重量あたりの有機酸生産量の算出には、例えば、嫌気培養に使用した培養物あたり(例えば1Lあたり)で培養物中に製造された各有機酸重量と、嫌気培養に使用した培養物あたり(例えば1Lあたり)で培養された藍藻の乾燥重量とを用いることができる。上記の藍藻の乾燥重量あたりの有機酸生産量の算出において、当該“培養物あたり”の培養物には、藍藻の体積は含めないものとして計算できる。
なお、後述のように、「前記嫌気培養中に、前記藍藻により製造された前記培養物中の前記有機酸の濃度を低減させる操作を行う」こととして、嫌気培養された培養物に対し分離処理を施し、分離された上清や濾液を回収し、分離された沈殿物や濾過残渣に対し、藍藻を培養するための新たな培養物を添加する操作を行う場合には、新たに添加された培養物は、当該“培養物あたり”の培養物には含めないものとして計算するものとする。新たに添加された培養物から回収された各有機酸重量については、有機酸重量に含めて計算するものとする。

【0027】
上記1)のコハク酸に関し、藍藻の乾燥重量あたりのコハク酸生産量[嫌気培養における培養物中に製造されたコハク酸重量(g)/嫌気培養された藍藻の乾燥重量(g)×100]の値は、7%以上であってよく、8%以上であってよく、10%以上であってよい。当該藍藻の乾燥重量あたりのコハク酸生産量の上限値は30%以下であってよく、20%以下であってよく、12%以下であってよい。
上記で例示した藍藻の乾燥重量あたりのコハク酸生産量の数値範囲の、上限値と下限値とは自由に組み合わせることができ、一例として、7~30%であってよく、8~20%であってよく、10~12%であってよい。

【0028】
上記2)のフマル酸に関し、藍藻の乾燥重量あたりのフマル酸生産量[嫌気培養における培養物中に製造されたフマル酸重量(g)/嫌気培養された藍藻の乾燥重量(g)×100]の値は、5%以上であってよく、6%以上であってよく、7%以上であってよい。当該藍藻の乾燥重量あたりのフマル酸生産量の上限値は30%以下であってよく、20%以下であってよく、10%以下であってよい。
上記で例示した藍藻の乾燥重量あたりのフマル酸生産量の数値範囲の、上限値と下限値とは自由に組み合わせることができ、一例として、5~30%であってよく、6~20%であってよく、7~10%であってよい。

【0029】
上記3)のリンゴ酸に関し、藍藻の乾燥重量あたりのリンゴ酸生産量[嫌気培養における培養物中に製造されたリンゴ酸重量(g)/嫌気培養された藍藻の乾燥重量(g)×100]の値は、6%以上であってよく、7%以上であってよく、9%以上であってよい。当該藍藻の乾燥重量あたりのリンゴ酸生産量の上限値は30%以下であってよく、20%以下であってよく、11%以下であってよい。
上記で例示した藍藻の乾燥重量あたりのリンゴ酸生産量の数値範囲の、上限値と下限値とは自由に組み合わせることができ、一例として、6~30%であってよく、7~20%であってよく、9~11%であってよい。

【0030】
一方、実施形態に係る藍藻は、コントロールとなる野生型等の藍藻に対し、乳酸及び/又は酢酸の生産能が低下していることが好ましい。乳酸及び/又は酢酸の生産能が低下していることで、これらの有機酸と出発原料の炭素源が共通であるコハク酸、フマル酸及びリンゴ酸からなる群から選ばれる少なくとも一種の有機酸の合成効率を向上させることができる。
コハク酸、フマル酸及びリンゴ酸を包含する炭素数4のC4ジカルボン酸は、高分子化合物の合成原料である単量体としても有用であり、ここでの副生成物となる乳酸及び/又は酢酸の生産量が減少されることは好ましい。

【0031】
実施形態に係る藍藻は、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現が亢進するよう、又は、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性が亢進するよう、ゲノム配列が改変されたものであることが好ましい。当該改変は人為的に為されたものであることが好ましい。

【0032】
実施形態に係る藍藻は、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現が亢進するよう、又は、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性が亢進するよう、コントロールとなる野生型等の藍藻と比較して、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子及びその発現調節領域のコピー数が増加するよう、ゲノム配列が改変されたものであってもよい。

【0033】
実施形態に係る藍藻は、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子のコーディング領域及び/又は発現調節領域の配列が改変されたリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を有する藍藻であることが好ましい。

【0034】
実施形態に係る藍藻が、ゲノム配列が改変された藍藻である場合、上記コントロールの藍藻とは、当該配列が改変されていない野生型等の藍藻を指す。

【0035】
配列の改変方法としては任意の方法を採用でき、例えば、一部又は全部の塩基配列の欠失、置換、挿入、付加、及びそれらの組み合わせが挙げられる。
例えば、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の配列に別の配列が挿入されることにより、フレームシフトが生じ、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ機能を亢進させることができる。例えば、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の配列に別の配列が付加されることにより、遺伝子産物の構造変化が生じ、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ機能を亢進させることができる。
例えば、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現調節領域の配列が改変されることにより、mRNAの転写の亢進が生じ、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現量を増加させることができる。例えば、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現調節領域の配列が、該遺伝子の発現を向上させる作用を有する配列へと置換されることにより、mRNAの転写の亢進が生じ、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現量を増加させることができる。

【0036】
リンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性が亢進されている藍藻は、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の配列が改変されたものであってよい。藍藻のリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の配列が改変されることにより、リンゴ酸デヒドロゲナーゼの機能が向上され得る。
ここで、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の配列とは、リンゴ酸デヒドロゲナーゼのコーディング領域の配列が挙げられる。

【0037】
リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の配列の改変は、コントロールの藍藻のリンゴ酸デヒドロゲナーゼと比較して、リンゴ酸デヒドロゲナーゼの機能を向上させるものが挙げられる。

【0038】
実施形態に係る藍藻は、藍藻が本来有する内在性のリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の配列が改変されていてもよい。
実施形態に係る藍藻は、藍藻が本来有する内在性のリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の他に、新たに遺伝子配列が改変されたリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を有していてもよい。
すなわち、実施形態に係る藍藻は、配列が改変されたリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を有していてもよい。

【0039】
リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現が亢進されている藍藻は、例えば、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現調節領域の配列が改変されたものであってよい。藍藻のヒドロゲナーゼ遺伝子の発現調節領域の配列が改変されることにより、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現量が向上され得る。
ここで、発現調節領域としては、プロモータ、エンハンサー等の領域が挙げられる。

【0040】
発現調節領域の改変は、コントロールの藍藻のリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現と比較して、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現を向上させるものが挙げられる。

【0041】
実施形態に係る藍藻は、藍藻が本来有する内在性のリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現調節領域が改変されていてもよい。
実施形態に係る藍藻は、藍藻が本来有する内在性のリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の他に、新たに発現調節領域が改変されたリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を有していてもよい。
すなわち、実施形態に係る藍藻は、発現調節領域の配列が改変されたリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を有することが好ましい。

【0042】
発現調節領域の改変は、藍藻が本来有する内在性のリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現調節領域に対して改変が為されたものであってもよく、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現調節領域が、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現を向上させる作用を有する別の発現調節領域に置き換えられていてもよい。
発現調節領域の改変は、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子のプロモータが、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現を向上させる作用を有する別のプロモータに置き換えられたものであることが好ましい。リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現を向上させる作用を有するプロモータとしては、藍藻のpsbA遺伝子のプロモータ、藍藻のcpcA遺伝子のプロモータ、藍藻のtrc遺伝子のプロモータ等を例示できる。
なお、「リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現を向上させる」とは、コントロールとなる野生型の藍藻のリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現と比較して、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現が向上することである。

【0043】
前記藍藻は、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の核酸配列と、該核酸配列と作動可能に連結されたpsbA遺伝子のプロモータの核酸配列と、を含む配列を有するものであることが好ましい。
当該配列は、藍藻が本来有する内在性のリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子及びそのプロモータ領域と置き換えられていてもよい。
当該配列は、藍藻が本来有する内在性のリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子と置き換えられず、内在性のリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の他に、新たに藍藻に導入されたものであってよい。この場合、実施形態に係る藍藻は、藍藻が本来有する内在性のリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子及びそのプロモータ領域、並びに、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の核酸配列と、該核酸配列と作動可能に連結されたpsbA遺伝子のプロモータ領域、の両方を含む。

【0044】
ここで、「作動可能に連結された」とは、遺伝子とプロモータ等の発現制御領域とが、該遺伝子が該発現制御領域の制御の下で発現し得るように連結されていることをいう。

【0045】
配列の改変の手法は、本発明に係る技術分野においてよく知られており、種々の遺伝子工学的方法を採用可能である。例えば、変異原性物質(Mutagen)による処理、紫外線照射、相同組換え技術等による遺伝子ターゲッティング、CRISPR/Casシステム等によるゲノム編集等の手法を用いて行うことができる。藍藻においては、容易に相同組換えが可能であり、所望の配列を容易に改変することが可能である。
一般的に使われるシアノバクテリア野生株であるSynechocystis GT株などは、一般的に培養物にDNAを加えると、それを細胞の中に取り込み、相同組換えが進む(Natural Transformation)。Synechocystis sp.PCC 6803(GT株)は、Natural Transformationが可能である。

【0046】
藍藻では、ゲノムに同一の遺伝子が複数コピー存在する場合がある。例えば、Synechocystis GT株では、10個のcitH遺伝子のコピーを有しているとされる。
実施形態に係る藍藻が、例えば、コーディング領域及び/又は発現調節領域の配列が改変されたリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子が新たに導入されたものである場合、導入される該遺伝子の個数は、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現の亢進の程度、又はリンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性の亢進の程度を考慮し、適宜定めればよい。リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現の亢進の程度、又はリンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性の亢進の程度は、藍藻に上記の有機酸生産能の向上が認められる程度であればよい。上記の有機酸生産能の向上については上記のとおりである。例えば、実施形態に係る藍藻は、発現調節領域が改変されたcitH遺伝子が新たに1個以上導入されていてよく、例えば、発現調節領域が改変されたcitH遺伝子が新たに1個のみ導入されてもよいし、10個すべての内在性のcitH遺伝子に対して1:1となるよう、発現調節領域が改変されたcitH遺伝子が新たに10個導入されてもよい。

【0047】
改変されたリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子が新たに導入される領域は、他の機能遺伝子等の作用への影響を避けるため、それらを含まないゲノムニュートラルサイトへの導入であることが好ましい。

【0048】
本明細書中において、リンゴ酸デヒドロゲナーゼは、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性に寄与する限り、いかなるものであってもよい。したがって、後述する実施例で具体的に示されたリンゴ酸デヒドロゲナーゼ以外であっても、例えば当該リンゴ酸デヒドロゲナーゼと同等の機能を有するホモログは、実施形態に係るリンゴ酸デヒドロゲナーゼに包含される。
有機酸の製造に用いる藍藻のリンゴ酸デヒドロゲナーゼが既知である場合、その情報に基づき、対象とする藍藻のリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を容易に特定可能である。
有機酸の製造に用いる藍藻のリンゴ酸デヒドロゲナーゼが未知である場合であっても、当業者であれば、既知リンゴ酸デヒドロゲナーゼの配列情報等に基づき、対象とする藍藻におけるリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を、容易に特定可能である。

【0049】
実施形態に係るリンゴ酸デヒドロゲナーゼは、藍藻のMDHであってよい。また、実施形態に係る藍藻は、藍藻のcitH遺伝子の発現が亢進している藍藻、又は藍藻のMDH活性が亢進している藍藻であることが好ましい。

【0050】
一例として、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子は、以下の(a)~(c)からなる群から選ばれるタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。
(a)配列番号1で表されるアミノ酸配列を有するタンパク質
(b)配列番号1で表されるアミノ酸配列において、1~数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、又は付加されたアミノ酸配列を有し、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質
(c)配列番号1で表されるアミノ酸配列との配列同一性が80%以上であるアミノ酸配列を有し、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質

【0051】
配列番号1で表されるアミノ酸配列は、Synechocystis sp. PCC 6803株のMDHのアミノ酸配列である。

【0052】
一般的に、アミノ酸配列から1~数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入又は付加されたポリペプチドも、元のポリペプチドと同等の機能を有することが知られている。
したがって、本発明の一実施形態に係るMDHは、以下の(b)のアミノ酸配列を有するものである。(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列において、1~数個の塩基が欠失、置換、挿入又は付加された塩基配列からなるポリペプチド。

【0053】
(b)のアミノ酸配列において、「1~数個」の塩基とは、例えば、1~30個、1~20個、1~10個、1~5個、又は1~3個であってもよい。
(b)のポリペプチドにおいて、「塩基が欠失、置換、挿入又は付加された塩基配列」とは、配列番号1に示されるアミノ酸配列に対して、アミノ酸が欠失、置換、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列であってもよく、欠失、置換、挿入及び付加からなる群から選ばれる少なくとも一種の改変又は変異により、改変前の配列番号1に示されるアミノ酸配列に対して、1~数個のアミノ酸の相違が生じたものであってもよい。

【0054】
一般的に、アミノ酸配列との配列同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチドも、元のポリペプチドと同等の機能を有することが知られている。
したがって、本発明の一実施形態に係るMDHは、以下の(c)のアミノ酸配列を有するものである。(c)配列番号1に示されるアミノ酸配列と80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチド。
(c)のポリペプチドにおいて、配列番号1に示されるアミノ酸配列との配列同一性は、80%以上100%未満であり、例えば、85%以上、90%以上、95%以上、又は98%以上であってもよい。
アミノ酸配列同士の配列同一性は、公知のシーケンスアライメントのアルゴリズムであるBLAST (Basic Local Alignment Search Tool)やblastpを用いて算出可能である。

【0055】
本明細書中において、「リンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性を有する」とは、少なくともオキサロ酢酸からリンゴ酸への変換の活性を有するものであればよく、オキサロ酢酸とリンゴ酸の相互変換の反応を触媒する活性を有するものであることがより好ましい。

【0056】
前記(a)のタンパク質をコードする遺伝子としては、配列番号2で表される塩基配列を有するポリヌクレオチドが挙げられる。
配列番号2で表される塩基配列は、Synechocystis sp. PCC 6803株のcitHのコーディング領域の塩基配列である。

【0057】
実施形態に係る藍藻の種類としては、コハク酸、フマル酸及びリンゴ酸からなる群から選ばれる少なくとも一種の有機酸生産能を有するものであれば、特に制限されない。例えば、Synechocystis sp. PCC 6803等のSynechocystis属藍藻;Gloeobacter violaceus PCC 7421等のGloeobacter属藍藻;Anabaena sp. PCC 7120、Anabaena variabilis ATCC 29413等のAnabaena属藍藻;Synechococcus sp. PCC 6301、Synechococcus sp. PCC 7002、Synechococcus elongatus PCC 7942、Synechococcus sp. WH8102、Synechococcus sp. WH 7803、Synechococcus sp. CC9311、Synechococcus sp. CC9605、Synechococcus sp. CC9902、Synechococcus sp. JA-2-3B'a(2-13)、Synechococcus sp. JA-3-3Ab、Synechococcus sp. RCC307等のSynechococcus属藍藻;Prochlorococcus marinus SS120、Prochlorococcus marinus MED4、Prochlorococcus marinus MIT 9313、Prochlorococcus marinus str. MIT 9211、Prochlorococcus marinus str. MIT 9215、Prochlorococcus marinus str. MIT 9301、Prochlorococcus marinus str. MIT 9303、Prochlorococcus marinus str. MIT 9312、Prochlorococcus marinus str. MIT 9515、Prochlorococcus marinus str. NATL1A、Prochlorococcus marinus str. NATL2A、Prochlorococcus marinus str. AS9601等のProchlorococcus属藍藻;Cyanothece sp. ATCC 51142、Cyanothece sp. PCC 7424、Cyanothece sp. PCC 7425、Cyanothece sp. PCC 8801等のCyanothece属藍藻;Acaryochloris marina MBIC11017等のAcaryochloris属藍藻;Thermosynechococcus elongatus BP-1等のThermosynechococcus属藍藻;Gloeobacter violaceus PCC 7421等のGloeobacter属藍藻;Microcystis aeruginosa NIES-843等のMicrocystis属藍藻;Nostoc punctiforme ATCC 29133等のNostoc属藍藻;Chlorobium tepidum TLS等の、Chlorobium属藍藻;Rhodopseudomonas palustris CGA009等のRhodopseudomonas属藍藻;Trichodesmium erythraeum IMS101等のTrichodesmium属藍藻;Arthrospira platensis NIES-39等のArthrospira属藍藻等が挙げられる。上記に例示した藍藻のなかでも、実施形態に係る藍藻の種類としては、シネコシスティス(Synechocystis)属の藍藻であることが好ましい。

【0058】
<培養>
本発明の一実施形態において、有機酸の製造方法は、上記実施形態に係る藍藻を培養物で培養して有機酸を製造させ、藍藻内及び/又は培養物中から前記有機酸を採取することを含む。

【0059】
本明細書中において、「培養物」とは、藍藻を培養するために用いられるものであり、その中又はその上で藍藻が生育可能な物質である。培養物としては、例えば、培地、バッファー、水、水溶液などの媒体が挙げられる。培養物は液体であっても、固体であってもよいが、有機酸を生産させる際には、藍藻又は有機酸の回収が容易であることから、液体であることが好ましい。

【0060】
効率的な有機酸製造の観点から、藍藻に有機酸を生産させるための培養は、嫌気培養であることが好ましい。これは、藍藻が嫌気条件下にさらされると、藍藻内で糖異化の反応が優先的に進むことや還元的なTCA回路が進むことにより、効率的に藍藻にコハク酸、フマル酸及びリンゴ酸からなる群から選ばれる少なくとも一種の有機酸を製造させることが可能と考えられるためである。本明細書中において嫌気培養とは、藍藻において嫌気発酵が可能な培養系においての培養のことをいう。培養系内は、例えば、藍藻を培養する容器内のことを指す。藍藻の嫌気発酵が可能な条件下は公知であり、例えば、培養系内の気相の酸素濃度が0~1体積%であってもよく、0~0.5体積%であってもよく、0~0.2体積%であってもよく、0体積%であってもよい。
藍藻を培養する培養系内を、藍藻が嫌気発酵可能な条件下とする方法としては、例えば、密閉され、光照射が遮られた培養容器内で藍藻を培養することで、藍藻の呼吸により培養容器内の酸素を消費させる方法が挙げられる。したがって、実施形態に係る有機酸の製造方法においては、嫌気培養は暗条件下で行うことが好ましい。
別例として、例えば、培養容器内に窒素ガスを流入させ、培養容器内の酸素を窒素で置換する方法が挙げられる。

【0061】
前記藍藻を培養物中で培養することは、前記藍藻を好気培養した後に嫌気培養することを含むことが好ましい。まず、藍藻を好気培養することで、藍藻の生育や増殖を促したり、藍藻内に有機酸原料を蓄積させたりする利点がある。好気培養は明条件下で行うことが好ましく、且つ培養系内に二酸化炭素が存在することが好ましい。光が照射された培養容器内で藍藻を培養することで、藍藻の光合成により、有機酸の原料となる炭素源が合成される。藍藻が光合成可能な条件下は公知であり、例えば、藍藻に対し、20~200μmol photons m-2-1程度の光が照射される条件が挙げられ、80~200μmol photons m-2-1の光が照射される条件が好ましい。

【0062】
同様の観点から、前記好気培養終了時点の培養物のOD730で特定される藍藻の濃度が、OD730=5以上であることが好ましく、5以上20以下であることがより好ましく、6以上10以下であることがさらに好ましい。好気培養終了時点の培養物のOD730の値が上記下限値以上であることで、藍藻の生育や増殖の状態が良好となり、有機酸の製造に好適な濃度まで、藍藻における有機酸原料を増加させることができる利点がある。また、藍藻の増殖が進むことで培養物中の栄養素が欠乏状態となり、藍藻体内でグリコーゲン、デンプン等の炭素源の蓄積が進む傾向にある。OD730の値の上限値は特に制限されるものではないが、培養物のOD730の値が上記上限値以下であることで、藍藻の生育状態が良好となる。

【0063】
前記好気培養において、前記培養物中の窒素イオン濃度が1mM以下の低窒素期間を有することが好ましい。好気培養において、窒素イオン濃度が1mM以下の低窒素状態で藍藻を培養することにより、続く嫌気培養において、藍藻の有機酸の生産能を向上させることができる。このメカニズムは明らかではないが、培養物中の窒素が少なくなると、藍藻体内でグリコーゲン、デンプン等の炭素源の蓄積が進むためと考えられる。
ここで、低窒素とは、藍藻にとって窒素が欠乏した状態ではなく、その前段階の状態のことを指す。藍藻にとって窒素が欠乏した状態が非常に長く続くと、藍藻が休眠状態に移行することが知られている。発明者は、窒素が欠乏して完全な休眠状態へ移行した藍藻よりも、その前段階の状態の藍藻のほうが、有機酸の生産能が高いことを見出した。
したがって、嫌気培養開始時に、藍藻は非休眠状態であることが好ましい。藍藻が休眠状態か非休眠状態かを判断するには、藍藻の色の変化を指標とすればよい。休眠状態への移行に伴い、藍藻の色は、緑色から黄色へと変化することが知られている。これは、フィコビリソームと呼ばれる集光装置を壊して、窒素源を回収するためである。

【0064】
藍藻を培養する培養物は、藍藻の培養が可能なものであればよく、水を含有するものが好ましく、藍藻の培地として用いることのできる培地を使用してもよい。培地としては、例えば、BG-11培地や、BG-11培地、AA培地等が挙げられる。また、天然海水および人工海水でも培養が可能である。これらの培地は、藍藻が利用可能な栄養源が豊富に含まれている。
上記に例示したような培地は、好気培養、嫌気培養のいずれにも使用可能であるが、嫌気培養では、主に藍藻内に蓄積された炭素源を用いて有機酸の生産が行われるため、栄養源を含む培地を使用せずともよい。嫌気発酵では、例えば、培地の代わりとして、藍藻を生存させることが可能なバッファーを、培養物として使用できる。

【0065】
藍藻を培養する温度は、使用する藍藻の種やその他の条件を加味して適宜定めればよいが、例えば、15~50℃であってもよく、20~40℃であってもよく、25~30℃であってもよい。

【0066】
嫌気培養における藍藻を培養する温度は、15~50℃であってもよく、20~40℃であってもよく、30~40℃であってもよく、35~40℃であってもよい。

【0067】
前記嫌気培養において、前記培養物中の炭酸イオン及び/又は重炭酸イオンの濃度は、20~2000mMであってもよく、20~500mMであってもよく、20~150mMであってもよい。

【0068】
藍藻を培養する期間は、培養物中の藍藻の濃度や有機酸の生産量に応じて適宜定めればよい。上記好気培養の期間は、1時間~20日程度としてもよく、1日~10日程度としてもよく、1~7日程度としてもよい。好気培養は、振盪培養や通気培養により行ってもよい。上記嫌気培養の期間は、1時間~20日程度としてもよく、1日~10日程度としてもよく、1~4日程度としてもよい。

【0069】
実施形態に係る有機酸の製造方法は、前記嫌気培養中に、前記藍藻により製造された前記培養物中の前記有機酸の濃度を低減させる操作を行うことを含んでもよい。

【0070】
当該操作の回数やタイミングは有機酸の製造効率を考慮して適宜定めることができ、前記嫌気培養の開始から終了までの間に1回のみ行われてもよく、複数回行われてもよい。当該操作は、嫌気培養の操作の開始から終了までの間の途中に行うことができる。嫌気培養が中断される場合には、当該操作の後に改めて嫌気培養を行うことができる。

【0071】
ここで低減の対象となる有機酸は、実施形態に係る有機酸の製造方法で製造される有機酸のコハク酸、フマル酸及びリンゴ酸からなる群から選ばれる少なくとも一種であってよく、藍藻により培養物中に製造された全ての有機酸を含んでいてよい。低減の対象となる有機酸としては、例えば、コハク酸、フマル酸、リンゴ酸、クエン酸、乳酸及び酢酸からなる群から選ばれる少なくとも一種を例示できる。

【0072】
嫌気培養中に、培養物中の前記有機酸の濃度を低減させる操作を行うことで、代謝反応における平衡状態を解消し、有機酸の生産量を向上させることが可能となると考えられる。

【0073】
前記有機酸の濃度を低減させる操作としては、藍藻及び有機酸を含む嫌気培養された培養物に対し遠心分離や濾過等の分離処理を施し、分離された上清や濾液(これらは有機酸を含む)を回収し、分離された沈殿物や濾過残渣(これらは藍藻を含む)に対し、藍藻を培養するための新たな培地やバッファー等の培養物を添加する操作を例示できる。かかる操作により、添加後の培養物に含まれる有機酸の濃度を、上記分離処理の対象となった培養物に含まれる有機酸の濃度よりも低くすることができる。
本明細書において、このような分離処理を「ストリッピング」と称することがある。

【0074】
回収された上清や濾液には、藍藻により製造された有機酸が含まれており、この操作を、実施形態に係る有機酸の製造方法における“有機酸を採取すること”に含めてもよい。

【0075】
上記に例示したような分離処理により、藍藻により前記培養物中に製造された前記有機酸の濃度を低減させると、藍藻により培養物中に製造された全ての有機酸の濃度が低減され、各種の有機酸の製造量が一様に増加することが予想される。
しかし、後述の実施例における「ストリッピング有無の比較」によれば、培養物中に製造された全ての有機酸の濃度を低減させたにも関わらず、製造されるコハク酸、フマル酸及びリンゴ酸からなる群から選ばれる少なくとも一種の有機酸量を選択的に増加させ、乳酸、酢酸及びクエン酸からなる群から選ばれる少なくとも一種の有機酸量を選択的に低下させることができる。

【0076】
このことは、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現が亢進されている藍藻、又はリンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性が亢進されている藍藻では、上流の乳酸、酢酸、クエン酸等の合成経路の流れを抑制して、コハク酸、フマル酸、リンゴ酸等の合成経路を優先的に駆動させ、これらの有機酸の生産量を顕著に向上可能なことを表すものである。実施形態にかかる藍藻は、コハク酸、フマル酸及びリンゴ酸からなる群から選ばれる少なくとも一種の有機酸の製造において非常に好適なものである。

【0077】
また、このようなコハク酸、フマル酸、リンゴ酸等の合成経路の優先的な駆動は、実施形態に係る有機酸の製造方法が、例えば、上記ストリッピング等の、嫌気培養中に培養物中の有機酸の濃度を低減させる操作を行うことを含むことで、容易に発揮されやすいものとなる。

【0078】
藍藻が藍藻体内に有機酸を蓄積している場合、藍藻内から前記有機酸を採取すればよく、例えば、培養後の培養物から藍藻を回収し、藍藻の細胞を破砕して、その破砕物から、有機酸を採取すればよい。
藍藻が藍藻外に有機酸を放出している場合、培養中又は培養後の培養物中から前記有機酸を採取すればよい。例えば、上記実施形態に係る藍藻を培養物で培養して有機酸を製造させ、培養後の培養物中からコハク酸、フマル酸及びリンゴ酸からなる群から選ばれる少なくとも一種の有機酸を採取してもよい。当該培養後の培養物は、遠心分離や濾過等の分離処理が施され藍藻が分離されたものであってもよく、藍藻が分離されていない状態であってもよい。分離処理された培養物中では、藍藻が完全に除かれてなくともよい。

【0079】
有機酸の採取と製造は同時に行われてもよく、別々に行われてもよい。有機酸の採取と製造が同時に行われる場合としては、例えば、有機酸を生産している藍藻の培養液の上清を回収して、有機酸を採取する場合が挙げられる。

【0080】
実施形態に係る有機酸の製造方法は、採取した有機酸を精製することを含んでいてもよい。精製は、採取と同時におこなってもよく、採取した後におこなってもよい。精製の方法としては、例えば、結晶化精製によるもの、HPLCによるクロマトグラフィーやイオン交換樹脂等のカラム精製によるもの等が挙げられる。

【0081】
実施形態に係る藍藻は、光合成により二酸化炭素と光エネルギーを直接資源化でき、かつ有機酸の生産能に優れている。実施形態に係る有機酸の製造方法によれば、藍藻により高効率に有機酸を製造することができる。そのため、従来法と比べ経済的にも環境的にも大変優れた方法である。
【実施例】
【0082】
以下、本発明を、実施例を挙げて、より具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0083】
1. citH過剰発現株の作製
・pTKP2031V ベクターへのクローニング
WEB公開されたSynechocystis sp. PCC 6803株のゲノム情報(http://genome.microbedb.jp/cyanobase/Synechocystis)の、citHの遺伝子情報(ID:sll0891)に基づき、NdeIサイト及びHpaIサイトを付けたcitHを人工合成した。
合成したcitHをNdeIとHpaIで切断し、pTKP2031VベクターのNdeI-HpaIサイトに導入(この操作により、配列番号2で表される塩基配列において始めのatgを除いた972 bpを、pTKP2031V ベクターのNdeI-HpaIサイトに導入)し、pTKP2031Vベクターのプロモータ領域と連結した。
上記pTKP2031Vベクターのプロモータ領域は、Synechocystis sp. PCCにおいて高発現することが知られるSynechocystis sp. PCC 6803株のpsbA2遺伝子のプロモータである。配列番号3にSynechocystis sp. PCC 6803株のpsbA2遺伝子のプロモータの配列を表す。
得られたプラスミドをpTKP-citHと名付けた。
【実施例】
【0084】
・形質転換
Synechocystis sp.PCC 6803株をBG-11液体培地に植菌し、通常の培養条件(30℃、1% CO、50~100μmol photons m-2-1)で3~4日培養した。OD730=3~4の培養液100~500μLに対し、上記で得られたpTKP-citHプラスミドを100~300ng/μlの濃度で含む溶液を1~2μl加え、プラスミド混合培養液を得た。
BG-11 plate上に、ニトロセルロース膜(ミリポア、Immobilon-NC、Cat.No.HATF08250、Pore size 0.45 μm、Cut size 82mm)を載せ、その上にプラスミド混合培養液を塗り広げ、一晩培養した。
終濃度3μg/mlのゲンタマイシンを含むBG-11プレートに、上記培養後のメンブレンを移し3~4週間培養した。得られたコロニーを別の上記BG-11プレートに再播種して数日間培養した。培養及び再播種を2、3回繰り返した。BG-11培地の組成を以下に示す。
【実施例】
【0085】
【表1】
JP2021153524A_000002t.gif
【実施例】
【0086】
原理上この形質転換により、Synechocystis sp. PCC 6803株が本来有するcitHの遺伝子に加え、psbA2遺伝子のプロモータに連結されたcitH遺伝子が、相同組換えにより新たに導入された。
【実施例】
【0087】
2.citHの発現解析
上記で得られた形質転換体候補株に対しcitH発現解析を行った。形質転換体候補株からタンパク質を抽出して、抗体を用いてMDHのタンパク質量を測定した。
発現解析の結果、野生型のGT株では検出限界以下だったMDHが検出され、citH過剰発現株(CitHox)が得られたことが確認できた。
【実施例】
【0088】
3.有機酸の製造(1)
<実施例1>
(好気培養)
50 ml程度のBG-11液体培地に、citH過剰発現株をプレートから植菌し、30℃、空気(1%CO)、白色光50 μmol photonsm-2-1の明条件で3~4日間、前培養した。70ml BG-11(窒素源の入っていない培地) +5mM NHClに、OD730=0.4となるように、遠心して回収した前培養の細胞を加え、白色光150 μmol photonsm-2-1の明条件で3日間培養した。
(嫌気培養)
上記好気培養後の細胞を回収し、20mM Hepes-KOH(pH7.8)と100mM NaHCOとの混合液10mLに、OD730=20となるように、細胞を再懸濁した。この再懸濁物をガスクロバイアル瓶に入れ、1分間Nガスをガスクロバイアル瓶に吹き込み、瓶内の空気をNガスに置換した後、ブチルゴム栓で密栓した。瓶をアルミ箔で覆い、密閉状態で3日間、37℃、暗条件で振盪培養し培養液を得た。BG-11培地+5mM NHClの組成を以下に示す。
【実施例】
【0089】
【表2】
JP2021153524A_000003t.gif
【実施例】
【0090】
<比較例1>
上記実施例1において、citH過剰発現株に代えて野生株(GT株)を用いた以外は、実施例1と同様にして培養を行い、培養液を得た。
【実施例】
【0091】
[細胞外(培養液中)の有機酸量の測定]
上記の暗条件で振盪培養して得られた実施例1及び比較例1の培養液のそれぞれを遠心分離し、上清10mlを集めた。これらを高速液体クロマトグラフィー(HPLC) LC-2000 Plus(日本分光)を用い、OD440の吸光度に基づき、定法に沿って成分分析した。
【実施例】
【0092】
HPLCの測定条件は以下のとおりである。
移動相:9mM過塩素酸水溶液
反応液:0.2mMブロモチモールブルー(BTB),15mM リン酸水素ナトリウム(NaHPO・12HO)
カラム:Shodex RSpak KC-811 x2
【実施例】
【0093】
結果を表3及び図2に示す。表3の有機酸量の値と図2に示すグラフの縦軸は、HPLCにより得られた各有機酸の測定値を培養液1Lあたりの各有機酸の量(mg/L)に換算した値である。表3のOD730の値と、図2に示すグラフの横軸は、好気培養終了時のOD730の値(図2中では、本培養OD730と記載)である。
表3及び図2に示す結果から、citH過剰発現株(CitHox)により有機酸(リンゴ酸、フマル酸及びコハク酸)の細胞外生産が可能であることが示された。実施例1で得られた培養液(CitHox)では、比較例1で得られた培養液(GT)と比べて、培養液中の有機酸(リンゴ酸、フマル酸及びコハク酸)の量が顕著に増加していることが明らかとなった。
【実施例】
【0094】
【表3】
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【実施例】
【0095】
4.有機酸の製造(2) ストリッピング有無の比較
<実施例2>ストリッピング無
(好気培養)
50 ml程度のBG-11液体培地に、citH過剰発現株をプレートから植菌し、30℃、空気(1%CO)、白色光50 μmol photonsm-2-1の明条件で3~4日間、前培養した。1LのBG-11(窒素源の入っていない培地) +5mM NHClに、OD730=0.1となるように、遠心して回収した前培養の細胞を加え、白色光150 μmol photonsm-2-1の明条件で11日間培養した。
(嫌気培養)
上記好気培養後の細胞を回収し、20mM Hepes-KOH(pH7.8)と100mM NaHCOとの混合液10mLに、OD730=200となるように、細胞を濃縮して再懸濁した。この再懸濁物をガスクロバイアル瓶に入れ、1分間Nガスをガスクロバイアル瓶に吹き込み、瓶内の空気をNガスに置換した後、ブチルゴム栓で密栓した。瓶をアルミ箔で覆い、密閉状態で3日間、37℃、暗条件で振盪培養し培養液を得た。
【実施例】
【0096】
<実施例3>ストリッピング有
上記実施例2において、3日間の嫌気培養のうち、嫌気培養開始から1日経過後及び2日経過後の時点(計2回)で、培養液を遠心分離して、上清を取り除き、新たな培養液(20mM Hepes-KOH(pH7.8)と100mM NaHCOとの混合液)に交換して、沈殿した細胞を再懸濁する操作を行った以外は、実施例2と同様にして培養を行い、培養液を得た。
【実施例】
【0097】
<比較例2>ストリッピング無
上記実施例2において、citH過剰発現株に代えて野生株(GT株)を用いた以外は、実施例2と同様にして培養を行い、培養液を得た。
【実施例】
【0098】
<比較例3>ストリッピング有
上記実施例3において、citH過剰発現株に代えて野生株(GT株)を用いた以外は、実施例3と同様にして培養を行い、培養液を得た。
【実施例】
【0099】
[細胞外(培養液中)の有機酸量の測定]
上記の暗条件で振盪培養して得られた実施例2及び比較例2の培養液のそれぞれを遠心分離し、上清10mlを集めた。実施例3及び比較例3では、3日間の嫌気培養のうち、嫌気培養開始から1日、2日、及び3日経過後の時点(計3回)で、培養液を遠心分離して上清10mlをそれぞれ回収した。上記実施例1等と同様に、上清を高速液体クロマトグラフィー(HPLC) LC-2000 Plus(日本分光)を用い、OD440の吸光度に基づき、成分分析した。
【実施例】
【0100】
細胞外(培養液中)の有機酸量の測定結果を表4及び図3に示す。有機酸量の値は、HPLCにより得られた各有機酸の測定値を培養液1Lあたりの各有機酸の量(mg/L)に換算した値である。
なお、実施例3及び比較例3で培養液を交換した場合において、培養液1Lあたりの有機酸の量の算出で、交換した培養液(20mM Hepes-KOH(pH7.8)と100mM NaHCOとの混合液の追加分)の分量は算入していない(実施例1~2及び比較例2~3のいずれも、嫌気培養に使用した培養液は10mlとして計算した。)。
表4及び図3に示す結果から、ストリッピングの処理を行った実施例3のcitH過剰発現株(CitHox)では、ストリッピングの処理を行わなかった実施例2のcitH過剰発現株(CitHox)に比べ、リンゴ酸、コハク酸及びフマル酸の細胞外生産量を増加させることができた。一方で、クエン酸、乳酸及び酢酸の細胞外生産量の顕著な増加は認められなかった。
以上のことから、ストリッピングの処理により、citH過剰発現株(CitHox)では、リンゴ酸、コハク酸及びフマル酸の細胞外生産量を特異的に増加させ、副生成物である酢酸及び乳酸の生産量を低減可能であることが示された。
【実施例】
【0101】
【表4】
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【実施例】
【0102】
4.有機酸の製造(3) 有機酸生産量の高記録
<実施例4>
(好気培養)
50 ml程度のBG-11液体培地に、citH過剰発現株をプレートから植菌し、30℃、空気(1%CO)、白色光50 μmol photonsm-2-1の明条件で3~4日間、前培養した。1LのBG-11(窒素源の入っていない培地) +5mM NHClに、OD730=0.1となるように、遠心して回収した前培養の細胞を加え、白色光150 μmol photonsm-2-1の明条件で11日間培養した。
(嫌気培養)
上記好気培養後の細胞を回収し、20mM Hepes-KOH(pH7.8)と100mM NaHCOとの混合液10mLに、OD730=200となるように、細胞を濃縮して再懸濁した。この再懸濁物をガスクロバイアル瓶に入れた後、瓶をアルミ箔で覆い、密閉状態で4日間、37℃、暗条件で振盪培養した。4日間の嫌気培養のうち、嫌気培養開始から1日、2日及び3日経過後の時点(計3回)で、培養液を遠心分離して、上清を取り除き、新たな培養液(20mM Hepes-KOH(pH7.8)と100mM NaHCOとの混合液)に交換して、沈殿した細胞を再懸濁する操作を行い、培養液を得た。
【実施例】
【0103】
細胞外(培養液中)の有機酸量の測定結果を表5に示す。測定結果は、実施例3及び比較例3と同様にして回収した上清に対するものである。有機酸量の値は、HPLCにより得られた各有機酸の測定値を培養液1Lあたりの各有機酸の量(g/L)に換算した値である。 なお、実施例4で培養液を交換した場合の、培養液1Lあたりの有機酸の量の算出で、交換した培養液(20mM Hepes-KOH(pH7.8)と100mM NaHCOとの混合液の追加分)の分量は算入していない(実施例4で嫌気培養に使用した培養液は10mlとして計算した。)。
実施例4の有機酸の製造により、コハク酸、フマル酸及びリンゴ酸の生産量を飛躍的に向上可能なことが示された。コハク酸、フマル酸及びリンゴ酸のいずれの生産量においても、力価(培養液1Lあたりの有機酸生産量:g/L)、有機酸生産効率(時間あたりの有機酸生産量:g/L/h)、細胞(藍藻)の乾燥重量あたりの有機酸生産量(%)(力価/培養液1Lあたりの細胞(藍藻)の乾燥重量×100)の各値(培養液1Lあたりの数値に、藍藻の体積は含めていない。)は、著しく高い値であり、現時点での世界最高値を記録した。
【実施例】
【0104】
上記の実施例の有機酸の製造方法により、グルコースなどの炭素源の添加を行わないcitH過剰発現株(CitHox)による有機酸の生産条件において、このような非常に優れた生産性を達成できることが示された。本結果は、二酸化炭素源による物質生産及び持続可能な資源利用の観点からも大変に画期的である。
【実施例】
【0105】
【表5】
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【実施例】
【0106】
以上で説明した各実施形態における各構成及びそれらの組み合わせ等は一例であり、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、構成の付加、省略、置換、およびその他の変更が可能である。また、本発明は各実施形態によって限定されることはなく、請求項(クレーム)の範囲によってのみ限定される。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2