TOP > 国内特許検索 > 撥水性高分子素材およびその製造方法 > 明細書

明細書 :撥水性高分子素材およびその製造方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B1)
特許番号 特許第3044302号 (P3044302)
登録日 平成12年3月17日(2000.3.17)
発行日 平成12年5月22日(2000.5.22)
発明の名称または考案の名称 撥水性高分子素材およびその製造方法
国際特許分類 D06M 13/192     
C08G 85/00      
C08H  1/00      
C09K  3/18      
D06M101:10      
D06M101:12      
FI D06M 13/192
C08G 85/00
C08H 1/00
C09K 3/18
D06M 13/20
請求項の数または発明の数 6
全頁数 12
出願番号 特願平10-331313 (P1998-331313)
出願日 平成10年11月20日(1998.11.20)
審査請求日 平成10年11月20日(1998.11.20)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】391030284
【氏名又は名称】農林水産省蚕糸・昆虫農業技術研究所長
発明者または考案者 【氏名】新居 孝之
【氏名】塚田 益裕
個別代理人の代理人 【識別番号】100060025、【弁理士】、【氏名又は名称】北村 欣一 (外3名)
審査官 【審査官】中島 庸子
参考文献・文献 特開 昭59-62580(JP,A)
調査した分野 D06M 13/00 - 15/72
要約 【課題】 風合い感の低下も起こらず、優れた耐久性と撥水性ならびに耐摩耗性を持つものであって、処理時における素材の劣化が防止された撥水性高分子素材およびその製造方法の提供。
【解決手段】 高分子素材と分子内に一つの二重結合を持つ長鎖二塩基酸無水物とをアシル化反応させ、高分子素材の反応部位に長鎖のアシル基を導入することで撥水性機能を持つ高分子素材を得る。該無水物は、下記一般式(I):
【化5】
JP0003044302B1_000017t.gif(但し、式中nは10~19の整数である)で表され、これを有機溶媒に溶解して用いる。また、撥水性高分子は、式:S-NHCO-CH2-CH(COOH)-CH2-CH=CH-Cn2n+1(但し、Sは高分子素材の分子であり、nは10~19の整数である)、または式:S'-OCO-CH2-CH(COOH)-CH2CH=CH-Cn2n+1(但し、S'は高分子素材の分子であり、nは10~19の整数である)を有する。
特許請求の範囲 【請求項1】
分子内に一つの二重結合を持ち、下記の一般式(I):
【化1】
JP0003044302B1_000002t.gif(但し、式中nは10~19の整数である)で示される長鎖二塩基酸無水物と塩基性アミノ酸側鎖を有する高分子素材とアシル化反応させることにより改質された下記一般式:
S-NHCO-CH2-CH(COOH)-CH2CH=CH-Cn2n+1
(但し、Sは該高分子素材の分子であり、nは10~19の整数である)を有する撥水性高分子素材。

【請求項2】
前記長鎖二塩基酸無水物と高分子素材とのアシル化反応時に該素材が劣化することが無く、また、アシル化反応後の改質された撥水性高分子素材は、風合い感の低下がなく、かつ、優れた撥水性および耐摩耗性を有するものであることを特徴とする請求項1記載の撥水性高分子素材。

【請求項3】
前記高分子素材は、絹蛋白質、羊毛ケラチン、またはコラーゲンであり、その形状は膜状、繊維状、粉末状、または塊状であることを特徴とする請求項1または2記載の撥水性高分子素材。

【請求項4】
分子内に一つの二重結合を持ち、下記の一般式(I):
【化2】
JP0003044302B1_000003t.gif(但し、式中nは10~19の整数である)で示される長鎖二塩基酸無水物と、ポリビニルアルコールからなる高分子素材とをアシル化反応させることにより改質された、下記一般式:
S'-OCO-CH2-CH(COOH)-CH2CH=CH-Cn2n+1
(但し、S'は該高分子素材の分子であり、nは10~19の整数である)を有する撥水性高分子素材。

【請求項5】
分子内に一つの二重結合を持ち、下記の一般式(I):
【化3】
JP0003044302B1_000004t.gif(但し、式中nは10~19の整数である)で示される長鎖二塩基酸無水物と塩基性アミノ酸側鎖を有する高分子素材とを、有機溶媒中、60~90℃でアシル化反応させて、下記一般式:
S-NHCO-CH2-CH(COOH)-CH2CH=CH-Cn2n+1
(但し、Sは該高分子素材の分子であり、nは10~19の整数である)を有する撥水性高分子素材を得ることを特徴とする撥水性高分子素材の製造方法

【請求項6】
分子内に一つの二重結合を持ち、下記の一般式(I):
【化4】
JP0003044302B1_000005t.gif(但し、式中nは10~19の整数である)で示される長鎖二塩基酸無水物とポリビニルアルコールまたはセルロースからなる高分子素材とを、有機溶媒中、60~90℃でアシル化反応させて、下記一般式:
S'-OCO-CH2-CH(COOH)-CH2CH=CH-Cn2n+1
(但し、S'は該高分子素材の分子であり、nは10~19の整数である)を有する撥水性高分子素材を得ることを特徴とする撥水性高分子素材の製造方法。
発明の詳細な説明 【発明の詳細な説明】

【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、撥水性高分子素材およびその製造方法に関するものであり、更に詳細には改質処理時、すなわち化学修飾反応時に高分子素材の材質を劣化することが無く、また、風合い感の低下がなく、かつ、耐久性と持続性に優れた撥水性を有すると共に良好な耐摩耗性を備えた撥水性高分子素材およびその製造方法に関するものである。

【0002】
【従来の技術】従来、良好な染色性と特徴ある風合い感を持つ絹繊維は、古くから衣料素材として利用されてきた。絹繊維は伝統的に和装用素材として用いられてきたが、近年、生活様式が変わり、行動的な衣料素材が次第に好まれるようになったため、和装用素材としての絹繊維の利用は減少する傾向にある。絹繊維素材の需要を拡大するためには、伝統的に用いられてきた和装分野の素材はもとより、洋装分野の素材として利用開発することが求められている。例えば、シャツ、ブラウス製品、ならびに上衣、帽子等のカジュアル分野の素材として利用するための技術開発が重要である。そのためには、天然の絹繊維が持つ優れた実用機能特性を失うことなく、絹繊維を化学加工して、本来持ち合わせていない、例えば形態安定性、耐熱性、撥水・撥油性等の諸機能を付与することで改質した絹繊維およびその繊維製品を得ることが必要である。形態安定性、耐熱性、撥水・撥油性等の諸機能を絹繊維に付与しようとすると、化学加工の際に生じる素材劣化の問題があり、また、製品の風合い感を損なうことが多いので、こうした問題のない加工が望まれる。この点は、羊毛繊維や他の蛋白質繊維についてもいえることである。

【0003】
絹繊維や羊毛繊維等の蛋白質繊維は、その表面が強い親水性を示すために用途に制約があるが、この表面に撥水性機能を付与することができれば、衣料素材、非衣料素材として利用できる可能性が広がる。このように蛋白質繊維の表面に撥水性機能を発現させる技術が確立できれば、衣料分野はもとより医用分野などの先端素材としても利用できる機能性に富む素材が提供できる。

【0004】
また、絹繊維や、絹繊維/ポリエステル繊維、または絹繊維/羊毛繊維等の絹繊維複合素材の表面は、汚れが付き易く、かつ洗濯時の汚れが落ち難い等の問題があるため、シャツやブラウス等のカジュアル用途にこれらの絹繊維や絹繊維複合素材を用いる場合には、イージー・ケア(洗濯の後にアイロン掛け不要など、手数のかからないものをイージー・ケアと呼ぶ)の点で多くの制約があった。

【0005】
絹繊維の実用機能性の欠点を補い、衣料素材としての性能を改善する技術が種々提案されている。例えば、特開平3-213572号公報には、水溶性エポキシ化合物で先ず絹繊維織物を処理し、更にパーフルオロアルキル基とポリオキシエチレン基とを同一分子中に有する撥水・撥油加工剤と帯電防止剤を含む処理液で処理し、次いで熱処理することにより絹繊維に防汚機能を付与する方法が提案されている。しかしながら、この方法では、絹繊維に撥水・撥油性を付与するために行う加工過程、すなわち、エポキシ化合物による加工反応、更にそれに引き続く防汚加工、および熱処理等の複数の処理を繰り返し行っているので、絹繊維に物理的ならびに化学的な変化を繰り返し与えることになって、繊維の微細構造の変化が起こり、素材劣化や微細構造の破壊の危険性が高い。更に、この公開公報記載の方法において用いられている撥水・撥油加工溶液には、帯電防止用加工剤として20g/L程度の高濃度の非イオン化合物が含まれているので、仕上げ加工後の絹繊維の表面には若干親水性が付与されてしまい、目的とする防汚加工の効果が得られ難いという問題がある。また、撥水・撥油加工剤は、絹繊維の内部に浸透することなく、繊維表面で3次元的に架橋結合して樹脂化するため、加工剤の付着量が多いと絹繊維が固くなり絹繊維本来の風合い特性が失われるという問題もある。

【0006】
また、絹繊維のような蛋白質繊維の表面に撥水性を付与する方法としては、高重合エポキシ変性シリコーンとベースポリマーとからなるエマルジョン型繊維処理剤により樹脂加工して、シリコーンを繊維試料表面に導入する技術が知られている。即ち、この技術は、濃度3~30g/Lのこれらのエマルジョン型繊維処理剤溶液中に絹織物を浸漬・パッディング(処理液中に織物等を通過させ、ローラーで絞り、処理液をよくしみ込ませること)し、取り出して搾液し、乾燥することで加工を完了させる技術である。かかる方法によると繊維製品に柔軟仕上げを行うことができ、柔軟性、平滑性、風合い等に優れた製品とすることができるものの、加工効果を上げるために加工剤濃度を高めると、繊維表面への被覆樹脂量が増加し、風合い、柔軟性、光沢等が劣悪となり、その結果繊維製品が固くなる。さらには、蛋白質繊維が本来有するしなやかで吸湿性に富んだ特性が損なわれ、衣料素材としての価値が半減するという問題もある。

【0007】
特開平10-77579号公報には、撥水性繊維製品の製造方法が開示されており、繊維製品に、スルフォン化フェノールホルムアルデヒド低縮合物および尿素樹脂を含有する溶液で浸漬処理を施した後、ポリフルオロアルキル基含有アクリル共重合体とアミノプラスト樹脂との混合液を付与し、熱処理を施す方法が記載されている。また、特開平10-77580号公報には、耐黄変・撥水性繊維製品の製造方法が開示されており、この方法によれば、繊維製品に、アルキルジフェニルエーテル化合物含有溶液で浸漬処理を施した後、ポリフルオロアルキル基含有アクリル共重合体とアミノプラスト樹脂および/または多官能ブロックイソシアネート基含有ウレタン樹脂との混合液を付与し、熱処理を施すことにより繊維製品に耐黄変性と撥水性が付与できる。これらの従来法は、繊維製品表面に撥水性を付与する試薬、ポリフルオロアルキル基含有アクリル共重合体を高分子樹脂に埋め込んで繊維製品表面に被覆する技術に関するものである。しかし、撥水性を増強させるためにこうした加工薬剤を多く用いると、繊維製品がかたくなり、繊維製品本来の材質が劣化し、また、撥水性有効成分が機械的に樹脂に埋め込まれているだけなので耐久性に問題があり、さらに、加工時に繊維製品の風合い感が失われるという問題もあった。

【0008】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、上記問題を解決するものであり、分子内に一つの二重結合を持つ長鎖二塩基酸無水物を高分子素材とアシル化反応させることにより、処理時に高分子素材が劣化することなく、また、風合い感の低下が起こらず、かつ、耐久性と持続性に優れた撥水性および耐摩耗性を持つ撥水性高分子素材を製造する方法を提供することならびに得られた撥水性高分子素材を提供することを課題とする。

【0009】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、昆虫生体高分子と化学結合するアシル化剤の化学反応性について鋭意検討を進めてきた。その際に、有機溶媒に溶解させた二塩基酸無水物と高分子素材との化学反応性を詳細に検討した結果、分子内に一つの二重結合を持つ長鎖二塩基酸無水物をN,N-ジメチルホルムアミド(以下、DMFと略記することもある)等の有機溶媒に溶解し、この溶液中で高分子素材を化学処理することにより、処理時において高分子素材の劣化が起こらず、また、優れた撥水性と耐摩耗性を有し、しかも本来持つ優れた風合い感を損なうことのない撥水性高分子素材を製造できることを見出し、本発明を完成するに至った。

【0010】
本発明においては、高分子素材と分子内に一つの二重結合を持つ長鎖二塩基酸無水物とをアシル化反応させ、高分子素材に長鎖の炭化水素であるアルキル基を導入することで撥水性機能その他の種々の機能を持つ高分子素材を製造しようとするものである。

【0011】
本発明で用い得る高分子素材は、下記の一般式(I):

【0012】
【化5】
JP0003044302B1_000006t.gif(但し、式中nは10~19の整数である)で表される分子内に一つの二重結合を持つ長鎖二塩基酸無水物がDMF等の有機溶媒中に溶解された系内で該素材を加熱する際に、該素材と長鎖二塩基酸無水物との間にアシル化反応が起こるような反応部位を有する素材である。

【0013】
【発明の実施の形態】本発明で利用できるアシル化剤である長鎖二塩基酸無水物は、上記したように、下記の一般式(I):

【0014】
【化6】
JP0003044302B1_000007t.gif(但し、式中nは10~19の整数である)で表され、分子内に二重結合を一つ有する長鎖のアシル基を持つ化合物である。

【0015】
分子内に二重結合を一つ有する長鎖二塩基酸無水物としては、式(I)においてnが10以上の整数であり、nの値が大きいもの程好ましく用いられる。nの値の小さい化合物は、アルキル基鎖が短いために高分子素材に浸透し易い性質を示すが、その反面、高分子素材の反応部位との化学反応性は高くなく、反応しても撥水効果が充分でない。nの値が10程度まで増加すると化学反応性は増加し、その結果、高分子素材に撥水性等の諸機能を効果的に付与できる。従って、本発明における好ましい長鎖二塩基酸無水物としては、nの値が10以上であり、しかも高分子素材との化学反応性が低下しない範囲であれば、いずれの二塩基酸無水物も利用でき、特に制約はない。nの値が20に近付くとアルキル基が長くなり過ぎ、二塩基酸無水物が高分子素材に浸透し難くなり、反応効率が低下する。したがって、反応効率が低下しない範囲の長鎖二塩基酸無水物であればいずれのものであっても利用でき、好ましくはnの値が19以下のものであればよい。本発明で利用できる好ましい長鎖二塩基酸無水物としては、例えば次のアシル化剤がある。
JP0003044302B1_000008t.gifアシル化反応の際に利用できる有機溶媒は、本発明で用いる長鎖二塩基酸無水物を溶解できるものであれば、任意の溶媒でよい。このようなものとしては、例えば、DMF、ジメチルスルホキシド(以下、DMSOと略記することもある)、テトラヒドロフラン、ピリジン等が挙げられる。本発明においては、例えば、DMF、DMSO等の使用が特に好ましい。

【0016】
高分子素材に対する化学修飾加工は、通常60~90℃の加熱下で行う。好ましい反応温度は70~85℃である。反応温度が60℃未満であると反応効率が良くないし、反応温度が90℃を超えると長鎖二塩基酸無水物あるいは高分子素材の構造安定性が低下する等の問題がある。有機溶媒中における長鎖二塩基酸無水物濃度は5~30%であればよい。濃度が5%未満であると反応効率が低下する問題があり、30%を超えると有機溶媒への長鎖二塩基酸無水物の溶解量が次第に減り、かつ反応温度を上げ反応時間を延長させても反応効率が上がらず、効率面で問題がある。高い温度、例えば75℃以上の温度で化学修飾加工する場合、溶媒が次第に蒸発し、これに伴って加工薬剤の二塩基酸無水物の濃度が変化するので、高分子素材との化学反応性が変わってしまうことが懸念される。そのため、化学修飾加工は逆流冷却器を付けたナス型フラスコ、三角フラスコなどのような装置内で行うことが望ましい。

【0017】
アシル化反応終了後、改質高分子素材を有機溶媒溶液から取り出し、脱液した後有機溶媒で洗浄し、次いで長鎖二塩基酸無水物に良溶媒として作用する水溶性有機溶媒で洗浄し、最後に水洗し、乾燥する。この場合の脱液直後に用いる有機溶媒としては、好ましくは、前記したアシル化反応時の各種有機溶媒が挙げられ、また、水溶性有機溶媒としては、好ましくは、メタノール、エタノール、プロパノール等の低級アルコールやアセトン、メチルエチルケトン等のケトンが挙げられる。

【0018】
本発明において撥水性機能を付与できる高分子素材としては、絹蛋白質、羊毛ケラチン、コラーゲン、ポリビニールアルコール、あるいはセルロースなどが例示できる。これら素材の形態としては、繊維状、膜状、粉末状、塊状など素材がとり得るあらゆる形態のものを用いることが可能である。

【0019】
これらの素材のうち、絹蛋白質の繊維としては、例えば家蚕絹糸、クワコ絹糸、野蚕絹糸としての柞蚕絹糸、エリ蚕絹糸、ムガ蚕絹糸等が挙げられる。絹蛋白質膜をつくるには、まず、前記絹繊維を濃厚な中性塩溶液に浸漬し、加熱して溶解したものをセルロース製透析膜に入れ純水と置換する。次いで、こうして調製した絹フィブロイン水溶液をポリエチレン膜上に広げ室温で送風乾燥することで水溶解性の絹フィブロイン膜が得られる。絹蛋白質の膜状試料の場合、撥水性加工のための化学修飾に先だって、膜状試料の水に対する不溶化処理を行うことが望ましい。50v/v%のメタノール水溶液中に絹蛋白質膜を1~2時間浸漬処理した後取り出し、室温で乾燥させることで、蛋白質分子間の凝集密度が増し、分子間に水素結合が形成され、水不溶化される。この絹蛋白質膜は、(1)熟蚕のカイコ体内から取り出した絹糸腺内の液状絹フィブロインを水に溶解させた絹フィブロイン水溶液、あるいは(2)臭化リチウムなどの中性塩水溶液に絹フィブロイン繊維を浸漬し、50℃以上に加熱して溶解した後、セルロース透析チューブに入れて純水と置換して得られる絹フィブロイン水溶液を、ポリエチレン膜上に広げて蒸発乾固することで得られる。本発明によれば、前記長鎖二塩基酸無水物により、かかる絹蛋白質の繊維、膜等に撥水性を付与することができる。

【0020】
本発明はまた、羊毛、モヘア等の獣毛繊維に対しても適用できる。さらに、生体中で結合組織を形成する蛋白質で、皮膚、血管、骨、歯、腱などの多くの組織内に分布するコラーゲンの化学修飾も可能である。コラーゲンは、免疫活性を有し、血小板凝集反応を誘起し、これを起点とする血栓形成に関与する生体高分子であるが、前記長鎖二塩基酸無水物による処理で、従来知られている上記のコラーゲンの機能特性に加えて、優れた撥水特性を新たに付与することが可能となり、コラーゲンの機能特性を更に多様なものにすることが可能となる。

【0021】
ポリビニールアルコール(以下、PVAと略記)には分子側鎖に水酸基があるので、この部位がアシル化反応の拠点となる。また、天然セルロース製の木綿繊維等への撥水加工も同じように可能である。セルロース分子中に、アシル化反応の拠点となる水酸基が含まれているためである。

【0022】
本発明で用いる長鎖二塩基酸無水物は、高分子素材のリジン、アルギニン、あるいはヒスチジン残基等の塩基性アミノ酸側鎖と反応し、S-NHCO-CH2-CH(COOH)-CH2-CH=CH-Cn2n+1(Sは高分子素材の分子であり、nは前記定義の通りである)のように素材にアシル基を導入できる。また、長鎖二塩基酸無水物は、高分子素材のチロシン、スレオニン残基等のフェノール性水酸基、セリン残基の水酸基、あるいはポリビニールアルコール等の水酸基、さらにはセルロース分子の水酸基とも反応し、S'-OCO-CH2-CH(COOH)-CH2CH=CH-Cn2n+1(S'は高分子素材の分子であり、nは前記定義の通りである)のように素材にアシル基を導入できる。長鎖二塩基酸無水物は、塩基性アミノ酸側鎖とアシル化反応した方が、水酸基とアシル化反応した場合よりも安定性は高く、該高分子素材との結合力は大きい。

【0023】
高分子素材に強い撥水機能を付与するには、長鎖二塩基酸無水物を用い、試薬濃度を上げ、反応温度、反応時間などを制御することにより、加工効率を上げるようにするとよい。撥水性は、このように加工効率を制御して、使用用途により適宜変えることができる。

【0024】
本発明で用いるアシル化剤は高分子素材の塩基性アミノ酸側鎖あるいは水酸基とアシル化反応する。アシル化剤として、n-オクタデシルこはく酸無水物(以下、Cn=15と略記することもある)を例にして、以下、その使用量について説明する。アシル化反応が生じる反応拠点の総量は高分子素材に固有のものであるため、Cn=15による反応量は高分子素材の反応拠点総数の制約を受け、無制限にアシル化反応が進行することはない。絹繊維に比べて反応拠点を多く含む羊毛繊維を例にして説明する。羊毛繊維を構成するリジン、アルギニン、ヒスチジン等の塩基性アミノ酸残基の総量は1.468×10-3mol/g、セリン、チロシン、スレオニン等の水酸基を含むアミノ酸残基の総量は8.46×10-4mol/gであるため、反応拠点の総量は2.314×10-3mol/gとなる。Cn=15を用いて撥水加工を行った場合、考えられ得るすべての反応拠点が反応すると仮定すると、重量増加率は76.4%と試算される。なお、ここでは、含量が極微小なトリプトファンは考慮しないことにした。以下の実施例に示す表2から明らかなように、反応温度75℃、反応時間7時間で73.2%の重量増加率が得られていることは、すべての反応拠点がアシル化反応にかかわっていることを示している。重量増加率は、試薬濃度、反応温度、反応時間あるいは加工溶媒の種類により自由に制御することが可能である。

【0025】
【実施例】次に、本発明を実施例および比較例により更に詳細に説明する。本発明は、これらの例により限定されるものではない。アシル化処理で撥水性を付与した高分子素材の機能評価は次の方法により行った。

【0026】
撥水性能の程度は、絹織物に残存する微量の油脂成分の影響を受けやすいので、その評価に当たってはこの影響を排除する必要があり、次の方法で油脂成分のアセトン抽出を行った。即ち、撥水加工後の絹織物表面の油脂成分を除去するため、ソックスレー抽出器にアセトンを溶媒として撥水加工済試料を投入し、冷却器を取り付け、アセトンの沸点温度である56℃で30分間抽出処理した。アセトン抽出処理後、純水で洗浄し、次いで105℃で2時間乾燥したものを撥水性の試験試料とした。これらの試料について、以下のようにして、接触角、剛軟度、屈曲摩耗強度を測定すると共に、撥油性試験を行い、また、撥水加工前後での機械的特性を測定した。

【0027】
接触角:接触角測定装置(協和界面科学(株)製、FACE型式CAS)を用い、絹織物のたて糸を構成する単繊維を取り出し、糸に力を加えた状態で、微細な水滴を噴霧し、数珠状に水玉が繊維表面に付着した部位を倍率36倍の光学顕微鏡で撮影し、水玉の付着部位を拡大して印画紙に焼き付け、作図的に接触角を評価した。なお、比較のために、市販の撥水加工剤(住友スリーエム株式会社製、フッ素樹脂系繊維保護剤スコッチガード(商品名)、以下、単にスコッチガードと称す)を噴霧した単繊維を用いて、接触角を同様の方法により評価した。接触角の大きい程、撥水性に富むことを示す。

【0028】
剛軟度:JISL1079(1966)で規定されているカンチレバー法により、2cm×15cmのサイズの試料片を水平に送り出し、45°の斜面に達するまでの送り出し長さを測定した。測定は、試料の織物からよこ糸方向に5枚ずつ試料片を切り出し、その表側および裏側より測定し、平均値をmm単位で示した。数値は、大きい程硬く、小さい程軟らかいことを示す。

【0029】
屈曲摩耗強度:JISL1096(1990)で規定されているA-2法(屈曲法)に従って、絹織物のたて糸方向ならびによこ糸方向から2.5×20cmの試験片を5枚ずつ切り出し、これをそれぞれ二つ折りとしてバーを挟むように試験装置に取り付けた。2.5cmの距離を1分間当たり125回往復摩擦する条件で試験を行い、試験片が切断した時の摩擦回数を計測した。絹織物のたて糸方向、およびよこ糸方向に切り出した5枚の試験片の屈曲摩耗強度を測定し、測定値の平均値を屈曲摩耗強度とした。

【0030】
撥油性:AATCCTM118(1972)に基づいて試料織物の撥油性機能を評価した。すなわち、下記の標準液から選んだ任意の標準液をスポイトで一滴宛、試料織物上の3箇所にそっと置き、3分後に液滴が崩れずに保たれているか否かを判定する。試料に吸い込まれたり、液滴の形が崩れたりした場合は、下記判定基準の撥油性の欄に記載の番号の小さい標準液で順次、同様の操作を行う。きれいな液滴の形を保っている最も大きい標準液の番号を撥油性の評価値とする。AATCCTM118(1972)における撥油性評価用の標準液、表面張力(dyn/cm)および撥油性の評価基準の番号を下記に示す。

【0031】
JP0003044302B1_000009t.gif機械的特性:撥水加工前後で繊維状試料の機械的特性がどのように変わったかを調べるため、機械的特性を評価した。(株)島津製作所製インストロンを用い、試料長100mm、引張速度10mm/分、チャートフルスケール250gで、繊維が破断する時の強度(gf)、伸度(%)、および切断に要するエネルギー(gf-mm)を測定した。測定繰り返し数は10回とした。

【0032】
実施例1:家蚕絹織物への加工
JIS染色堅ろう度試験(JISL0803準拠)の14目付の家蚕絹羽二重(以下、絹織物と略記する)に次の方法で撥水機能を付与した。浸漬浴として、100mLのDMFに20gのn-オクタデシルこはく酸無水物(東京化成工業株式会社製、Lot No.FIG01、Cn=15と略記することもある)を溶解して得た20%n-オクタデシルこはく酸無水物溶液を用いた。絹織物重量に対して20倍(浴比1:20)のDMFを逆流冷却器付き100mLナス型フラスコに入れ、絹織物がDMF中に完全に浸漬するように留意しながら、ウォーターバスを用いて80℃で7時間反応させることで撥水性絹織物を製造した。反応終了後、試料を取り出し、DMFで洗浄し、続いて55℃のアセトンで洗浄することで未反応試薬を除去した。最後に水で洗浄し、乾燥後重量を測定した。このようにして重量増加率15.4%の試料を得た。

【0033】
比較例1:絹織物への加工
実施例1のn-オクタデシルこはく酸無水物(Cn=15)の代わりにドデセニルこはく酸無水物(和光純薬工業株式会社製、040-16251、LotNo.LEE7584、以下、Cn=9と略記することもある)を用い、実施例1と同様の条件下で絹織物への加工を行い、重量増加率が13.2%の試料を得た。

【0034】
比較例2:スコッチガード加工
比較例1で用いた絹織物に対し、市販の撥水加工剤(前記「スコッチガード」)を絹織物がしっとりするまでスプレーし、完全に風乾させて撥水性絹織物を得た。

【0035】
上記実施例1および比較例1で得られたアシル化処理した絹織物ならびに比較例2の撥水加工絹織物のそれぞれの表面に重量12mgの水滴を付着させ、一定時間毎に各絹織物表面での水滴の吸着、しみ込みを目視により観測した。得られた結果を表1に示す。

【0036】
【表1】
JP0003044302B1_000010t.gif表1中、++:水滴状態が維持され、しみ込みがないこと、+:水滴状ではあるが、一部しみ込んでいること、-:水滴状ではなくなり、全てしみ込んでいることを示す。

【0037】
表1から明らかなように、長鎖二塩基酸無水物(Cn=15)を用いてアシル化処理した本発明の改質絹織物は、良好で持久性のある安定した撥水性を示し、Cn=9を用いて処理した絹織物および市販品のスコッチガードで撥水化処理した絹織物よりも優れた撥水効果が得られた。

【0038】
実施例2:羊毛繊維、家蚕絹繊維への加工
n-オクタデシルこはく酸無水物(Cn=15)を用い、実施例1と同様にして、羊毛繊維および家蚕絹繊維(以下、単に絹繊維と称す)へのアシル化処理を行い、重量増加率35.4%および12.8%の試料を得た。

【0039】
実施例3
実施例1で用いたCn=15の代わりにCn=10を用いて、実施例1と同様の条件で絹織物に撥水加工を施した。得られた絹織物の重量増加率は16.5%であった。

【0040】
実施例4
実施例1で用いたDMFの代わりにDMSOを用い、アシル化剤としてCn=15を用い、75℃で絹繊維および羊毛繊維への撥水加工を行った。得られた試料の重量増加率と反応時間との関係を調べ、この結果を以下に示す。

【0041】
【表2】
JP0003044302B1_000011t.gif表2から明らかなように、DMFの代わりにDMSOを用いた場合、同一の反応温度、反応時間で得られる重量増加率はDMSOの方が大きな値を示す。10%以下の重量増加率の試料を得るには、DMFを用いる方が有利である。

【0042】
実施例5:蛋白質膜への加工
家蚕絹フィブロイン膜と柞蚕絹フィブロイン膜(本実施例中では、以下、単に絹フィブロイン膜と略記することもある)に次の方法で撥水加工を行った。まずそれぞれの絹フィブロイン膜を水不溶化させるため、この絹フィブロイン膜を50v/v%のメタノール水溶液に1時間浸漬処理し、メタノール水溶液から取り出した後、室温で軽く乾燥させた。105℃で2時間乾燥させた後、試料重量を秤量した。次に、化学反応性に乏しい絹フィブロイン膜表面の構造をこわし反応を促進させ易くするため、次のようにして溶媒置換を行った。即ち、55℃、1MのLiSCN(チオシアン酸リチウム)水溶液に家蚕絹フィブロイン膜と柞蚕絹フィブロイン膜を別々に10分間浸漬した。絹フィブロイン膜を取り出して100%メタノールで膜表面に付着したLiSCNを除去した後、この絹フィブロイン膜の水不溶化のために50v/v%のメタノール水溶液に25分浸漬し、続いて100%DMFで軽く洗った後、DMFに25分浸漬し、次いで20%のCn=15を含むDMF中で80℃で7時間、絹フィブロイン膜に撥水機能を付与するため反応させた。反応終了後、絹フィブロイン膜をDMF、55℃のアセトン、引き続き水で洗浄し、室温で軽く乾燥した。次いで、105℃で2時間乾燥することで、Cn=15の導入された撥水性絹フィブロイン膜を得た。かくして得られた家蚕絹フィブロイン膜、柞蚕絹フィブロイン膜の重量増加率は、それぞれ29.9%、25.8%であった。

【0043】
かくして得られた撥水加工膜および未処理膜の表面にマイクロピペットで水を50μL(0.05mL)滴下して、一定の時間経過毎に水滴の状態を目視で観察した。未処理の絹フィブロイン膜では、水滴は膜表面を溶解し膜内に吸収され、膜が一部溶解してしまったが、加工膜は3時間経過後でも水滴が付着したままで吸収されることはなかった。

【0044】
実施例6:絹織物への加工
20%のCn=15を含んだDMF中に絹織物を浸漬し、75℃で該絹織物へのアシル化反応を行った。DMF中、75℃で30、45、60分反応させることで、重量増加率がそれぞれ1.5、4.0、5.2%の化学修飾絹織物を得た。また、Cn=15の代わりに対照としてCn=9を含んだDMF中、75℃で60、90、120分反応させることで、重量増加率がそれぞれ3.1、4.5、5.6%の化学修飾絹織物を得た。これらの処理済み絹織物に対し、実施例5と同様にして50μLの水を滴下し、水滴の状態、水のしみ込み方を目視で観察した。得られた結果を表3に示す。

【0045】
【表3】
JP0003044302B1_000012t.gif表3中、++:水滴状態が維持され、しみ込みがないこと、+:水滴状ではあるが、一部しみ込んでいること、-:水滴状ではなくなり、全てしみ込んでいることを示す。

【0046】
表3から明らかなように、アシル化剤の二塩基酸無水物の鎖長が短いCn=9を用いて加工を行った場合、水滴を絹織物表面にのせた後1分程度で中程度の撥水効果が見られるに過ぎないが、2分後には撥水効果が失せていることがわかる。しかし、鎖長が十分に長いCn=15を用いて加工を行った場合には、撥水効果は水滴をのせた後も長時間持続する。

【0047】
実施例7:絹織物、絹繊維、羊毛繊維、木綿繊維への加工
20%のドデセニルこはく酸無水物(Cn=9)を含んだDMFを4本の200mLナス型フラスコに入れ、次いでそれぞれのナス型フラスコに絹織物、絹繊維、羊毛繊維、木綿繊維を入れ、75℃で時間を変えて反応させた(但し、セルロース繊維製品である木綿繊維の場合は、80℃、7時間で反応させた)。反応後、DMFでまず洗浄し、続いて55℃のアセトンで洗浄し、未反応のCn=9を除去した。最後に水で洗った後、乾燥し、試料の乾燥重量を測定し、試料の重量増加率を求めた。得られた結果を表4に示す。

【0048】
【表4】
JP0003044302B1_000013t.gif表4から明らかなように、Cn=15を用いることで撥水加工が可能な天然素材は絹織物、絹繊維、羊毛繊維、木綿繊維である。Cn=9の代わりにCn=15を用いて加工すると、同一温度、同一処理時間における重量増加率を比べた場合、Cn=15を用いた方が重量増加率はいずれも高い値になった。これは、長鎖の二塩基酸無水物の化学反応性が高まることを示唆している。従って、上記のように撥水加工した絹織物、絹繊維、羊毛繊維および木綿繊維は、Cn=15を用いると重量増加率は低い値であってもCn=9に比べて優れた撥水性を示した。

【0049】
実施例8:種々の高分子素材膜への加工
コラーゲン、キトサン、PVAの膜状試料に次のようにして撥水加工を施した。

【0050】
コラーゲン膜は、株式会社高研の組織培養用のコラーゲン水溶液(pH3.0、濃度0.3)をポリエチレン膜上に広げ、室温で乾燥固化させることで調製した。キトサン膜は、キトサン(ナカライテスク株式会社、Lot No.MOT3327)を濃度が1.5%となるように蟻酸溶液に溶解し、ポリエチレン膜上に広げ、室温で乾燥固化させることで調製した。PVA膜は、PVA(和光純薬工業株式会社製、重合度約2000、Lot No.TSJ0964)を水に溶解して1.0%のPVA水溶液を調製し、この水溶液をポリエチレン膜上に広げ、25℃で蒸発乾固させることで調製した。これらの3種類の試料膜は、いずれも不溶化処理することなく以下のような撥水加工を施した。

【0051】
20%のn-オクタデシルこはく酸無水物(Cn=15)を含んだDMF中に、上記コラーゲン膜、PVA膜、およびキトサン膜の各試料を、それぞれ、入れ、80℃で7時間処理することで撥水加工を行った。反応後、DMFで洗浄し、次いで55℃のアセトンで洗浄し、未反応Cn=15を除去した。乾燥後、105℃で2時間試料を乾燥させ、試料の重量増加率を求めた。得られた結果を表5に示す。なお、撥水性能については目視により次ぎの3段階評価を行った。++:よく撥水する。+:撥水が一部認められる。-:撥水性が認められない。

【0052】
【表5】
JP0003044302B1_000014t.gif水溶性ビニルポリマーであるPVAへ撥水性機能を付与するための処理は、水系ではなくDMFなどの有機溶媒中で行うので、処理に先だってPVAの水不溶化処理を行う必要はない。表5から明らかなように、PVAとCn=15との化学反応性は極めて高く、得られた膜の撥水性は顕著である。また、コラーゲンとの化学反応性は絹蛋白質の場合とほぼ同等の値となり、その膜の撥水性も良好である。なお、表5中のコラーゲン膜およびPVA膜の重量増加率に関し、実施例1における絹織物への重量増加率よりも高い値をとっている。この違いは、分子が引き揃い微細構造的に繊維構造をとる絹織物よりも繊維構造を取らないコラーゲン膜およびPVA膜へのCn=15の浸透量が多いため、試料分子とのアシル化反応が多く生じたためであろう。キトサン膜へは撥水加工ができなかった。

【0053】
実施例9:加工処理した絹繊維、羊毛繊維の機械的性質
ドデセニルこはく酸無水物(Cn=9)およびn-オクタデシルこはく酸無水物(Cn=15)で、それぞれ撥水加工処理した絹繊維と羊毛繊維との機械的特性(強度、伸度、エネルギー)を調べた。得られた結果を表6に示す。

【0054】
【表6】
JP0003044302B1_000015t.gif表6から明らかなように、絹繊維については、いずれの無水物で化学修飾しても、強度と伸度特性に大きな差は現れない。スコッチガードで処理した絹繊維の強度は対照区に比べて低下した。また、撥水加工処理した羊毛繊維の強度はいずれの無水物も僅かに増加する程度であるが、伸度はいずれの無水物でもかなり増加し、特に重量増加率ほぼ34%の羊毛繊維では伸度が加工前に比べて80%以上も増加した。

【0055】
実施例10
実施例1と同様の方法で、Cn=9およびCn=15をそれぞれ用いて絹織物に撥水加工を行った。すなわち、Cn=9を20%含むDMF中に絹織物を入れ、80℃で1時間および3時間の間浸漬処理することで、それぞれ、重量増加率3.1、10.7%の絹織物を調製した。また、Cn=15を20%含むDMF中に絹織物を入れ、80℃で30分および1時間の間浸漬処理することで、それぞれ、重量増加率1.5、10.8%の絹織物を調製した。得られた撥水加工済み絹織物について、撥水性、撥油性、風合い特性、および屈曲摩耗強度を測定し、その結果を表7に示す。

【0056】
【表7】
JP0003044302B1_000016t.gif表7中、++:水滴状態が維持され、しみ込みがないこと、+:水滴状ではあるが、一部しみ込んでいること、-:水滴状ではなくなり、全てしみ込んでいることを示す。

【0057】
表7から明らかなように、本発明の撥水性絹織物は、スコッチガードで処理した絹織物の場合と同様の優れた撥水性を示すが、撥油性には欠ける。これはスコッチガードはフルオロアルキル基含有の加工薬剤を含んでおり、このフッ素化合物が強い撥油効果を示すためであり、本発明における長鎖二塩基酸無水物は撥水性機能には優れた効果を示すが、撥油性機能を付与する目的の試薬でないためである。また、本発明の撥水加工処理された絹織物の剛軟度は加工後も対照区およびスコッチガードの場合に比べて低い値となり、加工過程における風合い感の低下のないこと、また、本発明の撥水加工処理された絹織物の屈曲摩耗強度は加工により増加していることが確認された。かくして、化学加工処理時の絹織物素材劣化の問題を防止することが可能となった。

【0058】
【発明の効果】本発明では、分子内に一つの二重結合を持つ長鎖二塩基酸無水物をアシル化剤として用い、これを高分子素材と反応させることから、高分子素材の微細構造に悪影響を与えることなく、加工時における素材の劣化を防止し、高分子素材に優れた撥水性と耐摩耗性を付与することができる。従来の樹脂加工と違って加工薬剤が高分子素材の表面を被覆するタイプの加工ではなく、高分子素材と化学結合することにより上記の優れた撥水性等の機能を発現することとなるため、加工過程で高分子素材の材質劣化等の問題がなく、風合い感を低下させることはない。しかも、本発明により繊維に導入された長鎖アシル基は、高分子素材のアミノ基や水酸基と化学結合していることから、容易に脱離することはない。そのため、長鎖アシル基を導入した高分子素材は、製造後長時間経過しても撥水性および耐摩耗性は安定して維持できるという点で耐久性に優れたものとなる。

【0059】
撥水加工により高分子素材表面での界面エネルギーを改質できるので、複合材料、電子材料、バイオ、海洋スポーツ分野等の様々な分野で応用できる。例えば、絹糸にこの技術を応用したものは、撥水性に優れ、病原菌の懸濁液が付着し難いため、手術時、雑菌による感染の機会を減少させることができるので、手術用縫合糸として利用できる。

【0060】
また、衣料材料に応用した場合は、防汚機能を活かした利用が可能となり、和装分野はもとより洋装分野の材料としての利用が可能となる。

【0061】
本発明の撥水性高分子素材は水と接触しても長時間にわたり水をはじく性質があるので、船舶用ロープ、ブイ係留ロープ、魚網などの水産資材、ならびに土木分野では撥水および軟弱地盤改良用資材として利用できる。