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明細書 :遺伝子Any—RFならびに休眠制御物質およびその製造方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B1)
特許番号 特許第3023790号 (P3023790)
登録日 平成12年1月21日(2000.1.21)
発行日 平成12年3月21日(2000.3.21)
発明の名称または考案の名称 遺伝子Any—RFならびに休眠制御物質およびその製造方法
国際特許分類 C12N 15/09      
C07K  7/00      
C12P 21/02      
FI C12N 15/00 A
C07K 7/00
C12P 21/02
請求項の数または発明の数 6
全頁数 12
出願番号 特願平11-152273 (P1999-152273)
出願日 平成11年5月31日(1999.5.31)
新規性喪失の例外の表示 特許法第30条第1項適用申請有り 平成11年4月3~4日、信州大学繊維学部において開催された社団法人日本蚕糸学会の第69回学術講演会において、発表
審査請求日 平成11年5月31日(1999.5.31)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】391030284
【氏名又は名称】農林水産省蚕糸・昆虫農業技術研究所長
発明者または考案者 【氏名】小瀧 豊美
【氏名】塚田 益裕
【氏名】鈴木 幸一
【氏名】楊 平
個別代理人の代理人 【識別番号】100060025、【弁理士】、【氏名又は名称】北村 欣一 (外3名)
審査官 【審査官】冨永 みどり
参考文献・文献 J.Insect.Physiol.,36(11)(1990),p.855-860
要約 【課題】 休眠制御活性を有する遺伝子、ならびに休眠制御物質およびその製造方法の提供。
【解決手段】 配列表の配列番号1に示すアミノ酸配列、Asp-Ile-Leu-Arg-Glyを有し、C末端がアミド化されており、分子量が570.959であり、休眠制御活性を有するタンパク質をコードする遺伝子Any-RF。かかる遺伝子を有する休眠制御物質は、天蚕に酸メタノール液を加え、磨砕後、遠心処理、HPLCシステムによる処理を経て単離、精製されるペプチドであり、昆虫等の休眠を制御するものである。
特許請求の範囲 【請求項1】
配列表の配列番号1に示すアミノ酸配列、Asp-Ile-Leu-Arg-Glyを有し、C末端がアミド化されており、分子量が570.959であるタンパク質をコードする遺伝子Any-RF。

【請求項2】
前記タンパク質が休眠制御活性を有するものである請求項1記載の遺伝子Any-RF。

【請求項3】
前記タンパク質が天蚕の前幼虫由来のものである請求項1または2記載の遺伝子Any-RF。

【請求項4】
配列表の配列番号1に示すアミノ酸配列、Asp-Ile-Leu-Arg-Glyを有し、C末端がアミド化されており、分子量が570.959であって、休眠制御活性を有することを特徴とする休眠制御物質。

【請求項5】
前記休眠制御物質が天蚕の前幼虫由来のものである請求項4記載の休眠制御物質。

【請求項6】
昆虫の前幼虫体を粉砕したものに、メタノール:水:酢酸からなる酸メタノール液を加え、摩砕後、遠心処理し、得られた上清を逆相高速液体クロマトグラフィおよび混合分離モード高速液体クロマトグラフィに導入することにより、配列表の配列番号1に示すアミノ酸配列、Asp-Ile-Leu-Arg-Glyを有し、かつC末端がアミド化されており、分子量が570.959である休眠制御物質を得ることを特徴とする休眠制御物質の製造方法。
発明の詳細な説明 【発明の詳細な説明】

【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、遺伝子Any-RF、ならびに休眠制御物質およびその製造方法に関し、特に前幼虫形態を取る昆虫由来の休眠制御活性を有する遺伝子、ならびに休眠制御物質およびその製造方法に関するものである。本明細書では、本発明において単離・精製した新規遺伝子を、以下必要に応じ、「遺伝子Any-RF」と略称する。

【0002】
【従来の技術】ヒトが住む地球は、「昆虫の惑星」に喩えられる。地球上には100万種ともいわれる多くの昆虫が予想を超えるあらゆる環境で力強く生息している。熱帯、温帯、針葉樹林、氷雪地、砂漠、さらには湖沼地に至る地球のほぼ全域に昆虫は適応しながら生存している。これは、昆虫が多様な機能特性を獲得しているからに他ならない。我々が昆虫世界から学ぶべきものは多い。昆虫の機能特性として挙げられるのは、生体防御機構や、成長・発育制御機構、広範な物質分解、生産機能、鋭い感覚機能、行動調節機構、脳・神経機構、媒介機能等、あるいは環境適応能である。昆虫が有する多様な機能特性の中でも特に昆虫の休眠機能は、見事な適応現象として特記すべき機能であるといえる。昆虫の休眠を科学する意義は次の通りである。(1)休眠は、生物が発生を進める過程で完全に発育を停止し、来るべく高温・低温・食物不足のような悪環境を乗り切るためのエネルギー節約型の生命現象であると捉えることができる。(2)休眠は、生息環境が発育成長に悪影響を与える前に、遺伝的に制御するか、または環境情報を解読して、事前に発育を停止するものであり、単なる発育停止とは異なる積極的な適応戦略であるといえる。(3)休眠を制御することが可能となれば、害虫防除や作物種子の発芽促進の重要な実用技術となり、農業分野での応用技術となり得る。

【0003】
従って、昆虫の休眠制御の機序が明らかとなり、また休眠制御物質の構造が決定され、その機能が解明できれば、これを生物産業分野に応用することができる。すなわち、人間生活にとって有用な生物の発育・成長を自在に制御することが可能となり、また有害な生物の活動を停止させるために人為的に有害生物を休眠させることが可能となることから、21世紀の生物産業の視点から見て重要な基礎研究である。更に、高品質・新製品の農業技術開発と新医薬品の技術開発のための応用研究として休眠制御物質の機能解明は重要な研究課題となろう。

【0004】
例えば、鱗翅目昆虫の一種である天蚕は多くの昆虫と同様に、秋口に休眠に入り、休眠越冬後4~5月に休眠から醒める。天蚕はカイコ同様外見上卵内で胚休眠するが、卵内ではほぼ完全に幼虫体が形成されており、この状態で休眠に入ることから前幼虫態休眠(前幼虫休眠ともいう)の一種であると考えられている。このタイプとしては、天蚕以外にマイマイガなど鱗翅目昆虫を中心として40種以上知られており、新しい休眠タイプとして分類されるべきである。天蚕の前幼虫休眠は、昆虫の中枢のホルモン系は直接関与せず、前幼虫の中胸部位に存在する抑制因子(Repressive Factor:RF)によって制御され、また後休眠は第2腹節~第5腹節に存在する成熟因子(Maturation Factor:MF)により制御されているというモデルが提案されている(Suzuki et al., J. Insect Physiol., 36, 855-860,1990)。成熟因子に関しては、部分精製され、ペプチド様ホルモンであることが報告されている(Naya et al., Int. Wild Silkmoth & silk I, 195-200, 1994)が、抑制因子(休眠制御物質)については未だ単離されていない。

【0005】
また、胚休眠するカイコでは、休眠ホルモンが誘導ホルモンとして知られており、このホルモンの構造は24個のアミノ酸から構成されているペプチドホルモンで、C末端がアミド化されている(Imai et al., Proc. Japan Acad., 67B, 98-101, 1991)。しかし、胚休眠するタイプでは、これ以外の休眠に関連するホルモンは全く不明であり、また前幼虫休眠するタイプでは、休眠関連ホルモン物質は全く発見されていない。

【0006】
昆虫以外で、唯一、冬眠特異的タンパク質と呼ばれる3種類の物質がシマリスで発見されている(Kondo et al., J. Biol. Chem., 267, 473-478, 1992)が、これらのタンパク質は、分子量が27-、25-、20-kDaであり、しかも冬眠の前後で血中濃度が減少し、冬眠中は低濃度である。また、哺乳類で休眠に関する制御物質はこれまで発見されておらず、例えばワラビー(カンガルーの一種)の胚子休眠の場合は、母親の松果体が休眠に関与すると考えられているが、休眠制御物質は未だ単離されていない。

【0007】
【発明が解決しようとする課題】上記したように、昆虫からは、休眠制御活性を有するタンパク質をコードする遺伝子、有用な休眠制御活性を有する休眠制御物質は、未だ単離されていないこと、またシマリスから単離された冬眠特異的タンパク質は、分子量が高いので抗原抗体反応が起こり易く、しかも冬眠の前後で血中濃度が減少し、冬眠中は低濃度であるという問題があること、さらにまた哺乳類では休眠制御物質がいままで見出されていないことから、休眠を制御する物質の開発が、昆虫の休眠制御のみならず、休眠現象が確認されている哺乳類の休眠・発育制御までも含めたかなり広範な視野から強く望まれている。

【0008】
これまでは、昆虫の休眠といえば、卵休眠、幼虫休眠、蛹休眠、そして成虫休眠として分類されていた。しかし、生物化学的に見ると、休眠ステージは複雑であり、内分泌学的に前幼虫休眠というステージも、新たなステージとして分類する必要がある程である。すなわち、天蚕のように単純に卵休眠に属さず、独特に前幼虫ステージで休眠するものや、ポプラハバチのように蛹休眠には分類されず、その前段階である前蛹ステージで休眠するものがある。従って、これらの昆虫種では、新しい休眠制御ホルモンやその関連物質の存在が期待されることとなる。

【0009】
特に、前幼虫休眠タイプの天蚕、マイマイガ、ウスバシロチョウ、オビカレハ、カシワマイマイ等の鱗翅目昆虫を中心とした40種以上の昆虫(これらの前幼虫休眠タイプの昆虫としては、梅谷与七郎、蚕の越冬卵より見たる昆虫の卵態越冬現象、蚕糸試験場報告、12:393-481(1946)及びUmeya Y., Studies on embryonic hibernation and diapause in insects, Proc. Jpn. Acad., 26, 1-9(1950)に記載されている)に作用する休眠制御物質についても、未だ単離されておらず、この休眠制御物質を単離・同定することが農業、林業、医薬等の分野で強く望まれ、また同物質を経済的かつ効率的に合成するための製造技術の開発が望まれてきた。

【0010】
天蚕(正式和名:ヤママユ、学名:Antheraea yamamai Guerin-Meneville)は、わが国を原産地とし、江戸時代から飼育の記録があり長い歴史を持つこと、最近人工飼料が開発されて幼虫の飼育が容易であること、農家段階で一般的に飼育されていることから、飼育に関する情報が多く、しかも入手が容易であると共に、年1回発生し、卵で越年する。家蚕(カイコ)幼虫が専ら桑の葉を食べるのに対して、天蚕はクヌギ、コナラ、カシワ、アベマキなどの葉を食べる。養蚕農家が家蚕幼虫を飼育するのに対して、野生の天蚕幼虫は、自然状態で生育する。天蚕種の孵化率は低く、繭糸から絹糸となる割合(糸歩)は極めて少ない。また、繭糸をとる作業が困難であるため希少価値としての意義がある。天蚕絹糸1kgの価格が20万とも30万円ともいわれ、絹のダイヤモンドと呼ばれるほど希少価値があるのはこのためである。野蚕である柞蚕絹糸の配合率が増加した絹織物では糸の滑りが抑えられ、縫目の滑脱抵抗が改善できるため好んで用いられる。そのため、将来、大型絹糸昆虫である天蚕を利用した分野の発展が大いに期待される。従って、天蚕の生活環制御に関連した抑制因子の単離や構造決定の重要性はますます高まっている。

【0011】
これまで、天蚕の休眠制御物質の同定が遅れていた理由は次の通りである。休眠制御物質の存在は1990年に予測されていた(Suzuki et al., J. Insect Physiol. 36, 855-860, 1990)が、抽出法の改良と精製のためのカラムの選択に多くの時間を費やし、予期するような活性画分を単離、精製することができなかった。その主要な理由としては、同定する物質が極めて低分子の短いペプチドであり、抽出と適切なカラムの選択に予想外の困難性があったためである。従って、前幼虫より休眠制御物質を得る際に、収率、効率、経済面で優れた精製方法の確立と容易な製造方法が望まれている。

【0012】
本発明の課題は、休眠制御活性を有する遺伝子、ならびに休眠制御物質およびその製造方法を提供することにある。そのために、昆虫の前幼虫体より、休眠制御活性を有する遺伝子、休眠制御物質を効率的にかつ経済的に単離、同定、精製する。

【0013】
上記課題を解決するため、入手が容易であり、かつ飼育に関する情報の多い天蚕の幼虫を対象昆虫として便宜的に使用し、以下、天蚕を中心に本発明を説明する。

【0014】
【課題を解決するための手段】本発明の遺伝子Any-RFは、配列表の配列番号1に示すアミノ酸配列、Asp-Ile-Leu-Arg-Glyを有し、C末端がアミド化されており、分子量が570.959であるタンパク質をコードするものであり、休眠制御活性を有し、天蚕の前幼虫由来のものである。本発明の休眠制御物質は、配列表の配列番号1に示すアミノ酸配列、Asp-Ile-Leu-Arg-Glyを有し、C末端がアミド化されており、分子量が570.959である。この物質は、例えば、天蚕前幼虫体等のような鱗翅目昆虫の前幼虫体を粉砕したものをメタノール:水:酢酸からなる酸メタノール液に加え、乳鉢内で摩砕後、遠心処理し、得られた上清をHPLCシステムに導入することにより単離・精製して得られるか、または公知のペプチド合成装置を用いて公知の方法に従って得られる。

【0015】
昆虫としては、前幼虫体で休眠するタイプの昆虫であれば、天蚕のみならず、前記したような、世界的な森林の大害虫であるマイマイガ、さらにウスバシロチョウ、オビカレハ、カシワマイマイの他40種以上の鱗翅目昆虫の幼虫、およびキリギリス類等の直翅目昆虫の幼虫でも応用・利用できる。

【0016】
本発明の休眠制御物質は、上記したように、N末端より5サイクルまでのアミノ酸配列がAsp-Ile-Leu-Arg-Glyであって、C末端が遊離酸化された化合物ではなく、アミド化されているものである。このことは、後述する合成物の生物検定試験からも、C末端がアミド化されたものにだけ活性機能を有することから明らかである。昆虫由来の活性ペプチドホルモンでアミノ酸の数が24-40個という比較的分子量の大きいものでも、また本発明のように5個という低分子量のものでも、活性物質のC末端はアミド化されていることがわかっている。また、天蚕のような鱗翅目昆虫から得られた前記休眠制御物質と同様のアミノ酸配列を持つ組成物は、上記の多様な鱗翅目昆虫および直翅目昆虫の休眠を効率的に制御する。このことは、生物の概日リズム(生物時計)の点からも自明である。すなわち、Beck, S.T., Insect photoperiodism, pp. 288, Academic Press, London(1968)及び近藤孝男、植物の生物時計、化学と生物、28:810-819(1990)には、概日リズムを利用しながら、動物の生殖活動(カンガルーの休眠も含む)、昆虫の休眠、植物の花芽形成(休眠も含む)など多くの生物の発生現象をコントロールすることが示されている。

【0017】
上記したように、天蚕の前幼虫休眠の維持に関与する抑制因子であるペプチドのアミノ酸配列構造は、Asp-Ile-Leu-Arg-Gly-NH2 である。このペプチドは、コンピューターサーチ(BLASTおよびFASTA)によっても、生物界において新規の休眠制御活性ペプチドであることが明らかであり、これをAntheraea yamamai-Repressive Factor(略称Any-RF)と命名した。5個のアミノ酸のC末端がアミド化されている本ペプチドは、フリーの存在様式として、生物界では本発明が完成されるまで見出されていなかったが、いくつかの生物タンパク質のアミノ酸配列の中には、同じ ---Asp-Ile-Leu-Agr-Gly---の配列がみられる。例えば、コンピューターサーチによれば、イーストの仮説22.1KDタンパク質(193個のアミノ酸)の166~170番までの配列、ヒトの白血病阻止因子前駆体(202個のアミノ酸)の142~146番までの配列が同じである。しかし、この部分のアミノ酸配列の機能についてはまったく明らかにされていない。すなわち、アミノ酸配列が同じでも、本ペプチドのように、N末端とC末端の間に介在し、C末端がアミド化してフリーの存在様式で生理機能を有するものは、まったく見出されていない。

【0018】
従って、本発明により、昆虫内分泌学上従来全く知られていない物質で昆虫の休眠性を制御する新規ペプチドホルモンが分離、同定でき、昆虫休眠メカニズムの機構が明らかとなった。休眠する生物は、昆虫だけではなく海産生物、植物、そして哺乳動物のワラビー(カンガルーの仲間)まで確認されているので、本発明の休眠制御物質を用いることで、それらの生物が休眠する本質である低エネルギー代謝の生命機構解明のための重要な手がかりとなる。将来的には長期生命維持を促進させる物質となり、最終的には長寿促進物質の開発のためのリード化合物となり得る。

【0019】
また、本発明の、天蚕から見出された新規ペプチドは、5個のアミノ酸から構成されるペンタペプチドであり、生体外から投与しても抗原抗体反応が起こりにくい。しかも、従来の休眠打破(休眠覚醒)のための人工合成物で休眠覚醒を完全に運命づけられた天蚕の休眠覚醒を遅らせ、しかも休眠覚醒率を減少させるほどの発育抑制活性を有していることから、今後この構造そのままでも、生物の概日リズムの点から、違った昆虫種のみならず、海産動物、植物、哺乳類にも直接投与できることは前記文献からも自明である。昆虫では、この休眠制御物質がカイコに限らず、かなり広範な昆虫種で、しかも各ステージで多様な発育制御物質として作用することが可能である。したがって、本発明の新規ペプチドは、前幼虫昆虫の休眠制御物質であるばかりでなく、他の昆虫および哺乳類等まで含めた広範な発育制御剤として優れた生理機能を有する。

【0020】
昆虫の休眠覚醒を促すには、通常、(1)休眠中のいかなる時期の卵でも適用できる方法として、ピンセットを使用しながら除殻し、休眠前幼虫を取り出し、この前幼虫の腹面に、アセトンに溶解したイミダゾール化合物(1-ベンジル-5-[(E)-2,6-ジメチル-1,5-ヘプタジエニル]イミダゾール(以下、KK-42とも称す。))を0.1μg/0.5μl塗布する方法と、(2)ステージが限定された方法として、産卵後約1ヶ月間25℃に保存し、その後2~3ヶ月間2~5℃で低温処理する方法との2種類がある。休眠制御機能を明らかにするには、上記の2種類の方法のいずれかで休眠覚醒化を運命づけた前幼虫の24時間後のものに対して、休眠制御物質を次のようにして接種すればよい。例えば、ガラスキャピラリー管を利用し、蒸留水に溶解した各種濃度の本発明の休眠制御物質0.05μlを該前幼虫に対して、その頚部等から経皮的に、あるいは経口的に接種する。

【0021】
また、昆虫以外の生物種においては、本発明のペプチドは5個のアミノ酸からなるオリゴペプチドの一種であることから、休眠制御物質または発育抑制物質としての可能性だけではなく、例えば哺乳類等の睡眠調節物質の作用も期待される。特に、高等動物においては、上記したように、本ペプチドのように短い低分子のペプチドは抗原とはなり難いので、合成ペプチドによる生体外からの投与によって、可能性のある機能について簡易に試験研究できるという特徴を持っている。さらに本発明の新規ペプチドは、抗原抗体反応がなく、細胞増殖抑制効果のある新しい医薬剤となり得る。

【0022】
なお、上記アミノ酸配列Asp-Ile-Leu-Arg-Glyに対する塩基配列として5'-GAY-ATH-YTN-MGN-GGN-3'が考えられる。

【0023】
脱皮・変態を制御するエクダイソンや幼若ホルモン等の昆虫で最初に発見された生理活性物質は、今日では昆虫はもとより、甲殻類(カニやエビ類)、環形動物(ゴカイやミミズ類)、あるいはトガリバマキやヒナタイノコズチ等の植物からも発見されるようになった(川島誠一郎編、内分泌学、pp.159、1995)。また、これまでカイコの休眠を誘導するホルモンとして知られている休眠ホルモンも、例えばオオタバコガ、アワヨトウ等の他の昆虫で発見されているFXPRアミドファミリーに属するものとされている。このような事実から判断すると、本発明のペンタペプチドは、これが多くの昆虫の共通現象である休眠の維持に特に普遍的に関与していることから、天蚕以外の他の昆虫からも同様に単離・同定できる技術的蓋然性が非常に高い。

【0024】
さらに、天蚕は、前幼虫ステージだけではなく蛹のステージでも、夏眠と呼ばれている生理現象から明らかなように、約1ヶ月の短期間ではあるが8月頃休眠する。昆虫の蛹休眠は、脱皮ホルモン(エクダイソン)の欠如で休眠するとされている。従って、今回発見されたペンタペプチドが天蚕の蛹休眠だけではなく、モンシロチョウ、サクサン(柞蚕)、アメリカシロヒトリ、タバコガ類などの他の昆虫の蛹休眠をも制御する技術的蓋然性が非常に高い。すなわち、ペンタペプチドは、低エネルギー代謝という特定の生理状態を保つ機能を有していることから(天蚕前幼虫の休眠維持の機能を指す)、ステージが蛹で、同じ生理状態で長期間維持する蛹休眠においても、同じように作用すると考えられる。従って、蛹休眠するモンシロチョウ、サクサン、アメリカシロヒトリ、タバコガ類などからも、同様なペンタペプチドが発見され得る。一方、蛹休眠だけではなく、他の昆虫の幼虫期で発見される可能性もある。すなわち、すでに述べたように、昆虫ホルモンでは、昆虫種が異なり、ステージが異なれば、同じ構造物質でも異なる機能を有することがある。そこで、同じペンタペプチドならびにその関連物質は、多くの昆虫種から、休眠制御因子または発育制御因子として同定できる。

【0025】
該ペンタペプチドは、このような多くの昆虫種の個体全体から、図1に示した方法に従って、天蚕前幼虫と同じ方法で抽出できる。直接体液から抽出する場合には、幼虫体の脚等の生体組織の一部を切開することで体液を流出せしめ、図1のメタノール:水:酢酸=90:9:1の水の部分を体液に置き換えることで調製した90%酸メタノール液を氷冷中で混合し、その後、図1に従って抽出するとよい。

【0026】
【発明の実施の形態】上記したように、休眠制御機能を持つ新規ペプチドである本発明の休眠制御物質は、N末端より5サイクルまでのアミノ酸配列がAsp-Ile-Leu-Arg-Glyであり、かつC末端がアミド化され、分子量が570.959である低分子物質であって、例えば天蚕の前幼虫から単離、精製することもできるし、アミノ酸配列が解明できているので従来の方法で合成することもできる。

【0027】
該新規ペプチドには、前幼虫というステージに限らず、他のステージでの機能発現も期待される。すなわち、昆虫は一般に前幼虫(卵内で幼虫体が形成されている)の次の段階は、孵化して幼虫ステージとなる。この幼虫ステージで休眠するヨトウガをはじめとする多くの昆虫でも、同じ物質が同様に見出される可能性がある。なぜなら、昆虫のホルモン類は、違う昆虫でしかもステージが異なれば、同じ物質でも違う機能を発現することがよく知られているからである。例えば、幼若ホルモンの場合、鱗翅目昆虫の幼虫(例えば、ヨトウガ幼虫)では、休眠維持や幼虫形質の維持として作用するが、鞘翅目昆虫の成虫(例えば、コガタルリハムシ成虫)では、生殖線刺激作用を示し、欠如すれば休眠維持となることからも類推できる。従って、今回天蚕から単離された新規ペプチドは、カイコに限らず、かなり広範な昆虫種で、しかも各ステージで多様な発育制御物質として作用する可能性がある。

【0028】
昆虫休眠に関する従来既知の物質として、前記したように、カイコの休眠ホルモンがわずか報告されているに過ぎない。これはペプチドアミドで、昆虫の多くのペプチドホルモンがこのグループに分類され、C末端が共通して、Phe-Xアミノ酸-Pro-Arg-Leu-アミドとなっている。すなわちFXPRLアミドファミリーの一種である。しかし、この休眠ホルモンは、カイコで休眠誘導に関与するホルモンであり、休眠維持の機能はない。

【0029】
カイコの場合は、母親の蛹期の食道下神経節から分泌される休眠ホルモンが卵巣に作用し、その後に産卵した卵内の胚子の休眠を決定づける。すなわち、休眠ホルモンの作用の時期と休眠が実行される時期に時間的な開きが存在している。ところが、天蚕の場合には、新規ペプチドの作用と休眠の実行が同じ時期にあるということが特徴である。しかし、本発明の新規ペプチドは構造と機能とも既知の休眠ホルモンとはまったく異なるものである。

【0030】
本発明においては、天蚕の前幼虫体内から新規ペプチドを単離、同定するために、産卵後1ヶ月以内の休眠中の卵から前幼虫を摘出し、直ちに液体窒素で凍結し、その後は単離プロセスで使用するまで-80℃で保存する。単離プロセスでは、前幼虫に10倍容の酸メタノール液(例えば、メタノール:水:酢酸=90:9:1)を加え、乳鉢内で磨砕後、10,000gで30分間遠心処理してその上清を調製する。この操作を3回繰り返し、合わせた上清を遠心バポライザーで濃縮し、次いで得られた上清をHPLCシステムに導入すればよい。

【0031】
酸メタノール液に酢酸を用いる理由は、次の通りである。この抽出法は他の昆虫のペプチドホルモンを抽出する際にも使用されており、酢酸を添加することによって、90%以上のプロテアーゼ活性を抑制することが可能であり、ペプチドの分解を抑えることができる。酸メタノール液としては、メタノール:水:酢酸=90:9:1(容量%)が最適であるが、この範囲に特に限定されるわけではない。

【0032】
前幼虫の取り出し方としては、上記したように産卵後1ヶ月以内の休眠卵を用いるとベストであるが、その理由は次の通りである。産卵後約10日から休眠開始して20日以内は、休眠の深度が強いと考えられるが、一般に昆虫の休眠は、さらに時間が経過すれば浅くなるためである。本発明において、天蚕の前幼虫1,500頭より最終的に得られるホルモン様物質である休眠制御物質は、かなり少量である。表1の活性と約571という分子量から推定すると、天蚕の前幼虫1,500頭より本発明の昆虫の休眠制御物質が僅か21.4μg単離され得ると算出される。ところが天蚕は、カイコと比較して、完全な人工飼料も開発されておらず、産卵技術も困難であることから、1卵当たり5~20円という高価格になる。従って、天蚕を用いて本発明の新規物質を調製するには効率的、経済的に引き合わない。

【0033】
一般に、ホルモン様物質の抽出で重要な要因となるのは、高い回収率を得るために原材料として何を選ぶかという点および効率よく分離するためにカラム樹脂として何を選ぶかという点であるが、合成できればそれに越したことはない。しかるに、上記したように休眠制御物質のアミノ酸配列が判明したので、この配列を持つ活性物質を従来の方法で経済的に、効率的に合成できる。

【0034】
新規ペプチドの遺伝子が同定できれば、昆虫のみならず、多くの生物種を含んだ生物産業分野で幅広い応用が可能となり、自在に生物の発育制御が実現できる。そこで、このペプチドのアンチセンス遺伝子組み換え体、すなわち、ペプチド遺伝子と対になる遺伝子を導入し、本来の遺伝子発現を抑制する方法で、休眠しないマイマイガを創出し、これを放飼すれば、地球上のマイマイガの個体数は減少し北米の森林産業に多大な経済的貢献が期待される。また、該ペプチドを各種の培養細胞の培地添加剤として用いることで、培養細胞の長期保存が可能となるので、培養細胞の長期保存剤の開発にも繋がり、最終的には、昆虫培養細胞のための長期保存剤の開発を進める上での技術の核となり得る。

【0035】
モンシロチョウの蛹からの高分子タンパク質が、ヒトの癌細胞増殖を抑制させ得ることが報告されているが(Koyama et al, Jpn. J. Cancer Res., 87, 1259-1262, 1996)、実際に活用するとなると、抗原抗体反応が大きな障害となる。しかし、本発明のペプチドは、わずか5個のアミノ酸からなるオリゴペプチドであり、抗原とはならないという優れた特徴を持つ。脊椎動物の免疫グロブリンによる抗原抗体反応は、生体外から侵入する低分子のオリゴペプチドでは作動することはないからである。

【0036】
【実施例】次に、本発明を実施例および比較例により詳細に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
(1)活性画分の単離
本発明の休眠制御物質を、図1に示すプロセスに従って、以下のようにして単離、精製し、以下の実施例で用いた。

【0037】
産卵後1ヶ月以内の天蚕の休眠中の卵から前幼虫を摘出し、直ちに液体窒素で凍結し、その後は使用まで-80℃で保存した。約1,500頭(約6g)の前幼虫に10倍容の酸メタノール液(メタノール:水:酢酸=90:9:1(容量%))を加え、乳鉢内で磨砕後、10,000gで30分間遠心処理してその上清を得た。この操作を3回繰り返し、合わせた上清を遠心バポライザーで濃縮した。濃縮液を100℃で10分間熱処理し、10,000gで15分間遠心処理した。かくして得られた上清に、上清の最終濃度が80%になるように冷アセトンを添加し、10,000gで15分間遠心処理して沈殿物を得た。この沈殿物を水に溶解し、フィルター(メッシュ寸法:0.5μm)を通したものを逆相カラムによる高速液体クロマトグラフィで2回溶出処理し、最後に混合分離モードカラムによる高速液体クロマトグラフィで溶出処理し、単離精製物を得た。

【0038】
この単離方法において最初の逆相高速液体クロマトグラフィ(RP-HPLC)では、カラムとしてTSKgel ODS-80Ts(東ソー株式会社製)を使用し、2回目のRP-HPLCシステムでも同じカラムを使用した。3回目の逆相とイオン交換モードを備えたカラムによるHPLCシステムでは、RSpak NN-614カラム(昭和電工株式会社製)を使用した。いずれのシステムでも、0.1%トリフルオロ酢酸(TFA)水溶液(容量%)にアセトニトリルを添加しながら、アセトニトリルの濃度(%)勾配を変化させ、その濃度勾配を利用しながら活性画分を溶出した。吸光度は220nmで測定し、流速は1ml/分または0.5ml/分とした。
(2)生物検定
一般に、抑制因子の活性測定では、非休眠タイプを利用し、休眠誘導率をもって判定するが、天蚕においては非休眠系統は存在しない。そこで、休眠中の前幼虫にイミダゾール化合物KK-42で休眠覚醒の処理を施し(Suzuki et al., Int. Society for wild Silkmoth, 79-84, 1989; Suzuki et al., J. Insect Physiol.,855-860,1990)、24時間後に活性画分を注射し、休眠覚醒までの平均日数の遅延と休眠覚醒率の減少とでもって休眠制御機能を判定することにした。
(3)N末端アミノ酸配列決定
N末端アミノ酸配列は、プロテインシークエンサーにより決定した。単離・精製した休眠制御物質のN末端アミノ酸配列を、ペプチドシークエンサーのG1000A(ヒューレットパッカード(Hewlett Packard)社製)によって解析した。
(4)質量分析
MALDI-TOF MS (Matrix-Assisted Laser Desorption Ionization-Time-of-Flight質量分析計) (Voyager PerSeptive Biosystems社製)を用い、単離・精製した物質およびこの物質と同じアミノ酸配列を有するペプチドを既知の方法で合成した試料とを、それぞれ、0.5μl宛この質量分析計のサンプルプレート穴に注入し、等量のマトリックス(0.1%TFA水溶液とアセトニトリルとを50:50(容量%)の割合で混合したものの中にα-シアノ-4-ヒドロキシ桂皮酸を飽和せしめたもの)と混合した。乾燥後、陽イオン化マトリックスとして分子質量を決定した。
(5)合成ペプチド
上記のようにして単離・精製した本発明の休眠制御物質の一次構造に完全に一致するペプチドをペプチド合成装置(PSSM-8;株式会社島津製作所製)を用いて合成した。合成ペプチドの純度を、HPLCとMALDI-TOF MSによって確認した。ペプチドとしてはAsp-Ile-Leu-Agr-Gly-NH2 およびAsp-Ile-Leu-Agr-Gly-COOHの2種類を合成し、以下の実施例で用いた。
実施例1 活性画分の単離
約1,500頭の天蚕前幼虫から休眠制御物質を単離、精製するために、上記「活性画分の単離」の項で詳細に述べたプロセスを用いた。第1回目の逆相HPLCシステムでは、溶出時間11~17分に活性画分が溶出された(図2)。この活性画分を注入した第2回目の逆相HPLCシステムでは、約3分に溶出される最初のピークに活性画分が確認された(図3)。次いで、この活性画分を注入した第3回目のHPLCシステムでは、約9.5分に溶出されるピークに活性が認められた(図4)。この一連の操作により、単離精製は終了したものとして、以下のようにして、休眠前幼虫約1,500頭からの最終活性画分をペプチドシークエンサー(前記Hewlett Packard社製のG1000A)で分析した。
実施例2 制御物質の構造決定
実施例1で得られた休眠制御物質100μlを純水に溶解後、休眠制御物質25μlを含んだ水溶液を用いてN末端より10サイクルまで配列解析した。その結果、休眠抑制活性を持つ活性物質のアミノ酸配列は、Asp-Ile-Leu-Agr-Glyであることが確認された。該活性物質のC末端がアミド化(-NH2)されているのか、または遊離酸化(-COOH)されているのかを調べるため、この単離精製物および前記合成ペプチドをMALDI-TOF MS(質量分析計)により分析した。単離精製物においては571.858と572.846とに大きな2つのピークが認められ(図5)、合成ペプチドのAsp-Ile-Leu-Agr-Gly-NH2 では571.959に最大ピークが認められ(図6)、そして合成Asp-Ile-Leu-Agr-Gly-COOHでは573.045に最大ピークが認められた(図7)。

【0039】
かくして、生体内においては両タイプのアミノ酸配列が存在しているものと考えられるので、真の活性本体がどちらのC末端を有するものであるかを明らかにするため、以下の実施例で、単離精製物、および両タイプの合成ペプチドによる生理活性を検討した。
実施例3 単離精製物と合成ペプチドの生物検定
単離精製物と、これと同じアミノ酸配列をもち、かつ、C末端がアミド化されたタイプまたは遊離酸化されたタイプの2種類の合成ペプチドとを、休眠覚醒化を運命づけるためにイミダゾール化合物KK-42で処理した休眠中の天蚕前幼虫に注射し、幼虫の休眠覚醒の状態および休眠覚醒までの平均日数を調べると共に、休眠覚醒率を評価した。すなわち、アセトンに溶解したKK-42を、一頭当たり0.1μg/0.5μlの量で幼虫の腹側に塗布することによって、100%休眠覚醒させた。休眠覚醒処理をした後、24時間の時点で一頭当たり0.05μlの蒸留水を注射したものを対照区とした。単離精製物の場合は、蒸留水0.05μlに前幼虫からの単離精製物100pmolsが含まれるように濃度調整したものを注射し、また、合成ペプチドのアミド化タイプと遊離酸タイプの場合は、一頭当たり100pmols/0.05μlを注射した。いずれの場合も、休眠中の個体数、休眠覚醒した個体数、死亡個体数、休眠覚醒に要する平均日数を調べ、休眠覚醒率を評価した。得られた結果を表1に示す。
JP0003023790B1_000002t.gif表1から明らかなように、対照区の休眠覚醒までの平均日数は5.79日、休眠覚醒率は100%であった。単離精製物では、休眠覚醒までの平均日数は6.46日であり、対照区と比較して約一日延長し、しかも休眠覚醒率は43.3%まで減少した。合成ペプチドでは、遊離酸タイプが休眠覚醒までの平均日数、休眠覚醒率とも対照区のデータに近似しており、アミド化タイプが休眠覚醒までの平均日数、休眠覚醒率とも単離精製物のデータに極めて近似していた。以上の結果は、単離し同定したペプチドのC末端がアミド化されており、このことが休眠維持の生理機能として重要であることを明らかにするものである。

【0040】
従って、天蚕由来の抑制因子のアミノ酸配列構造は、Asp-Ile-Leu-Arg-Gly-NH2 であり、その分子質量は、質量分析スペクトルのピーク測定値からプロトンの質量1を減ずればよく、570.959Daであることがわかる。
実施例4 合成ペプチドの生理活性
構造決定した本発明のペプチド(C末端がアミド化されているペプチド)と同じ構造のペプチドを前記と同様にして合成し、その合成ペプチドの活性と濃度の関係を解析した。すなわち、イミダゾール化合物KK-42(0.1μg/0.5μl)を休眠中の天蚕前幼虫に塗布して休眠覚醒処理し、この休眠覚醒処理した前幼虫に合成ペプチドを注射することによって、休眠覚醒をどれ程阻止できるかを調べるため、休眠個体数、休眠覚醒数、死亡個体数を調べ、休眠覚醒率を評価した。

【0041】
まず、休眠覚醒作用を持つイミダゾール化合物KK-42をアセトンに溶解し、この溶液を休眠中の天蚕前幼虫の腹側に一頭当たり0.1μg/0.5μl塗布した。KK-42で処理した後24時間の時点で0.05μlの蒸留水を注射し、その後24時間の時点で2回目の蒸留水の注射をし、更に、2回目の注射後24時間の時点で3回目の蒸留水の注射をし(以下の表2中では、それぞれ対照-1、2、3として表す)、それぞれの時点で休眠覚醒率を評価した。また、天蚕を休眠維持させるための活性を持つ合成ペプチドを、一頭当たり100pmoles/0.05μl注射し(対照と同様に1回、2回、3回注射した)、それぞれの区について休眠覚醒率を評価した。得られた結果を表2に示す。
JP0003023790B1_000003t.gif表2から明らかなように、前幼虫の休眠中幼虫、休眠覚醒幼虫、死亡幼虫の個体数ならびに休眠覚醒率でみると対照-1、2、3は類似した傾向を示す。すなわち、蒸留水の注射回数が増えてもほぼすべての前幼虫は休眠覚醒状態にある。これはKK-42処理により天蚕前幼虫の休眠を覚醒するように運命づけされるが、蒸留水を注射してもKK-42の活性を妨げることはないことを意味する。一方、合成ペプチドの場合は、1回注射に比較して2回注射した場合には休眠覚醒率を53.3%から30%まで減少でき、3回注射した場合にはさらに13.3%まで減少させることができる。以上のことは、構造決定した新規ペプチドが休眠を維持する因子であることを具体的に証明するものである。
実施例5 抗血清注射による休眠制御因子の証明
本発明のペプチドにε-Acpとシスチンを結合したCys-ε-Acp(アミノカプロン酸)-Asp-Ile-Leu-Arg-Gly-NH2 (CXDILRG-NH2)を合成し、キャリアタンパク質としてKLHを使用して、ペプチド~KLHコンジュゲートを作成し、これを免疫原としてフロインド完全アジュバンドと共に国産ウサギに注射して免疫した。ELISAで抗体産生を確認しながら、2ヶ月の免疫期間後全採血した。このようにして抗体が産生された血清を抗血清として実験に使用した。なお、注射前に採血したものは抗体が産生されておらず、前血清として対照区に使用した。

【0042】
休眠中の天蚕前幼虫に前血清と抗血清とをそれぞれ、一頭当たり0.1μlまたは0.2μl注射した。その後、休眠中の個体数、休眠覚醒した個体数、死亡個体数を調べ、休眠覚醒率を評価した。得られた結果を表3に示す。
JP0003023790B1_000004t.gif表3から明らかなように、対照区の前血清を注射した場合では、0.1μl、0.2μlとも休眠覚醒した前幼虫は確認されず、すべて休眠したままであった。しかし、抗血清を注射した場合、0.1μlでは10%、0.2μlでは約37%も休眠覚醒することができ、注射量の増加と共に休眠覚醒率が上昇した。これらの結果は、本発明のペプチドが、生体内で休眠の維持を制御する物質であることを証明するものである。図8(A)は、0.2μlの前血清を注射した天蚕前幼虫で、休眠継続の状態を示す写真であり、図8(B)は、0.2μlの抗血清を注射した天蚕前幼虫で、休眠覚醒の状態を示す写真である。以上の表3および図8の結果から、構造決定した本発明のペプチドは、天蚕の前幼虫体内で休眠の維持を制御している因子であることが実証できた。

【0043】
【発明の効果】本発明の遺伝子Any-RFを有する休眠制御物質によれば、休眠中の前幼虫等で、休眠覚醒させ発育に運命づけたとしても、休眠覚醒を延長させたりまたは停止させたりすることができる。この休眠物質であるペプチドには、多様な生理活性と簡単な投与法が期待され得る。

【0044】
本発明により昆虫休眠メカニズムの機構が明らかとなったので、休眠することが確認されている生物に対して本発明の休眠制御物質を用いることで、これらの生物が休眠する本質である低エネルギー代謝の生命機構解明のための重要な手がかりとなる。将来的には長期生命維持を促進させる物質の開発へと結びつき、最終的には長寿促進物質の開発のためのリード化合物となり得る。

【0045】
また、本発明のペプチドは、ペンタペプチドであり、生体外から投与しても抗原抗体反応が起こりにくく、しかも格別の発育抑制活性を有していることから、この構造そのままでも種々の休眠型生物に直接投与できる。特に高等動物においても、本ペプチドのように短い低分子のペプチドは抗原とはなり難いので、合成ペプチドによる生体外からの投与によって、可能性のある機能について簡易に試験研究できるという特徴を持っている。さらに本発明のペプチドは、抗原抗体反応がなく、細胞増殖抑制効果のある新しい医薬剤となり得る。さらにまた、本発明のペプチドは培養細胞の保存剤ともなり得る。

【0046】
【配列表】
SEQUENCE LISTING
<110> Kimura, Shigeru; Director General of National Institute of Sericultural and Entomological Science Ministry of Agriculture, Forestry and Fisherries
<120> Substance for Repressing Diapause of Insects and Method of Obtaining the Same
<130> 990137
<160> 1
<210> 1
<211> 5
<212> PRT
<213> Antheraea yamamai Guerin-Meneville
<400> 1
Asp Ile Leu Agr Gly
1 5
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図5】
2
【図8】
3
【図3】
4
【図4】
5
【図6】
6
【図7】
7