TOP > 国内特許検索 > 一代雑種種子の生産及び種子親系統の生産、維持・増殖方法 > 明細書

明細書 :一代雑種種子の生産及び種子親系統の生産、維持・増殖方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B1)
特許番号 特許第2958457号 (P2958457)
登録日 平成11年7月30日(1999.7.30)
発行日 平成11年10月6日(1999.10.6)
発明の名称または考案の名称 一代雑種種子の生産及び種子親系統の生産、維持・増殖方法
国際特許分類 A01H  1/02      
FI A01H 1/02 Z
請求項の数または発明の数 3
全頁数 5
出願番号 特願平10-220491 (P1998-220491)
出願日 平成10年8月4日(1998.8.4)
審査請求日 平成10年8月4日(1998.8.4)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】591075364
【氏名又は名称】農林水産省北海道農業試験場長
発明者または考案者 【氏名】船附 秀行
【氏名】我妻 正迪
【氏名】丸山 稚子
個別代理人の代理人 、【弁理士】、【氏名又は名称】小橋 信淳
審査官 【審査官】関根 裕
参考文献・文献 育種学雑誌、第48巻、別冊1号、1998年、第334頁
育種学雑誌、第46巻、別冊1号、1996年、第110頁
育種学雑誌、第35巻、別冊2号、1985年、第286-287頁
中島哲男監修「新しい植物育種技術」、(1987年)、養賢堂、第477-478頁
調査した分野 A01H 1/00 - 5/00
要約 【課題】 異型花自家不和合性を示す植物において、一代雑種種子の生産及び種子親系統の生産、維持・増殖を行う技術の開発。
【解決手段】 .異型花自家不和合性を示す植物において、不和合性を利用して一代雑種種子を生産する。.上記の手段において、異型花自家不和合性を示す植物のうち、ソバを用いる。.異型花自家不和合性を示す植物において、長柱花個体のみから構成される種子親系統の生産、維持・増殖を行う。.上記の手段において、異型花自家不和合性を示す植物のうち、ソバを用いる。.異型花自家不和合性を示す植物において、長柱花個体のみから構成される系統を種子親として用いて一代雑種種子を生産する。.上記の手段において、異型花自家不和合性を示す植物のうち、ソバを用いる。.異型花自家不和合性を示す植物において、長柱花個体のみから構成される系統を生産し、該系統を種子親として用いて一代雑種種子を生産する。.上記の手段において、異型花自家不和合性を示す植物のうち、ソバを用いる。
特許請求の範囲 【請求項1】
異型花自家不和合性を示す植物において一代雑種種子を生産する方法であって、
隔離条件下で上記植物から長柱花個体のみを選抜し、
人工授粉または自然交雑により相互に交雑させることで長柱花個体のみから構成される系統を育成し、
上記系統を他の系統から隔離された状態で人工的に或いは自然条件下で交雑させ、
種子を増殖することにより長柱花個体系統を生産し、
長柱花個体のみからなる系統(系統A)の近隣に、短柱花個体のみ、または、短柱花個体と長柱花個体の双方を含む系統(系統B)を栽培し、
系統Aに稔実した種子を採種することによって、系統Bの花粉で受精した系統Aの種子(系統Aと系統Bの一代雑種種子)を生産することを特徴とする一代雑種種子の生産方法。

【請求項2】
異型花自家不和合性を示す植物は、複数のソバ品種を含むことを特徴とする請求項1記載の一代雑種種子の生産方法。

【請求項3】
前記複数のソバ品種は、キタワセソバ、キタユキ、牡丹そば、しなの夏そば、Shatilovskaya 5、Ballada、Sumchankaであることを特徴とする請求項2記載の一代雑種種子の生産方法。
発明の詳細な説明 【発明の詳細な説明】

【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、異型花自家不和合性を示す植物において、一代雑種種子の生産及び種子親系統の生産、維持・増殖を行う技術に関する。

【0002】
【従来の技術】他殖性作物における一代雑種の利用は育種上極めて大きな効果があり、トウモロコシやナタネ等においてはこの技術を用いて優良な品種が作出されている。しかし、そのためには、一代雑種種子を効率的に採種する技術の確立が不可欠である。最も一般的に用いられているのは、細胞質雄性不稔系統の利用であるが、こうした細胞質が発見されていない植物種も多い。そうした植物の中で、同型花自家不和合性を示すキャベツ等の十字花科のいくつかの野菜では、不和合性を利用した一代雑種種子生産方法が開発され、実際の育種に利用されている。

【0003】
異型花自家不和合性も一代雑種種子生産に利用可能と考えられるが、産業レベルで大規模に一代雑種を採種できる方法はない。その理由の一つは、長柱花個体または短柱花個体のみで構成される系統の作出方法が確立されていないことである。受精生理学的研究において、長柱花個体どおしを手で交配し、少数の種子を得た例はあるが、長柱花個体のみで構成される系統の育成には応用されていない。現在、一代雑種種子を得るために、実験室レベルでは、異なる系統を手で交配する、あるいは、1つの系統の集団から、長柱花個体または短柱花個体を抜き取り、媒介昆虫により他系統の花粉を授粉する、という手段を用いているが、大量の種子を生産するには、多大な労力を必要とし、産業的に利用するのは事実上不可能な状況にある。

【0004】
【発明が解決しようとする課題】本発明の目的とするところは、従来、効率的な一代雑種種子生産方法がなかった異型花自家不和合性を示す植物において、産業的に利用が可能な一代雑種種子の生産及び種子親系統の生産、維持・増殖方法を提供することにある。

【0005】
【課題を解決するための手段】上記の目的を達成するために本発明は、以下の手段を講じている。

【0006】
A.異型花自家不和合性を示す植物において、不和合性を利用して一代雑種種子を生産することを特徴としている。

【0007】
B.上記Aの手段において、異型花自家不和合性を示す植物のうち、ソバを用いることを特徴としている。

【0008】
C.異型花自家不和合性を示す植物において、長柱花個体のみから構成される種子親系統の生産、維持・増殖を行うことを特徴としている。

【0009】
D.上記Cの手段において、異型花自家不和合性を示す植物のうち、ソバを用いることを特徴としている。

【0010】
E.異型花自家不和合性を示す植物において、長柱花個体のみから構成される系統を種子親として用いて一代雑種種子を生産することを特徴としている。

【0011】
F.上記Eの手段において、異型花自家不和合性を示す植物のうち、ソバを用いることを特徴としている。

【0012】
G.異型花自家不和合性を示す植物において、長柱花個体のみから構成される系統を生産し、該系統を種子親として用いて一代雑種種子を生産することを特徴としている。

【0013】
H.上記Gの手段において、異型花自家不和合性を示す植物のうち、ソバを用いることを特徴としている。

【0014】
【発明の実施の形態】本発明は、長柱花個体が劣性ホモの遺伝子に支配されていることに基づき、隔離条件下で長柱花個体のみの個体を選抜し、人工授粉または自然交雑により相互に交雑させることで長柱花個体のみから構成される系統を育成し、さらに、この系統を他の系統からは隔離された状態で、人工的に、あるいは自然条件下で交雑させ、種子を増殖することにより長柱花個体系統を生産する方法である。

【0015】
さらに、本発明は、長柱花個体のみからなる系統(系統A)の近隣に、短柱花個体のみ、または、長柱花個体双方を含む系統(系統B)を栽培し、系統Aに稔実した種子を採取することによって、系統Bの花粉で受精した系統Aの種子(系統Aと系統Bとの一代雑種種子)を生産する方法である。

【0016】
[実験について]異型花自家不和合性植物の一つであるソバの品種キタワセソバの個体群から短柱花個体を抜き取り、長柱花個体のみにし、網室で完全に隔離したのち昆虫を放飼したところ、相互に交雑し、通常の栽培条件の4分の1程度の稔実がみられた。収穫した種子を播種したところ、次代はすべて長柱花個体となった。さらに、これらは、他のソバ系統とは距離的に隔離された自然条件下の圃場において、相互に交雑し結実した。したがって、大規模な栽培で長柱花個体のみから構成される系統の増殖・維持が可能であることが明らかになった。

【0017】
キタワセソバ以外の、国内外のソバ6品種を用いた場合でも、長柱花個体の個体間のみの交雑で種子を生産することが可能であった。

【0018】
キタワセソバの長柱花個体のみから成る集団とさまざまな距離をとり、花粉親として、短柱花個体、長柱花個体両方を含む通常の集団を栽植したところ、距離が離れるに従い、稔実率が低下したが、すべての試験区で種子形成がみられた。また、次代の花柱性の調査を行ったところ、すべての試験区で、短柱花個体と長柱花個体が1:1の割合で分離した。このことから、短柱花個体からの受粉が可能な場合、長柱花個体のみから構成される集団はほぼすべて、短柱花個体の花粉により受精していることが明らかになった。

【0019】
以上のことから、長柱花個体のみで構成される系統を育成し、さらに、その系統に隣接させて短柱花個体を含む別の系統を栽培することで、大規模な一代雑種種子の生産が可能であることが示された。

【0020】
[異型花自家不和合性について]被子植物において、正常な雌雄両性器官を備えている両全花植物を自家受粉した際に受精しない現象を、自家不和合性という。自家不和合性は種によってそれぞれ特徴があり、花の形、遺伝様式などで分類されるが、異型花自家不和合性は、花柱(めしべ)が長くて花糸(おしべ)が短い、長柱花個体をもつ個体と、花柱が短くて花糸の長い、短柱花個体をもつ個体からなる集団で、同じ型の花をもつ個体間の交配では種子をつけない性質をいう。

【0021】
長柱花個体には劣性ホモのss、短柱花個体はヘテロのSsの遺伝子型が与えられていて、両柱花個体間の交雑では、ssとSsが1:1の割合で出現する。したがって、通常は、長柱花個体と短柱花個体が1:1の集団が維持されることになるが、長柱花個体のみで交雑した場合は、その後代(子孫)はすべて長柱花個体となる。

【0022】
[一代雑種について]2つの異なる自殖系統(あるいは近親交配系統)の間で交配を行い、得た種子から育成した雑種のことで、他殖性作物の大きな特徴である雑種強勢が最も効果的に、しかも斉一に発現する。近年、他殖性作物のトウモロコシやテンサイ、一部の野菜などでは、優良な一代雑種品種が次々と育成されている。しかし、効率的な一代雑種種子の採種法が確立されていないソバなどの他殖性作物では、理論的に、あるいは実験室レベルでは一代雑種の有用性は認められつつも、産業的に利用することは事実上不可能になっている。

【0023】
実験例
実験材料 :
植物種 :ソバ(Fagopyrum esculentum Moench)
品種 :キタワセソバ、キタユキ、牡丹そば、しなの夏そば、Shatilovskaya 5、Ballada、Sumchanka、北海3号
媒介昆虫:サシバエ

【0024】
実験1
[方法]圃場に栽培した開花直後のキタワセソバの長柱花個体20個体を、網室で覆い、外界からの昆虫が接触できないように隔離した。次に、既に開花している花を除去した後、100頭のサシバエを放飼した。そして約90日後、成熟期を迎えた植物体を収穫し、花房数および稔実種子数を調査した。収穫した種子は、温室または圃場に播種し、花柱性の調査を行うと同時に、自然条件下で放任受粉させた。成熟期に、無作為に20個体を選び、花房数および稔実種子数を調査した。
[結果]長柱花のみにしたソバの個体群の中で、強制的に相互交配させることにより、種子を得ることが可能であった(表1)。稔実種子数については、各個体間で大きな差異が見られたが、ほぼ全ての個体から採種できた。また、これから得られた種子を、温室、および他のソバ畑から充分な距離がある圃場2箇所に播種したところ、調査個体は全て長柱花で、長柱花どうしの交雑により種子が形成されていたことが実証された(表2)。さらに、圃場で栽培したものを自然条件下で栽培を続けたところ、稔実が認められた(表2)。通常の、長柱花と短柱花を混合して栽培した場合に比べ、収量は花房あたりで約半分程度となった(表2)が、充分な種子増殖および系統の維持ができる水準にあると考えられた。これにより、長柱花のみから構成される系統を作出、維持する方法が確立された。
【表1】
JP0002958457B1_000002t.gif【表2】
JP0002958457B1_000003t.gif【0025】実験2
[方法]実験1と同様な方法で、網室内で長柱花個体のみにした国内外の6種のソバ品種(キタユキ、牡丹そば、しなの夏そば、Shatilovskaya 5、Ballada、Sumchanka)の相互交配を行ったのち、成熟期、無作為に20個体を選び、花房数および稔実種子を調査した。
[結果]品種間で種子形成効率に差異はあったものの、実験1に用いたキタワセソバと同様、用いた6つの品種すべてで、長柱花のみにした個体群の相互交配により種子を得ることができた(表3)。これにより、遺伝子型に関係なく、長柱花個体のみから構成される系統の作出が可能であることが示された。
【表3】
JP0002958457B1_000004t.gif【0026】実験3
[方法]長柱花と短柱花と両方の個体を含む通常のキタワセソバ(花粉源)から、0~12mの距離をとって、長柱花個体のみのキタワセソバ20個体を栽培し、その間には、4倍体ソバ系統の北海3号を栽植した。自然状態で交配させた後、成熟期に、無作為に20個体を選び、花房数おうよび稔実種子数を調査した。さらに、得られた種子のうち無作為に100粒を選び、温室で播種栽培し、花柱性の調査を行った。
[結果]ソバでは、4倍体と2倍体の間の交雑で種子ができないことが知られており、調査個体上の種子は、通常のキタワセソバの花粉によるものか試験区内の長柱花どうしの交雑によるもののどちらかである。表4に示すように、花粉源から試験区内の距離が遠ざかるに従って、すなわち花粉源からの受粉が困難になるに従い、稔実率が下がる傾向にあった。また、結実した種子に由来する植物体は、距離に関係なく、長柱花と短柱花が1:1の割合で出現した。このことは、稔実した種子のほぼ全てが短柱花の花粉によって受精したものであることを示す。以上から、長柱花個体のみから構成される集団は、短柱花からの受粉が受けられる可能性があった場合、長柱花からの受粉に優先して短柱花からの花粉に受精することが明らかになった。すなわち、長柱花個体のみから構成される系統Aの近隣に、短柱花を含む異なる系統Bを栽植すれば、A系統の個体のほとんど、あるいは、すべては、B系統の花粉により受精され、効率的に一代雑種種子が得られる。
【表4】
JP0002958457B1_000005t.gif【0027】
【発明の効果】以上説明したように本発明による一代雑種種子の生産及び種子親系統の生産、維持・増殖方法によれば、異型花自家不和合性を示す植物において、産業レベルでの一代雑種種子の生産が可能となる。これにより、高生産性を示し、かつ、生育・品質の斉一な品種の開発が可能となる。