TOP > 国内特許検索 > カイコ培養細胞系 > 明細書

明細書 :カイコ培養細胞系

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B1)
特許番号 特許第3035616号 (P3035616)
登録日 平成12年2月25日(2000.2.25)
発行日 平成12年4月24日(2000.4.24)
発明の名称または考案の名称 カイコ培養細胞系
国際特許分類 C12N  5/06      
FI C12N 5/00 E
請求項の数または発明の数 6
全頁数 8
出願番号 特願平11-139206 (P1999-139206)
出願日 平成11年5月19日(1999.5.19)
新規性喪失の例外の表示 特許法第30条第1項適用申請有り 平成10年11月19日に茨城県下館市民会館/中央公民館において開催された社団法人日本蚕糸学会(第49回学術講演会)において発表
審査請求日 平成11年5月19日(1999.5.19)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】391030284
【氏名又は名称】農林水産省蚕糸・昆虫農業技術研究所長
発明者または考案者 【氏名】今西 重雄
【氏名】原 敏夫
【氏名】西川 茂道
個別代理人の代理人 【識別番号】100091096、【弁理士】、【氏名又は名称】平木 祐輔 (外1名)
審査官 【審査官】加藤 浩
要約 【構成】 25~37℃の温度範囲で安定に増殖する連続継代性のカイコ培養細胞系
【効果】 従来全く存在しなかった性質を有するカイコ培養細胞系を得ることが可能となり、昆虫の生理的生体機能の解明に有用な、虫体の組織器官構成をより単純化した系が提供される。
特許請求の範囲 【請求項1】
25~37℃の温度範囲で安定に増殖する連続継代性のカイコ培養細胞系。

【請求項2】
カイコの胚組織由来である、請求項1に記載のカイコ培養細胞系。

【請求項3】
紫蚕、大造、黄波または黒蛾由来である、請求項1または2のいずれか1項に記載のカイコ培養細胞系。

【請求項4】
クローン化された細胞系である、請求項1から3のいずれか1項に記載のカイコ培養細胞系。

【請求項5】
NISES-BoMo-MK(FERM P-17391)、NISES-BoMo-DZ(FERM P-17389)、NISES-BoMo-OH(FERM P-17392)およびNISES-BoMo-KG(FERM P-17390)からなる群から選択されるものである、請求項1に記載のカイコ培養細胞系。

【請求項6】
カイコの胚組織から得られた細胞を25~27℃の範囲で培養し、一次培養を確立した後、二次培養において培養温度を37℃に変え、生存した細胞を更に培養することを特徴とする、請求項1に記載のカイコ培養細胞系の作成方法。
発明の詳細な説明 【発明の詳細な説明】

【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、従来にない高温で安定に維持可能なカイコ培養細胞系に関し、具体的には25~37℃の温度範囲で安定に増殖するカイコ培養細胞系、特に紫蚕、大造、黄波および黒蛾由来のカイコ培養細胞系に関する。

【0002】
【従来の技術】昆虫の生理的生体機能の解明に当たり、虫体の組織器官構成をより単純化した系として、機能性培養細胞系の樹立が強く期待されている。従来、カイコ由来の細胞の培養は、カイコ幼虫の発育成長に適した温度を考慮して25~27℃の範囲の温度下で行われてきた。しかしながら、この条件下で長期培養を継続すると、この温度範囲でしか増殖できない特性を有する細胞株のみが得られ、これらの細胞株は30℃を超えて培養すると速やかに死滅してしまった。25~27℃で継代された細胞中に37℃で培養可能な細胞も含まれると想定して選抜を繰り返しても、このような高温で培養可能な細胞の選抜は不可能であった。

【0003】
【発明が解決しようとする課題】カイコ核多角体病ウイルスは37℃では増殖できない特徴を有していることから、25~37℃の温度範囲で増殖し得るカイコ培養細胞系を使用すれば、培養温度を変えるという簡便な方法によってウイルス感染を制御し、感染・増殖のメカニズムなどを研究する上で非常に有用なものとなり得る。

【0004】
また、昆虫以外の哺乳動物などの培養細胞は常時37℃で培養する必要がある。従って、この温度で培養可能なカイコ培養細胞系を使用して、他の培養細胞との細胞融合なども可能であり、種々の研究および産業の進展に有望であることが期待される。従って、25~37℃の温度範囲で増殖し得るカイコ培養細胞系の有用性は計り知れないものがあり、従来からその確立が望まれていたが、これまで報告されていなかった。

【0005】
【課題を解決するための手段】従って本発明者等は、25~27℃の範囲の温度で選抜された細胞の特性が固定化する前に、37℃の培養に適した突然変異株を得られるのではないかと考え、鋭意検討を行った結果、一次培養を確立した後、二次培養において培養温度を37℃に変え、生存した細胞を更に培養することで、驚くべきことに、37℃という、これまでにない高温でin vitroで増殖する細胞系を確立することができ、本発明を完成した。

【0006】
すなわち本発明は、25~37℃の温度範囲で安定に増殖する連続継代性のカイコ培養細胞系に関するものである。本発明のカイコ培養細胞系は、カイコ由来のものであり、25~37℃の温度範囲で安定に増殖する連続継代性のものであれば、胚、上皮細胞、筋肉細胞、神経細胞または線維芽細胞由来のものなどいずれでも良く、特に限定されるものではないが、胚組織由来のものが好ましい。また、カイコ由来であれば、その品種は特に問わず、例えば、紫蚕、大造、黄波および黒蛾などが挙げられるが、特に限定されるものではない。

【0007】
本発明のカイコ培養細胞系は、ポリクローン性のものであっても好適に使用可能であるが、これを公知の手段によってクローン化し、性状などを単一化させた細胞系を使用することも可能である。更に、下記の本発明に係る方法によって、本発明に係るカイコ培養細胞系を得ることが可能であるが、工業技術院生命工学工業技術研究所に1999年5月12日付けで寄託されているNISES-BoMo-MK(FERM P-17391)、NISES-BoMo-DZ(FERM P-17389)、NISES-BoMo-OH(FERM P-17392)、またはNISES-BoMo-KG(FERM P-17390)を使用することも可能である。また、本発明は、カイコの胚組織から得られた細胞を25~27℃の範囲で培養し、一次培養を確立した後、二次培養において培養温度を37℃に変え、生存した細胞を更に培養することを特徴とする、25~37℃の温度範囲で安定に増殖する連続継代性のカイコ培養細胞系の作成方法を提供するものである。

【0008】
【発明の実施の形態】以下の手順によって、本発明に係る、25~37℃の温度範囲で安定に増殖する連続継代性のカイコ培養細胞系を確立する。個々の実験条件、例えばカイコの品種、培地、植え継ぎ間隔などについては例示的なものであって、当業者であれば本発明にかかる培養細胞系を得る上で支障のない範囲でこれらに変更を加えることができる。

【0009】
一次培養
蚕の4品種、紫蚕、大造、黄波および黒蛾を25℃で催青し、胚が反転期直前の段階まで発達したところで10分間、70%エチルアルコールに浸すことによって表面殺菌を行う。殺菌した卵を無菌水で洗浄し、無菌のカールソン溶液(Carlson, Biol. Bull. 90: 109-121, 1946)に移し、切開の後、殻(shell)から胚を出す。次いで胚を無菌カールソン溶液で再度洗浄し、卵黄タンパク質粒子を除く。カールソン溶液中で胚を周囲の卵黄から分離し、新しい溶液で洗浄し、いくつかの細片に分け、10%ウシ胎児血清(FBS;GIBCO、Grand Island, U.S.A.)を含有し、抗生物質を含有しないMGM-448培地(Mitsuhashi、Zool. Sci. 1:415-419, 1984)に移す。50個の卵から採った細胞および組織断片を組織培養用フラスコ(Sumitomo Bakelite Co., Ltd., 25cm2)の培地4ml中に接種し、25℃でインキュベートする。

【0010】
二次培養
細胞が一次培養で急速に増殖し始めたところで、二次培養のために2個のフラスコに分割する。一方の容器は通常通り25℃に維持し、他方は37℃に維持する。10カ月程度の期間、2週間に1度の間隔で培地2mlを新しい培地と交換する。その後、容器の底で移植された細胞がフラスコ面に飽和状態に増殖するまで急速に分裂し始める。この細胞上にピペットで培地をフラッシュすることによってフラスコから細胞を剥がし、新しいフラスコに接種する。1回目から10回目の植継ぎは10から14日ごとに行い、11回目以降は1個のフラスコの全細胞の半分を1週間に一度、新しいフラスコに植え継ぐ。以上の如くして得られる本発明に係る培養細胞系は、例えば以下のようにして細胞の特性付けを行うが、この特性付けの手順は、何ら本発明を限定するものではない。

【0011】
1.細胞の形態
およそ250回継代したところで、細胞の形態を調べると共に、位相差顕微鏡で培養細胞の写真を撮影する。
2.増殖
細胞の増殖を測定するために、植え継ぎ後2日ごとに細胞集団を計数する。

【0012】
3.核型
40回の植え継ぎ時に、Earlyの方法(TCA Manual 1:31-35, 1975)によってコルヒチン処理を行い、核型を分析する。尚、核には多くのミクロ染色体が含まれるため、染色体を正確に数えることは困難であり、結果は通常幅を有するものである(Mitsuhashi, Appl. Entomol. Zool. 1:103-104, 1966; Biomedical Research. 2:599-606, 1981; Develop., Growth and Differ. 23:63-72, 1981; Appl.Entomol. Zool. 18:533-539, 1983; Zool. Sci. 1:415-419, 1984; Appl. Entomol. Zool. 30:75-82, 1995; Jpn. J. Ent. 64:692-699, 1996; MitsuhashiおよびShozawa, Develop., Growth and Differ. 27:599-606, 1985; MitsuhashiおよびInoue, Appl. Entomol. Zool. 23:488-490, 1988)。

【0013】
4.酵素活性
アイソザイム検出キット(Authentikit系, Corning Science Products, Corning Glass Works, MA, USA)を使用して、ホスホグルコースイソメラーゼ(PGI:E.C.no.5.3.1.9)、ホスホグルコースムターゼ(PGM:E.E.no.2.7.5.1)、イソクエン酸デヒドロゲナーゼ(ICD:E.C.no.1.1.1.42)およびグルコース-6-リン酸デヒドロゲナーゼ(G6PD:E.C.no.1.1.1.49)の活性を測定した。この分析においては、25℃または37℃で2日間培養した1×107個の細胞を使用する。

【0014】
5.ウイルス耐性
カイコ核多角体病ウイルス、BmP6E株(Kobayashiら、In:HH Hagedon, J. G. Hildebrand, M. G. KidwellおよびJ. H. Law(編), Molecular Insect Science. Plenum, New York, NY. 325pp, 1990)を使用して、96ウェルのマルチウェルプレートを用いて本発明に係る細胞系、およびそのクローン細胞系への感染を試みる。それぞれのウェルに3×104個の細胞を播種した後、BmP6Eを接種したNISES-BoMo-15AIIc(Inoueら、Bull. Natl. Inst. Seric. Entomol. Sci. 1:13-25, 1990)の培養上清25μlを添加する。接種の2時間後、ウイルス懸濁液を採り、10%FBSを含有する新しい培地と交換し、細胞を27℃でインキュベートする。BmNPV感染7日後に、それぞれのウェルの細胞を多角体の存在について調べる。

【0015】
6.培地交換頻度の影響
培地4ml中に8×105個の細胞をそれぞれのフラスコに接種する。細胞の増殖および培地の状態の双方に対する37℃の影響を調べるために、以下2種類の実験を実施する。すなわち、第1の実験においては、培地の半分を毎日新しい培地と交換し、第2の実験においては培地全部を4日ごとに新しい培地と交換する。

【0016】
【実施例】以下実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
実施例1 紫蚕胚組織からの培養細胞系の確立
一次培養
紫蚕に由来する胚組織を培養して細胞系を確立した。培養は1991年6月22日に開始した。外植片組織から、種々の型の細胞が次第に移動した。最初の3ヵ月の間に、外植片から放射状に伸びる繊維芽細胞が網状構造を形成した。その後、この網状構造が大小の円形細胞、強力な付着性細胞および収縮を示す筋肉様細胞を形成した。最も一般的な細胞型は、フラスコに付着した上皮様細胞であった。また、線維芽細胞様の細胞が形成するネットワークも見られた。こうした細胞の増殖(outgrowth)は昆虫の胚組織の培養において、一般的なことである(Dwight,In Vitro Cell Dev. Biol. 31:91-93, 1995; MitsuhashiおよびMaramorosch, Contrib. Boyce Thompson Inst. 22, 435-460, 1964; Mitsuhashi, Appl. Entomol. Zool. 8:64-72, 1973; Mitsuhashi, Biomedical Research. 2:599-606, 1981; Develop., Growth and Differ. 23:63-72, 1981; ImanishiおよびOhtsuki, J.Seric. Sci. Jpn. 57:184-188, 1988; InoueおよびMitsuhashi, J. Seric. Sci. Jpn. 53:108-113, 1984; Ninagiら, 3rd International Cell Culture Congress(Sendai, Japan), Abstruct 69, 1985; Takahashiら, Develop., Growth andDiffer. 22:11-19, 1980)。一次培養開始後およそ12カ月で、容器は細胞で完全に覆われ、いくつかは培地中に浮遊していた。

【0017】
二次培養
一次培養の間、1992年9月16日に、細胞は急速な増加を始めた。そこで1992年9月22日に二次培養を開始した。一次培養を開始した後、紫蚕細胞の二次培養開始までには457日かかった。細胞をピペッティングで剥がし、数個のフラスコに移した。二次培養の初期段階には、細胞は非常にゆっくりと増殖した。この段階において、細胞のいくつかを25℃から37℃に移した。高温のために、大多数の細胞が死滅したが、生き残った細胞は次第に増加し、37℃に適応した細胞は正常に増殖することができた。細胞がフラスコ面に飽和状態に増殖した後は、細胞はもはや増加せず、死に始めた。37℃で培養した場合、培地を交換しない場合は細胞は4日ごとに植え継ぎしなければならない。15代以降は、増殖速度が安定化しているように見え、1個のフラスコの全細胞の5分の1を別のフラスコに1週間に1回、植え継ぎした。100回以上植え継いだ細胞系を、NISES-BoMo-MKと命名した。この細胞系は付着性であったが、ピペッティングによって容易に剥がれるものであった。その形状に基づき、細胞系は上皮細胞であるように思われた。カイコの品種は37℃に弱く、容易に死滅する(Yamamotoら, J. Seric. Sci. Jpn.60:52, 1990)が、カイコの胚由来のこの細胞系は37℃で生存した。このことは、幼虫の生存における適温と培養細胞の生存における適温とは異なることを意味する。

【0018】
実施例2 クローン株の作製
実施例1で得られたNISES-BoMo-MKを使用して、2種のクローン株NISES-BoMo-MKc2およびNISES-BoMo-MKc4を作製した。作製は、シープラックアガロース(SeaPlaque)をプラスチック性ペトリディッシュに重層し、この上に小数の細胞をまいて培養し、クローンの細胞コロニーを回収することにより行った。

【0019】
実施例3 大造胚組織からの培養細胞系の確立
実施例1と同様にして、大造胚組織から培養細胞系を確立した。
一次培養
大造の培養は1991年7月6日に開始した。外植片組織から、種々の型の細胞が次第に移動した。最初の3ヵ月の間に、外植片から放射状に伸びる繊維芽細胞が網状構造を形成した。その後、この網状構造が大小の円形細胞、強力な付着性細胞および収縮を示す筋肉様細胞を形成した。最も一般的な細胞型は、フラスコに付着した上皮様細胞であった。また、線維芽細胞様の細胞が形成するネットワークも見られた。一次培養開始後およそ12カ月で、容器は細胞で完全に覆われ、いくつかは培地中に浮遊していた。

【0020】
二次培養
一次培養の間、1992年9月16日に、細胞は急速な増加を始めた。そこで1992年9月22日に二次培養を開始した。一時培養を開始した後、大造の細胞の二次培養開始までには471日かかった。細胞をピペッティングで剥がし、数個のフラスコに移した。二次培養の初期段階には、細胞は非常にゆっくりと増殖した。この段階において、細胞のいくつかを25℃から37℃に移した。高温のために、大多数の細胞が死滅したが、生き残った細胞は次第に増加し、37℃に適応した細胞は正常に増殖することができた。細胞がフラスコ面に飽和状態に増殖した後は、細胞はもはや増加せず、死に始めた。37℃で培養した場合、培地を交換しない場合は細胞は4日ごとに植え継ぎしなければならない。15代以降は、増殖速度が安定化しているように見え、1個のフラスコの全細胞の5分の1を別のフラスコに1週間に1回、植え継ぎした。100回以上植え継いだ細胞系を、NISES-BoMo-DZと命名した。この細胞系は付着性であったが、ピペッティングによって容易に剥がれるものであった。その形状に基づき、細胞系は上皮細胞であるように思われた。

【0021】
実施例4 黄波胚組織からの培養細胞系の確立
実施例1と同様にして、黄波胚組織から培養細胞系を確立した。
一次培養
黄波の培養は1991年7月6日に開始した。外植片組織から、種々の型の細胞が次第に移動した。最初の3ヵ月の間に、外植片から放射状に伸びる繊維芽細胞が網状構造を形成した。その後、この網状構造が大小の円形細胞、強力な付着性細胞および収縮を示す筋肉様細胞を形成した。最も一般的な細胞型は、フラスコに付着した上皮様細胞であった。また、線維芽細胞様の細胞が形成するネットワークも見られた。一次培養開始後およそ12カ月で、容器は細胞で完全に覆われ、いくつかは培地中に浮遊していた。

【0022】
二次培養
一次培養の間、1992年9月16日に、細胞は急速な増加を始めた。そこで1992年9月22日に二次培養を開始した。一時培養を開始した後、黄波の細胞の二次培養開始までには471日かかった。細胞をピペッティングで剥がし、数個のフラスコに移した。二次培養の初期段階には、細胞は非常にゆっくりと増殖した。この段階において、細胞のいくつかを25℃から37℃に移した。高温のために、大多数の細胞が死滅したが、生き残った細胞は次第に増加し、37℃に適応した細胞は正常に増殖することができた。細胞がフラスコ面に飽和状態に増殖した後は、細胞はもはや増加せず、死に始めた。37℃で培養した場合、培地を交換しない場合は細胞は4日ごとに植え継ぎしなければならない。15代以降は、増殖速度が安定化しているように見え、1個のフラスコの全細胞の5分の1を別のフラスコに1週間に1回、植え継ぎした。100回以上植え継いだ細胞系を、NISES-BoMo-OHと命名した。この細胞系は付着性であったが、ピペッティングによって容易に剥がれるものであった。その形状に基づき、細胞系は上皮細胞であるように思われた。

【0023】
実施例5 黒蛾胚組織からの培養細胞系の確立
実施例1と同様にして、黄波胚組織から培養細胞系を確立した。
一次培養
黒蛾の培養は1991年6月22日に開始した。外植片組織から、種々の型の細胞が次第に移動した。最初の3ヵ月の間に、外植片から放射状に伸びる繊維芽細胞が網状構造を形成した。その後、この網状構造が大小の円形細胞、強力な付着性細胞および収縮を示す筋肉様細胞を形成した。最も一般的な細胞型は、フラスコに付着した上皮様細胞であった。また、線維芽細胞様の細胞が形成するネットワークも見られた。一次培養開始後およそ12カ月で、容器は細胞で完全に覆われ、いくつかは培地中に浮遊していた。

【0024】
二次培養
一次培養の間、1992年9月16日に、細胞は急速な増加を始めた。そこで1992年9月22日に二次培養を開始した。一時培養を開始した後、黒蛾の細胞の二次培養開始までには457日かかった。細胞をピペッティングで剥がし、数個のフラスコに移した。二次培養の初期段階には、細胞は非常にゆっくりと増殖した。この段階において、細胞のいくつかを25℃から37℃に移した。高温のために、大多数の細胞が死滅したが、生き残った細胞は次第に増加し、37℃に適応した細胞は正常に増殖することができた。細胞がフラスコ面に飽和状態に増殖した後は、細胞はもはや増加せず、死に始めた。37℃で培養した場合、培地を交換しない場合は細胞は4日ごとに植え継ぎしなければならない。15代以降は、増殖速度が安定化しているように見え、1個のフラスコの全細胞の5分の1を別のフラスコに1週間に1回、植え継ぎした。100回以上植え継いだ細胞系を、NISES-BoMo-KGと命名した。この細胞系は付着性であったが、ピペッティングによって容易に剥がれるものであった。その形状に基づき、細胞系は上皮細胞であるように思われた。

【0025】
比較例1
長期間25℃で培養したカイコ日125号胚由来のNISES-BoMo-J125K2細胞系(ImanishiおよびTomita、JARQ. 26:196-202, 1992)を比較例として使用した。
細胞の特性付け
1.細胞の形態
二次培養においておよそ250回継代したところで、植え継ぎ2日後におけるNISES-BoMo-MK、NISES-BoMo-DZ、NISES-BoMo-OH、およびNISES-BoMo-KGの各培養細胞株の形態を調べた。結果を図1に示す。図1に示すように、本発明に係る培養細胞株はいずれも、大きさおよび形状がそろった上皮細胞系の付着性細胞であった。

【0026】
2.増殖
確立された4種の細胞系、NISES-BoMo-MK、NISES-BoMo-DZ、NISES-BoMo-OH、およびNISES-BoMo-KG細胞の25℃、28℃および37℃における増殖を調べた。一例として、図2に、本発明に係るNISES-BoMo-OHおよび比較例1のNISES-BoMo-J125K2の増殖曲線を示す。初期密度は2.0×105細胞/ml(培地)であり、細胞の増殖は植え継ぎ後2日ごとに測定した。細胞を25℃で培養した場合には、植え継ぎの間隔は7日間であった。

【0027】
図2から明らかなように、本発明に係る4種の細胞系は25℃、28℃および37℃において、ほとんど同じ増殖速度を示したが、比較例1のNISES-BoMo-J125K2細胞系は37℃における増殖が見られず、全て死滅した。Suitor(Exptl. Cell Res. 44:572-578, 1966)は、Grace's mosquito細胞系由来のクローンの細胞密度は、34℃で培養すると初期密度より減少することを報告しているが、本発明者等の確立した細胞系は37℃に適応することができた。おそらくは、その増殖のための最適温度が非常に高い細胞が選択されたものと考えられる。

【0028】
3.核型
25℃および37℃において培養したNISES-BoMo-MK、NISES-BoMo-DZ、NISES-BoMo-OH、およびNISES-BoMo-KG細胞の核型を、およそ40代まで調べた。結果を図3に示す。図中のデータは、50個の染色体試料の平均を示す。尚、2倍体の数は染色体28個である。図3に示す通り、これらの細胞系の核型は鱗し目細胞系に典型的であったが、染色体数の分布パターンは、細胞を培養した温度によって変化した。25℃で培養した細胞では、染色体数は、37℃で培養したものよりも少なかった。細胞系における染色体数は、25℃で培養した細胞で90から140の範囲であり、37℃で培養した細胞で100から265であった。

【0029】
Mitsuhashi(Jap. J. appl. Entomol. Zool. 9: 107-114, 1965)は、Nephotettix cincticepsの胚組織をin vitroで培養した場合、しばしば巨大細胞が見られ、これは倍数体であることが予想されるとしている。本発明に係る細胞系においては、37℃で培養した細胞において、25℃で培養したものよりもより頻繁に多くの巨大細胞が現れた。

【0030】
4.酵素活性
酵素活性を測定し、実施例1~4の本発明に係る培養細胞系、および比較例1の長期間25℃で培養したNISES-BoMo-J125K2細胞系(ImanishiおよびTomita、JARQ. 26:196-202, 1992)の5種の細胞系で比較した。酵素活性測定条件は以下の通りである。培養細胞に酵素抽出液を加え、ホモジナイザーを用いて磨砕した。得られた細胞抽出液をアガロースフィルムゲルの各レーン毎に数マイクロリッター加えた後泳動し、分離したバンドを酵素基質を用いて染色し、バンドの位置と数を確認する。これらの方法は酵素検出キットのマニュアルに記載の通りに実施した。泳動装置の電圧は100ボルトの定電圧、泳動時間は25分間である。

【0031】
アイソザイム検出キット(Authentikit系)を使用して、これら5種の細胞系をカイコの細胞系として同定した。本発明に係るNISES-BoMo-MK、NISES-BoMo-KG、NISES-BoMo-OH、および比較例1のNISES-BoMo-J125K2のそれぞれにおけるホスホグルコムターゼ(PGM)、ホスホグルコースイソメラーゼ(PGI)、イソクエン酸デヒドロゲナーゼ(ICD)、およびグルコース-6-リン酸デヒドロゲナーゼ(G6PD)の酵素活性に対する培養温度(25℃および37℃)の影響を調べた。結果を表1に示す。

【0032】
【表1】
JP0003035616B1_000002t.gif【0033】表中、「-」は、全細胞が死滅したことを示し、比較例1のNISES-BoMo-J125K2細胞系は37℃で生存できなかった。酵素抽出液は、植え継ぎ2日後に約1×107個の細胞から調製した。表1の結果から示されるように、PGM、PGIおよびG6PD、すなわちICD以外の酵素の活性は、全ての細胞系において25℃よりも37℃で高かった。このことから、ICDはクエン酸回路において重要な役割を有しているため、ICD活性は37℃のような異常な条件下では弱くなることが示される。更に、細胞系はカイコ胚組織由来であるにも関わらず、これらの細胞系は4種の酵素で異なる活性を示していた。

【0034】
5.ウイルス耐性
カイコ核多角体病ウイルス(BmNPV)を接種したNISES-BoMo-MK細胞系、およびそのクローン細胞系であるNISES-BoMo-MKc2およびNISES-BoMo-MKc4における多角体形成能に対する、細胞(NISES-BoMo-15AIIc)の培養上清の影響を調べた。結果を表2に示す。

【0035】
【表2】
JP0003035616B1_000003t.gif【0036】表中の数値は、多角体が細胞中に観察されたウェルの数/調べたウェルの数を示す。表2に示す如く、本発明に係るNISES-BoMo-MK細胞系、およびそのクローン細胞系であるNISES-BoMo-MKc2およびNISES-BoMo-MKc4において、カイコ核多角体病ウイルスは、感染細胞の培養上清およびその希釈溶液(10-1~10-5)においても多角体を形成せず、ウイルス耐性が示された。一方、比較対照として使用した、従来知られている培養細胞系であるNISES-BoMo-15AIIc細胞およびBm5細胞では全てのウェルで多角体を形成した。本発明に係る他の細胞系、NISES-BoMo-KG、NISES-BoMo-OHおよびNISES-BoMo-DZも多角体を形成しなかった(結果は図示しない)。このことから、本発明に係るカイコ培養細胞系は、カイコ核多角体病ウイルスに抵抗性であることが明らかとなった。

【0037】
6.培地交換頻度の影響
細胞を37℃で培養した場合の細胞増殖に対する培地交換頻度の影響を、実施例4のNISES-BoMo-OH細胞で調べた。植え継ぎの間隔を4日間としたものでは、4日後、培地が交換されない場合には細胞は死に始めた。毎日培地の半分を交換した場合には、植え継ぎ後8日まで細胞は増殖を続け、細胞数は、培地1mlあたり2×105個から1.3×106細胞まで増加した。全集団が細胞がフラスコ面に飽和状態に増殖した後、植え継ぎをしない場合は細胞はもはや増加せず、死に始めた(図4)。MGM-448培地の何らかの物質が37℃で容易に劣化する可能性があることが結論付けられる。細胞を37℃で培養する場合には、培地を毎日交換するほうが良いことが判明した。

【0038】
以上記載した通り、本発明において、37℃に適応したカイコ胚由来の4種の細胞系を確立した。これら細胞系は、培養開始4日目までは25℃、28℃および37℃において、余り変わらない速度で増殖した。また、25℃で培養した場合、細胞の染色体数は37℃の場合よりも小さかった。PGM、PGIおよびG6PD、すなわちICD以外の酵素の活性は、全ての細胞系において25℃よりも37℃で高かった。更に、NISES-BoMo-DZ、NISES-BoMo-OH、NISES-BoMo-KGおよびNISES-BoMo-MK細胞系、並びにそのクローン細胞系であるNISES-BoMo-MKc2およびNISES-BoMo-MKc4においては、カイコ核多角体病ウイルスの多角体を形成しなかった。

【0039】
【発明の効果】以上詳述した如く、本発明によって、従来全く存在しなかった25~37℃の温度範囲で安定に増殖する連続継代性のカイコ培養細胞系を得ることが可能となり、昆虫の生理的生体機能の解明に有用な、虫体の組織器官構成をより単純化した系が提供された。本発明に係るカイコ培養細胞系を使用すれば、培養温度を変えるという簡便な方法によって、37℃では増殖できないカイコ核多角体病ウイルスの感染を制御し、感染・増殖のメカニズムなどを研究する上で非常に効果的であり、細胞に導入した遺伝子の発現調節の解明も期待される。

【0040】
また、本発明に係るカイコ培養細胞系を使用して、常時37℃で培養する必要がある哺乳動物などの他の培養細胞との比較によって、昆虫と他の細胞系との生理生体機能の比較検討に利用できる。また他の培養細胞との細胞融合なども可能であり、外来遺伝子の発現調節など、種々の研究および産業の進展に寄与することができる。更に、本発明に係る培養細胞系のクローン化によって、性状が単一化され、昆虫の生体機能の解明など、種々の研究の材料として更に有用な培養細胞株が提供される。
図面
【図1】
0
【図4】
1
【図2】
2
【図3】
3